00:00
思考の喫茶店へようこそ。
ここは、店長のつじり犬と愉快な仲間たちが、お客様と一緒に自分の思考を深めていく喫茶店です。
ちなみに、Maoが今まで行ったことある国で、どこが一番良かったですか?
いやー、なんかさ、
一箇所に何度も通うタイプの人間なんですよね。
だから、インドもすごい何度も行ってたし、長いこといたし、
さっき言ってたハマったニューヨークも、やっぱり5回とか行ってるんだよね。
しかも、1回のビジットが1ヶ月以上とか。
で、またそこに行きたいなっていうのが、逆にあんまりない人間なんですけれども、飽きるまで行くからね。
足場に尽くしてですね。
そうそう。だから最後にニューヨークに行った時も、もういいかな、みたいな。
そうなってから次行くんですね。
そういった意味もちょっと、あれなんだけど、
ただ、直近まで住んでたカリフォルニアは、やっぱりまだ行きたいですね。
非常に良いところで、気候が素晴らしい。
暑くもなく寒くもなく、激しい。
雨がほとんど降らないし、季節の変わり方がすごくグラデーションで、
急に暑い日が、急に寒い日が、っていうのはないんだよね。
ちょっとずつ寒くなってったな、みたいな。
気がついたら、あれ、冬なんだ、ぐらいな。
だけどフリース1枚着てれば大丈夫ぐらいの冬で。
へー、めっちゃいいな。
いいでしょ?
だから布団も1枚なのよ、基本的には。
で、また夏も同じで、なんとなく暑くなってきたね、
だけど長袖1枚着てても大丈夫かな、ぐらいの暑さなんだよね、サラッとして。
いいな、服楽だ、めっちゃ。
めっちゃ楽。
いいね。
ほんとに楽。
だからストレスがないんだよね。
たんまに雨が降ると、わー雨だー、みたいな。
雨が楽しい。
そうそう、珍しいから。
1回なんか嵐みたいになった時に、ウキウキしちゃって。
ちょっと見に行こうよ、雨とか言って。
危ないんだけど、雨が見えるところに行こう、みたいな。
群れに行くみたいな感じの雰囲気だから。
やっぱりそうなるとね、非常に暮らしやすいし、精神も安定しますね。
穏やかに暮らせるって大事だね。
大事。
毎日がいい日、みたいな感じで。
いいなー、家がいい日だ。
人間のこの精神的安定に気候って結構でかいに関わってるんだね。
03:01
関わってるみたいな。
日本ってね、普段派ですから。
だからさ、日本の人って天気の話題めっちゃ多いけど、
でも確かに、天気を話題にしたくなるぐらい変化が激しいんだよね。
今日中継。
だって今日の新潟、朝とかすごい雷雨で、雷も。
そうだよね。
雨風。
東北すごいよね。
そう、雷とかもすごくて、一瞬停電までなったくらいの雷で。
大丈夫だったの?
そう、で、ちょっと近くの道路とかが、川がちょっと小川ができましたみたいなくらいの水が流れてて、
でもお昼前にはピカーンって晴れて、暑いみたいな。
めっちゃ暑そう。
でも気温差がすごくて、今日は精神的に参ったなって話聞いてて思った。
参ったほうがいい。
後半、午後すごい疲れたもん、やっぱり。
わかる。
疲れるな。
雨降ってさ、で急にガーッと暑くなって、もうムワッとして、この、やめろーみたいな。
湿気が。
一番嫌なパターンだよね。
湿気もすごくて。
湿度ってきついよね。
ね、疲れるし。
きつい。
なんか年取ったら湿度がダメになってきたなって。
あれね、急にわかるよね。
なんかさ、子供の時ってさ、湿気が嫌だねとか言ってるから何の話?って思ってたんだけど。
確かに。
ある時、それを感じた時があって、これかーみたいな、ムワッとする感じ。
なんかちょっと吐きそうみたいな。
すごいわかる。
もう嫌だみたいな感じで。
そうですよ、本当に。
本当それで、私もずっとあっきー湿気嫌いって言ってたけど、わかんなくて。
嫌いなんだ。
昔から湿気になるとすごいだるいって言ってたんだけど、私全然わかんなくて、それこそ結婚したくらいまでは。
体丈夫なんだね。
だったのかもしれない。
暑さには弱かったんですけど、湿気がわからなくて、湿気は全然平気だったんだけど、
なんだろう、東京に住んでて、結婚して新潟に戻ってきたあたりくらい。
東京に住んでたんだ。
そうなんですよ、東京にちょっと20代の前半から、3,4年?4,5年?
東京のどこに住んでたの?
練馬です。
練馬くんですか。
うちも練馬ナンバーだったよ。
あ、そうなんだ、そんなとこで教室。
下町だよね。
で、それで新潟に戻ってきたら、急になんだろう、東京のカラッとしたのに慣れた20代前半から。
東京がカラッとしてんの?
新潟ってそんなに湿気としてんの?
結構やばいっすよ、新潟。
そうなんだ。
急になんか湿気としたのを新潟に戻ったときに感じて、まさにそれ、湿気だこれがっていうのを感じたら、
一気にダメになって。
そう、新潟、ずっと結構、年中通して曇ってるっていうか。
06:03
あ〜。
とか、結構雨も、台風はあんまり来ない、山にそれてあんまり来ないけども、
なんだろう、やっぱ雨っていうか、湿気思ったよりあるんだなっていうのに気づいた20代後半みたいな。
なんか面白いよね。天気の話もさ、確かによくするし、
なんだろう、でも日本人特有のコミュニケーションかと思ってきてさ、
なんかさ、暑いね〜ってさ、感じあえる感情があるじゃん。
雨だね〜でもさ、なんか絶対感情入るじゃん、お互いに。
今日晴れてんね〜みたいな。
なんか意外と、そのワードで会話してる?みたいな、ちょっと聞いてて思ってきちゃって、面白いなって。
共感度が高い、天気の話になるとね。
まあね、誰とでもできる話だよね。
もうその天気でなんか感情共有してるな〜みたいな。
会話の入り口だよね、もう天気の話って本当にね。
なんかワンクッションってかね、今日じゃあそういうテンションだね、私たち。
なるほど。
そうだね〜。
いや、確かにカリフォルニアにいた時、天気の話はしないから、
だってする必要ないもん。
いつもだいたいね、穏やか。
一定なんですもんね。
ちょっと待って、どうやって会話始めてたんだっけな?
気になるな、カリフォルニアの会話の入り口。
やっぱりこう、How are you?って聞いて、
大体もう、よほどのことがない限りは、I'm goodとか、It's goodって言って、それだけだよね。
じゃあ、なんとなくお互いのテンションっていうか、気分どう?みたいなところから入るんですかね。
そうだよね。
でも、How are you today?っていうのは必ず言ってるよね。
手帳指導みたいな。
そうそう。
それが日本人で言うところの、今日は雨だね。
今日は暑いね。
そういうことか。
そうだよね。
面白い。
日盛りウォークなんだ。
日本人は多分直接相手の状態を聞くのをためらうから、遠回しに天気からなんじゃないかな。
そっかそっか。
なるほど。
面白いね。
奥深しい聞き方だ。
それそれ、特有の。
日本人だけじゃない?遠距離に聞くのみたいな。
そうだよね。でも、最近どうよ?みたいなのを聞けるのって、かなり仲がいい相手だよね。
そうそうそう。
もう、親友レベルだよね。そこまで聞けるんだったら。
そんなストレートに聞けるのはね。
聞かないね。
じゃあ、だから天気だわ。
すごい天気。
そういうことだね。
面白いな。
ちょっと明日からそれ意識して会話してみる?
そうだね。
それ振ってこられたら、今日そういう感じなのかな?っていうね。
面白いね。
面白い。
09:01
そんな魔王だからこそ、ちょっと話したいなと思ってたのがね、その生きるっていう大きな。
これは、でっかいテーマだよね。
大丈夫?そんなに。
大きすぎる。そう。大きすぎるテーマなんだけど、あくまでここの喫茶店の趣旨は、自分にとっての生きるを考えてみて、お話ししてみましょう、みたいな感じなんで。
ただ、さすがにでかすぎるので、いくつかキーワード的なものを準備してまして、それが自由と豊かさと多様性の3つをピックアップしてみて、
こういう観点から見て生きるって、自分にとってどういうことかなっていうのが、それぞれみんなのお話できたらなと思ってます。
はい、ですけど。
でもこれさ、たぶん全部、私にとってはこれ全部同じことかな。
なんかその、生きてる目的って何?みたいなのが、すごい悩んだなっていうのがあって。
昔ですか?
そうですね。何なのかな?みたいな。結構難しい子供時代というか、別に何も難しいことないんだけども、肌から見たらすごく恵まれた状態にいたと思うんだけども、自分の中ではすごい憂鬱なわけ。
なんかこう、嫌な感じと思って、何だろうな、お遊戯的なことをしてる時もずっと憂鬱なんだよね。
今でも幼稚園ぐらいの時にさ、なんでこんなことしなきゃいけないのかなって。
結構早い段階から。
何の意味があるのかな、この運動会とかっていうのは。
暑いし、また暑いし言ってるけど、暑かったり寒かったり、付き合わされていろんなことをさせられるんだな、みたいな気持ちでいて。
何なのかな?みたいに思ってたんだけども、ある時に経験することが面白いんだろうな、みたいな。
いろんなものを見たいとか、いろんなところに行きたいとか、味わったことがない感覚を感じてみたいとか。
もっと言うと、すごく集中したいっていうのがあって、夢中になりたいというか。
例えばこう、私は漫画読むのが好きなんだけど、何が好きかというと夢中になれるから好きなんだよね。
没入感っていうか、多分そういう集中している時って他のことが考えられないから、つまり対象になっているものと自分が一体化しちゃってるわけじゃん。
12:10
漫画と自分というのではなくて、漫画そのものに入り込んでたりとか、
あと映画見てたら映画そのものにみんな一瞬入り込んでてとか、多分そういう夢中になることが一つのハイになるっていうか。
ハイとは集中であるっていうのを言った有名なアンドリュー・ワイルドっていう人がいるんだけども、
まさにそうだなと思って、きっとそういうことをずっと求めてるからいろんなとこに行くし、
豊かさっていうのは多分それができる自由なんだよね。
行きたいときに行けるっていうのはものすごい贅沢なことで、いろんな条件が整ってないとできないじゃん。
お金とか健康とかあらゆるものがある状態。
なかなかやっぱりそれは得がたいことだと思うし、
求めてるのは多様性でもあるわけじゃん。いろんなものが見たいとか、いろんな人に会いたいとか思っているわけだし、
自分もいろんなものになりたいっていうのもあるし、
結局そういうものをやり尽くすために生きてるのかなっていうふうに思ってるよね。
やり尽くす。
自分の中から出てきちゃうものっていうのがあって、
これを表現したいみたいな、例えばどうしてそういう色の服を着てるのかとか、
なんでその髪型にしてるのか。
自分らしさみたいなのをみんな表現したいわけじゃん。
それは中から出てくるものだと思うから、それをどれだけ出し尽くせるのかみたいな。
なかなか難しいんだよね。
あんまり自分を出しちゃいけないって思って生きてるし、
恥ずかしかったり、あるいはこんなことやっちゃって大丈夫なのかなとか、
特に日本で女性だとその辺はかなり抑え込まれてるところがあって、
そういうものからも自由になりたいみたいな気持ちが強かったし、今も強いと思うんだけども。
だから、つじり犬が、つじり犬ってかわいいね。
出してくれてるテーマ、私からするともう全部同じことの違う言葉みたいな。
そんな感じがしますね。
なるほど。
なんか、豊かさって、私、選択肢があることだと思ってて、
ジャンルはお金とか経験とか人間関係、時間とか、いろんな豊かさがあるけど、
でも結局、選択肢がないと等しくて、選べる。
15:03
選択肢が多ければ多いほど豊かって言えるのかなって思ってたんですけど、
でも自由がないと選択肢があっても結局選べないじゃないですか。
選択肢だけ提示されても、でも自由がないと結局選べなくて、
なんとなく同じように見えて、意外と豊かさは電気回路で、自由はスイッチみたいな、
両方ないと結局自分は満足しないんじゃないかなって思ったんですよね。
自由も考えてみたら、自由って何かなって思って、
自由に生きるとか、すごくいい言葉のように思うけど、
結局日本人だからなのかもしれないけど、周りの目を気にしたりとか、
あと人に迷惑をかけちゃいけないみたいな、
すごい小さな頃から擦り込まれてる大前提を前に、
自由ってどうやったらできるんだろうみたいな、すごく思ってしまって、
そんな本当の自由が何かもわからないまま、
自分らしく生きるって、すごくハードモードだなって思ってたんですよね。
私はあんまり、私も束縛されたくないとか、自由に生きたいって思うけど、
でもその自由をどうやって手に入れたらいいかわかんないって思いながら、
今まで生きてきたんですけど、
結局、自由に生きるってすごく大前提として、
いろんなものをクリアした上じゃないと成り立たないものなんじゃないかなって思うと、
気楽に自由にやりなさいなんて子供にも言えないし、
結局こうやって考え始めると、
自分で自分をどんどんがんじがらめにしてる感じがして、
もういいや、考えるのやめようって思った方がむしろ自由だったりするんですよね。
考えるのやめて、さっき真央が自分から出てきたものを表現するのが自分らしさだみたいな。
出てくるって考えてやるもんじゃなくて、もっと感覚的なものとか、
衝動的なとか、そういうことを一人で考えるんじゃなくて、
何か人と出会ったり、何か芸術に触れたりとか、
18:00
そういう出会いの中でしか得られない感覚から出てきたものじゃないと自分が自由になれないんじゃないかなって、
さっきしゃべってるのを聞いて思ったんですね。
確かに。それはそうかも。
面白い視点だね。
でも、結構海外経験豊かな人の話とか聞いてると、
中国とかインドとか、アメリカの自由がちょっとどうなのかはよくわかんないんですけど、
何か本当に自由なんだよみたいな、周りの目なんか全然気にしてなくて、
自分が好きなことやってる人たちが普通に、
老若男女関係なくいるみたいな感じが、
いくら聞いてもピンとこない。
想像ができるかもしれないけど、いつか自分がそうできるかって言われたら、
絶対できないんだろうなと思って。
だから自由に生きるって意外と難しくないって思っちゃったんですよね。
難しいことかもしれないよね。
昔聞いた言葉で、人は束縛されればされるほど幸せだみたいな言葉があって、
結構それも納得したんだよね。
自由ってすごい孤独でもあると思うし、
縛られてる、例えば家庭があるとか、子供がいるとか、
縛られてるというよりはやっぱり、
そういうふうに固まっていられる不自由さっていうのはむしろ安らぎなんだろうなって思うから、
今日どこにでもあなたは行っていいんだよっていうのって、
孤独でもあるなっていうのは思うけど。
なるほど。
家の中と外みたいな感じだな。
今話聞いててさ、すごい自由ってだいぶ自己責任だなって思って、
日本人はやっぱり周りの目というか、
集団での意識がすごく強いと思うから、
自分一人の責任で動くっていうのが周りの目から見たら、
お前集団の一人だろって、
集団の意識をまず大切にしろっていう目に見えない圧力がすごいと思って、
そこから抜け出しても自分一人の考え、責任で動きますっていうことに対して、
日本はだいぶやりづらいんだろうなって思うかな。
自由って言うけど、自由の中にも選択肢があって、
それを選ぶっていうことが自由なんじゃないかなって思ってるんだけど、
結局自分が選ぶことが自由の中に入るじゃないですか。
21:01
要は自分の意思かな、自由。
だから人の目を気にするのも自由だし、
何言われるのか知らんがなっていうのも自由だから。
知らんがな。
でもそれに一生懸命自分がやってれば、関係ないじゃん。
で、ミキは思うけど。
いいね。自由イコール自分の強い意思みたいな。
強い意思かどうかわからないけど、
自分が判断して選んだ道じゃん。
結局そうなんだけど。
それも一つの自由かなみたいな。
でもさ、芸術館に逃げたくなるときもあるんだよね。
それも自由だ。
そういうことだ。
それも自由だ。
それを含めての生きるなのかなと思って。
自由だから幸せなんじゃなくて、
また自由で自分が選んだ道を決めて歩めることは自由で幸せなんだけど、
でもそれに責任がだから一緒についてきて、
で、孤独も感じて、
で、悩んで逃げたくなったりもするっていう、
幸せと不幸せの部分を合わせて生きるってことなのかなって思ったね。
多分幸せだけの人っていないと思うんだけど、
でもいたとしてもそれって本当に幸せなのかなみたいな。
何の障害もなく生きてきた人って果たして幸せなのかなとか思ったりもするし。
めっちゃ深いね。
ね。哲学だわ、カテゴリーさすが。
そういう苦労、自分で選んで自由を手に入れた一方で苦労して、
で、またそれを乗り越えてっていうその繰り返しみたいなことをしてるからこそ、
その人として生きてる感みたいなのが出るんじゃないかなって、今すごい思った。
いやなんかまさにそうで、幸せって何っていう話になってくるんだが、
自分は最終的にインドでは仏教の勉強に入っていくんだけども、
すごいその幸せって何っていうのはよくわかんなくて、
何をゴールに生きてればいいのみたいなところがあって、
幸せの定義っていうのが、そこではピタッと自分に来るものがあって、
幸せとは裕福になることでもないし、快楽を得ることでもない。
美味しいものを食べたりとか、欲しいものを手に入れるっていうことではない。
だけどそういうものが幸せだと思ってるから、
24:02
いつまで経っても幸せになれないんですよっていう説明があって、
それは本当にそうだなっていうのは、幸せと思ってるものは全て不幸をはらんでるわけですよ。
例えば何か美味しいものを食べたけど、それは必ず食べ終わってしまうわけで、
終わりがあるじゃん。
物を買って手に入れて嬉しいって思うけど、
その手に入れた時が基本的にはピークで、その後はもう飽きちゃってるっていう。
だから全てはその瞬間はいいかもしれないけど、
その後に壊れてしまうとか失ってしまうっていう苦痛を必ず伴っているものだから、
幸せってある種の勘違いにしか過ぎないみたいな。
それが諸行無常っていうことになるんだけれども、
その説明を聞いた時に、
そうだよねって必ず置いていくっていうことは、
もう勝てないわけじゃん。
二度と若返らないみたいなこと自体が不幸だよね。
必ず死ななきゃいけないとかさ。
その中で幸せって何って思うと、
いろいろ説明はあると思うんだけれども、
思ってるのと違うんだなっていうのは感じてて、
自分なりにこういうことでたぶん充実していけるんだろうなっていうのを今やっているんだけれども、
話がまとまらないんだけれども。
それは結構難しいかなっていう気はする。
定義していくのがね。
間違えちゃうと案外変な方向に行くような気がする。
明確な定義をしない方がいいものなのかな、もしかして。
自分の中でも変わるもんね、きっと。
今と昔の幸せとかね、結構瞬間的なもんだよね。
生きるってさ、ずっと考え続けることなんだろうね、きっとね。
ってふと思った。
なんか考えて、自分なりの答えを追求し続けるのが人生なのかなってふと。
うーん。
人生。生きるから人生なんでしょ。
一本道じゃないってとこだよね。
自由ね、なんかやっぱ柔らかいイメージだよね、自由ね。
一本で固めるっていうより自由でフワンとさ。
なんかフワフワ、わたあめみたいなイメージ。
27:00
起点を作るみたいなさ、ぽんと、ひらめきに近いようなもの。
ぽんぽんぽんっていう浮かんできて、それをどうするか、またそれも自由みたいな感じになってくるけど。
前の尊敬の時にもちらっと言ったけど、あんまりガチガチに固めたくない言葉の一つかなって気はしてきた。
もうフワーって。
なんかたぶんね、子供の頃思い描いてた自由と大人になってからの自由が違う気がする。
それは全然違うね。
じゃあなに、子供の頃の自由ってどんな感じだった?
好きなことをやりたい、イエーイ、やるやる。
勉強したくないとかね。
ずっと遊んでるみたいな。
今とりあえずしたい、これ。
そんなイメージ。
お菓子を好きなだけ食べたいとか。
後先考えない行動。
後先考えない行動、まさに。
子供の自由ってね。
ほんとそれだね。
自由を楽しむためには結局すごい努力とか、
いろんな要素が伴わないと自由じゃないんだなっていうのは思った。
みきてぃの顔が。
難しいなって思った。
おかしいなって思って。
オタフくんみたいな。
かわいかった。
かわいいんだよ、みきてぃ。
辻りぬの話を聞いててさ、最初は自由にいろんなものがひも付いてるんだなと思って。
自由を持ってくるにはね、それを活かすにはみたいな。
でも最後の発言でいくと、逆にひもを持ちながら自由にくっついたひもを引っ張って生きていくようなもんかなみたいな。
伝わる?これ。
伝わる?
伝わる?
寄せようとしてる感じに。
あ、そうそうそうそう。
自由にくっついてたひもが逆にひもの先が自由で、だからひもを一生懸命束ねながら自由を持ってくる。
やっと活かせるぞみたいな。
っていうこと?
だから自由でいるためにはやっぱり勉強したりとかさ、
人と会ったりとか、いろんなこと経験したりとか、
そういうものが伴わないときっと自由って自由じゃないんだろうなって。
それでみきもちょっと前までそう思ってたんだよ。
やばい、自由の定義いろいろあるな。
ということはみきって今どんな自由を持っているの?
みきって今は脱して。
みきって今は脱した。
あ、脱したんだ。
そう思ったの。
だから今仕事が落ち着いてからじゃなきゃ友達とズームできないし、
飲みにも行けないって思った。子供持ちって。
だけど、それで自分にストレスがかかるぐらいだったら、
ちょっとずつ発散していって、自由を使ったほうが
30:01
後にも帰ってくるかなと思い始めた、最近。
なるほど。
そういうことか。
じゃあさ、こうじゃないといけないって思ってる時点で自由じゃないってことだよね。
そうね。
それはあるよね。
確かに。
だってさ、こうじゃなきゃいけないものって何一つしてないもんね。
そうそう。だから自分でハードルを上げてるだけだと思う。
いや、ほんとさ、人のことを言うのは簡単で、
なんかこうみんな、そんなに思い込まなくてもいいじゃんとかさ、
それやんなくてもいいんじゃないのとか、
そんなこと気にしなくてもいいと思うけどなとか、
そんなことばっかりだもんね。
それがいいほうに転がればこだわりがあるとか、
できる人っていう感じで捉えられるけど。
楽しんでればね。
でもそれで苦しめられてるとさ、
別にそんなに頑張らなくてもいいのになとか思うよね。
でもさっきマオンさんが言ってた、
結局こうしなきゃいけないって、
縛られてることによってその人が幸せって感じてれば、
それはそれでいいってことですよね。
そうでしょ、なんか羨ましいよね。
社会とか家庭とかにがっちりコミットしてるのを見ると、
自分にないものだなっていうので、
安心感があるんだろうなって思うよね。
うまく回ってるよね。
それができる人がいるからさ、
それを見てこっちもいろいろ思って気づくことがあったり。
面白い。
さっきの幸せって勘違いだよねっていう話も、
結構つながってくるような気がして、
幸せってこういうものって思ってる時点でもう自由じゃないし、
そこに束縛されてること自体にストレスを感じてれば、
それは幸せでもないし。
でもそういう、ああでもない、こうでもないって言ってること自体、
生きることのような気もするし。
考えることだよ。
そうやって悩んでるのが幸せな人もいるかもしれないし、
他人から見たら幸せそうだねみたいなね。
そうそう。
そうやっていろんな人がいろんな勘違いと自由を手に入れたり、
手放したりを繰り返して生きることの結果が生まれるのが、きっと多様性で。
多様性って結果の一つなんかなって思って。
でもその多様性を日本社会だと集団とか、
33:02
ここは思考の喫茶店。
対話を聞きながら考える時間を楽しむ。
そんなひと時を過ごしてもらえたら嬉しいです。
本日はいかがでしたか。
またのご来店をお待ちしております。