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2023-03-15 18:24

Season -No.193 朝活「終・Creative Coding- The New Era」をダラダラ読む回

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はい.第193回も引き続き


Creative Coding- The New Era
https://gorillasun.substack.com/p/creative-coding-the-new-era


を読みました💁

今回でついに終了ですが,いや〜本当に素晴らしい記事で,何度も読み返したい記事だなと感じました.クリエイティブコーディングをしていない方にも是非読んでいただきたいなと思います!


ではでは(=゚ω゚)ノ


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はい、3月5日木曜日、地獄朝9時16分になりました。はい、川沢さん寝坊して申し訳ないんですけど、まあ、今日も頑張っていきたいと思います。おはようございます。
夢見のkeeth孤独川原です。ではでは、本日も朝活を始めていきたいと思います。
タイトーにあります記事ですね。クリエイティブコーディング・ザ・ニューエラーですけども、多分今日で終わるかなと思ってます。
あ、もう終わりますね。はい、もうあとセクション2つぐらいなので、はい、やっていきたいと思います。
ただ、これ終わった後もですね、この記事のいろいろ貼ってあったリンクがありまして、そのたくさんのリンクの記事も読んでみたくなったので、どうしようかなと思いながらですけど、
あまりにも返帳しすぎているので、まあ1回なんか別の記事読んで、またこの辺のクリエイティブコーディングの記事を読みたいかなと思ったりしてます。
じゃあ早速行きましょう。ザ・ダークサイド・オブ・クリエイティブ・コーディング、セクション5かなこれが。クリエイティブコーディングのダークサイド闇の部分のところのお話が出るそうです。
これはこれでちょっと気になったので、はい早速読んでいきたいと思います。
コードでアートを作るとはどういうことか、コードというメディアが他のメディアとどう違うのか、コードベースのアーティストの心の中はどうなっているのかなどなど、これまで私たちはかなり多くのことをカバーしてきました。
しかしこの新しい学問がもたらす困難や苦難については十分に言及されていないというふうに思います。
アートとコードが調和した関係を築けるのと同様に、技術的なものと芸術的なものの間に二項対立が生じ、アーティストが両者を調和させなければならないということもしばしばあります。
ちょっとこの個別で説明していきますということですね。
外部の人間やクリエイティブコーディングの世界に足を踏み入れようとしている人たちから見ると、この分野の技術的な側面が難しいように見えることがまずあります。
これはでも確かにありますね。僕は元々その数学をやっていた人間でもありますし、できる度合いは置いておいてですけど。
あとはプログラミングをやっていたので、まさにカチッとハマったというので、そんなに僕はそう障壁はなかったんですけど、他の方からするとすごく難しそうに見えるというのはそうかもしれないですね。
行動について何も知らない人にとっては、多くの点で魔法使いのように見えるかもしれません。
確かに多くの想像的なコーディング言語やフレームワークを完全に理解するには、最初は時間がかかるかもしれません。
シェーダープログラムというのは未だに魔術のように感じられます。
シェーダープログラミングですね。僕も小説に行かったぐらいなんですけど、軽く入門してみたんですけど、未だに僕もちょっと魔術のように感じる面はあります。
このプログラミングの世界で今年で10年経ったんですけど、それでも僕もやっぱまだシェーダープログラミングはちょっと魔法のように感じる面はまだありますね。
得意な人はきっと悪魔と言い訳しているに違いないみたいな言い方をすることもあると。
しかし他の悪魔と同じで、基本をしっかり理解してからでないと本当の難しさというのはまず見えてこないと。
例えばですね、最近私はチェスというゲームに興味を持ち始めました。
若い頃はチェスは退屈なゲームという印象で、何が難しいのかよくわからなかったと。
とりあえずコマを動かして最終的に誰が勝つんだみたいなところしか思ってなかった。
しかしそれ以上に単純なルールと対照的な2つのスタートポジションというのが、信じられないほど複雑でパズルのようなポジションになるということが魅力的で、
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最初の数点だけで多くの可能なプレイラインが可能になるんですよと。
そしてこの知恵の戦いはしばしば死闘のように感じられ、チェスゲームをプレイするとゴッドのラウンドをプレイするのと同じようにドーパミンが出ることに気づきました。
すごいですね。この人はそんな体験をしたんですね。
将棋も結構似てるんですけど、板状の戦争とか戦いみたいなことを言われたりするんですけど、
でも本当そうなんですよね。知能戦なんですけど、パッと見てる感じ、外から見てるだけだとただただ動かして、手とコマを動かしてるだけなんで、
地味なんですけど板状の中のその展開とかを見るとめちゃくちゃすごかったりするんですよね。
その人のやっぱり思想とか感情も結構入ってて、もうこの手は本当に勝負できたというか、
めちゃくちゃ重いこもった手なんだなというか思いますし、
あ、ここの盤面はもう今二人とも完全に素で殴り合ってるなみたいな言い方を結構将棋の世界でするんですけど、
そんな感じで割と面白いんですよね、板状っていうのは。
オセロにも全然それが、オセロはチェスですね、絶対あると思いますね。
感覚はちょっと違うかもしれないですけど、似たようなニュアンスは絶対あると思います。
すいません、またまた余談でした。ではちょっと本文戻ります。
これは少し遠回しな例になりますけど、クリエイティブなコーディングにも同じことが言えると思います。
最初はコーディングの勉強が難しいように見えても、後になると別の問題が出てきます。
あるプログラミング言語を使いこなせるようになったとして、
実際にその技術や知識を生かして面白い作品を作るにはどうしたらいいのか。
最初は技術的な問題だったのが、ある日突然哲学的な問題として立ちはだかりますと。
いやー本当同じ道を僕も今たどっているので、もう共感しかないですね。
プログラミングのような具体的でとっつきやすい問題ではなく、時間をかければきっと解けるようになるもの。
直感や神秘感、そしてシンプルなコンピューターグラフィックをアートワークという分にふさわしいものに消化させる魔法のような感覚を必要とするんですよ。
タイラー・ホップスというのが自身のエッセイでこのような問題を数多く取り上げているが、
このことを見事に表現しているというところで、タイラー・ホップスさんの
プログラミングでアートを作ってきた5年間の振り返りという記事があるので、そこからまた引用されていますが、
この仕事を始めようとするときに、プログラミングの部分は厄介だと思うだろう。
確かに、良い環境を整え、いくつかの分野で数学のスキルをリフレッシュし、ライブラリーの使い方を学ぶには間違いはかかります。
これらの問題は従来のソフトウェア開発のアプローチで解決可能です。
本を読み、インターネットからコードをコピーし、デバッグのためにコードをプリントステートメントを追加します。
さて、ここからが大変ですと。新しいものを作らなければなりません。
チュートリアルをただコピーするだけでなく、エーテルからそれを引き出さなければならない。
一体何を作れば面白いのか?幸運が訪れるまであちこちを探し回るんですよ。
中途半端なアイディアを合格点に達するまで練り上げる。おめでとうございます。あなたは何かを作りましたね。
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はい、そういう表現をしています。いやー本当そうなんですよ。
自分の作品として消化するまでがまためちゃめちゃ大変ですし、
これ既存のマルコピーじゃんっていうか、他の人が全く同じものを作ったりとか、
他の方が僕と同じもののさらに上位互換みたいな、
というかもうこれでいいじゃんみたいな作品を全然作られたり表現されていることも結構あってですね。
自分のまず最初の割とチンプなアイディアかもしれないですけど、それをどんどんどんどん練り上げていくっていうのは結構大変なんですよね。
結局あなたは何がしたかった?何を表現したかった?とか、どういう世界観を作りたいの?って本当に哲学的な問題にたどり着くんですよね。
これはこれで僕はクリエイティブコーディングの闇の今セクションですけど、割と側面というか本当の意味の面白さはこういうところにあるかもなという感じです。
事故との対話もあるし、他の人の価値観とか美しさとか、
神秘観みたいなところとどうアクセスをするかみたいなお話は絶対出てくると思うので、それぞれ結構面白いと思うんですよね。
まあ面白いと思うかどうかは人それぞれですけど、深くの私は面白いと思っています。
それはこの問題に取り組むための明確な方法がないことが原因の一つだと思います。
先に様々なコーダーがこのプロセスにアプローチするために採用しているヒューリスティックのいくつかに既に取り組みましたと。
ザックリバーマンとサスケアフリケですね。昨日引用した記事の記者の方ですね。
イテレーション、いわゆる反復という概念で常に以前のアイディアを反復進化させることを信条とし、タイラーホップスっていうのは時間をかければ新しいアートが生まれるというふうに考えています。
しかしこれらのアプローチっていうのはアーティストが自分たちを信頼すること、つまりプロセスを信頼することが必要であり、
それがしばしば感情的な挑戦となることがあります。1日の終わりに作品を受け取れるという保証がなければすぐにフラストレーションが溜まり、やる気をなくしてしまうでしょうと。
アーティストの真の闇はそこにあるんだろうなという感じがしますね。これは他の問題点、自信操作や偽物のような気分の物語に直結します。
美しく面白い作品を一貫して作ることができないのにどうしてアーティストとなることができるんでしょうかと。はい本当これですこれです。
インポスター症候群というのは芸術やクリエイティビティの文脈で長く議論されてきたテーマです。
多くの場合インポスター症候群というのは自分自身の無能感だったり、資質への概念として現れます。
このような自分に対する否定的な視点はリスクを取ることを避けたり、先延ばしにしたりするほか、長期的には自分に満足することなく常に自分を追い込み、
柔度の燃え尽き症候群になる可能性もあります。
でまたツイッターでも似たようなツイートをされています。
ジェフ・イップスケッチという方ですかね。はいってことですけど、インポスター症候群になることもあります。
でも自分のしていることが本当にわかっている人なんて実はいないんだと思い出すんだよっていう風にアドバイスをされてますね。
なるほどですね。これちなみに去年2022年の4月27日の投稿ですね。
なるほどね。まあでも確かにおっしゃっていることあるかもしれないですね。
僕もこう尊敬するジェネラティブアーティストの方々本当にたくさんいらっしゃるんですけど、
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たまにその方の何名かのYouTubeの動画とかブログとか読みますけど、
実は自分のやっていることが偶然こういうのが生まれたとか、なんか面白そうってやってみた結果できましたみたいなのがあって、
でも原理とかっていうのは実はわかってませんっていう風に明言される方も実はおっしゃっていて、
いやなかなかやっぱジェネラティブアートの面白さってこういうところだよなっていうのを思ったりはしますね。
皆さん全部自分の世界観を理解して作っているとは限らないので、
だから数こなしていったり反復をしていって発見をするっていう感覚は本当にそうかもしれないですね。
逆に偽物のように感じることもありますけど、それは良い面もあり向上心やモチベーションになり、
以前より良い作品を作ることができるようになります。
このような自信相次の感情を自分を重くする足加線するのではなく、
より良いアーティストになるための踏み台として利用するんですと。
こういうコントロールできたらもう全然一流なんじゃないですかね。
この点で私が非常に役立っているのは、全ての人に当てはまるわけではないかもしれませんけど、
過去の作品に対して非常にストイックになり、その作品を客観的に判断することですね。
つまりその作品を作ったのは自分ではないかのように判断することです。
つまり作品を判断しているのであって、自分を判断しているわけでは別にないですよ。
結局のところ作品を完成させて世に送り出したら、その作品は自分が気に入る必要が出たらないんです。
他の人はあなたが見ていないところを見るでしょうと。
これでも僕もちょっと感覚はありますね。
僕が半年くらい前に作った、本当にまだ先が嫌ですね。
走り始めた時の作品ですね。
もうものすごいチープで、自分で見るのもちょっと恥ずかしいような作品だったんですけど、
改めてそれを自分だったら今の自分はこんな風にしてみたいとか、
これってこんな風に変更したら面白いんじゃないの?みたいなことで、
過去の自分の作品に対して自分で確かに評価をして、自分で変更、手を加えているというのは結構ありましたですね。
面白いというか、まさかこの方に同じことをおっしゃられる。
興味深いですし、嬉しいですね。
しっかり活躍されている方が同じような道を辿ってきたのであれば、
僕も似た道を辿っているというのは、再現しているという意味ではとても嬉しいなと思いますし、
一流の方でもそういう道を通ったので、間違って道を歩んでいないんだなというふうな、
なんとなくの感覚があって、ちょっと嬉しくなりました。
では、今のがクリエイティブコーディングのダークサイトのところですね。
では最後、クリエイティブコーディング&ソーシャルメディアのところで締められていくので、最後に行きましょう。
もう一つの悩みは、
クリエイティブコーディング&ソーシャルメディアですけど、
多くのクリエイティブなコーダー、そしておそらく多くのアーティストにとって、
もう一つの悩みというのは、芸術的プロセスの第一歩として、ソーシャルメディアを取り入れることです。
事実としたように、コードアーティストにとって、進行中の作品の更新だったりとか、
創造的なプロセスに関する豆知識を投稿して共有することというのは、ある程度は一般的にはなっています。
これはソーシャルメディアのアルゴリズムがユーザーの頻繁な更新を促していることもありますけど、
それ以上に継続的な議論やアイディアの交換がアーティストとそのオーディエンスの双方にとって有益であることが理由になります。
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アーティストが顧客と積極的に関わり、フィードバックを考慮すると同時に、
顧客はアーティストのビジョンをより深く理解することができるようになります。
一方で毎日投稿することが義務のように感じられるようになり、不健康なプレッシャーになることもあります。
投稿する新しいものがない場合もありますし、毎日何か新しくエキサイティングなことがあるわけではないですけど、
それでもアルゴリズムはあなたが何もないところから何かを思いつき、それを投稿することを期待しているのです。
しかしアルゴリズムは、もしあなたが投稿すれば、エンゲージメントとあなたがいつの間にか中毒になっている毎日のソーシャルメディアのドーパミンキックで報われるでしょう。
ソーシャルメディアというレンズを通して自分の芸術を見ると、自分の芸術に対する認識が歪んでしまうことがよくあります。
ソーシャルメディアというのはあなたの投稿、いいね、リツイート、全体的なエンゲージメントの観点から数値化し、
閲覧者があなたの投稿に関心を持たなかったり、すぐにスクロールして通り過ぎたりすると、
これらの投稿はあまり適切でないというふうに判断され、投稿の寿命をすぐに切り捨てられます。
コンテンツは瞬時に消費され、見る人の注意を引く必要がありますが、
アート作品を投稿してもそのような反応を得られないことが多いです。
数時間もしくは数日かけて丁寧に作り上げた作品を投稿し、
それにふさわしい反応を得られないと、非常にやる気をなくしてしまいます。
これもありますね。
めちゃくちゃ疲れたのに全然反応がなくて、
思いつきとか考慮を入れなかったり、
適当と言ったらちょっと語弊があるかもしれませんが、
サクッと作ったものを投稿したら意外とそっちの方が評価されたり、
みんなのインプレッションがあったりしますので、
これはこれでまだもやもやするというか悩ましいところですが、
自分の思っている世界観とみんなが好きな、みんなに刺さるものというのは
やっぱり違ったりするというのはよくある話なので、
やる気なくしてしまう可能性はもちろんあるのですが、
これとは付き合っていかなきゃいけないなと思いますね。
なぜいいねがつかないのでしょうか。
私の作品が悪いのでしょうか。私のやり方は間違っているのでしょうか。
このような疑問を抱いたことがありますが、
その答えはいいねの数で作品の価値が決まるわけではないということですね。
物事の大きな枠組みで言えば単なる乱数になります。
例えば、違う時間帯に投稿していたら、
それもありますよね。投稿時間とかによって、
SNSを見るユーザー数の場表が変わったりしますし、
夜になればなるほど、人間という感情へのアクセスとか、
感情に支配されるというと語弊があるかもしれません。
される感覚があるので、夜投稿すると実は刺さるという可能性もあり得ますし、
朝目覚めた瞬間、すっきりしたクリアな頭で投稿された作品を見ると、
またそれは感覚が違ったりするので、
アーティストって作品そのものの価値って意外と難しいし、
評価しづらいと思うんですよね。
人って結局その感情にアクセスするというか、
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価値観のところにアクセスするものなので、
それって本当に外部要因にめちゃめちゃ振り回されたり、
やっぱり外部の影響を受けるんですね。
それが人間だからというのはあるんですけど。
だからこそ、一概にSNSに投稿して、あんまりいいねがなかったとしても、
それが悪い作品だったとは限らないんですよね。
本当はある種のタイミングっていうのはあったりはすると思うので、
一優するのは確かに。
してしまうのはどうしようもないとしても、
でもだからといって自分を卑下することはないよねっていうのは、
やっぱり念頭に置いておきたいなと思いましたね。
というわけで、じゃあラストですね。
コンクルーディングソーツなので結論ですね、要は。
では結論を言っておきましょう。
最後に思うことというふうに略されましたけど。
クリエイティブコーディングっていうのは、
芸術と科学の接点に位置する非常に多面的な分野になります。
コンピューターコードの境界っていうのは、
様々な方法で押し広げ、未来のアーティストを積極的に形成する
コードベースの様々なアートの実践の多様で微妙な融合になります。
この急速に進歩する空間において、
新しいテクノロジーがどのようにアートに活用できるのか、
またこれらのテクノロジーが今後数年間のアート空間の進化に
どのような影響を与えるのかっていうのを調査するのは
クリエイティブコーダーの義務であります。
現在、私たちはまだ人間が機械と対話をする非常に長い旅の始まりにいるんですよと、
この文脈ではクリエイティブコーディングというのは
多くの議論のうちの一つには過ぎませんけど、
それでも非常に重要な議論であります。
追加でこんな記事もいっぱいありますよとか、
他の記事のリンクいっぱい貼られています。
11本貼られていますので、もし興味ある人は見てみてくださいと。
リストオブアーティクルズ、インオーダーオブアピュアランスですね。
掲載順の記事一覧というところでした。
11本あるので、1本記事読み終わって
11本追加のタスクが増えるみたいな感じがありますけど、
参考にどこかで読んでいきたいなと思います。
というところで、この記事が締められておりました。
いかがだったでしょうか。
実は4日間に分けて読んでいきました。
結構長い記事だったってもちろんありますけど、
とても資産に富んだものであったり、
僕としては共感が大きい記事だったなと思いますし、
ぜひぜひクリエイティブコーディングをやっていない方でも、
このプログラミング世界にいる人なら
ぜひぜひ読んでいただきたいなと思った記事ですね。
共感あるとか、自分の物の見方、価値観とか視野の広げ方というのも
この記事に書かれていたと思いますし、
今の自分に対してどうなんだろうという、
ある種の問いを投げられている感覚もあったので、
すごく興味深いなと思った感じです。
やっぱりプログラミングって本当にクリエイティブだなと思いました。
アプリケーション開発とかシステム開発をする方々だとしても、
やっぱり僕らの仕事はクリエイティブだなというふうに
改めて自覚をできる記事だなと思いましたので、
興味があったら見てみてください。
時間は30分も過ぎましたので、
今日の朝方はこちらで以上にしたいと思います。
明日以降はですね、
まだ何かちゃんと技術の話になるかどうか分からないですけど、
ネットから探して面白そうな記事を見つけて読んでいきたいと思います。
ちょっとテクノロジーの記事ですね、
もうちょっと技術的な記事を読もうかなと思ったりしています。
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と言っておきながら、
実はチーム開発の話になるかもしれないですけど、
それは明日の自分に任せますということで、
興味があれば参加してみてください。
それでは、木曜日ですね。
3月9日。レビュオ路面が思い出されますけど。
世代が違うかもしれない。
まあまあそういう曲があるよというお話でした。
まあ今日も一日頑張っていけたらなと思います。
今日は終了したいと思います。
お疲れ様でした。
18:24

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