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古代の福岡を歩くST-A 海の道から空の道へ 安曇族の足跡を探る
この番組は安曇野市観光協会 安曇野市大王わさび農場
塩尻市観光協会 FDA富士ドリームエアラインズの企画共産
餃子のヤマハチの提供でお送りいたします
キャベツ、ニンジン、タマネギ、ニラにネギ 野菜だけで作った優しい餃子ができました
お肉が食べられない方も安心してお召し上がりいただけます 餃子のヤマハチの優しい餃子です
こんばんは、坂田周大です 安曇族の足跡を塩の道から探っています
塩の道は新潟県糸井川から松本へ続く道です 竹に街道を通り
信濃大町へやってきました ここには歴史ある塩の道についてわかりやすく展示解説がしてある
塩の道長寺屋という博物館があります 塩の道のいろんな話をこの博物館の黒川恵里子館長に伺っています
塩の道を塩を背負って歩くぼっかという人の服装や牛馬の履物の話を伺いました 今度はその塩の道を通って運ばれる荷物の話です
こちらに来るとですねこの竹に街道の塩の道で運ばれた荷物という資料があるんです けれどもどんなものが運ばれたかということなんですが
当然お塩は運んできたんですけれども 糸井川から大町松本
矢印を見ますと塩のほかにですねお魚も当然ありました のとぶりって書いてありますけれどもこの辺はののとのですねぶりを結構食べたんですね
年末の時に年取り魚と言いましてお魚を食べる習慣があります その時にぶりをよく食べましたのであのぶりが運ばれてきたりとかしました
それと相門というふうに書いてありますけれどもこれは干物とか昆布とか エゴグサって書いてありますがエゴグサってご存知ですか
そうですよくご存知ですね
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そう同じものなんですかね
同じものがねお家にあると聞いたんです
そうなんですこちらはですねエゴというのは赤紫色なんですがおきゅうどはちょっと緑色でしょうか
緑ですね
ですよね味は同じかと思うんですけれども
多分同じだと思うんですけど
エゴという食べ物エゴグサを煮溶かして冷やし固めてスライスして酢味噌とかお醤油ってこともありますけれども食べるんですけれども
あのこちらではやっぱり海がありませんでしたのでエゴがすごくご馳走として食べられていました
なので観光葬祭とかそういう特別な時にしか食べられなかった
すごいですね
なんですね
普通におきゅうどは朝ごはんのおかずで食べてます
そうなんです結構値段は良くないですか
そんなことないですよ
こちらはですねお豆腐のパックにエゴが売られているスーパーでもあるんですけれども
だいたい一パック500円ぐらいするんですよ
なので結構いいお値段で
でも最近は食べるお家も少なくはなってきてますけれども
年をとってきましたら私はだんだん好きになってきましたけれども
それと新潟県の方から松本まで塩の道が通っているわけですが
エゴというのはあずみの穂高あたりで食べなくなっちゃうと言いますか
松本の人は食べないんです実は
松本の方は行ってない
そうなんですね
なぜかというと小谷の方から売ってきて白馬で売って大松で売って
それであずみのあたりで売り切れちゃうんだそうです
エゴ草が
売り切れるんですか
やっぱり人気で
そうですか
なので松本の人はエゴという食べ物はあまり知らないそうですね
ということはこの辺はよく食べてる
食べます
昔から
そうです
夏によく食べますね
そうですか
冬はあんまり食べない
あれ
冬も食べますか
普通に
そうなんですね
別に観光総裁じゃないですよ
そうですか
そこがちょっと同じ食べ物なのに大きな違いですけれども
一番は夏の時にお盆の時に人が集まりますね家族が帰ってきたりして
そういう時に食べたりとか家でもエゴを練ってそれで食べたりということはあります
そうですか観光総裁の時に貴重品ですからね
貴重品ですねやっぱり生み出し犬ですのでご馳走でした
そういうことでこちら糸井川の方から大町の方へは塩のとぶりというものですね
それから相紋紐の昆布エゴ草それから桃面古着かなものということですね
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逆にこっちから運ぶものというのは
大町松本から糸井川に帰る時ですね運ぶものは見ますと朝ですとか
タバコ紙和紙ですねえごま大豆麦そばとありますけれども
結構寒かったのでお米があんまり取れなかったんですね
それなのでこういったものが運ばれていったようです
そうですかやっぱり朝が主体になるんですか
大町の中に三浅と呼ばれる場所が今もありますけれども
昔は旧三浅村と言いましたがそこでは大変質のいい朝が取れたので朝は運ばれたようです
そうですかじゃあ糸井川に運ばれてそれから全国から近く地に行ったんでしょうね
はいそうです
そしてもう一つ資料があるんですけれども
この大町新州に運ばれてきたお塩はどこで取れたものなのかというようなことなんですが
実はじゃあ糸井川規定なら新潟で取れたものじゃないかなと思いになるかと思うんですけれども
そうではなくて一番多く運ばれてきたお塩は瀬戸内海のお塩です
瀬戸内海ですか
はい広島県に竹原という場所があるんですけれども
その塩が竹原で日本の周りを北側へ船と呼ばれる船と商売していましたけれども
瀬戸内海竹原で取れたお塩などを北側へ船に乗せて
それで長崎の方から日本海に出て
それで石川県の方ぐるっと回って糸井川で荷卸をして
先ほどのぼっかとか丑方が歩いてこの新州の方に塩を運んできたんです
そうですか
古い文書を見ますと竹原塩が結構来たというふうに記載がありました
そうですかずいぶん長い旅をして
そうですね
昔からおいしいお塩を食べていたということになると思います
そうですかなるほど
その糸井川の方では家で消費するお塩などは取れたようですけれども
たくさんのお塩は取れませんでしたので
その瀬戸内海のお塩を入れていたようです
そうですかこれは驚きましたね
こんな瀬戸内海で取れたやつがこうやって経由しながら
糸井川までずっと運ばれてきて
糸井川からこういうぼっかみたいな人が運んできてという大変な作業ですよね
そうですねはるばる運ばれてきたんですね
本当にこれは貴重品ですね塩というのは
はいありがとうございます
そしてちょっと後ろを見ていただくとぼっかの輸送規約というシリーズがありますけれども
これは何日ぐらいかけてお塩を運んできたかということなんですね
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右の方が糸井川が起点で左が松本までこれ120キロですけれども
今の宅急便みたいに塩の運び方といいますか
何々便みたいのがありまして一番下を見ますと塩は腐りませんので
例えば幸便とか波急ぎ便とかあるんですが
大町まで来るのに距離80キロですが
だいたい無制限の無期限ということもありましたし
5、6日かけて塩を運んできたということもありました
上の方を見ますと塩魚とか生魚というふうに書いてありますが
生といっても今みたいに新鮮なものではなくて少し塩は振ってありましたけれども
大急ぎ便というものがありまして
そういった場合には糸井川を例えば午後4時に出発をします
次の日の午後4時に大町に到着をすると書いてありますが
24時間
80キロの距離を24時間で運んでくるわけです
すごい
大変ですね
そこで糸をまた変えまして午後5時にそのまま出発をして
次の日の朝7時に松本に到着をするということなんですね
そうなると120キロの距離を1日半で運んでくると
すごいですね
大変な作業だったと思います
すごいですね
やっぱり一人では無理ですので
この下に次というふうに書いてありますが
人を変えてリレー方式で運んでくるわけです
今で言えばトレイルランニングみたいな感じかもしれませんが
ずっと走りっぱなしで
人を変えてそれで松本までお魚とかそういうものを運んだということです
すごいですね
昔の人はすごいですね
信じられないですね
体力もありましたよね
そうですね
今週は品の大町の塩の道の博物館
塩の道長寺屋の館長黒川えり子さんにお話を伺っています
あと荷車にカマスを乗せて運んでくることもありました
荷車もあったわけですね
山道は無理かもしれませんが平坦な道なら荷車で運ぶこともできたと思います
そういう荷車だったりぼっかの皆さんの絵がずっとありました
奥に進んでいただきますと
旅に使われた小物類などを紹介しているんですね
キセルがあったりとか昔の通行手形ですとか
あとちょっと面白いのが懐中包囲器って書いてありますけれども
包囲磁石ですね
磁石
当然包囲磁石は南北とか書いてありますけれども
これを見ると12指が書いてあるんです
昔はもうちょっと細かく方角が仕切られていたんですね
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10センチくらいの丸い磁石になっていますね
周りに牛、虎、竜とか書いてありますね
奥に進んでいただいて
下を見ると食に関するものが展示してあります
一番左にあるのが横麺歯なんて書いてあります
お弁当箱ですね
丸いものは丸麺歯
横に長いものは横麺歯って言うんですけれども
すごく深く作られていて
これは何かというとたくさん距離を歩きますので
お腹が空くのでご飯をいっぱい詰めて
それで蓋でぎゅうぎゅうに押して
おかずは今みたいに豪華なものはなかったと思いますが
お漬物とか梅干しとかそういうものだけだったと思うんですが
ご飯をたくさん入れられるようになっています
すごいですね
ぎゅうぎゅうのご飯を力にして
そうです
歩いてきたんですね
何キロ歩くかやすからね
そうですね
真ん中にあるのが竹の水筒ですね
時代劇も出てきますが
竹を節で切って
沢の水とかを汲んで
それで水筒として使っていたと思います
一番右にひいりげと呼ばれるものがあるんですけれども
これがですね
なんて言うんでしょうか
巻物みたいな
形としては巻物のようですが
これは藁で作られているわけではなくてですね
藁という植物がありますが
藁の方の藁ですね
ちょっとシャカシャカしているといいですか
通気性のいいものですね
これを編み編んで
何を入れたのかと言いますと
これはですね
中におにぎりを入れて
それでくるむわけですね
そうすると藁の草というのは
殺菌作用があるので
これでおにぎりをくるむと
おにぎりが腐らなかったそうなんですね
そうですか
昔の人はそういうものをちゃんと知っていて
自分たちでこういうものを編んで
それで使っていたと
すごく知恵がありますよね
これ大きさは4、50センチぐらいの
敷物みたいな
そうですそうです
今で言えばナフキンみたいなことだと思います
よくできてますね
これにおにぎりをね
くるんで
それで持ってきたそうです
ひいりげですね
ひいりげと言います
ちょっと上を見ていただくと
こちらは平林家の来歴と書いてありまして
塩の道とはちょっと離れますけれども
平林家の建物の資料があります
平林家というのはですね
昔大町都市寄り住人集という人たちがいまして
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大町の町は豪族の西梨が
作ったんですね町を
西梨というのは
基礎吉中
源の吉中について
京都の方に警備の仕事をして
行っていたんだそうです
こちらに帰ってきて
それで大町の町を作って
大町都市寄り住人集というのは
その西梨の家臣の住人
そのうちの一軒がこの平林家になります
昔からいろいろな
商屋ですので商売をやっていたんですけれども
当時の大正7年の写真が残っていたりとか
しますし
あとこの平林人材門というのは
江戸時代に
ここのご当主の方だったんですが
大正6年に発行された電気の本が残ってまして
それを見るとですね
何が書いてあったかというと
人材門さんは
この大町で
塩があまり入らない時代があって
これをなぜかというと
糸井川に新州どんやというどんやがありまして
独占的な空き台をしていたので
どんどん塩の値段をつり上げていったんです
それで塩がここに入ってこなくなっていて
民が困っていたと
それを見かねて人材門さんが
単身で石川県ですね
加州の方にまで行って
それで前田家に頼み込んでですね
それで安い塩を分けてくれないかということで
お願いしたということが
この電気の本に書いてあって
分けてもらえることになって
この大町の人々に喜ばれたということが書いてありました
いいことをやられたんですね
そうですね
あとこの平林家の建物も非常に貴重なんですけれども
それに関する資料
実はこの建物というのはですね
一番右にここを設計した人の写真がありますが
縦石誠二という方がですね
この建物を設計したんですね
この人はどういう方かといいますと
松本出身の大工の当領だったんですが
松本に旧松本開地学校ってありますね
国宝になっておりますけれども
その開地学校を設計した人が
縦石誠二さんで
その人がこの塩の道長寺や
この平林家の建物を設計したんです
そうですか
この資料を見ますと
この平林家がですね
縦石誠二さんに7円払ったという記述が残っていました
これでこの人が関わっているということが分かって
この7円はこの建物を設計するときに
使用書というものを縦石誠二が書いたんですが
それを書いたお礼だそうです
そうですか
設計料ですね
そうなんですね
こういったものもあります
じゃあ奥の方へお進みください
段差がありますので気をつけてください
左に見ていただきますと
ここにちょっと古い資料がありますが
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紀元の伝承って書いてありますけれども
敵に塩を送るということがありますよね
言葉がありますが
武田信玄と上杉謙信のお話ですが
謙信が敵であった武田信玄に
塩を送ったという美談があります
その塩を運ばれた道が
この築二街道じゃないかという
そうですか
そういう説がありますが
これは立証されているわけではなくて
一応伝承できているということなんですね
大町松本には
松本は1月10日、11日
大町は2月11日に雨市と呼ばれるお祭りになり
この雨市はもともとは塩市と呼ばれていました
どういう祭りかといいますと
一番最初に始まったのが
謙信が送った塩が到着した
これを記念して雨市、塩市が始まった
塩市から飴を売るようになって
雨市に名前が変わったんです
なので本当かなという気もするんですが
ちょっと立証はされていないです
そういった古い資料もございます
後ろを見ていただきますと
ちょっとお人形さんなんかが飾ってあるんですが
真ん中にあるのは平林家の江戸時代の雛人形
雛人形ですか、また古いですね
すごくサイズが今のより大きいですよね
大きいですね
昔はお人形を持てるというのはなかなかなかったので
やっぱり平林家は非常にお金があったということだと思います
大体座高30センチくらいのお雛様ですね
大ぶりのものですね
もう一つ後ろを見ていただくと
これは面白い風習なんですが
七夕人形というものが
七夕人形
初めてご覧になりましたか
初めてですね
これは木の人形に子供の浴衣を着せて
七夕の時に飾る人形なんです
織姫と彦星、男の子と女の子の人形があります
これを軒先とかに吊るして飾るんですが
真ん中にちょっと変な人形がいますよね
この人形の大きさは大体50センチくらいの大きさですかね
そうですね
真ん中にいる人形のことを皮ごしって言うんですが
皮ごし
ちょっと顔がお相撲さんみたいな顔が描かれてますけど
この皮ごしが非常にいい訳がありをするんですが
これも着物を着てますね
着物を着て赤い帯を締めてますね
真ん中のこれですね
この皮ごしさんというのは何をする人かと言いますと
織姫と彦星というのは7月7日、七夕の日しか会えませんね
その時に天の川を渡って会うわけですけれども
その時にお天気が悪くて天の川が増水して
二人が会えない場合に
21:00
この皮ごしさんがですね
二人のどちらかを背負って
それで川を渡って会わせてあげるという役割をするんです
皮ごしさん
はい
なので川を渡りますので
足が長く作られていることと
それと着物の裾をですね
腰の紐のところに入れて
こういうのしっぱさみって言うんですけれども
それで着物が濡れないようにして
三つ一緒に飾るのが本来の飾り方ということです
そうですか
はい
この皮ごしさんともう一つは
織姫と彦星
その二つ全部で三つを一緒に飾る
そうです
これはたらわた人形ということですか
そうなんです
ただこの織姫と彦星を飾る風習は
まだ少しだけ残ってますけれども
皮ごしを飾るというのはもうほぼないです
そうですか
はい
初めて聞きましたね
この皮ごしさんというのは
すごくいい役割
そうですね
はい
お話の中にエゴ
オキュートの話が出てきました
博多のオキュートと違って
大町のエゴは特別な日の食べ物だったという話が出てきました
塩は瀬戸内海の塩がぐるっと日本海へ回り
糸井川から塩の道を通って
長い距離を運ばれてくるものだそうですから
同時に運ばれてくるエゴも
大変な貴重品だったことがわかります
品の大町の塩の道の博物館
塩の道長寺屋の館長
黒川えり子さんにお話を伺いました
続きは来週お送りします
ここでリポーターの中島理恵さんです
こんばんは
塩の道長寺屋のある大町市
実は水を楽しむべき町なんですよ
水もおいしそうですよね
そうなんです
北アルプスのふもとに広がっているわけですから
実は水道の水も湧き水ベースなんですよ
そうなんですか
湧き水が地表に出る前に出水して
それを水道水にしているのが大町なんです
水道の水もおいしそうですね
だから法律上必要最低限の塩素を
加えなくてはいけないという
逆においしさ度合いが下がっているぐらいの
そういうお水がこんこんと湧いているところなんです
その中でもこのお水の湧いている感じが楽しめるのが
塩の道長寺屋側にある
大町の中心街メインストリートがあるんです
アーケードがある商店街が並んでいるんですが
片側一車線ずつ道幅で行くと8メートルぐらいかな
大きな道路がポンと行くあるんですが
この道路の東側と西側
つまり道路を挟んで両側で水の味が違うんです
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どういうことですか
ちょうどこの道路を境にして
それぞれお水の元になる
湧き水の出どころ
種水地って言うんですかね
違うんですね
飲み比べたい
そう飲み比べられるんです
面白い
このアーケード街のところに
キュッとどなたでもどうぞ状態で
この湧き水出してありまして
道の片方は男し水と書いて男水と呼ぶ
もう一つは女し水と書いて女水と書くんですね
名前の通り
どっちかっていうと
男水の方がシュッとした感じ
シャープな感じ
女水の方がちょっと口当たりが柔らかいかな
っていう感じなんですね
本当に横断歩道があって
横断歩道の向こうとこっちにちょうど飲めるところがあるんで
行ったり来たりで飲み比べられるんですが
確かに味が違うことがわかる
面白い
本当に高度が2度ぐらい違うらしくて
これが味の違いないんだと
大概の人が味の違いがわかるんで
ちょっとしたきき水名人になれる
そういう場所なんですよね
それでお米を炊き比べたり
コーヒーを入れ比べたりしたいですね
その通りですよ
味違うんです
それで行くと面白いのが
この道を挟んで東側と西側で
日本酒の蔵がいくつかあるんですが
蔵のお酒の味わい特徴がやっぱり違うんです
面白い
男水側はどっちかというと
すっきり透明感がある感じ
女水側はちょっと柔らかい口当たり
やっぱりお水って
お酒に影響するんだって思えるんですよね
そんな中このアーケードを北上したところにある
男水側のお水で
クラフトビールを醸しているところがあります
北アルプスブルワリーというところなんですが
取締役で醸造を担当している松浦修平さん
もともとはコーヒー職人なんです
後にクラフトビールの世界
5年ほど前に入ったんですけれども
立ち上げた時の気持ちはこんなふうにおっしゃってました
水飲んだところで
この水めちゃめちゃおいしいなって
なかなか少ないじゃないですか
喉乾いてれば大体おいしいし
冷えてればおいしいし
でもそうやってコーヒーとかビールにした時に
より分かりやすくなるんじゃないかなっていうので
それがやっぱり水がいいから
ビールもおいしいねってなった方が
分かりやすいなと思って
近隣の市町村全部あるのに
なんで一番水がおいしい大町にないのっていうのがあったんで
じゃあ俺らがやろうよっていう感じで
作り始めたんですよ
そうしますとこんな味のビールができました
ビールにしてもコーヒーにしても至高品なんで
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その一概に絶対おいしいですよとは言いにくいんですよね
ただとにかく飲みやすく丸くなるって感じです
味が
へー丸くなる
そうなんですよ
ラガーも作ってるんですが
かなりすっきり飲みやすい
だとエール系のビール
普通は苦味が特徴だったりするんですが
あえて水の調整をせずに
この大町の男水で仕込んだ結果
エール系好きな人にとっては
ちょっと物足りないかもしれないけど
ものすごく柔らかくて
透明な丸いエールができた
いい味です
ぜひ味わってください
水を楽しむ大町市への旅の玄関口も
新州松本空港です
FDA富士ドリームエアラインズの直行便で
旅立ってください
高島リエさんでした
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