1. 古代の福岡を歩く
  2. S10 16回目の大野城跡歩き..
2025-01-26 30:29

S10 16回目の大野城跡歩きは大原山まで

四王寺山の大野城跡歩きは標高354メートルの大原山付近まで歩きました。
反時計回りに尾根を歩いて、丁度半分程回った感じです。
大野城跡には70棟を越える礎石群があります。
尾花地区には焼米ヶ原という炭化した米も観測されていました。
建物は高床式の倉庫で、食料の備蓄や武器の検収のために設けられていたということでした。
大原山付近には鬼のこしかけ石という伝説をもった岩もありました。
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00:09
古代の福岡を歩くシーズン10 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
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こんばんは坂田周大です 今週も四王子山にあります大野城跡を歩きます
6回目になります お値伝いに見学しています
ご案内は古都太宰府保存協会の学芸員 田中健一さんです
黒く炭化した米が採集されたところからその名がついたという焼き米が腹から おばな祖籍群を歩いています
こちらのおばな祖籍群はですね全部ですね10棟建物が確認されております こちらが上がっていると少し方向を統一されていてちょっと段差というか地形に合わせて
並びが綺麗に整っているというところでかなり奥の方まで並んでいますので 現在は木切れで視界が遮られていますけれどもやはり当時考えてみますと高台ですし
長方が丘陵のところにドンと10棟の倉庫群が並んでいたというのは かなり壮観な景色だったんじゃないかなと
まあちょっとこういう祖籍の並びからもですね 1300年前の山城をちょっと感じていただければなと思うところです
ということであの イニシエの倉庫群に立ち寄りましたがまたあの焼き米が腹の土類の方に戻っていきたいと思います
先ほどの土類の方へ戻ってきました そして
この土類の延長線上に 大きく広がった空間がありましてそこに
どなたかのお墓 がありますね
03:04
墓石が非常に大きなお墓ですね もうあの一目見てですね広場で中心に立ってますので目立ちますけど目立ちますね
こちらが坂本地区でもご紹介した厳正法院のお墓になっているわけです 厳正法院というのはの
筑前美和
元祖となった方ですね その方のお墓になっております
えらい目立つところにありますね 一番の良いところ
お墓の前にやってきました 本当に近づけば近づくほど大きなお墓ですね
50センチ80センチ 縦1メーター
半ぐらいあるかな 厳正法院のお墓と書いてあります
まさに野球梅原の一番目立つところにどんと大きくありますのが厳正法院のお墓で ございます
こちらですね坂本地区でも触れましたけれども奈良時代に活躍した僧侶 厳正のですね厳正法院のお墓なんですけども
あれ坂本でも何か田中さんお話をしたんじゃないかなと思う記憶があると思うんですが 実はこちらが先に建てられたお墓になっております
こちら先 実はダザイフ出身でして奈良時代に活躍した僧侶なんですけれども
若くして失明されまして妄想として活躍された人物なんですけれども
その方が奈良時代の823年に亡くなられたということなんですけれども
その後やはりその教えを受け継ぐ方々が亡くなってから
一千年の節目にですね是非法要を行おうということで
やはり厳正法院ゆかりのダザイフの地にそういうお墓を建ててやろうとしたんですけども
その時まだ厳正法院がどこに葬られたかっていうのは明らかになってなかったんですね
そうなんですか
関係した人々がやはりこのダザイフを一望できる場所にお墓を根拠して法要しようということで
江戸時代の天保5年にですねこちらにこの厳正法院のお墓を根拠されて
大きな供養祭を行ったというふうに伝えられております
ああなるほど
それでこの石碑の一番後ろに
5秒謝罪地としてダザイフ市坂本山頂へというふうに書いてますね
そうなんですね
まさに江戸時代に一千年大祭を行うため根拠されまして
その後の時代を経まして
実は坂本地区に葬られていたということがわかりまして
改めて坂本地区に見つかった場所にお墓を建て直したということなんですね
06:03
なので焼米ヶ原に先にあるお墓
そしてもともと祀られていたが
後に建てられた坂本地区のお墓ということで
そういう風になってるわけですか
なので厳正法院のお墓というのは実は
潮江と坂本地区二つに今所在しているということになっております
ではこの厳正法院のお墓を見まして
焼米ヶ原を出発しまして
もう少し土塁線の方を進んでいければなと思います
焼米ヶ原の土塁がずっとここまで続いてますけども
この先どうなっているのかということで
もうちょっと行きます
土塁線をちょっと上の方に進んできました
この後ずっと土塁線に従いまして行きますと
塩路山大農場跡の東側を巡りまして
ぐるーっと回っていきますと
東側の今度は北側の正面口
城門であったといえば海口城門
また百間石垣という意向があるんですけど
その方にぐるーっと土塁を歩きながら
巡っていただければなと思います
ではこの先にちょっとずつ行ってまいりたいと思います
こうやって津川さんと土塁線を歩いています
例えばもう左手なんか少しちょっと高いところに
先ほどご紹介した33石仏の7番石仏なんかも
祀ってありますし
こういうのをちょっとずつ訪ねながら歩きますと
ぐるーっとあっという間に一周が
いいですね
この7番石垣を下りますと
今度は太宰山の方に下る
先ほど言いました塩路山を構成するうちの
一つの水亀山の方にも下っていく道があります
この道の方の途中に2番3番4番の石仏もありますと
石仏を巡らせる方はこちらの方も立ち寄っていただいて
右の方に下る道があります
2つと3つ目4つ目の石仏があると
そして水亀山の方向でもあるということですか
ちょっと太宰府方面に下っていく道にもなりますので
なるほどここから下れば太宰府方面に行くんですね
ぜひこちらの方からも下ってですね
我々は下らなくて登ります
そのまま道路上の方を歩いてまいります
この先ですね
東側の一番高い太宰山が364だったかな
あるんですけども
それに向かってですねぐんぐん登っていくんですね
これはちょっとその手前の
助走ですか
わかりました
この少し登ってきますと
先ほどの次の8番札所もめぐって
そちら11面観音様がですね祀ってあったりします
わぁ素晴らしいな
8番11面観音
1メーターぐらいの石仏ですね
09:00
いいな
この石仏は2メーターぐらいの石の上に
さらに石仏があるということですね
江戸時代の人々が祀ったものかですね
今も大切に残されています
ぜひこういうのも見ながらめぐっていただきますと
より太宰山を楽しんでいただけるんじゃないかなと思います
今回ですね8番札所の先少し道が分かれてますけども
土塁県の方にちょっと進んでまいりたいと思います
ここは迷うところかな
土塁が2つに分かれてますね
土塁の上とそれから10メーターぐらい離れたところに
もう1本下の方に道があります
8番札所からもう50メートルぐらいですね
ちょうど土塁のところにブルーシートがかけてあるところ
土塁のところに違和感があるかもしれないんですけども
実はこちらにも縄文の跡が眠っているわけなんですね
縄文の跡があったんですか
ちょうど土塁線のところで
こちらも豪雨災害などの際に確認されたんですけども
縄文の一つは原口縄文
原口縄文
この下がちょうど原という地域ですので
それに向けての縄文ということで
原口縄文というのが確認された場所なんですね
原口縄文です
その被害を受けた後に修復工事とかで
ダザイフさんなどが調査されたんですけども
やはり門に関する意向なんかが出てきまして
門中の穴とかですね
扉を受けたような
そういった穴が開いた石ですね
いわゆる空いじきだとも申しますけども
そういった門に関するような意向も見つかってまして
おそらくですね
先ほどのダザイ福寿縄文の
一つ隣の門にあたるんじゃないかなと
そうなんですか
現在は保全のために埋め戻されて
そういうのでしてあるわけなんですけども
実は何気なく歩いてしまうと
ちょっと通り過ぎてしまうところなんですけど
実はこの辺りに縄文があって
麓の方ですね
特に麓の原地区というのは
原山と呼ばれる古代寺院がありまして
そうですか
原山というのは実は
由緒が古くてそれこそ古代に昇りまして
由来は諸説あるんですけども
天台宗の僧侶の遠鎮がですね
有名な遠鎮が中国に渡る際にですね
ダザイ福に滞在した際に
8人のお弟子さんを持たれたと
その8人のお弟子さんが開いた寺院ということで
原山の8人の僧侶のお寺ということで
原八望なんか言い方もするわけなんですね
ということでもう中世によっては
大変この麓の原地区でですね
大変がらんが広がって栄えたそうなんですね
そうですか
一説によりますと
原山で伝わる伝承によりますと
ダザイ福天満の津原三田猫が亡くなった際に
12:01
その葬儀を取り起こったのが
この原八望の僧侶だというふうにも
伝えられているそうなんですね
なのでまたこの原山ですね
実はたくさん有名人も来ておりまして
例えば宗教で自衆という宗派がありますけども
その一辺聖人なんかも実はここに修行に来ていまして
一辺聖人の物語に書いた絵巻物にも
実はその原山が登場していると
なかなかそうなんだというところですけど
あるいはよく知られています
室町幕府の足利孝二も
都から逃れてきた時に原山に滞在したという記録も残っていますので
実はダザイ福の歴史に深く関係して
いろんな方が訪れた寺院なんですけども
ただ戦国期などで荒廃しまして
現在は本堂だった場所が見つかりまして
現在は大野城に一部に含まれて指定もされていますので
なのでダザイ福の方に下って
途中原山を抜けてご覧になっていただく
あるいは西鉄ダザイ福駅のほか
それを見ながら登ってきていただくとか
ぜひその麓の原地区も
原山地区もぜひご覧になっていただければと思うところです
そうですか
よく見たら工事の跡でしょうね
ビニールシートをかぶせた跡がありますね
かなり前に工事されたのかな
ここに城門があったということですね
保全のために埋め戻してあるわけでございます
それでこの塩尻山の城門ですけども
だいたいいくつぐらいあったんですか
城門がかなりありまして
だいたい9つあったと言われています
そんなにあったんですか
先ほどご紹介しましたダザイ福寺がありました
ダザイ福寺から順番に行きますと
ダザイ福寺がありまして
東の方に巡りますと
この原口城門がありまして
ダザイ福寺城門の反対側ですね
西側の方に行きますと
観禅恩寺城門
坂本口城門
水城口城門
北の方に巡っていきますと
黒金岩城門
海口城門
北石垣城門
小石垣城門というような感じですね
実はたくさんですね
残っておりまして
ただ分かりづらく保全されていたりとか
ちょっと分からずらいところもあるんですけど
そういう形で調査によって現在確認されております
すごいもんですね
もしかすると現在見つかっているのが
それだけでございますので
今後のそれほど県の調査によっては
もしかするとそれが一つ二つ増えていく可能性は
十分今後あるかなと思います
そうですか
そういった数ある城門のうちの一つが
ここにあったんじゃないかということですね
今大切に保存されていますので
ちょっと直接見ることはできないんですけど
15:01
そんな思いを馳せて通っていただきたいと思います
城門の後を過ぎて
さらに大原山の方に歩きます
ぐるっとですね
今歩いてまいりましたけども
これから東側の大原山に向かってですね
登っていくわけなんですけれども
ドルイ線のちょっと左手に小さなですね
石がありまして
どこですか
そちらの方にですね
こちらをご紹介してください
なになに鬼の腰掛け
どういうことですか
突然ですね
ポツンと磐が設置されてですね
ちょっとなんか切り込みが入った姿勢ですね
磐は大体大きさが2メートルぐらいの磐ですけども
右と左に二つ分かれて真ん中に木が立っているという
そういう磐ですね
実はこの切り込みに入ったですね
鬼の腰掛けと呼ばれる石がまたこの
潮汐山にまつわる伝説の石なんですね
この石なんですけども
鬼の腰掛けと書いてありました
まさにですね
鬼に関係するお話なんですけども
毎年1月7日お正月にですね
ダザイフテンマングーさんで鬼すべ
鬼すべありますね
鬼すべ道を使ってですね
鬼役の人々を許すという行事が行われてますけども
ある時ですね
こちらの伝説では
ある時潮汐山の鬼がですね
この石に腰掛けてダザイフテンマングーの方を見たところ
ちょうどたまたま鬼すべの日であったと
ふもとを見ていると
自分の仲間たちの鬼が人々に追いかけられて
いぶされていると
あまりの集中をされているのに
思わず涙したと言われる
そうやって鬼が腰掛けて涙を流した石
という風に伝わっている伝説でございます
そうですか
毎年正月にねありますよね行事が
おそらくずっと伝統的に
ダザイフテンマングーさんで行われてきた
そういう伝承にですね
やはり潮汐山のそういう信仰とかが合わさってですね
現在は潮汐山植林事業によってですね
だいぶ木が美味しげって見渡せませんけども
一から言うと本当に木がなければですね
本当にダザイフテンマングーを見下ろせる場所に当たりますので
本当にここに腰掛けたら実際に多分鬼術もですね
綺麗に見える位置にあるわけなんですね
先ほど奴隷の上から下の方を見ましたら
九州国立博物館がありました
見えました
なのでおそらくですね
木々がない頃見放しがいい頃は
ここからも多分ダザイフテンマングーさんとか
ダザイフの町並みが綺麗に見えてたんだろうな
そういう意味も込めて多分
そういう伝承が今もですね
語り継がれてるんでしょうけども
ぜひ鬼の腰掛け鬼の気持ちになった気分で
ぜひ腰掛けでちょっと一休みしていただいて
また塩邪魔奴隷を巡っていただいても
いいのかなと思っております
そうですね
ちょうどここからですね
18:00
奴隷が一段と険しくなってますからね
ちょうどいいからもわかりませんね
ここで鬼の腰掛けに座って
ちょっと休憩するということも必要かもわかりません
ぜひ鬼の気分になって
訪ねていただければなと思います
今鬼の腰掛けというところに
ちょうど登山者の方が座って休憩されたところですね
ここから大原山というところまで
急激な坂道が目の前に迫ってますが
登る前にちょっとお話を伺いましょう
この鬼の腰掛けを過ぎましてですね
どの奴隷船を行きますと
実は遠見所という遠くを見るところと呼ばれる場所がありまして
そこだけ少し高台になっているんですけども
昔から古代山城大野城があった時に
遠くを見張るその見張り台というかですね
遠くを監視するような場所であったというふうに
伝えられているような場所がございます
確かに奴隷船からちょっとひときわ
少し小高くなってまして
そちらの少し登っていただきますと
実は木々が覆われてますけども
霞谷の方海町霞谷北側の方はですね
綺麗に眺望が今開けてまして
まさに遠くを見渡せる場所という
その付けられている場所の名前の通り
非常に遠くまで見渡せる場所になっております
この遠見所を過ぎていただきまして
またどれをずっと東の方に進んでいきますと
ずっと33石物が点々と祀ってあったりするんですけれども
石物が現れるわけですね
でもそういったものを見ながら進んでいただきますと
実は東側の一番高い部分というのが大原山と呼ばれておりまして
354メートルの標高があるということなんですけども
その大原山に向かってちょっとずつ登っていくわけなんですけども
実はその手前にですね
この奴隷船が急に左右が狭くなりまして
切り立っておりまして
大変こうちょっと険しくなっている場所があるんですね
それは昔からその場所のことを馬乗せとかですね
馬のコーネと呼ばれているそうなんですね
私もダザイフに来てですね
全然勉強して知るまでわからなかったんですけど
馬乗せというと馬の背中のようにちょっと細長くなっている場所ですね
馬のコーネって何なのかなってちょっと私もわかってなかったんですけども
ある時熊本の方からですね
田中さんコーネというのは馬刺しにあるんだと
それは縦紙の部分のことをコーネと言うんだよと言われて
あっそうだったんですねということで私も勉強したんですけども
縦紙
ちょっと馬の縦紙の部分でもすごく狭まっておりますけども
まさに現地の地形がですね
その同じようにちょうど道が狭まって
両脇も切り立っているということで
まさに馬の背中とか縦紙の部分になっているので
昔の人はよく地形を表した風に呼んだなと思うんですけど
21:02
馬の背とか馬のコーネと呼ばれる場所があります
そちらを過ぎますとぐっと登りまして
354メートルの大原山の山頂に到着いたします
大原山ここからはですね
今度北に向かってまた奴隷を巡っていくんですけれども
今度は東側の最高点ですので
今度はどんどん北に向かって下ってまいります
下りになるんですね
大原山を過ぎますと一気にですねずっと下りになりまして
東側はですね
大きな古代のポイントというのはまだまだ残って
見つかってないんですけれども
ずっと所々にある33石物をお参りしながら
奴隷をずっといただきますと
大野城の北側部分に差し掛かってまいります
北側部分に差し掛かってまいりますと
小石垣 北石垣 そして海口城門という風に繋がっていきますので
そちらの方をぜひご覧になっていただきたいなと思っております
大野城跡を大原山まで歩きました
ご案内は故都太宰府保存協会の学芸員田中健一さんでした
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島梨恵さんです
こんばんは
今日は塩地歩きのお供もしくはお土産におすすめしたいお菓子をご紹介します
梅のグミっていうグミなんです
おーグミですか
これね太宰府の梅を使っていろんな商品を作ってる
太宰府梅プロジェクトの一つで生まれたんですが
福岡農業高校の生徒さんと太宰府市と
あとね有明漬とかの伊豆スコでおなじみの高橋商店
このコラボレーションでできたグミなんですよ
買ってきましたので早速どうぞ召し上がれ
あーこれかわいらしい箱に入ってて
あコホウソウですね
そうなんです
ハート
ハート型でしかも色が黄色いんですね
食べます
結構歯ごたえありますね
太宰府の梅の香りが口の中にふんわり広がりますよ
いい梅の香りが
素晴らしい
これ作ったのが福岡農業高校の食品科学科梅研究班の皆さんなんですが
3年生でもあります
佐藤優希さん彼女は食べた時にどう思ったのか聞きました
最初1個目食べた時は硬いちょっと硬いかなぐらいなんですけど
食べ続けるとやっぱ止まらなくなって
ついつい手が動いてしまって
いつの間にか全部ないみたいな
梅の香りがずっと続きますね食べてる間
幸せでしょ
パッケージも可愛くって赤と白の組み合わせで周りに梅の花や枝が這いしてあって
これもですね生徒たちが作ってるんですよ
24:03
きゅんと甘い梅味って説明文書いてあったりしてこの辺もいろいろこだわったみたいです
梅を使ってるっていうことを強調したいんで
梅が前面に出るようなパッケージにしようっていうふうにはなりました
この梅のグミっていうのは決まってたんですけど
この味名きゅんと甘い梅味っていうのは
これも生徒でどういう味名がいいかっていうのを提案して決まりました
いろいろ工夫してるんですよ
商品もちろんパッケージもすごいんですが
梅を落として集めてっていうところから始まるんです
全部生徒さんたちが頑張ってるんですが
この梅は打財布市内で収穫していくんですけど
どういうふうにしてこのお菓子の元になる甘み旨み梅成分を出していくのか
同じく3年生の朝倉つくみさんに聞きました
まず綺麗に洗って
例えば虫が食べてたりしたら中がスカスカの梅とかあるじゃないですか
それを見分けるために一日水につけて浮いてる梅してて
水につけてた梅を取って乾燥させて
シロップ作るときには梅と氷砂糖を交互に入れて作って
そこでシロップが出るんですけど
そこで出たシロップはまたシロップとして取り出して
シロップ取り出して余ってる梅とかあるじゃないですか
それを梅ジャムに使ってます
これがグミに入る
今まで梅ジャムって学校の文化祭みたいなところでしか販売されてなかったんですけど
製品化されていったわけなんですよね
これまでもドリンクやポテトチップスなんか作ってたんですが
初めて先輩たちもやってないグミを作ったその気持ちを聞かせてくれました
もし売れなかったらどうしようとか
それこそ梅だから好き嫌い分かれるから
観光客とかにあんまり手に取られなかったらどうしようかなとか思ってたんですけど
新しいことをするときにみんなと話し合って絶対売っていきたいからこっちも
だから不安はあったけど楽しみというか好奇心
やってみたいなという好奇心の方が強くて
実際に作ってみてめっちゃ大変なこともあったけど
今こうやって結構売れてるので嬉しいです
売れてるって嬉しいですね
なかなかのクオリティですよこれ
27:02
高橋商店からのオファーというのがグミになった理由が
観光客がお土産で買っていくというよりもその場で食べたり飲んだりする傾向が最近多いので
そういうお客さんに気軽に手に取ってもらえるようにということだったんですが
出来栄えとしてはどうでしょう坂田さん
素晴らしいですこれは買いたくなりました
西鉄の太宰府駅のところにこの高橋商店の太宰府店
ゆずプレミアムジャパンがありますので
ここで買えますので間違いなく
ぜひ四王子歩きと一緒に楽しんでください
中島理恵さんでした
番組からのお知らせです
ホームページのご案内です
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます
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またラジコ、アップル、スポティファイ、アマゾン、ユーチューブなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます
この番組は道の駅室方、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました
ご案内は坂田周大でした
数学教師芸人の高田先生だいよーん
高田先生の算数ワクワクラジオ
算数が不安なあなたを算数ファンに変えるポッドキャスト番組です
アップル、スポティファイ、アマゾン、ラジコなど各種音声プラットフォームで配信中
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30:29

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