1. FM八ヶ岳 喜多san's BAR
  2. 2026/02/20 喜多San'sBAR
2026-02-27 23:42

2026/02/20 喜多San'sBAR

ゲスト:田畑雅宏さん(合同会社nofootBall代表社員 )

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いらっしゃいませ。喜多San'sBARへようこそ。 さあ、どうぞこちらのお席へ。
今日も常連の皆さんがお待ちかねですよ。 この番組は競争力で未来へつなぐ企業、
山梨住宅工業株式会社の提供で、八ヶ岳南北のコミュニティFM放送をFM八ヶ岳からお送りします。
こんばんは、喜多San'sBARへようこそ。 オーナーの喜多さんこと、喜多原雅則です。
このバーでは常連客の皆さんに、グラス片手にいろいろなことを語っていただきます。 さて今週は北都市立高齢高等学校ラジオ同好会がお送りするアトリエ放送局、
高齢高校の様々な情報をお届けします。 高齢高校ラジオ同好会の皆さんよろしくお願いします。
高齢高校ラジオ同好会のアトリエ放送局。
FM八ヶ岳、喜多San'sBARお聞きの皆さんこんにちは。 高齢高校ラジオ同好会の愛澤美代です。
さて2月の放送になりました。 皆さんどんな冬をお過ごしになっていますか?
私はおとといと昨日に学校で共通テスト早期模試っていう すごく大切な模試があって、その模試を受けたんですけど、もう本当に自分が思っているより全然
点数が取れなくて、すごく今落ち込んでいます。 あーどうしようっていう気持ちがすごい大きいんですけど、本番じゃないのであと1ヶ月
1ヶ月じゃない、1年間あるので頑張ろうと思っています。 私と同じ高校2年生の皆さん一緒に頑張りましょう。
そして高校3年生の先輩方、ぜひ大学受験なさる方は頑張ってください。 応援しています。
さて冒頭から受験の話をしてしまったんですが、 今回私が皆さんにお話ししたいことは私の誕生日プレゼントについてです。
もし12月の放送を聞いてくださった方がいれば覚えててくれてるのかなと思うんですけど、 私12月の放送当日が誕生日だったんです。
皆さんに17歳になりましたよーってご報告したんですけど、 その誕生日プレゼントをまだ買ってなかったんですね。
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あんまり物力がないタイプで、そんなに欲しいものとかがあんまり 思いつかなかったんで買ってなかったんですけど、ちょっと
なんか欲しいと思って、なんか誕生日っていう特別な日を 特別な感じで終わらなかったから、なんか特別な感じにしたいと思って
散々をしました。自分がちょっとでも欲しいなって思ったものをいっぱい買って、 わー幸せだーってなってたんですけど、何を買ったかを皆さんに今日はお話しします。
まず、えっと、ドールハウスを3つ買いました。 で、ドールハウスって言ってもただのドールハウスではなくて、自分で作るやつ
DIYして作れるよっていうドールハウスキットですね。を3つ買いました。 そして、あの
ラブブーわかりますか? ラブブーじゃないんですけど、ラブブーの会社が出してる
あの人形?シークレットの人形のやつで、目が3種類あるやつです。 目を3種類くるくるくるって変えれる人形があるんですけど、
さらにもう一目惚れしてしまって、変えました。 で、ランダムだからどれが出るかわからなかったんですけど、第2規模の黄色とピンクの子が出て
すごい嬉しかったです。本当に。もう友達先に見てもらったんですけど、 友達が満面な意味だったんで、これは?と思って開けたら、かわいいやつでした。
あーよかった。 そして
サンリオが最近ハマってるんですけど、サンリオグッズを3つ買いました。 で、全部ランダムで、推しはキティちゃんなんですけど
ポチャッコと、ポムポムプリンと、シナモン? あの犬3種類全部揃って、でもキティちゃんは出ませんでした。でもかわいいので良しとしています。
私の身の回りが全部サンリオで埋め尽くされているのを最近感じます。 少ないかもしれないんですが、これが私に自分への誕生日として買いました。
結構大きいものいっぱい買ったので、机に並べてずっとニヤニヤしていました。 なんか特別な日?誕生日っていう特別な日か、ちょっと遅れちゃったんですけど、
なんか特別感に浸れて、優劣感に浸れて、すごく楽しかったです。 はい、ということで、私の誕生日プレゼント話を最後までお聞き下さりありがとうございました。
そして私が担当する今年度のラジオは今月で最後ということで、今年度もたくさん私は皆さんにお話をすることができてとっても楽しかったです。
皆さんもお聞き下さった時、楽しかったなぁ、いい話だなぁっていうか、面白かったなぁって思ってくださったら光栄です。
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3年生になりますが、来年度の私たちも引き続きよろしくお願い致します。 ということで、今月も最後までお聞き下さりありがとうございました。
次回のラジオ放送局の放送もお楽しみに。バイバーイ。 高梁高校ラジオ同好会の皆さんありがとうございました。
来月もよろしく。
今宵の常連さんは、合同会社ノーフットボール代表社員の田畑雅宏さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
さて、まずは乾杯のお飲み物いかがでいたしましょうか。
そうですね、サントリーの白州イスキーをロックでお願いします。
お待たせいたしました。サントリー白州ノンフィンテージをロックでお持ちいたしました。
それでは乾杯しましょう。乾杯。
それでは改めて自己紹介をお願いいたします。
こんにちは。合同会社ノーフットボール代表社員の田畑雅宏です。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。田畑さん、こちらのこぶしさんのほうでお住まいということなんですけれども、どんなお仕事をされているんでしょうか。
そうですね、まだ会社のほうですけれども、リネーサプライの配送をやっております。
あとサッカークラブですね、そういったのを地元でやっております。
まずこのリネーサプライのお仕事をされるきっかけって何だったんでしょうか。
そうですね、今から2024年の春ですか、この地域のペンションや民宿さんにシーツとかバスマットとかですよね、配送をしている業者さんがコロナの影響で倒産してしまいまして、
そしていろいろ地域の方々とのお願いもあり、やることになりました。
ご自身でも施設をやっていらっしゃるということで、何という施設でしょうか。
小淵沢でペンションのステンドハウスを経営しております。
こちらのペンションももう長いこと経営されていると伺いましたけれども、どのくらいになりますか。
そうですね、1988年5月1日開業ですので、38年目になりました。
ということで、ご自身でペンションをされながら利年サプライズの仕事ということですけれども、いわゆる隣接した業種になるんだと思うんですけれども、ご自身でやられてみていかがですか。
改めてシーツの配送といいますか、今まで営業しているときはそこまで感じなかったんですけれども、シーツがなければ宿泊業が回らないという非常に大切なものだなというのを感じたのと、
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肉体労働ですね、またペンションとは違う肉体労働、改めて大変な仕事だなというのを感じています。
もはやね、宿泊業にとってのインフラといっても過言ではないわけですよね。
そしてご自身でペンションを経営されているわけですけれども、そもそもこのステンドハウス電波さんをこちらでやろうというきっかけというのは何だったんでしょうか。
そうですね、私の方の父の出が北海道の朝日課でして、自分が幼少の頃、子供の頃はですね、毎年夏休みといえば1か月以上は北海道ですね、そこで夏休みを過ごしていまして、
子供の頃のいい思い出がたくさん北海道にありまして、いずれ自分は自然豊かなところで子供たちを育てて、あとサッカーをずっとやっていましたので、サッカーにも関われたらいいなという思いだけでださらしてしまいました。
なるほど、当時はサラリーマン生活はどこでやっていらっしゃったんですか。
東京でやっておりました。大学を出て2年半くらいですかやってました。
結構早い決断だったんですか。
早い決断だったんです。
当時25歳になるところだったので、5年間頑張っても30歳だと。そしたら人生やり直しがきくかなと思い立ったらきちずつ退路を立ってやってみようと。そしたら38年経ってしまいました。
その時に八ヶ岳小淵さんをお選びになったわけですけれども、これはなんでだったんでしょうか。
そうですね、当時は清里が非常にブームといいますか、ペンションブームに人気があったんですけれども、清里も探したんですけれども、25歳の若者には土地の値段も高すぎて、当時小淵さんはまだまだ中間駅というんですかね、神戸線の出発地点というような位置づけが多くて、わりとまだペンションが少なくて。
あと、先ほど言いましたように子どもたちと生活したいと。あとはペンションが失敗しても小淵沢からだったら駅が近いんで、出稼ぎ行けるかなと。それで小淵沢にしました。
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なるほど。そこでご出身といいますか、ルーツのある朝日か北海道の方に行くんじゃなくて、小淵沢の方に来たということですけれども。この小淵沢でペンションを経営される方々はサッカーと子どもたちに関わろうと。これはどちらが先というのも変ですけれども、サッカーに関わるのが先だったのか、子どもたちに関わるのが先だったのか、どっちなんでしょうか。
そうですね。これはほぼ一緒でしてね。ペンションオープンから1週間後に小淵沢サッカー少年団というのを設立とともに関わらせてきました。
その辺の詳しい話を1曲挟んでから、より詳しく聞いていきたいと思います。
まずは何をおかけしましょうか。
僕が当時一生懸命やっていた頃、毎日朝走っているときにこの曲を聞くと勇気が出ました。希望の鐘が鳴る朝にというアルフィーさんの曲を聞きたいと思います。
それでは聴いていただきましょう。ジ・アルフィーで希望の鐘が鳴る朝に。どうぞ。
曲を聴いていただきました。さて、若い頃に単身やつがあったけ、小淵沢の地へやってきた田畑さんですけれども、その頃の小淵沢はいかがでしたか。
どうしても東京は八王子の田舎だったんですけれども、それでも当時は新崎高校がサッカーが強くて、そこからも車で30分くらいの場所でしたので、普通にサッカーは盛んかなという印象だけで来てしまいましたので、ジャイアンスの帽子をかぶっている子どもたちばかりで、あとはスケートですか。
あと野球少年。サッカーはどう見てもどこでもやっていないところで、ちょっとびっくり、行転をしました。
なるほど。88年当時ですと、大体中学生くらいだったんですけれども、まず中学校には野球部があって、サッカー部が次にあってというようなイメージですね。
ちなみに僕はさらにマイナーなバスケットボールだったんですけれども。
今バスケットは盛んですよね。
今こんなに人気になるとは思っていなかったんですけれども、ちょうどスラムダンク世代というやつですけれども。
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でも面白いですよね。僕も読みます。
その前にキャプテン翼という漫画があったりして、それでサッカー部がポンと増えたというのもありますけれども、でもその頃やっぱりサッカークラブがある地域はまだまだ少なかったんじゃないかなと思いますけれども、その設立から関わり始めたということなんですけれども、
本当にその頃のご苦労もあったかと思うんですけれども、いかがでしたでしょうか。
そうですね。でも今振り返ると逆に一番楽しかった時代かなと思います。
子どもも純粋で、サッカーでどうしようというよりかは健康のためにサッカーをやろうみたいな。
保護者さんもそういうスタンフだったので、雨が降って僕だけ行くとグランドに誰もいないみたいな。
もっと気合い入れてやろうとか言うと、別にサッカー選手いないから軽くやってくださいねみたいな。いい時代だったかもしれないですね。
その時は保護者の方も一緒にやられたりとかもしたんですか。
保護者さんは見ているだけでしたけど、当時はそんなに強くもなかったので、そんなに保護者さんたちも熱狂的というよりかは温かく見守っていてくれたので、ノープレッシャーでやられていた時代です。
その前にまずお伺いしたかったんですけれども、田畑さん自身が幼少期、ないしは青少年時代にサッカーとは関わりになったんでしょうか。
そうですね。僕は八王子の方で幼少期はかなり長く過ごしまして、八王子のサッカー協会の第一期生の少年として、小学校3年生の時からサッカーに関わり出して、
身体が大柄でして、野球とかバスケットとかバレーからは引っ張りたことはあったんですけど、何もお声がかかんないサッカーを結局は今もずっと続けているという、そんな感じですね。
当時からポジションがあったと思うんですけれども、どういったポジションを掲げていきましたか。
僕はセンターフォワードで点を取ることが結構好きで。
花形ですね。
そうですね。そこが面白くて、どの辺にボールが転がってくるのかなみたいな。あと駆け引きとか、それが好きでした。
得意技だったんでしょうか。
そうですね、こぼれ玉を誰もいないところに押し込むのが一番得意だったかもしれないですね。
大事な役割ですけどね。
そんなことで、子どもの頃からサッカーと関わりがあって、そしてこぶしさんへ来てからもサッカーと子どもたちと関わるということになるわけですけれども、
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そのクラブチームですね、メキメキと同格を表していくんですが、この頃の過程はいかがでしたか。
そうですね。こぶし座の少年団をやっていたときに、こぶし座中学にサッカー部があったんですが、
当時僕が関わったときはサッカー協会の登録というものをしていなかったもので、3年間通じても公式戦というのがほぼほぼなくて、
中学校の地域の4町村と試合をやるぐらいだったもので、子どもたちにもっともっといろんなことであったりとか、
専門的なことを教えられる選択肢があったらいいかなみたいな、そんな形でクラブ化へと進んできました。
なるほど。そしてバンホーレーの名前になったりといろいろ紆余曲折を経て、今現在どんな状況なんでしょうか。
現在は八ヶ岳グランデフットボールクラブという、2001年に同じ名前で立ち上げたんですけれども、
そこのところに戻り、今は代表ではありますが、息子のほうが監督となり、やっています。
息子さんもサッカーに関わっているということなんですね。
ちなみに、結婚されてお子さんができたのはこの試合に来てからですか。
1988年の5月1日、ペンションオープン。その年のちょっと前の4月18日に結婚式をあげて、即オープンという形で、
そして長男がその翌年に生まれ、今は長男が今度38歳、次男が35歳。
こんなことを言っているんですが、よく奥さんそんなタイミングで。
そうですね。ちょっと自分で言うのも変ですけど、うちの上さんは都会と言いますか、
僕は八王子でいつも馬鹿にされていたんですけれども、渋谷生まれの渋谷育ちで、
無職になってくださいとお父さんもお母さんも頭を下げて、もう散々怒鳴られて、
しかも渋谷で生まれ育ちましたので、そんな奴がたけにはいかさんと言われたけど来てくれたという。
頭が上がらないんですよ。
うちの両親も同じようなことがあるので、もう涙が出そうですけれども、
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そんなご家族にも支えられながら、ステンド・ハウス・デンさん、ノフトボールさん、
八つ形グランディさんといろいろな活躍をされている田畑さんですけれども、
これ以降の話はまた来週ということにさせていただきまして、
もう一曲ここでおかけしたいと思います。次は何をおかけしましょうか。
はい、ちょうどですね、アテネのオリンピックのテーマ曲になりまして、
実はこの年に私の方がNPOの組織を立ち上げて、北都市の市政、白州庁の市政管理者をするときの曲で、
非常に勇気づけられた曲です。ゆずさんの栄光の架け橋をお願いします。
はい、それでは聴いていただきましょう。ゆずで栄光の架け橋、どうぞ。
曲を聴いていただきました。今週は合同会社ノーフットボール代表社員の田畑雅宏さんにお越しいただきました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
山梨住宅工業株式会社では、一緒に仕事をする仲間を募集しています。
職場体験、インターンシップ、会社見学など、いろいろな方法で会社のご案内をしています。
社員募集要項などを詳しいことは、山梨住宅工業株式会社のホームページをご覧ください。
共に未来をつくりましょう。
この番組では皆様からのお便りをお待ちしております。
番組の感想、リクエスト、出演希望など何でも結構です。
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それでは北さんズバー、来週も金曜日の夕方5時にお待ちしております。
この番組は、競争力で未来へつなぐ企業、山梨住宅工業株式会社の提供で、八ヶ岳南北のコミュニティFM放送、FM八ヶ岳からお送りしました。
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