00:00
古代の福岡を歩くステージA 海の道から空の道へ
アズミ族の足跡を探る この番組はアズミの市観光協会
アズミの市大王わさび農場 塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画協賛 餃子のヤマハチの提供でお送りいたします
餃子のヤマハチです 宮山市で育ったセロリの餃子ができました
今が旬のセロリの旨み香りが生きています セロリ嫌いだった私も病みつきになりました
一遍食べてみてください
こんばんは坂田周大です 古代の福岡を歩く
今回から海の道から空の道へ アズミ族の足跡を探るとして番組を展開していきます
1回目の今週はかつてアズミ族の拠点となっていたと思われる 鹿野島を中心にお送りいたします
鹿野島は福岡市の湾の入り口に浮かぶ島で 福岡市の中心街から海上およそ11キロ
陸続きになっていて陸路だと25キロにある島です 金銀が出土した島としても知られるところです
アズミ族はこの島を中心に朝鮮半島の国々との交易などを生業として活躍してき ました
また海を通じて日本国内のいろんな地方とも 交易を行ってきたと言われます
またアズミ族は日本海から長野県のアズミの絵も入ったと言われます この番組ではそんなアズミ族の足跡を探っていきます
その海の民の中心になっているのが島にある鹿海神社です その鹿海神社や今なお神社に残る祭りなどから
アズミ族の足跡を探っていきます お話を鹿海神社根城のアズミ光輝さんに伺っていきます
本殿に向かって右側に石のウミガメの像が2つありますが まずこの亀にまつわる由来について伺っていきます
03:04
どうやら神宮皇后の朝鮮出兵と関係があるようです
アズミの絵空が長年海中の中にいたもので 顔に垣柄だったり青いだったりいろんなものがついていたりして
顔を見せるのが恥ずかしいと言ったところで 顔に白い布をつけて
そこから海中から出てくるんですけど その際に金のオスメスの亀に乗って現れたと言われていて
その後無事に閉廷された後に 金の亀自体は今で海の中道の途中のカスガイケと亀ガイケという場所が実はあって
そこは基本的に誰でも入れる場所じゃなくて 神社職員でしか基本入られない場所がございまして
そちらの方に放たれたとは言われているんですけど ただ確か江戸時代ぐらいに
今の金銀公園あたりからその亀石が見つかったと言われていて それで今奉納されているというところですね
それから本殿の隣に今宮神社がありますが その今宮神社と出てきた神との関係というんですか
お神様と関係があるんですか
今宮神社にお祀りされているお神様が 厚見の祖神にあたるお神様ですね
先ほどお伝えした厚見のイスラマルももちろんそうですし 住吉三神様もそうですし
元の祖である宇都志秘神作の御御徒様 そういった厚見の祖にあたるだったり
御優秀が深い 見ゆかりが深いお神様というのをお祀りしているのが今宮神社となっております
いってみれば厚見族の祖先という方になろうと
そうですね
御本殿にお祀りしてある渡積三神様ももちろんお元の祖にはなるんですけど それとはまた別で
厚見の祖先といわれるお神様だったり
御本殿の渡積三神様と御縁が深いお神様というのをお祀りしてあるのが 今宮神社なんじゃないかなと思っております
06:03
本殿の横にもう一つ鹿の角を入れた倉庫 六角堂がありますよね
昔あれは鹿の島に鹿がいたという証拠になるんですか
僕が調べたところによると 昔黒田藩の鹿狩りの場所としてもあったというふうに聞いておりますし
江戸時代ぐらいまでは鹿がいたというふうに聞いております
実際に鹿神神社の縁起絵巻とかの絵にもですね 鹿が描かれてたりとかしてました
そうですか
多分鹿がいたのかもわかりませんね
今はやっぱり角というのは各地から送られてくる角ですね
奉納の始まりというのが先ほどお伝えした神宮皇后様が途中津島で鹿狩りを行いまして
戦勝祈願の鹿狩りを行って無事閉廷された後 この神宮神社にその鹿の角を奉納
戦勝の報告かねての奉納をしていただいてから 奉納が始まったというふうに聞いておりまして
だいたい奉納自体は先の大戦ぐらいまでは続いたというふうには聞いております
やっぱり神宮皇后とは関係が
そうですね 境内の西側の方にあるんですけど
少し滝破みたいになるんですが そこが神宮皇后様ゆかりの自立でございまして
神宮皇后様が旗竿として使ってた滝をそこに差し立てたら そこからたくさん竹が生えてきたと言われる
伝説の竹で長生竹という竹が
長生竹 長生き木
そうですね 確かそういうふうに聞いています
その長生竹というのは節がとても長い竹でして
僕も鹿の島をぐるぐる回ったりはするんですが
ここだけでしか見たことがないような竹が生えております
葉っぱの生え方も普通の竹とちょっと違うような生え方をしているんじゃないかなと思います
長生竹ですね
その他に神宮皇后にまつわる?
そうですね
もともと鹿神神社という場所が神宮皇后様の時代に関しましては
勝間の方にあったというふうに聞きまして
勝間という地名自体も神宮皇后様の地名だと言われていたり
結構いろんな説はあるんですが
09:01
神宮皇后様が帰られてきた時に戦勝をしたら
確か部下の馬が舞うように喜んだみたいなところで
勝馬と書いて勝間になったという話も聞いたことはありますね
結構そこはいろんな説があったりもするんですが
ただ勝間という地域では下羽賀浜というところがあって
その下羽賀浜というところは神宮皇后様がそこで馬から降りたところという話を聞いたり
下羽賀浜というところが先ほどの馬の話になるんですけれども
馬が舞った地という場所があったりします
鹿の島に数字の8という数字が大体多いですよね
そうですね
8にちなむものは多いんじゃないかなと思いますね
たとえば御社さんのときに御手紙が8人とか
それから雇いの人が8人だとかですね
それ以外にどういうふうな8がありますか
そうですね
僕の祖父が何回言ってたことらしいんですけど
基本的に鹿海神社の祭典は8をかけていけば
全部祭典日に当たるみたいな話を聞いたことがあったりします
僕はちょっと
今は結構変わっているので
月並祭だったり決まった日にやってたりとかいろんな祭典とかも
昔と決めてた8掛けでやってたようなスケジュールといいますか
予定ではないと思うんですけど
昔は8にちなんだところでやってたんじゃないかというふうに聞いております
8という演技が縁に数字なんですか
あとは鹿海神社の八乙女とかも8人の巻いて回れるところでございます
なんで8なのかというのは実際のところは僕もはっきりと理由というのはわからないんですけど
先ほど僕がお聞きした通り
末広がりの8だったりといったところを
演技がいい数字なんじゃないかなというふうには思っております
それからお祭りジャパニスというのがありましたが
1月にあった補償祭ですね
補償祭というのはどういうことに依頼するんですか
12:00
あずみの桃たりの土蜘蛛を退治した伝説にちなんでおりまして
土蜘蛛が出てて迷惑をかけているという
村を荒らしたりながらそれ退治してくれというようなところで
あずみの桃たりが村の8人の若手を連れて土蜘蛛を退治したという伝説になって
本当に面白い式典のようなものもあったりして
まず全部的に当てちゃいけないという
そうなんですか
なので1人6本打つんですけど
6本のうち最高5本まで当てちゃいけないという式たりみたいな
それ以上当てると神様になっちゃうからみたいなことを言ってたりするんですけど
本当の理由はどういうことか僕もよくわからないですけど
全部当てるとダメだというような
なので去年の補償祭については1人5本当ててしまう
当てて最後の1本わざと大きく外すというのがあったりするぐらい
結構面白いところはあります
どういった理由でかというのは
僕もまだまだはっきりとした文献というものを見てないのでわからないんですけど
位が上がりすぎるという話を聞いたことがあります
補償祭のときに伊手市の子たちは先進になっていると簡単に言えば
満神様のような存在になるから
それでも位を上げてしまっている状態になる
そこからまた全部当ててしまうと
位がまた一つ上がってしまうからそれはダメだからと言って
あえて外しているみたいな話は聞いたことがあります
伊手市の位もいろいろあるんじゃなくて
僕もよくわからないんですけどね
そうですね
位上げというふうな新人だったりとか
位を落としというふうなこともやったりしています
そうなんですか
それにちょっと福田先生はこれから
そうですね
僕も本当まだまだ知り得ないこともたくさんあるようなお祭りでもございます
お祭りは8人の伊手市が弓を射る行事です
その弓を射る行事の前にいろんな行事があります
まず補謝祭の前の日の午前中に行われるのが
どい舞という行事です
伊手市8人が主人公です
15:01
どいというのは補謝祭の弓の稽古用の藁を束ねたものです
重さは100キロほどもあるそうです
これを神山と言われる伊手市の新人が一人で担ぐのです
このどいを本殿入口の階段下からとんぐうまでおよそ200メートルを
三味線のお林に合わせて歌を歌いながら歩くのです
他の伊手市はこのどいを右に左に揺さぶりながら歩いていきます
このどい舞について安住さんは
あのどい舞自体は伊手市の力試しになるんですか
どうなんですかね
力試しなのか見てる限りは僕は筋トレにしか見えないんですけど
簡単に言えばですね
いわば鍛錬に近いようなものになると思うんですけど
藁自体相当長いんですよね
そうですねただだいぶ軽くはなりました
昔はもっとあれの1.5倍近くの大きさがあったんですけど
だいぶ小さくなってあれぐらいです
100キロ超えるんですか
もともとはたぶん130、140キロぐらいあったんじゃないですか
そうですか
120、30はあったと思います
今はちょっと小さくはなって
それでもすごい重さですよね
そうですね
18:01
特に新山と言われる若手が担いだりするんですけど
もうもみくちゃにされながらするからですね
本当に怪我してもおかしくないというところではありますね
あれ一人で担うんですね
そうですね
ガチャガチャにされながらですね
それでですね、今年、僕は久しぶりに見たんですが
昔はレコードでお林流しましたね
今年見たらちゃんとお林の方がいらしてやってましたね
地域の伝統文化を守る会というのがあって
その方々のご支援のもとで来ているというようなところですかね
あの温度がですね、異性温度だったんですね
そうですね
ただ一緒に歩いてきてくださっている方と
伊手市が歌っている歌って実は違くてですね
違うんですか
はい、だからもしかしたらそこで
どこかで間違って伝わっている可能性もあるかもしれないんですけど
実際に神社にあった分で見ると伊手市が歌っている分にはなっていたので
まあちょっとそこは今後新しく
伊手市を歌っているのは異性温度ではないんですか
ではないです
まあ確かに似ているところではあるんですけど
そうですか
異性温度に本当に近いようなところだと思います
歌い方もなんか伊手市の中では結構違うそうで
ほう
タイトルがついているのはなんとか
一応和田積み温度って言って
和田積み温度
そして土井を担いだ神山の石橋雷也さんに話を聞きました
死にかけよった
すみません、もうちょっと話してください
どうですか、ものすごい重たいですね
まあ重たいですね
やっぱみんなでちゃんと持てればそんなに大丈夫なんですけど
一人一人でもかけたらやっぱり負担が増えるのできついですね
ものすごく揺さぶるでしょ
あれもわざとゆっくり揺さぶって
横斜めに進んでって
もう本当にゆっくりのスピードで
目的地まで持っていかないといけないんで
どのくらいの距離あるんですか
200メートルぐらいだと思います
往復で400メートルとか
往復で400メートルぐらいね
で、一人が担ぐでしょ
途中で変わるんですかねずっと
一応一回あっちの目的地まで行ったらもう一人と交代して
帰りの地点までもう一人が担ぐっていう二人で担ぎます
きついですね
21:01
だいたい100キロぐらいあるんですか
そうですね
100キロぐらいあると思います
今年は新山っていうんですか
はい新山が毎年3人とか3人から4人いて
それを古山の今までやってきた人たちが教えて
弓の練習をしていくっていう
ああそうですか
新山で今日はこれから裏であるんですか
これからそうです島で
次はかつままゆりって言って
海を渡ってまた体を清めるというものをします
海を渡って向こう側のおきつぶで
だいたいどういうことをやるんですか
まいのうというものがあって
神様に対して
なんて言いますかね
気持ちを表すみたいな式をして
だいたいみかんみたいなのがあって
それを半分に切って
そこにおみきをついで飲んで
また戻ってくるということをやっています
そして海藻をとるじゃないですか
あれはなんですか
がらもとりって言って
がらもを見つけてとって
長野沢という人がいるんですけど
池市の中に一番偉い人に見せて
ちゃんとがらも化を確かめてもらって
それががらもだったら
それをまいのうするんですよ
がらもを神様にまいのうする
どいまいにかつまもうでという行事
池市の皆さんも大変です
海にも入らないといけないのです
来週はかつまもうでの話から
鹿海神社根木のあずみこうきさんに
伺っていきます
ここで古代の福岡を歩く
リポーターの中島理恵さんです
こんばんは
鹿之島ビジターセンターというのが
去年の5月オープンしました
場所は旧香村鹿之島の敷地内なんですね
オープンといっても
昔同じ建物の中に
鹿之島資料館というのがあって
これがリニューアルされたんです
写真とかパネルがたくさんあって
わかりやすく明るくなった感じなんですよ
ここでは鹿之島の歴史や視線を
把握できるんですが
この旧香村鹿之島の副支配人
三船圭一さんに
歴史展示を中心に案内してもらいました
中に入ると
島の3000分の1の模型が置いてあります
ここでみなさんいろいろ説明するんですよ
とおっしゃるんですが
見てびっくり
鹿之島ってこんなに山だったんだ
っていうのが私の感想
その中に
かつま、ひろ、鹿と
3つの集落が
キュッキュッポンポンとあるのがわかるわけですね
24:02
この模型を見ながら
こんな話をしてくれました
博多湾に入る
玄関口として
昔から歴史があるのは
やっぱりここはこういう形で入っていくものですから
先端にあるものですからですね
やっぱり3つほど歴史があって
金銀が発見された場所ということで
金銀公園が
あとは
万葉花碑が
2つの歴史として
だいたい25基島内にあります
だいたい1周10キロの島になりますので
その中に点々としています
第3はやはり玄関の時
鎌倉時代に
2回来ましたので
2回目がこちらのちょうど
博多湾に玄関坊瑠璃を
ずっと作ったのでここは玄関坊瑠璃が
なかったものですからここのあたりの付近で
歴史的に
玄関の時の舞台が鹿之島になっています
なるほど
ざっくり全体像を
掴んで中に入っていくと
金銀の
漢の和の名の国王と書いてあるレプリカが
置いてあります
その奥に
墨書きの古い文章のコピーがあったんですね
江戸時代に
どういう形で
発見されたというのを
鎌倉湾の方に紹介した文章になります
地図なんかも
昔の今の
金銀公園の地図になっています
田んぼだったんですけども
これが詳しく書かれています
農作業している時に
たまたま金が見つかったということで
古墳とか何でもない
ところに見つかったから
ミステリーで面白いんじゃないかなと思います
そうですよね
細々とは書いていないんですが
ここに目をつけながら
行けばいいんだなというのが
わかるような展示になっているんですね
この展示の中には
アズミの音を持つ地名を
落とし込んだ日本地図があったり
とかですね
万葉花碑
こんな歌がありますよというのが
置いてあるんですが
個人的にも
お正月飾り
幸い木とか幸い木って言うらしいんですが
幸せの木って書くんですね
横中相棒に
十何本紐が出ていて
その下に魚とか海藻とか
あとみかんとかを下げてある写真があって
こんなものがあるんだ
ユニークですね
面白さも感じました
いろんな写真があるんですが
中にとっても美しい夕日の写真がありまして
島陰の右に沈んでいく夕日
こういうのを紹介するんだ
と思ったら
こんなふうに美船さんおっしゃいます
ビジターセンターの前に
勝間の海水浴場がありますので
ゲバガハマって言うんですけども
そこから見る景色になりますので
時期によりますけど
糸島半島に落ちたりとか
限界島に落ちたりとか
それぞれ時期によって
夕日が落ちる場所が違ってきますので
これどこの島なんですか?
これがですね
限界島ですね
水平線の
27:00
限界7の水平線に落ちる夕日が
すごい綺麗だと思います
海の向こうにね
真っ赤に燃える
日が沈んでいく
いらっしゃるとき鹿の島
ぜひ博多不凍から船で入ってくるのが
おすすめだと三船さんおっしゃいます
そうですねやっぱり博多湾を
窓口であるので
博多湾を通ってみると
景色もいいですし
歴史を感じながら来れるんじゃないかなと思いますので
船で着いた後
路線バスもありますけど
旧貨村の送迎バスを使わせてもらえることもあるので
お出かけの前の日に
ぜひ電話して問い合わせてみてください
鹿の島ビジターセンター
要チェックです
中嶋理恵さんでした
番組からのお知らせです
ホームページのご案内です
これまでの放送内容と
番組を一回目からじっくり楽しむことができます
RKBラジオのホームページの
古代の福岡を歩くのバナーをクリックしてください
また
ラジコ
アップル
スポーティファイ
アマゾン
ユーチューブなど
各ポッドキャストでもお楽しみいただけます
この番組は
あずみの市観光協会
あずみの市
大王わさび農場
塩尻市観光協会
FDA
富士ドリームエアラインズの
企画共産
餃子の山鉢の提供で
お送りいたしました
ご案内は
坂田修大でした
数学教師芸人の
高田先生だ
高田先生の算数ワクワクラジオ
算数が不安なあなたを
算数ファンに変える
ポッドキャスト番組です
アップルスポーティファイ
アマゾンラジコなど
各種音声プラットフォームで配信中
4649よろしくー