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思考の喫茶店へようこそ。
ここは、店長のつじりいぬと愉快な仲間たちが、お客様と一緒に自分の思考を深めていく喫茶店です。
主業だよね。
主業。主業だよ。だってさ、私さ、今までさ、結婚する前、子供を産む前は、自分って怒らない人間だと思っていたの、人に対して。
全く人に声を荒げない人間だと自負していたのね。
うん。
ところがどっこいだよね。
どっこい。
子供を産むとさ、自分の知らない自分と出会っちゃいますよね。
わかるわかる。
なんかさ、子供に対して言ってること、ほんとブーメランで帰ってこない?
帰ってくる。
わかるわ。
わかる。
なんかさ、こう、見てて、それは違うでしょって思うから、これこれこういう理由で、だから私はダメって言うんだよって感じで一応言うんだけど、
これ自分できてるかって言われたら、ちょっとなぁみたいなのも結構あるし、子供にものを教えるためにはやっぱ自分がまずちゃんとしっかりしてないといけないんだなっていうのを日々感じる。
そうだよね。
でももうこの歳になると直せないんだよね。
うん。
習慣とかね。
そう、だからもう今のうちに自分が直すには本当にすごい努力と気力が必要だから、
ほんとまだ若いやわらかいスポンジのうちの君たちには、今のうちにできるように、こう、なんていうのかなぁ、大人になって無駄な努力をしなくていいように、
今からやっておけっていうのをすごくね、言っている子供たちに。
そこまでちゃんと説明するの?
してるしてる。大きくなって、もう父ちゃん母ちゃんくらいになったら、さらにもっと歳をとったら、それおかしいよって言われても頭ではわかってて直せないからねって言って。
習慣づいちゃって、もう癖になってたり、もう自分の中でこれはこういうものだって根付いてしまったものは叩き壊すのは生半可なことじゃないからって言って。
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だからもう今勉強中の君たち、人生でも学習でも勉強中の君たちには、いくらでもこう直せる、容易に直せる下地を持ってるんだから、
母の話をちゃんと聞けって。
人生の先輩として、アドバイスとして聞いとけってすごく力説してる。
わかる。なんかほんとさ、自分が親からさ言われてきてさ、もうなんか全然聞きたくもない話とかさ、もう言いながら思い出すよね。
そうそうね、そうそうそう。言われてたわこれみたいなやつね。
だからさ、一回自分って大人になって完成したかなって。
若さのね、成長はあるけど、ある程度の形ってもう出来上がったかなって思ってたけど、子育てってそれをまた叩き壊す作業なんだなって。
なるよね。
修復中だよね今ね。
そうそうそう。今もう子供たちに言いながら自分も叩き壊されて。
見の目してる感じよね。
そう。で、子供たちは容易に直せる、少ない労力で直せることを、もう私たちは多大な労力を使って何とか子供と一緒に、なんていうか、直してるっていうか、
今そんな状態だなっていうのをひしひしと感じているんだよね。
そうだね。なんか身近に自分とは違う視点の存在が出てきたことによってさ、すごいいろんな概念とかさ、物の見方とかさ、いろんなものが揺るがされてさ、こっちも考えさせられてさ、正解が、今までこれだと思ってたものの正解がわからなくなってさ、みたいな、めちゃくちゃ試されるよね毎日。
ね、ほんとそれ。だからさ、私も昔は結構怒りっぽかったんだけど、それを結構フラットにしたんだよね。
それこそ、自分を確立したこの人は人自分は自分理論で、
この人はこういう考えだから、自分とは違うけど、この人にとってはこれが正解っていうか、これがいいんだな、OKOKみたいな感じで流してきてたけど、
まさに子供って自分から、女の自分から出てきた、ある意味全く同じではないんだけど、ある意味自分の分身みたいな感覚ってちょっとあるでしょ。
うん、ある。
もちろん自分とは全然別の人間だから、自分と全く同じ性格なわけないし、同じ感じ方、考え方するわけじゃないっていうのはわかってるんだけど、
どうしてもやっぱ10ヶ月お腹で育てて、出した子供だから、どうしてもやっぱなんか自分と違うところにすごく目が行っちゃうっていうか。
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逆に自分と同じところにも目が行きやすくて、同じところが自分がダメだなって思ってるところだったりすると、
いやもうこれは精神的にきついわっていうのを子供が大きくなればなるほど痛感してて。
ちっちゃいうちはまだまだ可愛い可愛いで終わらせられてたことが、子供も成長して自分の考えが持つわけじゃん。
だんだん自我が形成されてって、だんだん自分とは違う人間になっていくのを目の当たりにして、
あれ?おかしいな。自分と同じじゃないんだこいつ。あれ?みたいな。
混乱するよね。違うところもあるし、自分と似てるところもあるし、なんかこう不思議な感覚になるよね。子供見てると。
そう。だから本当に人生もう一回やり直ししてるような気分になって。
いいじゃん若返って。
ポジティブ。いいね、ポジティブ。いいよいいよ、若返ったことにしよ。
現実はさ、誰かがXとかで言ってたのを見たんだけど、もう主役は自分たちじゃないんだよね。
本当に若い子供たちがもう、この人生とかこの社会の主役なんだなっていうのがやっぱ、学校行事とか見てると思ってしまう。
から、なんだろう、若返ってるっていうよりは本当に自分の残りの人生を逆に考えてしまう。
そうだね、なんか自分の人生は自分の人生で、その中での主役はまだ自分だけども、やっぱりこう、地球上の生命体としてのさ、主役っていう感じだよね。
そうそうそう、社会というか、これから先の主役っていうか。
そう、だから何かの選択肢の時に本当自分のためっていうよりも、子供たちのためになることを考えるようになるよね。
なるなる。なんかもう、どうしても優先するのを自分ではなく子供にした時点で、もう主役は自分じゃないんだなっていう感覚が本当にわかるなと思って。
で、なおかつその子供たちを一人でもやっていけるように、うちらってやっぱりいろいろ教えたりするわけじゃない。
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将来困らないようにと思って、自分が知ってる知識をその年齢に合わせて、ここまではできるかなとか、考えながらちょっとずつ教えていくわけでしょ。
その教えるっていうこと自体も修行だし、子供の人格形成に関わる時点で修行だし、さっきも言ったけど、自分の倫理感を子供に与えるわけじゃん。
子供が自分で選んだ社会に出るまでは、家とか地域までしかいれない段階では、どうしても親の倫理が子供の倫理になるわけでしょ。
そうだね。親の行動を見てるし、説明するのも私たち自身だから、自分の考えで言うからね。
そうそう。それを思うと下手なこと言えないし、伝えられないし。
マジで本当に精神修行だなって。
向き合わざるを得ないよね、自分とね。
そう。きついよね。やっぱね、自分と向き合うって本当きついんだなって。
子供に対しては、自分は自分、他人は他人っていう、これがなかなか本当にうまくできなくて、自分の中で。
なかなかね、子育てって奥深いなって。
奥深いよね。
本当。子供を基準として、子供がこれから希望を持てるような未来でいてほしいと思うんだけど、
そうなると子供自身も成長するわけだから、自分も大人になるわけじゃん。
その時の大人のお手本、ロールモデルがまずは身近な私たちなわけじゃん。
って思うと大人になることにも希望を持ってほしいから、自分たち自身も生き生きとしてなきゃってすごい最近思うんだよね。
分かる分かる。
そう、主役は子供なんだけども、自分がそこから降りて、隠居すればいいっていう感じじゃなくて。
だからこそ、しっかり社会で地に味付けて、
労働的にやってる事務っていうのもちゃんと意識しなきゃなとか思ってる。
特に私なんかもう子供生まれてからは、社会とのつながりが本当に薄くなっちゃったから、
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なんか教えることが偏りすぎちゃってるなぁと思って。
昔の価値観からやっぱなかなかブラッシュアップできてないから、
なんかね、そういう自分の中の閉塞感を今まで全然余裕で、
オッケーオッケーって感じで、それでいいよ私って思ってたんだけど、
子供が大きくなりにつれて、自分も考えを更新していかなきゃいけないし、
そういう自分が大人になっても考えたり学んだりしてる姿を見せ続けなきゃいけないんだな、親ってって思って。
そうだね。
なんかね、終わりがねぇなぁなんて最近ちょっと。
確かに。
なんかどっかで聞いた話なんやけど、子供の耳に入る情報って、
それこそ10歳ぐらいまでか、もうちょっと10代の前半ぐらいまで、
いやもう早いかな、10歳ぐらいまではやっぱり母親の声がよく聞こえて、
やっぱり親の言うことを聞いてる、聞いてるというか影響を受けやすいんだけど、
ある10代入ると、もうそれが親の声じゃなくて友達の声になるっていうのがあって、
だから仲のいい友達とか、いつも一緒にいる友達の声がよく聞こえるってことは、
その声の影響をよく受けるようになるっていう。
だから親も最初の初期の教育っていうのかな、とか子育てには大事だけど、
ある程度子供が育つと、そこからはむしろ友達とか、一歩出た社会みたいな、
身近だけど、親のところにも帰ってくるけど、でもやっぱり外の社会との関係性の方が
子供に影響を与えるっていうのを聞いたことがあって、
だから今ですら話聞いてくれてる自信はあんまりないんやけれども、
分かる分かる。
ないんやけれども、でもそのうちもっと聞いてくれなくなるんやなって思ったらさ、
今のうちに伝えときたいことは言いたいなって思うし、
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自分の中の常識が打ち砕かれる感じで、
たぶんそのまま自分の子供が成長して、子供が見せてくれる世界で、
自分の考えも変わったりとか、世界が広がったり更新されたりする気がするから、
もちろん自分で外に出て、世界を広げるのももちろんありだと思うし、
それは自分が主人公の世界で、
子供は子供が主人公の世界の中でどんなものを見てるのかなっていうのを子供を通して知るっていうのが、
親は自分の世界と子供の世界と両方見れるっていう風に考えたらさ、
子供が多ければ多いほどその子供の数だけ子供の世界があって、
っていう楽しみになりそうな気もするし、
ドラマチックだね、それ。
なんか今ちょっと話聞いてて、
すごい良い考えじゃない?
そう、思いついた。
うたさんの話を聞きながら思ってたんだよね。
なんかこう、子供に対して良い親じゃない、親でいないといけないってついつい思っちゃうけどさ、
でも子供にとって逆に親が絶対間違えないっていうのも思ってほしくなくて、
親だって間違えることあるし、人間だし、
親が言ったからこれ絶対みたいな感じも嫌だなって思うから、
親として子供と接する時もあれば、一人の人間として私はこう思うけど、
これが間違っていることもあるかもしれないし、
今の常識では正しくても、子供たちが大人になった常識は違うかもしれないし、
その時その時の自分はこう思うんだよねみたいな、
一人の意見みたいな形で伝え続ける。
子供が小さい時にしか関わってないと、
あの時こう言ったじゃんみたいな感じで、
すり込みのようにこれじゃないとダメって思われそうだけど、
その時その時の変わっていく気持ちとかを、
一個人として伝え続けてれば、
昔はこんなん言ってた気がするけど、
でも自分が大きくなったからかこういう風に変わってるよねって、
子供が気づいてくれれば、
そうやってその時その時の自分の思いっていうのを伝え続ける方がいいような、
正しさよりかは、私の場合は正しいとかどうかっていうよりは、
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結局自分がどう思うかとかを伝えれる人になってほしいなと思うので、
だから自分が子供に対してそうしてあげたいなと思うし、
だから怒る時とか、それはないやろうみたいな感じで言う時も、
何だろうな、ないないしちゃダメでしょって言っちゃうと、
それが世界の常識みたいに聞こえちゃうから、
私はこうされたら悲しいから、
どちらかというとこうしてほしいと思うんだけど、
どう?とか、何々したら私はこう感じるから嫌だなとか、
その代わりにそうするんじゃなくて、
代わりにこうしてみたらもうちょっと嬉しかったり助かったりするんだけどどう?
こんなのいつも言えるわけじゃないんだけど、
そういう風にできるだけ言いたいなと、
夫氏が子供に対して怒ってるのを聞いた時に思ったのね。
自分が怒ってる時じゃなくて、
人が子供に対して怒ってる時にこれしちゃダメでしょって言ってるのを聞いて、
自分が親に言われてたイメージまさにそうなんやけど、
特に自分が子供の時ならいざ知らず、
今の子育てでそういう言い方は後々良くないような気がするってその時感じて、
なかなか自分が言われたようにそのままコピーして子供に言っちゃうっていうのが、
何も考えてなかったらそうなるんやけど、
いや待てよと。
余裕のある時だけでも話をするように、感想を述べるように、
一意見として言ってみたらどうなんやろうって、
まだちょっとね、子供も小さいからどう聞いてるのか全然見えないんやけど、
まだあんまり響いてる感じはないんだが、
これを積み重ねることで何か良い方に変わってくれ、
あんまりこうしないとダメって決めつける人間になってほしくないなっていうのもあって。
周りの協力が必要じゃない?
なるべくいろんな大人と小さいうちから関わってほしいと思ってて、
自分がそうやって気をつけることも大事だけどさ、
それもできる時とできない時があるし、
責任がプレッシャーが大きすぎるじゃん、自分が頑張らなきゃって思うと。
だからこそいろんな考えの人がいるんだし、
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いろんな考えの人といろんな人がいろんなことを言ってやればいいよと思ってて、
それを子供も聞いた上でどれが正解ってなるだろうけど、
どれもその人にとっては正解だし、
くらいのところまで理解してもらえたら、
大人側からしても楽だよなぁとか思うし、
さっき辻リーヌがさ、子供たちがさ、
自分の子供とか周りの子供が多ければ多いほど、
子供の世界を見せてもらえるみたいな、言ってた。
聞いてね、私は親側というか大人側がいっぱいいて、
いろんな世界を子供に見せてあげるのいいと思ってたけど、
逆に子供たちからいろんな話を聞いて見せてもらえる世界っていうのも、
同じようにいい影響を与えられる、与え合えるんだなぁと思って、
新しい視点をね、いただいたなと思ってね、聞いてた。
そうだね。
4人いるから、4人それぞれの世界は大変なことになる。
賑やかやね。
ほんとだよね、映画じゃん、でも。
ほんとだよね。
思うけど、でもそうだね、私も鋭くダメっていうことは、
本当に何だろう、危ないことと、
何だろう、わちゃわちゃした時に手を出した時とか、
そういう時はもう、結構強めに、そういうやつはダメって感じで言うけど、
優しくね、さっき辻類のも、いつも言えてるわけじゃないけどって言ってた感じで、
そういう理由で、自分はこう思うから、ダメだと思うけど、どう思う?みたいな言い聞かせも、
ここまではちゃんと丁寧ではないけど、
なるべく、母はそう思うよって締めることにして。
そうそう。
で、あなたはどう思う?まで言う時もあるし、
何だろう、とりあえず私もそうだね、
私はそう思うけど、あなたは?みたいな若干威圧をかけてる気もするけど、
そっちの方が言いやすいよね、こっちも。
親の視点代表で言ってますみたいな感じだと、ちょっと自信がないけど、
自分の意見として言うと、言いやすいというかね。
分かる分かる。今ちょっと待って、今あなたこうしてたけどさ、
こうした方がさ、良くない?どう思う?って感じで聞くと、
でもだんだん子供たち、上の子たちはだんだんこう、そうですね。
あしらわれるようになってきて。
赤ちゃん始まったよって。
お前ちょっとこっちの顔見ろと、目を見て話せと。
とりあえず目を見ろって言って、もう一回同じことをゆっくり、
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私はこう思いますけど、どうですか?って返して、
私もそう思います、言いましたみたいに。
じゃあ、やりましょうね。はい。みたいな。
面白いな。
そんな感じ。もちろんこっちが間違ってたらね、すぐ、
あ、ごめん、間違ってた。って謝るようにはしてるし、
とりあえず子供たちには、ありがとうとごめんなさい。
反射的に言えっていうように、本当にちっちゃい時から言ってるから、
自分がそれをまずやらなきゃいけないかなと思って。
そうだね。
間違えちゃった時は、勘違いで何か起こっちゃったとかあったりしたら、
ごめんね、赤ちゃん間違ってたわ。勘違いしちゃってた。ごめんね。
ってすぐ謝るようにしてるし、
でも、そうだけど、子供たちにごめんなさいって言うハードルってめっちゃ高いよね。
なかなかごめんなさいって言わないなと思って。
そうかもね。
さっさと一言謝っておけば、ここまでうちらも強く言わないのに。
最初やっぱ優しく言うじゃん。
でも聞いてんのか聞いてないのかだんまりとかさ、
ごめんなさいを固く言わないっていう態度取られると、こっちもだんだんヒートアップするじゃん。
するする。
で、最終的に怒られてギャン泣きして、泣きながらごめんなさいみたいな。
先に言っとけよかったのにとか言って。
ごめんはでもやっぱ早めに言えてる方が楽よね。
そうそうそう。
聞い慣れてる方が楽。
ごめんなさいってなかなか言えないタイプだから、
言いづらい気持ちはすごくわかるんだけど、
本当に今柔らかいうちにね、癖つけとこうねっていうところで修行してます。
本当はこっちも修行してますね。
はい、子育ては修行ということで。
もう納得でございました。
本当そうだね。
でも得られるものも大きいしね。
そうだね、修行ってやっぱ辛く苦しい厳しいものではあるけれど、
やっぱ頑張った先にね、あるんですよね、そういう得られるものとか。
確かに気づきの方向ですしね。
そう、もう修行は大事です。
大事ですね。
ここは思考の喫茶店。
対話を聞きながら考える時間を楽しむ。
そんなひと時を過ごしてもらえたら嬉しいです。
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本日はいかがでしたか?
またのご来店をお待ちしております。