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episode.83 黒岩正和さん 後編
2026-08-04 53:12

episode.83 黒岩正和さん 後編

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episode.83 黒岩正和さん 後編


今週のゲストは写真家の黒岩正和さんです。

@masakazu_kuroiwa


8/1から8/9までnormで黒岩正和さんの写真展「Ritual of the Soul」が開催されます。

@_norm_s_


今回のエピソードを聴いてぜひ写真展に行ってみてください。


また8/8(土)18時から写真展に併せて開催される黒岩正和さんのトークイベントで公開収録させていただきます🎧

後日配信予定ですが、現場でしか聴けないお話も多いと思いますので気になった方はぜひnormにお越しください。


写真展、トークイベントの詳細はnormのInstagramをチェックしてみてください。


それでは黒岩正和さん回前編、どうぞお聴きください💁‍♂️


talk topics


カメラ業界の過渡期/一升瓶小学生/逆飲酒検問/和歌山移住/normでの初展示/野宿スタイル/島と少数民族/写真の意味


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

本町文化堂ではお寿司のともみさんのCDも購入できます。


kisen radioはApple Podcast/Spotify/Anchorなど各種音声配信サービスから聴くことができます。


「kisen radio」で検索よろしくお願いします📲

プロフィールのリンクからも聴けます💁‍♂️

感想

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サマリー

今回のゲストは写真家の黒岩正和さん。黒岩さんは、30歳を過ぎてから島の仕事が増え始め、写真家としてやっていけるかもしれないと感じたそうです。特に、憧れの雑誌「トランジット」で仕事ができたことは大きな喜びでした。カメラ業界がフィルムからデジタルへと移行する過渡期にうまく乗れたことも、キャリアにおいて幸運だったと語ります。また、島での野宿中に偶然出会った小学生との出来事がきっかけで、島の祭りを撮り始めることになります。祭りのカオスな状況や、子供たちの姿にアジア放浪時の感覚を思い出し、その魅力に引き込まれていきました。祭りは生き物のように時代に合わせて変化していくため、その記録を続けることに尽力しています。コロナ禍を経て、祭りの運営方法が変化したり、神様への解釈が変わったりする様子も興味深く観察しています。黒岩さんは、写真集の出版や和歌山への移住、地域おこし協力隊としての活動、そして大学での講師など、多岐にわたる活動を展開しています。海外での少数民族の祭りやメコン川流域の暮らしもテーマとしており、島の祭りとの共通点を見出しています。今後は、自身の経験を活かし、若い世代に現地へ足を運ぶことの重要性を伝えていきたいと考えています。また、写真家としての使命感から、失われゆく島の記録を続ける決意を語りました。

写真家としてのターニングポイントとデジタル化の波
仕事としてやっていけるようになった ターニングポイントというか
そんなもなく ひたすらやってていつのまにかっていう感じですか
そうですね、なんけどやっぱり島の仕事が30超えてからちょこちょこ 気だした時に、あれ?
やっていけるかもってふと思った気はしますね だから料理はもちろんずっととってますし、自分がずっとテーマとしてきた仕事とかに
ちょっと仕事として依頼が来だしたなぁ って思い出した時に
あ、なんか 大丈夫かもって思った感覚はありますね
最初どんな依頼だったとか覚えてます? えっと最初、何だった?
トランジットかな? トランジットの前に何か違うやつで来たのか
トランジットさんか、これか、これですね これが多分最初で
これが来た時に、あ、島でも仕事来るんやって思った 瀬戸内海のトラベル、ディスカバージャパン
その後すぐぐらいにこれの仕事の後にトランジットさんが来て 自分がずっと読んでた雑誌やったんで
やっぱりトランジットさんで仕事できるようになったんやっていう 憧れたところと仕事で繋がれるっていう嬉しさと
島の依頼で来たので、それが料理とか京都とかじゃなかったので 島ってやっぱり続けてたらそうやってこう
見てくれてる人は見てくれてるんだよなっていうのが気づいたので そこでやっぱり何か30超えたぐらいの時に
いけるなっていうか何かこれで行こう 行けたというか行こうってなったって感じですね
島行ってて写真の写真撮ってますって どうやって知ってもらえたんですか?
確かに
島の写真撮って… 営業がずっと続けて行ってて
東京に1年1回ぐらい行った時に 仕事のワークのポートフォリオと
自分のライフワークのポートフォリオを見せた時に 島のやつを見せたりしてたので
その出版社に見せてた?
はい見せてましたね 常に持って行ってましたね
で、あとは島の専門の離島経済新聞さんっていうのがあって
離島経済新聞?
離島経済さんってあるんですけど そこでコラムの連載とかが始まって
そうですねそういうののやつで島行ってるっていうのを 認識されだしたかなっていう感じですね
もうすでにその時点で10年ぐらい島撮ってるんで もう結構独創状態っていうか
いやいやけど島を全部行ってる人って その時カメラマンとしていたので
僕大先輩にいるので ライターさんとかでもいたりとか
旅行作家さんでもいるので 5人ぐらいいるんですよ実は
でも5人すごい
その中で全然僕一番若手なので
逆にその人なんか撮ってた時代のやつは 僕も知らないですし
けどちょうど良かったのか悪かったのか ちょっと僕も分からないですけど
カメラ業界が過渡期になってて フィルムからデジタル
デジタルの中でもデジカメがどんどん 進化していってるみたいな時があって
例えばデジタルの写真のデータが 欲しいってなった時に
昔の人はフィルムでしか撮ってない
でけど黒岩はデジカメで最近も よく行ってるだろうみたいな感覚で
話をもらったりすることが多くなったので
結構カメラ業界の過渡期に入ったっていうのは
ある意味並みとしては上手いこと 乗れたのかなと思いますね
黒岩さんは抵抗なくデジタルもやって
両方撮ってますね今もそうなんですけど
やっぱりフィルムはフィルムの良さがあって
デジタルはデジタルの良さがあると思っているので
基本両方で撮ってはいるんですけど
両方経験できるっていうのはこの時代に 生きた人しかできないので
逆に今ってフィルムってめちゃくちゃ高くて
思考品というか芸術品みたいな扱いになってるので
フィルムで撮るっていうのはなかなか手が出ない人が多い中
僕はもうその安い時から撮れてたので
そのフィルムのデータを持ってます
プラスデジタルに対応も仕事としては デジタルの仕事をずっとやってたので
島に関しては両方撮ってますよみたいな アプローチができたのは
両方経験できる世代にいたっていうのは
一個良かったのか良かったと思いたいっていう感じですね
島の祭りを撮り始めたきっかけと魅力
フィルムだけの方がやっぱり良かったかもなって
どこかではちょっと思ってるところがあって
デジタルのカメラがどんどん進化していく競争に巻き込まれると
結構大変なんちゃうかなので
その時もうすでに島の写真っていうのは 祭りにフォーカスして撮ってた感じですか
ちょっと年代がバックするんですけど
海外で行けなくなって島を巡り始めて百島を巡って
大学の卒業制作で百島の展示というか
やった後ぐらいに初めて島の祭りと出会ってるんですよ
なので大学卒業したアシスタントをやりだした時くらいに
久しぶりにもらった休みか年末年始の休みで島に行って
島の祭りと出会ってるんですけど
どこまで話せるかっていうかどこに乗るかわからないんですけど
乗りますか
ピーの方がいいと思う
一応ちょっと言ってもらって
野宿っていうスタイルは僕ずっと野宿だったんですよ
宿とか泊まらずに島人に拾ってもらおうっていうスタイルで
島でとある島で野宿をしてたんです
もう島名は言えないんですけど
夜中に12時過ぎた1時ぐらいの時に
ポンって叩かれて
で起きたら子供が一人いて
兄ちゃんどっから来たん?って言われたんですよ
でその子を見た時に一生瓶を持って行ったんですよ
血取り足で
そういう状況の子供と出会った
小学生
で聞いたんです
君いくつなん?って
こんな夜中にいくつなん?って言ったら
小3って言われたんです
それがなんかもう
自分がアジアを旅してた時のカオス感というか
それこそスラム街とか
駐車場とか落ちてるような街中とか
目が決まった人がいっぱいいる中で歩いてきて
ワクワクした感じとか
少数民族の祭事で
なんか見たことない生贄を捧げてるとか
見た時のワクワク感に近い感覚を
その瞬間に抱いて
なんで君こんななってるのって言ったら
今日祭りやねんって言われたんですよ
祭りの日ってこうなるんやって
僕の知ってる祭りって祇園祭りとか
おごすかな
あってもそれこそ見越しが出るぐらいの感じなんですけど
島ってやっぱり閉鎖的なんで
その辺はもうなんか
みんなはっちゃけるんですよね
子どもからしたら大人の仲間入りもできる
もう20何年前の話なんで
あの事故だと思うんですけど
結構その
なんて言うかね
非合法といったあれですけど
日本では良しとされてないことが
祭りの日に垣間見れた瞬間に
一瞬で自分の感覚が
10代のアジアを放浪した時に
タイムスリップした感覚があって
これは面白いと思って
祭りを撮り始めたというか
その祭りもその後
叩き起きて
カメラ持って走って行って
その中に入れてもらって
ちょうど人と話しながら
聞くとかっていうのをやりだしたっていうのが
それが最初です
そっからずっとはまってしまったっていうのがありますね
へーそうなんですね
だからびっくりしました
もう本当にカルチャーショックというか
時間も時間ですしね
そうなんです一時とかに子供が
その祭り自体が夜通しやる祭りなんですよ
なのでその日の前くらいかも寝ててみんな
その夕方くらい起きてやりだすんですけど
なんかその夜通しやってる子ども
僕らみたいな偶然の訪問者というか
観光客がわからないような場所でやってて
たまたまその子が船着き場の方に来てくれて
教えてくれたから行けたんですけど
あんまり見せれないというか
なんかそういうので
今ちょっとずつネットとかが普及してる時があったんで
なんか乗っちゃうと
もうそれこそ叩かれたりなんかなるので
基本的にあまりこう
代々的に広報するような祭りじゃないので
たまたま出会えてラッキーやったっていう感じですね
じゃあそこからは結構祭りめがけて島に行くみたいな
それまでは日常撮ってたんですけど
祭りで今までこう島で
最近若いもんで出てよって言ってた状態と
全く違う景色が祭りの日には見れるので
そこに魅了されて撮り出したのと
やっぱりこう撮り出すと
その5年前に撮ったのと今撮ったのでは
ちょっとずつ変わってたり
よく祭りは生き物だと思うんですけど
結構時代に合わせてリニューアルしていくんですよ
そういうのを垣間見れたり
逆にそのコロナの時とかに
なんかもう途絶えたというか
結構4年ぐらいやらなくなったりするじゃないですか
じゃあ復活させる時に
どうやったっけみたいな感じになるんですよ
どういう服装でどういう風な神棚やったっけみたいな時に
問い合わせとか来たりとかで
写真見せてとかっていう
そういう関係性が出来上がってると
どんどん祭りの面白さというか
自分の中でもやっぱり20年ぐらい撮ってる
この中でちょっとでも島に貢献できてるなと思い始めて
どんどんハマっていったという感じですね
終わりは絶対ないじゃないですか
日本に420都あって
お盆って大体どの島祭りあるので
全部撮ろうと思ったら420年生きないといけない
それはもう絶対無理な話なんで
絶対ゴールはないんですけど
そのゴールないことをやってる感じっていうのは
すごく僕には魅力的で楽しいですね
今もだから常に勉強させてもらってるというか
祭りに行ってここの島同じ
例えば祇園祭りって名乗ってるけど
京都の祇園とは全然違うなとか
なんかその島ごとに違ったりとか
隣の島ですごくライバル心があったりとか
そういう毎回新しい発見あるので
全然満足感はないですね
ゴールみたいな感覚は一切
本を出したところでこの本を出しても
またどんどんその後も撮りに行ってるので
全然ゴールとは思えないというか
いつ終わるのやろうって思いながら
そうなんですね
けどあんまりこの祭りの話とか島の話は
置いといたほうがいいですね
いやいやいやもう流れて出たらあれですけど
やっぱ面白い話聞いて
たぶん世の中的にはダメな話なんですけど
その小学生が飲んでるとかは
ただ20何年前のとある島の話なんで
多分トークイベントとも言い切れないと思うんで
なんかちょっと印象に残った祭りの話とか
そうですね
まあこれも言ってもいいんですけど
一応オブライトを包むと
祭りの日に船でみんな行くじゃないですか
船着き場で
僕は逆飲酒研文って呼んでるんですけど
飲酒研文って飲んでないかっていうのを
やるのが飲酒研文で
逆飲酒研文って飲まされるんですよ絶対
船着き場で降りて成人男性やって
あのやったらもうその日祭りの
青年会の人が
なんかこういう増酒
相撲鳥が優勝の時飲むような
あるやつあるやつあれを持って
であのお酒持って待ってるんですよ
でまあ降りて行く人に
ああなんとかおじいちゃん飲んでや
ってやって行くんですけど
僕とか観光客とか島の人じゃない人で降りて
もうやられるんですよ
お兄さん飲めるんって言われて
結構お酒好きですって言ったら
トコトコトコトコって入れられて
結構結構な量になるんですよ
でまあ飲むじゃないですか
じゃあもう撮影入る時にはベロベロなんですよ
けどそれをなんか後々聞いたら
もう祭りの日っていうのは
なんかこうブレイコブレイコなんで
なんかあんまり見せたくないもんはあるけど
それを一体感出すために
みんな共通認識として
寄ってもらわないといけないんだ
みたいなことをなんかそれっぽく言ってて
まあそれはそれでなんか島という
運命共同体の中では
まあこういうルールもありないのなって
思ったのがまあやっぱりすごく
島の祭りっぽいなと
行くには船でしか行けないから
絶対入る人はそこを通るので
そこに張っとけば飲ませれるんですよ
やっぱ他の入島方法がないので
なのでそういうのは島の祭りの
いいとこやなと思ったのと
あとはそれはコロナを経てなんですけど
もう十何年ぐらい前に撮影した祭りがあって
その時なんかあのセリの様子を
景気良くやるんですよね
マグロが上がったぞ
じゃあ10万円100万円とかって言って
ソロバンを振りながら
セリの様子をやってやる祭りがあったんですよ
でまあそれを何年か
コロナ明けぐらいに
もう一回撮影に行った時に
あのそのソロバンじゃなくて
ペーペー決済ができるようになって
ペーペーのQRコードみたいなやつを振りかざしながら
マグロ10億円ペーペーで
とかって言ってやってるのを見て
こういう時代に合わせた
なんか小祭りの進化をもろ感じた瞬間で
QRコード決済ができるようになってるんやと思って
ネタというか余興でやるので
実際それを10億で決済するわけじゃないんですけど
なんか今までソロバンで
こうやってカシャカシャやってたやつを
そのQRコードにやっていいんだ
まあだから長老とかも怒らずに
笑って許せるこの空気感みたいなやつが
なんか小祭りのそれこそ成長を見てるような感じがして
すごく面白かったですね
そういうのはやっぱ印象に残ってますね
祭りの変化と記録の意義
でもいきなり進化しましたね
いきなり進化
ソロバンから
それはそういきなり
ペーペーの転格とかなかったよ
進化で言うとなんかその
そのコロナの時に神様がマスクしだしたんですよ
こういうなんか普通のマスクじゃなくて
幽霊とかがついてるようなこう紐で
こういうやつあるじゃないですか
コロナでやってるとその時は言われてたんですけど
コロナ終わって3、4年ぐらいしたら行った時に
それっぽい理由がついて
コロナとは言われずに神様は貴重な存在やから
神様の息をかけないためにって言ってこうやられてて
いやいや4年前来た時コロナって言ってたよって思いながら
なんかそうやってこう
なんか解釈を変えながら成長していくのを見るのが
やっぱりこう僕はすごく面白いですね
好きですね
それをいやいや違うやんっていうのはもう部粋なので
そうやってこうみんなの取り方で
どんどんこう由来が追加されてって
基本的にそのなんかいろんな天皇にまつわる由来とかも
本当かどうかわからないやつがやっぱり由来にあるけど
そういうのが祭りの本来の成り立ちなんやろうなと思って
なんか写真集に出てた
なんか全部不明のお祭りみたいな
あれは潔いですよね
もう本当にそれっぽい理由つけずに
不明っていう2文字で何百年も続けるっていう
起源は不明っていう
かっこいいと思いますね
どんななんかみんな源氏が何とかだとか
何とか天皇がっていう中
いや分からん不明って言って
ずっとそれでみんなその集落の人が
何百年も続けれるって
やっぱりすごい労力というか
思いがないとできないことなんだろうなと思って
だからそういうのがやっぱり僕の中で魅力ですね
祭りのという感じですね
なるほど
写真集見ててもなんか
なんか日本の感じがちょっと抜け感があっていいですよね
海外のそのお祭りの写真とかじゃなくて
なんか見たらなんか足元クロックスやんとか
あやたか飲んでるやんとか
ありますね
結構なんかあの
ただそうやって緩くなっていって
いかないともうその祭り自体も存続が大変なので
やっぱりコロナで結構途絶えたんですね
やっぱりいろんな祭りが
やっぱりどっかでみんな無理してて
無理してるところはやっぱりコロナを良い理由にして
ちょっともうやめとこうとかっていう風になっちゃうので
ちょっとやっぱりこう
みんな無理のない範囲でやるのが一番良くて
衣装とかも昔は自前で用意したとか
煙幕50個ぐらいあったけど
コロナを機に20にしたとか
服ももう用意しやすい衣装にしたとかっていうのはよく聞くので
なんかそうやってこう本当に成長しながら
その世代の人が無理のない範囲でやれるのが一番だなと思ってて
じゃないと無理してるとやっぱり
それこそコロナみたいなやつがあった時に
辞めるっていう決断になっちゃうので
それは本来の祭りの意味と僕は違うと思ってるので
なるべくその無理のない範囲にこうリニューアルしながら
もう今とかサラリーマンの方が多くなってきてるんやったら
無理してこの日にやらずに土日にやるとか
日にちを変えるっていうのも全然ありですし
1週間かかりっきりっていうのも多分だいぶ無理あるので
もう1日だけにするとかでもいいので
なんかそうやってこう変化していくっていうのは
すごく本来の祭りの形だと思っているので
どんどん変化しながら残ってほしいなとは思ってますね
なるほどそんな話の続きはノルムのトークイベントですね
そうですねもっと濃い話が
濃い話になる
完全通常の愚痴になる
イベントって何時間くらいのあれなんですか
いやでもトークイベント自体は多分1時間から
1時間半くらいかなと思うんですけど
聞き聞ききれないでしょうね本当に
まあもう聞き聞き聞くのは無理ですよね
あと乗せれない話とかもね
まあだからあんまり乗せれないやつが結構あるので
海外とかも結構乗せれないことをいろいろあるので
海外も織り混ぜながらって感じですか
トークイベントですかそうですね
島だけで
島だけになりそうなご飯が島のご飯なので
結構その時の思い入れとかの話になるような感じですね
楽しみですね
なんかお話でもコロナの話がちょいちょいあったんですけども
和歌山移住と地域おこし協力隊
コロナ前ぐらいのタイミングで
和歌山に京都から帰ってきてっていう感じですかね
これは何があったんですか
これは第二子の出産があって
奥さんの方が和歌山の方が子育てしやすいということで
和歌山の方に変わるんですけど
やっぱり僕自身はずっと京都でやってたので
なかなか仕事を急に帰れなかったので
クライアントさんとかの通話もあって
先に奥さんの方が来て
僕がちょっと遅れてくるっていうので移住してますね
移住は2019年なんで
ちょいコロナちょい前ぐらいですかね
2019年ですかね
娘が生まれたのがそれなんで
コロナのちょい前に来て
すぐコロナが始まったって感じですね
僕がちょうど移住するときぐらいが
コロナっぽいのが出てきたなぐらいの感じの時でしたね
その時黒岩さんの生活はどんな感じだったんですか
僕はその時地域おこし協力隊という制度を活用させてもらって
海南市の観光協会の仕事をするっていうので移住してますね
なんで一応京都の方のクライアントさんには若山行くので
また仕事あったら来ますって言いながら
多分もうなかなか若山行くと
ちょっとクライアントワークはしんどいなと思い始めてたところと
プラスやっぱり島の方の仕事がだいぶ増えてきてて
その後師匠とかがやってたような
写真家的な動きというか
もうクライアント依頼して撮るんじゃなくて
自分が撮ったやつを今度撮っていくみたいな感じに変わってきたので
若山来ても関空が近いので
結局京都より関空は近くなるので
その自分のテーマとしてるやつとかやるには
そんな不便はないやろうなと思ってました
観光協会の仕事も家族を養う上で土台としてまずあるので
それは3年で終わりっていうのは決まってるんですけど
3年間やってちょうどそのタイミングぐらいで
大学で教えるとかいう話とかも来たので
うまいことを循環しながらなんとか食べていってます
ちなみに観光協会の仕事っていうのは何ですか
観光のパンフレットとか
岡田 観光協会のSNSとかそれこそ動画作ったりとか
広報の業務ですね観光協会の広報業務
プラス観光協会のイベントとかやったら
一緒に参加して何かやってたりしてましたねその時は
この辺でノルムで初回の展示って何ですか
ノルムでの初展示とアジア旅行
岡田 初回は2017年なので
まだ黒岩くんも翔達も京都にいた時なんですよ
二人京都にいて同い年なんですよね
同い年で京都におるけど
地元同じ和歌山やけど和歌山で展示したことないなって言ってあって
なんかちょっと自分は運命感じてるんですけど
なんていうの
倉賀さんはあんまり感じてない
いや僕もなんか
岡田 ノルムがあそこ入るまで貸しスペースやったんですよ
多分自分のラジオの時も喋ったかもしれないけど
貸しスペースやからタッチャンあそこ借りて
黒岩くんと二人で展示するつもりだったんですよ
その前に僕が借りることになったから
もうできへんみたいになって
その時たまたまタッチャンに出会ってその話してくれたんですよ
じゃあもうノルムの場所でやってくださいみたいになって
最初の展示決まったんですノルムの
オープンして一週間後の展示みたいな
それこそその展示をする前に
翔達くんという絵描きさんの子とは高校のアトリエ画塾が一緒で
同じ画塾にそれこそ石田さんと行ったりとか
みんな海南近くの人が行くようなアトリエがあるんですけど
そこのアトリエでずっと一緒にやってて大学も京都お互い近くて
ずっと一緒にいてたんですけど
結局展覧会するってなって初めて
二人でアジアを旅して
それこそムヤ君と大谷さんじゃないですけど
二人でずっと一緒に東南アジアを回りながら
撮った写真を僕は展示して
タッチャンはその時描いた絵とかを展示して
ニガオ絵ですね当時ニガオ絵作家っていうか
だから海外の子供たちの絵とかを展示してっていうので
やらせてもらったのが最初ですね
賑やかな展示でしたよ
壁中もニガオ絵と写真の展示があって
同じ場所に行って
僕は写真撮ってタッチャンは絵を描いてみたいな感じで
2019年からはずっと和歌山で活動して
野宿スタイルの変化と息子との初野宿
そうですねなんですけどもコロナ中はおとなしくしてたんですけど
コロナ開けたらもうその時の鬱憤が溜まっているのが
もう今年か300日家に帰らないので
もう帰らないので
基本的に和歌山に家族はいて和歌山に事務所もあって
納税は和歌山なんですけど
基本的には日本中どこでもうろちょろしてるっていう感じですね
日本中だけじゃなくて海外も含めて
今もスタイルは変わらず野宿しながら
どのタイミングで開けたのかな
もう最近今回海外で初めて息子と野宿しましたね
息子は初野宿やったらしくて
どっかのタイミングで野宿しんどいなってなった瞬間があったんやと思うんですね
もうそれこそコロナ前々前の
祭り取り出して
今日10年ぐらい前には野宿はだいぶ減ってますね
よっぽど島なので夜まで祭りあるけど
定期コールは5時に終わるとかなった場合は
10時ぐらいまで撮影して
船付き場のベンチでうとうとしながら過ごすっていうのは全然あるんですけど
それを野宿と言うのかどうなのか
ガッツリ寝袋持って寝てたのは
30になる前ぐらいにやめたと思うんですけど
寝袋持っていかなくなりますよね
もし野宿となってもどうにか座ってうとうとぐらいで過ごして
っていう感じに変わってきたんだと思いますね
それは何か体しんどいみたいな感じですか?
年ですね本当に年だと思います
次の日に影響するんですよ野宿すると
やっぱりなんか寝れないのか
虫かとかに刺されて
そういうのがしんどくなってきた時が
30代ぐらいのちょっと手前ぐらいでもうちょっといいかなって
どういう野宿なんですか?まじで寝袋でただ寝るだけ?
寝袋で寝るだけ
テント持っていくならカメラ機材持っていけないぐらいになってくるので
寝袋だけです
寝袋オンリーです
冬も
寒さで寝れないとか全然ありますね
ひたすら死にますよね
しかも松井の時はお酒飲むんで
お酒飲んで野宿をするんで
なんですかね
記憶がないんですよね
朝起きたら寝袋に足先だけ入ってる
一応寝宿しようという気はあったんでしょうけど
できずに足の先っぽだけやってる
入りきれなかった
飲んでるからあったかいからそれでいけたんですけど
朝方寒くて死ぬってなって
息子さんの初野宿はどんな感じだったんですか?
息子の初野宿は今イランとの戦争で
ガソリンがめちゃくちゃ上がってるじゃないですか
東南アジアもその時期に行って
バスが本来6時ぐらいにバス停に着いて
宿に行くって予定だったんですけど
人集まらないと発車しないっていう状態になって
ガソリンが高すぎて
それで全然時間が読めなくなって
着いたのが12時過ぎぐらいで
宿とかもないところで降ろされて
どうするって言ったら野宿全然行けるよって息子が言ったので
じゃあ野宿しようかって言って野宿したんですけど
普通に眠くもない中
地べたに寝るっていうのをやったんですけど
犬が来て夜間が
初めてだったらしくて息子が
犬って可愛いものの意識でいて
怖い犬たちが集まってくることにビビって
石を集めだして
石ではどうしようもないってなって
テリトリーがあるので
テリトリーの隙間みたいなところに行くと
どっからも吠えられないとか
どっからも集まってこないみたいなやつが発見して
そこで見つけました
その夜間のエリアのいいところ
行き過ぎるとこっちの犬が吠えてくる
こっち行くとこっちが集まってくる
そこしかないみたいなところで2人で座って
僕は日記書きながら
息子はスヤスヤ寝てました
やっぱ寒かったらしくて5時くらいで起きて
無理って言って
実質3時間くらいしか寝てないと思いますね息子も
それでもう僕野宿行けるって言わんわって
心折れたみたいで
なるほど
写真集出版の経緯と反響
そして和歌山で生活して
近年は出版の方が
離島飯と写真集とって感じなんですけど
これはどういう流れで
もともと
出版系の話はやっぱり島を
全島行く前くらい400くらいになった時くらいから
島の依頼が多くなってきたので
島の写真集を出したいなってずっと思ってて
何個かお話はいただいたことがあったんですけど
なかなか出版まで行き切れないというか
編集さんが辞めたりとか
グチャってなってしまったりとかして
全然上手くいかなかった時が30後半くらいになって
写真集出せるだけのデータはあるのに
出せないことがずっと続いて
いつ出せるんやろって悶々とした時期があったんですけど
ちょうど40年になる時くらいに
東京と大阪でまず写真展が決まったんですよ
工房で審査を通って
島の祭りの写真展をやるってなった時に
写真展をやるってなると結構出版社とかも
結構本を出す動きをしてくれるんですよね
売れる見込みがちょっと立つというか
小店とかがなければなかなか売れないだろうみたいな
ラインからちょっと売れる見込みが立つので
話とかもよく聞いてくれるようになって
そんな中一社が
乗り切りになってくれて
写真展に間に合う形で写真集を出すっていうところまで
いけたのがまず1個大きくて
1冊出すと
次が結構そんなに無理せずに
やっぱり1冊目が海の苦しみで結構長いんですけど
そっからはなんか
もう島を撮ってるんやったら
その後島の公演とかをすることが多くなって
その公演とかの時に
日本中の島行ってますけど一番美味しい食べ物何ですか
よく聞かれることがあったので
そういうところを聞いてた編集の方が
じゃあ次島のご飯とかどうですかみたいな話で
トントンと2冊
いけたっていう感じですね
リアクションはいかがでしたか
100と100歳
出版社の方は早いうちに在庫無くなって
結構
好評で
僕の方の在庫は山ほどあるんですけど
結構早いうちに無くなったっていうので
リアクションはありましたね
あとやっぱり
写真とかでももう無くなってる祭りとかがあるので
写真を載せる時に許可撮りをするんですけど
写ってる人が
もう無くなった人やから
この写真もしあればプリントしてほしいよとか
っていう島の方がいたりとか
家に使いたいからちょっとデータ送ってよとかっていう
島の方との新しいコミュニケーションとしても
僕の中では使えて
結構恩返しができたなっていう
どっかで思ってる感覚はありますね
出版を経ての今回
ノルムの展示に繋がっていくわけなんですか
そうですね
結構前から話してましたもんね
出版の話が何社か来てる時ぐらいに
本人の話が来てるんですけど
そのタイミングでどうですかねみたいな話をしてて
そこら辺がポシャったりポシャったりっていう中で
何回かね
延期延期みたいな
3年ぐらい前からちょっとずつ計画してた展示やって
写真展が決まったタイミングでも
実際に出るってなって
次の本がまた出るってなって
そのタイミングぐらいにしようかっていうので
ちょうど2冊揃って
それも込みで展示できるんで
ぜひ見てほしいですよね写真集は
在庫いっぱいあるんでしょ
2冊を当日購入できますって感じで
できるんでぜひ手に取っていただきたい
出版社なくなったイコール流通はしなくなるので
2版はないので
お宝館が出ます
10年ぐらいお宝館が出るかもしれないです
もうそうなんや絶版になるの
横のブームが来たりしたらもう一回吸ってくれるかもしれないですけど
出版社の方はもう
在庫を履け切ったら終わりってなってるので
これ2冊同じ出版社ですか
同じとこなんですけど
買収問題とか色々あって名前はちょっと変わってますね
大本は一緒ですね
その2冊もノルムの展示で
ご購入できますって感じで
ぜひお願いします
もう一個いいですか
和歌山市民図書館
にも
ご協力いただいたというか
そこでも展示させてもらえることになって
図書館の中で黒役の写真
映像を流してくれるんですよね
あと実際図書館にある僕の本を
書道してもらってるので
読めるような状態で置いておいてくれるみたいなので
図書館の方でも見られます
期間はいつから
8月1日から9月1日まで
図書館の方は1ヶ月
前半は被ってるんで
めぐってもらいたいというか
フォトウォークみたいな感じで
図書館とノルムは歩いて10分くらいの距離なので
めぐってほしいですよね
ありがとうございます
ざざっと聞かせてもらったんですけど
黒岩さんの今後の展望と言いますか
今後の展望と使命感
今すごい仕事のバランスとしても
いい感じというか
島の写真の方も仕事になってたりとか
もうちょっと家にいたいです
出張200日くらいにして
160日くらいは家に行きたいな
という感覚はありますね
それはなんでまた
子供の成長とか子供との時間を
もうちょっと取りたいなというのはあるんですけど
あとは自分の母校でもある
成果大学で毎週教えてるんですけど
若い世代の人って結構時代の流れもあって
現地に行かなくても
いろんな情報が見れるし
円安の影響で
日本の円が弱すぎて海外行ってもお金がかかる
いろんな状況があって
なかなか行かない子が増えてるので
できればそういう若い世代の人に出て行ってほしい
アプローチしていけたり
教育的に生徒に言っていけたらなとは思ってます
さっきも話したんですけど
写真としてはゴールはないので
ずっとこれを続けていくっていうのが
ライフスタイルってなってるんですけど
20代の前半から撮り始めてるので
逆に島の50年とか
70歳くらいになった時には
50年間島を記録してるとかなってくるので
420島あった友人島が
380になってますとかっていうのは全然あると思うんですよ
今ももう最後400島を超えたあたりから
定期航路がない島だけが残ったので
島に行くのも大変だというか
漁師さんを海上タクシーで雇ったり
レンタルシップで船借りて自分で運転して行ったり
っていうやり方をせざるを得なかったので
そう考えると
70になった時に島を
ずっと撮ってる人っていなくなる可能性があって
そういう意味では自分の
使命感みたいなやつか島の
時代を映すっていうのをずっと続けないといけないなみたいな
使命感みたいなやつはずっと持って
今後も撮っていきたいなとは思ってます
やめちゃおうと思ったこととかってないんですか?
写真家としての苦悩と喜び
今日一回祭りで
アバラを折られたことがあった
その時ちょっと島
怖いなと思ったことがあったんですけど
やっぱりそうなった時は
次から海外1ヶ月行ったりしたので
島を今回みたいに写真集出すのに
ずっと行ってると若干飽きてきちゃったりとかもあるので
そういう時は気分転換
海外1ヶ月行ったりするとまた島行きたいってなってきて
その繰り返し繰り返しで
ずっとモチベーションはそんなに下がらずに
来てるなって言うんですけど
結構祭りを撮ってるとカメラの
壊れ方が尋常じゃないので
そういう時にカメラマン嫌だなって思います
文章とかだけやったら
投資をしなくてもいいんですけど
カメラ持っていくとうっかり
モチに当たって壊れたりとか
壊す回数が多くて
本当にカメラメーカーさんからは
ブラックリスト載ってるぐらい
またですかってよく言われるような壊し方をして
修理に出してっていうのはよくあるので
そういう時にカメラマンじゃなかった方が
もうちょっと楽にできたのかなって思いますけど
やっぱり撮った写真を
元にもう一回祭りをやりたいんだとか言われた時は
カメラマンでよかったなって思う瞬間でも
どっちもどっちですね
やっぱりやっててよかったなって思うが
数が多いので今も続けてるんやと思います
ちなみに海外行く時はどういうテーマで撮られてるんですか
海外は最初は
海外のテーマって二つあって
メコン川流域の暮らしと
少数民族の祭事とか
その二つが海外の僕のテーマなんですけど
メコンは最初の海外の時に訪れなかった
憧れたけどその前に捕まって帰らされた
川なんですよね
そっからずっと5カ国を流れる大海なんですけど
その集落の雰囲気を撮ってるのと
少数民族は
どっかで島の祭事と僕は
共通的な感覚を持ってて
文化も近いですし
雲南省の祭事でやられてる行事が
天見大島で残ってたりとか
昔流れてきたんだろうなっていう感覚とかが
どっかにあるので自分の中では雲南とか
少数民族の祭事っていうのは
島の祭事を撮ってる感覚に近いものがあって
やっぱりどんどんなくなっていく民族衣装も
今どんどん着られなくなっていってるとかっていうのは
やっぱり残したいっていう思いとかもありますし
コロナ流行る前にSARSっていうのが
一回流行ったことありますよね
あの時僕少数民族の村で発熱したんですけど
その時に人生で初めて
気筒を押されて
気筒で治されたっていう
そっからなんか少数民族すげえって
どっかで思ってるので
治ったフリをしてたら治りました
寝てた場所にロウソクを並べられて
僕の周りに並べられて
生贄を捧げられるんですよ
イワトリさんが鎮ってなるんですけど
その血を飲まされるんです
臭いんですよ
血なま臭いやつを飲んで
全然弱ってるから免疫もない中
生き血飲むなんて結構ギャンブルじゃないですか
でやって全然熱下がらなかったんですよ
下がらなかったけど僕のために
何匹もイワトリが死んでるのを見てるんです
それはもう日本人の気遣いじゃないですけど
治ったフリしないといけないんじゃないかと思って
その晩くらいに治ったわーすげえ長老
みたいなフリをしてたらほんまに治りました
病は効かないじゃないですけど
演じるのも大事やなと思って
そういう出会いとかを見てて
島も一緒ですけど現地の人と触れ合うことで
どんどんハマっていくというか
少数民族の祭典もずっと今も撮ってますし
その3つをずっとルーティンしながら
その時の気分というかモチベーションが高いところに
なるべく行くっていうのをやってますね
すごい師匠の教えが
そこはほんまに感謝してますね
会った時にもよく言うんですけど
こうやって言ってくれたんで今もまだ写真嫌いならずに
撮ってますわーって言ったら嬉しそうにされますね
本当にそう思ってるのでそこは
いいですね
いいですね
いろんなことに通じそうな
島だけだと暴れおった時とか
カメラ壊れた瞬間にもう嫌だ
普通にカメラマンやってる方が全然お金も貯めれる
とかなっちゃうと島を辞めて広告ばっかやってると
AIとかが出てきた時に
今はもうわたわたしてると思うんですよ
雑誌が元気なくなった時も
そんなに凹まずに切り替えれたりとか
写真の意味みたいなやつが
AI時代になってきて問われる時代になってきても
自分は自分って思えるのは
ずっとその三つをグルグルしてたおかげやなとは
どっかで思ってますね
海外でのテーマと少数民族
なるほど
現在の活動とロールモデル
今は収益の柱というか
何がメインになってるか
今ですか?
今どうですかね
結構文章が今僕
収益いつ上がってきたんちゃうかな
それで言うと聞きたいんですけど
何をやってるんですか今お仕事として
仕事はカメラマン
コラムを書いてます新聞とかにコラム書いてます
イラストもやってます大学の先生やってます
これがほぼメインの
動画もやってます会社系の中で動画もやってるので
これがメインです
カメラマンといっても依頼されて撮る写真もあるし
自分で島とか海外とか
この5つぐらいがあって
年によって違うんですけど
今年は文章と大学がだいぶ
柱になってきてるような気がしますね
収入の面で言うと
去年とかでも写真ですし
その年々で
ぶれてないのはカメラを使っていろいろ言ってる人
感覚のやつが一番どんとあって
それをやってたから大学で教えられたりとか
それをやってるから文章もどうですかっていうのが来るので
たまたま写真で記録してるだけやけど
写真に助けられてるなって思いますよね
やってなかったらこんな
残ってなかったやろなって思います
黒岩さんの目指してる人とか
ロールモデルとか
藤原真也が大好きなんですよ
メメントモリとか
写真家でもあり
小説家でもあるんですけど
そこか吉田瑠衣みたいな
そこの二人の上手いことを
合致したところをやりたいなって思ってます
藤原真也さんは写真家でもあり小説家で
結構有名な方なんですけど
吉田瑠衣さんは自分の好きな酒飲みに行って
番組やったりしてるじゃないですか
ああいうのを上手いこと合体したやつをやれるのが
一番自分の生き方として楽しいんやろうなって思ってますね
藤原真也さんは
藤原真也さんほどストイックになれないし
吉田瑠衣さんみたいに振り切るのも
ちょっと違うなと思ってるので
その二つの間ぐらいを行けたら楽しいんやろうなと思います
なるほど
文章とかももっと増やしていきたいっていう感じですか
執筆活動の難しさと写真への回帰
なんか今回出版のやつほぼ文章やったんですよ
エッセイの方に関しては
やっぱきついんですよね
心の中ではどこかで
自分が写真が本業でやってきたので
文章を本業でしてなかった分もあって
なんかこう
編集から赤が入って帰ってきたりすると
凹んじゃうんですよ
そういうのを思うと写真のほうが赤とかあんまりないから
文章はプロフェッショナルの人から見たら
僕は拙いところがあって
結局1個のページを書くのに
何度もやりとりして
やっとプロの目を通るぐらいまで行くっていうのに
3回も4回もかかるので
とりあえずしんどかったなっていうのが本音ですね
だからだんだん慣れてくるのかもしれないですけど
好きなことを書いている
コラモとかは全然苦じゃないんですけど
やっぱ職のエッセイとかになってくると
例えば僕は個人的にはこう思ってこう上手かった
ってなっても
それって何に基づいたことなんですかって言われたときに
個人的な感想ですとしか言いようがないときとかに
プロ側からしたら
クワッとしたやつじゃなくて
どこの情報でこういう認識でこうなのをちゃんと入れてください
って言われると
やっぱり難しいなって思います
だから何でもプロの人って難しいなって思いますけど
やっぱり僕自身は島に行って感動した食べ物とか
祭りとかっていうことを
自分の言葉で伝えるのは好きなんですけど
定性が入ると難しい職業だと思うので
なるべく本来は文字をもうちょっと減らして
写真で伝えられるようになりたいなとは思ってますね
面白かったですね
大丈夫ですかね
毎回ゲストの方にお伺いしてるんですけど
このキセンラジオはJUZUつなぎで
次のゲストを紹介していってもらう番組なんですけど
黒岩さんが今和歌山で気になっている人とか
次回のゲスト候補と写真展告知
この人の話を聞いてみたいな人とか
いいますかね
関連で言うなら僕は
旅する大工さんとか
まだ出てますか
伊藤さんとかの話は聞きたいなとは思ったりしてますね
あとは
おみの木食堂さんとかどうですか
またのさん
これはもうトークイベントのように
オファーさせてもらって
またのさん出るかな
スタッフのナオミちゃんでも
ナオミちゃん喋っては面白いけどな
またのさんも喋っては欲しいけど
どうでしょうね
そこはあっちゃんのいつもの
粘り強い交渉で
引っ張り出すかどうか
ありがとうございます
もう一度ノルムでの写真展の
告知をお願いしたいんですけど
黒岩さんの展示
開期は
8月1日から9日までの
10日間
在労日としては土日4日間
ですよね
1日2日8日9日
黒岩さんがも立ってくれて
平日も行けるときは行こうと思ってます
開期中無休でオープンします
8日の土曜の夜にトークイベントと
もみどき食堂のご飯が食べれるイベントを
予定しております
同時開催で8月1日から9月1日まで
和歌山市民図書館でも
少し島の写真ですよね
島の祭りの写真が
映像と
本読んでいただけるようになっておりますので
ぜひ
お越しいただけたら嬉しいです
よろしくお願いします
8月8日のトークイベントは
キセンラジオが進行させていただきますので
皆さんがよろしくお願いします
トークイベントに際しまして
黒岩さんに何かご質問などありましたら
キセンラジオのインスタグラムに
DMを送っていただければ
よろしくお願いします
というわけでこんな感じですかね
インスタとかまだ告知できてないんですよ
まとめてアップするので
それもチェックしていただけたら嬉しいです
それでは最後に白石君から
事務連絡よろしくお願いします
キセンラジオはスポティファイや
アップルポッドキャストなど
各種音声配信サービスで配信しています
スポティファイで番組を
フォローしていただけたら嬉しいです
この人の話を聞いてみたいという
リクエストや番組改善のための
フィードバックも募集中です
番組のオープニングとエンディングの楽曲は
お寿司のともみさんのアーヤングです
お寿司のともみさんの楽曲はスポティファイで聞けるほか
お寿司のともみ通販サイトでCDも購入可能です
こちらもぜひチェックしてみてください
というわけで本日は写真家の黒岩雅一さんに
ご出演いただきました
佐々木さんもありがとうございました
53:12

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