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ep.017 興味を持つための小説
2024-06-26 25:58

ep.017 興味を持つための小説

人見知り?/人に興味がないのでは?/多様さへの想像不足/256色の引き出し/小説なのでは?/知りたい欲求を持ちたい欲求/知りたいと思うために知る/実践の場/喫茶店


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〜Aiさんによるあらすじ〜(実験的試み)

※このあらすじはAiさんによる「このあらすじを読んだらラジオを聞きたくなるようなあらすじを書いてください。」と依頼して書いてもらった内容です。Aiによる一つの解釈であり、実際の内容と違う部分があることをご承知ください。


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「マスターに向いていない?人見知り克服への道」

このエピソードでは、喫茶店開業を夢見るコニカド二カさんが、自分の人見知りについて深く考察し、どう克服していくかを模索する姿が描かれています。友人のメリさんとの対話を通じて、リスナーに共感と新たな視点を提供します。

人見知りの根本原因

コニカド二カさんは、自分が人見知りであることが、喫茶店のマスターに向いていないのではないかと感じています。特に初対面の人と話すのが苦手で、人に興味を持てないのではないかという自己分析を行います。

興味を持つことの難しさ

メリさんは、初対面の人に対して興味を持つことが難しいのは自然なことであり、知らないことを知る好奇心が人間には備わっていると励まします。初対面だからこそ、未知の相手から新しい発見があるはずだと指摘します。

薄っぺらい人生からの脱却

コニカド二カさんは、自分の人生が薄っぺらいと感じており、知識としては人それぞれが異なると理解しているものの、実際に体感していないことを反省します。過去の自分は物事を一面的に捉え、他者を深く理解しようとしていなかったと語ります。

小説を通じて他者を理解する

彼は最近、小説を読むことで他者の深い感情や心理を理解しようと努力していることを共有します。具体的には、Netflixの映画「生欲」とその原作小説を比較し、小説の方がはるかに深い人間理解を提供していると感じた体験を語ります。

喫茶店と創作ビジョンのつながり

エピソードの後半では、喫茶店が自身の創作ビジョンを実現する場として機能することを認識します。喫茶店のマスターとして、人々と深く交流し、他者の考えや感情に触れることで、自分の人生を豊かにする機会になると考えています。

次回への期待

最後に、コニカド二カさんは引き続き小説を読み、インスタグラムに感想を投稿することで自己観察を続けると宣言します。リスナーには、彼の成長と変化をフォローし続けるように促します。

このエピソードを通じて、コニカドカさんの人見知り克服への挑戦と、自分の内面を深く掘り下げる姿勢が、多くのリスナーに勇気とインスピレーションを与えることでしょう。ぜひお聞き逃しなく!


感想

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00:00
人見知りの人は、必聴、ぜひ聴いてください。さよならー。さよならー。じゃあ行くよ。喫茶店つくるつくるラジオ。パーソナリティは喫茶店コニカドニカ店主予定のこうと、友人は話し相手のメリです。
はーい、始まりましたー。始まりましたー。
前回の続きを話していきますけども、前回何を言ってたかというと、人見知り。僕は実は人見知りでマスターに向いていないんじゃないかっていう話でですね、でもメリは言ってくれました。いや、それはもうしょうがないんじゃないの?と。
馬鹿像踏んで鍛えていけば身につけていくもので、最初から理想的な状態に近づけるのは難しいんじゃないの?って話をしてくれまして、まさにそうだなと。間違いなく経験が一番。
まあ少しでもね、喫茶店やる前からそういうことをね、上げていければいいなっていうふうに思ってまして、僕の人見知りの根本にあるとこは何なんだっていうことを自分なりに考えてみたんだけれども、
人見興味がないんかなっていう。これ割とね、ちょっと致命的だって考えたこともあって、人と初対面で話したとき、技術としてね、上手な人はすごく上手で、
多分これは技術だろうなって思う人もいるんだけど、なんか自己紹介みたいなことを兼ねて、最初はさ、やっぱり初対面だと、え、何何、何されてるんですか?みたいな話で、すごくいい質問をどんどん投げかけてくれるんだよ。上手な人って。
それに身を任せて、自分のことを話していると、いつの間にかキャッチボールが生まれていて、すごく良くなっている。技術として正直身につけられている人もたくさんいる。それもすごく大事なことだし、ある一定の技術は必要だと僕も思う。
僕はそれがあんまり上手じゃなくて、それは単純にもっと技術をつけろって話でもあるんだけど、それ以前に、僕この人のこと興味がないんじゃないかっていう。だから聞きたいことがどんどん出てこない。
まあ、それありますね、でもね。
03:19
でも、自分以外の人は基本的に、特に初対面の人だと、なおさら自分の未知じゃないですか、相手がどんなことを考えてて、どんな生活してて、どんなことを言ってくるかなんて、もうわからないじゃないですか。
で、基本的に、人間は知らないことに対しての興味っていうのは持つと思うんですよね。だから、それが話を聞いてみて、面白い人だったかじゃなかったかっていうのはあるかもしれないけども、とりあえずでも初対面だと、どっちにしても知らないことを知れるわけじゃないですか。
だから、余計にそこのへんは気にしないで、知らないことを知るっていう観点で質問してみる。そしたら話はつながるような気はしますけどね。
いや、ほんとにそう。だから、誰しも人は自分と違うんで、自分の知らないものを知りたいという欲求はあるのではないのかと。そういうことですよね。
だから、私は逆に初対面のほうが聞けることはたくさんあるんじゃないかなと思っていて、そこであんまり気が合わないなって思うことを知ったあとで、継続してその人とコミュニケーションをとるっていうのは難しいかもしれないけど。
そういう場合は、デキンにすればいい。
いや、あのね、そうなんだよ。ちょっとそこに僕は気づいていて、じゃあ僕は結局人に興味を持てないってことは、知らないものを知りたいという欲がないのかっていうとこなんだけど、ここなんだよ。
はいはい。
たぶん知らないものを知りたい欲はあると思う。あると思う。あると思うんだけど、こんな知らないものがあるっていうことをあんまり体験してこなかったので、
そこに広がる知らないことの楽しさみたいなものを感じ取れてないんじゃないかっていうことを、最近思っております。
06:02
最近思ってるってことは、でも最近は知らないことを知るっていうことが面白いと思い始めてるっていうことですか?
やっとですよ。だから僕はね、非常に薄っぺらい人生をね、非常に薄っぺらい人生を送ってきてるというのを本当に感じてまして、ごめんね、そんな薄っぺらい人生を送ってる人の部下だった時期があったっていうこと。
そんな薄っぺらい奴が上司だったのかみたいなことは本当に申し訳ないんだけど。
まあでもね、もうね、今更ってことは使っちゃダメだけど、さっきも言ったけど、会社辞めてが5年前、本を読み始めたのが3年前。
会社辞めてワーってなって、本を読み始めてワーってなって、最近もう一段階ワーってなってて、それが今回の話なんだけど。
あのね、頭では、知識としては、人なんて自分と違うものだから、違う考えとかいろんなことがたくさん違うものを持ってるのは当たり前だから、そんなのがもう世の中中人の数だけ転がっているっていうのは知識としてはわかってる。
でも、体感としてそれを感じてないから。薄っぺらい人生っていうのをちょっと違う言い方ですると、すげえ一個わかりやすい言い方で言うと、
僕割とね、会社辞める47歳、これ本当にバカじゃないって思われると思うけど、若い人が聞いても、正義って一つだと思ってたのよ。正しいことって一つだと思ってた。
僕が47歳くらいまで割と結構ね、意識もせずそう思ってた。正しいことは正しいみたいな。正義は正義みたいな。正論は正論だみたいな。
だから今で言う論端みたいなことに多分傾倒してた。そんな意識は全然自分ではないんだけど、そういうものだと思っていた。
だから人と会っても、多分自然と勝手に、この人はこういう人なんだなみたいなことを割と早い段階でジャッジしてるのよ。
いいとか悪いじゃないよ。こういう人なんだなっていう。で、もうそうだと思っているという。その前提で接してたり話をしてたりしてて。
で、上っ端の部分ではそんなにやっぱり間違えることもないので、それによってね、何か大きな失敗とかね、挫折も僕は運良く味わわなくきてしまったのよ。
09:09
なんか変に大きな時代を踏むこともなく、いやもしかしたら時代を踏んでたかもしれないけど、踏んでる自分にも気づかずに生きてきてしまってる。
だからその人が違うっていうのをわかっているんだけれども、体験してないっていうのは、僕はそうであると勝手に決めつけているので。
その決めつけているっていうのは、実は自分の頭の中で考え出せられる引き出しの中から選んで出してるだけの話で。
実はもう僕は10人トイロでジャッジというか、この人はこういう人だって判断しているつもりなんだけども、もう完全に自分の引き出ししか使ってない。
256色ぐらいしか使ってないみたいな。
難色中だ。
256色ぐらいで色分けしてたみたいな。そういうことを多分やってたんだなっていう風に。
考えるようになってね。
それを気づいたきっかけがね、
簡単に言うとね、映画とか本を読んだりして、その感想を言い合うみたいな場面があるじゃない。
ネットでもそういう批評みたいなのが載ってたりとか、映画批評とかさ、本の批評とか載っててさ。
そういうのを見読むと、なんかすげえなって毎回思うのよ。
自分が同じ映画を見たのに、あらすじはたどれるよ。
こういうあらすじでこういう起承転結があって、最後こういう伏線回収をして、こういう結末になった。
面白かったは自分でも感じられるんだけど。
なんか批評する人たちってさ、そこにある人間の考えてる人間の心の真理みたいなのが実はこう隠されていて、
それによってこういう行動を実は主人公はしていたとか、
あの行動は実はこういう過去の出来事につながっていたみたいな、
その伏線回収とかそういうことではなく、人間の奥底をたどっていって感じるものがあって、
それを批評とかそういうのでみんな出していたときに、もう全然無理と思って。
こういうことを言える人たちは、何をしてきたんだって思うわけよ。
12:06
文学ですよ。小説、詩、エッセイ。
だから僕も小説は本を読むようになって、働いてるときってさ、
結局何のために読むのか、その本を読むことによってどんな成果を得たいかみたいなことを考えがちになるので、
結局いわゆるスキルアップ本とか自己啓発本とかビジネス本というので、
これを読むことによってこれをマスターできるみたいな、そういうのに走りがちで、
小説ってフィクションでしょみたいな、作り話でしょ、
そうやって想像ができる、そういう考え方っていうのは。
僕そうやって強く思ってたわけじゃないし、実際本を読み始めたときも、
小説は小説で面白いなっていうふうに。
ただ実際本を読み始めてどんどん興味がある本っていうのは、
文学はやっぱり二の次になっちゃうのよ。
ビジネス本とか自己啓発ではないけども、
さっきの研究した本とか哲学の本とか、
宗教の本とか歴史の本とかそういうのに行って、
なんかやっぱり知れた。
そういう事実とかそういう研究のことを知れた、
僕の知らないことを知れたって感動を覚えていたんだけども、
今ふとさっきの話、そんなことをやってそういう喜びを得てるんだけども、
そういう世界を知ったからといって、
さっき言った映画を見たりしたときに、
違う視点で物事を見るみたいな、
人の違う感情から物事を見るってこと、
やっぱり全然できるようにならないなって思ったときに、
よう考えたらさ、
そりゃそうなんだよ。
小説を書いてる人って、
そこを考えて考えて考え抜いてね、
もういろんな自分の経験もして、
自分の苦しいこととかっていうことの自分の体験も含めて、
いろんな想像力をしのほど働きかけて苦しんで苦しんで、
絞り出しているのが小説であって、
ある成功者の人がさ、
成功の自分のことを語る本みたいなのがあるじゃん。
それは多分自分のことを語ってるんだから、
その人のことを一番よくわかってるものはそれだって思いがちじゃん。
でもその人は決して自分のことをね、
深く読み取る、ビジネスで成功してるかもしれないけど、
自分のことを深く読み取って、
それを言葉にすることが長けてるかどうかっていうのはわからないじゃん。
15:00
だから自分のことを語っているからといって、
それが人のことを最も深く語られているかどうかとは限らないのよ。
チヘドを履きながら小説というものに向かい合ってる人たちの人の方が
作り出すものの方が本当の人間を語っているっていう。
だから僕ね、やっぱり出会う人、
この人なんか面白い言い方するなって思う人はね、
読んでんだよ小説を。
で、小説によって本当に深いところまで逆どもった
他者の中身みたいなことに触れることによって、
本当の意味での他者は面白いっていうことに気づくのではないのかっていう。
そうなった時に僕は初めて他者に興味を持つのではないのかって。
どう?この結論。
今のところはまだそうなってないってことなんですか?
僕は4月ぐらいから小説モードに入って。
ほんと最近なの。
小説とかエッセイとか、もう52歳よ。
今からかって思いながらも。
最近読んだのは、これは非常にメジャーな小説なので、
内容を言いたいから言うわけじゃなくて、
性欲っていう小説を読んだのね。
非常にこれ、人の中身のことが書いてある本なんだけど、
これを読み終えて非常に面白かったのよ。
そういう人の中身、人が何を考えているのかっていうのは本当に分からないっていうことも
一つのテーマになってくる。
より深くのめり込んで読めってすごく面白かったんだけど、
映画があるんだよ、この性欲の。
ネットフリックスでその映画を見ることができるので、
小説読み終えて、よかった、なるほどって思った感じで、
映画を見ようと思って。
映画を見たら、やっぱり2時間の中で収めなきゃいけないから、
なんていうか、
映画だけを先に見たら、
映画は絶対面白いって感じたはず。
映画は面白いって感じたけれども、
でも僕がもし映画しか見ていなかったら、
やっぱりね、この人はこういう考えのもとでこういうことをやってるんだなっていうことは、
自分なりには考えただろうけども、
その多分20倍ぐらい深いことがこの小説の中では語られているのね。
18:05
ああと思って、
映画は悪いとは言わないよ。
映画もいいこと、映画を見ることもすごくいいことなんだけれども、
結局、僕のたどってきた人生は、
例えばで言うこの映画だったんだっていう。
ああこういうことだねって分かったつもりでずっと生きてきたっていう。
ということでね、
僕はもう今、小説を読みますっていう宣言の回です、今回は。
そうですね、小説、そうですね、想像力を働かすことはできますしね。
それで、
それを、そうですよね、そうすると多分いろんな物事に対しての感動とかそういうのも変わってくると思いますしね。
でも実際にいろんな人に会うっていうのもやっぱり大事ですよね。
小説はやっぱり、小説でもちろんいろんな感情を語って想像してっていうのはありますけど。
僕は本当に落とし穴にかかっちゃいけないのは、リアルの人に会っとけばいいってなっちゃダメだって思ってる。
人に会うことが、要はそういうことを知ることだっていう。
だってそんな深い話をね、何人とできんねんっていう人生の中で、
だからね、マスター、本当の僕は素敵だなって多分わかんないけど、マスターはね、
なんかさ、そういうことなんだなって。
マスターになることこそ、そういうね、いろんな人の、わかんないですよ、お客さんがどんどんどんどん自分の心のうち話してくれるかどうかわかんないけども、
そういうことを知れる機会にもなるし、もっとこう、それをいろんな話を聞くことによって自分のね、人生を深めてくれる経験にもなるんですよね。
いい。いいですよ。
あえて大きい声で言ってますけど、もう修読も終盤なんでね。
これちょっともう一回言うよ。
だからね、なんかさ、別に人のことをね、わかるようになりたいみたいな、人に興味を持ちたいっていうのは、
21:07
マスターになりたい、それ必要だからそう思うのではなく、やっぱり根源的なものだと思うのよ、それこそ。
やっぱり、人のことに興味が持ってる風になりたいやん。
わかる?
持ってる風になりたい。
さっきね、メリはね、ちょっとすごいややこしい話になってるけど、
人のことなんてわかんないんだから、わからないことを知る欲があるわけだから、そういう知りたい欲求っていうのはあるんじゃないですかっていう。
それは確かにある。
もう一個メタで言うと、知りたい欲求を持ちたい欲求があるじゃないですか。
なんかそういうものに興味を持っている自分みたいな、そういう人でありたいみたいな。
ということを考えると、それを知りたい、人のことに興味を持ちたいということは、
実はマスターへの道ではなく、前回ぐらいの話を持ってくると、
僕の創作ビジョン、僕の生きていく上での普遍的な何か問いみたいなものにつながっている。
で、メリが言う通り、マスターっていう場は、そういったものを高められる場でもあるんじゃないですかっていうことを考えると、
喫茶店が僕の創作ビジョンにつながるためのツールを試せる場であるっていうのは、
まさにそういうことなんです。
マスターとしてそういうことが経験ができる場所でもある、喫茶店。
こうやって話すことによって、見えてきたものもいろいろありますね。
そうですよ。これ、句点に気をつけろに立ち返っているからできているんだよ。
そんなことで、小説を読みます。引き続き。
どうしようかな。小説を読んだらインスタにあげちゃおうかな。
あんこのね、あんバタートーストをこうやってめくっていくと最後に本が現れたりしたら、
こうさんは今この本を読んでいるんだなっていうふうに思ってもらうっていうのもいいよね。
そこに小説も打ちつけてもらうとね。
その時に読んでいる本に影響を受けている可能性は高いよね。
そこをつなげられるかもしれないよね。
24:02
これさ、拙い自分を見つめるオートエスノグラフィーにもなっているんじゃないの?
なってるなってる。
やばい。繋がってる。
これ割と意図せず言ってるんだけど。
いい流れですね。面白くなってきた。
一方でね、資本主義的な数字にとらわれるっていう。再生数とか。
何でそここだ。
インスタグラムの登録者数とかに呪われている僕自身みたいだね。
っていうところもまだ完全に捨て切れてないので、
ぜひそういった拙い僕のオートエスノグラフィーをね、観察するためにインスタのフォロワーになるとかね。
そういうことも聞いている人はしてください。
こんなとこでしょうか。
そうですね。なかなか面白かったじゃないですか。
よかったよかった。
ということで、今回の収録はこれにて終わりたいと思いますので、
まずはめりーさんは東京大都会の中でも、
癒しの植物に囲まれたような環境の家が見つかることをまず祈ります。
次はもしかしたら新居で収録になるのか。
そこわかんないですね。どっちかな。かも。
そうだね。引き続きよろしくお願いします。
じゃあ今日の収録は以上になります。
聞いてくれたことありがとうございます。
また聞いてください。感想もお願いします。さよなら。
バイバイ。
25:58

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