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古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン9 この番組は
宮橋の企画橋さん 餃子の山端
道の駅宗方の提供でお送り致します。 こんばんは坂田周代です。
今週も糸島の伝説を紹介しながらその伝説地を訪ねる 糸島の伝説地を歩くをお送り致します。
ご案内を糸島ふるさとガイドの皆さん 水戸正代さん岩田久美子さん西本誠治さん
そして糸島ふるさとガイド会長の吉丸勝彦さんにお願いしました。 なお
糸島の伝説は糸島新聞社発行の改訂版 糸島伝説集を参考にお送り致します。
今週はヤケドンの火 火は燃える火と書きますがこの物語からご紹介致します
物語の場所は小さな山の中です 案内していただくのは西本さんです
雲の巣が たくさんかかっておりまして
その雲の巣を避けながら 登っていきます
ちょっと険しい山道です これですかこれです
これは石ですか 石ですね
山を登ってきました 登ってくると言ってもわずか5分ぐらいですが
急な坂道を登ってきました 和歌、和歌さんの和歌でしょうね
和歌という字で 1630年12月23日という日付が記したものが
この火の上に貼ってあります 小さなこれはお墓になっているのかな
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お墓タイプのところですね 高さが30センチぐらいの屋根付きの
お墓がありますね その中に石が30センチぐらいの石がですね
一つ転がってあります その前に閃光なんかも立ててあります
花も備えてあります これが和歌さんのお墓
そうですね ただ和歌ちゃんを弔うためにですね
祠みたいなものとして作られたんだと思うんですけれども
これが険しい山の中にあるということは何か意味があるんですかね
そうですね 元々お話の中でですね
ここら辺に逃げ込んで来られたりとかする人が結構いたので
そこからこの和歌ちゃんが処刑されるんですけど
じゃあその物語を今からちょっとね
どういう物語があるか物語が残っているか紹介していただきます
その前にこの場所ですけれども
このちょっとした小山になってますよね
これはどういう場所なんですかね
12号線をですね さらに南下しまして
ちょっと長井戸というところ 海八幡宮があるんですね
その海八幡宮の南側の山になります
なるほど 海八幡宮はこの番組でも一度紹介しましたけど
その近く
そうですね すぐ隣の山ですね
隣の山 そこにどういうお話が残されているんでしょうか
そうですね これは今から約400年ほど前ですね
江戸時代のちょうど初めの頃になるんですけれども
この頃ですね 非常に毎年のように干ばつとですね
それから洪水が交互に起こってですね
この長井戸地区もですね ひどい飢饉に襲われることになるんですね
特に関栄の7年 1630年の12月になるんですけども
もう当然秋の収穫は終わっているんですが
何せ飢饉ですから米が取れないんですね
納める恵まえもなく村人たちはですね
その日の食事にも困っているというような状況だったんですね
当時この長井戸の地区はですね 唐津藩に属しておりまして
藩主はですね 寺沢島の神といって
これは糸島の伝説にもよく登場してくる人なんですけれども
非常に名君と言われた人ではあるんですけれども
ただやはり藩主を養っているわけですから
そういった状況でもやっぱり年貢の取り立てというのはですね
行われるわけなんですね
ちょうど大漢書が深江の方にありまして
そこから毎日のように特足が来るんです
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この辺りの部役所さんたちはですね
なんとか米をかき集めて運ぶんですけれども
この長井戸の特に川月村というですね
川月村の平上門さんというお方があるんですけれども
その家がですね もう全く米が取れなくて
一家三人なんですけれども
お食事はですね 冷えとか泡とかそういった雑穀ばかりで
やっと命をつないでいるという状態だったんですね
そういう状況の中で12月の23日に
大漢書からですね 大勢の役人が見聞に来るわけです
もう本当にですね
本当に苗の隅っこを掘り尽くしてもですね
とにかく米を持って帰ると
そういったような感じでやってくるんですけれども
不意をつかれた人々はですね
慌てて山の中に逃げ込むんですね
その時に平上門さんの一人娘のお若ちゃんだけがですね
逃げ遅れるんですよ
一時は一緒に逃げるんですけども
そのお若ちゃんがですね 旗織りをしてたらしくてですね
その布地がですね 気になってそれを取りに戻るんですね
その時に役人に捕まってしまった
その後お若ちゃんはですね
この後ですね 長野がありますけども
そこの河原まで連れて行かれてですね
見せしめのようにですね
丸田んぼにですね 端貝締めにして吊るされるんです
で 四方の山に向かって役人たちがですね
出てこいと
そうしないとこのお若を殺すぞというようなことでですね
山中に向かって呼びかけるんですよ
それを見兼ねたですね 当時の商屋さんがですね
山から出てきて
とにかく米は何とか集めて上納しますと
だからお若の命はお入れくださいと懇願するんですけれども
聞き入れられずにですね
ちょうどそのお若が吊るされた丸田んぼの下に積木がありまして
そこに火をかけられるんですね
どんどん少しずつ火の勢いが増していく中でですね
お若ちゃんは気を失うわけなんですけれども
そうですね
その時にですね
大感謝のある深谷の方からですね
一気の灰山が来るんです
場上からですね
待てと その処刑は待てと
お殿様からの差し止めだということでですね
何とかその処刑を中止させようと来るんですけれども
ちょっと遅かったんですね
もうその時にはお若の着物にまでですね
燃え移りまして
もう息絶えてしまってたんですね
その後ですね
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親組さんたちはお若のご遺体をそのままにして帰っていくんですけれども
それを見て山々に逃げていた村人たちが出てきてですね
嘆き悲しむんですよ
お若の遺体を取り巻いてですね
お若の両親もですね
実はその後継をですね
山から見てたんですけど
自分の娘ですから
当然出て行こうとするんですけれども
今行ったら殺されるということで
やっぱり周りの人から止められるんですね
ただ実際に目の前で
マナ娘が殺されるというような後継を見てしまったものですから
結局ですね
その両親もですね
この夜ですね
その日の夜にですね
近くの木に首を釣ってですね
お若の跡を追ってしまったという
やっぱりそれからですね
この辺り一帯で
よなよなですね
火の玉が飛ぶのが見られたそうで
その火の玉のことを
焼け丼の火という風に呼んだそうなんですね
お若さんの供養なんですけれども
近隣の方々によってずっと守り伝えられてきておりまして
この今目の前のお祠もですね
そういったことで建てられたと思うんですけれども
12月の23日がちょうど明日になりますので
そうですか
毎年その日はですね
団子汁をお供えするというのが
官礼になっているそうです
このお若さんの祠ですけれども
林の中にぽつんと一つありますね
下は石で四角い石で
丈夫に立っているように敷いてあるんですけれども
その前にお線香とかですね
お団子とか挙げてあります
正面にお若という字で書いてありまして
お若さんの祠というのが分かります
12月23日が明日ということですね
という風に書いてます
小さな祠だいたいそうですね
3、40センチぐらいの屋根付きの祠になってます
今木が茂って全く見えないんですが
当時はですね
ここからお若が処刑された長野川の川原がですね
見えてた
見えてたそうですね
今後ろに竹林がね
鬱草とした竹林が茂っておりまして
何も見えませんね下の方は
この下の方に長野川があったということですね
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川付きの山に残るお若の墓ということで
物語を紹介しました
ここまでが糸島の伝説です
ここで案内していただいている
糸島ふるさとガイドの岩田久美子さんに
糸島の古藤などと呼ばれる
かやさんの魅力について聞きます
お話を伺ったのは近くに
糸国歴史博物館があり
その遥か先にかやさんが見える畑の中でした
岩田さんここからですね
かやさんの眺めは本当に素晴らしいんですね
糸国歴史博物館が横にありますけども
そこから海の方を眺めますと
かやさんがずっと遠くに見えますからね
この景色素晴らしいですね
そうですね
かやさんはですね
富士山の形をしていると
裾野が広がってですね
ミニ富士山というような形で
糸島富士とか筑紫富士とかですね
富士山の名前を付けて
呼ばれることが結構ありまして
それと標高がですね
365メートル
365メートルと非常に覚えやすい
そうなんです
一年と同じということで
一年山とも呼ばれております
ニックネームですよね
呼ばれることありますけれど
このかやさんのかやというですね
名前
これはですね
朝鮮半島
今の韓国ですね
韓国はですね
古来ですね
朝鮮半島から
こちら糸国
糸島のですね
日本和国に来られた方々が
ふるさとのですね
かや国のかやさんですね
大きな山がありますよね
こういう独立峯ではないんですけど
それをしのんで
名付けたとも言われております
そうですか
この頂上からの眺めって
素晴らしいんですよね
そうですね
何せですね
糸島半島ですね
限界などに突き出た独立峯です
ですのでね
もうてっぺんに登れば
もうお山のてっぺん
大正のような気持ちに
してくれます
眺望がもう360度ですね
360度
はい
糸島はですね
佐賀県境をですね
南側にしておりますし
県境になります
背振り山系ですね
その背振り山系の
いわら山とか
雷山とかがですね
よくですね
山登り好きな方に行かれておりますけど
このかやさんはですね
糸島半島の真ん中っていうか
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ちょうど海に突き出た形で
でーんと座っているような形のですね
山で一番目立つ山です
糸島で
だからですね
まあ糸島のシンボルの山といっても
間違いないかなと私は思っているんですけどね
雷山いわらも有名ですけれど
このかやさんはですね
糸島のどこからでも
あーかやさんだと分かります
かやさんの上から眺めますと
さらにあの朝鮮半島の
島々も見えるんでしょ
はい
何よりもですね
真下がもう限界ながらです
限界ながら
はい
白波のですね
息吹が聞こえてくるようなですね
眺望になります
はい
それでずっと海の向こうを見ますとですね
唐津の方の島々
行き
糸島もかすかに見えますし
東に向かって福岡市の方ですね
もしかの島とかですね
おろの島かなり遠いんですけど
おろの島はっきり見えます
さらにですね
あのですね
深海以外何人ととも
立ち入ることができないといわゆる
世界遺産
沖の島
沖の島
はい
ラッキーな時
もう運が良ければですこれは
はい
これは運が良ければ見えるということです
その365mの山ですけども
女性の足でどのぐらいで登れるんですか
頂上まで
そうですね
大体私で1時間半ぐらいを
これゆっくり登ってですね
ゆっくり登って
はい
それで1時間半と見ています
登りがですね
はい
下りはもう1時間もかからずに
降りてきますけれども
はい
これは人それぞれでですね
はい
おかやさん階段も多くて急なところもありますけれど
はい
ゆっくり歩けば
はい
どなたでも頂上にたどり着けます
そうですか
ファミリーがよくね
はい
好んで来られる山でもあります
はい
岩津さんこれまでにどのぐらい
このおかやさんには登ったんですか
そうですね
今
もう私たちの仲間ではですね
はい
11月には600かよ
600
むかえます
私が300ぐらいから
参加しておりますので
そうですか
まあ
300回ぐらい
いえ300まで行かないと思いとますけど
まあそれに近いほどですね
はい
行ってると
はい
最終目標は何回ぐらいですか
いえ目標は立てておりません
立ててない
はい
あのですね
今94歳とか5歳の方もですね
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はい
毎日登られておりますので
はい
ご高齢の方もですね
やはりあのまだまだまだ
頑張ってらっしゃるので
はい
あの私どもの会の方じゃないんですけれど
ですね
あの
まあ自分のトレーニングと思って
ゆっくり登ることを
私は心がけてます
まあ何回とか回数じゃなくてね
はいそうなんです
楽しんで登りたいということですよね
はいそうです
はい
このおかやさんのその
大きな魅力のポイントと言いますか
それは岩手さんはどういうふうに考えてますか
そうですね
まあ一番は外からの産業ではありますけれども
はい
あの登山道を進んでいきますと
あの石切り場跡というですね
ほうほうほう
あの昔から石を切り出したかやさんにはですね
ほう
あの漁師の加工岩が取れる場所でもありましたので
はい
ですね
あのその石切り場跡の
加工をなされた跡の巨石があるんですけど
ほう
だいたい4メートル以上の高さあります
ほう
はい
それはですねかやさんからですね
はい
なんと日光東省区の
東省区
市の鳥居
はい
あの大きな鳥居ですね
はいはい
あの高さが9メートルですか
はい
いやあと幅が14メートルとか
はい
聞いてますけれど
あの鳥居はですね
このかやさんから運ばれたもの
へえ
あの黒田永政がですね
新軍家康公のために
はい
この地区前から運んでいったと
へえ
言われていますのでね
ほんとその当時の技術力で
ほんとあの大変だったろうなという言葉では
表せないかなと思っておりますけれど
そういう石切り場も
また山の最中に見学できるということですね
はい
まあそういう素晴らしい山を
岩田さんはほぼ毎日のように
毎日ではございません
週1回暮らした
はいそうです
はい週1がはですね
もうやっとです
はい
そういうかやさんの魅力について
岩田さんに伺いました
もう一ついいですか
はい
あのですね
かやさんですね
はい
万葉集にも歌われてるんです
ああそうですか
はい
万葉集の漢字語にですね
草枕旅を苦しみこよれば
茅野山辺に鷲しか鳴くよ
という歌がですね
万葉集でですね
鷲が鳴いているという
はい鷲しか
おじかが目じかを求めて鳴くときに
高い音を出しますね
その声を聞いて
苦しい旅をしている人が
ふるさとのですね
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残してきた奥さんとか
恋人を思った歌ですよね
なんかここからこうして眺めている
かやさんを眺めているとは
その方の心情が伺えるなと思います
はいそういうかやさんについて
お話を伺いました
ありがとうございました
どうもありがとうございました
伊都島ふるさとガイドの
岩田久美子さんに伺いました
今夜は伊都島の伝説をお送りしましたが
伊都島の伝説は
伊都島新聞社発行の
改訂版伊都島伝説集を参考に
お送りいたしました
本は伊都島地区の書店で販売中です
ご案内は伊都島ふるさとガイドの皆さんでした
ここで古代の福岡を歩く
リポーター中島理恵さんです
こんばんは
今日は伊都島に出かけた古代史ファンなら
絶対に食べてほしい
伊都島名家お菓子をご紹介したいと思います
モナカの糸の鏡って言うんですが
これは伊都国歴史博物館に
常時展示されてます国宝
内広家文八葉経を模したモナカなんです
今手元に持ってきました
いやーこれ本当に同胸ですね姿が
そうなんですよ
見事に形が彫り込まれてまして
直径が
これね6.5センチあります
召し上がってみてください
あんこが私好みですよこれ
いいですね
でしょ
とっても素朴かつ重量感のある感じなんですよね
今ここまで話しててちょっと待ってと
糸の鏡って今食べられるのって思ってる
糸の鏡ファンがたくさんいるかと思うんです
なぜかというと実はですね
数年前この糸の鏡を作ってた
園田っていうお菓子屋さん閉店してるんですよ
でもう食べられないんじゃないかと思ってる人が
大多数じゃないかと思うんですが
実はちゃんと復活というかね
引き継がれてるんですね
この引き継ぎを担当したのが
この内広家文八葉経を含め
発掘して復元した考古学者原田第六さんの
研究資料を管理してます
原田第六記念館の館長で
著術業物を書くこととなさっている
月短新流さんという方なんですね
でこの作る時に園田元々のお菓子屋さん直伝
直伝の製法手練りのあんで
このもち米製の種外側の皮ですね
なんとも香りがいいんですけれども
やっぱり食べた人からこんな風に言われるそうです
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これよく言われますのが
近年のなんでしょうかふんわりとか
そういったものがちょっと違って
昔のものがこんなだったねってよく言われます
なんかねふっくらした味わいで
小豆が美味しいですよ
甘すぎないのもいいですよ
でねこれ経典する時にお願いして
この金型を譲り受けたんだそうなんですけど
50年経っても全然歪みがなくって
素晴らしい出来なんだってゲッタンさんおっしゃるんですね
元々その園田さんお菓子屋さんが作る時に
こんなエピソードがあったんだそうです
でこれ自体もやっぱ作られる時には
この博士社の原田第六に
その園田さん自身が許可もらいに行ったって聞いてます
その当時はやはり博士社の原田第六っていうのは
もう大変な意向を持った人でしたからですね
第六先生に許可もらわないと
もう何も進まないということで
まずはそんな風にされたそうですよ
第六先生はこれすんなり許して
はいよかよって言ってらっしゃそうです
で第六先生もまた全国にやっぱ公園に行かれてましたんで
当時はですね
必ずこの糸の鏡をお土産にしたそうです
名刺代わりにお土産に持って行けますね
資料はねもちろんゲッタンさん管理してらっしゃるんですけど
お菓子まで復活っていうか
引き継いだ理由についてこうおっしゃってました
これ始めた理由っていうのは
もちろん原田第六記念館館長でしたからですね
これ譲り受けた当時から
原田第六の香りがするものは
全部保存したいと思ったんです
どんどんなくなっていくんですよ
すごい
でしょ
本当に見事な形の出来具合なんですけれども
実際に今ですね
大航空門八翼の写真と
ものの方に見比べていただければと思うんですが
もう見事ですねこれ
見どころをねゲッタンさんに聞いたら
もともとの鏡は直径が46.5センチ
第六さんはねこの鏡のことを
三種の神器の一つ
伊勢神宮に御神体として伝わっている
八旦の鏡と全く同じ形から作られたものだって
考えてらっしゃったんです
さらにこんなことを聞かせてくれました
このもの中の中心から
8個のこの葉っぱ状のもの
模様が出ていることに気づかれると思います
でそれがまさに八葉でしてですね
でこれは実は
鎌倉時代の伊勢神宮の神官が残した書物に
実験した見たっていうふうな記録があって
本当は見ちゃいけないんだけれども
そこではですね
八頭花咲八葉型って書いてますね
同じ八の葉っぱ
でこれは別に偶然の位置とかでもなくてから
考古学的な見方をしたのと
現代人は
それが昔の人も同じように
八つの葉っぱって見たようですね
これからもしても
内広観音八葉経という平原弥生古墳
平原一号墓から出土した鏡が
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八頭の鏡だっていうことの
ある種の証明 傍証となるのではないかと
原田大六は考えました
こんなことを考えながら食べると
味わい深いでしょ
これ数個だったらですね
前原商店街にあります本屋さん
糸島の顔が見える本屋さんで
常に買えます
この本屋さんまた面白いので
後日ご紹介しようと思うんですが
まとめ買いとか
大きい直径13センチのサイズがあるんですが
こちらが欲しい人は
原田大六記念館の公式インスタグラムから
お問い合わせください
中島理恵さんでした
番組ホームページのご案内です
これまでの放送内容と
番組を1回目からじっくり楽しむことができます
RKBラジオのホームページの
古代の福岡を歩く
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またラジオクラウドという
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この番組は
三山市の企画共産
餃子のヤマハチ
道の駅村方の提供で
お送りいたしました
ご案内は
酒田周大でした
数学教師芸人の高田先生だ
いよーん
高田先生の算数ワクワクラジオ
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