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#191【にちとり】『シラート』は予測不能、『爆弾』はスズキタゴサクが強烈!▼機内で観た映画2本を社会福祉の視点から▲
2026-11-01 23:52

#191【にちとり】『シラート』は予測不能、『爆弾』はスズキタゴサクが強烈!▼機内で観た映画2本を社会福祉の視点から▲

諸事情あり、韓国出張の機内で見た映画2本について独り語り!

【出演】山田俊介(報道部)

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00:02
岐阜新聞の社員が、紙面には載らない岐阜のこと、岐阜じゃないことを本音魔人に語り合うポッドキャスト、ききかぢ、報道部、山田俊介です。
日曜日は不定期で、一人でも語りたいことを語りたいだけ語る日取りをお送りしています。
今週は私、韓国取材ツアーに出てまして、一昨日帰ってきたんですけど、
何を取材してきたのか、どんなことがあったのか、後日改めてお届けしたいなと思っているんですけど、
今回はとりあえず、行きと帰りの飛行機の中で見た映画の話をしようかなと思います。
セントレア中部国際空港から片道1時間半くらいですかね。
なので行って帰ってで、1本見て2本目見れるかなぐらいの感じなんですけど、
1本目がシラート、スペインの映画ですね。
2本目が爆弾、俳優の佐藤二郎さんが出ている作品ですね。
今回は映画そのものが強烈な印象がそれぞれあったので、
そのものの面白かったところをお話ししながら、
自分なりに記者としてというか、社会福祉の視点を交えながらお話ししてみようかなと思います。
展開で見せるみたいなところは共通している部分があるので、
大きなネタバレはなしで話していこうかなと思います。
まずシラートですね。
モロッコの砂漠を舞台にした映画なんですが、
行方がわからなくなった娘を探す父親が息子と一緒に旅をしていると。
その旅の中で出会うのが、砂漠で電子音楽を鳴らして踊っている人たちなんですね。
レイブという言葉で言われたりもしますが、
あまり私は馴染みがなかったんですけど、
レイブパーティーというやつですね。
電子音楽をジャキジャキした音楽を大きな音ででかいスピーカーから流して、
集まった人たちが踊るイベントや文化のことなんですけど、
映画の中では広大な砂漠と体に響いてくるような音楽の組み合わせが強烈なんですよね。
音楽って聞くものですけど、
03:00
これは音の中にいるみたいな感じに近いなという、ちょっと独特な鑑賞体験があるなと思ったんですけどね。
私が面白いなと思ったのは、物語がこれからどう動いていくのか、
それが全然見通せないことなんですよね。
映画ってある程度はこういう展開になっていくんだろうなみたいなことを
予想しながら見ると思うんですけど、
このシーラートは全然どう予想を立てたらいいのかっていうのがわからなくなるんですよね。
何をどこまで言っていいかっていうのはちょっと難しい映画なんで、
具体的な展開については話ししないんですけど、
できれば予告とか解説とか見ないで真っさらな状態で触れてほしい作品ですね。
飛行機の中でいうと小さい画面で見るわけなんですけど、
それでもこの映像と音の力みたいなのをすごく感じたので、
これまたミニシアターとかでどこかで公開されるようなことがあれば劇場で見てみたいななんて思うんですけどね。
物語の出発点には娘を探す父親の姿がまずあるわけですね。
その時点で浮かぶのが喪失っていう言葉かなと思ったんですね。
大切な人がいない、どこにいるのかわからない、
そういう状況で人っていうのは何を頼りにして生きていくんだろうなっていうのを思ったんですよ。
その後も出会う人の片足がなかったりだとか、腕を失っていたりだとか、
何かいろんなものを失いながら生きている人が集まっているというような、
その喪失という言葉が自然と浮かぶような描写が折り重なっていくんですよね。
ネタバレなしなので何をこの父親が、その後もさらにいろんなものを失っていくんですけど、
何を失ったかというのは言わずにおくんですけど、
社会福祉だとか耐心支援の分野にはグリーフケアという言葉があったりしますよね。
その人が抱える悲しみを無理に消そうとするんじゃなくて、
その人なりの受け止め方だとか時間の過ごし方を尊重しながら支えるという考え方がありますね。
06:09
しらーとグリーフケアの映画ですというふうに言い切るわけではないんですけど、
私が惹かれたのはこの言葉で説明できないものを音だとか体の感覚だとか、
人と同じ空間にいることから何か受け取れるんじゃないかというような独特の映画体験にあったことなんですよね。
誰かが落ち込んでいるときに、なかなかどう声かけていいか、
気の利いた言葉というか、おもんぱかった言葉としてどう投げかけたらいいのかという言葉が見つからないことってありますよね。
でも、ただ隣にいることだったりだとか、同じ時間を一緒に過ごすことに何か意味を持つ場合もあると。
そんなことを考えたりしたんですけど、それで必ずしも誰も彼もが救われるってわけではないし、
その時々でその人が必要とするケアの形、支援の形っていうのは違うとは思うんですが、
そうして言葉が追いつかないときであっても、ただ近くにいることで救われる感覚ってあるなぁみたいなことをシラートという作品を見ながら私は感じましたね。
シラートは11月5日からNetflixで配信が開始されるらしいので、これから見られる方には先の展開を知らないままで見てほしいなと思いますね。
皆さんがどう感じたかっていうのもちょっと気になるので、またご覧になった方、メッセージフォームから感想を寄せていただけるといいのかなぁなんて思っております。
で、もう一本、爆弾ですね。
こっちは結構見た方いるんじゃないかなと思うんですけど、里二郎さんの映画ね。
里二郎さんはいろいろありましたけど、私結構好きな俳優さんなんですよね。
アドリブの演技がたまらず面白いというか、共演されてる方は結構いろいろ大変だと思うんですけどね。
結構シリアスな映画にも出てるじゃないですか。
今回はもうどっぷりシリアスな方面の里二郎さんが見られますね。
どんな話かというと、警察に連行された鈴木田後作を名乗る男、これを里二郎さんが演じてるんですけど、東京都内で爆発が起きることを予告するんですね。
09:14
予言というか、何かが降りてきて、その降りてきた言葉によるとそうなるみたいなことをね予言して、それが当たっていって、
これはおかしいぞってだんだんなっていくんですけど、取り調べをする刑事たちがその言葉から手がかりをつかもうとする。
そんな緊迫感のあるサスペンスものなんですけど、何と言っても鈴木田後作、里二郎さん演じる鈴木田後作なんですよ。
とにかく不気味。
ユーモアがあるようで、何か一つ一つ引っかかる。
何考えとんのか本当にわからんっていうね。
シラートは本当に最初から何が起こるかも全然わかんないっていう映画だったんですけど、この爆弾は最初からこの男を見てくれっていうのを迫ってきてるようなね、始まり方なんですよね。
対極的な2つの映画でもあったかなって、たまたまこの2つ選んだんですけど。
何者なんだろうなっていうのをずっと考えながら見てたんですけど、不審とアプローチは違うんですけど、どっちも目が離せないっていう。
引きつけ方は違うんだけど、同じように引きつけられちゃうっていう面白みがあって。
事件の謎だとか仕掛けっていうのは、映画を見てぜひ味わってもらいたいなと思うんですけど。
今回はちょっとそこよりも、鈴木多護作という人物を見て私が何を感じたのかっていうのを話したいんですよね。
鈴木多護作の言動には一定の恐ろしさがあるというか。
もちろん人を傷つけるような行為を肯定したいわけではないんですけど、
ただこの人物を一言で悪だと決めて、そこで考えるのやめちゃっていいのかなみたいな引っかかりがすごくあったんですよね。
いわゆる生きづらさをこの鈴木多護作自身が抱えているっていうのは、いろんな描写から立ち上ってくるんですけど、
どんな生きづらさを抱えてきたんだろうなっていう問いが残ったんですよね。
あくまで私自身の見た上での感覚なんですけど、
12:06
福祉の観点でいくと、ある人の状態を考えるときに本人の性格や行動だけではなくて、
暮らしの様子だったり環境だったり、人間関係、どんな繋がりを持っているのか、
お仕事は何をしているのか、どんな住まいにいるのか、住まいの状況はどんな感じか、
小比例にしているのか、退廃的な感じになっちゃっているのか、孤立しているのかどうなのかとかいろんな要素に目を向けると、
この話、前の日取りでもしたかなと思うんですけど、
人と環境の相互作用ということが社会福祉の用語でありますけど、
ただそれぞれいろんな情報はその人その人の要素一つ一つでしかなくて、
仮に生活の困難を抱えていたり、孤立した状態であるということが直ちに犯罪につながるという単純な結びつけをするわけではない。
これも繰り返しになっちゃうんですけど、こういう人だっていうラベルを貼ってしまうと、
その人がわかったような気になってしまうなというのを感じるんですよね。
でも本当にそうかということですよね。
本当にその人を理解したことになるのか。
続いた5作は、その問いをずっとこちら見る側に見るものに突きつけてくるようなところがあるなと、
そういうキャラクター性を感じたんですよね。
もう一つ印象に残ったのは、ホームレス状態にある人たちの描写っていうのが出てきて、
取り調べをする渡部敦郎さん演じる刑事の描写が出てくるんですけど、
渡部敦郎さん演じる刑事は、続いた5作の話を十分に聞き取る前に判断をしてしまうんですよね。
何をどう判断したかっていうのはここでは伏せておきまして、
ただちょっとその判断が良くない方向に話を展開させてしまうっていうことがあるんですけど、
これを見て、最後まで話聞かなかったから渡部敦郎を演じる刑事が悪いんじゃんっていうふうに言い切れないところもあるなと思ったんですよね。
繰り返し繰り返し、予言的にいろんなところで爆弾が設置されていて、それが爆発する。
15:04
その時間もだいたい予測がつくと、ただその爆発まで時間がない。
判断に慎重を期すんだけれども、あんまり時間をかけすぎることもできない。
そんな状況下に刑事は置かれてたんですけど、
自分が同じ立場だったら鈴木多五作の話を最後まで聞けたかなって思うんですよね。
これ極端な状況の話にも思えるんですけど、似たようなことってあるんじゃないかなと思ったんですよ。
仕事であったり家庭であったり、例えば締め切り直前なんだけど、
同僚から相談が持ちかけられるとかね。
朝、支度を急いで整えて出かけようとした時に家族が話しかけてくるとかね。
子供が何か言いたそうなんだけど、迎えや夕食の準備で手が離せない。
相手を大事に思ってないとかそういうわけじゃないんだけど、でも時間がない。
だから、つまりこういうことなんでしょって決めつけて先回りしてしまう。
私、社会福祉士の資格を持っているというだけなので、現場の経験はないという前提で聞いていただきたいんですけど、
例えば支援の場でも同じようなことってあると思うんですよね。
放課後等デイサービス。子供たちが過ごす場所ですけど、
例えば子供がトラブルを起こした時、まず安全を確保して落ち着いて話をその子供が聞ける状態にして何があったかを聞き出したいと。
ただ、他の子供の対応もある。一人だけを見てるわけじゃないですからね。他の子の対応もあるし、お迎えの時間も迫ってる。
丁寧に聞きたいんだけど、それとは裏腹に現場の中での時間的な制約がぶつかることっていうのはあるんじゃないかなと思うんですよね。
社会福祉を学ぶ中で、これもお話ししたかもしれませんが、やたら聞く言葉に敬長という言葉があるんですけど、
相手の話をただ長時間聞けばいいということではなくて、相手の言葉や気持ちを理解しようとする姿勢、これを敬長という言葉で言ったりしますけど、
18:00
自分の思い込みと相手が実際に話したことを区別するということを大切にしたりするんですが、
つまりこういうことなんでしょうかっていうのを都度都度確かめたりだとか、ある程度の慎重さが求められるんだけれども、
ただ時間も限られているという中でどうするかというのを迫られることってあると思うんですよね。
そういう時どうするかといえば、今時間が取れなければその続きを聞く機会を作るだとか、
限られた時間の中でもできることはあると思うんですけど、ただなかなかそれが個人個人の心がけだけでできないことっていうのもあるなとは思いまして、
それを難しくしている環境っていうのもあると思うんですよね。
人手が足りないだとか業務が多すぎるだとかね、家事や育児に追われていて、なかなかちゃんと話を聞こうと思っていても、
そもそもその余裕、余力、時間を確保できる環境なのかっていう問いも求められると。
そんなことってあると思うんですけど、そんなことを思ったりしながらこのシーンを見てたんですけどね。
あとこの場面はホームレス状態にある人たちが変わっているということもそれ自体も気になっていて、
この映画の中ではそのホームレス状態にある人たちをある意味ちょっと見過ごしてしまっているというか、
ある対象と、どういう対象なのかっていうのはちょっとネタバレになるので言わないですけど、
比較してこっちの方が優先されるべきだよねっていうことで、
ちょっとそのホームレス状態にある人たちがないがしろにされてしまったみたいな風にも撮れるシーンだったなと思うんですけど、
なんとなく見た目だとか立場だったりとかっていうことで話の重みみたいなものを勝手に決めてないかなっていうのは、
結構これは取材する記者としても自問したくなるシーンだったんですよね。
なので爆弾では見た中で私が持ち帰った問いとしてあげるとすれば、
人の話を聞くことは大切なんだけど、ちゃんとその時間取れてるかなっていう反省なんですよね。
21:06
人の話を聞くために環境調整できてるかなっていうのは結構思い当たるところがありすぎて、
ちょっとまた悩みが深まっちゃったなーなんていうことを思ったりもしたんですけど、
こうやって話してみると全く違う映画なんですけど、
割とその社会福祉っていうレンズで見たときに共通点が出てくるなっていうことを感じて、
シラートは先が読めない物語と音楽、大音量の音楽の中で言葉にならない感情を受け取るような作品。
爆弾は鈴木多護作の言葉と存在感、あの強烈な存在感を追いつつ、
人を理解することの難しさっていうのを考えさせられる作品だったなと思うんですよね。
ちょっと無理くり同じテーマ、社会福祉っていうテーマに押し込めてるようにも聞こえるかもしれないんですけど、
ただ私の中では他者をどう受け止めるかっていう問いがはっきり残った感じがあったんですよね。
映画って結構見てる間じゃなくて、見終えた後、
この見た人自身の日常に染み込んだり入り込んだりしてくる感じっていうのが、
そこも含めて鑑賞体験だなって思うことがありますね。
なので私はこんな風に感じたよっていう話だったんですけど、
ぜひまだご覧になってない方は一回ちょっと見てみていただいて、
どういう風に感じたかっていうのをそれぞれの皆さんの感じ方、捉え方っていうのを聞いてみたいなと思うので、
またよろしければ概要欄にリンクが貼ってありますメッセージフォームからあなたの感想をお寄せください。
というわけで今回はちょっと短めですが、この辺りで失礼いたします。
ここまでのお相手はGIF新聞社報道部の山田俊介でした。
本当は配信したい内容が別であったんですが、
韓国で収録してたんですが、デザイントラブルで全く音声が取れていなかったので、今回は日取りでということでした。
こういうこともありますね。
また来週!
23:52

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