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古代の福岡を歩くシーズン6 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきましたその足跡を尋ねる
古代の福岡を歩くシーズン6 この番組は
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こんばんは坂田集大です 今週は神功皇后関連の神社を歩きます
お話を 神功皇后伝書を歩くの著者綾杉ルナさんに伺っていきます
前回の霞雅郡末町の旅石八幡宮の続きで 霞雅郡海町の海八幡宮からお送りいたします
ここの御祭神が応神天皇神功皇后玉織姫などですけど
こここそ応神天皇がお生まれになったというところなんですね
ですからこの御祭神は他の所のとはまた意味が違う御祭神となります
ここが一般的に神功皇后がここで出産したというふうに伝わっているところです
その後この地名が海となって神社の名前も海八幡宮となったわけです
この出産した日が12月の14日なんですね
とても寒い季節だったんですね
昔の方が今より寒かったので雪も舞うようなですね
そういう頃にここまで来られたというわけなんです
出産する時の様子が伝わっていまして
産屋に四方に警備の兵が立ってたそうなんですね
まだまだいつ敵が襲ってくるかわからないということで
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警備兵がいたんですけれど
そこに八本の白い旗を立てたんですね
この八本の白い旗というのが八幡八幡となるわけなんです
八幡八幡の旗って言ってたんですね
ですから応神天皇八幡神というのは
実は産屋に白い旗を八本立てたことから来たわけなんです
ここから来たんですね
そして南山だったという話が扶浪軍に伝わってまして
そのために安住の磯羅が弓を持ち出して
そしてビーンビーンと弓を鳴らしたという話が伝わっているんですね
そうやって邪気を払うわけです
これは安住族の風習で
船に乗ったら最初にそうやって弓を鳴らしていたそうなんですけど
これが引き綿と言いまして
引き綿御祈祷と言って
各地にそれが伝わっているんですね
よく弓を鳴らして御神事を始めるとかですね
あるいはの源氏物語でも
やっぱり英氏の者たちが夜弓を鳴らしながら歩くとか
そういうのが出てきます
そして産後
無事男の子が生まれたんですけど
産後の日立ちが悪かったそうなんです
それで占いをしまして
そしたらここから数日行ったところに温泉があるから
そこで療養しなさいと出たんですね
それが佐賀県の竹尾温泉なんです
竹尾温泉ですか
そこで出てくるんですね
竹尾温泉には竹内すくねのお母さんの山下影姫とかですね
お父さんの竹尾心とかがいるところなんですね
その近くには竹内すくね自身の屋敷もあるような
そんなところなんですね
そこで竹内すくねが神宮子を連れて
そこで登場させたと
そういう話が伝わっているわけです
そして少し元気になって戻ってこられまして
今度は潘山町の五木の宮ですね
西宮と書きますけれど
そこでしばらく子育てをされるわけです
ですからそこのことを聖母宮と言うんですね
聖母マリアの聖母と書いて聖母宮というわけですけど
神宮高校がそこでしばらく子育てをして
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春になるのを待ったと伝わっています
ええなと言いますか
その王みたいなものを祀ったところもあるんですか
そうなんです
この境内の裏に門がありますので
そこから出ていくとですね
長い石段があってですね
その上にありますね
祠がですね
私一度転んだことあるんですけど
そこはちょっと石段長いですからね
それで当時出産した後の
台板とかですね
切ったへそのとかそういうのを
えなと言ったんですね
でこのえなは非常に大切にされていて
そしてそれを干したりして
梁の上に乗せておいたり
あるいは神社に奉納したりと言ってですね
とても大切にされてたんですね
でここもですから
その裏手の方の山の上にそれを奉納したところを
えなが裏というわけです
でそこに行きますと
あの白い石がいっぱい奉納されてますね
本殿の左脇の方にもその浴衣神社というのがあります
あの三羽山を祀ってるんですね
でそこにもその白い石が置かれて
これは小安の石と言いまして
手のひらぐらいの平べった石なんですけど
あの今でもですが
妊娠したお母さんがですね
そのそこに行って
そして好きな石を選んで借りてくるんですね
そして自分のが無事出産して
子供ができたら新しくまた石を準備して
そして子供の名前を書いて一緒にまた奉納するという
そういう儀式が今でも伝わっているんですね
でそれはの小安の石と言いますけれど
神宮皇后の神社に
そういう白い石が置いてあるところは
神宮皇后安山の女神として祀った跡なんですね
だから早くからそういうことが
面々と今でも行われているということです
ここにはおさんの時に捕まったという縁寿の木ですか
そうそう大事なのと
そうですそれが大事なんですね
拝殿の左手に縁寿の木というのがありますね
そんなに大きくない木ですけどね
そうですねこれは細々としてますけど
何十代目かの木だと思いますけれど
神宮皇后が出産した時に取りすがったという木ですね
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大事な木ですね
そうですね
まあそういったところが
香谷郡文町の文八幡宮でした
そして今度は福岡市東区の方に行きまして
箱崎宮というのがありますが
この箱崎宮について伺っていきます
御祭神が王神天皇神宮皇后玉よむり姫というわけですけど
先ほどエナの話がありました
英語ではプラセンタというんですけど
王神天皇のへその王ですね
あるいは神宮皇后の大番とか
そういうものをもう一箇所埋めたところが
この箱崎宮なんですね
で基地包囲を占って
この箱崎宮のところに箱に入れて埋めて
そして松の木を植えたということから
箱崎宮とか箱松の地名とか言いますね
じゃあどこに埋めたかと言いますと
廃殿の右側の手前にですね
赤い垣根で囲ったところがありますね
松の木がありますね
そこの下に埋めてあるんですね
それで行きますと
アビスパとかホークスの大きな絵馬がかかってますよね
だから実は選手たちは王神天皇のへその王に手を合わせている
なるほど
そういうことになるわけですね
じゃあなぜそうなったかというと
王神天皇がまだお母さんのお腹にいるときに
結局朝鮮半島まで戦いに行って
そして戦わずに勝利したということから
勝利の神として崇められるわけです
ですから八幡様といえば
戦に勝たせてくださる神様
そういうことから選手たちがここにですね
祈るというわけなんです
へえ
それからここには正月になりますとですね
王神天皇に関するいろんな行事が今でも残っているみたいですね
そうですね
出産が12月14日でしたけれど
そのへその恩を埋めたのが
ちょうど12月の大晦日だったんですね
その時にその漁師さんたちがですね
一晩かかってですね
それを埋めたというようなことなんです
当時はその漁師さんたちが
鏡餅を貸し具に奉納していたようなんですけれど
その時はもう餅がつけなかったので
代わりに生子ですね
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海産物の生子を献上したそうなんです
それから今でもその生子の形のお餅を
献上するというふうにお話がありますね
それで1月の3日には玉せせりがありますよね
はい男衆たちが裸になって玉をせせるという
いうそうなお祭りですけど
その玉が2つありますけど
それがまた柑橘のことなんです
でそれに触ると1年間幸運だということでですね
その行事もですから
海の民のお祭りが今でもあっているということですね
福岡市東区函崎の函崎宮でした
今度は飯塚の方に行きまして
飯塚市の大武八幡宮です
ここは飯塚市大武というところの地名で
五歳陣が王陣典の神宮皇后玉織姫となってます
この大武大きく別れると書いて大武と読むわけなんですけど
その言われが神宮皇后がここで軍隊を解散して
皆が大いに別れたとそういうことから
大別れと言ってたのが
大武と発音するようになったという話が伝わっています
ここまではですね
海町の方から松茎越えっていうのがありますよね
そうなんですよね
松茎越えを非常に険しい峠なんですけどね
あそこを越えてここにいらっしゃる
そうですね
今でこそですね
トンネルがありますけど
チェーンで行くような厳しいところですけど
松茎越えという言葉の由来が神宮皇后にちなむんですね
結局王陣天皇を連れて行くのに大変だったので
背負い籠を松茎に赤ちゃんを入れて
そして山越えをしたということで
松茎越えというようになったそうなんです
今でもですからその地名を普通に使ってますね
使ってますね
途中神宮皇后はお乳が出たらしくてですね
お乳を飲ませた場所とかですね
そういうのも伝わっています
そうですか
そして大武八幡でしばらく滞在されて
そして畜死の行政を行われたというわけなんですね
一番の大事なのは戦争の後のご褒美ですね
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それをどうするかということなんですね
いわゆる論考交渉と言いますけれど
誰それには何をという
そういうことをここでされたと思うんですね
そしていよいよここで
ふるさとに帰りなさいと命じられたというわけです
ここにはですね
奉仁天皇が使ったという産の井戸とかですね
ありますね
赤ちゃんでずっと水を使われたんですね
それともう一つ大事な話はここにありまして
ここは戊八幡宮の本宮だというわけなんです
ここに来た時には
奉仁天皇はまだおむつをつけた赤ちゃんなわけですね
何百年か経ってですね
戊八幡に神がかりがありまして
私はこの奉仁天皇なんだがと
自分を祀っているところがないと
自分は戊からこの戊八幡まで
通いたいんだけれど
休憩するとこが全然ないんだというようなことなんですね
各地にそういった宅船がおりまして
そしてその途中途中に
神社が八幡宮が祀られるようになったんですね
ですから戊八幡にとっては
この大仏八幡宮の方が本宮なんです
しかもその後ですね
戦争がいろいろ続くわけなんですけれど
今度は箱崎宮ですね
奉仁天皇があそこで自分は
敵国から日本を守るからということで
箱崎宮をお祭りしなさいというふうに
ですから箱崎宮の元宮がこの大仏八幡
ですから山の中にあるんですけれど
非常に歴史的には大事なところ
八幡神を研究するには必ず学ぶべきところなんですね
それから廃殿の裏側に御墳みたいなのがありますよね
ここも国内庁が指定しているということなんですけど
忠愛天皇の御霊という話があるんですね
御霊といえば各地にあるわけなんですけど
もしかしたら神宮皇后は
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お氷の時に天皇が流れ矢に当たった後に
石に天皇の御霊を入れた儀式をしてますね
その御霊石をきっと持ち歩いてたと思うんですよ
天皇の代わりに
そういうものをきちんとしたところに
旅先で置かれていった
それが御霊という話になっていったんじゃないかなと思うんですね
御霊を置いたところっていうんですかね
飯塚市の大武八幡宮でした
今度も飯塚市の神社です
農祖八幡宮です
ここは御祭神が応神天皇忠愛天皇神宮皇后
武の内すくねとなっています
この農祖というのは祖先という意味なんですね
ちょっと農祖は難しい感じを感じますね
祖先というふうな意味です
先ほど神宮皇后は大武で軍隊を解散したんですね
ところが将軍たちは帰らなかったんですね
ずっと神宮皇后についてきまして
そしてこの飯塚市の街中までやってきたわけです
それでよほど慕われていたんでしょうけど
ここでいくらなんでもお別れしましょうということでですね
ここで別れの宴をしたんですね
その時に神宮皇后が祖先神と
それから天の神地の神を祀ったと
そういうことから農祖八幡宮というようになったということです
その時に歌を読まれたりしたんですけれど
飯塚という地名の由来がですね
いつの日にか会わんといつか会いましょうと
このいつの日かが飯塚になったと
それからですね
昔ここ穂波という地名だったんですけど
船の穂と波と書きますね
川に来ると
昔は小さなほかけ舟がありまして
それが風をはらんで
どんどん川の上流に向かっていくわけですね
そうしますと穂と波が競っているようだということから
穂波という地名がついたと
そういうお話も伝わっています
神宮皇后は
自分がお参りしたところには必ずお礼参りをされると
自分が行けないかったら代わりの人を
よこすというふうなことをされていったわけですけど
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この近くに激古神社というのがあるんですね
これは
中和天皇と
歌詞宮に来たときに一度来られているところなんですね
そこにまた立ち寄ってあるんです
最初は神宮皇后が連れていた
神楽の踊り手たちとか音楽をですね
ここの神様が指導したという
かなり面白いお話が伝わっているわけですね
そこにまた寄り道ですけどわざわざ来られて
そして白い旗を8本奉納されたわけなんです
この時にはもう赤ちゃんがいますので
池の水を汲んで
お乳が出ますようにというように祈られたんですね
激古神社でした
今週は神宮皇后伝書を歩くの著者
綾杉ルナさんにお話を伺いました
来週もこの続きをお送りいたします
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです
こんばんは
世界遺産のある町福津で
美味しい餃子を作って言ってる餃子の山端
昨年末に新登場したセロリ餃子
番組でもご紹介しました
あのお野菜はセロリ並み
豚肉とオリーブオイルが入ったシンプルな旨味
これ使ってるセロリが三山市のセロリなんで
まさに古代の福岡を歩くの縁つながりなわけですよ
私は勝手に古代の福岡を歩く餃子って思ってるんですが
その後どうだったのか聞いたら
やっぱり情勢に大人気なんですね
どんなふうな声が寄せられているのか
餃子の山端
ふみちゃん店長こと藤本文子さんに聞いてみました
そうですねさっぱりいただける感じ
あと酢と胡椒で
うちのタレじゃなくて酢と胡椒でもさっぱりさっぱり
何個でもいける感じがやっぱり喜ばれてるみたいで
たまたま昨日もお店に入ってたんですけど
お客様と話す機会があって
セロリってまだあるって言って
買っていただけて
なかなかいいですね環境が
すごいのがセロリ嫌いな人も食べられるっていう評判なんですよね
嫌ってる人多いですもんね
セロリが苦手とかね
実はこのセロリ餃子を考えた取締役社長の藤本大介さんご本人が
もともとセロリが苦手だったんですよ
でも宮城市のセロリ食べたらこんなふうに気持ち変わったと
やっぱセロリ自体が美味しいですね
臭いっていうか
なんかこうほら臭いっていうのが
あんまりないっていうか
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けどやっぱセロリはセロリの味がするんですけど
これ全然食べるわと思って
で包んで焼いたら?
いやもうめちゃくちゃ美味しかったです
思わず笑いが出てしまう
この後5月ぐらいまではセロリ餃子作れそうだということで
来年もこれ定番化したいなと社長おっしゃってたんですよね
この時期ちょうど山内では春キャベツ餃子という季節限定餃子も出てるんですよ
いわゆる和製のキャベツをたっぷり使ってるんですけど
なんともふわーっととろーっとした感じになるのが
春キャベツ餃子のいいところなんですが
どんなふうにしたら美味しく調理できるのか
セロリ餃子のことも含めて文ちゃん店長に聞きました
春キャベツはとろっとふわっと楽しんでいただくように
中身を工場長がちゃんと研究して作ってくれてるので
ちょっと水多めにして焼いていただけると
もっと春キャベツがとろっと
あんまりお水が少ないとカリッとしちゃうでしょう
少し多めにいつもより春キャベツはそうしていただくと
中のふわっととろっと感が感じられるんじゃないかなって思うんですよね
セロリはもう何してくれても大丈夫
セロリちゃんがもう本当にいい仕事をしてくれているので
もう揚げてくれても焼いてくれてもなんですね
春キャベツには春キャベツの焼き方があると
そうなんですよ
で今こうやって聞いてると
春はヤマハチの餃子で盛り上がるのいいなぁなんて思ってたら
社長がいやぁこの春はこんな企画も考えてますと
ヤマハチ春のエビまつり
どっかで聞いたような
でしょまさにほんとそんな感じなんですけど
でも気合も入ってます
人気の丸ごとエビ餃子とセロリ餃子と
あとエビシュウマイをセットにしてお得にするということで
贈り物に良し自分家用に良しというセットで販売するんだそうなんですよ
で考えるとこの後は4月からタケノコ餃子も出てきますし
いやぁ春いいなぁと思ってたら
このエビまつりのご案内の中に
限りない餃子作りへの挑戦っていう言葉があって
これどういう意味だろうと思ったら
ふみちゃん店長がこんな風に教えてくれました
来年で20年になるヤマハチなので
守っていかなきゃいけない味と
でもそれだけじゃなくて
いろんなことに挑戦していきたい
ネットも通販もそうですし
インスタもフェイスブックもそうですし
商品開発もいろんなことに止まらないで
挑戦し続けていきたいという気持ちで
20年ですか
そうなんですよ
長くヤマハチの餃子を食べ続けているファンも
初めて知った人も
このなんとものパンチのある味わいに
皆さん打ち抜かれると思うんですけど
チャレンジといえば
以前にもご紹介しました無人販売
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ありましたね
3月16日からヤマハチの村方モンテオット店を
完全無人化にするんです
だからペイペイと料金箱にチャリンと入れる支払い方法で
まるまる24時間営業するという
すごいねって言って
地元の皆さんに守られているおかげですよって
おっしゃってましたんで
このチャレンジまだまだヤマハチから目が離せませんし
宮山市のおいしいものさらにいろいろ見つけてるんで
にやりと社長が笑ってましたから
これからの新しい商品も楽しみです
この番組は宮山市の企画共産、道の駅村方、餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました
ご案内は酒田秀大でした
×少女隊の春のキーナと
アオイリルマです
RKBラジオでお送りしている
ガールズパンツ×少女隊の×ラジオ隊は
ポッドキャストでもお楽しみいただけます
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