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episode.72 手網焙煎 歩里人珈琲 後編
2025-09-03 1:43:08

episode.72 手網焙煎 歩里人珈琲 後編

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episode.72 手網焙煎 歩里人珈琲 後編


ゲスト▷ 手網焙煎歩里人珈琲 岩本克也さん


今回のゲストは手網焙煎歩里人珈琲の岩本克也さんです。


どうぞお聴きください💁‍♂️


talk topics


オーダーメイドソーダ屋さん/イベント出店/歩人里珈琲ができるまで/スピード勝負では勝てない/即興の連続性/次の展開


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。


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感想

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00:20
ソーダ屋さんを始めた。オーダーメイドのソーダ屋さんってどんなのかというと、フランス製のテセールシロップっていうのが当時あって、今はもう入荷してないんですけど、そのテセールシロップすごい香り良かったんですよ。
生のフルーツの香りが全部するんです。めちゃくちゃ面白くて、それの青リンゴとかパッションフルーツとか、桃とかピーチとか、生の桃の香りするんですよね。
そういうのをやって、お客さんが飲みたいソーダを聞くんです。どんな飲みたいですか?
どんなんやろう、爽やかな感じで。これとこれですかね、試験管みたいな、いわゆる試薬瓶みたいな、スポイト付きの瓶ってわかります?香水とか作るときにピチョピチョって、スポイトのゴムの付いた。
あれにシロップを、味見用シロップをやって、それでこれを2滴、こっちのリンゴを2滴、パッションフルーツ1滴、ミントを1滴入れたら爽やかなんですよ、どうですか?って飲んだら、飲んだことない、こんなソーダみたいな。
そういうオーダーメイドソーダ屋さんというのをそこでスタートさせました。
おー、そういうことやったんですね。
そうなんです。
なるほど。で、そのオーダーメイドソーダ屋さんで、いろいろイベント出展もしだしてみたいな。
そうですね、その時にこれ、いっぱい200円で、いっぱい作るのに15分かかるんですよ。
おかしいですよね、値段設定みたいなのが。
遊びみたいなもんやったんで。
それでやってる時に、君野に住んでる前田さんっていう女性が、すごい面白そうな感じで食いつきめちゃくちゃよかったんですよ。
その人が誘ってくれて、今度うちでイベントやるから出してよって。このオーダーメイドソーダやってよって言われて。
で、誘われた先が君野の八幡工房って、陶芸作家さんの井沢さんってご夫婦がいらっしゃって、この2人も結構有名な作家さんみたいって言ってあるんですけども。
すごい有名な作家さんですけど。
井沢さんのところの八幡工房の近くの空き地というか、そこでイベントやる。そこでテント建ててやるみたいなのから始まってですね。
またそこでやってるうちに別のイベントで、ドミニクってわかります?君野の家具の大工さん。
ドミニクの住んでるお家兼元幼稚園ですね、工房兼住居。
03:07
そこでお祭りやるからそこでやってよみたいな感じで君野つながりで呼ばれて、そこでドミニクと知り合いになって。
彼もやっぱりすごいちょうどあの時30何歳とか40歳とかまだこれからどうしていこうみたいなんで。
そこから超でかいスピーカー作り始めるとかっていう現場も僕見せてもらったりとかして、その時期ですね。
それが2011年ぐらいですか?
今が2013年とかちゃいますかね。2011年ですね。2011年、2012年ぐらいかな。その頃ですね。
スタートは壮大さんでスタートして。
2011年ですね。
冬になったら売るものが、ソーダがちょっとイマイチなんでコーヒーがっていう。
アリダ側のラブラックカフェの2階でイベント呼んでくれて、誰か呼んでくれて、そこでドミニクがDJしながらみたいなやったかな。
確かなんかそんなやったと思うんですけど、そこでソーダ出してたら全然売れないんですよね。
寒っていう感じ。みかん売ってる時期なんで、そりゃこんな寒い時にわざわざ時間のかかるもん飲まへんわなっていうので。
何しようかなっていうふうに考えて、紅茶しようと。
紅茶?
それ2010年や。2010年の冬ですね。紅茶しよう。
で、八幡工房の前田さんがやってるイベントで紅茶を出してみたんですけど、まあおもんないんですよね。
お湯注いで待つだけっていう。
何がおもろいんかな紅茶ってなって。時間もかかるし。
紅茶はやめだ、だめだめってなった時に、そういえばジャランジャランのマスターがコーヒーやってたの。
手やみ焙煎ってやってたから、あれ僕もやってみようかなみたいな感じで始めた。
なるほど。そこからスタートなんですね。
コーヒースタートしてみてどうでした?
コーヒースタートしてみて。
最初うまく焼けたもんなんですか?
うまく焼ける焼けへんとかおいしいおいしくないの概念がないんですよ。
なぜならコーヒー飲んでないから。そもそもコーヒーを足しなんでないんですよね。
なんで、でもちょうどソーダはやってるんですよ。
だからこのソーダと絡めて何かできへんかコーヒーできやんかってなった時に
エスプレッソマシーンっていうものがあると。
そいつは蒸気圧でコーヒーを入れる道具。
06:07
その圧力を二酸化炭素にしたらいいんじゃないか。
調べてみたら二酸化炭素で抽出するエスプレッソマシーンのハンディータイプのやつを見つけたんですよ。
これちゃうかなと思って。
2万4千円とかみたいなそんな高い値段じゃないし、よしこれ買ってみようと思って買って。
届きました。
それを届いたその日にドリルで穴を開けて、むちゃむちゃっといろいろやって。
多分こうやったらいけるはずみたいな感じで勢いでガッてやったら、その日のうちにエスプレッソマシーンが完成したんですよ。
今も使ってます。
お店で入れてるエスプレッソは基本それで今でも稼働してる。
当然新しいのをいっぱい在庫あるものを買って、それを2個1しながら壊れながらだんだん壊れていってるんですけど。
でもそれで今もやってますね。
そっからエスプレッソマシーンができた。
じゃあスーパーでコーヒー豆買ってきて、これを手回しのやつでガリガリってやって入れたらいけるんちゃうんかって思って。
じゃらんじゃらの青柳さんのところへ、その機械と緑のボンベ。
めっちゃ重たい5キロのボンベドサーンって持って行って、こんなの作ったんですよとか。
で、山本さん豆はどうするのって言われて、豆はスーパーで買ってみましたって。
買ってないです。
何をやってるんですか今のときさ。
こんなコーヒーはダメですよって。
ザーって出してハンドピックし始めて。
これでもこれでもってハンドピックして分けて、こんだけしか残れへんすよみたいな。
スーパーのコーヒーってこんなに赤豆でできてるんやって。
そうですよ山本さん。
じゃあ自分で焼いてみようってなるわけですね。
で、そっから何で作るかってなったら。
マスターは手編みをシャカシャカとコンロの上でシャカシャカってやってるんで。
じゃあ僕はちょっと違うやり方しようみたいな感じで。
魚焼きグリルをホームセンターで買って、魚焼きグリルにドリルでいっぱい穴開けて、
そこに百均で買ってきた赤外線の石みたいなやつを敷き詰めて、
そこに金網をやって、そこに豆をやって、追いつくってシャカシャカやるみたいな。
もうスタートの時点から完全にずれてますよ。
そうなんすか。
何も見ない、真似をしないみたいな。
マスターの真似もしないし。
で、その網をこんなんできましたって言って、
09:00
また青柳さんのとこ持ってって、面白がられますよね。
でもやっぱりそれでは豆が焦げてしまうし、そもそも焼けないから、
じゃあ彼が四角い網を使ってるんやったら、銀杏入りの四角いチョホケのやつ使ってたんで、
じゃあ僕は丸でやろうみたいな。
それが普通一般的やったみたいなんですけど。
そこから手網焙煎始めるって感じですね。
そうやったんですね。
で、どうなっていくんですか?
どうなっていく?
何が美味しいのか分かれへんけど、とにかく豆を焼いていくんですよね。
一粒ずつ分けて焼いていく。
焼いては実家のキッチンが汚れていくんですよ。
ちょうど家のキッチンの換気扇の真上が両親の寝室なんですよね。
夏場とか煙そのまま直行ってたみたいで、
親じらは我慢してくれてた。
あいつが頑張ってるんやからみたいな感じで、長い目で見てくれてたみたいなんですけど、
その生活が。
で、自分が焼き上がったコーヒー豆をイベントとかで出していくんですよ。
それで反応を見て、また焼きを変えていくっていう。
その繰り返しですよね。
その時ってどういう意識なんですか?
塾の仕事しながら、趣味みたいな感じでやってる?
土日は、ちょっと使命感みたいな。
誘われているとか、イベントに呼ばれてる。
ということは僕らしいものを出してくれっていう。
オーダーメイドソーダもずっとやってるんで、
自分しかできないことをやって、そのイベントの役に立ちたいみたいな。
めっちゃおもろい個性的な奴来てるやんけ。
このイベントなかなかやるなみたいなことを思ってもらえるんじゃないかみたいな。
僕に声をかけてくれたっていうことは、
僕なりのやり方で全力でお答えするしかないみたいな。
なんで毎回新しいことを組み込んでいくんですよね。
オーダーメイドソーダも自分でシロップを作ったりとか、
みたいなことも考えたりとか。
あとはコーヒーも焼き方を変えたりとか、
手編みもいろいろ工夫してみたりとか、
持っていくお豆も変えてみたりとか。
そんなこともいっぱいやっていきますよね。
毎回新しいことをやって、毎回新しいものを始めて、
主催者の人に、
あいつ読んでよかったなみたいなふうに思ってもらいたいって、
日々無理をする生活というか。
ゆくゆくコーヒーとかソーダで生活したりとか、
12:03
そういうのも特に考えずに目の前のイベントを。
必死にやってるっていう感じですね。
そこからの展開はどういう感じなんですか?
自分はあんまり記憶がはっきりせえへんぐらい、
とにかくいっぱい。
イベント出まくってみたいな。
月に2回とかは絶対出てて、
海南でやってたサンデーマーケットっていう、
温山荘の園芸コーナーみたいな、
もしもしピエロの正面のところに、
そういうブースみたいなのがあって、
そこで出したりとかっていうのは、
ほぼ毎月出てたりとかして。
それを繰り返して、繰り返してました。
でも目標があって、
コーヒー始めるときに、
コーヒーの勉強せなあかんって思ったんですよ。
コーヒーの勉強するのに、
神戸行かなあかんと。
コーヒーといえば神戸っていう意識があったまにゃ。
コーヒーといえば神戸。
これはもう3日ぐらい泊まり込みで、
カプセルホテルに泊まり込みで、
もうコーヒーを飲みまくろうみたいな感じで決めて、
回り始めるっていうのが、
ちょうど2011年の5月ですよね。
原発爆発して、
世界が混乱してるとか、
日本が混乱の最中にあるときに、
もう自分も完全にパニックったことをしてるわけです。
そこで1日に13倍ぐらいコーヒー飲みたいな。
飲み切って次、飲み切って次みたいな感じで。
そこで酔ったお店があって、
神戸の山手っていう一番上の、
ちょうど伊神館街とかと繋がる筋があって、
そこにヒトコーヒーさんっていう、
バス停の前にあるコーヒー屋さんなんですけど、
そこへ行ったときに、
もう13倍、20何倍飲んだコーヒーを飲んで、
あれ散らかした胃が落ち着いていくコーヒーに出会ったんですよ。
これやと思って。
生豆くださいって言って。
一番嫌な企画です。
僕コーヒーやりたいんで生豆くださいって言って。
それは無理です。
断られたけど、でも焙煎のことやったら、
ちょうど西区の方に、
高専者タンポポさんっていうコーヒー屋さんがあって、
そこの穴田さんっていう方は、
コーヒー、焙煎とかも詳しいから、
そこ行っていろいろ聞いたらいいんちゃうって言ってもらって、
その穴田さんのところへ行って、
自分のエスプレッソマシーンもその場で見てもらって、
迷惑な客ですよね。
緑のボンベと自作のエスプレッソマシーンをそこにドカンと持ってきて、
なんじゃこいつっていう感じだったと思うんですけど、
15:01
その穴田さんにいろいろ話を聞いてもらって、
その人が焼いてくれたレタナ農園っていうところの、
多分ガテマラだったと思うんですけど、
ガテマラのお人が結構自分の中で理想的な感じやったんですよ。
味わいのバランスとかも。
あのレタナやったと思うんですけど、
あのガテマラのコーヒーを自分も焼いてみようみたいな。
それで持ち帰って焼くっていう。
ちなみにその2011年当時のコーヒーシーンっていうか、
コーヒー業界どんな感じやったんですかね。
あのサードウェーブとかそんなん来る以前。
僕はもうその時からも全然コーヒー業界っていうもの自体は詳しくないです。
全然何も調べないんで。
自分の豆と、いわゆるタンポポさん、
だから後世社タンポポさんの穴田さんの焼くガテマラの
あの味みたいなのに近づけるにはどうすればいいかみたいなのだけ考えてたんで、
全然そのシーンとかも全くわからないですね。
でもめちゃくちゃ円高だったでしょ。
1ドル79円ぐらいまで円高になったでしょ。
あの時なんかはもう多分めちゃくちゃいい豆買えたんちゃいます。
だから日本国内でこの円高っていうボーナスステージをどう乗り切るかみたいな、
ここでどう成長するかみたいな感じで、
スペシャルティーコーヒーが爆上げになっていく時期だったと思うんですよ。
そっから多分2018年、19年コロナ手前まで上り調子でガンガン行って、
コロナで激変するみたいな感じだったと思いますけどね。
なるほど。
業界気にならないっていうのはあえて見てないみたいな感じですか?
あえて見てないというか目に入ってないですよね。
自分のコーヒーしか見えてない。
でも目に入ってくるんですよ。耳に入ってくるんですよ。
ザ・ロースターズっていうお店ができた。
ザ・ロースターズっていうすごくおいしいお店がある。
そこのジンコさんっていう方が入れるコーヒー、焼くコーヒーがすごくおいしいんだ。
っていう噂は入ってくるんですよね。
で、聞き耳を立ててると、僕と売船を始めた年がほぼ一緒。
キャリアは一緒。
だけど、バッハコーヒーっていうすごい有名なお店で勉強した人らしいみたいな話が入ってきて、
18:00
ムラムラっとくるもんがあります。
ムラムラって。
ギオンが違うから。
違うから。なんかこう、俺もやってんのにみたいな。
俺も負けてへんしみたいな感じ。
メラメラっすから。
そう、メラメラっすから。
ムラムラやったらちょっと違う方向に来ちゃう。
で、そこらあたりからですよね。
そのコーヒー屋さんっていう、和歌山にあるコーヒー屋さんっていうのにちょっとだけ意識が浮き始める。
って言っても、木蓮さんとフェイバリットと人工産ってとこぐらいなんですよ。
ザ・ロースターズぐらいしか目に入ってない。
他のお店とかで言うと、ユアさんのとこにあるコーヒーレイとか。
あそこぐらいかな。
あとは熊野寺さん。
はいはいはい。
コマンド寺さんは結構好きでしたね。
全然絡みないですけど。
そんなとこですね。
イベントも呼ばれていろいろ行ってましたけど、木蓮さんのところも行ってます。
イベントで?
そう。
あそこのジャンジャン野古町のテナントのオーナーさんみたいな方がいらっしゃって、
出てみなよって言ってくれて、出してくれたんですよ。
出してくれた先が、木蓮さんの入り口に正面に出店させられるんですよね。
気まずいっすね。
気まずいどころか、俺殺されるやんと思って。
今ここで、和歌山のコーヒー業界に抹殺されようとしてるみたいな。
その時に村上さんが僕の前にダンス座って、コーヒーをいっぱいくださいって。
僕は手回しのカリタの手回しの芋の飲みるでエスプレッソを入れるんですよ。
いっぱい入れるのに多分15分くらいかかるんですけど。
ガリガリガリガリガリってエスプレッソを手引きでやって、
それを重作のエスプレッソマシンで入れて、チュースして。
村上さんに飲んでもらったんですけど、村上さんが一言、完成されてますねって言ってくれたのが、
僕の中でのものすごい、俺は今やってしまったのかもしれないみたいな。
村上さんってすごい有名な人らしいけど、
あの村上さんが今認めてくれたんじゃないかみたいな感じに勘違いしてしまったんですよね。
単純に感想を言ってくれたんじゃないかと思うんですよ、村上さん的には。
でも自分の中ではなんかでかいものを得たみたいな感じになって、
っていうのがちょうど2012年とかかな。
そんなぐらい。
その時には結構コーヒーにはまってる感じなんですか?
もうなんかこう生活の一部になってますよね。
だって焼いては味見して、ああでもない、こうでもないみたいな。
もうずっと毎日のように、毎日って言うほどでもなかったと思うけど、
21:03
まあとにかく繰り返して。
で、オンラインでもコロネーションコーヒーっていう生豆を、
意外と量をたくさん買ったら安くしてくれるオンラインサイトみたいなのがちょうどあって、
そのコロネーションで5種類、300グラム5種類セットみたいなのを、
もう毎月のように頼んで、
今月はパナマのハートマンと、
あとはコロンビアのレッドナントカーみたいなのとか、
あとはちょっとたまにはキリマンとか焼いてみようみたいな感じで、
いろいろ攻めてゴールデンハニー焼いてみようみたいなとか、
訳もわからんもん。
そこのコロネーションコーヒーの品ぞれのラインナップの中から選んで焼いていって、
自分の好みみたいなのを探していくみたいな。
どのタイミングでそんなどっぷりハマったんですか?
最初ですよね。
あなたさんの焼いたガテマラレタナをどう再現するかみたいな、
再現なんてもうできなかったですけど、
でもあの感じみたいな、
あの感じみたいなのをやりたかったですね。
そこからだんだん網のサイズがちょっとずつ大きくなっていって。
なるほど。
そこから出店ずっと続けていって、
お店開業したいなとかなったのってきっかけとかあったんですか?
やっぱりそんなこと2,3年続けてたら、
展開がないってわかるんですよ。
同じことを繰り返してるっていう。
形は変え、品を変え。
ついにはもうピザまで焼き始めたんですよ。
ピッザビータっていう土鍋型のピザがまだあって、
アウトドア用の。
で、コンロで焼いていける。
ピザ1枚焼くのに30分くらいかかるんですけど。
全部時間かかるっすね。
それを一人でやるんですよ。
ピザも焼きながらコーヒーもやりながらソーダもやるんですよ。
その出店儲かるんすか?
儲からない。
ちょうどポポロハースマーケットって、
ブラクリ町中ブラクリでやってた時に、
ちょうど今ダートコーヒーの飛び出す焙煎場で焙煎やってる
岩橋くんが奥さんと一緒にニーナコーヒーっていうのを
井戸販売やってたんですよ。
そこで彼とは仲良くなって、同じ出店仲間なんで。
彼らは可愛いターコイズブルーの
いわゆるウォークスルーのバンみたいなのに
エスプレッソマシーンとか積んでめっちゃお洒落にやってて、
二人でやってて、僕は手作りの道具でひひーながら
手回してガリガリガリガリやりながら
途中からマキタのインパクトドライバーで
ガーって手引きのミルを無理やり噛ませて
ガーってやるみたいな。
回しすぎてセラミックのミルが
24:01
熱々になるぐらいまでやるんですけど。
その時に岩橋くんが去年ぐらいかな
売上を教えてくれたんですけど
僕のトリプル底が入ってましたね。
それが標準みたいな。
僕はその3分の1の金額で
めっちゃ頑張ったみたいな。
めっちゃ今日は売れたみたいな。
すごいささやかな生活を送ってましたね。
ほんまに1万円、2万円あればめっちゃ幸せみたいな。
でもその2万円の準備のために
多分5日ぐらいかかってるんですよ。
ピザ生地仕込んだりみたいなね。
それでも2017年に開店ってことなんですけど
これ準備とかどういう流れで?
遡ることは2013年ですよね。4年前。
2013年。だから2012年の
木蓮さんとかの夏祭りに呼ばれてるあたりから
もうすでに方向性に疑念が生まれてるんですよ。
このままでは無理じゃないかみたいな。
自分が考えてたことっていうのも
いろいろ考えてるっていうか
何らかのコミュニティを作りたいと言ったあれですけども
そういう
物作りをするための拠点みたいなのが
和歌山にはどうもないみたいな。
メーカーズなんとかみたいな大阪にあるじゃないですか。
3Dプリンターとか置いたりとか。
工作をすると言ったらあれですけど
物作りをする場がなければ
アイディアは出てこないみたいな
脅迫観念みたいなのが頭の中にあって
そういう場を作ってみたいなとかっていう
イメージがあったんですけど
でも具体的にそういう仲間がいるわけでもないし
どうしようもないなって思ってたけど
でもいよいよ
そうは言っても
場を作らへんかったら
なんか自分の人生もう前進まへんのやないかな
みたいな感じになってきて
2013年にちょっとフラッとしたことで
瀬戸内国際芸術祭って
香川の離島を使った芸術祭ですよね。
あれに客としてチケット買って
春夏秋の会期で行ったんですけど
そこが転機ですよね
なんか表現で人を感動させたりとかみたいな
そういう場をこんな工夫でできるんやみたいな
アイディアだけで人を集めることができるみたいな
そういう場を作れるっていうのをそこで体験して
あそこもやっぱりいろんな工夫で
ブースをいろんな施設を作ってるんで
27:01
もちろん建築家の人とかもいてるんで
なんでなんかね
俺もやれるかもみたいな
なんでそんな自信があるかわからへんけど
もう始めやなみたいな感じで
こっち帰ってきて
もう探そうと
場所を探そう
お父ちゃん知らん?
知らん
でも俺の釣り友達に不動産屋さんがいてるから
その不動産屋さんにちょっと一遍聞いてみるわよ
かつやありがとうって
そしたら釣り友達の人が
どこでやりたいなと
桂木町でやりたいです
なんでまた
まず和歌山市でやる気がしなかった
ザ・ロースターズさんいてますでしょ
フェイバリットあるでしょ
木蓮さんあるでしょ
俺の生きるとこない?
無理
絶対その時点で
向こうの動きっていうのに
僕がそこへ参加していくっていう
気持ちはないんですよ
すごいいわゆるコーヒーシーンっていうものがあったとしたら
そのコーヒーシーンっていうもの自体に
自分は見向きもせずに2年もやってるわけですよね
自分のコーヒーしか見つめてないですよ
そんなやつが入っていって
自分の場を作れるはずがないみたいな
また思い込みですよね
親父がいてたら親父のやってたことと
同じことをしても
自分は多分満足できないみたいな
だから自分は違うことをするんやみたいな
完全に発想が常にアゲインストなんですよ
けど和歌山市外すにしても
イベントとかで親しんだ
君野町とか行くんじゃなくて
桂木に
そうですね 君野はもう既に完成されてましたからね
僕はドーシェルってありますでしょ
ドーシェルさん パン屋さん
あそこが基礎工事してる時から知ってるんですよ
店が建つためのコンクリートの柱を
柱を建てるためのコンクリートを作ってる現場に
うちの母方の祖父がそこに出くわしてるんですよ
ちょうどおじいちゃんが地元の
酒口委員っていうところの先生と一緒に
探そう会っていう
何かを探そうという
面白いものを探そうという
ざっくりした会ですね
探そう会っていうのをやって
それで探そう会の会長をやっとったんですよ
おじいちゃんが
立ち上げに北京人として
探そう会会長として何かを探そうと
山の中をとにかく探してたり
車に乗ってブーンって
あんなそう会いいっすね
そうそしたら
ちょうどあそこって観音さんありますよね
耳の病気とか治す
掘り越し観音じゃなくて
何やったかな
蒲滝薬師さんや
30:00
ドーシェルさんの下に行ったところに
蒲滝薬師さんっていうちょっと
霊圏新たかなお寺があって
そこへお参りする道中に
違う道行こうってパーっと走っとったら
何か建ててると
おじいちゃんがウィーンと開けて
おいここ何できるんだい
聞いたら
ここパン屋です
探すな
探そう会の会長面目役上ですよね
探そう会の会長が
パン屋さんをできた時に
探そう会のメンバーといって
素晴らしい場所だ
見晴らしも最高
海南の海の景色も見えるし
みかん畑も見えて
景色ロケーションも最高やし
何か知らんけどパン食ったことないけどうまい
そっから勝屋
ドーシェルっていうパン屋があって
行こうって言って
小学校5年生ぐらいです
小学校5年生4年生ぐらいの時に
うちの母もそういう細い道走るの好きなんで
おじいちゃんの子供なんで
週末はドーシェルみたいな
一番ドーシェルさんが
お客さんがまだ少ない時に
超ヘビーユーザーやったんです
そこでもくるみあんパンを買って
それをレンチンして
家でほがほが食べるというのが
僕の中学校時代の楽しみやったんです
プラス君の町が何かあると
おじいちゃん佐賀総会会長が
まだ入っていくと
シェミナミさんとか
フランス料理屋みたいなやつ見つけて
ちょうど僕小5の時に初めてコース料理を食べたんです
県庁の近くにポモ道路さんっていう
コース料理出してくれるお店があって
そこでコース料理食べた時に
ラザニアが美味しくて感動的に美味しくて
そのラザニアが開店当初はちょっと
自分なりにアレンジした
僕の思うラザニアみたいなお店で
出してる時があったんですけど
そんな感じでシェミナミさんのところで
誕生日の時とかにみんなでコース料理
食べに行こうみたいなのと
あとドーシェルさんでパン買って
みたいな感じの
ゴールデンコースみたいなのができたんです
僕の中でも
ドーシェルさんとシェミナミさんで
君の町はもうすでに始まってた
なるほど何もないところに行きたかったって感じ
そうなんです
自分がやっぱり
そこで身を立てるってなった時は
フロンティアっていうのを
意識せなあかんみたいな
感覚があった
っていうのと
さっき言ったジャランジャラン
で感動した
即興のイメージですよね
いわゆるすでにあるものを
いわゆるコード進行みたいな構造を
連動させていって
いわゆるブランドを作っていくっていう
イメージではなくて
何ものないところから
自分なりに
イメージを連続させていって
そのイメージの連続の中で
33:00
出来上がっていくものから
繋がりを作っていって
やった方が
より広がりが持つんじゃないかっていう
別に若山市の人たちが
嫌いとかそんなんじゃないんだけど
自分は自分で
必死に目の前のことを
しっかりやりながら
自分なりに考えていくことで
独自進化をしていって
独自進化したものと
既成の文化がまたぶつかった
時に多分とんでもない変化が
出てくるはずやっていう直感ですよね
いわゆるダーウィンフィンチって
いわゆるガラパゴス諸島
っていうところがあって
そこにいてるフィンチっていう
ちっちゃい鳥がいてるんですけど
1週間か2週間で遺伝子変わっていってるらしいんですよ
世代交代するたんびに
どんどんくちばしの長さとかが
無限進化していってるっていう
進化が爆発してる
エリアがあるっていうのを
何かの本で読んで
本嫌いなんですけど
中で読んでそのイメージで
いくなら
自分はダーウィンフィンチとか
ハチドリみたいな
ただ必死に羽ばたいてるだけ
なんやけどただ生きてるだけで
他とは違うものが
作り出されていくっていうのは
それ結構ものづくりの理想じゃないですか
だからそういう意味で
桂木町を選んだっていうのも
ありますよね
既にもう路線ができつつあるところで
自分もそこで生活をするために
やるっていうよりかは
なんか
絶対に違うことをしないといけない
自分は
両親に
助けられてというか
本当に大事に大事に
育てられて
大事に大事に
育てられてお金もかけてもらって
育ってこの有様ですよ
全ての
キャリアみたいなのを自分から
自ら立って
で今から
自分が生活していくために
すでに
土台を
築いてくれてる人のところで
商売をする
恥ずかしいよねみたいな
いい感覚になってしまったんですね
そういうのが好きなんですかね
好きというか
なんか
絶対したらあかんみたいな
自分が犠牲になっても
じゃないけど自分の人生が
無駄になってしまう
可能性の方が高いじゃないですかそんなことしたら
失敗する可能性
あるけど別に
自分なんかいてなくても構えへんわけなんで
自分がいなくなっても
世の中は回っていく
っていう感覚があるわけですよ
それこそ大学4年の時に
お会いした
東大の銅面和成先生
が僕自身が
高校の時に抱いた夢をもうすでに
その時点でほぼ
36:00
集中にというか
やってるというか
それに近いことをやってしまっている
それプラスでノーベル賞候補にも
なってるみたいな
人がいてて
自分の想像っていうもの自体を
誰かがもうやる可能性
っていうのはもう十分ある
先を越されるわけですよね
先を越されるかもしれへんという
その路線の上に自分が
立つっていうこと自体が想像できないんですよ
絶対にこの先に
誰もいないってところでやれへんかったら
なんか無理じゃない
みたいなどんくさいし
アイディアも
先回りされるし
スピード勝負では絶対勝てない
っていう自覚があるんで
それでいてやっぱり
何か特殊なことが一つできたとしても
他のことができないんですよ
その他のところで追い抜かれる
自信はあるんです
先回りされちゃうとか
新メニュー開発とか
そんなの無理ですよね
全然自分らしいメニュー作り
みたいなのは全然思いつかない
というかやれるんですけど
そういう意識があったら
そういうオリジナルな
ことじゃなくて
誰かの後ついていくみたいな
ルートの方に行っちゃいそうな
気がするんですけどじゃなくて
行かないんかな
ルートの方もそうですね
誰かに教えてもらうとかっていうのも
教えてもらった瞬間に
その人の人生に組み込まれる
みたいな感覚になっちゃうんですよね
その人を
引き継がなければいけないみたいな
使命感みたいな
朱に交われば赤くなるじゃないけど
大学で
美術部で身を
持ち崩しかけたわけですよ
50年近くある伝統っていうもの
自体に自分自身が飲み込まれてるんですよね
その枠組みの中に
僕は飲み込まれるんですよ
だから枠組みが
あればそこに飲み込まれるっていう
ある種洗脳体質じゃないけど
染められやすい体や
っていうのは自分自身でわかってるんですよ
だから染められてしまったら
美術部の二の前になる
っていう恐怖感が
拭えないわけですよね
だからそこまで深くまで
入らないでおこうって
してしまうんですよ
でも要所要所で
トムソヤのパパちゃんとか
あとはジャランジャランの
青柳さんとか
みたいにものすごい強烈な
衝撃を持ってる人
衝撃的存在ですよね
には影響は受けるんですよ
でも影響は受けるんですけど
そこへ行って
教えてくださいみたいな
僕を弟子にしてくださいみたいな動きは
絶対取らない
それを取ったら僕自身は
それを叶えるために人生を
潰してしまうっていう自覚があるので
なんで
そこに入らないでおこうっていう
ブレーキをかけてしまうんですよね
なるほど
39:01
結局
誰の真似もしない
みたいな妙なこだわりを
持ってしまってるってだけなんですけど
でも真似をしない
って言っても結局自分のやってることは
何らかの模倣でしかないっていうのは
みんなわかってることですけど
なるほど
どこ切り取ってみてもイミテーションですよね
このお店自体も
トムソヤのイミテーションでもあるし
ジャランジャランのイミテーションでもあるし
ある種スペシャルティーコーヒーの
主流派
って言うとあれですけど
コロナ前までの流れの
イミテーション
僕の作ってるコーヒーも
適正焙煎のイミテーション
イミテーション、模倣物
っていうのを
超えられてないなっていう
自覚はありますね
へー
なるほど
話を
回転の時に
戻しまして
桂木町にこの場所を見つけて
っていう感じですか
地図で線引いた時に
大阪にも
行きやすくて
奈良にも行きやすくて京都にも行きやすい
場所っていうのが橋本川
ぐらいしか
なかったんですよ当時は
ところが
ちょうどその時ぐらいに
ここの鍋谷峠
父親にバイスパス
っていうトンネルをぶち抜く
構想があると
長年の悲願みたいな
構想があって
そこをぶち抜きさえすれば
泉市と
直結で30分
そこから岸和田のインターを起点に
神戸も行けるし
関空も行けるし
大阪市内も1時間以内に乗り入れできるし
みたいなことが
いわゆるグーグルマップみたいなのを印刷して
地図用で線引きながら
どこが一番
いいのかってなった時に
桂木町やんけみたいな
桂木町
桂木町にコーヒー屋さんらしい
コーヒー屋さんってほとんどなかったみたいな
あったんかもしれへんけど
喫茶店ぐらいしかなくて
桂木町やなと
自分の育った場所もまた切り捨てて
同級生たちも
切り捨てて
和歌山市も切り捨てて
切り捨ててっていうか捨ててるわけじゃないんですけど
でもそことは違うみたいな
次の展開っていうのを
狙って自分は自分で
考えて動こう
多分この考え方が
多分今後に繋がるんじゃないか
みたいな確信に近い
直感ですよね
この建物は
建てたんですか?
元々ありましたね
みかんの置物用倉庫やったらしいんですけど
でももう持ち主も
僕の時点で
5人4人ぐらい転々としてて
数年ごとに別の人のところに
渡ってたみたい
で、DIYで
改装みたいな感じですか?
ねえ
もうここ凍った時なんか
完全に灰色一色ですもんね
42:01
こんなんじゃなかったんですよ
天井ももう木網板
セメント木網板全部灰色
ひび割れだらけ
ホコリと
やたらガの死骸と
ゴキブリの死骸が
いっぱいあるみたいな
すさまじい状況で
どうしようもないじゃないですか
何から始めよう
っていうことすら分かれへん
先が見えないですよね
もう購入したはいいけど
何から始めよう
買ったんですね
親父の退職金を
姉がね
家建てる時に
お金がそっちに流れたんで
結局親父に頼ってるんですよ
お坊ちゃんですよ
結局
このままやってても
塾の先生で月手取り10万とか
みたいな
すごいフレキシブルな働き方させてくれるんで
4時から9時まで
働いてたらとりあえずいいよ
みたいな感じでぬるい感じで
やらせてくれてたんで
それに乗じて安月給では
あったんですけど
年間100万とか
100万ちょっとしか
手に入れへんような生活をしてて
親父が心配しないわけないじゃないですか
自分の子供が
もう大丈夫かみたいな
人生が
開けるんやったら
ええわよと
いう感じでお母ちゃんと
話し合ってくれて
ここを買いました
買いましたなんですけど
ここはもうアレッジが広がってる
どうしようってなった時に
宗谷ウッキーさん屋になるわけですよ
ウッキーさんはどのタイミングで
2013年12年ですね
ちょうど八幡工房で
イベント出展
宗谷さんとかちょっと
コーヒー始めてる時とかに
ウッキーさんと出会って
ウッキーさんという人は
大工さんもやってて作家さんで
お店作りとか
ちょっと手伝ってくれたりとか
するらしいよみたいなの聞いてたんで
そうや
ウッキーさんにお願いしたいけど
お願いしたら
負けじゃないみたいな
またその悪いのが
出てくるんですよ
完全にお願いしたら
なんかあかんのかもしれんみたいな
自分らしさを失うのかもしれん
ウッキーさんの作るものって
ウッキーさんの下調べをするわけですよ
バグース行きます
ヌメロはまだなかったのかな
重ねてもなかったな
ラブラックや
ラブラック行ってドミニクと
ウッキーさんの仕事を見る
岸辺国店の上に
扉さんっていうカフェがあって
そこの扉とか
ウッキーさんが作った扉があったりとか
あとは
和房ですね
インベ自分の
生まれた場所の
クライミングジムの内装は
ウッキーさんがやってたんで
45:00
下調べを色々してでウッキーさんと一緒に
かき氷屋さんやってるフーちゃんの
横でソーダ屋さんやったりとかも
させてもらったりとかして
距離感を詰めていく動きはしたんです
自分なりに
でも連絡取って近づいて
いたりとかはあんまりしない
偶然を装って会っていくんです
である時に
フェイスブックでウッキーさんに
連絡してちょっと見に来てほしい
みたいな感じでついに愛の告白
じゃないけど
声かけちゃったみたいな
で来てくれて頑張って
じゃあで帰られるって
ウッキーさんじゃないっすね
ウッキーさんが
やったわけじゃないっすねここは
ちょっとお水もらっていいですか
どうぞ
ちょっと休憩します
いや大丈夫っすよ
トイレ一回行っていいっすかね
ありがとうございます
やっぱ面白いっすね
ではでは
完全にウッキーさんにやってもらって
っていう話の流れかなと思ったら
全然違く
そうなんですよ
そうですね
そこで
自分は多分人を
頼れないんかもなって
思っちゃったんですけど
でもやっぱり何にもできあんので
こうしてみたいってイメージはあっても
やっぱり何もできあんので
どうにかせなあかん
なった時にイベントで
知り合いになってた
海端さんっていうおじいちゃんが
いてて
同じ桂木町で
すごい数の
足のある椅子
木の丸太があって
その木の丸太に
プシュプシュっと
枝というか細い丸太を
プスプスっとさした
足がいっぱいあるタコさんみたいなクラネみたいな
椅子を作る
おじいちゃんがいてたんですよ
クラフトフェアとかの
そういう関係とかで
よくいてたんかな
いろんなイベントで
顔を合わせてたんで
面識はあったんですよ
その海端さんっていうのが
製材屋さんもやってたんで
海端さんに
頼ってみようみたいな
こだわりの強い
こだわり強めの人なんで
結構会う人と会わん人が
あるっていう話は聞いてたんで
怖いなって思いながら
でも同じ町内だったら絶対絡み出てくるから
一発知り合いになっとこうと思って
結局喧嘩別れするんですけど
海端さんのおかげで
ここのお店の側
外側の外壁の部分
っていうのは海端さんのところの製材で
やってるんで
彼が唇を切ってくれたっていう意味では
そこは
感謝せざるを得ない
喧嘩したとはいえ
彼自身も作ってると
自分が作ってるって感覚になってくる
48:00
アーティストなんですよ
作家さんなんで
僕が作りたいものと
彼が作りたいものってやっぱり違うから
それでやっぱり
なんでお前はそんなことするんやと
俺はこうするのに
あんたの場所じゃないやみたいな感じで
喧嘩になっちゃって
結局そこからはあんまり
プラスらしい絡みはなくなるんですよね
それで
仲互いをして
した結果
誰を頼らざるを得なくなるかというと
お父ちゃんですよね
親父を
清さんを頼るしかなくなって
しまったというか
泣きつく感じですよね
一緒にやってくれへんかと
何から始めるんだと
この灰色空間を
確かに外側は
それなりに柄はできたけど
中をどうするかを
考えよう
中どうすんのな
漆喰で塗りたい
この面積を
かつや
漆喰ってどうやって
塗るんや
知らん
そこです
かつやよ
お前ここ
全部壁やけど
どうすんの
壁のままで
いくけど
あかんやろ
窓は
窓ないんです
ここ窓ないんです
壁やったんです
この建物は
ひびだらけで古い
地震が来たら壊れるかもしれない
壁っていうのは
建物を壊れさせないための
面としての機能があるから
穴を開けたら
この建物は壊れやすくなる
だから
俺は穴を開けたくない
清さんは
開けやんと
この景色が
活かせない
この景色を活かしてこそ
ここのお店の価値があるんや
景色いいっすもんね
景色よりも安全性や
嫌景色や
揉め始めてかつや
こんな細いスリットでもいいから
そんだけ開けさせてくれ
じゃあ
窓開けようよ
開けたらどうすんのよ
サッシやん
窓の
サッシがいる
ほらもうリクシルやろ
アルミの
嫌よ
アルミのサッシなんか
どうすんの窓は
自分で作ったらいいんちゃう
作り方どうすんの分かれへん
51:01
見守りがやばい
親子2人で
無事作り上げましたと
たぶんあと1時間ぐらいしかもたなそうな
そうですか
けど1時間あるんで
大丈夫っす
ここの窓はラップヤードさん
やってもらってるんです
結局
窓だけはもうどうしようもなくなったんで
神戸さんのとこに行って
見てほしいと
竹下さんかな
に来てもらってんで
ここの窓に
合うデザインを
やってもらってんで
勝良議長から補助金もらってたんで
企業補助金もらってた
その枠を使って
ここの窓枠を
竹田さんて
アイアンの坂さんと
竹下さんの
コンビで
作ってもらってるんです
窓いい感じっすもんね
なるほど
ほかはもうDIYでって感じですか
親戚が
うちの母方の
お母ちゃん祖母ですよね
母方の祖母の実家が大工なんで
その大工の親戚の
おじちゃんに
垂れ壁とか床とか
ちょっとお願いして
ですけど
どうするんだっていうのもいろいろと
いろいろ
問題があり
ですね
外装も内装も
出来上がって
無事
17年後まで
めっちゃかかってるんですね
めちゃくちゃかかってるんです
そのうち1年半か2年ぐらいは
タイルです
トイレとか
厨房の
あそこですね
だから
やっぱり真似事でしかないというか
トムソヤの
パパちゃんを超えることはできやんし
じゃらんじゃらん
さっき言った船戸の
あそこなんかも
ログハウス自分で建ててますからね
だからもうDIYとか
っていうのにはほど遠いぐらい
人を頼りまくってる
自覚があったんで
やっぱり
それでもやっぱり
超えたかったんや
っていう
彼らとは違うものを作りたかったんや
っていう気持ちはあったんで
それでやっぱり
タイルっていうのが
あれを完成させやんと
みたいなんで2年ぐらい伸びたみたいな
その間はずっと塾講師と
イベント出展とみたいな
そうですね
途中からも塾もほとんど切って
こっちに集中みたいな感じでやってる時期は
長かったですね2年ぐらいは
収入ないですよね
ほとんど
54:00
まあまあまあ
細々とやりながら
売上なんかも特にないですけど
でもやっぱりもう
町から補助金もらってる時点で
完成させないといけないんで
もう約束の期限も
あるしなんで
とにかく特勧講師で
ガンガン作りながらやりながら
っていう感じですね
お店がスタートして
最初
どんな感じでした?
知り合いとか
が来てくれたりとか
お父ちゃんお母ちゃん
学校の先生やったんでね
学校の先生の知り合いとかがパーっと来てくれたり
とかしてましたけど
スタートは良くってだんだん
平日とかに売り上げ3000円
とかみたいな
しかも変なお店でしょうか
水木まるまる休みっていう
これはもう当初から
なんでまた
もうその時点で
開店の時点で
僕スペシャルティコーヒー
教会の発行してる
コーヒーマイスターっていう資格を
一応その開店と同時に
持ってたいっていうので持ったんですよ
その時にどうも
スペシャルティコーヒー教会っていうのは
勉強会をたくさん主催してると
僕は多分お店始めた時に
コーヒー全然知らへんかった
ジンコさんとか
モクレンさんとかみたいな
路線を取れないってなった時に
自分は自分で独自で
勉強していかなあかんっていう自覚は
あったんですけど弟子入りはできないんで
なんでそういうセミナーとか
勉強会を中心に
技術を磨いていこうっていう
気持ちになったんですよね
川水木に結構
勉強ごとが
集中するんでそこをお休みにしたら
行きやすいという感じ
勉強ありきの
定休日ですよね
ジンコさんとか村上さんの
スタイルになれないっていうのは
どういうことですか
村上さんなんかは福岡の
Vimyとかに影響を受けて
スタイルというか
深襟で
ネルドリップでとか当時は
コーノのフィルターだったと思いますけど
そういうスタイルでやってるし
ジンコさんのところは名門で
勉強して
ちゃんとしたロースターとして
焙煎機も置いて
ロースターとして身を立てていこうっていう
卸し販売とかを
伸ばしていくとかっていう
方向性みたいなのがあって
フェイバリットちょうど
西田さんがいらっしゃるとき
フェイバリットフェイバリットでおしゃれなカフェも
やりながらコーヒーも自家焙煎していくみたいな
そういう路線を取りながら
っていうのに自分は
どうやって
自分の持ってる技術とか
特性ですよね
自分の特徴でどう戦っていくか
戦っていくっていう考え方おかしいな
自分のポジションっていうのを
どう作っていくかっていうのを考えたときに
勉強できる
っていう自覚はあったので
学び取ってそれを
噛み砕いていくっていうのはできるやろう
っていうので
そういう火水木休みにして
57:00
とにかくコーヒーの勉強に
出るっていう感じで
やってましたね
なるほど
そうなんですね
オープン最初は
お客さんがバッと来てくれて
一旦落ち着いて
また
軌道に乗るまでというか
ちゃんとお店が回っていくまでは
どれぐらいかかるんですか
回っていくっていうか
お客さんが減ったことないんですよ
素晴らしい
毎年ちゃんと
伸びていくんですよね
それはもう全て
親父の釣ってくる
お魚のピザのおかげです
全て
そんなことないでしょ
僕はもう親父の恩分に抱っこです
僕がやってることなんて
そんな言うとあれですけど
彼がやっぱり
最初はお魚のピザなかったんですけど
途中からやっぱり
名物みたいなのがあった方がいい
ラザニアとトマトとベーコンのピザ
ベーコンは自分で燻製から乾燥までやるんですけど
それだけやると
ちょっとなんかなっていうので
僕もそう思うっていうので
お父ちゃんが釣ってくるお魚を
ピザに乗せようっていうのでメニュー開発して
お魚ピザ始めたら
それが評判になって
お魚のピザがあるんだってっていうので
来るんですよ
そうなんですね
でもお魚が乗ってるピザって
すごい焼きにくいんで
やっぱりいい時期に釣って
冷凍して置いてあるんで
冷凍して解凍するまでの時間が
生になるんですよね
普通のピザ窯やったら400度で一気に焼かなあかんので
中まで火入らないんですよ
これピザ窯僕作った窯なんで
火が入るんですよね
ゆっくり焼くんで
時間はかかるけど
お魚が焼けるっていうので
うちの店の名物みたいな感じに
今なってるっていう感じです
それが結構
まだまだみんな食べに来てくれる
っていう感じでじわじわずっと
そうなんですね
ずっと口コミで広がっていってみたいな感じ
そうですね
自分から何か宣伝してるとかっていうのは
全然ないので
でもやっぱ大阪とかね
泉ナンバー京都とか
奈良とかはすごい多いですよね
この間土日も半分ぐらい県外やったんで
へえ
当初の作戦通り
作戦っていうかそうですね
そこがあった方がいいって
本当は出て行くつもりやったんですけど
稼ぎに行くつもりやったので
全然違いますけどね
なるほど
そこから6年間
6年間?8年間ですね
8年間
どうですか
勉強
勉強ですよね
8年目の
初年度に
勉強が足りなさすぎると
何も分かってないっていうのが分かって
バイセンのチャンピオンセミナーみたいなのを
1:00:01
参加するんですよ
JCRCっていう
ジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップ
っていう大会があって
世界大会まである大会なんですよ
それに優勝された方のセミナーに参加した時に
手編みバイセン
っていうのはもう理論上
コーヒーは焼けないと
その場で断言されて
僕は質問してないんで奥の方で聞いてる
立場なんですけど誰かが私
手編みバイセンやっててみたいなの言った時に
手編みバイセンではもう絶対理論的に
焼けないですみたいなこと
断言されたんでやったらやないかみたいな感じで
思って
カタカタといろいろ調べたら八王子で
バイセン合宿っていうのが年に一回やってると
リトリートっていうのがやってる
それ参加しよって言って参加した
そこからですよね
そこからスタートして
ちょうどスペシャリティコーヒー協会の
会長をやってた丸山さん
丸山健太郎さんっていう方ですね
丸山コーヒーの
創業者の方ですけどその人の
生豆を
買える
カッピング会があるっていうので
リトリートを通じて担当の大崎さん
って当時働いてあった女性の
担当の方にお願いして
そこのカッピング会に行って
そこで
丸山コーヒーの
ケニアの豆とかめっちゃいい
お豆を買ってそれを
手編み焙煎で適正に焼けるように
頑張るみたいな
生活が始まるわけです
手編みにこだわるのは
なんなんですかね
もう誰もやってないからですよね
まさに
自分自身が見つけた
フロンティアといったあれですけど
もう誰もやってない
誰もやることがない
多分やる動機も
湧いてこないみたいな
手編み焙煎っていうのは
やれるんです誰でもやれるんですけど
続けるための動機がないんですよね
僕の場合は
動機しかないというか
手編み焙煎が
自分の今までの曲がりくねってきた
ものを
全部支えてくれるんですよ
祖父から引き継いだものづくりの
考え方もあるし
化け学が楽しかった
化け学に将来を見た瞬間っていうのも
あるし
自分自身がいろいろ考えて試行錯誤する
っていうちょっと癖みたいなものを持ってる
っていうところもかみ合ってくるし
自分の中の特性を全部
消化してくれるんです
焙煎する人間
道具から作るってありえないですからね
焙煎機から作るっていてない
いてるんですけど
いてても最終的にその焙煎機を
販売していくって方向行っちゃうんで
なんで焙煎はしなくなったり
とか焙煎量が減ったり
機械作る方に意識いっちゃって
僕の場合はもうほんまに身軽なんで
手編み焙煎の道具って
いうのもほんまに2、3日で作れる
下のホームセンター行ったら材料も
全部揃うしみたいな身軽なんで
すごい全部を
消化するっていう意味では
とても
1:03:01
便利な
僕らしいというか
僕以外同期が持ちづらい
道具ですよね
未だにだってどうやくか
みたいな改善はまだつきないですもんね
まだまだどんどん出てくるんで
次はこうしよう
次はあしようみたいな
まさに即興音楽と
同じですよね
場をというか
自分自身が音楽を続けていく
っていう動機が切れないんですよ
即興音楽って
僕もちょっとピアノやってたんで
そこのジャランジャランのマスターと
息子さんの竹安くん
っていう子がいてて
その子
岩手中学校行ってた時にTAで
生徒やったんですけど
その子と一緒に遊びでピアノ
弾かしてもらった時に
あっという間に音楽途切れるんですよ
出てこなくなるんですよ何も
次どうしようみたいな
ああ岩本さんまた
みたいな
動機がないと音楽音って
出てこないんですよね
だからあとは
それを無理やり続けていくために
模倣するんですよ何かを真似ていったり
何かを
見てその
見たものを真似て
出してみるみたいなんで頑張って頑張って
コード進行で繋いでいくみたいなのが
無理してる即興というとあれですけど
それって多分即興じゃないんですよね
即興というのは自分の
出したものに対して次の
エネルギーが必ずあるんです
パルスというか衝撃
ですよね自分の出した
音楽の衝撃っていうもの
自体が次の衝撃を
生んでいくんです衝撃の連続
っていうのがまさにビートになっていって
それが
自分の作りたいものっていうものに
繋がっていくだからある種
僕の手編み焙煎っていうもの自体は
その即興の連続性を
いかにして保っていくか
っていうことにも繋がっていくんで
なんでやっぱりずっと
続いてる体を
痛めてもやっぱり続いてるっていうのは
ある種その続けていけるんだな
っていうことで続けて
いけるものはあえて途切らせる
必要もないし
続く限り
やってみたいなっていう
感じですよね
そうなんですね
焙煎機
買おうとかそういうのは
なったことはないんですか
やっぱり手編み焙煎って名前付けなかったんで
やっぱり不安はあるんですよ
いつできなくなるやろう
みたいなめっちゃ重たかったんで
最初なんか網振られへんぐらい重たかったんですよ
最初今の
1キロ網作った時なんかもう
ほんまにこんなもん作って
どうなりすんねんみたいな
今も普通に振れますもんね
そうそう筋トレじゃないけど
もう焙煎筋みたいな
焙煎の筋肉みたいなの出来上がって
往復運動に
特化した筋肉みたいなのが
でもやっぱり休んでたら
左腕とか背中の
1:06:00
左側のとことかもう常に競練してますけどね
常にそんな感じです
だから手振れてくるじゃないけど
ずっとここが二の腕のところ
ビビビビビビビって揺れてる
みたいな状態にもうすでになってるんで
だからまあほんまに
いつまで出来るかなーって思いながら
でもそれが出来なくなったとしても
自分自身が今まで
作ってきたいわゆるその
手編み焙煎の構造っていうもの自体から
今までの焙煎機とは
違うアプローチで焙煎するための
道具っていうのは多分作っていけると思うんで
まあ多分まだまだ
続けられるんかなっていう
じゃあ手編みで
体に負担がかかる形じゃないものも
今模索中みたいな
そうですね電動も別に
視野に入ってないわけではないですけど
まあでも今は全然出来るんで
あえてやる必要もないし
まあまあ
とりあえずはイメージの中で
形にしていってるかなっていう感じですね
なるほど
じゃあもうオープンしてから
この8年間は結構
売上的にも上り調子でっていう
まあコロナありましたけどね
コロナありましたけど
でも上り調子っていうか
本当にお客さんがずっと続いてきてくれてるんで
ほんまにありがたいですし
すごいっすね
いやほんまにありえへんですよね
こんなとこでね
うん
怪拙やなって言われるんですけど
まあでも自分で言ったら
恥ずかしいし
お客さんがちゃんと来て
来続けてくれるっていうのは
何が原因やと思うんですか
どうなんでしょうね
僕がやっぱりアクセク色々やってるから
じゃないかなって思いますね
毎回同じもん出してるんですけど
ピザ生地の配合とか毎回変えてますしね
うん
ちょっとずつ色々変えてるんやっていう
自覚はあるんですよ
だって何も誰も教えてもらってない
正解がないんで
自分で正解探し続けないといけないから
だからもう
粉混ぜるタイミングとか
混ぜる水の量とか
もちろんそうやし
順番とか変えたりとか
交互の巻くタイミングとか
交互ふやかす時間とかっていうのも
ちょっとずつ変えながら
オープン当初とやってること全く違うし
ベーコンの作り方も全然違いますしね
うーん
何もかもが毎回変えていく
んですよ
でも変えていってても
作ってる自分自身は変わらない
そこが多分次来るための
原動力になってるのかもしれない
とも思うし
その姿勢でやってたら
認めてくれる人は
認めてくれるというか
うーん
ちょっとずつ良くなってるなっていうのがわかる
っていう風なのがお客さんに伝わった時に
やっぱりちょっとずつ良くなっていく
店なんやって思ってくれたらまた来たくなるんじゃないかな
とか思ったり
結構リピートの方が多いって感じですかね
多いですね
すごい多いと思います
県外の方でもやっぱり
あしきしげく通ってくれて
1:09:01
お父ちゃんの釣ってくる
季節のお魚が楽しみですっていう
ピザ屋的な立ち位置
でもありますけど
なるほど
だから潰れない店をやろう
とかっていう風にはことは考えては
なかったですけどただ
従業員が家族なんで
そういう強みは
ありますしあと地面代
かかれへんっていうのが
土地代が買わせて
もらってるので
そこもあって
続くは続くんですけどやっぱり
売上がある程度
続くっていうのはすごいありがたい
ことですよね
その稼いだ金は全部豆代に消えるんですけどね
自転車商業みたいな
破滅系
ですよね破滅系コーヒーやんで
稼いだ金は
全部パチンコに消えていくのと同じような
構図で稼いだ
金は生豆に消えるみたいな
生豆と
勉強代に消えていくみたいなのを
やっぱりずっとずっと続けてる
感じですね
今どこ目指してやってるような
そうなんでしょうねどの方向性
でも自分は生きていける
ように自分を鍛えてるっていう
感じに近いんかな
自分が自分を
鍛えていくっていう
人との関わりで
人との繋がりで商売していこう
っていう気持ちが元々から
なかったというか
小学校入学幼稚園
入学の時点で同級生引っ叩いた
時点でから遡ると
人間関係
っていうもの自体を
うまく繋いでいって
何かを自分のポジションを
作っていこうっていう気は
もうすでにその時点から多分なかった
んかなって思いますね
逆に言うと自分自身の中から
湧いてくるものっていうもの
だけしか
だけしか見えてないってわけじゃないんですけど
そこをやっぱり大事にしたい
自分の中
自分の繋がり
自分自身の関係性っていうのを
より深く理解していって
そこの見える範囲のどこかから
自分なりに繋げていく
っていうことで
身を立てていきたいって
思ってしまう性格なんやと思うんですよ
だから
ある種の悩みも自分自身と
向き合っていくっていう意味では
自分と網、自分と豆
とかそういう関係性で
全部完結していく
出来上がったものが他の人の
口に入って社会性を帯びていくわけですけど
でもそうであろうが
なかろうが僕自身はやっぱりずっと
豆を焼き続けるんで
自分自身と
向き合っていくみたいな
自分と豆と言いつつも
結構その
和歌山の
焙煎師の方たちとの
勉強会したりとか
いわゆる
コミュニティを作ってとか
やってると思うんですけども
1:12:00
これはいつから
こんな意識が出てきたんですか
意識っていうよりかは
なんていうんかな
手詰まりな感じって
自分の中で感覚的に
見えてくる時があって
ちょうど
大学の時に
一瞬だけ話戻らせてもらうと
美術部にいてた時に
やっぱり過渡期やったんですよ
パソコンとかスマホが始まってくる
瞬間やったんですよね
ちょうどPSPとかポータブル系の
ものがものすごい出てきてる時期で
いわゆる先輩同士とかの
繋がりとかを作らなくても
自分自身の世界だけでも
絵描けるようになってきてるみたいな
だから別に自分は自分で
勝手にやったらいいやみたいな
後派な美術部50年続いてきた
美術部の考え方っていうか
先輩同士とかいろんな対策を作る
みたいな動きっていうのじゃなくて
別にちっちゃくてもこだわりのあるもの作ったらいいんじゃないですか
みたいな彼は彼
私は私で好き勝手にやったらいいでしょう
みたいな感じで
個人主義みたいなのが美術部
の中で出てきた時に
確かに個人主義ない美術部ってのは
個人主義ないけど
それって
マルビなん?みたいな
もう閉じていってるやん
結論出てなくない?
みたいな
それ言ってもたら終わりやん
マルビってなんなん?
みたいなトントンのところに立ち返った時に
広がりがなくなっていくイメージが
その時湧いたんで
その時かなり喰らいついて
いろいろ掘っていったりした時期があったんですけど
和歌山のコーヒー
っていうのも結局
東京大阪
っていうのを常に目線に置きながら
彼らの卸売りの
おこぼれを頂戴するみたいなイメージの
仕事でしかないのか
キーコーヒーとか
UCCとかみたいな
大企業さんが卸の一番安いところ
送っていってみたいな
ビジネス感覚で見た時に
インスタで下調べして
いろいろ戦略を練って
販売戦略とかいろいろ考えて
みたいなことをやっていくしか
もうないの?みたいな
手に立ってきたらどんどん
新しい人が出てきて
新しい人とかが例えば
大阪のめっちゃ有名なところで
修行というか
働いてて
自分で地元へ帰ってきて
地元でお店やりたいみたいな
お金稼いで
銀行さんから
お金融資してもらって事業計画立てて
みたいなビジネスやっていって
ビジネスやって何かの大会とかで
上位入賞して
チャンピオンやとかっていう
称号を作って売っていく
それ他の県でも
やってなくない?みたいな
大阪とかで
普通に見るパターンやし
メルボルンで修行してきました
みたいな海外で
オークランドで修行してきて
その時の経験を
和歌山に持ってきました
他でもやってるやん
1:15:01
それが和歌山の
ためになるんかなみたいな
っていう疑問が
自分の中でずっと沸くんですよ
さっきまでの話をずっと繋げていくと
そこに疑問を持つ
しかない体じゃないですか
メンタル的にも
ってなってきた時に
自分は自分っていう
この枠の中で精一杯やってきたけど
もはや広がりは出ない
っていう直感が
湧き上がるんですよね
そうなってきたら
自分が何百万もかけて
習得してきた技術っていうもの
自体をご承大事に
自分が持ってたとしても
どうせ大阪とか神戸とか東京とかで
誰かがセミナーを始めて
1回2万3万払ったら
その人が蓄積してきた
データを共有するっていう場が
いっぱいできてきて
和歌山の子たちも何か講義始める
ってなったら外に意識を向けて
動き始める
はずなんですよ
ってなってきて和歌山では
食っていけないってなったら
県外出るしかないじゃないですか
外で出ていくしかないですよね
和歌山先細りやんみたいな
なってきて
もうあかんな手詰まりやなってなった時に
自分が持ってるものを
とにかく今まで
進化させてきた
自分なりに進化させたと思っていること
っていうのを
向こうに
いわゆるフィールドを持ってる人たちと
一緒に何かを
合致させることで新しい動き
っていうのが
ついにできるんじゃないか
っていう感覚になって
ぶつけにいったのが
2022年ですね
マーケット和歌山第2回の
直後ぐらいかな
その時の
にぐせげめださんっていう方の
買い付け会をここで
カッピング会やった時に
西谷さんとかジンゴさんとか
石井さんとか
を声かけてここで
やったっていう感じ
そこから定期的に
勉強会をして
勉強会っていうよりかは
ちょうど僕が生豆買い付けする時に
丸山さんところで買ってる豆があるんで
結構勉強になるサンプルなんで
一緒にみんなでやりませんかみたいな感じで
声かけてて
そっからチームチャレンジに参加したりとか
っていうのが始まっていくって感じですね
そういう
流れやったんですよね
それがもう
3年続いて
そうですね
ほんまに
えらい面白いことに
なったなと思いながら
でもやっぱり
根本的な手詰まり感は全然消えてないですけどね
そうなんですか
ここ話すと長いですけどね
ちょっと聞いてもいいですか
時間大丈夫ですか
大丈夫ですよ
へえ
なんかだから最新理論みたいなのが
もう海外から横文字で
流れ込んできてますもんね
やっぱり日本発信の情報っていうのは
1:18:04
なんか
表だってないですよね
海外の先生から
学んだこととか
海外の
チャンピオンが広めてることとか
っていうのを輸入する形で
どんどん競技会とかの評価基準とかも
どんどん
ブラッシュアップされていってるんで
海外の飲み物やなみたいな
感覚はやっぱりずっとありますよね
それは
ポリーズさん的に
なんていうんですかね
リアルじゃないみたいな感じですか
なんか思んないですよね
だから自分の中から内発してくるものを
掴んで
繋いでいくっていう感覚を
自分の中のある種
いたみさんとか
おえなぎさんから
学んだ内発する
自分の中から湧き上がってくるものを
繋いで繋いで
作り上げていくっていう
ある種人間の進化みたいなものの原動力
文化進化の原動力みたいなのが
自分の中からやっぱり出てこないと
いけないっていうのが
それがやっぱり
ある種
大きく言うと民族ってあれですけど
その
そこのエリアで住んでる人間に
課せられた一つの課題だと思うんですよ
だから自分の足元をまず
しっかり見ましょうよっていうふうに
偉そうなこと言ったらあれですけど
できてるんかって言ったらそんなにできてないんですけど
でも自分の足元ってものが
まずあるんだ
そこからそこに立ってる自分っていうものを
きちっと見つめて掘り下げていくことで
広がりを持たせていく
っていう動きはまず念頭に置いた上で
そこを行動しながら
やっぱりそれでもやっぱり
外と繋がっていかへんかったら
いけないっていうのも絶対あるので
そこもしながら両立させていく
それによって
新しいものを生み出していくっていうのを
やっぱり常に意識していかないと
いけないよねっていうのは
思いますよね
なるほど
嫌な言い方したら
お客さん的には関係ないっていうか
美味しいコーヒー
飲めたらいいやみたいな
感じなんですけど
海外のやつそのまま
輸入してやり方を
輸入してきてただそれを
出してるだけやったらちょっとなんか
違うなって感じ
輸入していくっていうのもそのままでは
絶対できないんで
日本風には必ずアレンジしていくから
そこに工夫がないわけではない
ないんですけれどもやっぱり
戦略的なところで
いくと似通っていくじゃないですか
だからこういうスタイルで
こういうやり方でっていうのは
やっぱりどっかで見たことあるような
みたいな感じに素人目から
見るとやっぱり見えてしまったりとかする
実際そうじゃないんですけど
でもやっぱりなんか
なんかもう
そういう意味では
向こうの人たちは
路線を取る人たちはやっぱり
銀行さんとかに返していこうかねとか
莫大な地面代とかが
あってそれをサーフィンのように
1:21:00
乗りこなして作り上げていくって
リスクを抱えてる
じゃあ和歌山っていう場所で
自分のお父さんとか
自分のもともと持ってる土地とかで
家賃少なめで
細々とやってる人間っていう
もの自体は
ある種の安定性があるわけですよね
でもその安定性
っていうもの自体を抱えた状態で
いてるとやっぱり発展性はないわけなんで
その安定
いわゆる
ある程度自分の持ち出しが少ないっていう
でも稼ぎもそこまで多くないっていう
状況の中でいかに
自分の中のリソースっていうのを
リスクとして持ちながら
そのリスクを背負って攻めていくか
っていうのはある種
安定された状況で生きてる人間の
ある種使命みたいなものだと思うんですよ
その使命を抱えた
状態で次のステップっていうのを
常に無双し続けるというか
夢であるかもしれないし
形にならないかもしれないけれども
それをやっぱり常に考えながら
なんかこう
違うものができるんじゃないか
できるかもしれないっていうのはやっぱり
常に意識してたいっていうのはあります
具体的に何なんだって言われたら
まだ分からんっていう感じですけど
でも今出してる
ものっていうもの自体を繋げていく
っていうのはずっと欠かしてないので
次の展開
次の展開は常に考えてますよね
次の展開っていうか
直近の目標とか
これからどうしていこうみたいなのってあるんですか
直近の目標は
とりあえずまた
SCAJで
東京のコーヒーの展示会の
コーヒービレッジっていうのに出るんで
それに向けてまた新しい網
作ったりとかっていうのはせなあかんですけど
でも今
その売選において問題点が出てて
その問題点を解決するための
方法っていうのを
手網ならではの方法で
クリアしていきたいっていうとこですよね
それクリアしたもんで
どこまで戦えるのかっていう
まだちょっとチャレンジできるかな
っていうことはあるので
もう少しやってみようかなっていう感じですね
それをやっていって
最終的にどうなりたい
最終的にそこは
どうなるんでしょうね
関わり合ってくる人たちにも
よると思うんですよ
外から
今までの和歌山のコミュニティと
違う人たちがパーンと入ってきて
その人たちに対して
どういう風にアプローチしていくか
っていうのが変わってくると思うし
そもそもコーヒー業界
そのものがどうなるか分からないですからね
2050年問題って
よく聞かされますけど
どうなっていくんやろうみたいな
でも温暖化も進んでてコーヒーの取れるエリアが
また変わっていってるから
そういう意味でも変わってくるやろうし
そこの兼ね合いっていうのは
先は見通せない
ただどっちに転んでも
自分なりに
そこに
ジョイントしていくかというか
アプローチをかけていく方法っていうのは
常に持っていたいなって思いますね
1:24:04
でもやっぱり
自分で作ったもんで戦っていきたい
っていうのはありますよね
自分で作ったもの
他では
あんまり見たことないもんで
なるほど
結構
ポリトさんって
コンテストとか
出たりしてるじゃないですか
あれの目的は何なんですか
あれは
ある意味戦い方っていうのを
とりあえず
知っておくというか
他のみんなが
出られないわけじゃないじゃないですか
参加すればみんなにチャンスが
あるっちゃあるんですけど
でも全員が全員出て
じゃあ
いい結果が出せるかどうかっていうのも
分かれへんし
ある程度そこら辺のところの基準っていうのを
ある程度勉強した結果
知ってるんで
どういう風に参加したら
結果を取りやすいか出しやすいか
っていうのは自分なりに
ノウハウを持っておきたいって思って
やってるだけですね
だから別に
取り組みっていうのはどう取り組んだかっていうのが
大事で
その後結局
大会とかに出やんかったら
出やんかったって別にいいんですよ
いいんですけど
出やんかったら他の人が取ってくるじゃないですか
和歌山に帰ってくるものには
ならないですよね
アニメの話
漫画の話ですけど
メイドインアビスっていう
グロ系漫画があって
その漫画の中に
村っていう考え方なんですよ
その村っていうのは
外側から
何かエネルギーを取り込んでくる
何かが取り込んできて
その村に何かが
エネルギーが取り込まれるってこと自体が
価値になってるっていう
考え方がストーリーの中にあって
まさにそういう
イメージで
自分自身がその村の中で
命として消えたとしても
消えた命があったとしても
それをまず取り込んだ
ってことが価値なんですよ
村の中にある
価値を増大させていく
っていうことに何か
意味があるみたいな
和歌山っていう村が
あったとしたら和歌山っていう
ところに誰でもいいんですよ
僕じゃない誰でもいい
が大きなエネルギーを
獲得することができるっていうのが
ある種和歌山に
利益をもたらしてるっていう
考え方それが今までやったら
災害が起こりやすいっていう
土木建築の分野から
政治を使っていわゆる補助金を
投入するっていういわゆる政治と
土木建築とかっていう
ところのリンクみたいな
いわゆる和歌山にエネルギーを
注ぎ込んでくるっていうのが
一個の主流だったわけですけど
1:27:01
それがある種一つの時代を
終えて今度は企業誘致
っていうのも始めたけども企業誘致も
とりあえず一段落してしまって
今度はインバウンドっていう形で
エネルギーを取り込んでいく
コーヒーっていう狭い
範囲やけれどもコーヒーっていうもの
自体コーヒーを使った
いわゆる一つのシーンみたいな
があったとしたらそのシーン自体の
価値っていうもの自体を保っていくために
いかにして
エネルギーを獲得していって
そのビートを切らさない
いかにするかっていうのもやっぱり
すごい必要じゃないですかでも自分自身が
必死に太鼓叩いても所詮手編みなんで
自分できることは知れてる
わけですよってなってきたら自分以外の
誰かがその場で戦ってくれる
人が一人でも多くなってくれれば
より可能性は上がるわけですよね
その可能性の
一つとしてやっぱりサリ君
ですよねタテノ君が
やっぱり
コンペティションに出てやっぱり優勝した
っていうのはものすごい価値だと思っています
でもそうなってほしいと思ってたら
まさか初年度になってくれるとは思えんかったんで
まあちょっと意外な
結果でしたけど
でもやっぱりあれはすごく
印象的でしたね僕が想像した
ものが
一瞬チラ見えしたかなっていう感じで
でもここからまだ
全然続いていくというか
続いていかない理由にはならないので
なんかこう面白いことが
起こっていくんだろうなって思って
へえ
いつからその
全体のこと考えるようになった
感じなんですかね
でも元々ですよね
十何年前からずっと始めた時も
そうですし塾で
勤めてる時からもずっと思ってますけどね
だって
自分の教えた生徒が全部県外に出ていくんですよ
教えて教えて
めっちゃいい学力が身について
卒業していって
みんな県外の大学行きますからね
何のために教えたんでしょうね
彼らは帰ってこない
帰ってきたとて
実家を継ぐためとかみたいな感じで
帰ってくる
じゃあその時に身につけたことって
そこまで行けないんじゃないかな
みたいな
感覚になってきて
外へエネルギーを放出していくために
自分は働いてるという感覚になってくるんですよ
いつ帰ってくるんやろう
これ帰ってけへんなみたいな
だったらやっぱり帰ってくる
帰ってくるというか
エネルギーを獲得できる
人を
増やさないといけない
もしくはエネルギーを
獲得するものを
作り上げられる人を
増やさないといけない
っていう感覚になってきて
先のものづくりをする場を作らないといけないとか
っていう新しい発想
新しいアイディアとか
新しいものが生み出される場を
作らないといけないっていう
ある種の相性感にも
切迫感じゃないけど
なんかこう追い詰められた感じ
というか
1:30:00
に繋がってきてるというところですよね
なるほど
それがまあ
2022年から始めて
ちょっとずつ形になってきてる
っていうような
なってきてると
なってきてるんやろうな
前にはなかった
動きなんで
でも
僕自身がこうなってほしいっていうのは
やっぱり僕の頭の中にあるものなんで
ちょっと思んないっすよね
それよりも
また自分が考えてるもの以上に
新しい展開っていうのはやっぱりどんどん
出てくると思うし
それはそれこれはこれで
やっぱり自分の中から出てくるものっていうのを
積み重ねてまた自分は自分で
温めてるもの自体がまた
大きくなっていって
それをまた
誰かとぶつけて
誰かとくっついて
何かが生み出されていく
っていうのが理想やな
と思いますけど
この店
とかポリトさん個人が
これからどうなっていきたいとか
そんなんはあるんすか
店はまあとりあえずはね
生活の基盤ではあるので
でもこのお店
自体っていうのがやっぱり
安定的に外から
興味を持ってもらえる
場所にはならないと
いけない
特殊な取り組みをしてるんで
ある種
日本中から
ここに目的を持ってきてくれる
お客さんを増やさないといけない
僕は僕でやっぱりエネルギーを
いわゆる
和歌山に注いでくれる人を
一人でも多く見つけないといけない
それによってやっぱり
自分自身がやっぱり
自分がこういう発想するようになったのも
やっぱりすべて和歌山が
源泉なんすよ
自分自身がもう話しきれない
ぐらい和歌山
っていうもの自体
和歌山であること
自分がそこで生まれてそこで
育ってそこで何かを
材料を作って
それで一回鹿児島で戦っては
見たけども結局和歌山が帰ってきて
見つめ直してまた自分の中に
もともとあったやんと
そこを大事にしたら別に
外へ出ていく必要もないぐらい
魅力的なものが
作れていたかもしれないけども
やっぱりそれを一旦
途切れさせて
しまった
途切れさせてしまったそれによってやっぱり
もったいないことをしてしまったっていう感覚も
あるし
だからこそやっぱりもっともっと
自分の足元っていうもの自体を
きちっと見てそこから
出てくるものを吸い上げて
というか自分なりに消化して
展開させていって
っていうだけでも全然我々は
進化していけるはずだっていう
予想外の
ことっていうのはもう今
目の前でもう常に展開されて
いるんですよ
誰も歩んだことのない世界っていうのを
全員が歩んでるんだって
1:33:01
キレイ語といえばそうなんですけど
見てる景色も同じように見えて
毎回違うはずなんで
違うものの中からやっぱり次の展開
っていうのを作っていきたいって思うから
固定概念
既存のコード進行
ばっかりで曲やってたらそれは手詰まりになりますけど
常にやっぱり即興の
意識を持って
エネルギーの連続性っていうのを
繋いでいくっていう意識は常に
持っていたいっていうのは思います
だからまあ
その連続性の中でもし
うちのお店自体が
世界中からお客さんが
来てしまう店になるんやとすると
それは一つの到達点なのかな
っていうふうには思います
なれるっていう
確信はないですけど
でもなれたとしたらすごい価値やろうな
と思います
そこも
目指せるように
アプローチはしていきたいな
と思いますけど
でも
もう
それで来てくれても
所詮2000円ですからね
別にサウジから来ようが
どっかから来て
王族が来たとしても
額面以上の
金額は取らないですから
だからその
2000円だけど
その2000円を超えてその人が来てくれた
ってこと自体が和歌山にとっては
強大な価値になる
だって
飛行機で来たいって思うんですよ
僕が
観空の近くでお店やりたいっていうのは
そこが原動力なんで
全てが繋がってますよね
京都よりも
和歌山に来たい
大阪よりも和歌山に来たい
奈良よりも和歌山に来たい
っていうその玄関口として
桂木町がポンと最初に上がってきてくれる
っていうのがこの場所に
店を構えた一番の理由
じゃないですか
そこはですよね
どんなネームバリューを超えて
まず観空で
観空へ降り立ったらとりあえず
まず和歌山行ってこようっていう
動きっていうのが
なんか想像するだけで
なんかちょっとふんふんってなりますよね
やったぞっていう感じに
みんな大阪を京都行きますもんね
確かに
そういう感じやったんですね
いやー
しかし長時間
今日はありがとうございます
なんか語り残したこととか
大丈夫ですか
色々あるようなないようなですけど
それはまたそのうちの話で
またホッピングの時の
ラジオとかも
もし呼んでもらえるんであれば
定期的にポリトさんの話も聞けると思うんで
そこは土屋先生にね
今回リーダーは土屋さんなんで
そういう感じなんですね
はい
了解しました
そして毎回ゲストの方に
お伺いしてるんですけども
ポリトさんが今和歌山で気になってる人とか
この人の話を聞いてみたいな
1:36:01
って人とかっていますか
えーっとね
それ和歌山県出身の人
じゃないとダメなんですか
いや何でもいいですよ
聞いてみたいな
さっき言った
ジャランジャランの青柳さんの息子さんの
竹康くん青柳竹康くん
やっぱりある種僕の兄弟子みたいな
弟子じゃないですけど
でも影響を受けた
一人なんで彼はね
コントラバスを作るんですよ
今多分埼玉でバトーキーも作ってるはず
遠い
埼玉はな
帰ってきえへんしなみたいな
時々やり取りはするんですけど
竹康くんは
何で今そこなんやろ
っていうのはすごい気になる人ではあるんですけど
無理ですもんね気になる人
もう一人
二人
僕こういう関係が
少ないんですよ
なんで
なんかね
出てこないな自分のことばっかりしか見てないな
やっぱりな
僕が
焙煎する時に使う
道具で一本曲げた
使うんですけど
一本曲げたの開発者の
宮崎陽輔さんっていう方が
和歌山に住んであって
聞きたいけど
すごい人ですよ
どういうことですか
やばい
どういう展開があるのかわからへんですけど
ほんまにスポーツ界を
席巻する可能性は
大いにある
ほうほうほう
いやもうほんまに
焙煎続けられてるのは
あの下駄のおかげなんで
体の痛みっていうもの自体を
調整
できたんであの道具で
宮崎さんの話
なんか深掘りして聞いてみたいな
と思いますけど
すごい深い人なんで
どうなっちゃうんやろ
すごい
かな
ありがとうございます
そして最後に
ポリッドさんから何か告知とかありますか
告知
あと何分あるんですか
いやまだ
あと4分くらい
今ちょうど8周年
なんですけど
多分この放送が
終わる頃には
うーん
そうかな
この放送がされる頃には
もう多分終わってるんやな
放送が多分8月
後半ぐらいに
8月後半
ほんならあれですね
9月の24日から
東京のSCAJのコーヒービレッジ
っていう場所で
あのまた
戦いに出てます
手やみ焙煎で
1:39:01
有明を揺らせるように
頑張っていきますんで
応援のほど
よろしくお願いいたします
今年はちょっとね
一つ集大成というか
9月の
SCAJで一つ
出来事が
もうすでに起こることは確定なんで
うーん
まあそれが何なのか別に大したこと
ではないように思われるかもしれないですけど
ついに僕も
頑張る人を
応援するために豆を焼く仕事を
受けともてる
というのはね
すごい印象的ですね
気になるっすね
いやいやいや
まあでも
手やみでよくそこまでやったなって
自分でもちょっと思ってしまう
かな
でもまあ頑張ってきてよかったな
って思いながら
その人を応援できるように
仕事頑張るだけやなと思って
頑張ります
何なんすかね
ありがとうございます
ちなみにこのポリとコーヒーの
営業時間などはどんな感じでしょうか
平日が
11時から
3時ラストオーダーで
4時までっていうのと
土日が
11時から
17時ラストオーダーで
16時まで
という形になってます
ピザもコーヒーも
美味しいので皆さんぜひという感じで
毎日試行錯誤しているので
ぜひどんな風に
あれちらかってるか
楽しみに来てください
ありがとうございます
では最後に事務連絡させていただきます
キセンラジオはスポティファイや
アップルポッドキャストなど各種音声配信
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スポティファイで番組をフォローしていただけたら
嬉しいです
この人の話を聞いてみたいという
リクエストや番組改善のための
フィードバックも募集中です
番組のオープニングとエンディングの
楽曲はお寿司のともみさんの
Our Youngです
お寿司のともみさんの楽曲はスポティファイで
聴けるほかお寿司のともみ
通販サイトでCDも購入可能です
こちらもぜひチェックしてみてください
というわけで
本日はポリとコーヒーの岩本勝也さんに
ご出演いただきました
ありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
01:43:08

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