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S9 17回目も大宰府水城跡を歩きます。
2024-01-21 29:50

S9 17回目も大宰府水城跡を歩きます。

西鉄下大利駅から南西にいきますと上大利地区があります。
ここにも老松神社があります。
ここに、水城跡もしくは上大利の小水城に使われたとみられる城門の礎石ではないかとみられる石が残っていることがこの程分かったそうです、この石は随分昔から置かれていたそうで、最近大野城市の教育委員会が確認したところ年代的にも664年に作られた水城と合致するといわれます。
大野城市の文化財にも指定されている貴重なものだそうです。
お参りのついでに捜してみてはいかがでしょう。
古代の福岡を歩くリポート  
みやま市の九州オルレ・みやま清水山コースの7周年記念オルレが、2月17日(土)に行われます。
神宿る竹林をくぐり、女山の神籠石を眺め、清水寺を通り、道の駅みやまに向かう11.5km。
参加者にはいろんなおもてなしが用意されているそうです。
歩く時も、ガイドさんがついてくれるので安心です。
みやまウォーキング協会会長の丸尾敏朗さんにお話を聞きました。
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00:09
古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン9 この番組は
宮城市の企画協賛 行座のヤマハチ
道の駅村方 草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたします。
こんばんは坂田周大です。 大宰府の特別市籍水城跡を歩いています。
水城西門から西鉄下織の駅まで歩いてきました。 ここでちょっと休憩を取り下織団地の中へ入ってきました。
途中いろんなところへ寄り道しながら水城東門の方へと向かいます。
ご案内を故田宰府保存協会の学芸員田中健一さんにお願いしました。 一緒に歩くのはこの番組の津川ディレクターです。
下織団地になりますね。 大きな団地の建物がずっと見えてきました。
下織団地を少し南の方に迂回して三笠川沿いに出て、三笠川を見ながら三笠川ゆかりの物語がある神社を経由して水城跡に行っていきたいと思います。
楽しみですね。私もこの辺りは車でちょいちょい来たことはあるんですけども、歩くのは本当に初めてですね。
どういうものが出てくるか楽しみですね。
やっぱり1300年前の古代を楽しんでいただいて、自転車、車よりもやっぱり歩いていただくことがですね、やはりごじっくりいろんな発見が見えてまいりますので。
歩かないと見えるものも見えないということですよね。 今日はゆっくり歩いていきます。
そして今気がついたんですけども、川幅はかなりあるんですけど、この川にかかっている橋っていうのはあんまりないですね。
そうなんですね。今回津川さんとぐるっと迂回してます理由、それがですね、ちょうど水城前回ご紹介しております西側部分とこれからご紹介しますと東側部分、橋でまっすぐ渡れると非常に速いんですけども。
03:10
実はないんですね。ちょうど水城の前後というのが、ちょうどいい橋がかかっておりませんので、結局北側の大野戸橋側から回るか、南側の戸橋側から回るか、結局かなり迂回しておよそだいたい20分ちょっとぐらいですね、歩いていただかないとちょっと両方、東と西、西と東というのがなかなか行けない状況になっております。
そうですよね。
えーと、団地の中をぐるっと回ってきたんですけども、えー、橋が遠いですね。えー、追松神社が、あそこは追松神社ですかね。
はい。あのー、今津川さんと三笠川沿い歩いてきました。遥か先というとあれですけど、ちょっと先にですね、あのー、かかってる橋が見えてまいりました。で、あちらがあの水城橋と、あのー、はい、っていう、もうそのまま地名を取った橋の名前なんですけども、ちょうど大野城市の下折と太宰府市の水城をこう、結ぶ橋になっております。
はい。で、その橋の右手側、歩いてみますとですね、綺麗な緑色の、えー、こう吹いた屋根が見えてまいりますが、そちらが追松神社になっております。
あー、わかりました。えー、遥か遠くに、えー、追松神社が見えております。えー、対岸に、えー、そうですね、水色の屋根ですね、えー、往復いった神社がありますね。あれは神社の本殿になるのでしょうか。
えー、そういう神社が見えます。そして左の方を見ますと橋が架かっております。あの橋までまだ、まだ、架かりそうですね。
じゃあ、せっかくならもうこの見えるところで少し、今回のご紹介をしたいと思うんですけれども。あー、そうですか。はい。えー、まあこの、今ご紹介しています三笠川、本万山から流れてきまして、まあだいぶこの水城あたりは川幅が広がりまして、そのまままあ穏やかな流れで博多の方まで流れていって、えー、玄海の谷、まあ注ぐという川になっておりますけども、実はこの水城橋が架かっておりまして、追松神社のちょうど裏手側、三笠川に面したあたり、
このあたりが実は昔からですね、地域の人は水城の渡しと呼んでまして、あー、そうですか。はい。ちょうどあの昔から渡芝だったというふうに。渡芝。はい。言われております。ちょうどあの歩いていただいて見ていただくと、ちょうど川幅がまた少し狭まってますので、ちょっと渡りやすい部分だったのかなという気もいたします。川幅がちょうどあの辺、ちょっと狭くなってますね。はい。
そのあたりがたぶんですね、地域の人もちょうど対岸に渡るので便利な場所だったなと思うんですけども、この追松神社の裏側が実は非常に太宰府の伝説の場所でもございまして。そうですか。はい。
で、やはり太宰府と言いますと、一番最初に思い浮かべる人物というのは皆様の菅原道真子かなと思うんですけども、地元では古くから菅原道真子、901年に京から左遷されまして太宰府に流されてくるわけなんですけども、この水城地区ではですね、古くから道真子は博多の方に着かれて、そこから三笠川を船で登ってこられたというふうに伝えられております。
06:17
で、ずっと三笠川を登ってきまして、このちょうど追松神社の裏のちょうど水城橋がかかっているあたりで船を降りられて太宰府の地に上陸した、道真子を上陸の地だというふうに伝えられている場所になっております。
この道真子が上陸された場所っていう伝説はここだけで終わらず実は繋がってまいりまして。
そうですか。
ここで道真子が上陸されまして、そこから陸路をですね、太宰の方へ向かっていくんですけども、その後水城の東門を抜けられまして、その抜けたところで衣服を着替えるために昇宮したと。
それが伝説の回でもご紹介しましたけども、衣かけ天満宮、衣かけ天満宮とも呼ばれておりますけども、道真子がそこで衣を着替えて松にかけた、それを由来として建てられた神社が残っておりますし、
その着替える際に姿を映してみた姿見のいいという池もですね、残ってますので、そういった伝説が実はここで上陸して、そっちでお休みになってそして太宰府へと、実はもう足取りが繋ぐように伝説が残っていると。
そういうところでやはり太宰府、ゆかりの深い道真子伝説、いろんなところに残っているんだなということが伺える一つになっております。
今回太宰府の伝説をご紹介しておりますけども、やはり菅原道真子学問の神様として幅広くですね、全国各地で信仰されてますので、各地に実は上陸したという場所がたくさん残っております。
今回は三笠川を登ってきたということでご紹介しましたが、他の地域の伝説を見ますといやいや、上がってきたのは三笠川ではなくて中川であって、今の中川市の方に上陸されて山を越えて太宰府に来たんだというようなお話も残っておりますし、
またいろんな伝説がありますが、たとえばそもそも博多の方からではなくて、南の四国川、大分の方から四国川を通られて、南から太宰府に向かわれたというような伝承も残ってまして、もうこればっかりは1100年前ですので、どのルートを通ったかというのはなかなかはっきりここだというのは難しいんですけれども、
各地にそういった伝説が残るというところに、たくさんの方々に信仰され愛された三笠川という人柄というのが伺えるような気がいたします。
はい、と言いながらですね、老末神社のすぐ近くまで来たんですが、わーここ大きな、これ鯉ですか?すごいですね。
4、50センチはあろうという鯉。
すごいですね、鯉が4、50匹いますよ。
黒、それから少しオレンジがかった色の鯉、それから黄金色の一匹おりますね。
09:09
なんでここにこんなに大きな鯉が。
ちょうど流れも穏やかなので、生息しやすいのかもしれない。
ちょっと今日はですね、寒さも厳しくなってまいりましたので、ちょっと雛さんというか、集まっているんですが結構な数が。
こんなところでこんなにたくさんの鯉が見えるとは思いもしませんでした。
豊かな自然が残っているんだなというのもちょっと。
ちょうどこの辺りが深みになっているんですね。少しね、ちょっと深いかなという。
大きな鯉がこんなにたくさんいるとは思いもしませんでした。
思いがけない色とりどりのたくさんの鯉の姿を目にし、案内する田中さんも驚いていました。
そしてようやく及松神社の裏へとたどり着きました。
ちょうど及松神社の裏の方に、真裏に来ました。
この辺は一番川の深さが深いですね。ちょっと色が変わってきています。
そうですね。この辺りはかつて護岸工事が行われましたので、今ちょうど川の岸はコンクリートになっていますけれども、
昔は大変自然あふれる土そのままの川で、地域の皆さんは本当に水遊びとか、それこそ魚取りなんかで楽しんでおられたそうなんです。
ちょうど及松神社、水暮らし、ようやく目の前に近づいてきました。
神社近づいてきますと、ご覧になっていただくと川べりのところに石巻が実は残っているのがご覧になれるかと思います。
残っていますね。
及松神社の経済が続くように三笠川に向かって石段がありますけれども、これが昔かつ水害とか護岸工事の前は川の中まで、ふもとまで石段が続いていまして、
この辺りを利用して渡っていた、近代における水木の私の名残というふうにも言われております。
じゃあこの辺は向こう岸に船をつけて、それから上陸していったということなんでしょうね。
ちょうど道真子もこの辺りに船をつけられたのかなと想像していただきながら、私どもは水木橋を、橋の方を渡ってまいりたいと思います。
では及松神社目指して、あの橋を渡っていきます。
あの橋は何という橋ですか。
これがちょうど水木橋という。
水木橋。水木橋というのが長さ50mぐらいですね。その橋を渡ります。
そして水木橋を渡りました。
いよいよ福祉川に上陸いたしました。
えーと今水木橋という橋を渡りました。
入口の方に向かっていきます。神社のちょうど真上から来たという感じがしますね。
12:08
そうですね。あの皆様の地域の神社ですと、真っ直ぐ山の方が伸びているパターンが多いかなと思うんですけれども、
こちらの水木の及松神社様は少し角と鋭角に途中で曲がりました。
山道を進めまして、鳥居のところで角と鋭角に曲がりました。
そしてその先に拝殿と本殿があるという。
ちょっと奥の方に鳥居もございます。
ここに鳥居があります。
おみまつ神社とちゃんと書いてありますね。
ここから50メートルくらい先に本殿があります。
おーやっと来ることができました。
境内にいろいろと近くの神社からこちらに持ってきたという小さい祠が3つありますね。
ちょうど周辺のところからですね、境内に移された仏様また石物なんかも一緒に大切に祀ってある神社になっております。
ちょうどですね、この神社自体、及松神社さん自体の歴史をたどっていきますと、
創建など混流など古い詳しい時代というのはわからないんですけれども、
こちらは昔からやはり地域の宇治神様として大切にされておりまして、
明治5年には水木村の村野社ですね、村野社に指定されていますので、
やはり古くからこの地域の代表する神術として大切にされてきた神社ということで、
及松神社ですので祀ってあるのは菅原道座猫が祭神として祀ってある神社になります。
この神社本殿の左側ですね、西側の方ですね、畑が広がっておりますね。
そしてさらに左側に高速道路が走っているというのが見えますね。
そしてその畑が何百メーターかおそらくつながっているんじゃないかと思いますが、
この本殿のすぐ西の方ですね、養肺所という大きな石の碑がありますね。
その隣に猿田飛行狼というふうに書いた石塔がありますね。
そしていくつかの近くにあった神社にあったものをこちらに持ってきて祀ってあるというふうなものがあります。
この及松神社祀っていますのが菅原道座猫ということで、
15:00
今菅原さんがおっしゃっていたのは養肺所という石碑なんですけれども、
実は今ご紹介した田んぼが広がっている先に見えている山というのが実は天拝山なんですね。
天拝山。
私どもも10年前に分解山調査ということで地域の方にいろいろお話を伺ったんですけれども、
ある方がおっしゃるようにはここに養肺所、遠くのところを拝む石碑ですけれども、
これ何でここにあるんですかと言ったら、やっぱり菅原道座猫をゆかりの天拝山が見えているんだけれども遠いので。
なので菅原道座猫祭り及松神社をお参りして、そしてゆかりある天拝山を養肺するために
今ここに見えるところに建てたというようなお話も聞いたことがありますので、
本当に地域の方が菅原道座猫を尊敬していらっしゃるんだなというのが分かる石碑になっています。
なるほどね。私は養肺所と書いてあって、どこを養肺するのかと一瞬頭の中で考えていたんですが、
はるか先に天拝山があった。
ぜひ石碑から奥に見えます高速道路、畑、さらにその先にそびえています天拝山までぜひ合わせてご覧になっていただきたいと思います。
よく教えていただきました。天拝山がはるか先にあったんですね。
それを拝むという養肺所と書いてあるのはそういう意味だそうです。
これは本殿の左側の方にあります。
私も最初に調査にお邪魔したときは、どちらを拝む石碑なのかなということで、
いろんな方に聞いたら、四王子山という方もいらっしゃったんですけど、
いやいやこれはもう見たら天拝山があるやろ田中君と言われました。
そういうことですかということで、建てた位置とか少し変わっていらっしゃるかもしれないんですけど、
改めて今見ていくと本当に美しいロケーションで見えますので、
ちょうどこの地域は南北朝時代から天拝山の硝煙の一つだった記録が残っていますので、
やっぱり古くから天拝、道真根皇との関係が深い中で、
そういう中でやっぱりこういう石碑も建てられたのかなと思っているところです。
この石碑の大きさが1メーターちょっとありますね。
そして締め縄が頭の方に張ってありますね。
そして大きな字で養肺所と書いてあります。
これはこの神社に来て一番目につく石碑ですね。
その先の方に天拝山があるということを頭に置いて拝んでいただくということがいいでしょうね。
ではちょっと参拝しますか。
参拝した後は水城東門を目指して歩いていきます。
千川さんとちょうど追松神社前の
ちょうど太宰府さんが水城橋通りと名付けている道を歩いてきたんですけども、
ここで奥に進みますと剣道112号線の交差点にあたるんですけども、
18:01
今回はその一つ手前から右手に曲がる小さい道があります。
こっちの方に曲がってのんびりと分解さんを見に行きます。
ゆっくり歩くのがこっちの方ですね。
水城橋を渡って追松神社へ行ってという感じですね。
東門の方へ行くと。
ちょうど津川さんと歩いてきまして、
右手に三笠川の土手が広がっているんですけども、
ここから左側の国道3号線と九州自動車道を通る八丹田の地下道というところがあるので、
それをくぐって向こう側に行こうかなと思うんですが、
実はこの集落を抜けて地下道に向かう途中、
この先が一つ面白い地名が残っておりまして、
実はこの太宰府市、水城の浄水場から八丹田地下道を抜けて行こうという、
その周辺に実は古い小技で古門畑。
古門畑。
漢字で書きますと古い門の畑と書く。
いかにも古い門の畑、何か曰くつきがありそうな地名なんですけども。
決定部のところでもお話ししましたけれども、
三笠川のところでちょうど水城の土類は作られておりませんけども、
おそらくそこにはただ自然の三笠川が流れていたんじゃなくて、
おそらく門があったんだろうか。
もしかすると古門畑、古い門の畑というのは、
そういうところから来ているんじゃないかなと。
太宰府市の床になる地名がですね、歴史の散歩道でもご紹介しましたけれども、
いろいろ残っておりますけれども、この古門畑。
これは面白いですね。
実はこれを裏付けるようにですね、今歩いてきます、
右側を流れている三笠川。
この三笠川の川底からあるものが実は見つかったわけなんですね。
鬼瓦みたいな。
そうなんです。実はこの三笠川、この古門畑と呼ばれているすぐそばのところから、
実は鬼瓦がですね、河川工事の時に川底から発見されております。
この鬼瓦なんですけども、専門の方がですね、調査してみますと、
実はそんなに摩耗が激しくないということなので、
どうやら川の中に流されて、そんなに長い距離を移動したものじゃなさそうだと。
ということは水木の門があったんじゃないかなというか、すぐそばで見つかってますので、
どうやら水木の門に関係する建物に使われていた鬼瓦じゃないかなというふうに言われているわけなんですね。
水木の門からそんなに大した距離ないですよね。
そうですね。もう三笠川の下流に流されては100、200メートルぐらいかなというところなんですけれども、
そういった鬼瓦が1981年に川底から見つかりまして、今市の文化財となっているんですけれども、
そういったところからもかつての水木の建物を想像させるような地名であったり、
ものが見つかってますので、ぜひ知っていただければなと思います。
21:00
古門なんですか?
古門畑ですね。
古門畑という地名だそうです。
ぜひ川底から見つかった鬼瓦なんですけれども、複製の方はこれから参ります水木館の方に。
そして本物の実物の方は太宰府展示館の方に展示されてますので、
もしよろしければ足を伸ばしてご覧になっていただきたいと。
今週も太宰府の水木を歩きました。
ご案内を、こと太宰府保存協会の学芸員、田中健一さんにお願いしました。
一緒に歩いたのはこの番組の津川ディレクターでした。
来週も水木を歩きます。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
さあ、三山をガンガン歩きましょう。
九州オルレの三山清水山コースの7周年記念オルレが行われるんですよ。
時は2月17日の土曜日。
ただ歩くだけじゃない、おもてなしがあったり、一緒に歩いてくれるガイドさんがついてますんで。
それはもういいですね。
楽しいんですよ。
一緒に歩いてくれるガイドさんをたまねている三山ウォーキング協会会長の丸尾俊明さんに色々話を聞いてきました。
このコースを作る時から関わっていらっしゃるので、隅から隅までオルレのコースわかっていらっしゃるんですが、
歴史好きにとってはこの三山清水山コースのオルレって、
三山の神戸石を眺め、清水寺を通って、そしておいしいものを探しに道の駅三山に向かうという、
なかなか心躍る11.5キロなんですよね。
個人的には神宿る竹林とタイトルがつけられた竹林ですよ。
美しいんですよね。
自分の通る道の両側にずらーっと竹が並んでいて、
風にさやさやさやっとそよごとがして、
時折光がさーっと差し込んでくる。
まるで降ってくるような光の感じがね、
ああ、私は今、かぐや姫っていう感じになるんですよ。
勘違いみたいな笑い方をしましたね。
いいんです。丸尾会長もそこはみんなに人気なんですよとおっしゃってました。
季節的に実施される2月の17日、これからの季節の進み具合次第ですが、
サザンカがまだ残っているかな、老梅が残っているかな、
コース自体は梅の花は少なめなんだよねっておっしゃっていたんですね。
このコースのおすすめポイント、他には展望所だと会長はおっしゃいます。
まず、三山の森林公園のところの展望台。
そこは見晴らし台が建っているんですよ。
中2階程度の、それから多摩ホームとか、例の球場が見えたり、
24:07
それから第一展望台というところがあるんですけどね、そこも素晴らしいですね。
第一展望所は府県だけとか、天気いいときはあれだけパッと見えますからね。
見晴らしいいですね。
そうなんですよ。そしてこのオルレのコース、
後世の時から絶対ここを外せないとして実現したここもおすすめだそうです。
清水寺ですね。あそこは入れてますね。
山道ですね。
あそこなかなかな雰囲気ですよね。
そうですね。1200年の歴史を感じる古い山道ですよね。
あれは全部階段のところは石なんですかね。
石ですね。200段近くありますからね。
木は冬やらないと枯れちゃうんですか?
いや、あそこは枯れないですね。
山門のところはモミジとかあるところは落葉しますから。
落葉と杉の木とかあるから、緑もありますね。
全部で11.5キロのコースなんですが、ウォーキングレベルとしてはどうなのか、丸尾会長に聞きました。
一旦登って、一旦また下って、また登るというアップダウンがちょっときついところはあるんですけど、
でも最後は平坦な田園風景を3.5キロくらい歩きますから、アップダウンがちょっとある。
でもそれほどきつくはないですね。
さらにガイドが一緒に歩いてくれますので、きついところは深呼吸も案内してくれます。
トゲカガの整備が一番大変だというこのウルレコースなんですけども、こんな風なことをこれからも考えていらっしゃるそうです。
あと竹林の先にサザンカがあるんですけど、サザンカがあそこ、光が入らないものですから、花が今ついていないんですよ。
だからあそこを少し整備して花が咲くようにしようと、今ちょっと打ち合わせやってたんですけどね。
それと安全対策についても、ちょっと斜面で滑りやすいところは手すりをつけたり。
2月の17日土曜日、9時半から順次スタートになる7周年記念のウルレ。
申し込みや問い合わせは、宮益役所の商工観光課にお願いします。094464-1523です。
おもてなしやお昼ごはんの豚汁おにぎりも楽しみです。
中島リアさんでした。
番組からのお知らせです。
この番組のホームページのご案内です。これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
27:03
RKBラジオのホームページの古代の福岡を歩くシーズン9のバナーをクリックしてください。
また、Apple、Google、Spotify、Amazon、YouTubeなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
この番組は、宮益の企画共産、餃子のヤマハチ、道の駅胸形、草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田周大でした。
この番組のホームページをご覧ください。
29:50

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