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episode.63 平和酒造 高木加奈子さん 前編
2025-02-26 58:16

episode.63 平和酒造 高木加奈子さん 前編

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episode.63 平和酒造 高木加奈子さん 前編


ゲスト▷ 平和酒造 高木加奈子さん


今回のゲストは平和酒造の醸造家/平和クラフトのビール醸造責任者、高木加奈子さんです。

高木さんの現在の活動や現在に至るまでのルーツについてお伺いしました。


どうぞお聴きください💁‍♂️


talk topics


平和酒造とは/東京都北区十条/微妙に英才教育/パンクロック/東京農工大学農学部/日本酒との出会い/


番組のオープニングとエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。


楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。


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00:20
和歌山市のアウトドアショップ、キセンランドトレイルの白石です。有田市のコーヒーショップARCの上田です。 この番組は、和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
kisenradio第63回です。本日は、和歌山市にあるブロストで収録しています。 本日のゲストは、平和酒造の高木加奈子さんです。
高木さんの現在の活動、現在に至るまでのルーツ、これから計画していることについてお聞きしていきます。
よろしくお願いします。 よろしくお願いします。では、まずは高木さんから自己紹介してもらってもいいですか?
はい。和歌山県の中でも、ここは和歌山市なんですけれども、そのちょっと南側にある海南市にある平和酒造という酒蔵で、
日本酒とビールの製造を担当しております高木と申します。 よろしくお願いします。
じゃあ何になるんですかね?醸造か? 名詞には醸造か。
で、私の肩書きとしてビールの方は一応責任者なんで、ビール醸造責任者って書いてますね。
でも会社員ですけど。
じゃあ何してる人ですかと聞かれたら、ビールの醸造してますみたいな感じですか?
そうですね。お酒作ってますみたいな。日本酒とビールの醸造をしてますっていうのが多分結構わかりやすい。
今勤めてる平和酒造っていうのはどういう会社になるんですか?
平和酒造、これもうガチ会社の紹介になるんですけど、
1928年に和歌山県の海南市で創業した会社です。
1928年って言うともうすぐ100年なんで、なんとなく親戚業間あるんですけど、
実は酒蔵の中では若くて、
酒蔵って本当に14代って山形の銘柄がある、14代続いてる会社が結構ザラにある。
600年選手とか400年選手とかの蔵がある中では平和酒造は結構若い酒蔵で、
和歌山県内の中でも結構2番目には新しい酒蔵になります。
そうなんですか?
そうなんです。
で、うちの会社は、もともとは日本酒のみの会社だったんですね。
本当に小さな酒蔵で、今の社長が4代目に当たるんですけど、
1代目、2代目の時代は本当に日本酒だけ。
で、戦時中に戦時統制って言って、結構効率よく物を作るのに、
大手企業に物作りを集約した時代があったんですけど、
03:05
その時代は実は酒蔵なんですけど、酒を作る免許を取り上げられてて、
お酒が実は平和酒造は戦時下では作れなかった。
別の物を作らされていたというか。
えっとね、何も作っちゃいけなくて、
京都の大きい酒蔵に蔵を疎開してきた酒蔵の人に蔵を貸したりしてたっていう。
マジでみたいな、酒蔵なんで酒作れないの?みたいな時代が2代目の方の時代で、
で、2代目の方はでもやっぱり酒を作りたいっていう結構意欲がしっかりあったんで、
戦争が終わった後に国会演説みたいなのをして、免許を返してくれと。
小さい酒蔵に免許を返してくれみたいな、そういう運動の一人の先頭役みたいなことをやって、
で、演説が通じて免許を返してもらった時に、
うちの社長はその代々創業は山本家なんで、
多分それより昔は私は知らないんですけど、なんとか山本商店みたいな。
結構酒蔵さんってその倉本さんの苗字がつく会社が多いんですけど、
多分それまではそういう感じの名前だったと思うんですけど、
そのタイミングで平和な世の中だから酒作りができるっていうことで、
平和酒蔵っていう名前に変わったみたいです。
いい由来ですね。
いや、全然私の家とはまた関係ないんですけど、
でもやっぱりその平和な時代に酒作りができる喜びみたいなのとか、
あと多分当時はその平和って言葉がすごくかっこよかったというか、
最先端というか。
一番今大事にしたいことみたいなのもあって、
多分2代目の方がつけられたみたいで。
で、それでもやっぱり免許は返ってきたんですけど、
取引先は一社みたいな小さい酒蔵だった時代から、
今の社長のお父さんが今の会長に当たるんですけど、
3代目の会長が無雇用紙で入ってきてまして、
彼はもともと商社で働いていたみたいで、
で、奥さんの実家が酒蔵やってて、
継ぐ人がいなくて、どうしようみたいなタイミングで、
じゃあ商社辞めて、そっちに行って転身してきたんですけど、
商社の大きい伊藤中正治っていう結構でかい商社で働いてた人的には、
取引先一社ってやばくね?みたいな。
しかもお酒って、ちょっとそこは酒造業界の複雑なところなんですけど、
日本酒の免許を持ってたら日本酒しか作っちゃいけないんですよ。
だからビールとか梅酒とかワインとか作りたかったら、
他の免許が必要で、
日本酒しか本当に作っちゃいけなくて、
かつ取引先が一社って、
この会社このままだとまずいって思って、
06:01
会長は梅酒の免許、
和歌山は梅が有名なんで、
梅酒を作るためにリキュールっていう違うお酒の製造免許を取ったりとか、
もともとは大手の会社に作ったお酒全部買ってもらってて、
それが全ての収入みたいな。
ところから自社のブランドみたいなのを立ち上げたりとかして、
自分でお酒を売る努力みたいなのを始めて、
で、結構酒蔵でちゃんとした採用をしてる会社って言うと、
すごい言い方が悪いな。
間違って伝わったらちょっと怖いんですけど、
やっぱり売る分しか収入がないじゃないですか。
だからたくさん作ればたくさん収入があるし、
それに伴って仕事があるから新卒採用しようとか、
正社員雇用しようっていう発想になるんですけど、
酒蔵さんって本当に家内主工業じゃないですけども、
お家だけでやってる方とかって、
それで製造量と売上とバランス良くなってるところって、
あえて別に外部から人を入れようとしなかったりとか、
もともと酒蔵の雇用形態っていうのが、
なんとなく当事と蔵人って聞いたことあると思うんですけど、
良く言えば季節雇用、悪く言えばプロを雇うみたいな。
当事集団っていうのが冬場だけ来て、
半期分の給料を当事さんにどんと渡して、
で、お酒作ったら帰っていくみたいな。
季節雇用形態っていうのが、当事と蔵元っていう雇用形態だった時代が長くて、
そういう感じだったんですか?
そうなんです。だから、そういう雇用形態もあって、
正社員雇用っていうのが実は酒蔵だと結構珍しかった。
特に会長の時代だと30年ぐらい前なんですけど、
その時代だとめっちゃ珍しかったんですけども、
その時代から正社員みたいなものを雇うみたいなことを今の会長が始めて、
で、社長の山本が戻ってきた時に、
今の社長が山本則政って言って、私を採用した人なんですけど、
その人が戻ってきた時に、結構会長の路線がたくさん売って、
たくさん安く売るみたいな感じのお酒とか梅酒とかを主戦場としてたんですけど、
やっぱりお酒の消費量って減ってるし、
その試行品としての価値を上げていく、
ブランドとしての価値を上げていくって考えた時に、
ある程度品質の良いものを高価格、高付加価値で売るみたいな商品ラインナップを考えたいとか、
09:01
正社員雇用っていうのはしていたんですけど、
季節のクラビトさんとかもまだ来てたのを、
全部正社員にしちゃいたいとかっていうことを始めたりとかして、
で、その流れで雇ってもらった。
なんかこれ途中が会社の紹介じゃなくて、大丈夫。
平和酒造のそれって結構革新的な感じなんですか?
そのお酒業界の中で。
そうですね、たぶん本当に大きな月経館さんとかハクツルさんとか、
業界一番手のところだとやっていたところはあるんですけど、
たぶん酒蔵で、私とか特に新卒で県外出身者を採用するっていうのは、
結構中小企業だったらどこでもそうじゃないですか。
女性で大卒で県外出身ってリスクなので、
やっぱりリスクをしてでも良いお酒を作るにはやっぱり作りたい人とか、
面白そうだなと思う人に作ってもらいたいみたいなのは、
あんまりお金だけで計算するとないのかなっていう感じなんですけど、
そうですね。
で、今平和酒造のブランドとしては、
日本酒が紀州の木に土って書いて、キッドっていう銘柄。
キッドめっちゃ聞いたことあります。
本当ですか?嬉しいです。
やっぱり飲まない梅田さんでも知ってる。
飲まない僕でも聞いたことある名前。
で、リキュールが梅酒という図酒を和歌山の果物を使って作ってるんですけど、
それはツル梅っていうブランド。
で、クラフトビールが2016年から作ってるんですけど、平和クラフトっていう。
一応この3つが今の平和酒造のメインのブランドになります。
なるほど。
ディレイラブリーワークスの山崎さん出演していただいた時に、
気になる人として高木さんの名前をその時も挙げられてて、
あの人は平和酒造でめっちゃクラフトビールが頑張って作ってる的な、
めげずに作ってるみたいなことを言ってたんですけども、
平和クラフトっていうのはもう高木さんが立ち上げたプロジェクトみたいな感じなんですか?
なんかいろんなご縁はあったし、もちろん会社員としてその会社の事業として立ち上げてるんで、
お金的な苦労は全く私はせずにさせてもらったんで、
本当にゼロから始められた山崎さんとかとは比べ物にならないかもしれないんですけど、
一応立ち上げから今も醸造責任者ということで製造の方も一通りやってます。
12:01
させてもらってます。
じゃあそんな平和クラフトを作り上げたというか、
立ち上げた高木さんのこれまでのこととか、これから聞かせてもらいたいんですけども、
まず高木さん生まれは東京?
そう、東京の北区って言って、23区の中でも一番名前の通り北側。
で、埼玉に一応隣接しているエリア、埼玉県に近いエリアです。
北区のなんていうところですか?
北区とかね、私、十条出身なんですけど、結構どこにでもある地名じゃないですか。
だから、北区って言ったら大体関西だと大阪の北区だと思うし、十条って言ったら京都だと思うので、結構混乱を招くんですけど、
北区の中に十条とか東十条っていうエリアがあって、そこが私の地元になります。
あかばねの近くの飲み屋街みたいな。
あかばねが隣の駅で、あかばねは本当にガチ飲み屋街みたいな、朝から飲める街みたいな感じのところなんですけど、
十条はどっちかっていうと商店街とか、もうちょっと人が住んでるエリア。
だから、よくも悪くもちょっと下町的な落ち着いたエリアなんですけど、でも本当におっしゃる通り、あかばねが近いんで、
最強線っていう電車と、あと京浜東北線っていう電車が走ってて、どこも結構両方とも主要都市を結ぶ電車なんですけど、
そうなんですけど、だいたいやっぱり酔っ払いとか遅い時間になると電車に乗ってたりして、
私も塾に通ったりすると、結構遅い時間の電車に特に大学受験の時とか乗ってたんですけど、
もう降りた方がいいような人とかが家に帰りたいから乗ってったりとか、寝てたり気持ち悪くなったりしてる酔っ払いみたいなのを結構見て育って、
で、実はうちも両親が飲めないんで、全くお酒に対して実はいいイメージはなかったし、
大学入ったらタバコは吸うかもしれないけど、お酒はいいかなみたいな、
あんな風になりたくないって割と実は思ってました、高校生の時までは。
ちっちゃい時は高木さんどんな感じの子やったんですか?
ちっちゃい時か、どうだろうな、でもいい話したほうがいいですか?
それともなんかこいつ人格疑うみたいな話したほうがいいですか?
じゃあちょっと人格疑うやつもお願いしていいですか?
私ね、結構小さい時の自分を振り返ってあるのは、なんか小さい子とか、
15:05
あと病気の動物とか、なんか弱ってるものが結構苦手だったので、
結構だから自分よりちっちゃい子とかって壊れそうじゃん、
だからあんまり仲良くしようとか思わない、関わらないようにしようとか、
生物、理科系のそういうアクティビティは大体好きだったんですよ、
山に行ったりとか、花とったりとか、実かじったりとかは好きだったんですけど、
なんか結構病気の動物とか、そういう怪我しちゃった動物とかは苦手で死んじゃいそうだし、
助けてあげたいっていうよりは見ないようにしてました。
あと結構食べ物が、あんまりたくさん量は食べないんですけど、
なんか美味しいものが好きだったみたいで、結構もともと食が細かったんで、
なんか親が心配して食べろって結構強く言うぐらい食が細かったんですけど、
なんか3000円とかの高級とんかつ屋みたいなの連れて行ったらペロッと食べちゃったりとか、
なんかお寿司屋さんに、おじとかに連れて行ってもらって回らないお寿司屋さんに、
で、なんかカナちゃん何が好きなのって聞かれて、
いやなんかカッパ巻きが好きだし、あんまりこの子食べないのよみたいな感じで母が言ったら、
なんかペロッとなんか12巻ぐらい食ったそうみたいな。
いいものは食べるみたいな。
これはちょっと悩みますね。
うちのご飯美味しくないんだなみたいな。
なんか結構だから、なんか美味しいものはどうもなんか食べてたみたいだから、
なんかそういう、でも別になんかこれは美味しいからとか高いからとか言って食べたんじゃないんで、
ただなんか、感覚に合うのが、
自然な感じで、美味しいものに対する食い意地は結構張ってたみたいな。
結果的に高いものだったっていう。
結果的になんか、
いや高いっていうかね、なんかね、
うん、なんか思考性があったみたいな。
美味しいものが。
なるほど。
家庭環境とかどんな感じだったんですか?
家庭環境はね、
弟が一人、
母が専業主婦で、
で、父がサラリーマンなんですけど、
なんか家業みたいなのもあったので、
家でも個人なんで、
税金たくさん払わなきゃいけないんですけど、
何かしら働いてるみたいな感じの家庭環境。
どういう系のお仕事されてたんですか?
会社員の方は生命保険会社。
家の方は別に仕事っていうほどじゃないんですけど、
実家の資産管理っていうか、
不動産管理みたいな。
いや、わかんないですけど、
18:00
なんかそういう家業みたいなのがあったみたいで、
で、なんか子供の心ながらに確定申告っていうのは大変なんだと思ってました。
お父さん3月になるとなんか機嫌悪いみたいな。
どんな感じで育てられたんですか?
でも多分恵まれてた方っていうか、
多分ちょっと英才教育みたいな感じだったと思います。
塾とかいっぱいいってみたいな。
塾はでも中学受験しました。
でも中学受験は私が望んでしたんですけど、
でも小学校も私立の方だったし、
習い事とかは?
体操とか水泳とかさせてもらってたというか、
させられてた。
今から思えばさせてもらってたけど。
あんまりでも嫌でもなかったんですよ。
体動かすのは好きな?
どっちかっていうと体動かすのの方が好きだし、
部活もずっと中高バスケ部。
大学は本当にちっちゃい大学だったんで、
サークルと部活の間ぐらいなんですけど、
陸上部だったりとか。
けがしない限りは動いてる方が好きみたいな。
中学受験して中高一環の学校入るみたいな?
一応国立の中学だったんで、
完全に一環ではないんですけど、
8割ぐらい内部進学できるみたいな高校に入りました。
中高時代はどんな感じでした?
お茶の水女子大学付属高校と中学っていう学校に行ってたんですけど、
女子ってついてるんですけど、中学は教学なんですよ。
でも男女比が、男性が10に対して女性が20なんで、
圧倒的に女子の方が強い。
あんまり中学生までって男女で同じことさせてもらえるじゃないですか。
だから結構男の子たちとサッカーしたりとかバスケしたりとか、
走り回ったりしてましたね。
で、高校になると女子校なんですけど、
男子たちはどうするんですか?
男子たちは外部に受験してます。
お茶中に秋篠宮家の3男の方が入ってて、
たぶん小学校か幼稚園か入られてて、
このまま上がったらついに女子校じゃなくなるのかみたいな、
噂が流れたんですけど、
21:01
やっぱり彼も高校から違う学校に行かれたぐらい、
たぶん女子校大好きですね。
格式高いですね。
格式高いのかわかんないけど、結構女子校だったっていうのはあるかもしれない。
女子ばっかりだと何でもみんなでやるじゃないですか。
大学に入って結構びっくりしたのが、
重たいものは持ち作業とかは男性がいて、
女性は軽作業とまでは言わないけど、
そういうのは任せておいていいかみたいなのが、逆に高校はなかったから、
割と男女関係なく何でもできると思っていた。
女子校時代にそういう今の性格がちょっと…
養成されたかもわからないですね。
結構慣れてると、高校ぐらいか教学だとみんな結構役割分担とか慣れてるじゃないですか。
でもそういうのなく何でもいる人数でやろうとか。
一番覚えているのが、私バスケ部で軽音部も兼務してたんですけど、
音楽室をライブハウスに変えるんですよ、文化祭の時に。
ピアノを8人かかりぐらいで動かした記憶がある。
グランドピアノが邪魔だってなって、これ出さないとか言って。
女の子10人ぐらいで動かしたりとか。
暗幕張るのに高いところ登ったりとか結構してたから。
今の仕事って、良くも悪くも肉体労働というか、
体を使う方の仕事で。
私自身やっぱり背も小さいし、男性に比べると力もないんで。
向いてないし、会社に迷惑かけてるかなって思った時もあったんですけど。
でもやっぱり、続けられてるし。
背が届かないんだったらキャトツー持ってくればいいですし。
一人でどうしても上がらないんだったら、ジャッキ使ったりとか誰か呼んできたりとか。
いろんな手段があるなみたいなのは結構高校時代に。
クラスの中ではどんな人物やったんですか?
逆にでも私はあんまり自己分析できないけど、どうだろう。
完全にど真ん中にいて、
みんな真ん中で喋ってるっていうタイプっていうよりは、
わりとニュートラルな人だねっていうぐらい。
あまり派閥にも属さないし。
24:04
その時部活以外に好きなこととかあったんですか?
そうですね。バンド好きだったかな。
高校時代は結構、軽音部でもあったんですけど。
軽音部だと組まさせられるじゃないですか、バンドを。
そうじゃなくて、部活外でUCみたいな感じでバンドを組んでたりとか。
あとなんか、タンクロックミュージックみたいなものに出会って。
微妙に英才教育みたいなのを受けてると、
ピアノとかも習わせていただくんですけど。
ピアノとか、うち実は全然続かなくて、3年ぐらいで辞めちゃってるんですけど。
なんか、めっちゃできる人いるんですよ。
ピアノとか。小学3年生でソナタソナチネ終わってますみたいな感じの。
教則本の中の結婚を終わりかけみたいな。
とこ終わってますみたいな人じゃないと、音楽ってやっちゃいけないんだみたいな。
のがなんとなくあったんですけど。
なんかまたタンクロックとかってそういうのとはまた違うかっこよさがあるじゃないですか。
ほんで、バンドの音楽みたいなのを聴いて、
失礼な言い方ですけど、めっちゃもう本当に上手くなくても、
上手じゃなくても音楽ってやっていいんだみたいなのが面白いなって。
どの辺のバンドが好きだったんですか?
多分ね、言っても。
試しに言ってみてもらっていいですか?
でも言ったら恥ずかしいぐらいの。
ニューロティカとか、ラフィンノーズとか。
結構古い?
なんかね、掘り下げていってしまった感じですね。
最初にはまったのは、マキシマム・ザ・ホイルドとか、
サンボマスターとかが渋谷で、
今だったらもうワンマンでチケット取るの大変なバンドなんですけど、
マキシマム・ザ・ホルモンとサンボマスターと、
あともう一つみたいな三つでイベント組んでて、
それが当日までチケット買えたりしたんですよ。
2007年後は。
で、そういうライブハウスに行って、
もみくちゃになって、
聴く音楽ってこんなのあるんだって思って、
ひっそりとハマった。
都会ならではのエピソードですね。東京やなって感じがすごい。
東京って感じですか。
ハマったのは中学の3年生ぐらいの時なんですけど、受験期だし、
父があんまりそういうバンド好きじゃなかったんですよ。
父の弟がやってて、
ちょっと落題仕掛けたりとかしたんで、
ギターとか欲しいって言ったら買ってくれなくて、
27:03
買ってくれないし、買うのもダメだって言われても、お年玉で。
だから高校系音部入れば、
楽器とか置いてあるから、
触れるしみたいな感じで入ったけど、
どっちかって言うと、自分は割とじっとしてるの苦手だから、
楽器の練習するよりはライブ行ったりとか。
ライブとかは佐藤のライブハウスでやったりとかはしてなかったんですか?
知ってたんですけど、
あんまりチケットを売ったりとかっていうよりは、
私が入ってたバンドの人たちが、
ただで使えるスタジオがあって、
赤坂の区民会館みたいなところに、
ただで使えるスタジオがあって、
そこでよく練習して、
そこのバンドライブみたいなの、
出来の時に出たりとかが多かったかな。
積極的にどんどん大人の人のバンドに入って、
チケット売ってみたいなっていうよりは、
同級生同士でやってたかな。
なるほど。
お茶の水、お茶香、めっちゃ賢いところじゃないですか?
賢いかどうかわからないけど、割と自由。
進路とかどうしようかなみたいなのは決まってたんですか?
それが割とやっぱり国立の学校なんで、
ちゃんとした進路指導みたいなのはあんまりないんですよ。
って言ったら多分今先生が泣くかもしれないけど、
私立とかだと2年生とかの時点で、
理系クラスとか促進クラスとか、
そういうふうに分かれる学校もあるって聞くんですけど、
そういうのなくて、自由な感じで。
私立だと進学率がどうこうって入学者増やさないといけないし、
だけど国立はもう勝手に?
ゆっすらとはあるけど、
だから専門学校行った先輩とかもいたんで、
その時からうっすらと自分の手で何か作って、
それを生活の糧にしていきたいって思っていた部分があって、
全然両親の話飛ばしちゃうんですけど、
祖父が絵描きさんだったんですよ。
画家だったんですよ。
だから小学校の文集とかには画家になりたいって書いてあるんですけど、
私絵画とか美術の才能皆無だったので、
全然オリジナルなものが書けなかったんですよ。
で、絵はダメだなと思って。
でも祖父は自分が作ったもので生活をしていたので、
やっぱり自分の手で何か生み出したもので生活していきたいなって思って、
高校の進路指導の時に、大学行くんだったら理科とか生物が好きだし、
30:10
何かのものづくりに関わる学問で農学部かバンド啓蒙ブームから引きずっているのが、
楽器のリペアとかする、楽器を作る仕事みたいなのもちょっと興味があって、
親にすごい軽い感じで話したんだろうなと思うんですけど、
音楽系の専門家、大学行くんだったら農学部かっていう、
キワみたいな、どっちかがいいみたいに言ったら大学は行きなさいって言われて、
じゃあ農学部みたいな。
で、東京農工大学。
農工大が国公立の農学部がある東京にある大学が2つしかなかったんですよ。
中高が国立だったし、農学部に行くんだったら結構学校自体も好きだったんで、
最初は学者さんになりたいなと思って、大学の先生とか研究者になれたらなっていう、
うっすらとした希望もあったんで、
国公立の方が学費も安いし、
先生あたりに対する生徒の数が結構少ないので、
そういう意味でも研究にはいいよっていうのをうっすらと情報として仕入れていたんで、
国公立の農学部に行きたいって調べたら、東大か農工大しかなかった。
けっこう県外を見れば茨城大とかちょっと離れればあるんですよ。
でも千葉大は実は園芸しかなくて農学部がなかったりとかっていうんで、東大か農工大しかないみたいな。
超狭い世界なんですけど、私の高校生の狭い視野では二択ってなったときに、
やべえと、これ東大行くとか言ったらめっちゃ勉強しなきゃいけないし、
私文化祭のライブも出たいし、部活も8月までやりたい。
バスキブの方も8月まで、引退するまでやりたいし、そもそも勉強しても受からないかもしれない。
ってなったときに進路指導の東京農工大学農学部に入った。
東京農工大学もけっこう難しいんじゃないですか?
33:03
難しくないというわけではないけど、頑張ろうと思って。
農学部行きたいし、都内でいるのが一つ家族の条件だったし。
あれですね、もやしもんの舞台ですかね。
もやしもんは農業大がメインなんですけど、アニメのエンディングは農工大の方で撮ってます。
でも近い、じゃあ近いです。
もやしもんは東京農業大学に体感されてるんですけど、小泉武雄先生っていう、それこそ発行といえばみたいな。
発行とは、もちろん発行っていうのは基因が行うことだけど、どこまで食えるか食えないかっていうのを決めるのは文化であるみたいな。
結構ほんとに船寿司とか、日本というか世界中の発行を研究されてて、本も出されてて著名だし、本も面白いんですね。
その人が一応もやしもんの教授のモデルになった。
じゃあ東京農工大行ってどんなことを勉強するわけなんですか?
東京農工大の、私が行ったのが生物生産学科ってところだったんですけど、結構学科としては一番広い学科で、
土壌系っていって、そういう生態系も全部やるし、植物系、田んぼとか稲とか植物系もやるし、動物系家畜とかもやるし、
あと農業経済っていう文系まで一応研究室を持ってて、どれでも選べる。
かつ、結構農学部って農作業とかするイメージがあるんですけど、しない学科もあるんですけど、する学科だったんで、結構拘束時間は長い。
7限とか8限まであるみたいな学科で、ひとしきり学ばせてもらって、最終的な研究室は動物系で、家畜の研究室を選んだんですけど、
どっちかっていうと、私の大学で一番影響を受けたのは、農場実習の統括している先生たちが、フィールドサイエンスセンターっていうところに所属しているんですけど、
そこの先生たちって、研究のためにホジョウの稲のお世話とか、ナスにつく害虫の研究をするためにナス育ててたりとか、結構自分の手で農作物とか作ったり、休みの日も学校に来て加工品、干し柿作ったりとか、
36:05
そういうことをしている先生方が多いっていうか、2人くらいいて、その先生が私の指導教官ではないんですけど、めっちゃ仲良くなって、「日曜日にかきむくのを手伝うか、お昼におごってください。」とか、
5時以降に、本当にその時は質問に行ったんですけど、質問に行ったらもう就業時間外だからまあ飲めとか言って、一生瓶ドンって出てきて、やばい、これは飲まないと質問ができないのかっていうような状況が発生したりとかして、
まさにその一生瓶がドンと出て、まあ飲めって言われた時が大学3年生の10月とかだったんですけど、私その時、日本酒だけは飲めないと思ってた。家族が弱いし、酒を飲まないって高校時代に思っていた私ですが、
農学部っていうのはやっぱり食べたり飲んだり好きな人たちが多いんで、ちょっとしたことで飲み会とか宴会とかが開催されるわけですよ。そんな中でちょっと飲んでみたと。
そしたら割と私は強くはないけど、割と美味しいと思ったんですよ。ビールとか、あとカンチューハイとかだから、全然美味しいじゃん、飲めるじゃん、しかも飲んで食べた方が楽しいじゃんみたいな風に思って、でちょこちょこそのお酒に対しては、なんかお酒って面白いなぐらいの感じだったんですけど、
日本酒だけはどうしても学生の飲み会だとパック酒しか出てこなくて、もう本当に散々飲んでみんな寝てるときに潰れきれなかった先輩たちが最後なんか飲んでるみたいなのが私の中の日本酒だし、ちょっと回って飲んでみたけど全く美味しくないっていうのがあったんで、なんか日本酒だけは飲めないなぁお酒の中でも美味しいと思えないなって思ってたときに、
先生の部屋に行くと、行ったら話があるのは飲めみたいな、先生と先輩とお酒みたいな、と私みたいな、マグカップみたいなの置いてあってこれで飲むのみたいな感じなんですけど、でもそのタイミングでもう飲めない、日本酒だけは嫌いなんだってここでは言えないと思ったし、
尊敬する先生だし、日本酒好きな先生だから、とりあえず勧められたら飲むかと思って飲んだらめっちゃ美味しかったんです、そのお酒が。さすがにお酒好きな先生なんで、カビパックのお酒とかじゃなくて、たまたま大学の真裏に平和書道のキッドも売っていただいてるんですけど、地酒の専門店があって、先生はそこで酒を仕入れてきてたんですよね。
で、そこで飲んだお酒がもう美味しい、すごく美味しいって私は初めて美味しいと思ったし、なんか先生もお酒すごい好きだし、日本酒ってこんな面白いし美味しいものなんだって思って、でそのギャップ、全然飲めないと思ってたところからの尊敬する人がめっちゃ好きだし、味もなんかすごい面白いし美味しいみたいな、なんだこれはみたいなので日本酒にハマるっていう。
39:20
180度変わったみたいな感じですね。
やっぱりでもなんかね、その出会いが逆になかったらそんなお酒にはまってないと思う。でなんかなんで美味しいんだろうとか、じゃあどこで美味しいお酒は買えるんだから、なんでお酒ってこういう味になってるのとかっていうのに結構うっすらと興味を持ち出して。
で、お酒ってでも作ることは実はできないんですね、一般の人は。免許は会社におりるんですけど、その醸造免許がない状態でお酒を作ると一応脱税行為になるので、違法行為になる。
酒税を払わないでお酒を作ることになるので、そうすると違法行為になるので、一般の人は日本ではお酒が作れないので。
作った時点でアウトなんですね。
はい、発酵させてアルコールが1%以上になるとギルティー。
捕まったりするんですか?
本当に捕まったって話はがっつりは聞かないけど、それで唐突されたのがドブロクってお酒です。
ドブロクってもともと農家が自分家で発酵させてたお酒。
闇酒みたいなお酒だったんですけど、ドブロクっていうものが取り締まられて撤廃されたっていうのが、ちょっとドブロクの歴史とか調べればわかるんですけど。
ドブロクっていうものは闇酒で作っちゃダメだよってなったのは、家庭醸造みたいなのを禁止するため。
だから今はそんな多分、大規模にがっつり取り締まられることはないかもしれないですけど、見つかったら多分罪です。
税金のことですけど、警察に捕まるみたいなことになるんですか?それとも税金を納付するように?
発酵させた時点で、多分刑事罰なのか刑事じゃない方の罰なのかわからないけど、行政罰は食らうと思いますし。
結構危ないっていうか、みんなが気をつけるのは特に免許欲しい人。
クラフトビューでこれから起業しようみたいな人がもともと、例えばアメリカとかだとホームブルーって言って、自分が飲むお酒を自分で作ることはOKなんですよ。
だからアメリカでホームブルーを学んで、日本でその感覚でクラフトビューの会社を立ち上げる前に、例えばお酒を自分で作ってたりすると、多分免許は下りなくなる。
42:07
バレてたら?
バレたらっていう。
加工が?
そうそう、作ってたりしたら多分罪だから。
そういう意味でも、あんまり作るっていうのが現実的じゃなかったので、大学の時はいろんなお酒飲みに行こうみたいな。
なので、日本酒も結構いろんな銘柄がどこに行ったら買えるんだみたいなのを調べたりとか、もともとその食べ物が好きだったじゃない、美味しいものを食べるのが好きだったんで、高校の時からダンチューっていう食菓子を愛読していたりして。
渋い。
高校の時はお酒は面白くないと思ったんだから、酒会は全然買ってなかったんですけど、ダンチューの日本酒を熟読して、こんなお酒があるんやみたいなのを調べたりとか、その流れでクラフトビールとかもちょうど。
出始めというか。
そうですね、ジビールブームで一回うまくいかなくなったけど、本当に美味しいところは頑張ってるよみたいなのがちょうどその時期だったんで、ちょこちょこクラフトビールバーみたいなのが近所にあったんで行ってみたりとか。
それ何年くらいのことですか?
2010年から11年です。私震災の年に就職したんで、2011年の3月に和歌山に来たんで、その1、2年前くらい。
業界的にも日本酒もクラフトビールもまだ爆発はしてないけどじわじわ盛り上がりそうみたいな。
特にクラフトビールはじわじわ来てるし、日本酒は売上的には大きく上下みたいなのはないんですけど、お酒のイベントって昔はホテルでやる酒の会みたいなのしかなかったんですけど、そうじゃなくてビールイベントみたいな感じで。
カジュアルに参加できるものが。
お酒のイベントみたいなのがちょこちょこで出してた頃。
日本酒にはまってても仕事にしたいとかじゃなくて、まだ教授になりたいみたいな。
大学好きだったから、お酒をまず知りたいみたいな。お酒面白いなとか、お酒あるとまた食べ物の感じ方も変わるし、お酒と食ってのは面白いなぐらいですね。
その時はまだ大学院まで行くつもりが結構あったんで。
そこから進路チェンジするきっかけは何かあったんですか?
そこから進路チェンジするきっかけは、私は仲のいいフィールドサイエンスセンターの研究室に行くか、動物性化学研究室って私が卒業した研究室がある程度学科内では一番稼いでいる研究室だったんですけど。
45:10
何を研究してるんですか?
えっとね、まためんどくさくて。
動物性化学、医学系に近い、獣医とかに近いような研究で、なんでがん細胞が転移するかとか、炎症性の疾患の時にどういうタンパク質が出てて、それはどういう影響をするか。
人体影響するか、結構医学系の研究で、私がだから研究職種網だって先生に言ってたんで、分子遺伝学とか細胞生物学っていうのがやっぱり、ちょうど山中先生のIPS細胞とか、あと詐欺事件でしたけどSTAP細胞とかが出てきてたように。
すごい注目されてた。
そうそう、やっぱり細胞生物学とか生命工学みたいなのが、今後の研究の主流で一番お金が稼げるし、技術的にも身につくから、研究職になりたいんだったらそっちに行った方がいいよって仲いい農場の先生に言われて。
個人的にはでも農場の先生といる方が面白かったんですけど、結構素直に動物性化学研究室に行ったんですけど、若干先生と合わなかったこと、やっぱり研究職としてどういう働き方をするかって、1年や2年じゃわからないんですけど、
やっぱり論文を読み続けて、私は電気エイドしまくったりとか、電気エイドって言ってもわかんないけど、本当に体の目に見えないタンパク質を分割したわけで、何が起こってるかっていうストーリーをつくるのが、ストーリーを見つけていくっていうのが大事な基礎研究なんですけど、
どうしてもそれが本当にそうか、それが本当にどういう影響があるのかっていうのを真に面白いと思えなかったんですよね。もっと自分の目の前でやる方が向いてるなって。
ずっと体を動かすのも好きだし、じっとしてるよりはっていう話はずっとされてたんで、そういう方のほうがいいかなっていう。実験とかも結局体力仕事だし、細胞培養とかしてると全然夜中に大学行ったりとか、そういうこと自体は苦痛じゃなかったんですけど、
やっぱり、よりミクロな世界になった時に、どうしても面白いと思い切れなくて、結局それを面白いと思って向き合い続けないと仕事にできないじゃないですか。
48:09
大学院まで行けば研究職への採用っていうのは幅が広がるし、企業としても大きなところに行ける可能性はあったんですけど、可能性はあったのかもしれないんですけど、
あんまり分子生物学とかミクロの世界で何かを紐解いて生きていくっていうよりは、研究室休みの日に日曜日に先生とか勤めたりとか、もっと大きなもの、フィールドの挙動を見るほうが面白いなって思った時に、
やっぱり自分が仕事にするんだったら、手を動かすものづくりをやってみたいって思って、先生お酒好きだし、私も大学の中で発見したというか、
それまで両親も飲まないし、お酒に対してすごくいいイメージもなかったし、そんな食べ物と食べておいしいとかっていうのを知らなかったんで、すごく面白いと思ったし、お酒作れる技術があれば世界中どこ行っても求められるんじゃないかってその時に思って、
まだ学部生じゃないですか、最悪すごく就職氷河期だったっていうか、内定率が多分めちゃめちゃ低かった学年。
リーマンショップとかがあってっていう年ですよね。
就職内定率が大卒年はめちゃめちゃ低かった年だったから、逆に今年就職活動をするつもりはなかったけど、酒作り、ものづくりっていうのだけで就活してみて、ダメだったら大学院に行けばいい。
けど、私やっぱり女性だし、ものづくりの世界って中学生とかからされてる方もいるじゃないですか、そういう方たちと比べると経験できる年数っていうのが、何歳まで生きるかわかんないけど、
仕事をフルでする年齢っていうと2年でも早い方がいいんじゃないと思って、じゃあ学部の就活はものづくりに絞ってっていうか、そこまで絞ってっていうよりはそれがやりたかったんで、そこでチャレンジしてみようみたいな。
ダメだったら大学院に行くのか、他でも少し就職活動っていうものを考えてみるかは考えずに、一旦ものづくりをさせてもらえる場がないかチャレンジしてみようみたいなのが、
多分、お酒面白いなとか好きだな、いろんなものを飲んでみたいっていうところからの自分で作ってみたいみたいな転換期はどういう仕事をしていくかっていうのを少ない経験の中で、その時必死に適正を考えた結果。
51:21
その時結構酒造メーカーいっぱい受けてみたいな。
酒造メーカーででも新卒採用しているところなんてそんなにないし、私もそこはいいお酒作りたいっていうのがあったんで、逆に大手企業だと原料を見れない、原料をおさわって酒づくりできないじゃないですか。
そうなんですね。
結構ビール大手とかでも、
工場でバタンコチューみたいな。
そうそう、自分の手で多分爆磨を砕くとかはあんまりしないと思うし、どっちかっていうとそれはもう労働者がやるというか。
そのものの味というか自分が作ったっていう感じじゃなりにくいのかもしれないですね。
作る技術も身につかないだろうなと思う。
工場の管理の仕方は。
工場にいれば瓶詰めのスペシャリストとか機械の整備はできるようになるかもしれないけど、じゃあ爆磨と水とガスストーブっていうかコンロがあった時に、じゃあこれでお酒作れますかって言ったら作れるようにならないだろうなっていうのがなんとなくあって。
それは研究室で実験させてもらってた時もあった感覚で、先生が組んだプラントの中で先生の見つけたテーマに沿って必要な実験をしていくっていうのを何年続けても、
自分が何にテーマを持ってどういう技術で実験していくかっていうのを見出すところまでいけないような気がしたりしたので、もっと目の前に原料があった時に、
基本的にお酒ってローテックじゃないですか、メソポタミア文明とかの時代からあったわけだから、穀物と水分と熱源があればある程度できるもんだと思うんで、それができる人になりたいなっていう。
それができる技術者になりたいなっていうのがあったので、結構小さいところで募集出してないようなところに電話したりしました。今思えば迷惑な学生。
すごい行動力ですね、それは。
行動力っていうか、エネルギーを使う方向を間違ってるんですけど。
でも、滋賀の酒造組合のホームページ見つけて、全酒倉に電話とかメールして、東京大学の大学4年生で職活動している中で、酒造りっていうものに興味があるんで、酒倉見学だけでもさせてもらえないですか?みたいなメールを50通くらい打って、
54:21
3通くらい帰ってきて、そこには見学に行かせてもらいました。
一つは本当に採用とかしてないけど、農工大の知り合いみたいのがいるから、一回遊びに来たらみたいな感じで、うっすらと息子の嫁にどうだみたいな。なんかやばいって思ったりとか。
それでも東京のイベントの時に誘ってもらって、継ぐ人として行ったりとか。
あともう一つは、今でも飲む酒倉さんなんですけど、そこも所長さんが時期的に話をしてくださったりとか、っていう間違った就活もしながら、平和酒造はマイナビにも陸ナビにも出してて。
最初は平和酒造って出してるなと思ってたんですけど、どういうお酒作ってるかって名殻が全然書いてなかったんで、出すつもりなかったんですよ。
めっちゃ募集してるけど何作ってるかわかんないし、今みたいに鶴梅キッドが全く有名じゃなかったんですけど、
実は濃厚代の先生が行きつけにしてる、ちょっといいお酒売ってる酒屋さんに売ってた。
水酒が置いてあるところに。
弊社の取引先で話もしたんですけど、その時点でキッドと鶴梅売ってて、それも全然知らなくて、その酒屋さんに先生のお使いでお酒買いに行った時に、
酒屋で酒蔵に就職したいんですよねみたいな話をしたら、
えーみたいな、安本くんなんか募集してるって言ってたよ、この間もなんか面接してたよ、
えー安本くんって何ですか、キッド平和酒造知らないの?みたいな。
あっ平和酒造ってここに置いてあるんやと思って、それで出した。
とかそんな感じです。
就活生とした方向は違って、いくら上に載ってるんだったら早速出せよって感じなんですけど、
それ出して、結構トントン。
57:13
飛び出すエルフもない。
だけど大きくても若くて許されない。
明日って言ったところで会えるかもしれない。
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