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#173 【映画部】戦争映画を語り合う(後編)▼『沖縄スパイ戦史』/『激動の昭和史 沖縄決戦』/『さとうきび畑の唄』/『肉体の門』(1964年)/『オッペンハイマー』▲
2026-08-30 53:31

#173 【映画部】戦争映画を語り合う(後編)▼『沖縄スパイ戦史』/『激動の昭和史 沖縄決戦』/『さとうきび畑の唄』/『肉体の門』(1964年)/『オッペンハイマー』▲

夏も終わりますが、戦争映画を語り合います。

※2026年8月19日収録

★あなたが見てほしい戦争映画は?(→⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeToaghzx1YR_2IYtxmJbt9Fofj5tsKLvYuLp4zFiC9VgQzTA/viewform?usp=sf_link⁠⁠⁠

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【出演】山田俊介(報道部)堀さくら(同)田代理加(生活文化部)大賀由貴子(同)舩橋靖明(西濃支社)

感想

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00:02
岐阜新聞ポッドキャスト キキカジ 報道部 山田俊介です。
堀桜です。
生活文化部の田代理さんです。
大賀ゆき子です。
性能試者 船橋康昭です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
戦争映画を語り合う後編、これで取り切りましょう。
よろしくお願いします。
ということで、前回までに9作品語ってきましたけど、
残り10、11、12、13、14まであると。
次第ですからね。
もうね、本当に尺がないのがね、ポッドキャストの良さではあるんですけど、
再現がないから、もうね。
いやでも、結構やっぱ、あれですね、話したいことがどんどん出てきますね。
今回は、まずは、
沖縄戦の関係が3作品並んでいるということですね。
沖縄スパイ戦士と激動の昭和七死沖縄決戦と、
サトウキビ畑の歌の3つということで、
まず沖縄スパイ戦士、これは大賀さんだ。
私見てない。どんなやつですか、これ。
これはですね、2018年の日本のドキュメンタリー作品なんですけども、
沖縄戦を描いた作品なんですが、
沖縄であった、特にスパイを巡る戦いに関してフォーカスした映画です。
監督が三上千恵さんと大谷花谷さんで、
三上さんは沖縄、琉球朝日放送の元で働いてみえて、
その後フリーランスになったという方で、
もともとのご出身は沖縄じゃないという方です。
大谷さんは沖縄のご出身だったかと思います。
この2人による共作のドキュメンタリーなんですけれども、
この中で出てくるのが、少年ゲリラ兵の5協隊という部隊が沖縄ではあって、
沖縄の本土決戦で彼らが戦いましたという話と、
戦争マラリアに関する話と、
それ以外にも地域住民同士が、
連合国軍のスパイなんじゃないかと言って疑いあったという、
その辺りの現代まで続く問題が描かれているんですけれども、
特にこの辺りは未だに語れない人が多いようで、
当時の問題が現在にも、
地続きで続いているんだということを、
強く痛感させられる章でもあります。
なぜこれを思いついたのかというと、
まず1つが岐阜と関わりがある映画だということなんですけれども、
もう1つが最近ビバンを見始めたからです。
03:04
私はシーズン2からTVSドラマ日曜劇場のビバンを見ているんですけれども、
ポッドキャストでもお話を混ざらせていただいているんですが、
ビバンで出てくる日本の秘密の政府の非公認組織、
スパイの情報活動をする組織として、
BEPPAというのが出てきていまして、
そのBEPPAの元になっているのが、
陸軍中野学校というところだと言われているんですね。
この陸軍中野学校というのは、
実際に海外での情報戦をする人たちだとか、
特に秘密戦ですよね、大きく言えば。
そういったことに関わる戦士を要請していた機関です。
今回の少年ゲリラ兵5協隊というのも、
この陸軍中野学校の出身者の人たちが、
多く関わっていたりするんですね。
そのビバンを見ていて、
主役の坂井雅人さんが、
そのBEPPAというところの主人公なんですけれども、
この坂井雅人さんを演じる乃木がですね、
美しい我が国を汚す者は何人たりとも許さない。
有名な決め台詞ですね。
怖くないですか?
怖いんですよ。
この時の我が国を汚す者は許さない。
彼が守ろうとしている国って何なんだろう?
このセリフを聞いているといつも疑問に思っていて、
彼は国を守ろうとしてくれているけど、
果たして国民を守ろうとしてくれているのかな?
というのもちょっと疑問に思うんですね。
この映画を見た結論でいうと、
スパイは国民は守ってくれないんだなっていうのが、
過去の沖縄戦での結論なのかなと。
やっぱり少年ゲリラ兵の5協隊の子たちというのは、
本当に10代の子どもたちなんですね。
その子どもたちがゲリラ部隊に召集をされて、
沖縄の森の中に潜伏して、
本当に人によっては100人近くを射殺したという子どももいるんですよ。
もちろん自分たちも前線に入れられているわけですから、
連合軍から殺されたという子もいますし、
悲惨な怪我を負ったという子もいます。
そういったことを戦争に巻き込んでいくということをするのが、
この中野学校の出身者たちがやった秘密戦だったんですね。
これは結局本土決戦を見据えて、
もう兵力もない、武器もない、装備もないという中で、
何があるかって言ったら国民だったわけですよね。
国民をとにかく戦場に連れて行って戦わせるしかない。
06:05
けど彼らはトレーニングをしていない。
プロの戦士たちと戦わせるには何がいいかというと、
遊撃戦、いわゆるギリラ戦で、
血糊を活かしていろんなところに潜伏して、
ふい打ちで攻撃をする、これが有効だということで、
5協隊というのも作られました。
これは別に沖縄であったという話だけじゃなくて、
実は日本各地で似たような舞台を作る準備がされていたんですね。
ちょうどこの映画、2018年に公開された、
翌年だったかな、ギフ新聞の方に、
私も子供たちにギリラ戦を教えていたという、
岐阜市の野原正孝さんというおじいさんからお電話があって、
その話を聞いて、私は逆にこの
沖縄スパイ戦士という映画を知って、
勉強のために見たんですけど、
私は陸軍中野学校の二股文工という、
ギリラ戦専門の学校があるんですが、
そこの人から教わったとかって言って、
ほんまかいなってちょっと思って、
でも野原さんから教わった、
当時子供だった人の話を聞いたり、
ギフで二股文工を卒業した後に、
実は各地で在号軍人だとかに、
ギリラ戦を指導していたという人の
手記とかが見つかったりして、
どうも本当だったらしいということが分かってきて、
ものすごい恐ろしくなりまして、
だからもし本当に戦争が終わってなかったら、
こんな内陸のギフでも、
ギリラ戦をしてでも、
戦っていくつもりだったんだって。
当時は子供とおじいさんしか残ってないんで、
子供やおじいさんたちを青髪出して、
召集して、集めて、
ギリラ戦の訓練をさせてたんです、ギフでも。
でもそれも本当に戦車に槍の先に
手榴弾をつけたものを突き刺して、
逃げるっていうような、
逃げれんやろ?死ぬやろ?
っていうような訓練をさせたりしてて、
当時のギフ新聞でも連載してるんです。
遊撃戦の戦い方みたいな絵付きで、
同じように槍に手榴弾つけたのを
これを刺すとかって。
人が捨て身で攻撃する方法を新聞が報じて
進めてるっていう、
そういうようなところで、
完全に実続きの話で、
これ三上さんが映画の後に
「証言沖縄スパイ戦士」っていう本を
州営写真賞から出してるんですけど、
そこでもギフに関わるパートを書かれてまして、
09:04
ぜひこれも、
すごい新書って言ってるんだけど、
ちょっと企画外の700ページ超えの新書なんですが、
ぜひ機会があったら
これも読んでいただきたいなと思って。
概要欄にリンクを貼っておきます。
はい、ということでした。
州営写真賞から出てますね。
沖縄戦はね、いろんな描かれ方が、
特にやっぱり清算な、
いろんなことが起きてしまったから
っていうことがあるがゆえに、
いろんな作品になってるわけですけど、
次に挙げているこの激動の昭和史、
沖縄決戦も沖縄戦に関する作品で、
ちょっと私これ追加で挙げたものなんですけど、
これは割と沖縄戦を全体的に、
軍造劇的に作ってる、
東宝の戦争映画ってね、
結構この時代立て続けに作られてて、
その中の一つで、
監督が岡本喜八さんで、
脚本しんどおかねとするっていう、
演じてるのも豪華ですしね。
主演が小林圭司さんだったりだとか、
あとは中田井達也さんとか、
その時代の東宝映画を彩った、
田馬哲郎さんとかが出てくるんですけど、
陸軍の偉いさんみたいな役でね、
出てくるんですけど、
これは何ですか、
そもそも最初から沖縄ってものが、
切り離された存在だったとか、
勝ち目のない戦いを強いられてて、
そこに沖縄の人たちが、
巻き込まれてしまってたんだっていうのを、
包み隠さず伝えてるというかね、
この一つ見るだけでもまず、
沖縄戦どんなだったんだろうっていうのを
たどる上で、
割とストレートに描いてるものなので、
入門としていいかなっていうものですね。
最初に沖縄戦をたどりたいときに、
まずこれを見て、
そっから先ほどのスパイ戦士だったりだとか、
このセットで語ろうとしている、
サトウキビ畑の歌だったりとか、
いろんなものに手を伸ばしていくといいのかなと。
ちなみに、
この作品が好きで100回ぐらい見てるって言ってるのが、
エヴァンゲリオンの庵野秀明さんで、
エヴァンゲリオン映画になって、
古い方の映画で、
人間同士が戦い合うみたいなシーンが、
古い映画の最初の方で出てくるんですけど、
ネルフってエヴァとかを動かしている側と、
戦略自衛隊、その敵になる側が、
人同士が戦っているシーンの中で、
12:03
火炎放射器で焼き払うみたいな描写が、
まさにそのものが出てきてて、
それはこの映画から取り入れたシーンだったりとか、
って言われてたりするみたいですね。
我慢の中を、
火炎放射器で焼き払うみたいな描写だったりとかも、
それだけ精算な、
沖縄戦の悲惨さから着想を得てみたいなところがあったのかな、
なんて思ったりなんですけど。
そう、そういうシーンもちゃんと描かれて、
ちゃんとって言うとあれなんだけど、
そういうシーンとともに自決したのが、
このシーンで何人いたとか、
全体で何人亡くなられたとかっていうのも数字で見せながら、
すごく丁寧に作られてて、
そう、そうなんですよ。
ちょうど沖縄が返還される前の年とかなんですかね。
沖縄がアメリカ領だった頃にエヴァに行った。
っていうことになるわけですね。
なんですけど、全体像を把握する上では、
すごく助けになる映画かなということで。
なんか私ミニシアター、
多分学生の時に見てるんですけど、
映画館で見たらいいんでしょうね。
そうなんですよね。
そういうスケールが伝えるものっていうのも一定あるのかなとは思うんですけど。
もう一つ沖縄線関係であげたのが、
サトウキビ畑の歌。
これは私堀です。
堀さんあげました。
ちょっとなんかドラマだっていうことに、
あんまり気づいてないままあげちゃったんですけど、
これなんかスペシャルドラマ。
2003年にTBSで放送されたスペシャルドラマっていうこと。
私は中学3年生の時に、
修学旅行に沖縄で行く前だみたいな時に、
見せられた時は映画。
へー。
どうして?
いや、授業を振り返って。
その時の私としては結構、
絵とかもショッキングっていうか、
でも結構血のりがあったような感じで使われてる。
見た目が派手なと言ったらあれですけど。
ドラマにできる限り描写をしたいと。
そうです。
沖縄の家族、
家族を中心にここにがっつり焦点を当てたっていう映画で、
15:05
キャストが三馬さんなんですよね。
アカシア三馬さん。
ご存知、アカシア三馬さん。
最初に見たとき出てきて、
めちゃくちゃ関西弁のままだったんですよね。
そうだよね、あれ。
沖縄の映画なのか、お舞台は沖縄なのにと思ってたら、
一応大阪から駆け落ちしてきて、
沖縄で暮らしてるっていう。
設定があるのね。
三馬さんに寄せてやるっていう。
何の説明もなしに関西弁じゃなくて、
ギリ沖縄で三馬さんらしい関西弁でも浮かない設定に何とかされてて。
だから、大阪では身分違いの恋をして、
沖縄で幸せに暮らしてるから沖縄が大好きっていう一家が、
戦争でボロボロになっていく沖縄の様子を見ていくっていう映画なんですけど、
見たことある方いますか?
多分ある。
これないんだよな。
大河さんある?
私は、サトウキビ畑の中にお父さん入ってて、
バーンって音がするっていうシーンがめちゃくちゃ脳裏に焼き付いてる。
でも、それがどういう話の経緯だったか、
誰が死んだのかが思い出せないんだけど。
結局、本当にイメージとしては男の人が死ぬ映画っていう印象があって、
結構女性が生き残ったイメージなんですよ。
それこそ集団自決で海に飛び込む場面とかもあるんですけど、
その家族の中でいうと、女性も飛び込む寸前まで映されてたけど、
結局飛び込まずに引き返して、後々生きてたみたいな描写があったりとかして、
どちらかというと、男性が兵隊に出されていって、
亡くなっていくみたいな感じの映画で、
中学生の時にショッキングだったので出したという。
そうですね、我慢とか。
語り目の方の話を聞いたり、王道のコースを行かせてもらって、
結構体調悪くなったりするモデルなんか。
それから夏になると見るというか、
夏の度に4,5回ぐらい見てる映画なんですけど。
サンマさんがポップだからギリ見てられるというか。
18:02
ところどころ演技なんだけど、
普段のサンマさんのコメディな感じを見てるようなキャラが同じなんで、
サンマさんの普段のキャラと同じで、素敵だなっていう。
結構この一家の中でいうと反戦の方が当時にしては多くて、
家族に占める反戦の人の割合が多くて。
現代の視点というか。
その時からしたら非国民みたいな、言われるような同情人物が何人か出てきて。
そのうちの印象的なのは、
まず一家があってサンマさんがいて、サンマさんの奥さんがいて、
その息子さんがいるんですけど、
その奥さんとなる人が教員をやっていて、
その人はいろいろ戦争が激化する中で、
学校は今日で一旦おしまいにするんだけどっていう最後の授業で、
絶対に生きることみたいな、戦争は絶対にいけませんみたいなことを言って、
そのまま連れ去られるっていう描写とかがあって。
特に沖縄戦ってショッキングな描写が、
立て続けにいろんなところで起きるだろうから、
軍部にカメラを向けてもそうだし、
沖縄の人々の暮らしが壊されたっていうところにカメラを置いてもそうだし、
見てて辛くなる描写っていうのがたくさん出てくるテーマだと思うんですよね。
さっき私あげた沖縄決戦でも田中邦恵さん出てくるんですよ。
田中邦恵さんがちょっと自分もっていう風で、
散髪屋を買って出て陸軍に帯同するんですよね。
その田中邦恵さんの役と軍部の中枢とのコミカルなやりとりみたいなのを
結構あいまいまに挟むことで、
ちょっとショッキングな描写を和らげるっていうような要素があったりするんですけど、
やっぱりそれがないと、
でも配色が濃厚になっていく一方っていうのを
ずっと3時間近く見なきゃいけないっていうのはなかなか辛いだろうから、
結構やっぱりそういうあいまいまに挟むっていうことを
70年代の映画でさえやってたりはしてますね。
食糧法みたいな映画で、
これを見終わった後はもう半身一色になってるからね、体が。
っていう感じのあれで、
21:01
でもなんかこの前見返したら結構、
家族を作ることが幸せだっていう価値観がすごく目立ってて、
これ当時のやつだとか思って、
そこはちょっと全然戦争とは関係ないけど、
なんかその映画を作られた時点と今のちょっとギャップみたいなのを感じました。
これの…
歌がちょくちょく挟まれるので、
ドキビバタキのそれがなんかちょっと不穏になるんですよね、どんどん。
その歌が流れるときはちょっと不穏な場面になって。
暗い場面とは一味ですね。
いつも不安になるんです、この後半になると。
カラオケで歌うと7番まであってめちゃくちゃ長い。
7番まであるんですよね。
確か7番。
でももう本当にフレーズは1個なんで。
へー。
そうか、この間確かに森山亮子さんがテレビでフルコーラスで歌ってたと思うんですけど、
結構やっぱり長くはあるわけだけど、
あれも最初から最後まで歌わないとなかなかもう本来の意味っていうか、
背景にあるものっていうのが伝わりにくくなっているのかもしれないですね。
悲しい歌っていうのはわかっても、
沖縄戦でどんなことがあったかっていうところまで結びついていくかっていうのが
結構遠くなってきているのかもしれないな。
確かに1番だけだったらもう風が通り抜けていくだけですもんね。
本当それだけになってしまいかねないっていう。
確かにどんどん。
1番2番で行くごとに地層の下に戻っていくような、そういう作りになっている。
歌ってても本当にどんどん長いし、暗くなっていて、カラオケはすごく盛り下げる。
でも歌いたいな。
絶対大箱とかがない。
AIさんはこの3作品を並べる意味っていう項目を作ってくれていて、
沖縄スパイ戦士は後世の証言と資料から掘り起こす沖縄戦。
劇堂の昭和史沖縄決戦は軍人兵士住民を含む巨大な群像として描く沖縄戦。
サトウキビ畑の歌は一つの家族の日常から見る沖縄戦ということで、
カメラをどこに置くかによって全く違うものが見えるということなんですよね。
なので歴史を知ることっていうのももちろん大事なんだけれども、
それを一人の人間の経験として感じることっていうのはまた違うんじゃないかということだったりもすると。
なので同じテーマでも結構いろんな作品からいろんな視点からいろんな観点から見てみると、
24:03
また違った捉え方ができるのかもしれないなっていう。
関心領域が広がるわけですね。
関心領域が広がって重なり合ってみたいなところの助けになったりするかもしれない。
AIさんのアドバイスでした。
ありがとうございました。
さあ残り2作品。
ここでテーマが変わりまして、1945年で戦争は終わったのか。
残り2つはテーマの括りがこの一つこの一つっていうふうで別々のテーマになってるんですけど、
まずこの1945年で戦争は終わったのかっていうタイトルついてるのが肉体の門。
1964年バージョン。
鈴木誠純監督ですね。これあげたのは。
見たよ見たよ。
リストもらった時にもう完全にこの肉体の門だけ浮きすぎてると思って気になりすぎて見ちゃった。
ありがとうございます。
ちょっとなので禁じてあげたのは今まさに鈴木さんや田代さんと
敗戦直後からもう少し広く見たいわゆる戦後の体験っていうのを私たちって聞いてはいるけど
しっかりそこを本筋として聞いて記事にしたりとか
なんていうのかなっていうのをあんまりしてきてないねっていう話を前にしてまして
戦争の話は聞くんだけども、戦争の話がメインであって
その後の後日談みたいな感じでやっぱ戦後の話って聞くに留めてることが多くて
もう少しここをやっぱり記録として残すべきじゃないかっていう話をしてる中で
ちょっとこれをあげたんですけど
私その個人的にパンパンの女性たちのことを知りたいなと思って
ここ数年調べてましてパンパンって聞いたことありますか?
この前お嬢さんから聞いて初めて
パンパンの女性たちっていうのは
戦後にいわゆる外省、街角の外に省は女辺の省議とかの省ですね
外省と呼ばれる今で言うと立ちん坊とかですかね
街頭に立って主にですけど占領軍の兵士を対象に
売春をしていた女性たちのことを当時はパンパンという風に呼ばれる
をみんな呼んでたんですね
この外省の人たちが岐阜にもいらっしゃいまして
そのことを調べたいなと思って調べている中で
27:02
研究者の茶園俊美さんっていう方が
このパンパンの女性たちのことを色々と研究されている方なんですけど
その方がシンポジウムの議事録だったかなで
鈴木清純版の肉体のものを非常に興味深いということで
上げてたのでちょうどその時今年の3月か4月で
虎に翼のスピンオフの放映が間近だったんですよ
どうも戦後の戦後直後の日本を描いて
おそらくパンパン女性たちも描かれるらしいっていうのが言われてたんで
ちょっとこのタイミングで見ようと思って見た映画です
概要なんですけど鈴木清純監督の1964年公開の映画で
田村康二郎さんかなの小説を原作に
敗戦直後の東京舞台として生き延びようとする女性たちと福音兵を描いています
あらすじAIさんのあらすじをそのまま読みます
戦争は終わりましたしかし東京はやけの原です
社会の秩序も生活基盤も大きく崩れている中で
主人公のマヤは街で生きる女性たちのグループへ加わります
これがパンパンの女性たちのグループなんですね
彼女たちは自分たちなりのルールを作り
そのルールによって集団を維持しながら社会を生きています
そこに福音兵のいぶきという本当に屈強な
シシドローさんですよね
屈強な肉体をした凶暴な男が現れます
この男が入ってきたことによって
女性たちの間の関係とかルールが揺れて
愛憎劇に発展していくという話なんですけど
話からすると本当に一人の男に女が群がって
女同士でキャットファイトというか
命を懸けた戦いがあるという
男性が好きそうな愛憎劇ですわという感じなんですけど
これが興味深い点がありまして
もともとでもこの肉体を子供の頃からなんとなく知っていて
レンタルDVDショップに行くと
ジャンルごとにDVDとかビデオが仕切られていて
エロティックみたいなジャンルがあったんですよ
そこに必ずこの肉体のものが出るという
ちょっとセクシー系な映画なんだろうなっていう
五車秀夫監督版が一番有名なんですけど
そう思ってちょっと敬遠してたという感じだったんですが
茶園さんがそういう風に書かれてたので見たら
マヤという女の子がいきなりパンパンのグループに入るんじゃなくて
30:03
最初に彼女が占領軍の兵士にレイプされてたというシーンが出てくるんですよ
実はいろいろ今調べている中でも
パンパンの女性になった中には
占領軍に最初に性暴力を受けたという経験を経て
自分は社会から脱落してしまったと
元の生活には戻れないということで
パンパンとして外相の道を選んだという方が結構いらっしゃったりして
そういうリアルなパンパンの女性たちの実情というのも見れますし
何より一番最初のシーンが
刈込とかキャッチと呼ばれるシーンから始まるんですね
それは何かというと
占領軍の警察組織と日本の警察組織が協力して
車を出して外相の女性たちを全員無理やり車に乗せて
強制連行するんです
その強制連行というのは本当に暴力的で
映画の中でも下着丸見えの状態で足ごと引っ張って
車に乗せてそのまま出発するというシーンがあって
映画では出ていないんですけど
警察に行って聴取取ったり諮問取ったりして
その後多分病院で強制的に性病検査をしているんですね
その性病検査も挿入行為があるので
それ自体も性暴力だと茶園さんは指摘しているんですけど
そういう性暴力が明らかに行われている
そこまで映しているというのが
私の思っていたエロティックな映画じゃない
興味深くて
どうも鈴木聖人さんは過去に食えなかった時代に
自分のパートナーさんと一緒に
パンパンの女性たちと暮らしていたことがあるみたいなんです
だから自分の実体験で
彼女たちがどういう人たちなのかというのが分かっていて
そこがすごく反映されているんですよね
ただ単に性的対象化されたパンパン女性じゃない
いろんな女性たちがいるんだよというところも分かるし
何せ敗戦後の東京が悲惨で
暴力にまみれているというところも面白いし
鈴木だけは
お前さえいなければ女性たちのコミュニティはうまくいっていたのに
マジでこいつ邪魔だなというのは分かります
異分子が入り込んだことによって
全体のバランスが一気に崩れてしまったというね
男が入ったから女の絆が崩れるとか
舐めんなよという感じはありました
結楽家のオチは
33:00
傍着自相の物語は?
最後はですね
でも最後もいいんですよ
結局鈴木は死ぬんです
死ぬけど前はそれでも生きていくという道を選んで
そこはですね
微かに良かったなと思うんですけど
破滅と希望という対象的な終わり方
結局肉体の物は
敗戦して何もかも失った時に残るのは肉体だけだということで
女性たちの肉体に
憧れたり
羨んだり複雑な気持ちを持つ服員兵たちもいるし
鈴木という男の肉体に女性たちも群がるみたいな
そういう象徴として描かれていて
でも最後は息吹を乗り越えるという感じにはなっているんですけど
マジで息吹いらんな
確かに息吹前でずっと
そういうスピンオフも見てみたい
それでいいって
私はそれが見たい
確かに
鈴木清純さんっぽさもあるっていうかね
色とかが印象的に使われているので
なんかまたちょっと清純さんっぽい怪しい美しさみたいな
不穏な美しさというか
そうですね
そういう映像美的なものも
見応えがあって
さすがにエロティックにくぐられるだけのこともあるっていう
そうですね
そこはちゃんと担保されています
あるなとかね
若干今でいうと動物愛護法に引っかかりそうなシーンとかもあったり
ああそうですか
あれ結構インパクトあったな
あったりとか
食べたんだ
解体しているシーンが
そうそうそう
舞台が元になって
小説の後に舞台がヒットしたんですよね
息吹を巡ってもあるんですけど
女同士の絆が崩れたときには
女性が女性をリンチするっていうシーンがあって
そこがめっちゃ受けたっていう
みたいなそんな感じですね
ギフでも肉体のもんがやってくるみたいな
当時の新聞の広告を見つけました
よく見つけたよね
それもそれでね
あの肉体のもんみたいな
あのってつくぐらいの
これ確かユーネクストとかで見れるんじゃなかったかな
配信で見ましたよね
見比べてみたい気もするんですけどね
他のネクストバージョンもね
結構繰り返し繰り返し撮られている
いろんな人によって撮られている映画ではあると
36:02
ということで最後
戦争をつくる頭脳っていうテーマで
オッペンハイマーで
これを受けて話すのかな
繋がりがあるのかどうかよく分からないですけど
メディアもそういうシーンがありますからね
上げたのが船橋さんということで
この中だとダントツで割と新しいというか
前上げた時に見たらあれでしたけど
でも一番関心領域の
関心領域と同じ話ですよね
2023年の映画で原爆の父の意味を持つ
物理学者のオッペンハイマーという
学者の人生を描いた映画です
オッペンハイマーが
尋問みたいなのにかけられて
実はアメリカ裏切ってたんじゃねえかお前みたいな
尋問にかけられるのと
オッペンハイマーを尋問にかけるように
ときはからったやつも
上院議会で尋問を受けるみたいなので
オッペンハイマーの過去と
過去がだんだん描かれていく
みたいな感じの映画なんですが
時系がすごく複雑だよね
そうですね
パッと一言で表現しようとすると
難しいかもしれない
現在と過去を
過去もいろんなシーンと
行ったり来たりしながら
流れに進んでいくっていう
映画の的役の人は
ロバルト・ダウニー・ジュニアっていう
聴く人が聞くから
アイアンマン演じてた人がやってまして
なかなかこんな悪い奴の演技もできるんだ
みたいな
すごい悪いおじさんの演技をしてるんですが
映画自体
個人的にまず作品を聞いたときに思ったのは
どれくらい戦争映画という側面
つまり戦争の場所だとか
あるいは原爆が落ちた場所とかを
表現してるのかなと思って見に行ったんですが
この映画の中では
そこまで戦争
戦っているシーンとかを描くわけではないんです
オッペン・ハイマー本人の視点から
視点で行ってるという話であるというのもあるんですが
例えば実際に長崎がどんな惨状だったかみたいなことは
そんなに映画で描かれるわけではない
言葉では出てくる
表現として出てくるはするけど
直接的なそういうのがあるわけではない
でも映画の中でどういうところが主題なのかというと
つまりある意味身の程超えてしまった科学での
罪悪感というか
映画の主題としてオッペン・ハイマーは
お前は実は共産主義者で
ソ連のスパイだったんじゃねえの
それでアメリカの核開発の道を遮ってるんだろう
みたいなことを三文会とかで
すごい叩かれてみたいなのがあるんですが
オッペン・ハイマー本人が
それで俺はそんな
アメリカの旅に尽くしてきたのに
みたいなのがあるかというと
そういうわけではない
彼はもちろん非難に心傷つきではしてるんですが
39:04
ある意味では淡々と受け入れていく部分があって
それは何でなのかと
映画の中で自分が被害者みたいな
こういう表現ではなかったかもしれないですが
殉教者みたいな顔をするなみたいな
奥さんに言われるシーンがあるんですが
オッペン・ハイマーはある意味
核兵器を作って撃ってしまったというところに
すごく罪悪感をずっと
映画の中の枯れは少なくとも抱え続けていて
なおかつそれで核に歯止めがかからなかったというところが
映画の肝で
放射性の核兵器の原理みたいなのがあるんですが
その中のあくまで実験段階の仮説の一つとして
ごくごく低い確率なんだけれども
核兵器が爆破するのに必要な反応を起こしていったら
それに歯止めがかからなくなって
大気まで燃え尽きて
地球全部が滅んじゃうんじゃないか
みたいな仮説をある学者が言い出すんです
その場でみんなは
いやそんなはずないだろうと
ちゃんと計算とかやり直して
結局ごくごくわずかな
0%に近いぐらいの確率だよということで
そのまま続けちゃうんですが
ペンカイマーが
そういうのがありますよって言われたときに
これはやばいかもしれないということで
アインシュタインに見せに行くんです
相対性理論で有名なアインシュタイン
そっくりでしたね
あんなに似てる人はどうやって見つけたんだろう
そのための役者なのかな
ずっとそっくりさんとかでやってるのかな
みたいな感じの人がいて
彼にその仮説を話して
大丈夫君それはちゃんと君のところに
優秀な数学者が計算してくれるさ
みたいなことを
アインシュタインとやりとりして帰るんですが
映画の
そういう話をしたっていうのが分かるのは
本当に最後のシーンで
アインシュタインとこういうことがありましたよね
って話をして
あれは本当のことでしたと
確かに科学的な意味ではそうじゃないんだけど
学歴が頭が利かなくなって
世界中に広まって
科学の本能を広げてしまいましたと
これは自分の責任でみたいな感じのことを
言うんですよね
アインシュタイン自命で終わる作品ですよね
アバガイオンのね
ジョッペンが今は
映画の本当に
そのシーンに至るまで
すごい核兵器の推進派なんですよ
猛烈に
でも途中で
実際のところに
起こし得るのを見た瞬間から
彼らの中では
止めなきゃって方に傾くんですけど
アメリカはもうそうはいかない
状況になってしまっていて
だから彼は
アメリカもですけど
ソ連も止まらなくなっているんです
世界中に広まってしまったというのを
ある意味では見続けることしかできないわけです
抗っても止められないわけだから
42:01
そういったところのほうが
悲しさというか
そうは言っても
落とされた国に住んでいる意味としては
そんなこと言って全力で反対しろよと
思う部分もありましたが
アメリカの側から選んだ映画一体化としては
結構実際
話しているのかなという感じで
これを機に
そういうのを話してみようと思って
実際の今のアメリカの核兵器の捉え方
みたいなのを調べたんですが
結構若い層とかの中では
あるいは民主党
共和党でいうと民主党支持者の中では
少なくとも
完全肯定ではない
間違ってそのままあるんじゃないかみたいな
意見が結構増えているというのを見て
向こうも世代交代で
いろいろ考え方が上がってきているのかな
みたいなのもありましたね
だからこそ作れた映画ではあるでしょうね
それはそれとして
バービーという映画が
始まりました
アメリカでは
これをバービーとオッペンハイマーを
一緒に見ようみたいな
キャンペーンが流行ったんです
バービーとオッペンハイマー
僕も両方見ているんですが
私もバービーだけ見ているな
バービーもいい映画なので
ぜひ見ていただければいいんですが
それはそれとして
それだけの悲劇を生み出した
人物の映画を
バービーも結構
ちゃんとした映画ではあるんですよ
あるんですが
そういうポップなのと
一緒に見て盛り上がろうね
みたいなノリで消費するんだ
みたいなのがありました
でもなかなかそこは
感覚の違いなのか
もしくは
アメリカの人としての
価値観の違いなのか
ちょっと分からない
オッペンの話
オッペンハイマー自体の話に戻ると
主人公が必ずしも
清廉潔白な人物じゃない
というのがこの映画としての
大きな特徴だと思っていて
一番最初に
彼は研究室で若干病んだ
実験が下手な学生として
ちょっと親近感がわくわくして
抱かれているんですが
その中で教授を
多分衝動的なものだと思うんですが
銀行に注射針で毒入れて
毒殺しようとする
ヤバすぎだね
最初のシーンがあるね
本当に最初の最初で
これは結局思い留まるというか
ちょっと君
俺のとこ来ないわみたいな
コンティニューションを聞いて
これ腐ってましたよ
銀行通りにバンと投げて
急に腐るんだね
おまかすんですもん
そういうちょっと悩みがちなところがある
人というか
映画の中では
共産主義が悪いんですよ
すごくね
そっちにオッペンアイマーが
傾く部分もあって
みたいな感じで
45:03
だから必ずしも
アメリカの正義を背負っている
人物ではない描かれ方は
されているんですが
結局そこに飲まれていくわけですね
彼も積極的に
これにアメリカの発表に
間に合うように
新兵器を完成させなきゃいけない
とかで
すごくコミットするとか
あとは揉めたりしているところも
ちゃんと指揮を取って
本当に人殺しの兵器を
作っているとは思えないぐらいの
真剣さで取り組んでいくわけですよ
そこがなんか
溺れているというとあれですが
それだけの指揮できる
自分みたいなところに寄っている
みたいに見える描写も結構あって
なかなかそう
でもそういうのがあるからこそ
オッペライムが
核兵器ができてしまってからの
彼みたいなのは
すごいキャップがあるというか
すごくずっと
なんかかわいそうな顔をしているんですよ
気合が入りきらない顔というか
途中でトルーマン大統領
原爆投下を決めた大統領に
面会する場面とかあって
そこでも彼はすごい
私の手はもう血で汚れてしまいました
みたいなところで
トルーマンがあんな情けない奴は
みたいな感じで
知られる場面があるんですが
だから
すごい後悔しているんだろうな
というのが伝わってくる
映画要件ではありましたね
後悔しているからって別に
許されるわけではないだろうと
映画を見てて思いましたけど
そういう意味で
今のアメリカのスタンスというか
今のって言っていいのかな
トランプが出てくる前のアメリカの
過去の過ちはちゃんと反省しています
みたいなのは
分かる映画ではありました
日本でこういうの撮れるかって言ったら
ちょっと微妙なところはあるというか
例えばゼロ戦作った風立ちぬなんて
それを思い出したんだ
思いっきりロマンチックな方向に振って
ここまで
じゃあそのゼロ戦で
例えば何人殺したんだとか
これに乗って
日本人が何人飛び立ったんだとか
そういうところからは
嫌な映画とすれば逃げている映画じゃないです
ラストのラストで
ちょっと絵で見せるみたいな
あくまでも飛行機の中で
日本のロマンチズムになっているというか
だからもちろん
他の国の悪口はいくらだって
言える話はあるんですが
じゃあこっちの国
日本の例えば中国の人とか
あるいは東南アジアの人たちに
やったみたいなことは
ちゃんと映画として描けるんですかってなったら
ちょっとねみたいなのはあるから
なんか感じるところはありましたね
なんかあれ
飛行機が飛び立つの
カカミガハラの飛行場やでさ
もっと描けよ
なんかなんだよって
その気持ちもあいまって
アメリカで面白いところだと
48:00
ゴジラマイナスワンとか
そうか
同じ核兵器というか
戦争のあれを背負って生きている
立場の人たちで
ゴジラマイナスワンはね
悲惨な光景っていうのも
あれも戦争映画といえば戦争映画で
確かに
あれもロマンチズムに走ってくる
ちょっとやっぱり描き方が
いい点はね
あるわけですよ
オッペンハイマーさんの視点を借りることで
ちょっとこう
内政的なスタンスが取れるみたいな
とこもなんかあるのかな
オッペンハイマーさんには悪いけど
あれがだから
落とした顔の兵士とかだったら
また話は変わってくるでしょ
それこそさっきの沖縄の
沖縄決戦
激動の昭和史沖縄決戦みたいに
アメリカサイドで描くと
ちょっといろいろ
いろんな双方ともに
あるかもしれないけど
オッペンハイマーさんという
個人の視点ではこうです
みたいな風にすることで
いろんな人が見やすくなるっていう
大丈夫ですか
私もうあと4分ですね
4分ね
ちょっともう閉めていこう
そうなんですよね
最後ねちょっとあんまり時間がない中ですけど
AIさんにね
この14本どう
言ったよっていう
この14本の
まとまらないからさ
なかなか自分でまとめ聞けないから
どうまとめるあなたなら
聞いてみたんですよ
最初にあったのは戦場でした
当たり前のことから
みんな思ってたこと
みんな思ってたことなんだけど
いろんな立場の人がいるよね
残暴にいる兵士
戦争で人生を変えられた兵士
文大という組織に所属する人々
そこからカメラは
戦争側の日常
加害者の記憶
沖縄の住民戦後を生きる人々
そして科学者へと映っていきました
確かに
すごい力技でまとめられてる
カメラがどんどん戦場から遠ざかっていく
ところが不思議なことに
戦場から離れれば離れるほど
戦争というものが社会全体へ広がっていく
そうだったっけ
そうか
ちょっとまあそこは異論もあると思うんですけど
そう考えると
AIさんにも届くんですが
戦争に対しても
兵士同士が戦う映画ではないのかもしれない
それはそうだよ
むしろ戦争という巨大な出来事が
一人の人間の生活や思想
家族 社会 そして戦争後の世界まで
どう変えてしまうかを描く映画と
考えることができる
確かに
なかなかAIさんもまとめるの大変だったんだろうな
というまとめが
お疲れ様ですね
最終的には
戦争を知らない世代が増えていくとき
映画は戦争をどう記憶し
51:01
どう次の世代に渡していくのか
という問いが残りますね
すごいオシャレな問い
新聞にもつながるものがあるというか
この間少し話しましたけど
いかにこれを受け継ぐか
みたいな話かな
戦後80年が
節目が過ぎてしまって
81年に入り
戦後90年へ
というカットを使っている
社も出てきているくらいですけど
ちょっと私たちも
どうやっていくといいのかな
という答えはなかなか出せていないんですけど
ただやっぱり
俺に触れて話し合っていく
語り合っていくというのが
一つ手段としてあるのかなと思うので
なかなか時間がない中ではあるんですけど
またちょっとね
これ一つのパッケージになるな
と思ったんですよ
毎夏来るごとに
それぞれの戦争映画を
上げていくというのも一つ
それを語り合う
みんなで見るっていう
みんなで見るいいですね
何とか同時視聴というやつ
語り合いたいな
来年は1ヶ月前くらいに
オファー出す
1日前じゃない
1日前じゃなくて
やらせましたからね
違いがないようにしようと
下見るだとまたちょっとね
自分の視点がまた変わってる
気づいたりとかすることも
あるかもしれないし
昔の映画は昔の映画の良さがありますね
それはみんなで話してて思いました
その時の人でしか
話せなかったものがあるから
これを後世に残して
これからも見続けないといけないな
すごいいい機会でした
当時しかできなかった表現ですとか
そういったものが
やりやすくなった
そういう時代に入っていると戻れるわけですよね
サブスクで見れちゃうわけですからね
どんどん見て語ってっていうのをね
新聞ポッドキャスト聞きかけでも
やっていきたいなと思っております
はいということで
閉まったでしょうか
はいじゃあちょっと
ここまでということで
ここまでのお相手は
岐阜新聞社報道部の山田俊介と
堀桜と
生活文化部の橋織香と
大賀由紀子と
性能支社の船橋康明でした
ありがとうございました
ありがとうございました
やったー
皆さんのおすすめ映画のメッセージも
お待ちしております
ありがとうございました
ありがとうございました
53:31

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