1. 古代の福岡を歩く
  2. 「古代の福岡を歩く」18回目は..
2026-02-01 30:32

「古代の福岡を歩く」18回目は神功皇后が通った道の謎です。

神功皇后は14代仲哀天皇の皇后です。

二人は九州の熊襲を討伐するために福岡にやってきます。

仲哀天皇は急死しますが、神功皇后は一人で熊襲を討伐し、朝鮮半島にも遠征したりします。

その神功皇后が通った道に残っている史実を解明していきます。
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00:10
古代の福岡を歩く遥かな昔 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩く この番組は
ja 福岡やめ 道の駅村方
餃子の山鉢の提供でお送りいたします jf 福岡やめの直売所ヨランノの柄頭です
みかんの美味しいシーズンです花たちばなみかんは特に甘いものを厳選しています 美味しいですよ
花たちばなみかん私のおすすめです食べてみてください こんばんは酒田周大です
今夜は久しぶりに神宮皇后が出てきます 神宮皇后は第14代中愛天皇のお妃でした
2人はクマソ討伐のために九州に行ってきます その時通った道には隠された史実があるという話です
一体どういう話が残っているのか話を伺っていきます 元糸島市職員の売りうひで踏みさんです
まずこのルートですけれどもその一つ目というのはこの 井戸島の日向陶芸ルート
そうですね日向陶芸越えてですね
剣道王の二乗戦というのが殴ってくるだろうと言われているんですけど 今のは海ですね海の方経由して飯塚の方に行く
んじゃないかなと思いますね 私もあの太宰府の方からですね
出かけて糸島に出かける時にこのルートを通るんですが 近いんですよね
あの高速使いよりもあの糸島の方は今でも太宰府行く時は日向陶芸越えで行きうしないです
時間かからんちことで今でも相変わらず中川 昔は中川町だったけど中川町を通って太宰府に行くのが
03:04
情堂島なんといっても近いですね近いでしょうね こんな近道があるのっていうぐらいですねそのルートを昔から通ってたということですよね
でしょうね このルート上にいろんな遺跡が
そうですね あの見雲遺跡とかですねいろいろあの
まあ俗に言うその弥生時代の王母がそういうのがもうこの道に沿って点在してます もんね
鹿児島の方に行ってもそうですし なんかそういうのをですねあの私の指導教官でありましたの高倉先生が
あの若い頃にちょっと本に解凍しちゃったんですよね あの太宰府にいらっしゃいましたよね
そうです旧暦の元旧暦ですで西南大学の最後は先生されていて僕は西南出身ですので
まあそういうことでですね で僕は博士課程が西南学院大学で勉強させてもらいました
そうですか その時に指導教会だからですね
それで先生とも話し寄ってでまぁあの そのルートもあるよねって
そういう話し寄ったらちょうどそこに伊都城というのがあるんですよ あの日向峠公園
でそこのところであのまあ 僕はもうずっと伊都城とかの調査担当させてもらいましたから
伊都島時代ですね まあそういうことでいろいろねあのさせてもらったんですけども
峠越えていくときはお城の横通っていくんですよね 横通っていってあの沢原の方に落ちてくるんですよね
で金竹とかあっちの方に降りていくんですけども あそこらへんで青木遺跡というのが
青木遺跡 あの見つかって その伊都城からだいぶ離れたところのその青木遺跡からなんか伊都城という
木管が出てきたりですね それでそこでちょっと不思議だったのが島群とか
伊都群とかですねそういうのもやっぱり出てくるんですよね なんだそこから出るのって話になって
やっぱりその伊都城というお城があって上がその官道ですよね 新しく作った官道
広川公園って言いますかねあの今の202のバイパスですよ あれが踏襲していると言われてますけど
そういうことで202とその日向峠越えが奈良時代もあったんじゃないかって
でその中でねその日向峠越えっていうのはあの今言いましたように弥生時代の大尾がこう隣接していますよね
ということからですねあの高倉先生はあのここに弥生時代のルートがあったんじゃない かなっていうことを言われてあったんですね
06:05
私もそれやろうねと思っとったんですね 僕は就職先が伊都島市やったから伊都城の調査をさせてもらって
報告者も書かせてもらってますのでそういうのを見ていきますと城があったら両 サイドからこうあってちょうど中津の状態なんですよね
なるほど
なるほどはい でずっと間に挟まれたそうだから両サイド見えるんですよね
あー伊都城登ったらわかると思うんですけどあの感動ですね奈良時代の感動 奈良時代に作った感動ですねそして弥生時代から続く
日向峠越えルート これが両サイドから見えるような場所にやっぱり伊都城というのが作られているから
まあそういう意味じゃですね面白いねーと思ってですね ずっと
まあ伊都島時代のテーマにしてましたけど この剣道ルートって言いますか大野城二条線って言いますね
これは深江の方からずっとこう続いているんですね深江から 末永とかいう場所があるんですよ
末永 そういうところから上がっていくんですけどねそして降りて青木遺跡とかがある
金竹とかあっちの方に抜けていくルートですね
このルートにあるその 遺跡というのはどういうものはあるんですか
今言いましたように弥生時代で言うならば三久後遺跡群とか
あまり知られてないんですけども西野堂というとこがあるんですけども
あの一帯に僕は先輩から聞いた話ですけど役人官人と言いますかね役人さんたちの住んでた居住区があったんじゃないかという
それも道沿いですよね 日向峠越えですよね
あれの南側にありますけどねそういうのがありそうだよっていうことまで聞いてます
だから今実際にそこまで田んぼですからなかなか調査にはならないから
なった時はやっぱりそれは意識して今の職員さんには期待したいなと思ってますけど
このルートは三久後遺跡もありますし
岩原やり水のあっちのもんもあればねそれから丸尾台
すぐ岡本 そうですね有名どころがいっぱい並んできますわね
点在してますよねやっぱりこれはあの感動があったから
まず何か基準があったはずです
09:01
基準に沿って設定されたと言いますかね
そういうことを逆に言うと遺跡があったからそこの真ん中通っていたかもしれないですけどね
わかんないですけどねそれはもう今となってですね
ただ現象的にはもう道を通して両サイドに点在展開していくと言いますかね
そういうのがあったんじゃないかなと思いますけどね
このルートを岸和神殿に出てくる
松良国があって徳福があって那国があって文国があると
そういうルートになるんですかね
そうなってくるんじゃないかなと思います
ただ岸和神殿がですね
これは私の考えですよ
多分ですね中国の使いは
伊都国でトマトだったんじゃないかなと思うんですよ
あそこは伊都国っていうのは芸品館がありますから
そこに代表が各国に来てたはずですから
そこでみんなちょっと寄っておいでって言って
あなたの国はどういうとこってメモしていったんじゃないかな
だから合わないと思うんですよ
だから海ってあったでしょ
陸上何日何日
あれ本当に測ったら絶対それコンパスで合わせていったら
合わんはずですよ
だからもうああと思いますよ
ただ言えるのは松良とか伊都国までは間違いないと思います
伊都国までは
表記上ですね
間違いなく遺跡も出てますから
伊都国はですね
出てますからもうそりゃ間違いなかろうけど
その先がはてなはてなはてなという感じですよね
那国までは大丈夫じゃない
那国もですね
福岡市一帯とかいう人もおるし
筑豪の方に筑豪川とかカウリウンジをいう人もおられますから
これもわかんないと思いますよ
ただ伊都国は間違いなく
伊都島とかあの一帯周辺でしょうね
あそこまでは間違いないと思いますね
これはあれなんですけど
僕文献史学って言うんですけど
日本書紀とか文字書いてあるの読むんですけど
文献っていうのは政治的な意味合いがむちゃくちゃ強いんですよね
時の政権にその時の政権に合わせて内容を変えられたりすることもある
だからこの神宮皇后伝書もそうです
変えられたりしてるんですよね
だからその意味では
100%信用できるかっていうのは何も言えないですね
12:01
だから言えるのはもう考古学的な証明ができている伊都国と
伊都国までじゃないかな
奈国が福岡市周辺である可能性は高いと思いますけども
あとはもう僕ちょっと弥生時代の専門家ありませんから
これ以上はもうちょっと言いませんけど
儀式は前年によります
こんな感じかなという
松良国 伊都国 奈国 文国っていうのは
結ばれとったんじゃないかなということですよね
そのルート上にこの道路があると
日向峠を越えるルートがあると
今週は神宮皇后がかつて通ったといわれるルート上に残る史実について伺っています
まず伊都島の日向峠を越えるルートに残る史実を伺っています
続けます
その後古墳時代から歴史時代にかけての日向峠
これはもちろん岩井の乱が出てきますよね
当然ですね
この岩井の乱の時代にも使われたということですね
可能性高いですね
やっぱりこの道通ってから伊都島半島の一番半島ですね
島の半島のところですけども
あそこの今でいう市町が
市町が日向峠ですもんね
これは熊本から来てますもんね
だからどうやって熊本の方から上がってきたかと言ったら
岩戸山古墳から
霞宮家に通じる岩井のルートを支配していたルートを辿って
日向峠越えを辿って進出していったんじゃないかなと思いますけどね
そうですか
この日向峠というのが
なかなか人みたいな感じがするんですけどね
いつの間にか出てきていつの間にかずっと
そんな感じですかね
まあでもねあれなんですよ
各地方日向峠の分布によったらですね
やっぱりこのルートに沿ってやっぱり進出してますね
特に有名なところとしては
伊都島半島の日向峠が一番日向峠出で
戸籍も残ってますからね
大砲二年のですね
だからもう実際証拠ですよね
当時の伊都島市長やたちくずですもんね
まあそういうことなんですよね
だからもうそれは間違いない
15:00
それとか太宰府市長でもありました
あのところの人物もですね
麻式野村寺とかね
麻式軍だから熊本に今で言う麻式とかあるでしょ
あそこら辺の麻式軍とかの豪族が
日向と一緒にずっと上がっていく
それで拠点である太宰府
後の太宰府市長が作られる場所が含む三笠郡というとこに
の一番偉い大量としてね
訓練していくんですよね
あとはもう重要なとこに行ったりしますから
そういう意味じゃですね
日向も岩井野蘭の後は
進出かなりしてくるってことですよね
この日向というのは岩井野君と仲が良かったんですか
同族関係です
ただし畜生の君の方が上
そして日向はナンバー2
そしてこれで婚姻関係を結んでるんですね
それで畜生日向という一族もいますので
そういうことで力をつけていって
実際に反乱が岩井を起こしますけど
その時あまり岩井さんには味方しとらんことありません
日向があったら
ワーッと刀を振り上げるんじゃ
どうなってんか
こっちはじっくりですね
傍観でしょうね
だから多分ね
1年半かかっとるでしょ
岩井野蘭進圧に
その理由はですね
連合体だったと思うんですよ
畜生の君 日向の君 幾波の君とか
いろんなところで
豪族と手が結んどったところを
それをみんな切っていったと思うんですよ
中央政府が
こいつらと一緒に戦争したら勝てへんって
そうなってくると
こいつらのまずこう
ネットワーク切ろうって
だからもう本当に裸にしようっていうことで
裸にするのは僕は1年半かかったと思います
いろんなスパイ放ったり
密偵放ったりですね
そういうことをやって
1年半かけて
丸裸にして
そしてミー軍の戦いで
丸裸同然の畜生の君と戦って
畜生の君は負けて
窪手の方に逃げていくっていうのが
お話だと思うんですよね
ただ日本初期殺しますからね
ああそうですね
なんとこういう時期も
ただ不動機は窪手単身で逃げていったって書いてある
18:03
だからどれが事実かって考えたら
僕は不動機の残ってるやつで
単身で窪手の方に逃げたっていうのが
という説ですね
そうせんと日本初期が
その差し障りがあるじゃないですか
何のためにね
日本初期作っていったのかっていうね
問題もよく出てくるわけですよ
あんまり関係ないようですけども
テムが天下とって
人心の乱を終わって
天下とってくるとですね
第一回目の検討誌が出るんですね
その時の検討誌のメンバーの中に
平城卿のプランナー
それと日本初期を作った編集長が入ってたんですよ
なんでその人たちが入ってんのって感じ
他のメンバー見たらそういうことないんですよ
そこだけね
日本初期と平城卿に関する人物がいる
だからこれなんでかなっていうことで
うちの指導教官でありました
山口大学の八木敦先生の
論文とか見させてもらったらですね
どうやら店に行ったんじゃないかって
白木とかに
白木経由ですもんねあの当時はまだ
検討誌は
北路ですから
南東路はもうだいぶ後なんですよ
南東路から南路とかは分かれていくんですね
3つのルートがあるんですね検討誌も
その北路というのは一番安全なんですよね
白木というかその国を半島を横切りながら
中国に入っていくんですよ
そういうルートを通る時代の検討誌ですから
持っていきながら
白木の皇官とか皇帝とかに
国語とかに
うちの村にも
正式の記録書があるよって
そして都も作ってるよっていうことをですね
ある意味自慢しにいったんじゃないかな
自分の国はこんなに
進んでるんだよ
やってるよって
あんたのところに負けへんよっていうような
のがあったんじゃないかなと思いますね
実態としてですよ
そういうことも言われてますので
それをその後の日本書紀の中にも
反映させていくんですか
当然ですね
だからそういうのもありますから
だから日本書紀も
100%信じることはできないところもあるんですよね
これおかしいよねっていうのもあるし
古事記もそうですよ
これおかしいよねっていうのもやっぱり中にありますけどね
それはもうちゃんと資料批判というのをやって
そういうので
21:00
今はもう考古学が果たしてますからね
考古学と成果を一緒にしながら
これありえんよねっていうことがあったりしますからね
そういうのはちゃんとチェックしてて
ということで
厚口の君と仲が良かった日野君が
このルートを通ったということですよね
神宮高号が通った道に隠された史実
実はもっと深いところで隠されたものがあるのですが
そのあたりの話は来週お送りいたします
お話を元糸島市職員の瓜生英文さんに伺いました
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです
こんばんは
今日はその日向峠の糸島側のふもとにありますお肉屋さん
トラヤミートセンターを紹介します
このトラヤミートセンターは名前の通り
店の表にトラのオブジェ人形がドンと置いてあるんですよね
わかりやすいですね
創業63年でこの日向峠のふもとにやってきて
45年になるんだそうですが
糸島牛、糸島豚、あと国産の鶏肉だとか
あと鹿のお肉、イノシシの肉、さらにはカエルやワニの肉
珍しい
そうなんですよ
先代の社長が肉に通ずるものはいろんなもの置きたいって言って
どんどん増えてるんで
それだけじゃないお惣菜もあります
お弁当もあります
野菜に米におつまみにお酒になんとお花まである
とにかくワクワクするようなお店で
中に入ると買い物魂が燃えていく
アドレナリンが出る感じ
そんなお店のつくりで
平日の私は午後に行ったんですけど
老若男女ひっきりなしのお客さんいらっしゃって
意外に男のお客さんが多いんですよ
その辺の秘密を紐解こうとお店の運営をしてます
2代目社長の塩田孝博さん
そして奥さんで店長の塩田優里さん
そして優里さんのお母さん
先代の社長夫人になりますが
現在の副社長小川永井さんの3人とお話ししてきました
このトライアンミートセンターはもともと卸売りの肉屋さんだって
だから市場に入れるんで
上質なお肉がかなり手ごろに買えるのが特徴なんですよ
見た目からいいお肉は違うんだよと
小川副社長はこんなふうに教えます
キラキラしてるもんね肉自体
見た目でよ
私たちが見たら上等の肉の赤身だけでも
キラキラ光り輝いてるという
じゃあ糸島牛は比較的キラキラではない?
キラキラですよ
24:01
民社ってのわかる
へえ
線美顔のない私にもキラキラは伝わりました
面白いのがこのトライアンミートセンター
肉がばっと陳列されてる棚があったら
その奥にガラス越しに作業場というか肉工場があるんですよ
お惣菜もずらっと並んでるんですが
その奥に調理場があるんですよ
この作りがいいんですね
普通って言ったらスーパーって言ったらパックヤード
パックヤード見せとる
うちがフロントヤードって名前つけて
工場の方が高いんですよね
たきなか余計にどっちも見てる
小さい子供とか見えんやったら
高い高いしてから真ん中を見せたり
されてですね
やっぱ大きい肉の塊とかがどーんと置いてあったりしたら
お客さんめらゆる喜びっていうが
それめったに見れんけんですね
珍しいですね
だからそちらから見てるので
たとえば品切れしたとか
これが欲しいのにっていう顔をしてるお客さんがいると
ダッシュで用意してもらえたりとか
ピンポンをしたらそれが必要ですねとか
そういう受け答えもしてくれるんですよね
私鳥のたたき買って帰ったんですけど
香ばしさが良くて
あまり味付けが濃くないんで
最初は物足りないかなと思ったら
とんでもない噛めば噛むほど
じわじわ旨味が出てて
二切れ目でね
最高ってなる一品
エンドレスに食べられる鳥のたたき
絶対一度食べてほしいっていうのが一品でした
あとお惣菜も
豚足とかね
豚の耳とか
豚のしっぽとかもあるんですよ
かなり珍しいでしょ
揚げ物も充実してまして
私の個人的にお気に入りは
トラチキって
コンビニエンスストアで出してるようなチキンの
同じ作りなんですけど
3000倍くらい美味しい
そんな一品があったりとか
カレーパンがあって
これがめちゃくちゃ美味しいんですよ
目移りしちゃうんですが
お弁当もすごく売って
毎日朝の9時から
お昼の1時まで
スタミナ丼とか焼肉弁当とか
お肉弁当を中心に
こちらねカツカレーなんかもあったりするんですが
ご飯は社長の実家が農家なので
その社長の実家のお米が使われていると
あと個人的に買いそびれた
肉スルメっていうね
牛肉カッパって本当は言うらしいんですけど
牛のバラの上に
ペタッと筋みたいなのがついてて
結構歯ごたえがあって
これスルメにしたら美味しいよねって
仙台社長が
珍味として開発した
塩コショウ味のものらしいんですけどね
こういったものを探すのも
いい感じ
トラやミートセンター
お肉を通じ元気喜び楽しい思い出を
届けますというこれを思いをベースにして
100年続けようというのが
今の目標だそうで
27:00
ユリ店長がこうおっしゃってました
その楽しいっていうのも
家族で生きて子供が
お父さんが多分楽しいと思ってくるもんやけん
後ろについてくる子供飛び跳ねるんですよ
なんであれ飛び跳ねるんですか
もうエラうれしいうれしいみたいな
お家に子供用は何にもないよね
でそれを見るともう楽しいし
でお父さんと来て
いっぱいお肉買って
食べた思い出っていうのが
つながっていったら幸せかなと
あったかいですね
トラやミートセンター
ぜひ日向峠の行き帰りに
楽しいお肉買い物してください
中島リエさんでした
道の駅村方の横山です
道の駅村方のえほうまきは
種類が豊富
海の幸から山の幸まで
村方のおいしいものがぎゅーっと
詰まってます
今年もえほうまきは道の駅村方で
番組ホームページのご案内です
これまでの放送内容と
番組を一回目からじっくり
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この番組は
JA福岡やめ
道の駅村方
餃子のヤマハチの提供で
お送りいたしました
ご案内は坂田周大でした
30:32

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