00:20
辞めるつもりはなかったんですけれども、そこで若山移住っていう話が出てきました。
それなんでまた? えっと、本当に妻と娘と夕飯を食べているっていう、まあ
本当に普通のシーンで、 妻が急に正座して、話がある。
どうしたんだろう? 本当に何事かって思ったんですけれども、
若山についてきてくれないか? って言って、一言言われて、
ちょっと最初本当に何を言っているんだろう? まず、若山ってどこにあるか知ってる?って彼女に聞いたんですよ。
まあ地理が苦手な方だったんで、方だったんで、方なんで、妻は。
東北か九州か知らないって言いました。 奥さんが知らない? 知らない。
移住したいって言っている本人が若山のこと一つも知らない。 ちょっとちょっと待ってっていう。
なんで若山だったんですか? 彼女は、若山にあるベンチャー企業に
うちで働かないか?っていうふうにお声掛けをいただいていたので、
グラフィットっていう。 本当に今6年前なんで、
クラウドファンディングとかが始まった。
世間に知れ渡るような時に金額を集めたっていう話題になった会社なんで、
原動付き自転車を作る。 奥さんは何やってたんですか? 編集者です。
なるほど、クラウドファンディングとかの文面であったり、そういうのを整えるのに引っ張られたという。
そうですね、取材をする機会があったみたいで、グラフィットの社長さんに。
結構車の媒体が多かったんで、トヨタで仕事をしたりとかっていう感じの人だったんですけれども、
取材する機会があって興味を持ったんでしょうね。 メディア対策であったり、そういういろんな文章系のことを任されるような。
そうですね、あんまり詳しい話は聞いていない。 結構お互い仕事の話を一切しないんで。
あまりお互い何やってるか知らない。
03:02
それ言われて、コシーシさんどうしたんですか? どうでした?
3ヶ月ごねました。
そうですよね。
しかもそうですね、本当にその時に僕の働いてたパイヤさんが、2,5点目を出す。
コシーシに任せたいって言ってくれているタイミングだったり、
他の大きな企業さんから引き抜かれるっていう話も聞いたり、商品開発で。
やっぱり結構そっちに頭がぐーっと寄っていた時に、まさかの和歌山移住だったんで。
僕も行ったこともないし、彼女も行ったこともないし。
何ならどこにあるかもしれないし。
ちなみに僕は大阪の下って知ってますけど、
友達も一人もいない、親戚も一人もいない。
コシーシさんからしたら仕事のあてもない。
ないですね。
ただやっぱり否定できないっていうのは、パイヤに就職した時に任せろっていうところが恩義があった。
今度は自分の番っていうような。
そうなんですね。
そこで移住するんでも仕事も辞めて。
3ヶ月本当に悩みました。
お休みいただいて、1泊2日で和歌山にも来ました。
一人で。
どんなもんか。
レンタカー借りて、いろいろ見て回って。
どうでした印象は。
この今の話の冒頭になるんですけど、山梨県にそっくりになった。
地元って思うくらい近い感じでしたね。
そうなんですね。
本当に似てます。
山梨行ってみたいですね。どれくらい似てるか。
移住してより思いました。
僕ら世代の人たちの動き方というか。
和歌山盛り上げようっていう方々と山梨盛り上げようっていう方々の
雰囲気とかちょっと似てますね。
なるほど。
和歌山来て、移住してきて、どうするんですか?
どうなったんですか?
本当に知らない場所だったので、とりあえず移住してみて、
とりあえず無職になって、
一旦考える時間を3ヶ月くらい使いましたね。
3ヶ月、2ヶ月くらい無職でしたね。
和歌山見て回りました。車を借りて。
見て回った結果、フェイバリットコーヒーに就職するんですか?
そうです。
それはなんでまた?
本当に知らないところに行くと、人って情報収集から始めるんですよね。
06:02
知らなすぎて。
本当に単身、普通に飲み屋さんとか飲食店に入って、
隣のおじさんに話を聞いたりとか、
僕、和歌山知らないんで教えてくださいって言ったら、
そのおじさんが、じゃあ次一緒に飲みに行こうやって連れ回してくれたりとかして、
少しずつ和歌山、和歌山の中間は和歌山市をだんだん見るようになっていって、
僕が料理をしていたって言ったら、
料理人を紹介してくれたりとか、
で、徐々に和が広がっていって、
ところどころ聞くマルタという名前が、
ちらちら頭をよぎらせて、
で、後の僕に対してのオーナーのマルタさんについて調べて、
すごい面白い方だなって思って、
この人と働いてみたいって思って、
だから本当に実は別にマルタ屋で働いてもよかったんですよ。
何でもよかったんで、
マルタさんと働いてみたいが。
そういう理由だったんですね。
で、調べたら、マルタさんカフェも経営してるってなって、
で、フェイバリットコーヒーで働くことになりました。
それこそ経歴を疑われるというか、
なんですかね、こんな人がなぜってならなかったんですか?
最初断られました。
怪しい。
怪しい。
そうですね、知り合いのホテル紹介するとか、
レストラン紹介するって言ってくれたんですけれども、
いや違うんですって言って、
僕はちょっとマルタさんと働いてみたいっていう、
その料理とかパンの技術をどこかに学びに行きたいってよりかも、
経営に関して学びたい、
どうやってお店を作っていくのか知りたい。
その6年前の僕はまだ本当に今もですけど、
経営について全然分かってない。
今よりももっとどうやってお店を作るんだろうも知らなかったんで、
どうやってお金を集めるんだろうも知らなかったんで、
そういったことを学びたい、近くで見たいっていうのが強かったんで、
そういった理由でフェイバリットコーヒーで働かせてほしいっていうことで。
そうなんですね。
フェイバリットコーヒーではどんな仕事をしてたんですか?
そこはもう本当に商品開発ですね。
フェイバリットコーヒーのほぼというか全メニューと、
09:05
新しい商品を生むという仕事をさせてもらいました。
えー、すげー。
もうざわついたんじゃないですか、みんな。
そうですね。
たぶんその既存のスタッフたちは、
なんだこいつって思ってたと思うんですよね。
東京から来たやつがなんか偉そうになって、
少なからずもしかしたら思われてるかもしれないし、
そうですね。
なるほど。
じゃあ、とりあえずパン屋さんの修行って言ったら、
もう修行も終えてるんで、次は経営をまず学んで独立しようって感じで。
終えてるなんて言ったら本当にもう先輩方に。
一生修行だと思ってるんで、あれなんですけども、
そうですね、とりあえず和歌山を知らないことには何も始まらないと思ったんで、
本当に仕事を選んでる場合じゃないなと思って、
和歌山を知るが僕の中では第一優先だったんで、
本当マルタさんにいろんなところに連れてってもらって、
農家さんのところだったり、
飲食店だったり、
以外にもこうなんか、
カフェとかコーヒー屋さんも連れてってもらったり、
本当に数え切れないぐらいいろんなところに連れてってもらいましたね。
その期間はどれぐらい続くんですかね?
フェイマリーとコーヒーは丸3年働かせていただきました。
3年働いて30歳ぐらいですか?
3年働いて33歳です。
ちょうど独立の年。
そうなんです。
で、計画通り。
計画通り。
そこは引き止めとかは?
でも結構もう、
公言してたので、
独立したいということと、
その年でしたいっていうことも、
パン屋をやるっていうことも、
その3年間パン全く作ってないんですけど。
じゃあ独立はどんな感じで進んでいくんですかね?
退職するまでに、
その休みの日とかを利用して、
いろんな人のところに行って、
話をしてっていう感じで、
少しずつ進めていきました。
話をしてっていうのは?
まずはやっぱり、
厨房機器を揃えるのに、
和歌山の製菓製パンの卸し会社の北谷さんのところに行って、
12:00
フェイバリッドコーヒーの頃からお世話になっていて、
その頃から僕はパン屋になりますって言っていたので、
北谷社長にまず連絡して、
2人でご飯に行って、
パン屋をやりたい。
で、オーブン、ミキサー、
パン屋の最初の開業資金ってすごい莫大な金額がかかるので、
中古でいいものがないかっていう相談をさせてもらって、
そういうのを待ってたから用意してるよって言って、
もう僕にはもったいないぐらいのいいオーブンといいミキサーを、
北谷の会社に置いてあるからって言ってもらえて、
そこを押さえたりとか、
それこそお店を作るために作ってもらいたかったのが、
ザ・オフィスさんに作ってほしいって結構前から思っていて、
で、電話したのかな。
急に電話が来て、何事かなって思いました。
で、電話をして、
パン屋をしたいからお店作りをしてほしいっていう風に
お話をしに行きました。
ザ・オフィスさんは何で見つけてたんですか?
妻から聞きましたね。
最初は。
すごいかっこいい空間を作る会社があるっていう風に聞いて、
ネットの情報を送られてきて、
本当だって思って、
自分がお店を作るんだったらこの人たちに頼みたいっていうのは、
結構初期の頃から思ってました。
和歌山移住して最初の頃から。
そうなんですね。
中央機器も揃って設計も決まり。
そうですね。
で、あとは物件ですね。
すごい大事なのが。
そうですよね。
物件は何でここにしたんですか?
えっと、実は最初違うところで決まりかけてたんです。
はい。
っていうのもやっぱり本当にお金がなくて、
やっぱりお店をするでお金を抑えて起業するってなると、
いぬきっていうのがまず選択肢の中に入ると思うんですけれども、
いぬきで探していたときに、
ちょうどご高齢になって引退を考えているっていうパン屋さんが、
福島のエリアですね。
北島橋とかのエリアに一軒あって、
そこを人づてに紹介してもらって、
ご夫婦で営まれてたパン屋さんなんですけれども、
15:02
お話をしたら、
もう好きにしていいよみたいな感じで、
もう俺は早く、1日でも早くこの店を辞めたい。
もう辞めたいってずっと言ってたんですよ。
で、本当ですかって言って、
正直もう厨房機器どれもボロボロすぎて、
いぬきどころが、
これ片付けの方がお金かかるんじゃないかって思いながら、
でももうとにかくお金がないから、
どうやってお金をかけずにっていうことを考えたら、
ここにしようかなって思って。
それこそザ・オフィスさんにも、
最初ここでやりたいっていうふうにも伝えてたんで、
結構そこに何回か通って行って、
お話をしていくうちに、
火ついちゃったのか、
そのご主人が、
俺もやりたい。
俺も?
一緒にやりたい。
それはちょっと違うなってなってきてしまって、
なんとか一緒にできないか。
ちょっと話が変わってきたのと、
それもしながら実は不動産屋さんには回っていて、
物件はずっと見てたんで、
ここのテナントを見つけたときに、
結構もう気持ちが、
古いパン屋さんから、
もうこっちでスケルトンで、
オフィスさんに空間を作ってもらった方が、
いいんじゃないかって思っていて、
ここの物件を。
なるほど。
若山のこの北部の方のエリアで探してたっていうのは、
何か理由あったんですか?
そうですね。
家がこっちの北部の方だったので、
家からも通いやすいっていうのと、
あとは、
本当なんとなくなんですけど、
小川家田線が好きで、
僕がお世話になっている農家さんが、
結構本当にずっと木の川市の方に向かっていくと、
この小川家田線沿いにいらっしゃる方々が多くて、
何かパワーをもらえるみたいな気がして、
ここがいいって思いました。
そういうことでここになったんですかね。
ちょうど道もドーンとできたぐらいですかね。
そうですね。
僕も知らなかったんですけど、
新しい道ができたので。
オープンする前に、
理工とかで曲がり営業みたいなのもされていましたか?
はい、しました。
さっき言った北谷さんに、
自分が後に使うことになるミキサーとオーブンがあったので、
18:04
北谷さんが心よくテストしていいよって言ってくれて、
厨房を貸してくれたので、
フェイバリットコーヒーを退職してから、
実店舗ができるまでの間、
そこで試作をしていたんですよね。
しつこいようだけど、お金どうしようが結構強かったので、
試作をするけどこのパン捨てるのもったいないってなって、
これが少しでも、本当に材料費でも、
材料費を買うくらいのお金にでもならないかなって思ったけど、
売る場所がないなって思って、
もともと知り合いだったんですけど、
理工の三八さんとマリンベさんに、
お話をしに行ったんですよ。
そしたら本当に即答で、
置いていいよ、好きにしてみたいな。
本当に即答だった。
そういうことで理工でやってたんですね。
その時も名前もベーカリーチックタックっていう名前でやってたんですけど、
名前とか作るパンの方向性とか、
そういうのってどういう感じで決めていったんですかね。
名前はずっと悩んでいて、
実は決まったのは、
割と後の方だったんです。
苗字がこしいしっていう苗字で、
自分の名前を天命につけるっていう憧れはすごいあったんです。
修行していたお店はみんな、
シェフの名前が入ってたんで、
自分もそれを入れたいって、すごい強い憧れがあったんですけれども、
本当にこしいしっていう名前が、
まず言いにくくないですかね。
声まで聞かないで、聞き慣れない感はあった感じじゃないですかね。
こしいしてずっと空気が抜けていく感じがするので、
言いにくいですよね。
覚えづらいですし、
やっぱりすごい悩んで、
自分がやるのはあくまで街のパン屋さん。
だからもっと万人に覚えてもらいやすいような、
キャッチーな名前にしたいってずっと思っていて、
でもこしいしを入れるっていうのも捨てがたいっていう葛藤はあったんですけれども、
本当に東京のパン屋さんで一緒に働いていた元同僚の方が、
和歌山に遊びに来てくれて、
2人でパン屋さん巡りだったり、
自然見たりドライブしてたんですけれども、
その彼が今と同じような悩みの相談をしたんです。
21:01
店名が決まらない。
名前を入れたいけど覚えてもらえないし、
言いづらいから、
名前は諦めかけているって話をしたときに、
その中でも僕の中で決まっていたのが、
時計をシンボルにしたお店にしたい。
フランス料理屋さんとかは時計がないんですよ。
お客さんに時間を忘れさせる場所なんで、
楽しんでもらう場所なんで、
時計があったら気にしてしまうんで、
次の時間を気にしてしまうって。
でも逆にパン屋さんって時計があった方が、
お客さんはやっぱりサクッと買いに来る場所なんで、
あった方が便利だなって思っていて、
時計をドンと着たいっていうのは決まっていて。
その彼といつも帰り道に寄っていた、
お弁当屋さんの名前がタックタックってお店だったんですよ。
ゴタンダにあるちょっと古びた唐揚げ弁当が有名な、
本当に400円で唐揚げ弁当が食べれる人気のお弁当屋さんがあったんですけど、
タックタックと時計を組み合わせて、
チックタックでいいじゃないですかって、
ポロッと彼が言ってくれたのに、
ちょっと半分いじりもあったんですけど、
結構バチッと入ってしまって、覚えやすいってなって、
帰ってすぐに3歳の娘に、
チックタックって言ったら何?って聞いたら、
時計でしょって言って、
やっぱりこんな小さい子でも時計ってすぐ結びつくんだと思って、
ベーカリーチックタックにしようってそこで。
そうなんですね。
先もちょっと話で何回か出てきてるんですけど、
街のパン屋さんっていうのが何回も出てきてるんですけど、
街のパン屋さんってどういうイメージっていうか。
これもやっぱりお師匠様の教えなんですけれども、
街の人たちから愛されなきゃダメだぞって、
フランス料理のシェフから。
そのフランス料理店は代々木にあったんですけれども、
やっぱり代々木に住んでいる方々からすごく愛されているお店で、
その地元の方だったり、近隣の方々が本当に応援してるんですよね。
それが働いていながらも伝わってくるというか。
予約が取れないっていうのもやっぱり理由があって、
常連さんなんですよね、やっぱり。
24:02
すごい通ってくれてる方々がすごい多いっていうのが、
そういった秘訣なんだなっていうのを若造ながらに思っていて、
自分もどのジャンルのお店をするにしても、
その地の方々に愛してもらえるお店にしないと良くないなって思っていたんで、
結構こう意識してます。
街のパン屋だぞっていうのを。
街のパン屋。
あくまで。
えー、街のパン屋か。
街のパン屋じゃないパン屋って、
高級食パン店的だ。
そうですね。
ああいう。
そうですね。
その時の時代を読んで作られたお店なので、
長く続けていくっていうのは、
この営みをする上ではすごい大事だと思うので、
単発のものじゃなくて、
ずっとこの場所に根付いてっていう。
そうですね。
じゃあ作るパンの方向性もそこから逆算してというか、
街で愛されるパンはどういうものやろうっていう感じで。
そうですね。
街で愛されるんですけれども、
やっぱり自分の経歴からも尖ったものも作りたい。
でも尖りすぎたら愛されないじゃないですか。
だからもちろん食パンも作るし、
フランスパンも作るし、
そういう基礎的な食事パンは作るにしても、
どこか自分にしかできないパン作りをするっていうのは決めてました。
なるほど。
それで今のラインナップに徐々になってきたって感じですかね。
そうですね。
街のパン屋さんとは言えないぐらい、
チックタックさんって人気店になってるじゃないですか。
全然人気じゃない。
人気じゃないって言ったら、
すごい応援してくださってる方々というか、
来てくれてる情熱の様に失礼なんですけれども、
まだまだと思ってます。全然本当に。
なんかそんなに僕パン屋さんをいっぱいチェックしてとか、
そういうわけじゃないんですけども、
やっぱり一番に和歌山では名前が上がってくるというか、
イベントよく出られてるっていうのもあると思うんですけども、
今のこのチックタックになっていったのって、
どうやって育ててきた感じなんですかね。
スタートから順調に来てた感じなんですか。
そうですね。順調というか、
最初はすごい少ない量で、
徐々に徐々に量を増やしていったっていう感じですね。
もう売り切れる量を作るっていうような感じですね。
スタッフも4人くらいで始めたので、
27:03
すごいミニマムに。
それってミニマムなんですかね。
そうですね。
言ってしまえば1人とか2人でやっているパン屋さんもあるんですけれども、
4人っていうのは僕の中ではちょうどいいバランスかなと思って。
最初からある程度の生産量は?
そうですね。
という感じで始めたんですかね。
そこからどうやって大きくなっていたんですか。
大きくなっていったというのは、
そうですね。ちょっと想定していなかったですね、その当初は。
ミニマムにしていこうと思っていたんですけれども、
やっぱり作る量が少なくて、
昼に売り切れて、結局買えないっていうお客様が増えていったら、
やっぱり増やしていきたいと思っていってという感じですね。
最初の4人から徐々に人が増えていってという感じですかね。
最初結構チックタックさんできたばかりの頃、何回か買いに来ようとしたんですけど、
いつも時間がちょっと遅めだったんで、
今日も売り切れてるみたいなことがめっちゃ多かったんで、
それをなくすためにちょっと少し大きくしてって感じで。
そうですね。本当に少しずつっていう感じですね。
イベントとかにもよく出られてるようなイメージがあるんですけど、
それは意識的にあちこちに行ってみようかなっていう感じなんですか。
実はそんなに積極的ではなくて、
ありがたいことにお呼びしていただくことがすごい多くて、
でも実は結構最初の初年度とかはパンクするぐらい声掛けいただいていて、
もう全ては無理だって思って、
本当にお返事もできないぐらい、
そもそもお店を営んでるんで、
その業務が忙しい中でやり取りをする。
お店を休んで出店するっていうのもなんか違うな。
地域の方にしっかり販売していきたいっていうのが大事ですね。
その方々に喜んでもらうが、
僕の中では第一優先だったので、
違うなって思って、
割と消極的だったんですけれども、
本当にありがたいことに、
今度返事をしてないと直接お店に来てくれない。
30:03
時間ナンバーにメッセージ送ったんですけど返事がなかったので来ましたとかっていうのも増えてきて、
すごい熱い思いを持ってきてくださる方には、
やっぱり僕も何か答えたいって思うようになって、
当初、今は日曜日営業してるんですけど、
日曜日お休みだったんです。定休日だったので長いこと。
最初の2年半くらいはずっとお休みだったので、
日曜日なら出れるって思って、
日曜日のイベントには、かつそういうふうなちょっと熱い思いを持った方がいらっしゃったら出ることが多かったので、
あれをあれよと日曜日の出店はすごい増えていって、
っていう感じで結構言われることが多くなりました。
イベント出店よく出てますねって言われることが増えていって。
出たら出たで、学びもすごい多いんで、
新しく知ってもらえる機会もあったので、
消極的だったんですけど、別にマイナスにも思ってなくて、
出れてよかったなって。
今は結構、今もコンスタントにどっか出られたりとか。
2023年の11月から営業日がすごい増えたんです。
日月間でお休みいただいていたのを、もう月曜日のみのお休みになったので、
あくまでお店を、この店舗営業が一番大事と思っているので、
お店を休んでまでは出店はしないって決めてます。
で、お店もチームができて、
お店もやりながらであれば出店はしようと思ってますね。
だからその2023年の11月以降は出店が多分激減してるかもしれません。
なるほど。オープンして結構今まで順調に来てる感じなんですかね。
なんか外から見てたら、もうどんどん人気も上がっていってるなみたいな、
順調やなみたいな感じに見えるんですけども、
コシシさんの中で何か変化とか。
そうですね。ありがたいことに、
その順調が、どの部分での順調かってなるとちょっと難しいんですけど、
実際パンは売り切れることが多いし、
もし売れ残ったとしても、売れ残ったパンのセットで販売をさせてもらってるので、
33:01
パンを捨てるっていうことはもうほぼほぼ、
もう全くないと言っていいくらいないんですよ。
それって結構すごいことってか。
それは多分すごいんじゃないかなって思います。
パン業界を見てきた身としては、
やっぱり廃棄にするっていうのは、
結構普通のことというか、
よく見ていた光景なので、
それには割引をして売ると、
やっぱりお店の価値も下がるっていう、
そのパン屋さんの店主さんの考え方もあると思うので、
全然否定はしないんですけども、
やっぱり僕は工房から作って、
小麦の生産者にも会いに行って、
野菜の生産者にも会いに行って、
お肉屋さんも、もういろんな人の顔を思い浮かべて、
この商品が出来上がってるって思った時に、
もう絶対捨てれないって思ってしまって、
で、割引して売るっていう考えに否定的な方々も、
もちろん存じ上げてるんですけれども、
僕の中では、やっぱり捨てるっていうことの方が、
心が痛むんで、
自分のお店の商品の価値を下げるかもしれないけど、
割引いて売るっていう考えになりましたね。
星石さん、営業もして、
いろんな人に会いに行ってって、
どういう感じで動いてるんですかね?
星石さんの日常はどんな感じなんですか?
多分、仕事が日常というか、
あまり休みっていうものは、
趣味もそんなにないんですよね。
だから、仕事をしてることが楽しいんで、
時間があれば、そういうところに行っちゃいますね。
ちなみに、1週間どんな感じで動いてるんですか?
でも、週9、2日を取り入れようとしてます。
今、うちのスタッフさんにも週9、2日を、
もちろん最初から取ってもらってるんですけれども、
自分はいいやって思ってたんですけど、
実は本当に、2023年の11月かな、
リニューアルオープンした初月に、
ぎっくり腰になって、
この営業日を増やすぞって言い出した庁本人が、
丸々1週間離脱するっていう、
36:01
もう本当に、
ただ、お店は1日も休まず、
その優秀な本当にスタッフさんたちのおかげで、
お店は問題なく営業できたんですけれども、
結局、気持ちと自分の体のバランスが合ってないなって思って、
週9、2日を取り入れようって思って、
だから、1週間のスケジュールというと、
2日は休んでますね。
会いに行ったりしちゃってますけど、
でも、それが休みと思って、
遊びに行くって言ったらあれですけど、
仕事にも繋がるけど、
気持ちはリラックスしていって。
そうですね。
そして、この2024年の目標みたいなこと、
目標というか、
インスタグラムで、
ちょっと地に足をつけてやっていきます、
みたいなことを書かれてたんですけども、
それはどういう…
やっぱり、冒頭に戻るんですけれども、
とにかく店舗営業を頑張るっていうのが、
僕の中では地に足をつけるっていう意味ですね。
イベント出展するとか、
外に出ていくっていうのも、
すごく大事だとは思うんですけれども、
そこに割く時間を、
少しやっぱり店舗営業に向けようっていうのが…
それは何でまた…
やっぱりイベント出展も言われてたみたいに、
いろんな楽しかったりとか、
広報的な意味合いもあったりとか、
プラスになっているところも大きいっていうことだったんですけど、
それよりもそっちを減らしてでも、
お店の方を…
そうですね。
やっぱり正直言えば、
1年目に行った時のお客さんの顔が見れなくなったりとか、
あのお客さん今何してるんやろうっていうのはやっぱりありますし、
何か…
嫌な思いか分かんないですけど、
他にお店が見つけたのかも分からないですし、
その理由は分からないですけど、
あの時すごい来てくれたお客さんはどうしたんだろうなとかってやっぱりすごい思いますし、
戻ってきてほしいっていうよりかも、
来ていただいている、
わざわざここに来ていただいている人たちに、
もっと喜んで帰ってもらうっていうこと、
ほんと基本なんですけれども、
そこにもっと立ち返らないとなって思っています。
じゃあ今年の目標というか、
今年やるべきことは、
まずは地に足つけた営業をして、
で、他に何かこのこれからのチックタックというか、
これからこちいしさんがやっていきたいこととか、
お店をどういう方向性でやっていこうとかって今決めてることとかってありますか?
39:03
これもまたちょっと重複しちゃうんですけども、
地に足つける、そもそも僕が考えていたテーマが、
食を通じて人を幸せにするなんですけれども、
その人っていうのは、
来てもらっているお客様もそうですし、
スタッフに対してもそうですし、
携わってくださっている卸業者さんもだし、
生産者もそうなんですけど、
その方々をもっと幸せにしなきゃなっていうところですね。
リアルなこと言えば、
お給料あげたいしとか、
ちゃんと休みの部分は取れてもらえているとは思うんですけれども、
よりよく楽しく働いてもらえるお店、会社をしなきゃなって思っています。
そういうことを考えだしたのは、どれくらいのタイミングからですかね?
最初からは思っていたんですけれども、
3年やっていたら、その3年続けてくれている方もやっぱりいて、何人か。
そういった方々が本当に支えてくれているので、
果たしてより良くなっているのかなとか。
より良くしていこうと思ったら、もっと売り上げをやったりとか、
そういう話になってくるんですかね?
そうですね。売り上げなのか何なのかわからないんですけど、
楽しいって思ってもらえる職場にしたいし、
売り上げが上がるっていうことは、生産者にお支払いできる金額も増えますし、
卸、ここまで材料を運んできてくださっている方々にも、
お支払える金額が増えるってことなので、
それは結果、より良くなっていっているのかなって思うので、
売り上げを上げるっていうのも一つの指針というか、大事なことだなとは思います。
じゃあ結構外から見てたら、すごい人気でかっこよくていい感じのチックタックさんなんですけど、
まだコシリスさん的にはもっと頑張りたいって感じですか?
はい。全然全然、本当に。
全然なんですね。
42:00
全然です、本当に。
結構どういう感じでやってるんだろうっていうのが気になってて、
うちとかやったらお店やってるんですけど、
まだまだ人気もないし、売り上げもないし、
改善していかなきゃいけないことがどんどんどんどんあるんで、
それを日々やっていかなきゃいけないなみたいな感じなんですけど、
ある程度仕上がってるように見えるコシリスさんが、
何考えてるのかなっていうのが結構気になってて、
まだまだすぎますよ、本当に。
まだまだ。
まだまだですね。
具体的に何がまだまだっていうのがあるんですか?
まずそもそもの商品のクオリティももっと上げれると思いますし、
もっと違った種類のパンもできると思いますし、
その違った種類のパンっていうのは、
実際作っていたけどやっていないパンもたくさんあって、
それはじゃあ僕個人が一人で
やっきりになって頑張ればいいかっていう問題でもないと思っていて、
人に教えて人ができるようになって、
商品化につながるって思っているんで、
僕だけが一人できてこんな新しいものができたっていうよりかも、
人にやってもらえて初めて商品化だと思っているんで、
人材育成っていうんですか、
ちゃんと言葉を使えば、
人を育てるっていうことをもっともっとしなきゃいけないなって思います。
そうなんですね。
お店の話も聞いたんですけど、
すごい長期的に、
藤井さん個人としてこんなことをしたいとか、
こういう感じで生きていきたいなって、
今はどういう感じで思っているんですかね。
料理人になりたいとか、
お店を持ちたいっていう目標は叶っているわけじゃないですか。
そこから先ってどうなんですかね。
まずはというか、
これもお師匠さんから教えたんですけど、
生涯現役です。
目標は生涯現役で、
厨房で死ぬ。
じゃあそれをするにはどうするかって考えていて、
じゃあそれを、
例えばですけど、
夫婦2人のパン屋は、それは叶えられないと思っているんです。
45:03
なぜならば、
30代の自分と70代80代の自分では、
生産力が、まるで体力もそうですし、
違うので、
やっぱり若い世代の方々に助けてもらわないと、
自分が生涯現役を叶えるのは難しいと思っているので、
そう思った時にやっぱり、
会社というか、
ちゃんと組織を作っておくっていうことは、
すごい大事なことだと思っているので、
正規的で考えると、やっぱり組織を作る。
職を通じて人を幸せにするというテーマのもと、
組織を作っていくっていうのが、
自分の中での目標ですね。
なるほど、そういう商売現役。
そうですね。
年表の話があったじゃないですか。
あれは、この後は、
今聞いてた範囲だと、
33歳で独立っていうところまで、
っていうお話だったと思うんですけれども、
その後は、
改めて追加したことであったりとか、
決めたことっていうのはあるんですか?
33歳でここを作った時には、
それを考えようって思っていたんですけど、
あっという間の3年過ぎて、
実は更新がまだできていないんです。
だから、本当に今は、
目の前のことに必死で、
やっていて、
ただやっぱり年表を作らなきゃなって、
今思っている最中です。
ちょっと落ち着いたらというか。
そうですね。
なるほど。
ありがとうございます。
越石さん、長々とありがとうございました。
何でもないです。
聞き逃したことはなさそうですかね?
まあ…
毎回ゲストの方にお伺いしてるんですけども、
越石さんが今和歌山で気になっている人とか、
この人の話が聞いてみたいなっていう人とかっていますか?
はい。
僕が和歌山に移住するっていう話が
妻から出た時に、
東京の銀座にある交通会館っていうところで、
各都道府県の移住の窓口があるんですけれども、
そこの和歌山の移住の窓口で、
和歌山県移住セミナーみたいなのを
ちょうど開催することがあって、
僕一人で行ったんですよ。
その時に出会って登壇したのが、
48:02
有田にある柑橘の農家さんの
井上慎太郎くん。
全米農園の井上慎太郎くんが
そこに登壇していて、
そこで初めてお会いして、お話しして、
こんな子がいるんだっていうのから、
時を経て、
フェイバリットコーヒーでも、
めいがりチックタックでも、
すごい一緒にお仕事をさせてもらっている方なんですけれども、
多業種なんですけれども、
すごいリスペクトしていて、
どこからその考えが出るんだろうとか、
学ぶことが多くて、
どうやったらこんな人に育つというか、
どんなふうにこんな人はなったんだろうって、
やっぱり気になりますね。
この間お見せっこさせてもらった時も、
そのみかんの花摘みの話をされていて、
あれもコシーさんたち行かれていて、
あのシステムがすごいみたいなことを言われていました。
すごいんですよ。
信じられないぐらい自分でいろんなイベントを企画して、
田村という街に人を呼んで、
すごいたくさんの人を喜ばせて返しているので、
すごいなって思うんですよね。
彼自身が何かを、柑橘を作っているんですけど、
パンやお菓子を作っているわけではないんですけれども、
彼自身の作った柑橘によって、
本当に日本中で喜んでいる人たちがいるっていうのは、
本当にすごいなって思って、
すごい近い存在ですけど、
見て、すごいと思いながら見ています。
ありがとうございます。
僕も気になっている方なんで、
ちょっとお話を聞いてみたいと思います。
一緒ですもん。アリーダとかの方が。
隣の隣町ぐらいなんで。
他にもいらっしゃったら全然。
もう一人この方もすごい出会ってから、
人とは違うことをすごいする方だなって思っていて、
この方も農家さんなんですけれども、
うちがお世話になっている、
ミニトマトとブルーベリーを作っていらっしゃる方で、
海南にある中西農園っていう農園の中西さんが、
この人もまた井上君とは違ったタイプで、
学ぶことが多いなって思って、
51:04
どんなふうに育ったらこんなふうになったのか、
ちょっと言い方はあれなんですけど、
気になってますね。
2人ともすごい気になる人たちなんで、
ぜひ話を聞いてみたいと思います。
ありがとうございます。
そして最後に、
小西さんから何か告知とかってありますか?
特別すごい告知っていうのは、
メーカリーチックタックは常に通常運転で、
お石を日々届けるっていうのに大事にしてるんですけれども、
7月に北山村、
すごい三重と奈良の県境、
蛇腹のところですね。
北山村というところで出展します。
すごいところに。
イベントで。
北山村の診療所のお医者さんが、
この村の方々に外の世界を見せたいっていうか、
こんなお祭りをしたいって言って、
わざわざここに来て連絡をしてくださって、
すごいとても熱い方で、
本当にこの人とやってみたいなって思って、
北山村に行かせていただくので、
本当に気軟の方はぜひいらしていただけると嬉しいです。
ちなみに何ていうイベントとか決まってるんですか?
ワッショイ北山です。
すごいですね。盛り上がりそうです。
ワッショイのイが医学のイになってます。
お医者さんやから。
なるほど。
すごい。
その情報はチクタクさんのインスタグラムとかでチェックしてれば出てくる感じですかね。
また告知させていただきます。
皆さんぜひという感じで。
ありがとうございます。
それでは最後に白石くんから事務連絡よろしくお願いします。
事務連絡させていただきます。
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というわけで本日はベーカリーチクタクの小石幸一さんにご出演いただきました。
54:03
ありがとうございました。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
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