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特別編 ゲストハウス「GOOD DAY!」 前編
2025-06-11 56:08

特別編 ゲストハウス「GOOD DAY!」 前編

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特別編 ゲストハウス「GOOD DAY!」 前編


ゲスト▷ OLD FACTORY BOOKS 助野彰昭さん

@old_factory_books @guesthouse_goodday_wakayama


今回のゲストはOLD FACTORY BOOKS 助野彰昭さんです。


ゲストハウスGOOD DAY!開業のため、現在クラウドファンディングに挑戦中のテル君応援企画です。

クラウドファンディングページはOLD FACTORY BOOKS or GOOD DAYの Instagramのプロフィールのリンクから見られます。


収録にはそうげん堂/アーティストの中田耕平さんも参加してくれました!

@sohgendo @koheinakata


どうぞお聴きください💁‍♂️


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。


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00:20
有田市のコーヒーショップARCの上田です。
この番組は、和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
今回のkisenradioは特別編です。
5月29日からスタートしたゲストハウスGOOD DAYのクラウドファンディング応援会となっています。
本日は、海南市にある書店、オールドファクトリーブックスで収録しています。
本日のゲストは、オールドファクトリーブックスのテル君こと、助野照明さんです。
テル君の現在に至るまでのルーツや現在のこと、ゲストハウスGOOD DAYのことについてお聞きしていきます。
そして収録には、草原堂の中田光平さんにも参加してもらっています。
テル君、光平さん、よろしくお願いします。
では、まずはテル君と光平さんから、それぞれ自己紹介をお願いしてもいいですか。
はい、海南市府の旧田島漆工場で、オールドファクトリーブックスという本屋を開いています。
助野照明です。よろしくお願いします。
その入り口で、草原堂というカフェを妻とやっている中田光平です。
ちなみに絵も描きます。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
旧田島漆工場でそれぞれお見せをされている二人なんですけども、
テル君と光平さんの出会いとかってどんな感じなんですか。
出会い、どうぞテル君。
出会いは、元をたどれば、うちの兄が漫画家なんですけど、
東が海南の七つの都という画塾に通っていて、
光平さんもうちの兄と同じ学年の同級生なんですけど、
たまにその七男に迎えに行った時に、
今思い描いても光平さんらしき人を見たことがあるっていう。
それ、高校ぐらいの時ですか。
僕が高1とかの時ですね。
そう、僕高3、助さんね。
だからもう古くは、僕が16の時から顔は知ってるっていう感じです。
その後は特に接点なく、再びこっち帰ってきてから出会うって感じなんですかね。
でも妻が絵本を描いたりしてるんですけど、
妻と光平さんが京都のいろは出版っていう出版社で一緒やった。
一緒ではない。
一緒ではない。
一緒ではなかったらしい。
03:02
僕が何年からやったかな。
2004年卒業なんで大学。
そっから留学するまでの2年半、2006年まで僕いろは出版に在籍してた。
その後に確か梓ちゃんが入れ替えぐらいで入ってきたやと思う。
じゃあ顔は知らない。
顔は知らない。
で、和歌山に日本に帰ってきて、和歌山に戻ってきたタイミングでドーシェル。
で、梓ちゃんがバイトやってたのかな。
やってましたね。
で、京都から来たっていう。
で、そのいろは出版で働いてた。
知ってるかもと思ったけど知らんかって。
で、梓ちゃんに入れ替えで私は働いてたっていう。
まあそんなことは出せない。
すれ違いつつ、でこの一緒になってっていうタイミングはいつからなんですか。
えっと、2019年の5月にここで小江さんがグループ展をして、和歌山のイラストレーターさんとかを集めてグループ展をした中で妻を呼んでもらって。
そのうちの一人が妻で。
で、いろいろ作品を展示させてもらって。
で、その搬入とか準備段階で凄いレンガ作りの場所で奥まってるけどなんかかっこいい場所やみたいなのを聞いてて。
で、僕もああそうなんやって。
でも別に働いてたのともあって全然ここに来れてなかったんですけど。
で、展覧会始まってきてなんかこうなんじゃここはみたいな感じで。
建物にも感銘を受けたし、一緒にここでやってる小江さんとかマナさんとかビツさんとかそういう一緒にここで活動してる人たちにもすごい親近感が湧いて。
なんかここでやってみたいなと思ったのがホッタンですね。
うん、そうだね、テル君。
その出会いが2019年で、2020年にはもうオールドファクトリーブックスオープンっていう感じで。
そうです。で、2019年の5月か6月に草原堂でまず本の委託販売をさせてもらって。
06:02
今でもお貸ししてもらってるんですけど。
で、今まで自分がやりたいこととかそういうのがあんまり見つけられなくて。
で、いろいろ試行錯誤してたんですけど。
で、本をお貸ししてもらって、すごいマナさんとか小江さんとかにいろいろエピソード。
本のお客さんが本読んで喜んでくれたとか。
そのエピソード聞かせてもらって、なんかすごい自分の中で嬉しかったっていう。
自分の得意なこととか好きなこととかでお客さんに、人に喜んでもらうっていう経験があんまりなかったんで。
それはすごい嬉しかった。
なんで本格的にちょっと本屋をしてみたいなっていうのが思って。
で、ここに至るって感じですね。
なるほど。
で、そのオープンした年に多分僕がお店に来させてもらって、テロ君と出会ってっていうような感じなんですけど。
ね、暑い日に。
暑い日に。
大体暑いけどね。
暑いか寒いしかないわな。
オールドファクトリーブックスはエアコンがないんで、夏は激暑っていう。
田島全体がね、そうやもんね。
あっちゃんは何を見てこれをここへ来てくれた?
多分僕草原堂のインスタずっとフォローしてて。
で、なんかその本屋さんができたみたいな告知してたんすかね。
で、本屋さん好きやったんで、ちょっと見に行ってみようと思って。
で、行ってって感じなんすかね。
なんかすごいね、あの半端、黒の半端で、なんかもう走ってここまで来ましたみたいな感じの。
そんな感じでした?
おっしゃれな。
あっちゃん一人で最初来たっけ?
最初一人ですね。
しかも草原堂もやってなかったんすよね。
裏口から入ってきてもらった。
そうなんや。
で、すごいなんかこんな本屋やってたこんなおしゃれな人来るんやと思って。
なんかブルータスとか買ってもらった記憶がある。
僕あれやな、あっちゃん初めて来た印象、家族で来てたわ。
うん。
ほんで、ずっと息子を追いかけ回してたっていう。
そうですよね。
感じはな。
で、まあそっからちょっと交流というか、お店に何回か来させてもらって、
で、そのちょうど1年後ぐらいにうちのお店ARCができて、で、お店に何度か出店できてもらったりとか。
ね。
いやいやいや。
いやいやいやもまたやりたいところですよ。
ちょっと活動を休止中になりますが。
で、まあ年もてるくん僕の1個上やし、お店もちょうど1個上っていうことで。
09:00
で、なんか環境がすごい似てて、なんか平日は普通に仕事してて、で、その週末の休みの日に自分のお店やってみたいな感じで、
なんかすごい、なんていうんですかね、親近感じゃないですけど。
同志やね。
同志な。
しかもそのね、京都で学生時代過ごして。
そうですね。
なんかそのビレッジバンガードとか北山とかの話も多分したこともあって。
え、生活圏一緒やんの?
生活圏一緒やと思うんですね。
てるくんが働いてた食堂によく行ってたんで。
そうそうそう。
でもそこで追ってる可能性もあるんですね。
あとは、ヤ太郎くんは松浦ヤ太郎から来てますよね。
松浦ヤ太郎からも来てますね。
出ます?
お恥ずかしながら。
僕のグッディも松浦ヤ太郎の小宵てって雑誌があって、グッディっていう連載をしてたんですよ、旅の。
それで、まあそのゲストハウスで旅っぽいし、旅やし、で、松浦ヤ太郎も好きやし、なんかそこでグッディっていう言葉が出てきて。
なんか松浦ヤ太郎好きとかもちょっとかぶってるっすね。
松浦ヤ太郎ね、僕らの世代ではね、やっぱり。
そうっすね。
で、隣町のちょっと先輩というか同志というか、泥水すすり仲間と言いますか。
そんなことないやろ。
いやいや、僕はすすってますけど、あっちゃんもすすってるんやって感じですよね。
意外に。
なんか泥水すすりながらきついなと思いながら言ってるけど、隣の町でなんかもうちょっと濁り気味の泥水すすってるてる君がいるから。
いや、だからそれを押されると言葉に詰まってくる感じ。
ありがとうございます。
で、なんかこの泥水仲間のてる君がなんかうまくいくのが見るとめっちゃ希望になるんで、今回のこのクラファン応援会もね。
クラファンありがとうございます。
クラファンまずは成功してほしいし、その後なんかてる君が好きなことでだけでいけてるっていう姿を見せてくれたらめっちゃ希望になるなと思って。
今回収録に至るわけですね。
ありがとうございます。
てる君のこの生まれから現在に至るまでのルーツを教えてもらって、人隣を知ってもらったらよりなんか皆さん身近に感じてもらって頑張れって感じになると思うんで。
ちょっとクラファンのページでもてる君のこれまでの経歴とか書かれてるんですけども、もうちょっとなんか詳しく教えてもらえたらなということで、通常のキセンラジオこれからやらせてもらおうと思うんですけども。
じゃあ早速始めていきたいんですけども。
まずはてる君は生まれは和歌山県の和歌山市生まれっていうことで。
12:01
はい、そうです。
1983年ですかね。
で、ご両親が学校の先生。
小学校の先生。
2人とも小学校の先生。
2人とも小学校の先生。
てる君子供の時ってどんな感じだったんですか。
家の前にちっちゃい公園があって、そこで近所の子と朝から学校から帰ってきて、もう日が暮れるまでずっと野球をしてたって感じですね。
で、ちょっと大きくなって10歳の時にJリーグが始まって、小2から少年サッカーに入って、八幡大小学校の。
で、そっからはもうサッカーをやってたって感じですね、その前の公園で。
八幡大ってどこですか。
八幡大って、香田のちょっと手前ぐらいですね。
あ、結構あっちの方っていうか大阪寄りな感じなんですね。
大阪寄りって、川向こうですよね。
パームシティとかをもうちょっと香田の方面に行ったところですね。
家族構成はご両親とお兄ちゃんとって感じですか。
そうですね。
ずっと父親の両親、僕の祖父ぽっと一緒に住んでたんで、6人家族でしたね。
小4までで、そっから三里町に引っ越しですか。
はい。
元君野町。
元君野町。
当時三里ってどんな感じだったんですかね。
不便だったな。
今でも道ついてさ、すごい走りやすなんで。
そうですね。
テル君のお父さんの家までビヨンって行けるやん。
それ昔もこんなやったんだ。
この前君の行くことあって、宮戸を通ったんよ。
はいはいはい。
で、テル君がよう高校の頃送り迎えにお父さんにお母さんに海内まで送ってもらったっていうのを、
毎日やっとったよなと思って。
海南からも結構距離ある感じだったんですか。
30キロぐらいあるですね。
めっちゃある。
めっちゃある。
旧三里町でも手前の方は15キロぐらいで、僕結構一番奥の方やったんで、
40分ぐらい海内。
もっとかかるやろ。
いやいや、40分ぐらいでしたね。
これまで何千回も通ってるんで。
どんだけ道攻めれるかみたいな。
そうですね。
なんで三里町に引っ越したんですか。
とりあえず僕引っ越したのが1993年で、
その当時はまだ三里町もコミュニティがまだ維持されてて、
15:06
まだ空き家とかがそんなにない感じで、
移住者の人とかもまだそんなに全然来てない。
だからうちの父親とかがもう移住者の先駆けみたいな。
実家が三里町じゃなくて?
いや全然関係ないですね。
ちょっとやっぱうちの父親、小江さんともよく知ってると思うんですけど、
変わり者なんですか。
まあまあ、変わり者、変わり者っていうか、
そうだね、話し合うから変わり者。
どう変わり者なんですか?
なんやろな、変わり者っていうか、
一般的なお父さんっていうよりも、
自分のちゃんと感覚で生きてる感じがする。
しかもうちの両親、小学校の先生同士なんですけど、
小学校の先生同士で知り合って結婚したんじゃなくて、
小学校の先生をしていた母親と、
魚屋さん、
何でしたっけ?
和歌山市の卸売市場の中で魚屋さんをしてた父親が、
和歌浦小劇場ってのがあって、
そこで劇団員同士で出会って、
交通事故にあったみたいに、
バーンって引かれあって、
生活の中でちょっと安定した仕事をしないわんたもんみたいな感じで、
そこから資格を取りに行って、
すごい。
当時は多分、学校の先生とかは全然需要があって、
簡単に慣れたみたいな。
免許サインとか。
みたいな聞いてますね。
全然知らないんで、間違ってるかもしれません。
父親から聞いてる感じでは、
免許サインどっか取りに行ったら、
すぐ先生になれたみたいな。
江君は三里町を選んだのは、
自然が好きやった的なノリなんですか?
それと、
それこそちょっとあれなんですけど、
ノストラダムスの大予言とか、
あの辺にちょっと感化されてるんですよ。
西野町って海に近いんですよ。
18:00
ここ掘ったら津波来るぞみたいな感じで。
だいぶおくまったとこ行ったね。
30キロやで。
買えない。
とか田舎暮らしをしたりとかで、
行ったって感じですね。
なるほど。
それは納得なんですよね。
お母さんもユニークやな。
そうですね。
うちの父親は、
落ち犬、落台っていう、
関西大学の落台?
落語。
普通落ち犬って言うらしいんですけど、
関西大学は落語大学って言って、
2代目の部長、
そこの部長が今の桂文史っていう、
桂三史さん。
うちの父親はそこの15代部長なんですよ。
割かしあれなんですよね。
落語で頑張ってたみたいな。
しかもそこの伊藤さん、
福祉省の元も落台で同級生。
結構ユニークな両親で、
面白家庭みたいな感じだったんですかね。
そうですかね。
お父さん、父親がレンタルBMさんで、
吉本新喜駅のギャグ100連発っていうのを借りて、
来てずーっと4人で見てた。
いい家族。
それがよく覚えてるですね。
ギャグ100連発のVHSを家族で見てたり。
あとは河本達夫の替え歌メドレーとか、
家族で聴いてたりとか。
お笑い好きですね。
子供の時からテル君は本は好きだったんですか。
両親が本好きなんで、
1日1冊ずつ兄と僕と絵本読んでくれてたみたいな。
僕はあんまり記憶ないんですけど。
そういう感じで育ったって感じなんで。
本とかは手の届くところにいつもあったって感じですね。
なるほど。
小学校は和歌山市から三里町に転校してみたいな感じなんですけど、
学校生活はどんな感じだったんですか。
どっちの学校ですか。
三里の方は。
三里の方は学年が7人しかいてなくて、
男3、女4。
で、そんだけ少ないんで、
下の学年とか上の学年とかと一緒に遊ぶんですけど、
ずっとサッカー小学校でやってたんで、
それの延長で小学校とか中学校時代はスポーツ少年でしたね。
21:04
中学校もそのまま三里の中学校で。
中学校行っても7人の学年のまま?
そうです。だから21人、中学校の全校生と。
中学校も?
中学校も。だからだいたい1学年7人なんで、平均すると。
かける3で21人でしたね。
その後、高校で海地に行くんですかね。
そうです。
結構賢かったんですか。
いやー、もともとでも兄貴が海地の芸体コースってあって、
今はなくなったみたいなんですけど。
アイちゃんの時なかった?
僕らの時あったんですかね。
あったと。
アイちゃん一個して、テル君の一個してたあるんちゃう?
バレーと美術、書道、音楽とかのそういうのがひとまとまりになったクラスがあって、
芸体とかを目指す人用の専門的なクラスに兄が進学してて、
海地にもともと行ってたんですよ。
それもあって、何も考えずに海地を目指したって感じです。
芸体コースじゃなくて普通のコースで?
そうですね。
なるほど。
親としても一緒の高校に行ってもらった方が送り向かいも楽やし、
別のとこ行ってもらうよりもいいんちゃうかみたいな感じで、
普通に海地行けみたいな感じでしたね。
中高の時はテル君どんな人やったんですか?
高校はサッカー部やってて、
ずっとサッカー?
途中まで頑張ってたんですけど、どっかで途中で限界がきたっていうか、
小学校とか中学校とかある程度上手くても、
高校とかになるともっと上手い子がいっぱい出てくるじゃないですか。
その時点でここは自分の目指す方向じゃないなと。
天井が見えてしまった。
そうですね。
サッカーをするよりも、
その辺ってスポーツグラフィックナンバーって、
スポーツだし今でもあるんですけど、
それなんとかが好きで、
高校生とかスポーツノンフィクションライターになりたいって思ってた感じですね。
ナンバー呼んでたんですか?
ナンバー呼んでた。
高校の行き帰り、ナンバー呼んでた。
うち何千冊もバックナンバーあるんですけど、
24:00
それゲストハウスに置こうかなと。
ヒネのインタビューとか。
今もあるんやったっけナンバー。
今もありますナンバー。
じゃあ当時からもう雑誌とかが好きでずっと読んでてみたいな。
高校はもうナンバーでしたね。
ポパイとかそういうのはもっと後の話でしたね。
ナンバー入りやったんですね。
ナンバー入り。
ナンバー入りというか、サッカーマガジンとかダイジェスト入りですね。
サッカーマガジンっていう。
サッカーのストライカーとかね。
あの時ちょうど、
フランスワールドカップ初めてワールドカップ出てたりして、
サッカー人気が結構高かった。
雑誌とかもすごい相関、いろんな雑誌が相関されて、
わりかしサッカー雑誌とか盛り上がってたんですよ。
98年な。
99年に高校入学なんで、
その辺が結構いろんな雑誌、サッカー雑誌とかあって、
いろいろ読んでたっすね。
めっちゃ珍しい入り方ですね。
そうね。
他に好きなこととかあったんですか?
ワウワウとかでよくセリエA見てたりして、
VHSのビデオでも撮りまくってて、
めちゃくちゃストックがあった。
めっちゃサッカー好きやったんですね。
サッカー好きっすよ。
セリエAやったもんな、あの時。
まだ全然そんな方とかが行く前で、
バッチョとかね。
バッチョとか、ACミランとかが強い時っすね。
なるほど。
それで将来はサッカー記者って言うんですかね?
そんなになりたいなみたいな。
そう、スポーツノンフィクションライター、金子達彦っていうスポーツノンフィクションライターがいてて、
そういう決戦前夜とかいろいろ、
ナンバーとかにも連載してるんですけど、
その人が好きやって。
その人が法政大学の社会学部出身やって、
そこ行きたいなとか、高校の時ちょっと思ってたっすね。
え、けど進学先は立命館大学へ?
はい。
なんかやっぱ親が関西圏にしといてくれって言って、
東京はあかんっていう。
もう遠いし、
簡単に行けないしって言うんで、
もう大学は関西市が受けてないですね。
これ立命館選んだ理由はなかったんですか?
もう単純に関西大学の社会学部と立命館大学の文学部しか受からなくて、
で、どっちにしようかなと思って、
27:00
まあ兄が京都にいてるし、立命の方がちょっと偏差値高かったんで行ったんですけど、
今から思えば寛大の社会学部に行ったときはよかったとかちょっと思いますね。
立命館の文学部、地理学科っていう学科に行ったんですけど、
地図とか好きで、
文学部にある?
文学部にある。関東はね、地理学科は理系の学部にあるんですけど、
で、地理学科って僕が想像してたのと全然違って、
なんかもう測量したりとか、
完全になんか結構理系なんですよ。
でも面白ないなと思って。
どういう想像してたんですか?
いや全然何も深く想像してなくて、
ただ中学地理とかが好きやったんで、
なんか楽しんじゃうかと思って。
行ったらあんまり楽しくなかった?
そうですね。
なるほど。
大学生活どうでした?
僕今でもそうなんですけど、結構一人が好きなんですよ。
誰かと一緒にいてるよりは一人が好きなんですよ。
本とか読んだりとか好きで。
友達も多少湧いてたんですけど、
友達と会うとしても一人とか二人とか。
思い返すのは、1回生の冬休み。
友達もおらんし、
結構全国から集まってるんでみんな帰ったりしてて、
友達もおらんし。
週1回コンビニバイトしてたんですけど、
それが日曜日だけで。
あとはもう何も予定がない。
もう友達もいてないし。
もうずっと一人でレンタルビデオ借りて、
朝方寝て、昼夕方起きてみたいな。
すごい平らな生活をしてて。
人間って人と喋ってないと鬱っぽくなるんですよ。
で、すごい鬱っぽい感じになったなって、
っていうことを思い出すんですけど、
それを妻に言うとゲラゲラ笑って、
その話面白いねって。
で、何が一体かっていうと、
そこのそういう、結局立命官で4年間いてたんですけど、
あんまり面白くなくて。
大学自体は。
大学もそうやし、
妻と会ってからの方が、
30:00
自分らしく生きれてるっていう感じがある。
面白くなかった時があって、
出会ってからの方が、
すごい自分らしく生きれてるなっていう感じがするんですね。
その延長線上に今もいてるって感じ。
あずちゃんとの出会いはどんな感じなんですか?
大学4回生の時。
もうフルで思わなかった。
ほんまやな、卒業間近やんか。
ある程度面白いこともあったけど、
その辺はある程度、
端折ったりすることもあるんですけど、
ひっくるめるとあんまり面白くなかった?
あんまり面白くなかった。
基本やっぱみんな真面目なんですよ。
ある程度大学進学するために、
勉強してきてる子なのに。
歯身を外すとかでも、
ある程度リミッターがあるんですよ。
盛り上がっても、脱いでも上半身まで。
下までは下さいと。
これは結構伏線なんですけど、今のは。
4回生の夏に、
兄貴が、うちの京都生科の漫画学科の
夏合宿にあるんやけど、
お前も来んか?みたいな。
誘われたんですよ。
弟たぶん暇そうにしてるし、
彼女もおらんし、
プロジェクトページに書いたんですけど、
優しさ?何とかしてやりたいみたいな。
そこに妻が、
5、60人の漫画学科の夏合宿のメンバーのうちの一人にいてたって。
かわいいなと思って。
それと同時に、そこの夏合宿に参加してた漫画学科のメンバーの、
その合宿が自分にとってターニングポイントなんですけど、
夜に、もう真夜中なんですけど、
その漫画学科を卒業したOBたちも何故か来てて、
だって兄貴もあれやからな。
そうなんですよ。
もう完全に同OBなんですよ。
同OB。
で、ビールとか飲みながら、
男たちが、
33:01
ゼンラになって、
ツイスターゲームをやり始めたんですよ。
で、もうその立命官とかの普通の学生からしたら、
もう、はてなはてなはてななんですよ。
確かに、正解だったらやりそうやわ。
はい。
正解に怒られるかもしれない。
で、
例えば、
男だけの部屋とかで、
男だけのちょっとなんか、
泊まりに行って、やるとかやったら、
まだ、
ゲラゲラね。
まだわかるんですけど、
別に、その近くに別に、
女の子たちが普通に、
なんていうか、
いてるんですよ。
で、そういうのを、
受容するというか、
受容してるんかな?
何とも思わない雰囲気とかに、
すごいなんかこう、
価値観が壊されたというか、
こういう世界もあるんやなって、
そういう、
その学生時代に、
もうなんかあんまり面白くないなって思ってた、
中で行ったその合宿で、
なんかそういう雰囲気とか、
そういう人たちに、
今は出会ってなくて、
なんか、
こういう世界もあるんやなって。
と同時に、
その妻とも出会ったっていうのがあって、
なんかその、
その京都生化大学の合宿が、
すごい自分の中のターニングポイントやった。
こんな人間がおると。
そうですね。
塊でしかも。
そうですね。
その塊と、
だからここの田島漆工場のメンバーとかが、
やっぱこう、
似たような雰囲気、
空気感を持ってるんですよ。
僕らそんな抜いだりする。
空気感ね。
だから僕は、
この建物にも惹かれたのもあるし、
このここの人たちにも、
そういう京都の、
自分のターニングポイントであった人たちと、
同じ空気感とかあったんで、
ここがいいなと思って。
だからそういうのでやってるんで、
やっぱここでこう儲けたいとか、
まあ儲けたいもちろん儲けたいんですけど、
その儲けるとかよりも、
まずこう自分の居心地の良さとか、
なんかそういうのがここにあるんですよ。
その生化大学の人たちと出会って、
内定まで辞退しちゃって、
で京都生活をそこから続けるっていうことなんですけど、
どんな会社に内定決まったんですか?
もうやっぱりこう、
怠惰な学生生活してて、
何もこう、
性感も上げてないし、
36:01
そういう就活性が、
まともな企業っていうか、
有名な企業とかにあんま浮かるはずもないんじゃないですか。
でまあ一社だけ、
アファマンショップっていうのの本社。
あそこフランチャイズなんで、
本社に受かって、
で一応東京勤務みたいな、
一応なんか確約されてて、
でその就活、
そのアファマンショップ決まって、
まあ行こうかなとか思ってたときに、
その夏合宿があって、
でそういうなんかこうパーンって、
こう自分の人生がひっくり返ったみたいな。
で僕もなんかこういう人たちと一緒にいたいな、
って思うようになって、
でなんか、
ゆっくりゆっくりなんかそういう道へ進んでいって、
自分もなんかこう表現したいなと思って、
で小説家をちょっとなんか、
なりたいなとかちょっと思ったりして、
でそういう経緯もあって、
小説家になるにはもうそんな、
まあ普通に企業で就職するわけにはいかんみたいな、
なんかそういう、まあ若かったのもあるし、
なんか早々にこう大学を出て、
一般企業に入るっていうレールからも、
自分からこう飛び降りたって感じ。
かっこええ。
いやいや、それがね、
まあかっこよくはないですし、
それが今でもまあ引きずってるって感じ。
引きずってるってこと?
引きずってるっていうかまあ、
飛び降りたこと?
引きずってるとその後悔してるとかじゃなくて、
その影響下に今でもおるっていう。
まあレールをね、もう走らへんっていうのはね、
なんかもう、
オフロードで。
もうほんまに自分からこう、
走ってる電車からもう自分で飛び降りたって感じ。
そっから立命官を卒業してどうするんですか?
一応細かく言うと、
HMVジャパンってCDショップ。
はいはいはい。
京都かなあと楽北店の、
行ったことありますか?
かなあと楽北店?
どこやっけ?
かなあと、
よくうちの大学の近所やったから。
行ってないかもしれないけど、
めっちゃ名前聞いたことあるんですね。
かなあと楽北。
たぶんあっちゃんとかやったら、
北尾寺ビブレの十字屋とか。
そっちやね。
で、そのHMVに行って、
ちょっとCDとかちょっと音楽とか、
ちょっとかじってて。
それも結局、
1年もたったうちに辞めて。
で、まあブラブラしてたって感じですよ。
39:01
ブラブラしつつも小説書いたり。
小説書いたりしてたんですけど、
結局やっぱり小説書いて、
いろいろ文学賞とかに応募したりとか、
大阪文学学校にちょっと通ったりしたんですけど、
やっぱりあんまり続かなかったですね。
なんか今から思うと、
たぶん別に小説とか、
ほんまに書こうと思ってないというか、
もっとたぶん書きたい人って、
その小説、小とかにね、
うかがらない関係なく書いてると思うんですけど、
あんまり書きたいって感じでもなかった。
むしろ自分が何か表現したいっていう、
そういう感じですね。
なるほど。
そっからどうなっていくんですか?
そっから、
とりあえず妻と3学年離れてるんで、
妻が大学卒業するまで、
ほとんどブラブラしてて、
フリーターとか居酒屋でフリーターとかしてて、
ヴィレッジヴァンガーノの北山店とか、
ほんまによく通ってて、
妻は妻で、
イロハシュッパーの先輩が、
よく海外バックパッカーとか行ってて、
僕は高橋アイムの世界出しちゃえばとか、
あの辺にすごい感化されて、
いつの頃からか、
世界一周しようとか思ったりとかして、
あとはその、
当時の京都生活のやっぱり、
生徒たちの雰囲気とかって、
すごく破天荒で、
すごいなんか、
なんていうんですかね、
もう無茶苦茶っていう感じなんですけど、
みんなで京都出発で、
3組に分かれて、
ヒッチハイクで、
長崎の軍艦島まで行くみたいな、
そんな企画とかもしたりとか。
聖火やからね。
聖火ってそういうなんですね。
結構でもそんなタイプの人が、
大学、
そんな感じ多いね。
穴掘って暮らすとかね。
大学の山にほんま穴掘って暮らすってやってる人がおる。
その学生にただの、
フリーターが混ざってるみたいな。
卒業してる。
ただのね、
OBでもない。
しかもなんかだから、
はずさの後輩とかが、
よくいる僕のことを、
なんとか先輩とか言ってくれたりするんですけど、
別に先輩なんでもないっていう。
ほんまやね。
そのときどういう気持ちやったんですか?
42:01
一緒にいてもうひたすら面白いって感じ?
そうですね。
だから奥、
大学が楽しくなかった4年間を、
そこで取り戻してるっていう感じですかね。
だいぶ長い学生生活してるね。
だから立命館に4年行って、
京都戦艦に4年行って、
そんな感じですね。
席は置いてないけど。
だから聖火の図書館の方が、
たぶん立命館の図書館よりも、
多く通っている。
漫画も多いしね、あそこ。
だからね、ほんまに、
その4年間のつまらなさを、
そこでこう自分の中で、
取り戻して。
回復して、みたいな。
そんな感じですね。
そして、2011年ですか、結婚は。
はい。
結婚して世界一周へっていうことで。
はい。
え、じゃあこの結婚する時点では、
まだフリーだっていうか。
そうです。
あずちゃんは、いろは出版で。
いろは出版で。
似顔絵を描きまくってて。
うん。
2011年なんや。
そうですね。
え、これなんでまた結婚に。
えーと、まあその世界一周しようっていうと、
やっぱりこう結婚、
まあある程度こうね、
ちゃんとしとかなあかんなみたいな感じですかね。
そこはしっかりちゃんと誓いしてるやん。
うん。だから結局よく言うんですけど、
僕あんまり友達がいてなくて、
その友達って呼べる人があんまりいてないんですよ。
うん。
だから、あずささんのことを、
あの、奥さん兼親友やと思ってるんです。
おー。
って言ったら嫌がるんですけど。
あずさちゃんは。
はい。
だからそんな感じですね。
うん。
世界一周はどうでした?
世界一周は、最初は楽しかったですね。
やっぱり、えっと2年行ったんですけど、
おー。
えっと、1ヶ月ぐらい楽しかったですね。
結構短いですね。
楽しい1ヶ月。
やっぱりね、なんでもそうですけどね、
慣れてくるんですよ。
はいはい。
旅は1ヶ月ぐらいっていうのが、
自分の中の格言ですね。
旅は1ヶ月。
旅は1ヶ月ぐらい。
やっぱりね、その25歳の時に、
アメリカ、一人でアメリカ2ヶ月間行ってたんですよ。
あの、グレーハウスのバスっていう。
うん。
えっと、ローカルバスがあって、
アメリカを網羅してるバス、バスネットワークがあって。
えー。
で、2ヶ月間乗り放題っていう県があって、
今はないんですけど、
それは6万ぐらいだったんですよ。
えー。
2ヶ月乗り放題、アメリカ。
で、それもね、やっぱ1ヶ月ぐらいしたら、
なんか鬱っぽくなって。
もうやっぱりね、
45:01
人間って多分1ヶ月ぐらいが限界ですね。
僕は主に。
1個のことをするの。
はい、その楽しいことでも。
やっぱ慣れてくる。
それ、テル君の性質じゃないですか。
そうなんですかね。
なんかデカくしてますけどね、人間って。
テル君だけかも。
その1ヶ月間楽しいことずっとやり続けてると、
飽きてきて鬱っぽくなって。
鬱っていうかね、なんかこう沈んでくるんですよ。
他のこととかじゃなくても。
それは旅行と暗黒の学生時代だけの話なんですけど、
他は全然そんなことないです。
鬱っていう言葉も全然、
鬱っていう言葉分かってない。
僕は言うにしてもあれなんですけど、
なんかそういう落ち込んでしまう気分がダウンしてしまう。
2年の旅行中、もう23ヶ月ぐらい。
でもね、楽しいは楽しいんですけど、
やっぱこう見慣れてしまうんですよ。
やっぱり文化遺産とか、自然遺産とかでも、
ここ前見たやつに近いなとか。
これ前のほうがすごく、あれのほうがよかったなとか思ったりする。
やっぱこう比べてもあるんですよね。
そうね、刺激にもなれるしね、異文化の。
なるほど。
2年間の世界一周旅行を終えて和歌山に帰るんですか?
そうですね。
京都じゃなくて和歌山に帰ってくるのは何か理由あったんですか?
京都はもう住所もないですし、
荷物も実家に全部預けてますし、
そもそも京都、別にフラットに考えてて、
別にどこでもよかったんですけど、
でも自分の中で、両親も和歌山にいてるし、
和歌山に帰るっていうのが一番、
なんていうか、自分の中で決まっていたっていうか、
別にいいところがあればそこでもよかったし、
別に親も好きなとこに住んだらいいって言ってくれてたんですけど、
自分の中で和歌山に帰るっていうのが自然な感じがしました。
あずさちゃんは?別にどこでもいい?
別にいいところがあればそこへ行くっていう感じなんですけど、
でも、クラファーのページも書いたんですけど、
48:00
長いこといろんな国に行きたいって思ってて、
そう思うとやっぱり、西ヨーロッパとかアメリカとか、物価が高い国に行くと、
すぐ生活資金が、旅資金が少なくなるんで、
できるだけ物価が安い国に行ってたんですよ、ベトナムとか。
じゃあ、その辺の国ってやっぱり手仕事とか、
自然に寄り添った暮らし方をしてて、
そういうのにすごい妻が感銘を受けてて、
民族衣装であるとか、
自分で縫ったりとか、服を縫ったりとか。
ゾリ編んだり。
そうですね。
だから、そういう国の方が個性的なんですよ。
民族衣装とかも、カラフルだったりとか。
で、そんなんがすごいいいなと思う中で、和歌山に帰ってきて、
戦前に生まれたおじいちゃん、おばあちゃんとかの暮らしっていうのは、
戦後の人たちとは全然違くて、
戦前の人たちのおばあちゃんの暮らしっていうのは、
まさにベトナムとかベルとかボリビアとかで、
妻が感銘を受けてた人たちの暮らしにほぼイコールというか、
人間ってフラットで生きてきたら、
そういう生活になってたんやなって感じですね。
なるほど。
じゃあ、和歌山帰ってきて、そのまま三里、黄泉の町ですかね。
で、田舎暮らしって言ったらあれなんですけど、
その自然の近いところで暮らしがスタートしてみたいな。
田舎暮らしやな。
田舎暮らし。
そうですね。
そっからは仕事とかはどうするんですか。
もう、でもその時点でも特に僕、
これっていうやりたいことが見つかってなかったんで、
普通に一般企業に入って、
で、何が自分で好きかなって、
まだここ田島にも出会ってないんで、
いろいろ模索してたって感じですね。
田島と出会うまで、そっから2013年に帰ってきて、
2019年まで6年ぐらいあるんですけど、
その間、もうずっと模索する生活みたいな。
そうですね。
で、結局、なんかにも書いたんですけど、
最初にやっぱ親が本とか好きで、
結構本が好きで、
学生の時とか高校生の時とかに、
潤久堂に年末とか長期休みの時に家族で行って、
51:04
で、1万円ずつ渡されて、
解散。
本屋で解散みたいな。
そんな家庭だったんです。
いいやん。面白いな。
だから、もともと本好きの両親の元に生まれてるのが、
いろいろなぜか模索して、
一周回って本の世界に足を踏み入れたって感じ。
模索中の間も何か見せやりたいとか、
そういうのはずっとあったんですか?
でも、大学の4回生の時とかに、
大学4回生というか京都の北山に住んでたんですけど、
近くにあるネオマートとかイノブンとか、
そんなところをよく行ってて、
雑貨屋さんになりたいなと思ってた。
おー。
だから何か見せやりたいっていうのがずっとあったんですね。
で、君の町で古民家に暮らしてた時も、
ここでブックカフェやりたいとか、
ゲストハウスしようかなとか、
そういうことを考えたんですね。
考えつつも、なかなか実際行動に移すのは、
まだ移してなかったみたいな。
そうですね。
なるほど。
で、2019年5月に旧田島漆工場と出会ってっていうような。
はい。
なるほど。
その出会った時はどうでした?
さっきもちょっと軽く言ってもらったんですけど。
だから、京都生化大学の人たちと一緒の空気感の人たちっていうのと、
海外とかにずっと旅とかが好きで、
海外の空気感とか文化とか好きだったのが、
凝縮されたようなこの空間に出会ったって感じ。
うん。
なんで一目惚れしたっていう感じ。
うん。
でも、そっからその委託販売が始まるまでは結構すぐやったんですかね?
すぐですか?
すぐすぐ。
へえ。
テル君、そんな長い間モヤモヤっていうか、
悶々してたと思わんぐらい、
なんでも決まったらすぐするみたいな。
そうなんですよ。
だから、その遅れを取り戻してるって感じ。
まあ、6年間のタメがあったから。
そうですそうです。
タメ。
え、じゃあ2019年5月に出会って、
で、委託販売がいつからスタートでしたっけ?
委託販売でももう数ヶ月後にはやってたよな。
次の月ぐらいじゃないですか。
多分。
展示やって、やってたと思う。
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すぐ本棚できたもん。
本の売るっていうのはもうそこ、もうずっとそれも決まってたの?
いや、最初に出会って。
日本語字幕作成 by 天神子兎音
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