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episode.74 WooJoo ひなみちゃん 前編
2025-09-24 50:19

episode.74 WooJoo ひなみちゃん 前編

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episode.74 WooJoo ひなみちゃん 前編


ゲスト▷ WooJoo ひなみちゃん


今回のゲストは和歌山市のカフェWooJooのひなみちゃんです


どうぞお聴きください💁‍♂️


talk topics


道産子ひなみ/小2からお菓子作り/かみさま/ディズニーホテル/兄弟のこと/この世はディベート/和歌山大学へ


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。


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感想

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00:22
40年とか50年生きてる人たちが、今までの 老いたちからしゃべって、2時間じゃないですか。
まだ半分ですよ。不安でしょうがない。
丁寧にね。赤ちゃんの時、どんな感じだったの?って言ってね。
今まで人中盤、着替えかけてもらったからね。
やっぱりね、これからの話を中心に聞きたいですね。
でもシンプルにね、知らないことがいっぱいあるんで。
いっぱいあると思います。
楽しみだ。
では、よろしくお願いします。
いきまーす。
有田市のコーヒーショップ、ARCの上田です。
岩手市のリハーツ店、アーカイブスのQです。
この番組は、和歌山で活躍するゲストの方に インタビューしていく番組です。
既選ラジオ第74回です。
本日は、和歌山市にある宇寿で収録しています。
本日のゲストは、宇寿のひなみちゃんです。
ひなみちゃんの生まれから現在に至るまでのルーツや、
現在のこと、これから計画していることについて お聞きしていきます。
よろしくお願いします。
これ、ゴーっていう音は?
冷蔵庫ですね。
冷蔵庫、じゃあしょうがないな。
ちょいマイクに近めに喋ってもらったら、
後で音消せるので。
ではでは、今回宇寿のひなみちゃんが ゲストということなんですけども、
まずはひなみちゃんから 自己紹介してもらってもいいですか?
和歌山市駅の近くでカフェをしています。
ひなみ、尾端ひなみと申します。
お願いします。
尾端さんやった。
台本で思いました。
ひなみちゃんは宇寿をやっているのと、
カモゴで働いているのと、
和歌山大学の大学生ということで、
すごい。
若干22歳で。
22歳ですね。
こんな同級生がいたらもうちょっとなんか、
ジェラシーがね、
あいつイケまくってんなって。
すごい置いてかれたなって。
全然見られてもないですよ。
同世代にもね。
いやいやいや。
こんなひなみちゃんが、
このスピードいろいろやっちゃってる。
スピードいろいろですね。
ひなみちゃんがどうやってこんな感じになっていったのかっていうのを、
ちょっとルーツからいろいろ教えてもらいたいんですけども、
ひなみちゃん生まれはどちらですか?
03:02
生まれは北海道札幌市です。
札幌市。
めっちゃ都会な感じで。
札幌駅が一番中心、
みんなが降りる駅になるんですけど、
そっから伏田駅なんで、
車で10分ぐらいの、
札幌割と車で10分も行けばめちゃくちゃ住宅街。
なんで、
そんななんか、
めっちゃ離れてるわけでもなく、
普通に住宅街で育ちって感じですね。
ひなみちゃんファミリーはどんな感じだったんですか?
ファミリーは、
お父さんお母さん。
1個下に弟と、
7個上のお兄ちゃんがいて、
私は3兄弟の真ん中、
1人女子。
タフになりますね。
タフになって。
タフになりました。
お父さんお母さんは仕事とか、
どんな感じだったんですか?
2人ともお仕事してて、
お母さんが看護師。
で、お父さんが時計屋さん。
自営じゃないんですけど、
百貨店の中の時計屋さんで、
ずっと働いてました。
ロレックスみたいな。
どうなんですかね。
1回だけなんか、
お使いで書類届けに行ったことあるんですけど、
全然別に。
でも、いろんな会社の時計を取り扱ってる。
ログを渡してくれて、
誕生日プレゼントどれがいいみたいな。
どの時計がいいみたいな。
そんな高いの頼まないですけど。
みたいな感じでしたね。
百貨店の一番上の方に、
そういう店あるっすもんね。
やっぱりいい時計のね、
扱ってるイメージがあるっすね。
なるほど。
幼少期ひなみちゃんはどんなお子さんやったんですか?
幼少期ひなみちゃんは、
わりとたぶんしっかりしてるほう。
自我があるほうやったと思います。
あんまりなんか、
ほんまに赤ちゃんの時の記憶とかないんですけど、
保育園の卒業アルバムの、
親からのメッセージのとこに書いてあった、
なんかちっちゃい時のエピソードみたいなやつ。
北海道で冬なんで、
ソリ引いて帰るんですけど、
ソリに私と弟が乗って、
お母さんが引いて帰るみたいな。
夕方ぐらいに。
後ろに2人を積んで引っ張ってたら、
何か落としても気づかないですけど、
途中で弟が手袋片方ないから、
泣き始めちゃったんですよ。
ほんじはなんか、
私弟見とくから探してきてみたいな、
言ったらしくて、
06:00
なんかもうしっかりしてましたみたいな、
たぶん3歳とかの時に。
みたいなことが、
後付けのエピソード、
なんていうんですか、
記憶ですけど、
みたいな、
なんかしっかりしてたらしいです。
しっかり者。
そのまましっかりしたまま、
小学校とかも。
あんまりでもそんなしっかりしてないですけど。
しっかりしてるイメージかもしれない。
しっかりしすぎてるイメージです。
いやいやいや。
小学校は、
でも学級代表とかしてました。
めっちゃ。
結構もうイケてる、
当時からイケてる女子みたいな。
めっちゃ真面目女子でした、たぶん。
あんまりいじる対象にもならんし、
めっちゃ遊びに誘う対象にもならんし、
家もちょっとなんか、
親が遅い頃に産んだ子やから、
ちょっと、
なんていうんですか、
考え方が古いじゃないけど、
若い時の子じゃないから、
周りの家に比べたら、
ちょっとカチッとして丁寧に育てられた方やと思うんで、
何時までに帰りなさいとか、
どこ行くなら報告しなさいとか、
反発したくなるぐらいの縛りというか、
心配やからやと思うんですけど、
わけながらやったんで、
そんなめっちゃ友達と外に遊びに行くとかは、
みんなとして行くとかじゃなくて、
限られた友達と深く、
長くみたいな感じですね。
なるほど。
でも、
Aクラスでの立ち位置的には、
ちょっと中心的な。
どうなんですかね、
全然あんまちゃんと覚えてないですけど、
まとめないといけない時に、
その仕事するみたいな。
先生から言われたことは、
ちゃんとできるしみたいな。
みたいな感じやったと思います。
頼られるし、率先してやるしみたいな。
かな?
たぶん、
人よりは、
なんかに気づく、
先生がやってほしそうなこととかを、
見てるタイプではあったんで、
それが多い。
たぶん、やらなきゃみたいな。
役割の名前もあるから、
使命感みたいな感じで、
動いてたぐらいやったと思います。
そんな時、何が好きやったとか、
何興味あったとか。
何が好きやったんやろ。
でも、小学2年生ぐらいから、
ダンスを習い始めました。
そっから、
一応、中3まで続けることになる、
ダンスを。
どういう系の?
ヒップホップダンスでやったんですけど、
09:02
そうなんですか?
そうなんです。
でも、わりとその時期も、
まだあんまり習い事でダンスって、
主流じゃなくて、
全然、学校に2人おるかおらんかみたいな、
習い事ダンスのほうが。
それ、何きっかけで?
習い事したいって、
親にたぶん言い始めて、
踊るほうのバレエとか、
ピアノとかソロバンとかも、
見学とか体験行ったけど、
そんなイマイチで、
でも、ダンスの体験行って、
これやりたいって、
言った記憶があります。
全然なんか、
別に人前に出ることが好きなわけでもないし、
習い始めてから、
急にみんなで作って、
順番にフリーダンスみたいな、
泣いた記憶ありますもん。
嫌すぎて、恥ずかしすぎて。
全然、そんな前に出たいくないし、
人前で踊るのが好きとかじゃないけど、
なんかわかんないけど、
これがいいって言ったみたいですね。
それが中3まで?
それが、そうですね。
部活やりながらやったんで、
中学校はちょっと、
ぼちぼち行くぐらいになったんですけど。
中学校はそのまま、地元の中学校?
そうです。
ちなみに部活は何を?
部活は、中高6年間やることになるんですけど、
ソフトテニスをずっとしてました。
真っ黒になりながら。
札幌の中学生とかって、
どういうムードっていうか。
ムード?
でも、遊びに行く場所が、
イオン。
それは割と若いものなんですけど、
札幌駅になるんですよ。
札幌駅から大通り。
まあまあ栄えてるカフェとかもあるし、
公園あって、お店あって、
プリクラが入ってる建物があって、
ショッピングしてみたいな。
街ごと使って遊ぶみたいな。
ご集合で、あそこで買い物してみたいなのが、
ちょっと多分、
選択肢が札幌やからめちゃくちゃあったんで、
みんな割とそういう遊び方してて、
デートとかになったら、
多分今観光地でよく聞くけど、
小樽とかは電車1本できるんで、
小樽とか行って、歩いてみたいな感じ。
その中でもひなみちゃんはどういう遊び方を?
何してたんですかね。
友達と札幌駅のミョームっていう、
めっちゃわかりやすい、
待ち合わせスポットになりそうな彫刻みたいな、
12:01
でっかい彫刻があるんですよ。
そこでちゃんとみんなと待ち合わせして、
プリクラ取りに行って、
落書きしてみたいな、
普通に遊んでました。
中高くらいって他に、
クラブとかダンス以外で付き合ったこととか、
興味出てきたこととか?
今、結局続いてるお菓子作りは、
小2くらいから始まるんですけど、
中学校とかになっても、
めっちゃこりしょうなんで、
一つのことをずっとするのが好き、得意やから、
中学校の時は毎週末、
マカロンを一生作って、
家の炎オーブンでどうやったらうまく焼けるのか、
みたいなのを一生やってました。
お菓子は何きっかけで?
お菓子、初めて作ったのは、
ホットケーキとかはみんな、
家でお手伝いくらいでは作るじゃないですか、
急にクリスマスケーキを家で作り始めて、
多分それ最初が小2くらいで、
お母さんが作り始めて?
お母さんがお菓子作るの、
めっちゃじゃないですけど、
たまにある材料で作ってくれるみたいな、
結構そんなの好きやって、
クリスマスに一緒に作ろうってなって、
小2は一緒に作って、
小3のクリスマス、
毎年同じケーキ作ってたんですけど、
小3になったら、
ちょっと放置される時間が長いんですね。
去年やったからできるやろう、みたいな。
小4になったら、
ケーキ作ってる時間にお母さんも寝てるんですね。
一人で疲れされるようになるんですよ。
小4ね。
毎年同じケーキなんで、
小5になったら、
デコレーションがんばれるようになって、みたいな。
お菓子作り最初にやり続けた記憶はそこですね。
クリスマスケーキ。
クリスマスケーキ以外にも、
間々でいろいろ作ったり?
あんまり小学校の時、
親のケーキ作りっていうか、
お菓子作り手伝うみたいなことはやってたりとか、
あとバレンタインとかは作ってたと思うんですけど、
中学校とかになって、
ちょっとずつ理論がわかり始めて、
何をどうしていったら家の家庭用オーブンでうまくいくとか、
全然違うからオーブンでとかに気づいたり、
15:02
あと自分で調べて作るっていうのができるようになるじゃないですか、
中学校ぐらいになったら。
で、自分で買い物行って、
レシピ調べて、作るとこまで作って、
あとは全部家族が食べるみたいなのをしてました。
食べるよりその時から作るのが好きみたいな?
全然自分で食べないですね。
味見1個して、もういらないからあげるとか、
バレンタインとかも配るのが好きで、
めっちゃ種類作って、みんな選べるようにして、
どれがいいとかって配ってました。
作れば好きになったのはなんで?
なんでなんですかね?
好きだったの?
多分でも、レスポンスが返ってくるのも嬉しかったんやと思います。
渡して親とか友達とかが美味しいみたいな、
また作ってとか、パティシーになればいいじゃんみたいなとか、
そんなんで、もてはやされてるなって思うけど、
その瞬間がめっちゃ多分嬉しかったし、
好きだったから、
作るのが全然苦じゃないし、嬉しい。
作ったら喜んでもらえるんやなって分かってたから、
懲り性やし、作ってる時間も楽しいから、
みたいな感じで、趣味みたいになっていきました。
それは中高ずっと趣味で作り続けて、
高校も札幌の高校で?
高校も札幌の高校で。
ダンスはもう中学校で辞めて?
一旦辞めてますね。
高校はテニスだけ?
高校はテニスほぼ休みなしで、ずっとテニスしてました。
冬はずっと走ってました。
結構強暴攻撃な。
いや、なんか強くしていきたい。
先生がすごくて、結構力入れてくれる人で、
多分実績的にもすごい人で、
その人に割と人生1回変えられてるみたいな感じなんですけど、
その先生がおって、
夏は外で使えるんで、ずっとテニスして、
冬はもう雪降っちゃうんで、外でできないんで、
トレーニングと走って、
たまに小学校の体育館とか借りてテニスしてみたいな、
毎日やったんで。
人生変えられちゃってるっていうのはどういうこと?
18:01
この人本当にすごくて、神様って思ってるんですけど、
全然神様で想像されるような、
しっとりした見た目とかしてないんですけど、
めちゃくちゃゴリゴリの体育の先生で、
コーヒー豆ぐらい日焼けしてて、
顔も丸くって、つるんってしてて。
神様の性別は?
神様は男性の先生でした。
年代的には?
私たちを持ってくれた時で、たぶん50歳ぐらいかな。
でも全然、17歳とかの私たちより走るし、動けるしみたいな。
その人もずっとテニスしてきた人で、
現役時代もゴリゴリに強くて、
インターハイとか全然いっちゃう人で、
テニスのことはもちろんなんですけど、
その時に力入れてくれてた指導の中に、
メンタルトレーニングっていうのがあって、
メンタルが鍛えられるんですよ。
具体的には?
具体的には、
毎日継続することにまず日誌があって、
日誌で自分の行動とか振り返ったりとか、
テニスに関係ないことでも日常の気づきとか、
今日の感謝みたいな。
今日の良かった人みたいな。
全然部活の仲間じゃなくても、
この人がこういうとこしてるのが本当にいいと思ってみたいな。
もちろん明日に向けての目標とか、反省とかを書く日誌が一個あって、
その他にも長期目標と中期目標と短期目標みたいなのを設定しましょうとか、
あと呼吸法をやる音源があって、
練習前に絶対それをかけて、
みんな天仰いで寝っ転がって、
呼吸と精神統一みたいな。
なんで他の部活から道宗教って言われてたんですけど、
神様って言ってるぐらいやし。
そんな感じのがあって、
その先生がそれをちゃんと効果のあるやつで、
それに基づいて指導してくれてるのとか、
指導内容が別にうさんくさいとかじゃなくて、
めちゃくちゃ本質を見抜いてくる先生やったんですよ。
普段の行動とか、試合中のどんなとかで、
割と兄弟のこととかも喋ってないのに見抜かれたりとか、
21:02
大丈夫かみたいなのとか、
お前はほんまにみたいな、
結構口は悪いけどめっちゃ愛のある指導をしてくれた先生やから、
その分こっちからの信頼がすごいし、
その分時間かけてくれてるなっていうのをずっと感じ取れてたから、
みんなめっちゃ怖がってるけど、結局大好きみたいな。
愛情がすごい先生。
その人のもとで高校3年間過ごせて本当に良かったなって思える先生でした。
結構人生の中で出会えて良かった人の一人。
テニスのスキルだけじゃなくて、考え方的なところとかも教えてくれて。
強くなるのも大事やったんですけど、
公立高校やったんで、もちろん私立の方が強いじゃないですか、部活ってなったら。
公立やから勉強もしないといけないけど、
でも部活も強かったらすごいじゃんみたいな。
文部領土を本当に体現しよう、俺らでみたいな。
こんな衛生情熱家じゃないですけど、
めっちゃ心の通った愛情のある先生やったんで。
っていうところが影響を受けた人の一人というか。
コーチとしてというよりも人間としてという感じですか?
もちろん人間として尊敬できるところがめちゃくちゃ多かったです。
高校の時は部活とお菓子作りも継続して。
作ってたんかな。
部活してたイメージしかなさすぎて。
結構ずっと外行ってました。
高校の時ぐらいって将来何になりたいとかそういうのって?
将来の夢。進路決めるときに考えさせられるんで。
考えて出てきたのが、お菓子はずっと好きやったから。
パティシエになる道と、髪の毛アレンジするのとか好きやったんですよ。
美容師になる道と。
もう一個がホテルマンになる道が、全然違う分野ですけど候補に上がってて。
結構具体的な候補がすでに出揃ってる感じ。
職業で思い浮かべてましたね。
大学入ったら周りにフリーターが多いし、GAとかいう選択肢も自分の中にはそんなになかったっていうか。
24:10
そんなこと簡単にできるはずないからそもそも候補に入ってこなかったんで。
どんな仕事に就こうかなみたいな。
ホテルマンになりたかったのは、
ずっと小さい時からはディズニーが好きで、
キャラクターとかプリンセスとかが好きなんじゃなくて、
ディズニーで働いてるキャストを見るのがめっちゃ好きやったんですよ。
すごいなーみたいな。
遠くから眺めて、あの人あんなとこに気づくんだとかを見てるのがめっちゃ好きで。
人間観察がそもそも好きやったんで。
ディズニーで働きたいみたいな夢というか目標というかをなんとなく掲げて、
ディズニーホテルで働きたいなっていうのを多分高校ぐらいはずっと言ってました。
ディズニーの中でもディズニーランドの人じゃなくてホテルの人?
ホテルやったんですね。
これも兄弟の話に戻るんですけど、
私、一個下の弟と7個上のお兄ちゃんどっちも知的障害を持ってて、
2人とも小学校ぐらいから特別支援学級がある学校とか、
高校になったら特別支援学校になるんですけどに行ってて、
言ったら障害者手帳持ってるんですよ。
一人で自分のこと、わりとうちの兄弟はできる方やったんですけど、
一応観察してる親とか責任者がおる状態が安心だよねみたいな時とかに、
ディズニーとか行ったら障害者手帳、
障害者手帳、兄弟やから第三者的に家族として差別を体験する時があるんですよね。
あれあったら障害者手帳あったら早く乗れるんでそれはめっちゃいいんですけど、
誰もこの障害者手帳を斜めに見てないというか、
すごいフラットに接してくれるのとか、でもちゃんと気遣ってくれてるのとかを見てて、
すごいホスピタリティだなじゃないけど、
みんな同じマインドで働いてるのすごいなって思って憧れたのが最初ですね。
27:02
具体的にどういうエピソードとか覚えてる?
これはディズニーの話なんですけど、ディズニーに入る時に何か落としたんですよ、弟が。
落としたんかはぐれたんか忘れたんですけど、障害者手帳を持ってるから、
パニックになりやすい体質ではなかったんですけど、焦るし自分の感情上手に伝えられない子ではあるんで、
すごいソワソワしてたんですけど、忘れ物を預かってくれるセンターみたいなところに行くじゃないですか、
こんな落ちてなかったですか、探してくれるからちょっと待ってくださいねみたいな時も、
すごい気づかってくれて、落ち着くような声をかけてくれて、
全然ちっちゃい時の記憶なんで曖昧ですけど、
そんなんをしてもらえたのを目の前で見てるから、こうなろうみたいな、
ここで働く未来が見えたとかまでは行かないですけど、こういう大人になろうみたいな、
のをその時に思って、その体験があった後で、ディズニーのキャストをまとめてる人とか、
まとめてる人、元まとめてる人みたいな人の本が何冊かシリーズで出てて、ディズニーの物語みたいなやつ、
それを読み始めて、みんなこんな理念の元頑張ってるんやみたいな、
人と接してて、こんな気づき方してて、みたいなのを知って、
より一層そこでやっとここで働こうみたいな、私もこれを身につけたいし、
これを人に返したいなみたいな、このもらったあったかみたいなやつを返したいなって思って、
ディズニーで働くことに憧れ始めたみたいな感じです。
なるほど、そして進路は和歌山大学へ?
はい、もともとは和歌山大学に来る予定じゃなくて、進路が変わって和歌山大学になったんですけど、
進路というのもちょうど高校3年生でコロナ1年目が始まります。
そうなんですよ、2020年。
そうか、ちょっと前な感じがしますね。
僕らもバリバリ大人ですもんね。
30:02
そうなんですよ、高校3年生の夏より手前ぐらいですかね、にコロナが来まして、
部活ができなくなり、最後の大会もせず、学校祭もなくなり、
いろいろ高校3年生最後の夏から後みたいな思い出がない状態で、
卒業していくんですけど、ってなった時に、
もともとは北海道の短期大学、それもわりと観光系では探してたんですけど、
2年行って卒業して、そこから2年間留学に行って、
4年生大学の新卒の人と年数を合わせて、しかも留学に行った状態で、
帰ってこようとしてたんですよ。
めっちゃ計画的やな。
そうなんです。
もともと高校がわりと国際系な学科に行ってたんで、
普通に第二外国語も中国語でずっとやらせてくれてたし、
結構進学校的な?
わりとそうですね、どっちかというとって感じで、
なんか公立校なのに、ちょっとうちの学校不思議で、学科が4つあって、
偏差値も上の学科もあれば、商業家っぽい学科もちゃんとあって、
幅広い学校やったんで、進路とか相談のってくれる先生もめちゃくちゃいろんな人がおって、
いろんな人が選択肢をくれる中で、
でもいろいろ相談してて、そういう進路にしようって決めてたんですけど、
コロナが来て、留学に行けるのが、ほんまに2年後に行けるかわからんみたいな。
ってなったら、短期大学卒業しただけのやつになってまうってなって、
一応ね、最近はやっと大学があまり需要視されなくてとかは言うけど、給料差なんて絶対あるじゃないですか。
ってなったら、留学に行けない短大2年卒業で終わるよりは、
4年制大学に進んで、その4年の中で留学のタイミングを待った方が賢いなって思って、
で、観光系で探して、国公立の大学で唯一観光学部があったのが和歌山大学。
で、和歌山に来ることになります。
18歳の時点でその判断ができるっていうのは、めっちゃ早熟というか。
いやいや。
33:00
18歳の時、特に何も考えてなかったよな。
18歳は家が散髪屋やから散髪屋になったらえっか。
周り大学行くし、僕も大学行くかみたいなぐらいしか考えてなかったんで。
自分ですよ。
周りに多分話し合える大人とか同級生が多かったのはめっちゃ大きいと思います。
神様含め。
神様含め。高校の先生、他人の先生も含め。
他人の先生も変な先生で、女の人で関西の人なんですけど、
なんかずっとロシア語喋ってるんですよね授業中。
現代文の先生なんですけど。
気をつけれよ、ロシア語で始め、ロシア語で終わり、
外務省とつながりがあるからって外務省の人と喋らされみたいな。
変な人がめっちゃ多かったね。
多かったんですけど、その人たちもそんだけ動いてきたからの結果を持ってる人たちだったんで。
高校の時からわりと私の周りの大人が、こうであってほしい大人みたいな人たちが多かったから、
大人に憧れれたし、ちゃんとしていった気がします。
こうであってほしいっていうのはどういう?
刺激をくれる大人がめちゃくちゃ多かったです。
自分らの生活、高校生までなんて自分で何もできないじゃないですか。
留学行くにも親の力が必要だし、その機会を進めてくれるのも学校の先生だったりとか、
部活もそうですけど、どこどこ合宿行くぞってなっても、
そのコミュニティを持ってる先生の力がないと無理だったりとか、
高校のカリキュラム的にもわりと面白い学校だったんで、
その中で生活できたのも、私がこうなっていった理由の6割ぐらいを占めてる気がします。
で、わりと高校行ったら、友達も同じように育っていってるわけじゃないですか。
同じような大人に囲まれて。
じゃあ、わりとディスカッションできる同級生がめちゃくちゃ多かったんで、
それもあって、自分の中にちゃんと考えを持っておいて、
しゃべり出さないと負けるんですね。
ディベートなんで、この世は。
36:01
この世はディベートなんで。
それもあって、自分の中で、それが間違ってようが、
ちょっとこれはこうじゃないみたいなところがあろうが、
別にディベートを通して自分が学べたらいいから、
スタートは何でもいいことはないですけど、
ちゃんと芯がある状態でスタートすれば、
自分の意見があることが大事。
をちゃんと主張できることが大事。
なんで、それをできる同級生がものすごく多くて、
クラスメイトは怖かったですよ、でも。
ディベートなんで。
言葉の殺し合いみたいな。
変わった学校やったね、本当に。
でも、そう思えるぐらい自分の中でしっかり考えて答えを出すっていう習慣?
みたいな。
なりそうですよね。
考えないと、多分。
こんな使命的には思ってないですけど、
何か話を聞いても、私はこう思うな、を発信せずとも、
自分の中に持っている状態が本当に習慣づいてたんで、
だから多分、後に言われることが多くなる。
大人と喋るのがめっちゃ上手って割と褒められたり、
落ち着いてるね、みたいな。
そこの習慣のおかげで、
もらった話とか今投げられた話に対しての自分の意見を作るのが早いから、
割とレスポンスがんばれる方みたいなのはできたと思います。
高校のおかげで。
結構同級生たちも面白進路っていうか。
進路、そうですね。
いろんなことやってるみたいな。
いろんなことやってますね。
同級生、この間アナウンサーになる子がおったりとか、
同級生、札幌の高校行って、
そこからクラスメイトで札幌に残った子多分2割ぐらいしかいなくて、
全国バラバラになり、
関東にいる方が同級生と会えるみたいな、
会いたい人に会えるみたいなのをして、
今は戻った子もいますけど、
でもやっぱ久々に会っても、
全員友達がいないんですね、学校に。
みんな他の同級生がディスカッションができないから、
高校の時に意見を持って話し合うみたいなことが当たり前になりすぎて、
適当な会話をするのがみんな逆に下手になってしまって、
私もずっと言ってるんですけど、
大学に友達がいないんですよ。
ほんまに高校の子とかに久々に会って、
39:04
やっとこれこれみたいな。
みんななってますね。
みんな寂しい顔して、
インスタとか見てても、
また高校の子で集まってるよみたいな。
ぶっかりでしたね。
男性、男の子との方が話し合いそう。
マニアックな知識を持ってくれてる方が、
私にその知識がなくても、
広げていけるというか、
考えがあることを投げてくれてるから、
じゃあ私はそれについてどう思うみたいなのが、
割と得意な方やから、
感情の読み合いみたいなのが、
めんどくさいって思っちゃうタイプになっていきました。
よくないですけど。
バチバチに鍛えられた状態で和歌山へ。
和歌山どうでした?
怖かった。
関西弁怖かった。
びっくりびっくりしました。
きつく感じたってこと?
割と札幌にいるときは、
サバサバしてるねみたいな。
ちょっと毒があるねみたいな。
含んでるねみたいな。
ズバッと言うタイプみたいな。
評価だったんですよ。
私のことを外から見たときに。
こっち来たら、
ふわふわしてるねみたいな。
しゃべるのゆっくりだねみたいな。
めっちゃ言われて、
最初そのギャップみたいな。
関西ではこれではダメなのか?みたいな。
しゃべり出すのも怖いし、
オチまでつけないといけないみたいな。
早いですねみんな。
せっかちだなって思います。
でもやっぱり今も思います。
今も?
今も。
今の日常で?
はい。
まだ今も和歌山5年目ですけど、
関西人ってせっかちなんだなって思います。
総評する、総称するべきじゃないかもしれないけど。
そういうペースがあるんですかね、関西と。
早い、早いですよ。
そっか。
北海道行ったらどうなっちゃうんですかね?
びっくりすると思います。
ゆっくりすぎて止まってる?
かもしれない。
でも札幌ってみんな標準語ですよね?
標準語ですね。
逆に関西にずっといれると、
結構当たり前になるけど、
関西以外の人と接すると、
42:02
柔らかく感じたりとか、
逆にいいなと思うことがすごい多いんですよね。
言葉も、
こっちにいてもなりきってない関西弁をしゃべってるし、
向こうにいても向こうでもなりきってない関西弁をしゃべってたら、
標準語の地域やから、
染まってみたいな、言われるんですよ。
私の帰るとこはどこなんだみたいな。
ひのみちゃんとしゃべってて、
特に違和感感じたことないですけどね。
敬語でしゃべってくれてるからか。
最近上手になったねって言われます。
関西弁上手ですねって言われます。
関西弁上手ですね。
ありがとうございます。
こっち来て、まだコロナ禍で、
で、大学。
大学、2020年入学。
めちゃくちゃコロナ。
コロナですね。
最初、2週間くらい一応学校行ったんですけど、
そっからずっとオンラインになって、
リモート授業みたいな。
なんで、もう、
家と、
家も今、
最初は大学の横の学生マンションみたいなところに住んでたんで、
藤戸の上の方。
で、そっから自転車しかない交通手段で、
和田居前の駅まで行って、
電車乗って市駅までバイトしに行って、
で、また電車乗って、
で、また山、
下がって登ってしないといけないじゃないですか、あそこ。
して、家と往復みたいな。
毎日それでした。
最初はずっと。
大学内の友達とか、
みんなでもスタートダッシュはそこはできなかったから、
全然、
ねえ、学校って、みたいな。
サークルとかも、
入るサークルとかはみんな決めてるけど、
初めましてしてからもう、
3、4ヶ月会わないみたいな。
ちゃんと友達になり始めるのが、
たぶんみんな遅くて、
みたいな感じですね。
そんな時期がどれぐらい?
どれぐらいなんでしょう。
たまに、
学校があったりとか、
サークルもできるようになっていって、
とか、
人とちょっとずつ会うようになったりしていくんで、
もう夏休み明けた頃にはたぶん学校、
対面授業も全然復活してて、
とかになってると思うんですけど、
スタートダッシュで友達作りに遅れて、
45:00
で、学校が再開してからも、
友達作りに失敗、
失敗っていうか、
努力をせず、
で、今現在も友達があんまりおらず、
そういう状態になっていきましたね。
その時なんか、
どういう感じというか、
和歌山来たけど、
何か大きくない?みたいな。
和歌山、何もないなーって思ってました。
何もないよね。
いや、絶対にその、
移動してる範囲が、
寝室の中と電車乗っても市駅で、
そっから別に、
電車降りたらチャリがあるわけじゃないから、
どこも行けないじゃないですか。
で、コロナで店も開いてないし、
飲みに行くとかもないし、
先輩が連れてってくれるとかもなかったんで、
どこにも行けないのも含めて、
私の活動範囲には和歌山何もないなーみたいな。
確かに、状況的にもね。
そうなんです。
で、そっから、
中型免許を取りまして、バイクの。
で、原付を、原付ちゃんは、
スクーターを手に入れると、
移動できるようになりまして、
そっからは割と和歌山おもろいかもが、
どうやって開拓していったの?
これが、うちの優和君との出会いになるんですけど、
はい。
優和君、うちの相方、私の相方、
もともと和大生、今はもう卒業してますけど、和大生で、
私が1年生の時に、大学院の1年生。
サークルが一緒で、サークルの先輩で初めましてして、
で、見つかりまして、
見つかってしまいまして、彼に。
同級生、私と同級生の子、
私が割と落ち着いてると言われる方なので、
周りはキャピキャピしてるので、
言ったら、4つ目になるんですけど、優和が。
4つ目、まあまあお兄さんじゃないですか。
ってなった時に、向こうから見たら、
ちゃんと話できる子ってやっぱ少ない。
後輩としては、後輩、後輩いいって感じだけど、
ちゃんと会話できる子が少ない中で、
私がちゃんと会話できる子をやっと見つかりまして、
で、初めましてして仲良くなっていくんですけど、
48:04
説明が抜けましたが、
優和君とキラキラちゃんの2人でやってるわけなんですよね。
2人で頑張ってます。
で、見つかりまして。
見つかりまして。
非常に聞きにくかったわけなんですけども、
お2人の関係と言いますか、
よく聞かれますね。
私たちは、えっと、
50:19

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