草引きの経験
はい、こんにちは、清鷹です。今日はですね、あなたはここにいてはいけない、という話なんですけど、何のことかというと、草引きなんですよ。
あのね、すごくこう春、もう夏みたいな日もあるわけですよね。そしたら庭にですね、結構草が生えてきているのが目につきまして、
ちょうど草引きを始めたんですよね。 そしたら、まあしぶといですよね草、雑草ね。しぶといですよね。根っこがものすごい張ってて、すごく取りにくかったりとかするんですけど、
まあまあ、あの淡々と取ってたんですけどね。 ちょっとある
タイミングからふと気がついてですね、あ、これはちょっと声をかけながらやってみようかなと思って草にですね、
あんたはここにいたらいかんのよ、と。あんたはここにいないほうがいいよ、と言いながらこう弾いていったんですよね。
まあ別に、あのどうってことない話なんですけど、まあ多分ですね、草引きする時って
2つぐらいのスタンスになると思うんですよね。まあ1つはね、あの なんでこんなとこ生えんねん、みたいな感じで
ちょっとこう怒りに任せながら 草引きしていくみたいな、そんな感じ。もう一つはもう淡々と無の状態で
淡々と作業していくっていう その2つがあると思うんですけど、まあ今回ちょっともう一つ別のアプローチでですね
話しかけながらあなたここにいたらダメよ、と。そういうことをしながらね、あのやってみたんですよね。まあ精神衛生上はいいですよね。あの怒りながら
というか、うざがりながら草引きをするというよりはですね、まあよっぽどいいんだろうなというところと、
まあ そうですね、あとは
まあこれができるのはそんなにうちの玄関の
ところが広くないからっていう部分はあるんですけど、まあうちの実家なんかだとね、もう周り
山ばっかりなんで草だらけなんで草ぼうぼうなんですよね。だから
あの そんなとこになったら最後は無の境地でやることになるんでしょうけど、
まあ少なくとも今住んでいるところの玄関は大したことない。あの 広さが全然大したことないんで、もうそんなのの日じゃないぐらい
大したことないんで、まあだからこれぐらいの余裕で 声かけをしながらやっていけるっていうところかもしれないんですけど、まあでもね
まあその中でやっぱりいろいろ気がつくことっていうのは
居るべき場所の重要性
いたらいけない場所ってあるんだよねっていう話なんですよね。 どんだけその
頑張って生えててもですね
抜かれまくるわけですよね。 うちの庭にあったらね。もうことによると、まあそこまではしないですけど、ことによると
除草剤まいたりとかしてね、もう寝台死にしてしまうみたいなことだってありえるわけじゃないですか。 そんなとこでしぶとく生え続けていってもね、まあ植物なんで動けないからっていうのはしょうがないんですけど
あの 何が言いたいかというと僕たち人間なんで
いたらいけないとこにずっと居続けるっていうことはどうなんかなというところに
思い至るわけなんですよね。 偉い人が置かれた場所で咲きなさいみたいなことを言うんですけど
まあそれはある面正しくてある面間違っている、まあそれは状況によるんだと思うんですけども
全然芽が出ない場所に 居てたって咲きようがないじゃないですか。そこでどんだけ努力したって咲きようがないじゃないですか
だからね 移動できるならよっぽどのそのなんていうんですかね、覚悟、もうここでもう何としても
生え抜くんだとかね、いうような雑草であれば、もうそこでずっと頑張られたらいいんですけど
そうでなくってね、もうちょっと違う 生え方というのかもうちょっと違う生き方がしたいということならもう我々は動物なんで
その場所からは 離れるということでいいんじゃないかなと。これはその
物理的な場所だけじゃなくて環境的な、環境的というか情報的な場所もそうだと思うんですね。それは例えばそのコミュニティであったりとかね
まあ会社とかもそうなんかもしれない。会社とかは物理的な場所でもあるんですけれども、それはその情報的な場でもあるわけで
向いてない部分があったらですね、さっさと移動する、動くっていうことはまあまああってもいい話なんだろうなというふうに
今日草引きしながらですね、つらつら思ってたっていうところなんですよね。 ということで
今日はここはあなたのいる場所じゃないよっていうそういうお話を草引きをしながらですね、ちょっと考えてみたっていう
考えてみた? ふと思い浮かんだっていうそういうお話でございました。はいそれではまた次回お耳にかかりたいと思います。さよなら