1. 古代の福岡を歩く
  2. S7 14回目はいよいよ古代官..
2022-01-01 30:31

S7 14回目はいよいよ古代官道歩きのスタートです。

水城西門からいよいよ古代官道水城西門ルートの出発です。ここは鴻臚館へまっすぐつながる道です。西門から大宰府政庁があった都府楼跡をめざします。

古代官道の跡は現在も残っている部分もあればなくなった部分もあります。

そして、道の左右にはいろんな遺跡が数多く残っています。

それを捜して、紹介しながら歩きます。

西門跡をスタートしてすぐに道ばたにごろんと横たわっていたのが⒉メートルを越える大きな岩です。これがどうやら東門にもあった門の礎石です。柱を差し込んだと見られる穴もあいています。

しばらく歩いて点滅信号を右折。平行して走っている県道31号線の方へ歩いていくとお地蔵さんが8つと屋根を瓦でふいた立派な像がありました。

高さ30センチくらいの11面観世音菩薩像です。

地元の人に昔から大切にされてきた像だとか。歩くとこんな風景が次々に出てきます。」




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古代の福岡を歩くシーズン7 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン7 この番組は
三山市の企画協賛 餃子のヤマハチ
道の駅村方の提供でお送りいたします 餃子のヤマハチです。三山市で育ったセロリの餃子ができました。
今が旬のセロリの旨み香りが生きています。 セロリ嫌いだった私も病みつきになりました。
一ぺん食べてみてください。
明けましておめでとうございます。 坂田秀大です。今年もよろしくお願いいたします。
シーズン6ではダザイフの伝説をお送りしましたが シーズン7でも少し違ったコースでダザイフを歩きます。
今回はかつて我が国を訪れた外国のお客様が 航路間からまっすぐダザイフ西門へ入り
そしてダザイフ成長を目指した古代間道 水木西門ルートを歩きます。
先週は西門近くの水木跡公園と水木の断面付近をうろうろしていましたが 今週からいよいよ古代間道に入っていきます。
ご案内はことダザイフ保存協会学芸員の田中健一さんです。
道幅が非常に狭いところですが 結構車が通る道になっているんですね。
今土類を切った部分ですね。そこを通っています。
この辺は昔の河原なんかもたくさん出てますよね。 そうですね、終年からは三笠川や鬼川なんかも出ています。
今津川さんと飛んでいる断面部分ですね。 西門の上部分には京塚なども築かれていまして
北朝鮮では銅製の鏡板とか丹刀とかそういった埋納されたものも すぐこの西門上の部分から見つかっております。
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そして目の前に出てきましたのが 大きな岩が一枚
ゴロンと道の中に転がっておりますけど この岩ですね
大きな岩ですね。 水城門を出ますと左手にある石が
2.3メートル×1メートルぐらいの大きさがある 大変大きな石なんですけども
上部に柱を差し込めたホゾの跡も見えますので 少し開いているようなね。
地元の方では水城西門の門の組織という風に 伝えられている大きな石ですね。
これを門のところに使ったのではないかなと 言われております。
実際に使っていた、東門で使われていた 礎石というのは門のものが東には一つ残っているんですけども
こちらももしかすると西門に使っていたのではないかなと考えると
伝水城礎石の、水城の門の礎石という形になります。
そういった大きな岩ですね。 岩が通りの左の方に置いてあります。
あわせてその石の側には解説板なども整備されてまして 古代関道のどういった方向で走っていたのか
位置関係なども分かる解説板なども設置されてますので そちらの方を見ていただきながら歩いていただくと
より古代関道をイメージしていただけるのではないかなと思います。
この看板は水城の土塁の中に置いてありますね。 地図なんかもわかりやすく書いてあります。
航路間からまっすぐ来るとこの西門へ来るということですよね。
はい、そうですね。
航路間からですね、東南の方にまっすぐに直線に伸びてますけども
途中で距離がありますので役所、馬屋と呼ばれる言いわせの駅が途中に置かれていまして
演技式などの記録であるんですが、正確な場所はわからないんですけれども
そういう駅はですね、役人が、行き椅子の役人が馬を駆えたり、あるいは滞在宿泊などをした
そういった役所が航路間と水城西門の途中にどうも設けられていたようです。
はい、この西門を通って徒浦の方へ向かって歩くということでいいんですかね。
そうですね。今回は水城西門を出発しまして、ちょうど駄財府市や蓄州市を横切りまして
ちょうど駄財府の南の方から、今の二日市の方ですね。
あなたに回りまして、そこからまっすぐ北に上がっていくという、そういうルートを今回巡っていきたいと思います。
というルートを今から歩いていきます。
こっちから行きますかね。
そうですね。歩いてきましたら、ちょうど点滅信号がありますので、小田井からはまっすぐ抜けているんですけども、ちょっとここで寄り道をしました。
06:00
信号から、まずちょっと右の方に歩いてみたいと思います。
えーと、県道31号線でしたかね。
はい、そちらの方にですね。
県道31号線が間もなく見えてくると思いますけども。
その右の方へ歩いていってます。
えーと、信号から50メーターぐらい右の方に入ったところですけども、ここに右手の方にお地蔵様を飾ったところがあります。
えーと、2、4、6、8、8つのお地蔵様を飾って、その左側にお堂がありますね。
えーと、川原で屋根を踏みたお堂がありまして、その中に11面完全音菩薩ということで、観音様が飾ってあるんですね。
そうですね。先ほどの点滅信号から100メートルほどでしょうか、31号線の方に少し歩いてきたところにあるのが観音堂でして、
こちらは地元の地域の皆さんが大切にお祀りされておりまして、中の方にはですね、今日もご本尊が見えますけども、11面完全音菩薩が祀ってありまして、
地域の方々が年ごとのですね、節目の行事を行って大切にお祀りをされているということで、
昔から古いお土産所になっておりまして、今も大切に祀られている菩薩様がいらっしゃいますので、そういったところを見ていただきながら、ぜひ歩いていただければと思います。
えーと、ちょっと中を見てみますね。中を見てみますと、11面完全音菩薩と書いてありまして、
頭の方にやっぱり遠くらいのね、小さい観音様の顔が乗っかっているという像ですね。
高さが30センチくらいの観音像です。これが地元の方に手厚くお祀りされているといったところですね。
この観音堂からですね、県の31号線へ抜ける道があるんですが、その坂の途中に何かがあるということで、今からちょっと歩いて行っています。
坂道をずっと上がって、約100メートルぐらい上がったところになりますかね。
看板が一つ出てまして、神の前遺跡という看板が出ています。これは何の遺跡なんですか。
はい、こちらはですね、古代におきました御城市を中心に牛首窯跡という一大生産地がございましたけれども、その一角でして、太宰府市にあります神の前遺跡のご紹介の看板がございます。
この水着のところからですね、少しこちらに歩いてきまして、この場所、ちょうど県道31号線を挟んでですね、この辺り一帯には窯跡が見つかっております。
09:12
白地調査によりますと、6世紀末頃、少し開けまして7世紀の中頃、また少し開きまして7世紀後半から8世紀の初め頃という、そういった期間にですね、末期を焼いた上り窯が見つかっているわけなんですね。
すごいですね、上り窯がね。
そうですね。ただ、こちらの窯はただの窯ではなくてですね、その5つ見つかったうちの1つからですね、実は末期と一緒に瓦を焼いた窯が見つかっております。
おーすごい。
で、この見つかった瓦というのが時代的に考えますと、日本で最古級、一番古い時代に属するぐらいの瓦窯跡ということで、大変日本の歴史、瓦の歴史を考えるような貴重な遺跡になっているわけなんですね。
ですよね。
看板を見ますと6世紀末から7世紀中頃って書いてますから、
そのぐらいの早い年代になりますね。
そういった貴重な遺跡でございますので、特に見つかりました瓦など68点ほどがですね、太宰府市の文化財として指定されてまして、展示なんかでですね、太宰府市内の施設でご覧いただける機会もありますので、
是非、太宰府の古代の重要な一つの遺跡でございますので、知っていただければと思います。
はい、神の前遺跡という窯跡ですね、がこの辺にたくさんあったということです。
ここからまたUターンして古代館堂に戻ります。
西門から右側に寄り道しました。元へ戻ってきて信号に出ました。
この信号の右側にですね、実はマンションで、あと10メートルぐらいでそのマンションの入り口に着くんですが、そのマンションの入り口に当番が作った案内板があるんですね。
それを今から見るところです。
よく歩きながら通り過ぎてしまうような小さな案内板ですので、ここに当番で島本遺跡というふうに書いた当番があります。
ここは昔の遺跡が発掘されたんですか?
はい、水木からですね、またあの点滅信号の交差点に戻ってきまして、元来た道を南の方にくだいますと15メートル、20メートルほどですかね、行きますと本当にうやくみの中に小さな看板がありますけども、
実は今マンションが建っておりますこの一帯ではですね、島本遺跡の第二次調査という発掘調査が行われまして、こちら側はですね、古代館堂の跡が見つかっております。
12:00
こちらの古代館堂なんですけども、路面の幅がだいたい約10メートル、両側の溝が見つかってますけども、両側がだいたい1.5メーターずつぐらいで、溝全体で合わせますと約3メートルほどの速攻が設けられていたと。
まさにちょうど水城西門を出まして、一直線の直線状にある場所ですので、まさに古代館堂の直線的に道を建設するというのにまさに一致する場所にですね、道の跡が見つかっております。
このマンションの中ですか、それと前ですか、マンションの前だと思ったんですかね、道。
その中のですね、道がですね、今マンションの1階が駐車場になっておりますけども、その駐車場は丁度横切れような形で通っていた形ですね。
10年ほど前かつてはですね、その古代館堂が確認された場所をですね、ここのマンションの持ち主さんの御配慮でも赤く塗っていただいてまして、10年前はですね、知らない人知らない方が見られますと、なぜか駐車場に赤い幅のですね、色がずらっと塗られていると。
実はそれは1300年ほど前のですね、古代の道の跡だったというのがあったんですけど、現在はそのアスファルトも劣化して塗り替えられていますので面影がないんですけども、ちょうど水木西門からですね、ちょっと行ったところ、島本遺跡でもその感動の跡がこうやってきちんと出ている場所でございます。
はい、感動の跡がここに残っているということですね。島本遺跡でした。
これからさらにラタイプへ向かって歩いてますね。
そうですね、南の方に島本遺跡を出発しまして、道沿いにどらりとですね、東南の方向にゆっくり歩いていくんですけども、少し行ったところにですね、この吉松地区の珍珠である神社があるんですけども、ちょっと珍しい変革がかかっていますので、少しまた道沿いにすぐありますので、またちょっと寄り道してですね、ぜひ参拝していければなと思います。
ちょうど入り口ですね。現在は吉松の共同利用施設がありますので、入り口がちょっと分かりづらいんですけども、その吉松の共同利用施設の方に入っていきますと、その施設の奥側にですね、神社が鎮座しております。
ここも太宰府寒道を歩いてて、真っ直ぐ通り過ぎるような感じがするんですけども、ちょっと路地を入ったところということになりますね。
そうですね、こちら吉松地区の珍珠の法万宮八万宮が鎮座しております。
こちらの吉松なんですけれども、地元の伝えではですね、こちらかつてはもともと大変立派な松が建っていたそうなんですね。
それで博多の港に入っていく船の大変良い目標になったと、そういう大木の松があったので、この地区を吉松と呼ぶようになったそうなんですね。
15:00
あ、そうですか。
はい。さてその吉松地区の富士神様なんですけども、やってきまして、鳥居の変額をですね、ご覧になっていただくと、大変珍しくですね、法万宮八万宮と書いてございます。
並んでね、書いてあるんですね。
これなかなかですね、見ない表記かなと思うんですけれども、もともとその吉松地区の富士神様が玉より姫の御事を祀る法万宮でございまして、
この吉松の一つ南の地区には村田という村系の村に田んぼの田と書くんですけども、村田地区の富士神様が八万宮、王神天皇を祀る八万宮様だったそうなんですね。
明治の25年頃と言われるんですけども、その村田地区の八万宮様を法万宮に合祀するということになりまして、この神社で法万宮と八万宮両方をお祭りするようになりまして、
普通ですと、もともとあった法万宮の片額だけをだいたい使うんですけども、こちらは両方の神社があるということで、法万宮と八万宮、平気した片額をかけて両方の神様をですね、大切にされていらっしゃるという神社でございます。
その鳥居をくぐりましてですね、目の前はもうすぐにクスヌキが、これはまたすごい大仏ですね。
大変悪寒のもみ上げるような、大変凛となクスヌキがございます。
それでですね、ちょっとクスヌキで、私が目についたものを、御神木クスヌキに桜が咲きますって書いてあるんですね。
そうですね、名付けて八万宮、法万宮のクスヌキ桜と名付けましょうということで、地元の方から大切にされて、ちょうどお写真なんかもですね、ありますのでここに。
お写真がある。
ちょうど木の股からですかね。
木の股から桜の枝がね。
なるほど、これ桜が飛んできて、そこに根付いたんですね。
そうですね、また変、クスヌキ自体が年代経って大きいものですので、そのうろといいますか、隙間にですね、ちょうど桜がということで、ぜひクスヌキの御神木に咲く桜ということで、
ぜひ桜のシーズンにはぜひお越しいただいてですね、珍しいクスヌキ桜をご覧になっていただければ。
どの辺に咲くんだろう。ちょうどクスヌキ、大きなクスヌキが左右に分かれている部分がありますよね。
あの辺かな。
そうですね、この辺り。
写真から言いますとね、写真見ますと桜の花が咲いている木があの辺にありますね。
珍しい。
桜の良いシーズンにぜひ御参拝に来ていただいて、それを皆さん現物をご覧になっていただければと思います。
八幡宮、法幡宮のクスヌキ桜と名付けましょうと書いてありますね。
18:01
そういう桜も咲くという大きなクスヌキです。周囲が5、6メートルあるかな。本当に大きなクスヌキがあります。
そして再び古代関道に戻り、太宰府城長を目指します。
現在、吉松というバス停の近くになります。この近くにある天神の森を目指します。
次があれですかね。
次は天神の森ですね。
それは分からなかったですね。
森の後ですからね。森してない森。
何かあるのかなと思ったけど。
何にもないです。
前回の伝説のお話もそうですが、地元の方が伝えられた伝承です。
物がしっかり残っていなかったりもするのですが、地域でずっと伝えられてきたものには意味があるのではないかと思います。
吉松のバス停が見えてきました。この先がその場所です。
そうですか。
場所というか後ですけどね。
天神の森です。
まもなく天神の森というところに行きます。
吉松のバス停。バスが走っていますね。この辺は。
吉松のバス停近くになります。
左側に土を持った工事をしているところですね。
ちょうどマフロー工房のコミュニティバスの吉松のバス停があって、それを少し過ぎた左手に木々が立っている場所があります。
何気ない子たちの威嚇ですが、地域の古老の方によりますと、この一帯は昔天神の森と呼ばれていたそうです。
そうですか。
やはりダサいですので、菅原道沢にまつわるお話は各所に残っているんですけども、
こちらの方も、菅原道沢に通われた際に石に腰掛けられて休まれたと。
そういうことに故事に由来しまして、地元の方がこの場所を天神の森というふうにお呼びになって大切にされていたそうです。
現在はもう住宅の開発が進んでしまって、森というか子たちの威嚇が残っているような雰囲気なんですけども、
実は古代観堂にも近い場所でございますので、たくさんの人が行き来したと思うんですけども、
地元では菅原道沢がお通りになって休まれた、そういう大切な場所というふうにも伝えられている跡地でございます。
実はこの辺何回か歩いて探したんですけども、一体どこにそういう森があるんだろうと思って、ここは通り過ぎていました。
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現在は宅地開発がされていまして、この辺にはほとんど木がなくて、2,3本残っているという感じですね。
それと雑草が生えている三角形の土地なんですけども、そこが天神の森の跡と言われるところですね。
ここは何か様式とかそういうのもないんですか?
もう地元の頃の方のお話だけでですね、看板とはないんですけども、やっぱり地元ではそういうふうに大切に伝えられてきた道田猫伝説のその一つの場所ということでございます。
今週は古代貫道西門コースを歩きました。来週もその続きを歩きますので、どうぞ地図を見ながらお聞きになってください。
ご案内は、古都太宰府保存協会学芸員の田中健一さんでした。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
こんばんは、というよりも明けましておめでとうございます。私もよろしくお願いします。
今年最初の情報は、太宰府と福岡農業高校のセット。福岡農業高校って太宰府市にあるんですよね。
このずっと長いこと、太宰府の有名を活かして商品にするっていう事業をやってるんですよ。
商品開発やってますよね。
そうなんです。今年も9年連続でカルビーのポテトチップス合格するバーリットですね。
5年ぶりに復活した福太郎とのコラボレーション。うめんべーを作ってるんですよ。
年齢は有名ですもんね。
今回会ってきました福岡農業高校の食品科学科うめ研究班。11人いるんですが、男女の割合が3対8なんで、それに合わせて女性と代表が村岡さん、山下さん、太宰さん、そして男子生徒代表が手嶋さん。
話聞いてきたんですが、いったいどんな風に活動しているのか。福岡農業高校とうめの活動、太宰さんにこんなことやってると聞きました。
食品科学科の全員でダザイフ成長跡と水木跡のうめを自分たちの手で収穫して、そこから加工まで自分たちの手で行って、それを様々な企業さんに納品してます。
地元のうめを自分で摘んで。
今年は結構大粒で収穫量も多かったんで、200キロぐらいをペーストやシロップになさったんだそうですが、そんな中から今日持ってきました。カルビーポテトチップス合格する倍、今年の味はうめかつお味です。
24:06
うめかつお味。
毎年味が違うんですよ。
ポップなイラストが書いてます。合格する倍。ちょっと味見しますよ。
どうぞ。
うん。しっかりうめの味と香りが。こんなにうめの味が立ってくるとは思いません。美味しいですね。
でしょ。で、これ味を決めるまでもやっぱり長い道のりで1人10案ずつアイデンを持ってきて、それをずっとブラッシュアップして削って2つまで来たもののものを決められないアピール会議を繰り返し繰り返し。
で、さらにカルビーとも打ち合わせをするわけですよ。このご時世直接会って打ち合わせができないからズームで何度も打ち合わせを重ねていく味決めに関してこんなことがあったと山下さん振り返ります。
どっちも選べないみたいな。美味しそうだからどっちも選べなくて。試食試作品を作っていただいて、それでカツオの方に行こうって決定して、そこから薄切りにするのか厚切りにするのかとか、カツオの味をもうちょっと出した方がいいのかとか、
梅の味を少なくした方がいいのかとか、もうちょっと強くした方がいいのかっていうのをカルビーさんと話し合いながら作っていってました。
あとからねカツオの旨味がグワーッと広がってきますよこれ。完成度高いですこの味は。
9年間の売上ナンバーワンを目指してるんですっておっしゃってました。最初に坂田さんが気が付いてくれて、イラスト、このパッケージも生徒たちが関わって作っているので、そのキャラクターが可愛いねなんていうの一言はすごい支えになるわけですよ。
そしてもう一つが福太郎とのコラボレーション。梅んべい。こっちはですね、さらにダザイフ成長の梅を使うと限定されちゃったんで、もっともっと大変なんですが、どんな味になったのかさらに山下さんに説明してもらいました。
梅んべい自体の使ってあるイカとかタコとかそういう原材料も味が楽しめつつ、私たちが使った梅も収穫した、口の中に入れた瞬間に梅の香りだったり味だったりが香ってきて、その後に梅んべい本来の明太子の味も楽しめるようになった。
そんな感じの味わいになっています。
香りから、口に入れる前からふわって梅の香りがくるんですよ。美味しいよね。
まず来ましたよ、梅が。後から明太子、辛子明太子のピリッていうのが来ますね。ふんわり優しい感じですけど、後からパンチが来ます。
この梅の香りがなんとも美味しいんですが、いい製品出来上がりました。歴史豊かな場所の梅を加工して何か良いことあったのかな、ご利益的なことあったかなと聞いたら、国語のテストが15点ほどアップしたとか、二学期の成績がオール5になったとか、さらにこんな話を聞かせてくれました。
27:16
梅研究派もみんな決まっていて、進路が決まっているので、全員合格した場合になっています。
大きなご利益があったみたいです。ダザイフ駅周辺のお土産屋さん等々で手に入りますので、ぜひ探して、福岡農業高校が作ったカルビーのポテトチップス合格する場合と梅を手に入れてみてください。
番組からのお知らせです。
ホームページのご案内です。これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの、古代の福岡を歩くシーズン7のバナーをクリックしてください。
また、ラジオクラウドという無料アプリをダウンロードすれば、スマートフォンやタブレットでもお楽しみいただけます。
この番組は、三山市の企画協賛、餃子の山鉢、道の駅室方の提供でお送りいたしました。
ご案内は、坂田周代でした。
地下鉄祇園駅から徒歩2分、RKBスタービル博多祇園スタジオは、ポッドキャストなどの音声コンテンツの収録から動画のライブ配信まで、様々なニーズにお答えできるレンタルスタジオです。
お問い合わせご予約は、スタービル博多祇園のホームページからどうぞ。
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