1. 古代の福岡を歩く
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2026-02-22 30:30

「古代の福岡を歩く」21回目は大宰府を歩きます。

今回は大宰府の役所~官衙があったであろうと推定される場所を訪ねます。

勿論、大宰府政庁跡近辺になります。

まず、めざしたのが現在調査中で立ち入りが禁止されている場所を特別に許可をいただき見学する藏司。

ここにあったのが税を扱う藏の司。近くにある令和ゆかりの坂本八幡宮に参拝し、藏の司をめざします。
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00:10
古代の福岡を歩く。遥かな昔。 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩く。 この番組はJA福岡屋目
道の駅村方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
JA福岡屋目の直売所ヨランノの江頭です。 博多天王の季節です。赤くて丸くて大きくてうまい。
今年もいいのができました。おいしいです。 屋目の博多天王ぜひ食べてください。
こんばんは、坂田周大です。 今夜も先週に続き、岩井の乱とは間接的には関係のある
太宰府を紹介していきます。 今回は太宰府政庁の役所管外記を紹介していきます。
ご案内はこと太宰府保存協会の学芸員 田中健一さんです。
太宰府政庁跡に来ています。西門跡から北の門跡へやってきました。 一緒に歩いているのはこの番組の津川ディレクターです。
ということで津川さんと歩いてきました。 太宰府政庁は北の端にやってまいりました。
中心座の聖殿の建物があって、その後ろに皇殿がございまして、 太宰府展示館の模型と同じように、太宰府政庁の祖跡というのも実は3期の頃のイメージしていまして、
一番北側には東西のいわゆる2階建て、階層建ての建物の座席ということで、配置ということで、これが2期目にはなかったということなので、今3期目の建物として太宰府政庁の祖跡の配置はそれで復元をされているところでございます。
このあたりでですね、政庁の発掘にまつわるお話というのがございまして、
太宰府政庁の北東の隅、ちょうど随地がぐるっと当時は随地部屋があって、今は引き書きが回っておりますけれども、その一番北東側、木がなければ法満山がきれいにちょうど見える方向なんですけれども、
その隅から実は880点前の木管が実は見つかったというところでして、調査されたときですね、いわゆる木管、失敗しましたらその木の部分削って、
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また新しく下の新しい木の面を出すわけなんですけれども、そういった削りカスも含めての880点だったそうで、
発掘された先生に以前お話聞きましたら、見つけたのが午後回ったお時間だったそうなんですね。
でも夕方の5時の作業終了が間近になってくると、ただ木管が埋まっている土をそのままにしておくと荒らされたり危険がありますので、
最終的に先生方、発掘調査の担当の皆さんは、その出てきた木管が埋まっている土ごとですね、
全部掘り起こして倉庫に持って行って1点1点木管を回収されていったということでですね。
まさにそう考えますと、2期頃には北西の方にはそういう削りカスを廃棄するということだったので、
おそらく2期目にはそういう事務棟というかですね、書類棟を木管などを制作する、書類などを文書を制作するな、
そういう建物があったんじゃないかなということが2期には言われていますので、
2期と3期のそういう変化もぜひ皆さんイメージしながら歩いていただきたいと思っております。
これは目印は祖籍ですね。左右にね、祖籍がありますので。
正方形に並んでおりますので。
2、4、6、8、12、16かな。左右に並んでますね。
はい。いよいよですね、その建物祖籍を見ながら行きますと、ちょうど生垣が綺麗に途切れている部分がございまして、
ここがですね、いわゆる太宰正町南門中門と非常に立派な門を通ってくぐってきましたが、
その北門にいわゆる、北門、いわゆるおそらく通用口といいますか、
そういったところにあたるだろうといわれているのが北門の場所になっております。
ただ残念ながら移行などはですね、はっきりとは見つかっていないんですけれども、
この後いよいよ太宰正町の周辺の役所がどうであったのか、考え期がどうであったのかということで、
まず坂本八幡があります太宰正町の後輩地区と後ろ側の地区に行くわけなんですけども、
そこには実はこの北門の祖籍じゃないかなといわれるような祖籍も残っていたりしますので、
そういったものをご紹介しながら、ぜひ坂本八幡のほうへとご案内していきたいと思います。
この辻部の外ですね、これから出ますけども、ちょうど切れ目があって、ここが北方向の出口になっているんですね。
その出口を出まして左側に行きますと坂本八幡宮が見えております。
遥か100メートルぐらい先かな。
ちょっと道はぐるっと迂回してですね、歩きやすいほうにちょっと通ってまいりますけども。
そこへ向かって歩いていきます。
辻部で起こったんですかね。
そうですね。この部分は一番北側の周囲は辻部という風に考えられていますので、
それはちょっと現在は生垣で再建しているというところですね。
だいたい高さが1メートルちょっとありますね。
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ぐるりと巡っておりますので、当時のイメージとして皆様参考にご覧になっていただきたいと思います。
ということで坂本八幡神社の方へ向かっていきます。
日刊寺。
ちょうど太宰政町からある日刊寺さんがあるんですけども、
もともと日蓮州のお坊さんで佐能禅霊という方がいらっしゃって日刊商人ということで、
大変日蓮州の中でも大きな活動をされまして、
福岡の方ですと福岡県の県庁ですかね。
県庁のそばに日蓮商人の大きな、日蓮さんの大きな銅像が建っているんですけども、
その銅像の混流など各地でご活躍された日刊商人さんにちなむお寺でして、
この日刊商人さんは日蓮州に日の字を使われていまして、
実は一時期太宰府にお住まいになっていたことがあったそうで、
その時のいよりというのが実は太宰府政庁の政殿のすぐそばに、
当時はまだ規制とかかかっておりませんでしたので、
このいわゆる政殿のそばにいよりを建ててお住まいになっていらっしゃって、
お名前の由来もですね、菅原三田猫を大変数形されていらっしゃったそうで、
ですので日蓮州の日に草冠に冠、いわゆる菅原三田猫の菅の字を取られて、
日刊商人とお名前を名乗られたということで、
太宰府を一時期住まわれる各地でご活躍されまして、
亡くなった後にゆかりの寺ということで、
その政庁のすばに日刊商人さんが合流されたというところですので、
実は太宰府主席の保護、後方に大変尽力された日蓮州の僧侶の高野お寺でもございます。
裏の方に日刊寺というお寺があります。
ちょうど津川さんと政庁の裏側にですね、北側に来てますけども、
日刊寺さんがあったりしますけども、
ここの実は日刊寺さんの裾野には古代の河原釜跡も確認されていまして、
徳郎北河原釜跡などとも呼ばれるんですけども、
まさにもうすぐ政庁目の前ですので、
必要な河原をここで焼けば大変運搬の労力も最小限で済みますので、
修理であったりとか何か建てる際にここで河原を焼いて、
すぐそばの政庁まで200メートル、300メートルあればすぐ到着しますので、
すぐ実は今何気ない丘ですけども、古代の河原釜跡も確認されていると。
この日刊寺の左どなりに小さな丘がありますね。
古代の河原釜跡があったということですね。
政庁まで本当に100メートルか200メートルぐらいしか離れていない、
非常に便利なところにあったんですね。河原を焼いている。
あとはこれから行きます坂本八幡宮は大友の旅人さんのゆかりの地ということで、
昔から皆さん地域の方は慕われていまして、
09:00
こういう通りには万葉花碑とかいろいろ設置されていまして、
日刊寺さんから坂本八幡宮に行く途中であったり、
坂本八幡宮の境内にはそういう大友の旅人の万葉花碑なんかもありますので、
ぜひそういったところもご覧になっていただきながら散策いただけると、
より古代の太宰府により関心が深まるんじゃないかなと思います。
太宰府政庁の北の方に日刊寺というお寺がありまして、
そのお寺の先の方、方向的には左の太宰府政庁を向かって、
左の方に坂本八幡宮、坂本八幡神社というのがあります。
そこへ今向かっているんですが、そんなに離れてないですね。
日刊寺から300メートルぐらいかな。
もうすぐ到着いたします。
坂本八幡宮、令和ゆかりの神社ということができますね。
令和になった日に私もここに参拝に来ましたが、
すごい人で、2時間ばかりお参りするのに待っていたというところですね。
まさに令和になって、皆さん非常に令和ゆかりの神社ということで
お越しいただいた方も多いかなと思うんですけれども、
今回ちょっと古代の太宰府の役所、観外記という目線から見ますと、
この坂本八幡宮さんの境内は白庁舎というのは入っていないんですけれども、
実はこの坂本八幡宮さんのちょうど本殿の後ろ側、神社さんの西側部分の一段高くなった場所と、
あとは坂本八幡宮さんの前に多目的広場ということで、
車でお越しになった方が御寮になるような広場があるんですけれども、
実はここは白庁舎がされておりまして、
実は大友の旅との屋敷のような大規模なものというのは見つかっておらず、
現在確認されているのはそういう掘ったて馬車の建物がかなり建っていたというのが分かっていまして、
どうも土でできた馬とかそういったものも見つかってますので、
そういう何かしらの祭祀を行っていたり、あるいは工房の跡っぽい遺構も出てますので、
いろいろな鉄製品を作ったりとか工房的な場所というのが今のところ考えられているところでして、
残念ながらまだ大友の旅との屋敷のように大規模な区画だったり建物というのは見つかってないんですが、
現段階で太宰政町のいわゆる広廃地区周辺の管外地と考えますと、
そういう掘ったて馬車の建物があって、工房であったりあるいは祭祀を司るような役所、
場所だったんじゃないかなというのが考えられるところが一つでございます。
そうですか。この駐車場もかなり広いですよね。
50メートル四方ぐらいの駐車場がありますけれども、そこを発掘できたんですね。
そうですね。祭祀を参事しまして建物の跡であったりとか、
12:01
あとはちょうど今通っている道と重なるような南に向かう道の跡とか、
そういったものが見つかってますので、まだはっきりとこうでしたという前容はわからないんですけれども、
近々、稲田時代、古代において人々が何かしらの業務に携わっていた場所というのはどうも間違いないようなんですね。
そういったところだそうです。
今回は太宰府市長の役所ですので、坂本八幡宮さん、お時間あったら皆様参拝いただきたいんですけども、
今回、菅さん、我々は役所を訪ねますので、ここから今度は南の方に変わって、
ちょうど坂本八幡宮の大人に丘陵が見えてます。
こちらが地元で現在は倉塚さと呼ばれている場所ですけれども、
かつて古代の太宰府の役所、倉塚さがあった場所と言われてますので、
坂本八幡宮がちょっと南の方に下っていきまして、その倉塚さの丘陵をちょっとご紹介していきたいと思います。
倉塚さは普段はちょっと見れませんけどもね。
そうですね。倉塚さ地区の丘陵自体は今、太宰府市の教育委員会さんが管理されていらっしゃいまして、
一般公開がまだされていませんので、
今回はちょっと特別に許可をいただいて、
菅さんと一緒に中の方をご案内していきたいと思っていただきます。
ちょうどこの今、菅さんと歩いています坂本八幡宮の多目的広場なんですけれども、
ちょっと見てみると結構高さがあるんですね。
意外とですね、太宰府聖庁跡というのは南に緩やかに傾斜していたりしますので、
こちらに立っていたら結構太宰府聖庁が一望できたりする場所でもございますのでですね、
先ほど歩いていた部分は意外ときれいにですね、前陽が見渡せる少し高台になっているところでございます。
太宰府の町が少しこう遠くに見えますね。
少し高台になっているかな、本当に。
そうですね。
この高台の実は南の端ですね、この広場の南端にどんと一つ組織がありますので、
ちょっとこれをぜひ皆さんご覧になっていただきたいなと、
ちょっとご紹介、寄り道でご紹介をさせていただきたいと思います。
坂本八幡宮からだいたい50メートルぐらい歩いてきまして、
ちょうど端っこになりますね。
一つの石があります。
石の大きさがだいたい1メーター。
横が、縦が今から歩いていきます。
あら、丸っこい石ですね。
曽跡ですか?
そうなんですね。
この坂本八幡宮のですね、車でお越しになった方が使う多目的広場の、
本当に南の端にひっそりと木々に囲まれてですね、
本当に目立たないように置いてあるんですけども、
実は結構な大きさがある曽跡でして、
厚さもありますね。
やはり曽跡としても小さい方で結構大きい方に属するもの、
成長の中でもするものなんですけども、
中心におそらく柱の中、扉の中、使われたような穴もうがってあるわけなんですけども、
開けてありますね。
こちら九州歴史旅館さんなどが確認された場合ですね、
この元々の古代の地面の上に立っているものでなくて、
15:01
後の時代にここにどうも移されてきたらしいと。
一つだけね。
ただこの大きさですので、
使う用途というのが成長でも限られてきますので、
じゃあこの大型の曽跡が何に使われていたんだろうというので、
今一つ考えられているのが先ほど津川さんと通ってきました北門がすぐそばにありますので、
当然北門も南門や中門ほどでないにしろ、
やはりある程度立派な建物、設備だったと思われますので、
どうやら一番近い北門の曽跡で使われたんじゃないかなというふうに
考えられている曽跡であります。
貴重ですね。
はっきり言うと一番近いのは北門ですが、
もしかするともっと遠くに使われていたものかもしれませんけれども、
実は坂本八幡宮の広場の一角にひっそりとこの古代の曽跡が残っていますので、
ぜひこちらをご覧になっていただいて見ていただければと思います。
ひょっとすると北門にあった曽跡じゃないかという。
すごいですね。
それが坂本八幡宮の駐車場の一角にひとつポツンと置いてあります。
ちょうどこの広場から下っていきますと、
目の前には先ほど展示館でも見ていただきました、
馬以下の縁の一番トップバッターで読んだ、
昨日人の万葉書なんかもありますので、
それも横で見ながら、倉塚さんの方を目指していただきます。
昨日人第二ですので、いわゆる旅人の次のナンバー2の。
そうですか、ナンバー2の人。
どのような方か、ぜひジョーラマにも、
展示館のジョーラマにもいらっしゃいますので、
ぜひご覧になっていただければと思います。
これはあれですか、倉塚さんの入り口に向かっているんですか。
そうですね、まず坂本八幡宮、清澄の後輩地区をご覧になっていただきまして、
ちょうど道が南の方に伸びています。
その道に沿って歩きますと、
ちょうど倉塚さんの給料は南の方から入るようになっていますので、
ちょっとそちらの入り口を目指して進んでいこうと思います。
ここもあれですよね、旅人の屋敷の一角といいますか、
旅人が呼んだ丘ですね。
我が丘にの丘が、
丘じゃないかという候補の一つですね。
そうですね、もし坂本八幡宮に周辺にですね、
大棟の旅人の邸宅がありましたら、
旅人が我が丘にっていう歌をですね、何個か呼んでいますので、
まさに見える丘というのは、この倉塚さんじゃないかと言われていますので、
旅人も眺めていたかもしれない丘というところでございますね。
太宰府清澄跡近くの坂本八幡神社から南へ歩いてきました。
清澄へ向かって左の橋の方になります。
目指す倉塚さんにたどり着きました。
ということでですね、坂本八幡宮から南にずっとですね、
今ちょうど舗装された道路を歩いてきまして、
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もう太宰府清澄の多目的広場ですね。
車で来た方が利用される広場が見えてきた、
その辺りでちょうど実は右の方に入っていく道がございまして、
こちらがいわゆる倉塚祭の出入口になっているところでございます。
ここは私が初めて通らせていただきます。
普段はですね、こういうことはまだ一般公開されていないので、
公開されていないからですね、
締め切ってあるんですけども、
今回ちょっと特別に取材というかご紹介ということで、
入っていきたいと思います。
結構ですね、一般公開しているので、
結構草が生えているかもしれません。
その辺りはご了承いただければ。
鎖がありますので、その鎖をくぐりました。
綺麗な山道ですね。
枯葉がテンテンと散らばっております。
木々が落ち着いている感じがしますので、
まだまだ他の丘陵の状態が残っています。
ここは放送されていない道を今歩いていますが、
この木のように枯葉がですね、
かなり高く2、3センチぐらいに積もっておりまして、
その枯葉をすぐらないように気をつけながら歩いています。
ちょっと上り坂になっていますね。
この緩やかな坂を上り切ったところが、
倉塚沢の丘陵部分に入っています。
本当にゆったりとした坂道です。
その坂道を今歩いています。
ちょっと坂道を上り詰めたようなところですけど、
坂道の上は1メーターぐらいの雑草が生え茂っておりまして、
全く先が見えないという感じになっていますね。
今、津川さんとなだらかな坂を上ってきまして、
上り切ったところに、
実は丘陵部の頂上部分では平坦部分が広がっております。
現在、草が追い茂っていますけど、
ちょっと綺麗に東側の低い平坦部分、
そして西側の一段高い平坦部分ということで、
東と西側2つの地区に分かれて、
実は倉塚沢地区の配置が分かれているところでございます。
それでは津川さんと緩やかな坂を上ってきまして、
現在は残念ながら草がかなり自然で追い茂っておりますけども、
草の高さが高すぎるんですよ。
1メーターちょっと草がね、
われわれのスータゲと同じぐらいの草が追い茂っています。
実はこちら、上り切ったところの丘陵部分の上が平坦部分になってまして、
こちらが倉塚沢地区になるわけなんです。
21:03
これややこしいのが地名は倉塚沢なんですが、
1300年前の太宰府の役所は野が入りまして、倉塚沢と。
倉塚沢が役所名。倉塚沢は地名。
ちょっと太宰府の大きい太いみたいにややこしいんですけれども、
まさに古代の太宰府の役割としまして、
通常ですとそれぞれの国は都に直接税を納めるんですけども、
この西海道、九州に限っては各国から1回この太宰府に税が集められまして、
その9カ国、9国2島3島とも言われますけども、
その税が1回ここ太宰府に集められまして、
太宰府で使う分は現地に残して、
残りを都に納めるというような方式だったんですけども、
そういった税のうちのシナジナを扱うのが、
この倉塚沢という役所だったと考えられているところでございます。
1メートルを超える雑草の中で話を伺いました。
ご案内は、こと太宰府保存協会の学芸員、田中健一さんでした。
ここで古代の福岡を歩くリポーター、中嶋理恵さんです。
こんばんは。
今度の土曜日、2月28日に福岡市博物館で古代フェスが行われるんですよ。
九州の高校を全力で楽しむイベントなんですが、
この古代をテーマにした高校フードとか、
あと出土品とかからイメージを膨らませたグッズが揃う古代マーケットとか、
こういったものがギュッと集まるものなんですが、
昨日から特別展魔法の歴史スコープっていうのが福岡市博物館で始まってまして、
その関連イベントとして行われるんですね。
この古代フェスを運営している古代プレスの中村舞子さん、
彼女の古墳好きからこのフェス始まってるんですが、その辺をちょっと聞きました。
古墳のこと語っても、あ、ごめん、歴史勉強してないからって線を引かれることが多くて、
どうやったら楽しく関われるかなって思った結果、
フェスだなってたどり着いたのが10年ほど前になりまして、
学編祭みたいなイベントをやって、そこで音楽があって、
作家さんの作品が並んでいて、フードがあって、
っていうのをすれば、勉強とかも取っ払って楽しいなって思ってもらえるんじゃないかなって。
そうなんですよ。一部ね、こんなグッズがあるんだよっていうのを見せてもらったんですけど、箱墳。
箱墳?
うん。前方公園墳型の紙箱がありまして、これ小物入れなんです。
この中に他いろんなグッズが売ってるんで、自分の好きなものを買い集めて、私の服装品として中に入れる。
うまい。なるほど。収納するにはね、いいですね。
あとはですね、犬とか猫とかに装着できるペット用の水らがみとかですね。
24:00
いろいろあるんですが、こういったものを考えていく、こんなことがまあ厳選になってるみたいです。
やっぱり好きなものを見つけたら、なんか普通に生活してても、その好きなものに似てるものを見つけたら嬉しくなるじゃないですか。
つきみつきふたって古墳時代とかに出てくるお皿みたいな、ふたつきのお皿があるんですけど、めちゃくちゃどら焼きに似てるのがいったりするんですよ。
なので、つきみつきふたどら焼きとして売ったら身近になるんじゃないかなとか。
なんです。楽しいですね。
でしょでしょ。
例えばその食べ物を一つとっても、実は今回そのフェスの中でよく出てくるがあこっていうのがいるんですが、これ水鳥の葉庭。
水鳥型の葉庭が福岡市博物館にあるんですが、この今回の歴史スコープにももちろん展示されるようなんですけどね。
これが通称があこって呼ばれてるらしくて。
があこ。
水鳥だからがあこ。
あだ名みたいなもんですか。
そうそう。みんながあこっていうとこの水鳥型の葉庭を想像するという世界なんですが。
この一般人が考えたんじゃなくて、どうやらその国語学担当の皆さんが内輪で通称があこって呼んでたのが外に染み出してきてもうこいつはがあこで行こうぜみたいになってるみたいなんですが。
そのがあこ印の唐揚げとかですね。
あとはすけ崎古墳カレーって言ってこのすけ崎古墳って中にね3タイプその焼き物だったり石だったりって棺が違う形で入ってるんですが。
だから3つ違う具をなんか入れてもらおうよとかそういうことを考えてるわけなんですよね。
いろいろ楽しそうなんですが、古代フェスの楽しみ方について中村さんこんなふうに申し上げました。
何があるかって見るだけでちょっと面白くなるようなことをちょっと目指していて、宝物探すような発掘するような気持ちで来ていただけたらいいなと思います。
2月の28日今度の土曜日はぜひ福岡市博物館で発掘する気持ちで古代フェス楽しんでいただきたいと思います。
そしてこのベースになっている歴史の魔法スコープという特別展なんですが、環境と人の関わりを大きなテーマにしてまして、
森とか川とか海、自然と人との関わり、それから町と人との関わりっていうふうにいろいろブロック分けして、
物を普通私たちどうしても展示を見てしまいがちなんですけど、物を鍵にして環境への影響がこんなふうにあったんだよ。
そしたら人がこんなふうに動いていって世の中はこう変わっていったんだよっていうちょっと変わった感覚が持てるような仕上がりになるような展示なんですよね。
福岡市博物館学芸家浅岡利也さんがこんなふうにこの展覧会のことをおっしゃってました。
歴史を学ぶことで今の社会の見え方が変わるっていう気づき体験というか、そういう体験、魔法にかかる体験のようなものをぜひしていただけたらなと思っています。
27:04
魔法を準備してるんですね。
はい。
いいですね。
この魔法にかかっていただきたいんですが、例えば今の招き猫やキューピー人形が2000年後に発掘されたらこんな感じになるんじゃないっていうようなアート作品もあったりしますので、ぜひ楽しみにおさらいしましょう。
古代フェスは2月28日土曜日だけ、そしてこの歴史の魔法スコープの展示は4月12日まで福岡市博物館で行われます。
中島理恵さんでした。
番組ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの古代の福岡を歩くのバナーをクリックしてください。
またラジコ、アップル、スポティファイ、アマゾン、YouTubeなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
この番組はJA福岡やめ、道の駅室方、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田周大でした。
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