メインパーソナリティの一人であった坂井さんが、
一応一旦抜けるっていう形になって。
坂井ロスの初回ですよね。
そう、坂井ロス明の初っ端という大会ということですけど。
運動部に行かれるということで、ちょっと大変になるでしょうから。
一旦ポッドキャストお休みというか。
そうなの?
ですけれど、
山田は引き続き残りますので、
友軍におりますので、
ポッドキャストはね、
どうなっていくんだろう?
私と誰かみたいな感じでね、
続けていけたらなと思っているんですけど。
そんな中で、
とりあえずトヨトミ兄弟は、
毎週毎週会を追うごとに、
しゃべりたいことが増えていく感じがあるので、
早速、初回やったばっかりですけど、2回目ということで。
やっていきましょう。
なんですが、ギフといえばね、
さっきもちょっと話しましたけど、
斎藤道産というところがあるということで、
秋は信長祭り、
春は道産祭りがね、
岐阜市の中心市街地一帯で、
パレードやったりとか、店が出たりとか、
おみこし担いだりとか、
そのおみこしは、岐阜新聞からも1台出て、
その担い手を担うのが新人さんでもあると。
岐阜新聞の新人さんでもあると。
今年は雨で流れてしまったんですけど、
今年の新人さんは、おみこし担げなかった世代という。
来年担いでもらわないと。
2年目になって、またちょっとね、
改めて、気持ち新たにおみこしを。
おみこし、多分皆さん想像しているより、結構でかいやつなんですよ。
そう、ちゃんと重いですよね。
そんななんかね、ちゃちい感じじゃないという。
なんですけど、
っていうぐらいね、
堂さんの名前は岐阜にいると結構聞くんですけど、
そもそもね、やっぱり斎藤市について、
あんまりでもどうなんですか?
ちょっと知られてない感じもあるのかな?
そうでしょうね。
堂さんの名前だけしか知られてないような気もしますね。
感じもあるし、
実は4代までいるっていうのがね。
そうですね。
なんなら堂さんは2代目になるんだっていうのもね。
そうなんですよね。
どこからちょっと初代をカウントするかっていうのは、諸説あったりもするようですけど。
柴梁太郎さんの国鳥物語とかに代表されていて、
結構国鳥って言えば斎藤堂さんみたいなイメージが結構定着していると思うんですけど、
近年は堂さんの父、長井新宅門の城と堂さんによる親子2代で国鳥を成したっていうことが結構定説になりつつあります。
なんかね、1代で成し遂げたっていう体でちょっとね、広まっている感じが。
なんかもう下国城といえば堂さんみたいなね。
そうです。
なんかそんなイメージはありますけど、実はお父さんと一緒にやってたんじゃないかな?
そうですね。お父さんが足掛かり作って堂さんが一気に奪い取った。
まず堂さんの父は諸説ありますけど、京都の僧侶から原族して油売りになり、
美濃に移り住んできたと。
で、室町紀まで美濃といえば守護の時史ですね。
土に義父の義と書く時史が治める国でした、ずっと。
その堂さんの父がまず下神壇に入り込んで、長井氏を名乗って時史の中に入り込んでいくというところなんですね。
だからまず美濃のあたりを支配しているところに一回入り込むわけですね。
どけっていうんじゃなくて仲間だよみたいな感じで入っていくっていうことですね。
秀吉みたいなもんですよね。
なるほど。
下っ端のところから始めてですね。
わらじ温めるところから始めてっていう。
で、時史をやがて追い出すってことですね。
時史を追い出すのは堂さんなんですけど。
堂さんになってからっていうことなんですね。
追い出されたのは時よりのりですね。
読み方が難しいですけどね。
たよるに芸術の芸と書いてよりのり。
何年か前の大河ドラマのキリンが来るのにも登場しましたけれど。
三戸忍さんですね。
三戸忍さん、三戸忍さん。
時史から奪い取り。
今の岐阜城になる稲葉山城を整備して稲葉山城に住みます。
時よりのりは大賀城って山形市にある大きい桑と書く大賀城を居城としてたんですけど。
そこを攻め込み落城し、時よりのりは三戸の外に追放されるということで。
その後、稲葉山城を整備して三戸の国の道産の支配が始まります。
なんかね、道産が油売りでみたいな話は聞くじゃないですか。
そこから持ち上がっていってみたいな話は聞くんだけど。
その前にお父さんの話があって。
なんでしょうね。お父さんのことももっと知られていいはずなんですけど。
やたらと道産だけのことを言うじゃないですか。
今の岐阜の街でね、その三戸家のことを語る時期に。
っていう二代の繋がりがありつつ、
で、三戸の国を実質支配して戦国代名になっていくと。
そうです。
三戸を名乗り始めたのもその後ですもんね。
その頃ですもんね。
その頃ですもんね。
娘を織田信長に戸継がせたりとかね。
そうです。
外交的なこともやりつつ。
この娘の能姫。信長に戸継ぐ能姫有名ですけれど。
最初は守護の時頼澄に戸継がせている。
これも諸説あるんですけど。
違う娘っていう説もありますけど。
で、父さんが寄り墨が思い通りにならないので、
毒殺してしまって、
で、一旦戻ってきた能姫を織田信長に戸継がせると。
力技がすごいですね。
その時寄り墨を毒殺するっていうシーンも
キリンが来るで描かれて。
結構強烈なシーンで話題にはなりましたけど。
あれですもんね。
木君が演じていますもんね。キリンが来るとはね。
でもそんな父さんなんですけど、
実は最後は戦場で討ち死にするっていう。
意外な最後も意外と知られてないかもしれないんですけど。
確かに。
そうなんですよね。
私結構入社して15年とかになりますけど。
入社してしばらくの間、
父さんは信長にやられたんだと思ってたんですよ。
信長は父さんにどけって言って、
稲葉山城を奪い取って、
理不尽にしたのかなと思ってたんですけど、
違うんですよね。
全然違うんだっていうことに結構長いこと気づいてなかった。
っていうぐらい父さん、父さん言うなっていうね。
結構ドラマや小説では、
父さんと信長は結構仲良しというか似た者同士で認め合っていたっていう
描かれ方の方が多いんですけど。
父さんと息子の吉達がすごく仲が悪かったということで、
最後は父さんと吉達が長良川を挟んで長良川の戦いっていう。
戦いで息子は勝利して、
父さんは敗れて、そこで死んでしまうという。
なんか神妙な国取りがもう一回あるっていうか。
そこはね、全然長いこと知らなくて。
そうですよね。意外と知られてないですよね。
吉達が長井震災門の女王を初代とすると三代目に当たる、
父さんの子に当たる武将ですけど、
親子の争いっていうのがあったっていうね。
そうなんですよね。
これも諸説あるんですけど、吉達のお母さん三吉野さんっていうのは、
元々時頼典の目かけで、頼典が家臣だった堂さんに、
コンプラ的にどうかと思うけど譲り渡したと当時で言うと。
コンプラ的にどうかと思うようなやりとりが。
今まではコンプラ的にちょっとアウトなんですけど譲り渡しまして。
吉達は頼典の子なんじゃないかとか、
本当に堂さんの子だったのかっていう説がいろいろ今までもあって。
本当のところは歴史なので分からないんですけれど。
ドラマとか小説では、吉達自身がやっぱり時史の、
遡れば源氏につながる血統なので、
時史の高貴な血統だって思いたかって、
成り上がりの堂さんを嫌ってたっていうような描写で、
ドラマとか小説は描かれることが多いんですよ。
地筋に直眼して、描き方に活かしてるわけですね。
堂さんが隠居して稲葉山城を離れて、吉達が家徳を継いだけど、
堂さんも生きているっていう二重権力みたいなところで、
だんだん対立を深めていって、
お互いにも気に入らないようになっちゃうわけですね。
お前はどっちの言うことを聞くんだみたいな過信も、
二つに分かれていって、最終的には合戦になってしまうと。
過信も困りますわね。どっちについたらいいんやっていうのがね。
本当にね。その中で、やっぱり重たった過信ですね。
三野三人衆&森成とか三野三人衆は、
基本的には吉達側につくってことから、
やっぱり吉達の圧勝に終わるわけなんですけど、
その時に明智光秀は堂さん側についていたんですよね。
へー、そうなんですね。
そのため、合戦後に三野を追われて越前に行って、
流浪の実になっていくという。
へー、あれ信長は?
信長は堂さんの応援に行こうとしたんですけれど、
出ようとして、三野に入る前に堂さんが死んじゃったっていう。
へー、なんか信長らしくない?ちょっと残念な感じじゃないかなって。
へー。
信長が駆けつけてたらどうなったんだろうっていうのもあるかもしれないんですけど、
ちょっと間に合わず、その前に決着がついちゃったっていう。
ほんとタイミングが違えば歴史がまた変わっちゃってたかもしれないっていう。
この吉田津なんですけど、結構武勇と闘卒力があったとされていて、
信長もなかなか吉田津時代には身の攻略できなかったと。
ただ病気で急死してしまうんですね。
もし急死してなければ信長の義父攻略がどうだったのかみたいな話も
歴史の仮定論ではあるんですけれど。
あれこれ病死なんでしたっけ?
病死のはずです、はい。
毒殺されてるとかではないっていう。
じゃなくて、病死でほんとに急死してしまうっていうところで。
豊臣兄弟の中ではだいごさんが。
だいごさんが1話に出てましたね。
1話に出席して急死してなければだいごさんの出番ももっとあったかもしれないっていう。
そうですそうです。
へー、そうか。堂さんは丸若二さんが演じていて。
10秒しか出てないのにすごいインパクトがあった。
インパクトを残した弟子だよね。
っていう親子の争いとかがあったりして。
4代目にあたる達沖。
達沖、堂さんから見たら孫にあたる。
孫にあたる。
豊臣兄弟では濵田達有美さんが演じておりましたけど。
生没年というか生まれた年が定かではないので
家族を継いだ時が14歳か15歳ぐらいで
お父さんが急死したので。
その分早く。
すごく若くして妻統監を継いだんですけど。
結構達沖といえば安愚な武将。
能力の低い武将っていう描かれ方が
小説とかドラマではそんな描かれ方ばかりなんですけど。
そのゆえんの一つっていうのが
稲葉山城を武中半兵衛に乗っ取られるっていう事件が起きまして。
半年後には返却されるんですけど。
これがいろいろドラマとかでよく描かれるのは
達沖がひどい武将殿様だったから
武中半兵衛がそれをただすために城を乗っ取って
でも別に齋藤家を滅ぼしたとかそういうのじゃないから
ちゃんと返却すると。
それが竹中半兵衛の名前を高める代表的なエピソードの一つでもあるんですけど。
竹中半兵衛はその時は達沖の家臣ってことになるんですよね。
竹中半兵衛も美濃生まれなので。
美濃生まれになるということですよね。
安愚のもう一つのイメージが
信長にあっさり美濃を取られた武将っていう
この2つからすごく能力のない人みたいな扱われ方が
どうしても今までテレビ小説ではされてきました。
結構な言われようというかね
豊臣兄弟の中でもちょっと残念な位置づけの言われ方でしたよね。
ボンボンの3代目で異性はいいけど何も支配できないみたいな
演じ方をされていましたけど
なんか悔しがり方とかも残念さが漂うというか
弱っちい感じが出ちゃってるっていう演技で上手く備えも見せてた
上手にダメっぷりを出せてたっていう感じがありましたよね。
ただ実際に達沖時代に信長も何度か美濃侵入を繰り返すんですけど
結構この島の戦いっていう基礎側を挟んだ戦いでは
小田税が大敗したっていう話もあり
実はすごいあっさり敗れたわけじゃないっていう
やっぱり豊さん、吉達に仕えてきた美濃の武将たちは
結構強かったっていうことの裏返しでもあると思うんですけど
そもそも別に達沖が弱っちいっていうだけじゃなくて
周りが強いから相対的に弱く見られてしまうっていう
まあそれもあると思いますね
信長は力攻めでは稲葉山城は落とせないっていう判断をして
調略に走ります
調略
トヨタ兄弟の得意な
2026年に流行らせたい言葉は調略ですね
その調略に乗ったのが安藤もりなりだ
西見の三人衆ですね
田中哲史さんが演じている安藤もりなりですけど
田中哲史さんね、そうですよね
安藤もりなり、かっこいい安藤もりなりですね
口ひげがかっこいいですね
過信の裏切りによって
稲葉山城と美濃の国を信長に奪われてしまうと
それでこの4代目で力を失っていって
稲葉山城を攻略した信長が岐阜と改め
ここから岐阜の街の歴史が始まるわけですけど
岐阜っていう名前の街の歴史は始まっていくわけなんですけど
そうですね、その前までは城も稲葉山城だったしということで
その割にあれですね
ちゃんと春祭りと秋祭りっていう
信長とお父さんをフラットな関係で崇めている岐阜は
優しいなっていう感じもありますけどね
田代さんがこの間4月30日付けの社会面
頭記事で書いてましたけど
達沖のことをフィーチャーしてピックアップして
見出しが
見出しがいっぱい立っている大きな記事を書かれましたけど
実はこの稲葉山城が落城した時に
達沖は死んだんじゃないかな
死んだと思われてたと私も思ってたんですけど
私もそのイメージだったんですけど
違うんじゃない?っていう
違うんですよ
今回それで達沖について調べてみたら
実は身の奪還のために
その後もしぶとく信長と戦い続けた人物だったことが分かりました
あれですよね
豊臣兄弟でもその後も出てきてましたね
出てきましたね
三好三人衆とかと一緒に動いてたりとかね
実は長良川を下って伊勢長島に落ち延びたんですけど
後にこの伊勢長島の一高域の中心勢力となるお寺に
まず身を寄せた後に
京都の三好三人衆のところに行きまして
本国寺の辺
15代将軍足利義明を襲撃する本国寺の辺に加わっていまして
それが豊臣兄弟でも登場したシーンなんですけど
三好三人衆を従えてラスボス感を出すような演出でしたけど
伊勢よくいましたよね
三好三人衆を過信に従えてるみたいな感じでしたけど
そういう手じゃないでしょう
やらないかなとは思いますね
一緒にいさせてもらってるんやろっていう感じもしないでもなかったですけど
しぶとく生き延びてるという
生き延びてます
豊臣兄弟の中でも出てきましたけどね
その後は三好三人衆の襲撃が失敗に終わり
三好さんたちが京都から撤収していくので
その後は越前の朝倉のもとに身を寄せて
宮城方面から美濃に攻め入ろうという準備をするんですね
宮城を越えたところが福井県なんですけど
全くその辺に描かれてなかったですよね
そっか宮城からも攻めようとしてたんですね
してるんですけどちょっと勇気とかもありますしね
うまくいかずに走行しているうちに浅井朝倉と信長の戦いになっていきまして
そこに巻き込まれてというか自らいざんでいくのか
巻き込まれたのかわからないですけど
おったんやね
たぶんおそらく姉側の戦いもいたと思うんですよ
これは推測ですけど
いなかったですもんね豊臣兄弟の中では
あっちでおったんやねっていう
時期的にはあの時も一部将としていたんじゃないかなと思うんですけど
今は定かではないです
とうとう家に落ちてモブキャラまで落ちてしまったっていう感じだったんですかね
少なくとも小谷城が落城する時の小谷城の巡る一連の戦いの中には
齋藤達応のいて骨坂の戦いで討ち死にしたっていう風にされています
刀に根がちょっとねぎみたいな
神社のねぎの根ですよね
骨坂の戦いと
それが織田信長の長男の織田信忠の書上の中に
この戦いで討ち取った敵将の首っていうのの中に
齋藤達応の名前があったということで
そこで決定打が垂れてしまったっていう
ただ実はここで死んでなかったっていうエピソードが
分かんないですもんねそこってね
でも本物だったかもしれないし
これがね本当にその斎藤家本人のことの
遺廃だったとしたら
なんかねこの執念部活作こそ誰かがどっかで描いてほしいな
でもそれも一応今回少しは描かれているので
そういうことですよね
だから岐阜城この稲葉山城を明け渡した後も
しぶとく生き残って
気概を見せていたわけですね
道さんとか吉達に比べたら
知名度も評価も低い達沖ですけど
安愚な武将っていう評価が
近年は少し見直されつつもあります
今回取材を通して話を聞いてある専門家によりますと
やっぱり江戸時代に作られた軍着物で
信長や竹中半兵衛の活躍を強調するために
達沖を必要以上に貶められてしまって
それがずっと定着しているのではないかと
鎌瀬犬みたいな感じになっていったってことですね
そうですね
なんかちょっとな
なので失われた自分の国を取り戻そうとする武士の気概は
持ち合わせていた武将だった
ただすごく有能だったっていうことを物語る資料もないので
ないんですねそれは
今描かれているイメージの
ほど安愚な武将ではない
そこそこのって言うと失礼ですけど
平均的な戦国武将ぐらいの評価になろうかと私は思います
ちょっともう少し上げたいよねっていう感じもしますね
えーそうか
あとはその半兵衛の義父城の取りに関しても
その専門家によりますと
その少し前に達沖と半兵衛は対立して
半兵衛は謹慎みたいなことを言い渡されていたんですね
なのでその自分の面目を潰された恨みじゃないですけど
自分の能力をちょっと披露してやろうという野心であったり
あとは安藤守成と
半兵衛の首都が安藤守成なんですけど
安藤守成の齋藤家中の立場をちょっと強めるために
安藤守成と竹中半兵衛が一緒に乗っ取りをしたわけなんですが
安藤守成の立場を強めるためっていう説も
見方もあったりして
達沖と関係ないところの動きの渦の中で
稲葉山城の乗っ取りが起こったと
達沖はどっちかというと巻き込まれた形であると
2人が勝手に動いちゃったみたいなことなんですよね
ただ家臣のいざこざを収められなかったっていうのは確かであって
家臣たちがこの人についていて大丈夫なの?
っていう風になったんじゃないかという話もありました
その辺で微妙にアングポイントが高まっていっちゃう
お父さんがみのを完全に奪ってから3代経ってますけど
結局はまだ20年30年ぐらいしかなくてですね
家臣にもそんなに忠誠心が
後の関柄の戦いの得が一文じゃないみたいな
強い齋藤家への忠誠心はまだそんなにないっていう
それを何とかお父さんの義経が枠組みを作ろうとしたような状況で
若くして国臣になってしまったっていうところで
もともと難しい舵取りだったということがありますね
戦国時代の武将たちっていうのは
まず自分の家を守っていくっていうことが第一なので
あの時は勢いのある信長の方が安泰に見えて
みんながそっちに流れちゃったんじゃないかっていうところもあって
若くして国首になって勢いのある信長にみのを狙われてっていう
いろいろな気の毒な境遇も多少はあったんじゃないかなと
アゲインスト続きですよね
そういうところをおもんばかって
評価をしてあげなきゃいけないのかなという風に
大変やったんやよっていうのをね
たつおきのこともちょっと考えてあげて
こっち側のたつおき目線でも見てあげないと
みんな信長のこと見ちゃうけどたつおきのこともちょっと見てあげて
確かに信長や阪米すごいってなっちゃいますもんね
今回だってやっぱりね
とりとみ兄弟の中でも信長かっこいいし
阪米もまたキャラが立ってるじゃないですか
やっぱりみんな見ますよねそこはね
なんだけどちょっとね
影の部分というか
光が当たり切らなかった
斎藤家の方にもちょっと着目しつつ
もうそろそろちょっと最後が近づいてきているということですよね
今週の放送が
織谷城攻めの場面になりますので
たつおきが登場するかどうかわからないですけど
まず出てくるかどうかというところも若干怪しい
楽しみにしたいなと
最近だってたつおき出てきてないですもんね
見押しのところから出てきてないので
でもあれで終わりっていうのもなんか
確かに
なんかそのなくなったとも言ってないし
なんか最近見ないなっていう感じになっちゃってますけど
ちょっとこのままね
慣れしさえしないみたいな感じだとちょっとね
もしかしたら敵で並んでいる中にいるのかもしれないですね
ウォーリーを探せみたいな
よく見るといたみたいなことがあるかもしれないけど
そうだなもうちょっとね
散るなら散るで花々しく散らせてあげてほしいなという感じはね
このたつおきさんの記事を読んでも感じましたね
だから織谷の戦いちょっとどんな感じになるのかというのは楽しみですけど
そうかでもなんかね
斎藤家がなんならちょっと道産のことばっかりフィーチャーされがちで
ちょっと4代ありますけど
中でも最後なのかちょっとわかんないですけど
この4代目にあたるこのたつおきにも
もうちょっとスポットライトが当たってもいいんじゃないかっていうのは思いますんでね
そうですね
ぜひ斎藤氏4代で覚えてほしい
4代で覚えていただいて
そこからしてあんまり多分ね知名度そこまで高くないっていうのもあるし
なんだろう
なんかたつおき祭りとかやったらあかんかな
確かにたつおきの冠ついてる
なんか欲しいですよねこれね
家祭とかも何にもないですね
なんだろうこの春秋の間の夏あたりにこうなんかお盆とかにさ
たつおき祭りみたいな
いいですね
ねえやったらいいやないですかなんかこう
その時期だけちょっと後座候にたつおきっていう
印が入れてもらえるみたいな
なんか欲しいですね
なんだろう何があったらいいんだろう
お盆は羽島市あじか町に集合みたいな
眼鏡寺に集合的な
あと5月5日が一応明日なのでこの伝承によるともうすぐだよ
5月5日でもいいですね
本当だ子供の日もいいけれどたつおきの日だと
そうですねなんか欲しいなあ
どうするといいでしょうちょっと皆さんからもアイディアが
そうですね
いいですねなんかね
一番手っ取り早いのはギフ新聞が主催して祭りをやってしまうってことですけど
主催者者にしてしまうという
ねえたつおきなあ
濱田たつおみさんもギフ県庁に来たらいいですよね
そうですね
トークショーやってほしい
濱田たつおみさんのたつおきなかなか良かったと思います
ちょっと己信長インギフみたいな
そうそうまだやれるしこのドラマの展開的にも
そうそう朝一とかにたぶんその日出てくるかもしれないですけど
ギフにもぜひ
そうですね
あざいぜめが終わるといよいよあずちに行ってしまうので
そうかちょっとギフ自体がね
ギフの信長でもなくなってしまう
あんまり出てこなくなっちゃう
わしはギフへ帰るっていうのは聞けなくなっちゃう
本当に
もうちょっと引っ張りたいんだけどなポッドキャスト的にもね
どうだろうでもやがてねちょっと本能寺の編とかが入ってきて
信長ロスが近づいてきています
ちょっとじゃあ信長回もまたやりつつっていう感じですかね
何回でもやりましょう信長というか豊臣兄弟会を
まだまだ大河ドラマ豊臣兄弟にまつわる
美濃の歴史探しておきますので
また一個小ネタなんですけど
稲葉山城を攻略した信長が城をギフ城と改めるんですけど
このギフっていうのはそもそもなんやっていうところ
ギフってどこからつけたんやって話なんですけど
確かにみんな気になると思う
知ってる人は結構有名なエピソードなんで知ってる人は知ってるかもしれないんですけど
中国の古代の王朝の宗
インシュウシンカンとか習いませんでした
宗王朝の始まりがギフの山って書いてギザンだったっていうところ
ギフのフって丘っていう意味なんですね
これギの丘なんです
小高い丘みたいな意味ですよね
それに習っているっていうことと
紀蘇川が昔はギフのギに蘇原の蘇
蘇州とかの
そうですね
蘇賀市の蘇なんですけど
紀蘇川って書いてたっていう
そのギから取ったっていう説もある
諸説いろいろあるんですけど
それ知らんかったっす
そうなんですね
ギがギザンのギと被ってるから
ギの丘っていう
あれわからんすよねギフってどういう
ギフってね
このフっていう字滅多に使わないんですけど
ギフのフはほんとギフって書くとき以外使わんすもんね
そうです
なので丘って覚えておいてください
勝手意味があるっていう
そうなんですよね
ギもね
文記典のギとかね
使わんではないんですけど
なんでこの日本字なのかっていうのは
ちょっと謎としては深いものありますよね
なんかねでも
リザン高校とかってね
名前の高校があるぐらいで
だんだん私そこの出身なんですけど
なんかちょっと恐れ多い感じありますね
リザン高校
理数科があるところで
私は普通科だったんですけど
そうか
なんかちょっと情報量の多い会議になりましたけど