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「古代の福岡を歩く」14回目も平原遺跡を歩きます。
2026-01-04 30:30

「古代の福岡を歩く」14回目も平原遺跡を歩きます。

平原遺跡の王墓で注目されるのは副葬品です。

この王墓からは武器がほとんど出土していません。そして、「耳とう」 といわれる

イヤリングや、ブレスレットなどの副葬品が多いことなどから、葬られているのは、女性ではないかとみられていることが注目点の一つ。

さらに、内行花文鏡という巨大な銅鏡が5面出土していること等々が注目されます。
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00:10
古代の福岡を歩く遥かな昔。 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩く。 この番組はJA福岡やめ
道の駅村方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
あけましておめでとうございます。JA福岡やめの食売所ヨランノの餌柄です。 初売りは明日5日の朝9時からです。
今年も福箱用意してます。お楽しみに。 本年もJA福岡やめのヨランノをよろしくお願いします。
あけましておめでとうございます。坂田秀大です。 今年もよろしくお願い致します。
今週は先週の続き、 糸島の代表的な大戸の中の一つがある平原遺跡の話です。
ご案内を糸島ふるさとガイドの水戸間節佑さんにお願いしました。 水戸間さんの話は大戸の周りの鳥居の話からです。
お墓の周りには3つ鳥居があります。
一つは日向峠を招拝するための鳥居。一番大事なところですね。
二つ目は高須山。高知保と言われていた高須山を招拝するための鳥居。
三つ目が雷山を招拝するための鳥居なんです。
雷山はスイカ雷伝神がいらっしゃいます。農業の神様です。
だから女王様は雷山に向かって雨漕い神事をしていたのではないかと思われます。
雨のために雷を呼びます。だから雷山、雷の山と書いてあります。
農業に必要なのは太陽ももちろん必要ですけど雨もとても重要なのは水です。
だから雷山の雷様を呼んで雨を降らせてもらってお祈りする。
だから雨漕い神事をしておりました。
だから雷山はですね、漢字をよく見てください。
03:01
田んぼに雨って書きます。
雨を呼ぶ山、雷を呼ぶ山、雷山なので。
雷山に来ましたけれどもそこでもスイカ雷伝神のお話しした途端に雨がさっと来ましたね。
今日もまたここに来る前に雨が降ってくれましたのできっとですね、
雷山の神様がちゃんと自分のことを説明してくれって言ったのかなと今は上がってますので。
つい忘れそうになるんですけどとっても重要な山なんです。
弥生時代から雷山に向かって雨漕い神事をしていたのではないかと考えられます。
これはちょっとした発見だな。
そうですね。
だから勝手にできているわけではなくて自然と調和できるように
四方、東西、南北をきちんとわかった上でのお墓の位置だと思われます。
このお墓の位置がちょっと疑問だったんですね。
皆さんが住んでいる場所とちょっと離れているんじゃないかと言われていましたよね。
そうですね。
その疑問がちょっとこれで晴れますね。
この場所をね、自分の眠る場所をよく考えて作ってあるということですね。
そうですね。
弥生の人にも説明がつくような位置をきちんと守って作られているというのがですね、
やはり2000年前の人たちなんですけれども不思議ですよね。
不思議ですね。なるほど。
今こうやってお話しさせていただけるのもこの位置だから。
しかも十分納得していただけると思います。
しますね。日形峠を中心に考えるということもこの上層にあったんですね。
自分が眠る場所というのがよく計算して作られたという、そういう気がしますね。
不思議ですけどね。だから今にもですね、お話ししているだけでも蘇ってきそうですね。
蘇ってきそうですね。
そういう遺跡ってあまりないと思います。
これはもう今の糸島がちゃんと自然豊かに2000年前から保たれているという証拠だと思います。
ここが開発されてしまっていたらこの風景はもう見れなかったと思いますので、
こういうお話もできなかったんですけれども、
今ほとんど2000年前と変わらない景色を残っているこの糸島だからこそ、
私たちはこれまでずっとありがたく大事にしていかなきゃいけないと思っております。
雷の話にもう一つ付属がついていて、雷が落ちた場所というのは豊作になるんですよ。
そうなんですね。
地中の中の窒素がですね、雷と一緒に地中に降り注ぐので、
植物が育成させるのに窒素は重要不可欠な肥料です。
06:05
それが多く含まれるので、雷が落ちた場所は豊作になるというのがですね、
これは現代の科学でも解明してもらってますので、
そういうものもあるので、雷様は悪い人ではなくて怖い人ではなくて、
もう農業の神様そのものなんで。
そうですか。
じゃあ大事な神様じゃないですか。
大事な神様なんで。
農業にとってもね。
農業にとって大事な神様で、水火、雷電、神話、日本中でこの雷山にしかいらっしゃいません。
そうなんですか。
なるほど。雷様っていうのをね、なかなかね、みんな怖がって。
怖がって、はい。
忌避する、まあ避けるという感じがしますけど、逆だったんです。
逆、大事な大事な雷様。
だからこそ陽廃所もちゃんとあると言われますね。
なるほどね。
365日、こちらの方は五穀豊穣を太陽に向かってお祈りされてたんです。
そのための道具が大きな大きな鏡です。
ああ、そうですか。
へー、なるほど。だんだんわかってきたな。
だんだんわかってきました。そうなんです。
大きな鏡が。
そういうことですか。
鏡を太陽に見立てて、毎朝毎晩お祈りしてたと思われます。
女王の仕事でもあったんですね。
女王の仕事でもあったんですね。
雨漕い、晴れ漕いっていうのがあって、雨漕い用、晴れ漕い用の鏡っていうのがあって。
そうなんですか。
そうなんです。だからいっぺんに言っちゃうとみんなわかんなくなると思うので、
32枚ある方角菊指針鏡ですね。
これがこういうふうにデザインが6種類あります。
そのうちのデザイン2種類を持ってきました。
で、これが、これが雲を呼ぶ鏡です。
へー。
雲模様です。
あ、まわりがね、鏡のまわりが雲。
こっちが晴れ模様です。晴れ漕いに使う鏡です。
デザインが違うんですか。
デザインが違うでしょ。
はい、同じ、方角菊指針鏡って言うんですけど、雲と、皆さん太陽を描くときどう描きますか。
まわる描いてちょんちょんちょんちょん。
まわる描いてちょんちょんちょんちょん。
これ太陽の光です。
太陽三角形。
はい、太陽の光です。
で、こっちは太陽ですけれども、その上に雲がかかってるので、たぶんこれは雨漕いだと思われます。
これが合計32枚あるんです。
32枚あって、晴れ漕いが23枚あるんです。
雨漕いが9枚あるんです。
32日のうちに晴れた日が23日で、雨の日が9日だったら、ちょうどいい塩梅なんです。
09:01
あ、そうなんですか。
はい。田んぼとか、植物にとって。
へー。
はい、半々でもダメなんです。
晴れの日は何日?
晴れ漕いが23枚あります。
へー、そうなんですか。
で、雨漕いが9枚。
9枚。
はい。
で、雨が9日か。
そう、32日を1月とした時で。
だから、その塩梅で毎日毎日、ずっと晴ればっかりやったら、これ持ってきて、はい、雨を降ってって、たぶんやってた。
ここら辺はですね、実は想像なんです。
証明できてませんので、考古学の話ではありませんので、そこはちょっと注意が必要なんですけど、そういうことも十分考えられると。
えー、今お話を伺っているのは、方角菊指針鏡という鏡の話です。
はい、そうなんです。
というところなんですが、実はですね、三戸さん、伊都国平原遺跡保存会という肩書も持っていらっしゃいまして、この保存会にも加盟して、そして、最近本が出ましたね。
はい。
井出正幸さんという人が書いた、日本は太陽の国、天照の国という本で、一冊目が伊都国は日本最初の伊の都、そして二冊目が古事記で読み解く日本国家の起源というこの二冊の本、これとも三戸さんが関わっていらっしゃいます。
はい、そうですね。
これどういった本になりますか。
はい、実はですね、井出正幸さんにつきましては、この平原のコスモスのことからお話ししてあげたいんですね。
井出正幸さんは今見ていただいているコスモスが綺麗に咲き誇っている畑の持ち主なんですよ。
あー、そうなんですか。
はい、無償で提供してくださっています。
へー、この畑の持ち主。
このコスモス畑は27年前に井出正幸さんがこちらの女王様のお魂を鎮魂するために、鎮魂のためのコスモスとして植えられたのが初めてなんです。
そうですか、いやもう一年今ね、赤、白、ピンクのコスモスが咲き見られているという感じですね。
はい、だいたい20万本ぐらいあります。
えー、そんなにある。
はい、27年前にお一人でコツコツとですね、何のためにって言ったらこちらの女王様のお墓でした。
お墓の服装品全部出してしまいました。なのでもう申し訳ないのでお慰めするために鎮魂のコスモスをということで言ってらっしゃいます。
そういう方が書いた本ですが、内容はどんな内容ですか。
内容はですね、まず第1部の方はこの平原遺跡については、八田の鏡を持っていた伊都国の王様のお墓であって、この人から始まったのが日本だよと、そんな感じの話でしょうかね。
12:12
その次の2部の方なんですけど、その古事記で読み解く日本国家の起源と副題がついております。
古事記って巨頓となりますよね。そこはですね、実は私の関わりがすごく大きくて、私はこの遺跡のすぐそばで育ちましたので、遺跡のこのコスモス畑を作っていらっしゃる吉政之さん、伊出政之さんのところに行って、平原遺跡の言葉を教えてと。
単純にですね、単純に何やろうかって聞きに行ったんです。そしたら、うん、わかった。ならちょっと教えちゃるけん、勉強はしなさいということで、本を持ってこられました。本を見せて、読み解かれていきました。
その本はですね、実は古事記の本だったんです。私平原遺跡のこと聞きたいのになんで古事記ですかって聞きたかったんですけど、最初は遠慮しておっしゃる通りに古事記の勉強を順々にしていったら結構面白かったんですよね。古事記の読み解き自体が。
なるほどそういうことですかって、古事記はこれこれこういう意味で書かれてて、平原遺跡のこととか弥生時代の伊都国の話が古事記のモデルになってるんだよという、そういうお話をつなげてくださって。
で、はーなるほどわかりました。でその古事記と平原遺跡はどういう関係があるんですかって聞きましたところ、いやもうそもそもが古事記に書かれている八田の鏡だとか伊発の三つ丸のマガタマだとかそういうものをね、全くモデルとして使われた方がこの平原遺跡の人なんだよって。
平原遺跡の王様が眠っている女王様がまさに古事記に書かれている人のことなんだよと。そこからはですね両方を学ばなきゃいけなかったのでちょっと大変だったんですけど面白かったです。
そういう話がこの古事記で読み解く日本国家の起源第2部の方に本当に古事記で読み解かれておりますので。
それが日本は太陽の国天照の国第1冊目が伊都国は日本最初の井の都第2冊目が古事記で読み解く日本国家の起源という本であるということですね。
全国の書店の方で収めさせていただいてますので問い合わせていただいたらお手に入ると思います。
ぜひ皆さんゆっくりじっくりと読んでいただければと思います。
ありがとうございます。
15:01
といったところが伊都島の平原遺跡の話でした。
ご案内を伊都島ふるさとガイドの水戸真哲夫さんに伺いました。
代わっては世高町の河童の神の像、河童真像の話に移ります。
この番組でもかつて紹介しましたが、このほどこの人形が新しい公民館有留公民館に展示されるようになりましたので訪ねました。
お話を宮益有留区長の古川博嗣さんに伺っていきます。
まず人形があった隣の神社、若宮神社から訪ねます。
靴を脱ぎまして神殿の方に入っていきます。
古い神社です。相当歴史のある神社ですね。
もともと大正時代にこちらの方にこの神社移転してまして、すぐ近くなんですけどですね。
その時の部材を全部そのまま持ってきて見立ててますので、それは以前からのものですね。
私たち若い頃は天井絵がものすごく鮮明で綺麗だったんです。
残ってますけどね。
だからよく寝転がって天井を見てやってましたけど、それからもう本当ボロボロになってますけど、周りには三十六花繊の人たちの絵が全部あるんです。
それ風の絵が見えますね。色はちょっとね。
焦ってしまってるけどですね。
ですからこういうのを本当再現したいんですけどね。
そしてその中を。
ここが拝殿ですね。
こっちが神殿ですね。
拝殿から神殿に渡る階段の真上ですね。
こちらに我々はカッパさんカッパさんと言ってたんですが、力神さんという力の神という力神さんが張りをしっかり支えてるんですね。
下の方は踏んどし姿なんですよ。
踏んどし姿ですね。
踏んどし姿でもう歯もボロボロに欠けてるんでしょう。
ですから張りを一生懸命支えて大変な思いで支えてるんで歯もボロボロだと。
それから後ろを見ていただいたらその踏んどしももうしっかりずれてしまってですね。
見えていけないものが見えてると。
お尻の部分が見えてまして踏んどし姿がちょっと見えてるという。
18:06
大きさだいたい4、50センチぐらいの像ですね。
これが張りの部分にちゃんと彫り込んであると。
これがちょっと珍しいですね。
そしてこの辺は行政の名前では有留地区ですね。
自分の方はちょっと違う姿をされてるんですか。
そうですね。
私も今74歳ですがそれより上の方たちというのは厚見と言います。
厚見。
厚見と言うんです。
有留を厚見。
宮城近郊の方たちもここの場所を聞いたとき私が有留と言ったら厚見ですねって。
おっしゃるぐらいここの厚見というのは名前が知れ渡っているんですよ。
そうですか。地元では昔から厚見、厚見と言ってた。
厚見、厚見と言ってた。
厚見じゃなくて厚見と言ってた。
厚見と言ってた。厚見と言ってた。
というところだそうでこれはひょっとすると厚見族の厚見じゃないかと海洋民族と言いますか。
海を生業とした民族の人たちがこの辺にいたのじゃないかという感じですかね。
私がちょうど30ぐらいの頃ですね。
40数年前に当時の世田谷町の共同志家で村山賢治先生という方がいらっしゃいましたね。
その方とお会いしたときにお聞きしたのは
この有戸道区は安住水軍がいたところだとおっしゃったんです。
安住水軍。
村山先生の本誰にも書けなかった大山大学。
あの本にもこの力人さんが紹介されています。
そうですか。
これはこの力人さんの像ですけれども。
これは屋内の人が作ったんじゃなくて、なんて書いてあったかな。
中国の方から。
そうです。
茂田遺跡だったかな。
そこの木の石管の上に被せてあった。
その布に中国の神話が書かれているんですね。
その一番下に大地を支える神様がいるんですよ。
21:00
それじゃないかなと。
ですからもし安住族がここにいて、中国大陸からその人たちが来たのであれば
中国の神話を一緒に持ってきてそれを祀っていたんじゃないかなと。
中国の神話では島というのは海に浮かんでいるんだと。
ですからそれが揺れるから大きな嵐とか地震とかで揺れるから
その大地の神様がしっかりそれを支えているんだと。
そういう神話があるということを書かれていましてね。
その神様を安住族の人たちが持ってきているんじゃないかなというようなことを書かれていました。
本の中に出てくる力神さんで力の神。
力の神。
針を支えていらっしゃる。
その像じゃないかと。
力神さんの話、なかなか興味ある話です。
来週はこの続きとカッパ神像という人形についてお送りします。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
今年最初のおすすめ情報は糸島からなんですが、実は糸島初のワイナリーができているんですよ。
2024年にできたんですけれども、糸島舛添ワイナリーというのがこの名前なんです。
もともと地魚を扱う飲食店をやっている会社がやっているんですが、
糸島舛添ワイナリーの醸造長、まぶちたかしさんに、どんなポイントがこの舛添ワイナリーのワインなのか聞いてきました。
その地魚と楽しむワインを作りたいということなので、基本的には白ワインがメインで、すっきりしたフレッシュな感じのものを目指しています。
一部ロゼとかジーベイとかにも合うなというふうに思っているんですけど、
本当に糸島で水揚げされる地魚、カキとか海産物も含めてなんですけど、
それをイメージしながら作っているというのがうちの特徴だと思います。
いいですね。
全部で4種類あるんですけど、ぶどう畑も結構海の近くにあったりもするそうなんですが、
実は去年、糸島産のぶどうを100%使った糸島ワインをリリースしているんですよ。
デラウェアとマスカットですね、2タイプあるんですけど、デラウェアの方が100%デラウェアで仕込んだと。
それってすごいどんな味なんだろうと思って、まぶちたかしさんに聞いてみました。
24:03
糸島はわりとぶどう栽培をやってきた歴史があるということを、
ワイン醸造を始めてから知ったんですけど、
特に桜井とか寺山とかそこら辺にかけてデラウェアを作ってきた歴史があるので、
第一歩、糸島ワインを作るとしたら、
そういったもともと地元で先輩方が作ってきたものを使いたいなというのはあったので。
いいですね。
この気持ちで仕込まれた糸島ワインのデラウェア、ちょっとゴールドっぽい色味なんですよ。
香りはデラウェアらしいトロピカルな甘さなんですが、
飲んだらすごいドライで強い感じ。
でも強すぎない、逆ツンデレみたいな見た目の印象と味の背筋伸びる感じが全然違って面白いワインだったんですよね。
もう一つのミスカの方も、マスカットなんですけど香りが柔らかくて、
最初の口当たりもふわっと柔らかいのに、
過度の丸い酸味が口の上に広がるっていうんでしょうか。
そしてスッと抜ける。
いずれの糸島ワインもすごく美味しかったんですね。
この作られているマスエワイナリ、場所は二条マスエ。
松の木に末、一番末っこの末ですね。
海沿いの山合いっていう場所にあるんです。
国道のそばなんですけど、小道を入ると車一台分ぐらいの細い道で、
塗装されてないコンクリートで固めてるだけの部分もあって、歩くと登山状態。
選ばれし者のみたどり着くイメージですかね、なんて笑ってらっしゃったんですけど、
ここも地元の方の協力で出来上がったワイナリだと言います。
で、私がずっと言ってる間にマスエワイナリっていうのが名前だと。
ワイナリだけどマスエワイナリっていうのが名前だと言ってるんですが、
その秘密、このワイナリの命名も地元への思いがいっぱい詰まってました。
特にマスエイナリ神社っていう神社、地域の宇治神様のほんとにすぐ裏にあるワイナリで、
マスエイナリの裏にあるのでマスエワイナリっていう名前にしてるんですけど、
ぜひお越しいただいたからにはマスエイナリ神社にもご参拝いただいて、
地域の歴史とか思いを感じていただけたらなというふうには思います。
マスエイワイナリなんです。
そうなんです。
なんか高級なダジャレでいい?
ダジャレです。
本当に名前をどうしようか悩んでた時に、
イナリ神社の前を車で夜中11時くらい通ったんですけど、
思いついたんですよ。思いついたというか振ってきたんですよ。
マスエワイナリだってこう。
すごい。マスエイナリの真ん中に輪が挟まってるだけですね。
そうなんですよ。だからワイナリなんですけど、
ここの名前は伊藤島マスエワイナリで止めるんです。
27:03
なるほど。
実際にお邪魔するとおつまみのある日もありまして、私が行った時は牡蠣が出てました。
ペアリングディナーがあったりとか、泊まることもできたりするので、
ぜひいろいろ尋ねてみてください。
マスエワイナリ最寄りの駅はJRの駅山駅。歩いて25分で到着です。
中島理恵さんでした。
明けましておめでとうございます。道の駅村方の小田です。
初売りはあさって6日朝9時からです。
今年の福袋はさらにパワーアップ。
村方の自慢のものをたっぷり詰めてます。
今年も道の駅村方をよろしくお願いします。
番組からホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの
古代の福岡を歩くのバナーをクリックしてください。
またラジコ、アップル、スポティファイ、アマゾン、
ユーチューブなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
この番組はJA福岡やめ、道の駅村方、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田秀大でした。
数学教師芸人の高田先生だいよーん。
高田先生の算数ワクワクラジオ。
算数が不安なあなたを算数ファンに変えるポッドキャスト番組です。
アップル、スポティファイ、アマゾン、ラジコなど各種音声プラットフォームで配信中。
4649よろしくー。
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