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ep.026-② 思考と体験の実感(おしゃべりの練習 後編)
2024-08-31 17:09

ep.026-② 思考と体験の実感(おしゃべりの練習 後編)

2024年7月15日収録


対話会/民藝→コーチング→日記本→PERFECTDAYS/同じ人たちが居る/この出来事は尊い/体験していた/何者でもないことへの肯定/刺さらない話/実感


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Aiさんによるあらすじ(内容に誤りがある場合があります)

「喫茶店作る作るラジオ」は、喫茶店開業を夢見るこうと友人メリが、ユーモアと哲学を織り交ぜて展開するドキュメンタリーです。今回のエピソードでは、こうがズームでの座談会をきっかけに、自身の日常とそこから得た気づきについて深く探求します。座談会では、民芸やコーチング、日記本、そして映画『パーフェクトデイズ』といったテーマが飛び交い、こうはそこから得たインスピレーションを元に、自分自身の体験と結びつけます。

彼が語るエピソードの一つには、かつて団地のテナントで喫茶店を開こうとした計画がありました。しかし、その計画は曲がり営業を考えていた喫茶店の閉店と団地内での競合店舗の出現によって頓挫します。この出来事に対し、こうは当時、笑い飛ばして終わらせていましたが、実際にはその背後にある価値に気づいていませんでした。

座談会で話題になった日記本や映画を通じて、彼はこうした日常の些細な出来事が実はとても大切であることに気づきます。日記本が多くの人に共感を呼ぶのは、読者が自分自身と同じような日常を他者の目を通じて見ることができるからです。また、映画『パーフェクトデイズ』は、主人公の目線を通じて日々の小さな出来事が豊かで意味深いものであることを教えてくれます。

こうした理解を通じて、こうは自分が体験した過去の出来事が、実は「何者でもないことへの肯定」であり、それが自身にとっての安心感や価値をもたらしていたことに気づきます。彼は、自分が特別でなくても、日々の中に価値ある瞬間があり、それが自分の人生を豊かにしていると感じるようになります。このエピソードは、日常の中に隠された小さな価値に気づき、それを大切にすることの意義を描いた一話です。


感想

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00:10
喫茶店つくるつくるラジオ 前回の続きでーす。
今、多分カットはしたと思うんだけど、 今、メリとはね、時間大幅にオーバーしてるねって話をしましたけども、
もう続けるしかないから続ける。 エピソード2に突入するんだけども、
エピソード2はね、6月… 1ヶ月くらい前の話なんだけど、
Zoomでね、ちょっとしたイベントみたいなのに参加したのね。
僕を含めた3人、AさんとRさんという方と僕と3人で、
なんか興味のあることを出し合って、 それについてただ単に語るみたいな、
そういう時間をやったわけですよ。 40分くらいそういう時間をやりましょうっていう会があって、
そこに参加したんだよね。
で、Aさんがね、最近民芸に興味があるんですよね、 みたいな話をして。
で、Rさんが、最近私コーチングの講座を受けてまして、
最近のコーチングは、なんか目標をつくって、 それに達するにはどうやっていけば達成できるよっていうことを話すのではなくて、
今自分はどうだっていうことを コーチされる人に気づいてもらって、
今を大事にするみたいな。
だから、なんか推論して未来を設定して 誘導するのはやめようみたいなことを習いましたみたいなことをRさんが言うわけ。
で、それを受けて、今を大事にするといえばみたいなことで、
Aさんがまたね、最近こんなイベント出たんですよって。
それはなんか本を読書のイベントだったんだけども、 講演会だったんだけども、
その人、講演会に出て、その喋ってる人が何を言ってたかっていうと、
最近日記本が売れているっていう、そういうことを話していて、
日記は自分を変えようとしない本だからなのかなみたいな。
さっきのコーチングの話に関わってくるわけ。
推論して未来を設定してそこに向かっていこう。
そうなっていかなければならないっていうことではなくて、
日記はそういうことが書かれていないから、
要は変えろと言ってなくて、変えなくていいよ、 変えろと言ってないから売れているのかなとかね。
そこでアールさんが、最近パーフェクトデイズっていう映画を見ましてね。
それはただのオッチャンが、トイレ掃除人のオッチャンの日々を描くっていう映画なんだけども、
03:03
役所工事さんの有名な映画なんだけどね。
ただそれを見てたら、日々の小さな変化がその人にとっての出来事だから、
その人の目線で見るとすごく大きく描かれるというかね。
で、ちっちゃい変化もその人目線で見ると変化に気づくっていうようなやり取りがあったわけですよ。
やばいなあ。
僕はここで2つのことに気づいたの。
ここが、そういうことかなっていう気づき。
はい、ここね。
小気づき1。
日記本。
日記本が売れている。
これ確かに、変えろっていうことを強要してないよね、日記本は。
だから共感もできるし、それで売れてる。
日記本っていうのはあれ?
作者の人が書いた日記を本にしてるっていうもの?
そうそうそうそう。
だからエッセイよりももうちょっと普段着に近い感じなの。
っていうのが今流行ってるらしいのね。
当たり前のこと言うけど、
僕は後からその時は思いつかずに、Aさんにマウスさんにもこういうことじゃないですかって言えなかったんだけど、
結局いろんな人の日記本って日々のことが書いてあるだけだから、
結局自分の書いた日記を書いてたとすると、それとそんな変わりがないわけじゃない。
日々のことが書いてあるだけだから、なんか特別なことが書いてあるわけではないので。
だから自分のことを相対的に見て、
自分と同じ人たちがいるっていうことを日記本を読むことによって感じられるのかなっていう。
これってやっぱりちょっと安心するんだよね。
自分のケアにつながるというか、
自分みたいな人ってたくさんいるんだなって思うことってとっても心安らかになるというか。
そういうことがあって売れているのかなっていうことに、後から僕の中ではそういう言語化ができたっていう感じ。
正気月2、パーフェクトデイズの下りなんだけど、
そういう流れの中でパーフェクトデイズの話題が出たんだけど、なんか僕は日記本とうまく連結できなかったんだよね。
06:01
何だろう、言ってることは似てるんだけど何が違うんだろうと思ったら、
パーフェクトデイズの話は、その主人公に自分を完全に置き換える。
日記本みたいな作者を相対的に見るのではなくて、
映画の方の場合は、いわゆる作者の中に入っていって世界を見ることを体験する。
そうすると、その人になりきればさ、
今日のご飯はおいしいなっていうこと自体もすごく豊かなことじゃない。
だから日々の小さい出来事が自分にとってかけがえのないものであるっていうことに気づかさせてくれるのがパーフェクトデイズ。
似てるけど、両方とも世界には自分みたいな人がたくさんいるなっていうことでも安心できるし、
自分が今日々感じていること自体も、これは自分にとってっていう考え方をすればとっても大事なことだよなっていうことに気づかさせてくれる。
相対的なものと主体的な見方を両面から、自分ってこれでいいんだみたいなことを感じさせられる回だったなっていうことに気づいた。
まあなんとなくね。
これを気づき一気づき二を得たときに、僕はね、エピソード1のことを思い出してたんだよ。
ちっぽけなことだったんだよ。ちっぽけなことというか僕の中ではクスッと笑えることだったんだよね。
ランチのことと曲がりが同時になくなったことがクスッと笑えることで、
結局でもそれを本に出ないなってその時勝手に思ったと。
でもそういうことを書いてる本を見つけたときにすごくいい気持ちになってその本を読むことができたのは、
この日記本と映画で感じたことを感じてたんだなっていうことに気づいたの。これわかるかな。
だから、こういう人たちが他にもいるんだっていうことと、
僕にとっての日々の出来事は何か価値がないものではないんだっていうことに気づくみたいなことを、
断片的なものの社会学っていう本をすごく心安らかに気持ちよく読んだ。
09:01
その体験の理由は、今回のこの気づきだったんだっていうこと。
みんな自分と同じだっていうことと、一個一個はかけがえのないものだっていうことを言葉にはできてなかったんだけど、
体験として体がそう感じていたから、非常に心地いい読書になったんだなっていう。
何者でもないことへの肯定だよね。
これは本にならないなって思った時点で、僕は何者でもないから本にはならないなっていう考え方をしてたんだけれども、
断片的なものの社会学は何者でもないことへの肯定をしてくれてたはずなのよ。
肯定をしてくれてたから僕は何か心地よく読めたんだけど、
その時は何者でもないことへの肯定をしてくれたとは感じてはない。
そういうふうに認識はしてないってことだよね。
たぶんね、言葉としては認識してなかったのを、今回のAさんとRさんのやりとりの中でそれを言葉として認識ができたっていう話。
全然刺さってないし、26分だし、もう。
まずいなこれ、どうしような。
読書会で発表するのはどうしような。
読書してる人はわかるというか、もっと理解力があるかもしれないけど。
一応最終的な大気づきがあって、今回のAさんとRさんとの座談会では、
ある種知識としてというか認知としてこういうことなんだっていうのに気づいた。
でも僕は2年半前に体験をしていた。
もしかしたらその体験がなければ気づいただけでは、
なるほど、日記本が売れてるのは相対的に自分を見える方だね。
あの映画が良かったのは自分にとって置き換えられるからだね。
自分にとってのちっちゃな出来事が大事な出来事として捉えることができるからだねっていうことを、
理解はできてたんだけど、理解をしただけで終わってた可能性がある。
だけど僕は2年半前に体験をしてるのよ、それを。
12:07
理解はしてなかったけど体験をしてたのよ。
だから今回の出来事で、いわゆる理解、思考と体験が合体したのよ。
だからね、もうすごい実感を感じたっていう。
これか、みたいな。
そう、思考だけでも多分わかった気になってるパターンだったし、
体験だけではなんか気持ちいいんだけど、これが何かがよくわからないっていう不思議な感じだったのが、
これが合わさったことによって最強っていうね。
体験と思考が合わさって最強な気分っていうことになったっていうのが、
大気づきっていうのが最終的な結論。
全然じゃん。
とはいえ、これラジオ的にもう今回終わらせなきゃいけないので、
メイリちょっと最後閉めて。
これ難しい。
いやー、なんか結局前にこういう話、
なんていうの?
おうさんの体験と考えてることを話す回だから、
構えて一応聞いてたんですけど、
構えて聞いたけど、
でも、ちょっとそこが私の想像に追いついてなかったからだと思うけど、
何が来るんだろうみたいなね。
ここからわかりやすい結論とかのオチが来るのかなみたいな、
そういう期待感を持ちながら聞いてしまったのもなんかダメだったかもしれない。
なんか嫌い。
そうか。
2人ぐらいはね、この話を聞いてね、
わかるよって。
こうさんわかるよ言いたいことあって言ってくれる人がいる。
いると思いますよ。
なんか私も全然わかんないとかじゃないけど、
なんか結びつけがエピソード1と、
特に1の方の感想と2との結びつけがね、
あんまりあれなんですよ。
なるほどな。
だから思考と体験が僕の中でイコールのものだったっていうことが、
15:05
うまくまだ伝わりきれてないってことだよね。
イコールだったんだよ。
そこがなんでっていうのがあんまりクリアじゃない。
体験。
これどうしよう。
面白いな。
私のせいかな。
じゃあ、こういう回にしてみよう、これはあえて。
わかんない。
多分、編集でちょっと余分な部分を省くから、
少し聞きやすくはすると思うけども、
最終的に僕の話し方の伝わらなさがよくわかる回として出す。
だから今、そうやって聞くともっといい話し方できるなって思うし、
それをまた話し始めちゃうと本当に終わらなくなっちゃうから、
だから話さないので、話せなかった回だな。
でも10分では無理だな。
難しい。
でも目測30分はだいたい合ってたでしょ。
自慢するわけじゃないけど、20分にはできそうな気がするんだけど。
ということで、皆さん、今日お付き合いいただいた方は本当にすごい体験をしましたよ。
こんなことでもポッドキャストは成り立つんだよっていう。
みんなもポッドキャストやればいいのにっていう、そういう回でした。
ここまで聞いてくれた方はどうもありがとうございました。
また、懲りずに来週もよろしくお願いします。
さよなら。
さよなら。
17:09

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