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S9 18回目も水城跡を歩きます。
2024-01-28 29:50

S9 18回目も水城跡を歩きます。

大宰府の水城跡を歩いています。
水城の内壕側を東門の近くまで歩いてきました。
木樋が見えるすぐ近くまできましたら、いろんなものがありました。
まず、瓦窯跡というのがありました。瓦を焼いた跡です。
8世紀中頃のものだそうで、ここでは登り窯ではなく、平窯を用いて瓦を焼いていました。
次にでてきたのが井戸の跡です。
木枠の井戸だったそうで、井戸の中から8世紀後半くらいの「水城」銘の墨書された土師器が出土したのだそうです。
東門近くには重要な出土品が多いようです。
古代の福岡を歩くリポート  
令和発祥の都太宰府『梅』プロジェクトのひとつとして、昨夏、「令和の都だざいふ旅人の梅クラフトビール」が誕生しました。
梅酒系でもない、梅干し系でもない、想像を超えた梅の風味がさわやかなクラフトビールです。
ふるさと納税の返礼品にもなっている逸品。製造している(株)Four Starの代表取締役・前山和幸さんは生産拡大して多くの場所で売る気はないけど、「天満宮の『飛梅』の逆で、各地に太宰府の魅力を伝えるように飛んで行ってくれたら…」ともおっしゃっています。
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00:09
古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩くシーズン9 この番組は
三山市の企画協賛 餃子の山端
道の駅村方 草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたします。
こんばんは、坂田秀大です。 国の特別史跡、太宰府の水城跡を歩いています。
ご案内を、こと太宰府保存協会の学芸員 田中健一さんにお願いしています。
一緒に歩いているのはこの番組の津川ディレクターです。
JR水城駅からぐるっと歩いて三笠川を渡り 及松神社を参拝し、3号線の真下の地下道をくぐって
さらに九州自動車道の下に入ってきました。
高速道路に沿った側道を歩きながら 水城の先端部に進んでいきたいと思います。
高速道路のすぐ横は広大な畑になっておりますね。
畑の先の方に水城の土塁がずっと続いていますね。
三笠川部分で欠けておりました決定部から 川を渡りまして、今度は東側部分の土塁が
ちょうど高速道路の際から始まって、 そしてぐるりと塩山の方へと繋がっております。
こちらは博多側、いってみれば博多側の、 今これは昔だったら水の底になるんですかね。
そうですね。ちょうど地下道を上がってきまして 水城に向かって歩いておりますけど、
だいたいその幅、今田んぼが広がっておりますけども この辺り一帯が当時水城が作られた頃というのは
博多側に向けて敵が進行してくる正面ですので、 この歩いてます部分、ちょうど田んぼが広がっております部分は
03:04
水が入った堀だったと考えられております。 外堀だったんですね。
そうなんですね。やはり敵が攻めてくる一番北側、 外側に向かっての堀ということで水が蓄えられていたようです。
調査によって一番広いところでは およそ幅が最大で60m。
60m。
学校のプールなんかの往復より広いですね。
なのでかなり60m、改めて考えると かなりの幅があるんですけれども、
そして深さで一番深い計測地点は 5m近くある場所があったというところなので、
それが全て均一に広がっていたかというのは まだまだこれから調査研究が必要ですけども、
最大で幅60m、深さ5mというのは かなりの規模の堀だなということがですね。
結構深いですよ。
そんな中を敵が攻めてきたとしたら 泳いで渡ってくるわけですが、
守る方法としてはその間に岩や石などで 防ぎきれば大丈夫ということで、
相当本格的に防衛をするための規模だったというのが この堀の大きさ一つだけでも感じられる場所になっております。
ちょうど高速道路の下におりますけれども、 高速道路から北の方を見ますと、
塩寺山が左右に広がっておりまして、 塩寺山のちょうどお腹の部分から足を出したような感じで、
どるいが続いています。
まず先端部分で少しお話をさせていただきます。
どるいがずっと続いていまして、 ここまで何キロかありますね。
水着にたどり着きましたけれども、 いろいろまたご紹介したいスポットがありますので、
ちょっと寄り道をしながら少しまだ東方に着くのは もう少しかかりそうなところでございます。
そのどるいから何キロか手前まで高速道路まで続いてきています。
その端の方へ今歩いていくところですけれども、
これが外堀になってまして、この外堀がおよそ60メートル、 深さ4、5メートルあったということで、
敵の侵入に対する防衛ということで、 664年に作られたのではないかという水着のどるいです。
塚原さんがおっしゃっていましたように、 夏の田んぼに水が入って稲を植えている段階、
その辺りになりますとちょうど田んぼにきれいに水が入りますので、
ちょっと当時の面影を知るには、 初夏の水着屋と訪れていただきますと、
ちょうど水田が広がっていまして、 堀のイメージが近づくかもしれません。
そうですか、なるほどね。 時期的に水が入って訪ねてみると昔のことを思い出される。
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ちょうど東側の先端部にやってまいりました。
ちょうど水着に登れるようなところにはご紹介しました。
100年前大正時代に史跡指定された時の範囲を示す 水着の境界はここですよということで。
水着の境界の杭ですね。
はい、史跡水着屋と境界ということで、 ここからがかつて水着の指定された範囲ですよと示す石碑が、
ちょっと傾いて立っているんですけど、 ここから水着の土手に上がってまいりたいと思います。
ここからね、土手に上がります。
境界の杭が斜めになっていますけども、 30センチくらいの杭ですね。
ここから水着の土手に上がっていきます。
目の前に水着の土手が見えてきました。
東門へ向かって歩きますので、 右側に土塁の部分が見えています。
この土塁の高さはだいたい10メートルぐらいなんですかね。
そうですね。土塁の本体の高さが、場所によってちょっと変動するんですけど、
平均するとだいたい9メートル、10メートルぐらいの土塁がずっと広がっております。
ちょうど博多川ですね、水着はすぐ斜面の土塁の下にお堀が広がるのではなくて、
少しテラス部分といいますか、台の部分がありまして、
そこから落ち込んで、先ほど言ったような外堀が広がるというような形になっております。
ここから東門の方へまっすぐ続くのが、今言われたテラス部分ですね。
ちょうど散歩道になっていますね。
そうですね。このテラス部分にはちょうど生えています木が桜の木になっていますので、
ぜひ4月にも訪れていただけましたら、桜満開の水着跡が見れますので、
その時期もぜひ訪れていただきたいポイントになっております。
このテラスの部分というのがだいたい10メートルぐらいでしょうかね。
本当にいい散歩道になっています。
ここからですね、まっすぐ進みますとすぐ東門に着くんですけれども、
私のお話、毎回寄り道をさせていただいておりますので、
実はここでですね、ちょっと振り返っていただいて、
実は水着ではなくて通っています高速道路と3号線、道路をちょっと見ていただきたいんですね。
皆さん高速道路、国道を利用されると思うんですけれども、
水着跡のところだけちょっと普通の道路ではないんですけれども、
津川さんお気づきになるような点とかはありますか。
道路がですか。
はい。
低いのかな。
そうなんです。実はですね、この水着跡、高速道路がですね、
実は1975年に九州自動車道がこの水着跡部分を通ったんですけれども、
ご紹介していますように、国の指摘であります水着跡の真ん中を通すというのは、
なかなかですね、難しい工事でございました。
09:02
当初やっぱり保存のためにですね、例えば地下にトンネルを掘って通るとか、
あるいは別の場所、水着じゃないところを迂回するというような案が出されたそうなんですけれども、
やはり高速道路、最短で目指すというので、ルートを変えるのもなかなか難しくて、
またその地下をトンネル掘ると言いますとすぐそばにダザイフインターチェンジが予定されていますので、
そこから急にトンネルになるというのはなかなか技術的にも難しかったと。
ということで当時の高速道路の建設派と水着の保護派でいろいろ話し合いが重なられたそうなんですけれども、
最終的には先ほど言いましたように水着のドルインの高さを超えないように警官を守るために、
水着のところだけ高さを低く抑えようというところで合意案が出されたわけでございます。
ですので津川さんがさっきおっしゃったちょっと低いですねというのはまさにその通りでして、
ぜひちょうど水着跡、ダザイフインターから1キロの場所になるんですね。
高速道路を運転していただきますと実は水着のところだけゆるーく下っていきまして、
水着を通過するとまた普通の高さに戻るというのが、実は注意して見ていただくと地形的になっています。
車の中からは見えないような形になっているんですね。
そうですね。ちょこっと横の車窓から見えるような範囲になっているんですけれども、
急にちょっと一部低くなったらダザイフインターから1キロの地点、ちょうど水着が通っているんだなと、
通過される方はぜひ思い出していただきたいなと思っております。
今、土手のちょうど間ぐらい、5メートルぐらいの高さのところに乗りますけれども、
その高さ、ほんのちょっとだけ車の屋根が見えるぐらいで、そんなに道路の高さってないですよね。
そういうことですか。
ちょうど川沿いの一番水着に影響がないところを、
西鉄電車、そして国道3号線、九州自動車道というのが通っているわけでございます。
ちょうど国道3号線もそれに合わせて低くなっていますので、
ぜひ3号線や高速道路を通るとき、少し安全運転をしながら体感していただきたいなと思っております。
国道3号線は目の下にありますもんね。
そういうふうに作ってある。
これは良い発見でした。
当時の建設されたときには国道の開発が急がれる時代でありましたけど、
やはり水着を守ろうという先人たちの努力の結果が、こういうふうに地形的に道路の高さというのが出ていますので、
そういったところもぜひ皆さん見ていただければと思います。
そういう気持ちがこもったところですね。
では道路を見ていただきまして、このまま水着の北側のテラス部分を行くのではなくて、
南側ですね。
ラザービューが内堀があった方にちょっと迂回して、そちらを見ながら行きたいと思います。
12:02
今立っているところは外堀側ですけどね。
それを水着のどるいを、ちょうど歩いて行ける場所がありますので、
こうやって反対側、内堀側に歩いていきます。
ちょっとこちらも断面部分というかですね、
横切って南側へと進んでいきたいと思います。
水着の内堀側、南側の方へ来ました。
北側にはテラス状の部分が広がっておりましたけども、
逆側の南側はちょっと高さが高くなって、そして段もどるいの際からですね、
ゆるーくなだらかにラザービューの方に下っていっております。
これは土木建築の専門の先生からするとですね、
やはり10メートルというどるいを支えるためにも、
土木学的にもなだらかに、いわゆる後ろのセットバックというか、
なだらかにラザービューの方に傾斜をつけた地面を広げることによって、
本体のどるいを支えるというか、崩れないようにするという、
そういう構造的な理由があるそうなんですね。
南側に回っていただきますと、かなり広いテラス状が広がっていますので、
この部分を進みながら少し東の方へと進んでいきたいと思います。
広大な広さですね。
剣道の112号線まで、2、300メートルはあろうかという、
そういう広さの内堀川ですね。
千川さんと歩いています、この南側に広がります第一条の部分なんですけども、
それに沿ってさらに南側に、下の部分にですね、
散策道路が設けられていますので、そちらに一回降りてみたいと思います。
南側の大きな広場から、さらに4、5メートル下の方に散策道路というのが作ってあるみたいですね。
そこへ降りていきます。
ちょうど際に散策路がありますけども、
この住宅街に向かって間に畑が広がっているんですけども、
こちら、秋になりますとコスモスが植えたりされますので、
春に来て桜を見ていただいても、初夏に水田を眺めていただいても、
そして秋はコスモスを眺めていただいてもいいという、
四季折々の名物にもなっておりますので。
そうですね、ここのコスモスはすごいですよね。
本当にコスモス畑、地面コスモスの龍潭になるという、
そういう風景になるという場所です。
どるいを越えて、太宰府川の内堀の方へ入ってきました。
秋はコスモス畑になるという、ふわふわした草原の中を歩いています。
だいぶ歩いてきました。
200メートルくらいは歩いたと思うんですが、
15:01
何やら右側に案内板が出てきましたね。
歩いてきました散策が、ちょっと広がる部分が出てまいります。
周りを見渡しても、特に何か遺跡が残っているというわけではないんですけども、
実はこの水木の広い南側の台地部分には、
川を焼く川田窯跡が作られておりました。
川田を焼いていた。
その跡が見つかりましたので、その部分は保護のために埋め戻されておりますけども、
その場所の部分に改設板が建てられております。
ここですか。
ちょうど水木の台地の南側の、
高速道路と県道の中間ぐらい、
やや東寄りかなというところにありましたのが、
水木の川田窯跡というものが見つかっております。
こちらの白鳥沢で2つの川田が見つかっておりまして、
この川田窯も構造というのが、
地元で使われるような構造ではなくて、
都などで使われるような平窯の構造ということで、
どうもこの川田を作る際には都の技術、
技術者なんかの関与も考えられるんじゃないかなと。
技術者がやってきた。
ちょうど作られたのが出土した水液とか、
いろんな出土品から8世紀の中頃ぐらいに、
この川田窯が作られたんだろうと考えられているんですけども、
そもそもなぜ水木の南側に川田窯を作ったかといいますと、
実は蜀日本儀に、
実は8世紀の中頃、765年に、
この水木を修理する役人が任命されているんですね。
修理水木船地官という役職が、水木を修理する役職がありまして、
そこにウネメノアソンの清島という人物が任命されたというのが、
蜀日本儀に出てくるんですね。
この時期というのが、ちょうど番組でもご紹介されています、
糸島の方に糸錠が作られた時期などとも近い時期でありますので、
ちょうどその時期というのは、朝鮮半島の白木と緊張関係が高まった時期ですので、
なので糸島には糸錠を、そしてかつて東白木の振興に備えて、
664年に作られた水木も、多分おそらく100年ぐらい経って傷んでたんじゃないかなと。
なので緊張関係が高まる中で防衛体制をもう一度整備するという意味で、
修理の担当官が任命されて、おそらくその時期に作られた瓦は、
この水木の建物などを修理するための瓦を作っていたんじゃないかなと。
西門の作り方も時期によって変わったというようなお話をしましたけども、
まさに水木も作られてから時期によって緊張関係の高まりなどを受けて、
いろんな役割を持ったんですけども、ここで見つかった瓦が、
実はそういうジラギとか緊張関係の中での水木の修理に使われたんじゃないかなというふうに考えられております。
18:00
そうですか。
例えば水木の西門とか東門におそらく瓦があったでしょうけどね。
そういうものに使った可能性はありますね。
そうですね。やはり土塗りでつくづいてます水木ですね。
やはり門が一番弱い部分ですね。
やはり敵の振興に備えるために門をきちっと整備する必要があるので、
おそらくそういった門、あるいは先ほど言いましたように、
三笠川の川の部分にも何か建物があったんじゃないかなと考えられますので、
そういった場所に使うような瓦だったんじゃないかと考えられております。
水木を修理する人、修理水木選地官といった方がここへ来て、
陣頭指揮して瓦を焼いたということですね。
はい、そう考えられています。
その瓦を焼いた跡、水木瓦窯跡というのがここにあったということです。
ちょうど解説版があります。真向かいのちょうどこの水木のですね、
南側の大地上の部分で見つかっていますので、
イメージしながらぜひご覧になっていただきたいと思います。
そういう水木の瓦窯をご紹介させていただきます。
ではですね、もうずっと歩いてきましたが、さらにここから100メートルほど行きますと、
実は木碑があった場所、いわゆる洞水があった場所がありますので、
まだまだ東門には辿り着かないんですが、
そちらもぜひご覧になっていただきたいので、ご案内させていただきたいと思います。
木碑跡まで歩いていく途中、こんなものがありました。また寄り道です。
ちょうどですね、水木瓦窯跡から200メートルくらいですかね、歩いてまいりました。
ちょうどもうあの、県道112号線も見えてきまして、
ちょうど木碑跡の場所に差し掛かる場所なんですけども、
その手前でちょっと一つご紹介したいのが、実は木碑の実はですね、
30メートル手前のこの辺りに実は発掘調査のとき、井戸が見つかりまして、古い井戸。
その古い井戸から出てきましたのが、水木と牧場されました土器なんですね。
私どもは日本初期に水木と言うというふうに出てきて、
この後水木水木と言っておりますけども、
本当に当時の人がちゃんとここを水木と言ってたのかっていうのが、確定はできないんですが、
この場所からですね、井戸の中から墨で描かれました牧場土器水木と書いてある、
大体大きさが17センチぐらいの端木の、いわゆる蓋なんですけども、
そこに書いてありました水木という文字柄。
やっぱり当時の人、1300年前の人々もやはりここを水木と呼んでいて、
そういうのに使うお皿とかですね、道具にそういうふうに、
これは水木で使うものということで、墨で書いてたんでしょうけども、
まさにここでそういう17センチほどの端木に書かれた水木という文字がですね、
改めて1300年前のこの場所を裏付けてくれたと、そういうものが見つかった場所でございます。
こんなところの井戸からですか。
古い井戸からですね、出てきた。
水木と書いた端木が出てきたという井戸があったんですね。
21:03
大変貴重な場所でした。
今週も国の特別史跡水木跡を歩きました。
今週は水木の外掘りと内掘りを歩いて、
ようやく東門の近く、木肥跡へ到着しました。
ご案内は、古都太宰府保存協会の学芸員、田中健一さんでした。
来週はこの木肥跡からお送りいたします。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
こんばんは。
太宰府の話なんです。
太宰府成長跡は初め、太宰府の梅を使った特産品を作って広めて、
さらに今、梅の苗木も植えましょうという動きが太宰府にありまして、
これは令和発祥の都、太宰府梅プロジェクトというんですが、
そんな中、梅のクラフトビールが去年夏にできました。
作ったのは、太宰府市の株式会社フォースターというところなんですけれども、
早速、今日ここで飲ませるわけにはいかなかったので、お預けして飲んでもらいました。
もうね、私クラフトビール好きですけれどもね、
あの子注いだ時に、ちょっと濃いめの琥珀色で、
エール系なんですよね。
そしてね、ちょっと濁りがあるんですよ。
飲むとね、梅がたっぷり入ってますね。
梅の香りと酸味が口一杯広がって、おいしくいただきました。
ですよ。その通り、その梅館について、
このビールを作った株式会社フォースター、代表取締役の前山和幸さん、こうおっしゃってました。
太宰府の梅です。100%です。
だからあの味なんですよ。
原材料名が、大麦爆芽と梅とホップ、それだけ。
なんです。
えー。
あの、梅の味って言うと、梅干し系と梅ジュース系、梅酒系と両方想像すると思うんですけど、
言うなれば梅ジュースの酸味なんですよね。
そうですね。糖分を混ぜてないので、梅そのものの味が。
さすがクラフトビール詳しい。
あのね、おっしゃってたんですよ、前山さんが。
糖分を入れると、その糖分ってアルコールに変わっていくものだから、
本来クラフトビールで何々味って甘いのは後からつけた味なんですよって。
そうなんです。
だから原料をちゃんとクラフトビールにすると甘くないんですよね。
で、言うなればね、一口目梅ジュースに近いような甘みを感じなくはない。
でもそのね、味が喉に届く頃にはもうね、口の中に酸味が広がってる。
マジカルな、そんなビールと言っていいんじゃないかなと私も思いました。
しっかりビールの香りと同時に梅の香りがするんですけど、
まあこれね、こういう味わいなんで、お寿司とか、あと和食、煮物もいけますし、鶏肉なんかも合うんですよねっておっしゃるんですね。
24:04
で、前山さん作るとき、入れられるものの制限がやっぱりクラフトビールですからあるんですよ。
法律上も製法上も。
で、何が難しかったっていうと、表現するのが難しかったとこんな風におっしゃいます。
例えばラベルがないのに飲んでもらって、これ梅ですよねとか、表現しづらかったりするんですけど、
それをそういう方向に近づけるっていうのが本当に難しかったですね。
人それぞれ梅のイメージって多分、梅って聞いて飲むときのイメージってそれぞれ多分違うんですよね。
その辺でどこのバランスとか塩梅とかを表現するかっていうのが難しいと言いますか。
で、どうしてビール作ろうかと思ったのか聞いたんです。
実はこのフォースターっていうのは不動産とビールの会社なんですけど、
本業はフォースターセキュリティって警備会社なんですよ。
会社のビルの屋上で夕焼け見ながら自ビールをよそのに飲んでたんですって。
ダザイフにもこういうビールあったら面白いよねって思ったのがきっかけで、
思いませんかって周りの人に言ったらどんどん、じゃあこういう人いるよ、こういう場所があるよって情報がどんどん集まってきて、
周囲のサポートであれよ、あれよというように感染したわけなんですよ。
今どこで飲めるかっていうと、
笠ヶ市の菊寿司さん、それから帰るのが竹篠市の大丸別荘、
あと福岡市東区菓子の焼き鳥重蔵などで、
ちょっとね高級な感じの料理と合わせるのに良いという感じでお届けしてるんですね。
あとフォースターのインスタグラムへのDMでも直接注文ができるんですが、
今後どんなふうに展開していきたいのか聞いたらこんな答えが返ってきました。
正直なんかあんまりいっぱい作ろうとかもなくて、
ダザイフ市で買えるとかそういうコアな感じでなれればいいかなっていうのが、
なんかこれでいっぱい全国にみたいな、あれは今のところはなく。
なるほどね。ダザイフの上ですからね。
前山さんが自分を社会人として育ててくれたダザイフへの愛がっておっしゃるぐらい、
やっぱりいっぱい詰まってるんですよね。
ダザイフはね、ふるさと納税の返礼品にもなってるんです。
それについてこんなふうにも聞かせてくれました。
とびうめって、京都の方から道じゃねえこうと一緒に、
北から飛んできたみたいなので、とびうめっていう名称がついたので、
それがまたとびうめじゃないけど、
ダザイフから今度はいろんな全国に返礼品としていけばいいなかなとか思う。
そうなんですよ。
梅クラフトビールが令和のとびうめになって、
今度は全国に散っていく、そんなイメージでいらっしゃるようです。
ぜひお出かけして飲んでみていただく。
注文して飲んでみてください。
ダザイフ氏の梅クラフトビールおすすめです。
27:02
中島理恵さんでした。
番組からのお知らせです。ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの古代の福岡を歩くシーズン9のバナーをクリックしてください。
また、Apple、Google、Spotify、Amazon、YouTubeなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
この番組は、宮間市の企画協賛、餃子の山端、道の駅村方、草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田周代でした。
29:50

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