1. 古代の福岡を歩く
  2. S4 10回目も神功皇后の足跡..
2018-12-08 30:29

S4 10回目も神功皇后の足跡の残る神社を紹介していきます。

日本書紀には神功皇后が小山田邑に斎宮を作らせたとあります。古賀市小山田には小山田斎宮という場所があります。

ところが粕屋郡久山町山田という所にも斎宮があるのです。少々混乱をきたすのですが綾杉さんの説では仲哀天皇が亡くなった後、崩御の原因を明らかにするために籠もった場所が古賀市の小山田斎宮で、応神天皇出産の後香椎宮から疎開した宮処が久山町の斎宮ではないかとみています。

その警備の面からみますと、地形上も敵に攻められないような地形の地に久山町の斎宮は建っており、そこへの入り口を武内宿禰がしっかり警備を固めていました。

それが久山町の黒男神社です。トリアス久山の裏にあります。

※写真は粕屋郡久山町の斎宮
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こんばんは、坂田周大です。
今夜は先週の続きで
神宮恒豪の伝承が残る神社を紹介していきます。
お話を神宮恒豪伝承を歩くの著者
綾杉留奈さんに伺います。
今週は勝谷郡久山町の
五木の宮祭宮からですが
先週伺った小賀市の小山田にも
小山田祭宮というものがあります。
ここはご祭神はどういう風に?
こちらも天坂る向津姫の御子と
天寺草神神ですね。
それと竹三日月の御子と
ことしろ主の御子と
住吉狼
それから沖永たらし姫ということで
小山田の神様と一柱違うだけで
よく似た構成になっています。
こちらの優勝は?
こちらの方もやはり神宮恒豪が来られて
忠愛天皇に称った神をお尋ねした場所だという風に
03:01
伝えています。
そこでこの屋敷を正門屋敷という風にも
言っています。
同じような連携というところがあるんですね。
そうですね。
ただ江戸時代の青柳種継の記録では
歌詞部からこちらに百官百僚連れて
みんなで移り住んだという話があるんですね。
そして祭祀をしたということですから
仮説ですけれど
天皇の死を隠してこっそりと少人数で行ったのが
小柏の小山田の五木宮で
それから代々的に祭祀をして
みんなで移り住んだのが
山田の五木宮ではないかと思っております。
ここにもよく似た神社があって
そうですね。
どちらかどちらかよくわからないという感じがします。
そして地名なんかも
神戸皇后にまつわるような地名もいくつかあるんですね。
そうですね。ここにお住まいがあったという意味で
西宮の門がある場所は古門といったり
天上人が住んでいたところは堀の内といって
それから神域があったところは上
そして庶民が住んだ場所は下というふうに
ここに皇居があって
それから周辺に何百人もの人たちが
生活をしたような地名が残っています。
それともう一つ
景台に行きますと掲示板がありまして
そこに昔の地図がありますね。
それを見ますと
五木宮を非常に厳しく守り固めた記録があります。
西宮の周辺は水を掘って水を通して
そして上の守り、下の守り
山の方では東西南北
全て陣営を固めまして
そして唯一水が通る水路は竹の内少年に守らせたという
非常に厳しい守りをしているのが
ここの特徴ですね。
時期的には忠愛天皇が亡くなったばかりで
この勢いで敵が攻めてきたら大変だということで
樫群は海が目の前にあって
船から上がってこられるといきなり戦わなくてはいけないということで
06:00
山を隔てて一つ奥の方に移ったと
それがこの山田の五木宮だと思われます。
霞雲久山町山田の五木宮でした。
同じくこの近くにあります天章皇帝神宮です。
ここの御祭神は?
ここは天寺大神、多力王の神、
よろず旗、知事姫の御事と珍しい組み合わせですが
天の岩戸の時に戸を開いた神様が多力王の神ですね。
よろず旗、知事姫というのは天寺大神の子供に
天のおしほみみという彦さんの神様がいらっしゃいます。
その妻となった方がよろず旗、知事姫です。
織物の女神様といわれています。
ここの御祭神はどうなっていますか?
ここは先ほどの山田の五木宮から神宮皇后がここに来られて
そして天寺大神をお祭りしたところが始まりということですね。
そこに遠見岳という山があるんですけれど
地元では神様の御地の山、上地山といいまして
神様が天下られる山だというふうに伝わっています。
いい名前がついていますね。
ここは天上高台神宮から
廃殿の右のほうから登山道がありまして
30分ほどで登ることができるんですけれど
限界の枝が遠く見渡せてすごく軽小の地ですけれど
ここで忠愛天皇と一緒に戦術を練られたという話も伝わっています。
ここの神社は正面に本当に大きな木が何本か建っていますよね。
そうですね。
廃殿を一歩踏み込むと深い山の面向きがあるんですけれど
小さな滝もありましたね。
廃殿でお参りされたら
ぜひとも右手のほうから奥に少しずつ登っていきますと
古い神殿跡がありまして
そこが素晴らしいですね。
さっき言われたように杉の木が真っ直ぐシューンと立って
50メートルあったかな。すごく大きい木でしたね。
09:02
そこに入っただけで霊気がスーッと体の中に入ってくるような
そんなところですね。
こちらが九州のお伊勢山と言われてまして
上宮にあたりまして
先ほどの五木宮が下宮だというふうになっています。
お伊勢山ということで大変昔は賑わったと言われていましたね。
あの石田三成もここに参拝したというふうに伝わっていますね。
大変素晴らしい神社ですね。
天聖皇太神宮でした。
そしてこの近くにちょっと離れたところにあります
黒ドン神社。黒男神社と書きまして黒ドン神社と呼びます。
ここはどういう御祭神ですか。
こちらは竹の内スクネをお祭りしているところですね。
先ほどの五木宮から1キロほど川を下ったところにありまして
その川は伊勢川と言うんですが
そのところにはお椀を伏せたようなポッポリとした山がありまして
あれは何だろうと誰でも思うのですけど
あれが黒ドン山と言いまして
そこに竹の内スクネが陣営を構えたということで
片目山と昔は言っていたそうです。
ここを下っていくとタタラ川に出て
そしてカシー群につながっていくというわけです。
要するに敵が来るのを侵入するための守りを固めたということですかね。
そうですね。
こちらの舎殿によりますと
もう一人竹の内スクネの代わりに竹室川和家の御事という人がおられて
後続なんですけれど
この人と村の娘との間に子供ができたということで
その子孫が繁栄して今の安倍氏になったというふうに伝えられています。
そして竹の内スクネが亡くなった後に
竹の内スクネは自分たちの祖先であるということで
ここに祀ってあるそうです。
今週は神宮皇后の伝承が残る神社を紹介しています。
お話を神宮皇后伝承を歩くの著者綾杉隆さんに伺っています。
今度は綾杉さんの本では八六間和師との戦いに入っていきます。
12:05
まず朝倉郡蓄禅町の戸神神社です。
ここではご祭神は。
神宮皇后と八幡狼また住吉の狼というふうになっています。
戸神の戸というのは武器を研ぐ戸石の戸ですね。
実はこの前のお話として神宮皇后が先ほどの五木宮で
祭祀をされたのが3月の1日から7日と言われていまして
わずか10日後ですが日本書紀によりますと
3月の17日に皇后は熊和氏を討とうと思って
嘉神宮から松尾宮に移られたと書かれています。
その松尾宮に行く途中にこの戸神神社があるわけですね。
そしてここでは兵士卒たちに武器を研がせたと
そういう話からここを戸神神社というようになったということです。
その間神宮皇后は裏の方にある戸神岳の方に登られて
そこでは戦の神様である竹三日月の神をお祭りしたということです。
戸山像にはそれにちなんだ名前もいくつか残っているみたいですね。
そうですね。ひずめ石とかみそぎの春とかかぶと石といって
それにちなむ石などが、史跡が残っています。
そして昔この辺は安町と言ってましたけれども
その安町の安が神宮皇后と関係のある名前なんですか?
そのようですね。神宮皇后が松尾宮を大本営として
八六間阿修を討伐した後、再び戻ってこられるんですね。
その時に八六間阿修を滅ぼして
我が心すなわち安氏と安心したと言われたことから
この地名を安と言うようになったと伝わっています。
昔この辺は安町と言っていましたね。
そしてこの辺りは装飾古墳もあるんですね。
そうですね。山の中腹にある層なんですけれど
戸神観音塚古墳とありまして
15:01
赤い染料で船がたくさん描かれているんですね。
山の上に船がなぜかなと思うんですけれど
実は戸神神社の麓は本満川が流れていますけれど
昔は中津海と言いまして
中津海の水がここまで遡って
浅い海だったというお話なんですね。
たぶんこの山から小舟が見える様子が
この壁画に描かれているのではないかなと思われます。
戸神観音塚古墳というのがあるんですね。
朝倉郡筑前町の戸神神社でした。
そして今度は今お話に出てきました筑前町の松尾八幡宮です。
この八幡宮での御祭神はどうなっていますか。
ここも八幡狼と神宮皇后と住吉狼という風になっています。
ここが嘉志宮から八六間市を討伐するために
陣営を営んだ場所で松尾の宮として
日本書紀に出てきます。
ここへ神宮皇后が陣を張ったということですね。
この神社の後ろの山に
めくばり山という山の名前がついているということですけど
これも関係あるんですね。
神宮皇后がやはりここに登られて
そして山の上で戦のめくばりをされたということから
めくばり山とついたといいます。
ここからは八六間市の拠点秋月と
わずか4キロなんですね。
谷を隔てて敵の山が見えているような場所に
大本苑を築いたというわけです。
ちょっとここで八六間市というのが出てきますけれども
八六間市の本拠地というのは一体どのあたりだったんですか。
地元の方に聞くと古書山というふうに言うんですね。
古書山が本陣で
そして秋月に野取という地名がありますけれど
あそこのことを日本書紀では
野取田のふれと言いまして
そこが八六間市の根拠地だったというふうに書いてますね。
ですからかなり広い範囲を村として住んでいたと思われます。
ここには他にどういうお話が残ってますか。
18:01
地元には御長津の滝
それから神宮皇后がお化粧していたという
お化粧川などが伝わってまして
さすがに戦いの前とはいえ
女のたしなみたいでしょうか
お化粧をされていたという面白い伝承が伝わっています。
それからここの拝殿が彫刻が素晴らしくてですね
特にここの拝殿の彫刻は珍しいものです。
そして金龍が平安時代ということなので
古いですね
もしかしたら日本でもかなり古いお宮ではないかというふうに思われます。
じゃあここへ行ったら必ず拝殿の作りをね
天井からずっと眺めてくる必要がありますね。
そうですね。それから長い石段があります。
そうですね。この石段もゆっくりと歩いていって
霊気を感じるということも必要でしょうね。
それからこの近くには栗田遺跡と扇動古墳というのがありますね。
そうですね。新軍ルートに沿ったところに遺跡がいくつかありまして
特に栗田遺跡というのは今はもう田んぼしかないんですけれど
そこから赤い種類のとても綺麗な土器がたくさん出たところで有名なんですね。
その土器は九州歴史資料館などで見ることができますけれど
弥生時代の人々が古くからここに住んで
そして水の神様を祀っていたような痕跡があるということです。
朝倉郡筑前町の松尾八幡宮でした。
次も朝倉郡筑前町大名内神社です。
ここの御祭神は?
ここは大名内の神徒の人柱です。
地図を見るとわかるんですけれど
松尾八幡宮から2キロぐらい来たところなんですね。
ここからは小石原川の平野部に出てくるということで
兵隊たちが直接八六間橋のいる秋月と対峙するような場所にありまして
なんと軍隊がみんな逃げ出したんですね。
兵士たちが逃げ出しまして
ここにはたたる神がいらっしゃるということで
21:02
神宮皇后が占うと大見和の神といって
大名内の神が出てこられたということで
その神様をここにお祭りしたというわけです。
ここからですね
左手ずっと奥の方に行きますと
陽廃所がありまして
小道の奥に御神体山があります。
先ほどの目配山なんですけれど
この神社では御神体山としてお祭りされていまして
そうですか。目配山が。
ちょうど奈良県の大見和神社と同じように
山を御神体としているという神社です。
あ、そうですか。
桜雲筑前町の大名内神社でした。
お話を神宮皇后伝書を歩くの著者綾杉留菜さんに伺いました。
ここで古代の福岡を歩くリポーター中島理恵さんです。
こんばんは。
今日は筑紫の市春田にあります筑紫神社を歩いてみようと思うんです。
平安時代にまとめられた縁起式にもその名前が記されている
古いお宮さんなんですが
実は九州筑紫の島の語源が筑紫神社の筑紫だって言うんですね。
ぐうちの美酒康幸さんにいろいろ伺ってきたんですが
奈良時代筑後の国不動器の神話の中に
筑前と筑後の境目に
闘技を行き来する人たちの荒ぶる神様がいて
多く取り殺していたという話があるんです。
そこから人の命尽くすの神と呼ばれていて
そこが筑紫の地って言われてたみたいなんですが
さらにこんな話を教えてくれました。
荒ぶる神様を筑紫の豪族と筑前の豪族が和牧の象徴として
この神社を祭りすることにより
この国境地帯の平和が訪れたというふうに神話には書かれています。
それでも筑紫神社はそのように筑紫の狼様
命尽くすの神を荒ぶる神様を祭りすることによって
この地域に平和が訪れ
陸上交通が盛んになったという歴史のある神社です。
まさに交通の要所なんです。
長崎街道の春田宿の街並みの一番端っこのに筑紫神社があるんですね。
という話をしてたらいやいや違うんだよと
そんなものでよりずっと昔、2000年近く昔から
ここは国境地帯で交通の要所だったんですって
三崎偶二がおっしゃるんです。
さらにこんな意見も聞かせてくれました。
24:00
これは私の想像ですけども
この荒ぶる神様がいらっしゃった地点から
九州全体の平和が始まったんじゃないかなというふうに思ってます。
いい神様ですよね。
そうかもしれませんね。
この筑紫神社で来年の元日から神社のお土産お菓子が発売になるんです。
その名も小刀のゴマサブレっていうんですが
お手元に持ってきました。
そうなんですよ。
黒ゴマと白ゴマの正方形の
これちょっとおこしっぽい形状ですが違うんですか?
見た目はそう見えるんですがサブレなんですね。
4センチ角くらいで厚さが2ミリくらいなんです。
どうぞ。
ゴマぎっしり。
でしょ。
香りがふわっと広がって甘すぎず。
すっごいいい香りの元気になるような楽しくなるようなお菓子なんですよね。
これ作ってるのは地元の出汁屋さん
味の標志郎という会社なんですが
筑紫の市にあるんですね。
この味の標志郎で育てたお米で作った米粉と
標志郎さんがセレクトしたゴマの組み合わせなんですよ。
もともとは宇治子さんがみんなに親しまれるお菓子があれば
もっと神社を身近に感じてもらえるんじゃないかっていう
ご提案があったところから生まれたお菓子なんです。
これ見た目も綺麗ですよ。黒と白でね。
これが4枚1セットにして神社の神門の形、ひし形なんですよ。
と同じになるようになってるんですよ。
で、ネーミングが尾形のゴマサブレって
神社の筑紫神社っていうのはネーミングに入ってないんですよね。
そうですね。
なぜかというと三崎偶次こんな風に教えてくれました。
その尾形というのは南九州の方によく生息してですね
南九州の方の神社さんでよくご神木にも使われてるんですけども
うちの神社にも生息300年以上の尾形の木がございまして
それをご神木としてます。
尾形の木。
これね、美子さんが舞いを舞うときの神楽鈴の原型ともなったって言われてる木なんですが
ここの筑紫神社でやるのはね、高さ25メートル。
立派ですね。
幹回り3メートル。あのクスの木みたいに見えるんですよ。パッと見は。
多分こんなに大きく育った尾形の木は滅多にないですよって皆さんに言われるっていうんですね。
この尾形の木もいいんですが、実はもう一つ目を引く木がありました。
10月桜。秋から冬にかけて咲いてる桜なんですよ。
しかも今この時期だとイチョウの木がその10月桜のすぐそばにあって
イチョウの葉っぱが全部落ちて黄色の絨毯の真横に桜が咲いてる。
とっても素敵なんですが、奥様の美酒清子さんがこんな話を聞かせてくれました。
冬の間は花数は少なくなるんですけれども
雪の中頑張って咲く姿が見られます。蕾もあります。
でも花数はぐっと少ないです。
27:02
10月桜は冬の間も頑張ってとても長く咲くので
根性桜って言って皆さんで大事にしてます。
冬にも花をつけるんですね。
そしてもう一度ソメイヨシノが咲く前ぐらいにバーっと花が増えるんです。
これから冬のそして早春の美しい神社楽しみがいっぱいなので
ぜひこのJRの春田駅から降りて
そのまま長崎街道の春田宿の残りの道のみをずっと歩いていくと神社に着きますので
ぜひ歩いてみてください。
高嶋理恵さんでした。
ここで番組からのお知らせです。ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
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この番組は福津市の企画協賛、福岡県商工会連合会、
餃子のヤマハチ、道の駅室方の提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田集大でした。
落語家の立川翔子です。
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30:29

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