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2024-08-24 28:39

Order No.13 "生きる× Mao" 後編

今回も夏休み特別編🌻🍉☀️Mao&ミキティと一緒におしゃべり🫖

Maoにとって『生きる』とは?後編は『多様性』と『幸せ』からの『生きる』について🤔あなたの『生きる』『多様性』『幸せ』についても教えてね💁‍♀️


Maoの声をもっと聴きたい人はコチラ⇩

『 inter-view / 農的雑談 』👩‍🌾🧘‍♀️🔤

https://open.spotify.com/show/7MOnToqf9TS39qzpMaSXZ5?si=-03OkzJcQZWLWy7NTTkUPw


『 AGRI MUSIC RADIO 音楽で心を耕す 』

https://open.spotify.com/show/2RH6rk2TDVTj2gAhRvs8zp?si=9rBtFptdRFW85QDKGIalgA


『ザツオト』

https://open.spotify.com/show/5bojsEH9Ouj3d8SbFUnwbz?si=KuLT7wtWTC2XzNbgobkXYg



店長がMaoのこれまでの人生について興味を持ったキッカケの「小農ラジオ」Farmer's English初回はコチラ⇩

https://open.spotify.com/episode/1FTYq1pIOKphir9TmwGerQ?si=jHjWATs7SjyEqQ5Lq89jiw

00:00
思考の喫茶店へようこそ。ここは、店長のつじり犬と愉快な仲間たちが、お客様と一緒に自分の思考を深めていく喫茶店です。
さっきの幸せって勘違いだよねっていう話も、結構繋がってくるような気がして、
だから幸せってこういうものって思ってる時点でもう自由じゃないし、
そこに束縛されてること自体にストレスを感じてればそれは幸せでもないし、
でもそういう、ああでもない、こうでもないって言ってること自体、生きることのような気もするし、
考えることだよ。
そうそう。
でもそうやって悩んでるのが幸せな人もいるかもしれないし、他人から見たら幸せそうだねみたいなね。
そうやっていろんな人がいろんな勘違いと自由を手に入れたり手放したりを繰り返して生きることの結果が生まれるのがきっと多様性で、
多様性って結果の一つなのかなって思って、
でもその多様性を日本社会だと集団とかコミュニティの中で潰してしまいがち、出せないだけなのかもしれない。
実は潰れてなくて出せないだけで本人の中ではちゃんと生きてるのかもしれないけど、
だからいろんな多様性をテーマに今の人間社会だけ、日本社会だけじゃないかもしれないけど、
いろんな課題だ課題だって言われてるのかなって思うんだけど、
今の話をまとめると、自由でいいんじゃない?みたいなふわふわした。
捉え方さえもね。
綿飴ができた。
ってなっちゃうよね。
多様性って比較的新しい言葉っていうか、あった言葉ではあるんだけど、やたら言われるようになったのは割と最近だよね。
確かに。
そんなに使う言葉じゃなかったじゃんみたいな。
だからつまり多様になってきたんだろうなぁとは思うんだけど、
自分が子供だった頃とか今振り返ってみると、今の方がはるかに多様になったんだろうなぁとは思うよね。
排除されてますよね。
なってますね。
なったなぁっていう感じで、よしよしと思うんだけど。
よしよし。
よしよし。
締め締め。
うん。
03:02
今辻リーノも言ってたけど、多様性ってやっぱり結果の一つかなって、私も感じていて。
で、今こんだけ騒がれてるのって、そうしないといろいろやばいんじゃないかっていうところまで来たんじゃないかなっていうのが、思わないと思わない。
何がやばいの?
とか、この先のことを考えて、何かを進化させていくためにはやっぱ多様性っていうのは大事かなって、私は思っていて。
いくつかのいろんな選択肢みたいな感じでたくさんあって、
そのどれかがうまくいって、じゃあ今度それでみんなでやりましょうって大きくしていって。
またいっぱいいっぱいになったら、いろんな選択肢を作って、それに適応するものを選んでいきましょうみたいな。
そんな感じできっと進化ってしてきたんだろうなって思うから、
今多様性、多様性って言われているのは、いいものを選び出そうっていう意識が働いているのかなーって、なんとなく思って。
多様性も選択肢なのかなって、今ふと思って。
確かに。
みんながフリーズしちゃった。
いやいやいや、そうだなって今すごい考えてて。
ありがとう、考えてくれてありがとう。
私の頭の中では網田くじだった。
近いとは思うよ。
いくつかあって、その中の一つを選んでいく作業を今しているのかなーっていう。
面白いね、広がっていってもいいし、逆に狭まっていく可能性もあるよね、網田くじで考えたら。
これいらなかったねーみたいな。
新しい案を出してみたけどこれは違ったねーとか、今までの案違うかなーって思ったけどこのままでもいけそうだねーとか、そういう。
進化ね。
何かを新しく次の段階上げていくために必要なものなのかな、多様性って。
多様性もそうだけど、情報量のこの圧倒的な、これはすごい変化だなと思ってて。
2000年くらいからだと思うんだけども、インターネット以前、インターネット以後っていう。
あとはもう日に日に得られるデータの量が多くなっているし、スピードも早いし、要約もされていくっていうか、
06:00
もうYouTubeとかも見てられないって感じになってきてるんだよ。
ショート動画で本当に短いものをダーッと見て、なんだかもう理屈はよくわかんないけどイメージはなんとなくつかんだかなぐらいな感じで。
すごい脳が受けている情報量が全然違うんだよね。
10年前と比べてもだいぶ変わったなと思うし。
だから本当にメタな知識をすごくプロセスしなきゃいけないんだなと思って。
そういう時代ですね。
情報が本当に多いよね。
結局処理しきれなくなって、その多すぎる情報の中から、自分には迷惑がかからないことであればそれもいいんじゃないみたいな、
結果が多様性になっているのかなと思う。
今話し聞いて思ったな。
子供の頃って、やっぱり入ってくる情報量が少ないから、やっぱりこれはこういうもの、女の子はこういうもの、男の子はこういうものみたいな感じの、
そういうのが自然に誰に教えられるわけでもなくあった気がするんだけど、
やっぱり今のこの情報化社会で生きていると、そんな簡単に結論なんて絶対に出せない。
でも、自分が反応しなきゃいけない段階になったら、それもいいんじゃないって思えるかどうかみたいな。
ほとんどの人、すごく専門的な知識が高かったり、すごく賢い人だと、これはこう、これはこうって仕分けしていけそうな気もするけど、
そうじゃない。ほとんどの大衆みたいな人たちからすると、
まあいいんじゃないって思えるものが集まった結果、多様性みたいになって、
まあいいんじゃないんで済ませてたものが、まあ良くないしみたいな感じで突っ込み始めて、
今その課題に上がっているみたいな感じなのかなって思ってたんだけど。
だから結局、今後どう折り合いつけていくかも、
まあいいんじゃないって思える方にしか転がっていかないのかなって思ったりするんだよね。
それちょっとみき、情報量が増えていくのは今後もどんどん増えていくと思うんだけど、
その中から多様性ってなると、どっちが正解とかじゃなくて、
かなりたくさんある情報量の中から自分がどれを選択していくかっていうところになっていく。
その集めて、自分がこれだっていうのを集めた中で選んでいくっていうカテゴリーが、
09:04
その人によって違うから、その群ができてくるっていうだけの気がする。
世界が広がっていくのね。考え方によって世界の塊がそれぞれ出来上がっていくみたいな感じ。
そう、だから調味料もいっぱいある中で、私はこれを選ぶ。
私は和食派だわ、中華だわ、みたいな。
フレンチが好きだわ、みたいな。
調味料で例えた。
私ハーブソルトだわ。
ここは一択でしょ、ハーブソルト。
え、待って、この話通じるのすごいね。みんな受け入れれる?これ。
確かに。
すごいじゃん。
食べてるし。
お世話になってますね。
それどういうこと?誰も突っ込まなかったね、今ね。
普通にハーブソルトだよね。
ワンサイズじゃないよ。
まあそうだよね、いろんなもの並べられても結局自分が選ぶものは決まってるし、みたいな。
自分がいろんなものを知ってる中でこれがいいなっていうのを選んで。
それがわかればいいでしょう。
それを集めていって最強に自分が作り上げていくのがいいと思う。
試されてるわけだよね、だからそんだけある中で、じゃああんたどうするの、みたいな。
試されてるんだから。
でも調味料もさ、人によると思うんだけど、私調味料並べられても結局1個選べないよね。
ああ、なるほど、なるほど。
それも多様性。結局砂糖と醤油とかいろいろ組み合わせて、何味かよく分かんない感じになったりする。
まあそれも人のペースがあるもんね。さっと選べる人もいれば、迷ったり試食しないと選べないとかもね。
それもコラボさせたことによって生まれる新しい味。
ハーブソルト?
そこでいいと思うんだよね。
それも多様性だと思う。
でも多分多様性っていうのは、たくさんあるっていうことを認識してるっていうことだと思うんだけど。
さっき辻井野が言ったみたいに、情報が少ないときはなんとなく、特に日本社会はそうだったのかもしれないけど、正解は一つしかないっていう感じ。
ただ正しいあり方はこうであるみたいなのが、結構はっきりある社会だなって思ってた時期があって。
例えば、まず結婚はしなければいけません。結婚したら子供は作らなければいけません。
子供の数は2人もしくは3人が正解ですみたいな。
その子たちはまたこうであるべき、こうであるべきみたいな、漠然となんだけど割とくっきりしてるよねみたいな。
これが多様性がない社会で。
ヨガを教えてたときに、結構インターナショナルなクラスっていうのが多くて、
その中でカナダで育った日本人の女性が、もうカナダに戻るとか言って。
12:01
どうしたの?日本は多様性がなさすぎる。
たった一つの生き方しか認められていないって言ってて、それめっちゃわかるなと思って。
よくよく突き詰めると一つしかないんだとか言って。
しかも片道列車、一回乗り遅れたら、もう乗れないのその列車に。
例えば就職とかも新卒のその年だけが就職ができて、もうそれ以外前後はないみたいな。
すごいことだよなっていう。
これはなかなかないよねと思うし。
もう一個思ったのは、多様であるっていうのは、自分と違う選択をすることも、
自分の選択と同じぐらい価値があるんだっていうことを認識してるってことだと思うんだよね。
ただその肌が白いのが美しいだけじゃなくて、何色でも美しいんですとか、
髪の色は黒じゃないとダメですって言ってたのが、その限りではないわけじゃん。
カーリーだったりとか、本当にいろんな色があり得て、それは別に等しいわけですよ。
何が優れてるわけでもないっていう。
そのことをいろんな国に行って、ただその国を味わってるだけじゃなくて、
その場でインターナショナルなグループにいるっていうのが自分にとって重要だったんだけれども、
そこでいろんな人種のいろんな言語を喋ってる人たちを一堂に返して見てみると、
自分が持ってた美とはこういうものですみたいな感覚がすごく強くあったのが何だったのかなみたいなのがあって、
例えば背が高い方がかっこいいみたいな。
でもそれってどっから来てるのかなとか、足が長いのがかっこいいとか、細いのがかっこいいとか、
よくよく考えると根拠がなさすぎて。
で、ヨーロッパの女性が、日本の女性って本当に綺麗だよねとか言ってて、
え、どこが?って思って。
一重まぶただし、背はちっちゃいし、みたいな。
え、それがいいんじゃん?みたいな。
肌とかもすごい綺麗だよね?とか言われて。
わからんな、みたいな。
そういうことをやってて、そこに結局優劣の差はなかったんだなっていうのを、
しっかり理解したというか、
私は多様性でそういうことじゃないのかなと思うんだけどね。
素敵。
深い。
多様性を認めることで、
そういう意味では、正解っていうものがなくなってくる。
15:02
まさに。本当そうだよね。
正しさとは何かね。
そう思うと、正しさって何だろうって思うよね。
だってその時正しいと思ってたことが後になって考えると、あれって何だったのかな?みたいな。
その時その時で正解変わっちゃうし。
ややもすると、正しさって人を傷つけたりもしてるわけじゃん。不必要に。
だけど絶対正しいと思えることも、間違ってると思えることもきっとあるわけで。
例えば、人を傷つけることはやっぱり良くないことだと思うし、
なかなか判断難しいんだけども、
それが多様性?
それが多様性。そういうことですね。
自分の正義を押しつけないみたいなね。
相手を尊重するかな。
自分と相手を平等に見るみたいなね。そういう感覚?
優劣をつけないっていうか、そこにね。
それって案外難しいもんね。
ですよね。難しい。
つい人をね、尊重するとかって、
尊がついてるから尊敬とかと類似して、上に見るとか、
なんかちょっと遠くに置いちゃうような感じがするんだけど、
でもあえてすぐ隣、全然違うし何も交わらなくても、
でもすぐ隣にいて、それぞれがちゃんと生きていればOKみたいな感じが多様性なのかなと思って。
そうだね。近くに違う機関との人もいていくよね。
そうそう。実際そうになっちゃってると思うよね。
実際そうなんだよね。そうじゃなかったんだけど、そうなってきたんだよね。
っていうふうに認識できてるかどうかがすごくでかいなと思う。
もう多分きっと周りを見渡してみれば、もう多様性にあふれてて、
何も正しいことなんて決めれないような社会にきっとなってるんだけど、
でも自分がそれをそうだと認識してるか、
いや世界はこうだって自分のこうじゃないといけないみたいなものに染まった目で見てるかどうかの認識の違いがかなり大きいんじゃないかなって思うと。
結構それは世界的にも戦ってる感じはするよね。
やっぱり多様でいいんです。人種は色々、セクシュアリティも色々、世界なんでもありみたいになってきて、
何が何だかよくわからないから、逆に古い価値観とかに逆行していく一定の層みたいな、
18:09
ものすごい保守的な原理主義的な考え方に行きたくなるっていうのは多分不安なんだろうね。
何が何だかもうわかんないじゃんみたいな。そんなこと言っちゃったらみたいな。
じゃあトイレはもう男女別々にしなくてもいいわけみたいな感じになっちゃうし、
それこそ何を着たらいいの?ってなってきたりとか、よくわかんないみたいなね。
なんか正解を欲しちゃう時点でも多様性はなかなか認められないんだろうなって思って。
多様性もケースバイケースじゃないですか。
同じ社会に生きてても、この人と私の中での多様性と、また違う人と私の中での多様性は全然違くて、
結局それをお互い尊重するってことは、その都度コミュニケーションを取って、
私はこう、あなたはこうっていう、でもお互いそれでいいよねっていう話に行くまでのすごく会話だったり、
なんか付き合いがないとその域に、やっぱり初めて会った人とそんな風にはならないんですよね、なかなか。
結局そういうのが、もうそれがすごくずらーっと人が並んじゃうと、
もう面倒くさいからひっくるめてこうでいきましょうみたいな感じの結論の出し方しちゃうと、逆行しちゃうんだろうなって思って。
でもそうしちゃいたくなる面倒くささとか、時間に追われた生活してるとそういう風に走っちゃいそうな気持ちもわかるし、
でもやっぱり相手と一対一の付き合いとか、何対何みたいなその集団の中でのその多様性だったりとかって、
そういう時間をかけたからこそ見えてくる世界もすごくいいなと思うし、両方わかるから、
なんか難しいなって。生きるの難しいなって。
どっちもありなのかもね。やっぱりさ、自分に似た属性の人たち、例えば今日は女性だけだけれども、それによる楽だなっていう感覚って絶対あるわけじゃん。
そこはもう否定できないと思うんだよね。年齢とかも近いとか、狭めれば狭めるだけある種の安心感っていうのはすごいあるわけで、
これここに例えば日本語を喋らない人が一人現れたら、もうすごく気を遣うよね。英語喋らなきゃってなって、頭をスイッチしながらみたいな。
でもその一方ですんごいいろんな人がいることが面白いっていうのもあるし、
どっちの世界観も本当にありというか、使い分けるって言う方変かもしれないけど。
21:05
使い分けですよね。バランス?
ダンジョン分けるなっていうのもちょっとそれもどうかなって思うし、
考えればわかることじゃって言いたくなるような話もなってくるよね。ルールとして決めたがる人って考えるのめんどくさいのかなって思ったりする。
こうだからこうでしょって言いたいんでしょみたいな。
考えればルールいらない場面もあるじゃんとか思ったりしちゃうタイプです。
そうだね、確かに考えるのめんどくさいじゃん、だからルール、それはそうかもしれない。
それって言い張れるレッテルみたいなルールという、それを行事したいんでしょみたいな思ったりすることある。
ルールって効率化だよね。
そうだね。
万人に浸透させる楽なものっていうかね、簡易的なものであったりするよね。
でも考えてることが一緒のようでニュアンスが違ったりとか細かいところで違ってきたりとかするのところを結局共有する必要が出てきたりとかしたときに、
それをする時間、考えを共有するためのコミュニケーションを取る時間があるかどうかでやっぱり最初にルール決めとこうってなるか、
もうその場その場でコミュニケーションしていけばいいじゃんってなるかみたいなのがあるなって。
そうタイプによる、私コミュニケーション好きだからそっちかなって思っちゃう。
そうじゃない人にとってはすごい苦痛だよねって思う。
そこもやっぱり多様性の一部に入っちゃうね。
共有している前提条件みたいなものが一緒だったらそれでもいけると思う。
まりまりちゃん方式でもいけると思うし、すごく育った環境とか年齢とかいろんな前提条件、バックグラウンドが違う人たちで揃っちゃうとやっぱりある程度の
今日はこれでいきましょうみたいなものがないと、何から始めます?みたいな。
結局お互い知るところから始まって、それはそれで楽しんだけど、もう終わっちゃったみたいな感じで。
ゴール設定がね、やっぱりずれてしまうのがある。
前提にしている条件があんまりにも違うと予測ができない行動を見るためになるかもね。
なんかさ、ヨガティーチャーになる時に最初に受けたティーチャーズトレーニングコース、これインドなんだけど、200人以上人がいて、世界中から人が来てたから、もうね、何言い出すかわかんないみたいな。
え、そこ?みたいな。ちょ、待ってみたいな。前提になっている条件が違いすぎて。
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確かにそういった意味でルール設定必要だね。そうじゃないともうめちゃくちゃみたいな。
世界平和のためにはね。
世界平和がまさに。
自分と同じタイプっていると楽だけど、私旦那は真逆のタイプを選んでるから、やっぱり平和にこの世界を生き抜くためには、そういう真逆の思考の人、大事って思ってる部分あるから。
多様性大事よ。
わかるわかる。
真逆ね。うちも真逆だけど。
わかるわかる。
え、そうなの?
そうだよね。
アブカンとウチグダは構成が似てるからね。
構成も似てるし、考え方も。
マルタちゃんの気持ちもちゃんと似てる。
ねえキティ、わかるよ、それやるやるとかね。
おもしろい。
聞いてる方もおもしろいみたいな。
いや、あの、公然と夫婦喧嘩できるのはすごいことだね。
すごいよね。
ほんと仲いいよね。
夫婦喧嘩してないでしょ、アブカンで。
なんか言い合いに遠慮のなさを見た時に、
なんかそのツッコミ鋭っとした。
あるある。
すごい仲いいなと思う。
ポッドキャストってさ、おもしろいなと思うやつって
だいたいそういう、夫婦じゃなくてもだよ。
仲がいいっていうか、お互いに言いたいことを言い合えてる関係みたいなやつだと
聞いてて楽だよね。
遠慮があるとさ、言いたいことを言えっての?みたいな気持ちになってきて。
なんでわかるんだろうね。
顔を見てなくてもなんで声でそういうのわかっちゃうんでしょうね。
ほんとだよね。
なんかでもトーンでわかるよね。
この人今自由に喋ってるなっていう時と
今日はあなたすごい遠慮してますねみたいな。
ちょっと気を使って喋ろうかな。
いいんだよ。今のままでいいんだよ。
それがいいって話をしてるわけだから。
やめないで。
イライラまでないようにちょっと我慢する。
それももう含めていいんじゃない?
なんかイラついて、この後喧嘩すんのかな?みたいな。
熱そう。
ニキティイラついてんなって。
場外乱闘がね。
もう録音プチッと切ってからちょっと!みたいな。
ひどい。
本当に止まりませんね。
こうなってよ。
本当ですか?
なってよって。
何の話だっけ?
多様性の話からね。
それも多様性だよね。
いろんな夫婦があっていいと思うし。
喧嘩しても全然いいと思うよ。
多様性を喋ったらさ、まとまらないよね。
まとまらないね。
そりゃそもそもそうなっちゃう。
まさにそれが多様性だからね。
まとめる気はないからね。
決めるもんじゃないよね。
まとめる気ないから全然。
それでいいんですよ。
そうだよね。
楽しいな。
27:01
ね。面白い。
多いですね。
なんか、最初にも言ったんだけど、
女子会的なのってすごい私には珍しくて、
なんかこう、男子プラス自分みたいなシチュエーションが多いんで、
めっちゃ楽しかったっすね。
よかったです。
また来ます。
ぜひぜひ。
また待ってます。
常連になってください。
嬉しいっす。
この喫茶店は一回ご来店くださったらもうみなさん常連なんで、
いつでも。
フリーパスになるわね。
フリーパスです。
フリーパスです。
サンタさんとかに会うとちょっと鬱陶しいな。
じゃあ、ちょっとずらして。
ずらして。
サンタさんが来たら私が相手しておきますね。
ありがとうございます。
素晴らしい。
ではではまたぜひご来店お待ちしております。
ありがとうございました。
ミキティもありがとう。
こちらこそ。
またね。
お疲れ様です。
お疲れ様。
ここは思考の喫茶店。
対話を聞きながら考える時間を楽しむ。
そんな一時を過ごしてもらえたら嬉しいです。
本日はいかがでしたか。
またのご来店をお待ちしております。
28:39

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