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Arcade RADIO episode.1 【Arcadeができるまで前編】
2023-08-02 43:28

Arcade RADIO episode.1 【Arcadeができるまで前編】

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Arcade RADIO episode.1 【Arcadeができるまで前編】

ゲスト▷ ARCADE PROJECT 柏原誉さん&ヘメンディンガー綾さん

今回はARCADE PROJECTの立ち上げから那智勝浦町に移転するまでのエピソードです。

ARCADE PROJECTとは/「オシャレ」/LDK PROJECT/商店街のような場をつくる/建屋のイメージ/ビニールハウス案/庭工房でプレイベント/Arcade in KAINAN

などについて話しました。

番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。

楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

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感想

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00:20
いろいろとったわけなんですけども、改めまして。
アーケードというイベントは、そもそも何かっていうのを教えてもらいたいんですけども、
その前に、ホンマレさんから自己紹介してもらってもいいですか?
もう完全に来とるな、これ。完全に撮る感じで来とるな。
僕はホンマは名前にP入れてもらいたい感じなんですけども、
一応アーケードを初期メンバーからずっとやってるんです。
普段は建築の設計事務所を営んでて、傍らこういうイベント企画したりとか、
そういうのをやってて、今はもうやってるのはアーケードぐらいですけど、
っていう感じで、柏です。柏、ホンマレです。
ありがとうございます。
ちょっとアーケードについて、ねほりはほりと聞かせていただきたいんですけども。
ねむねさんも言わなくていいですか?
じゃあ、あやさんもアーケード実行委員会メンバーということで、
自己紹介を改めましてお願いしてもいいですか?
ありがとうございます。ちょっとズームでオンラインで参加してます。
へめんりんがです。
私でもアーケードの初期メンバーではなくて、2015年か16年ぐらいから。
そうですね。海南の2年目ぐらいからですね。
海南終わってから参加させていただいてて、歴めっちゃ浅いんで、あんまりここで。
いやいやいや、いぶしげんだからね。かなりね。
歴浅いんですけど、思ったことはガンガン言うから、
ホンマレさんに、もうへめんりんさんグイグイ食い込んでくるなって言われながら。
そういう存在がいてほしいので、それはもうめちゃくちゃいつも助かってますよ。
いやいや、もう迷惑しかかけてないと思って。
へめんさんはキセンラジオでもエピソード20に出ていただいて、また聞いていただけたらと思います。
ありがとうございます。
コント回りでなんかさせていただいて。
いやいやいや、めっちゃ謙遜して張るけど、めっちゃディレクターですね。
何をしてるんですか。やめてください。
大体こういろんなことを同時進行で進めてるんですけど、それをやっぱりこう、いろいろ見てもらうのはやっぱりへめんさんが一番多いですね。
03:04
ここのパートもへめんさん入ってる、このパートもへめんさん入ってるみたいな感じで、ほとんど入ってるんです。
だからそういう意味でも、いろいろ見といてほしいし、意見欲しいっていうのがあるので。
ということですよ、へめんさん。逃げれないですよ。そんな謙遜して。
いやいや、一番ちょいちょい出てね、最後をビシッて収めないっていうね、私の性格が出ててもめっちゃ嫌になってきました。
いやでも、主に広報的なことはもうガッツリ入ってもらってますし、言葉書いたりとかももちろんライター的な感じで入ってもらって、
あとは普通に出展所さんのセレクトとかも一緒にやってますし、あとは何ですかね。
あとは何ですかね。いやそんなところで。
まあそうですね。
なるほどです。
アーケードについてちょっと白石くんからこのネット情報の概要を説明していただいてもいいですか。
それ助かります。そういうのを読んでもらった方が、言葉で説明したら間違いそうな。
じゃあ読ませていただきます。
アーケードは次世代が暮らしたいと思える理想の街を作ろうがコンセプトのマーケットイベントです。
これまで和歌山県海南駅前の広場で2015年から2017年まで3回開催され、2019年からは那智勝浦漁港に場所を移し開催しています。
特徴的なのはその空間演出で建屋からオリジナルで設計し、イベント前日から1日かけて設営し、イベント終了後また1日で撤収するという独特のスタイルも話題になっています。
はい、ということで建屋も出展者さんもかっこよくて、控えめに言って和歌山で一番オシャレなマーケットイベントというような感じで。
出た。出た。出た。ピクって眉毛がピクって上がるやつ。
言ったらあかん言葉。いやいやいや、そこはしょうがないですね。
ちょっと表面的にはそう見える感じのイベントなんですけど。
いやでも本当にそうやって見てもらうのは僕らからしたらすごいありがたいし、入り口がそういう感じでなんかオシャレやしかっこいいなと思ってもらえるその一つの写真でもそうやって思ってもらって行きたいと思ってもらったらもうそれはめっちゃ嬉しいんで。
全然オシャレがダメってことでは全然ないんですけど、一時そのオシャレオシャレっていうことが連呼されたことがあって、
それでオシャレっていう言葉をめっちゃ考えた時があったんですよ。
今までもの回も、むやくん回とか、こうちゃんのフロムファウンの回とかあったじゃないですか。
皆さん聞いてくださいね。さかのぼって。ぜひね。
06:03
オシャレでこのたぶんこうちゃんとかむやくんがなんか引っかかったっていうか。
そうですね。あの泥沼に入っていく感じの。
やっぱりやってる人らからしたらオシャレっていう言葉は褒め言葉っぽく聞こえるんですけど、褒め言葉じゃない感じも含まれてたりするので、結構敏感になる言葉っていうか。
それこそヘメンさんみたいなライターの仕事してる人らはオシャレっていうワードは絶対ライターとしては使わないですよね。
言葉。文章の中で言葉は使わないですね。
そうですね。確かにね。
それを別の言い方で言い換えるっていうのがやっぱりライターさんのお仕事だと思うので。
全然だから上田くんがオシャレっていう言葉で言いたいっていうのはめっちゃ気持ちわかるし、上田くんらしさがそこでもう全面的に出てるんで。
僕らとしては別にそれを言いたいわけじゃなくて、来たなって感じですね。
それをどう説明しようかなみたいな感じです。
ちょうど僕大阪からこっちに帰ってきて、働き出して、すぐアーケードが始まったんですよ。
あ、そうなんですか。大阪に出たんですか。
そうです。2013末ぐらいまで。
今の仕事のあれで。
そうです。同じ業種なんですけど、こっちに帰ってきて、家業に入ってみたいな感じなんですけど、
その時ってアーケード行くまでですかね。
海南のアーケードですか。
海南のアーケードです。
別に和歌山にどうともイメージを持ってなくて、買い物行くんやったら大阪行くし、
休みの日は奥さんと二人で遊んでみたいな感じだったんですけど、
フロムファームに行き出したのとアーケードのあったのがどっちが先かわからないんですけど、
同時ぐらいのタイミングでフロムファームを知ってアーケードも知って、
和歌山めっちゃかっこいい人いっぱいやってるなみたいな感じで、結構憧れたんですよ。
なるほど。
関わらせてもらってめっちゃ嬉しいなって感じなんですけど。
じゃあもうアーケードがきっかけで自分も店やりたいって思ったっていう風に撮って大丈夫ですか。
そういう人が一人でも増えたら僕ら嬉しいんで。
めっちゃ直接的にそこですぐやりたいってなったわけじゃないんですけど、確実にあったと思います。
そういう人らがバッと集まってるのを見て、あ、いいなって。
なんか大阪で行ってる店よりなんかいいやんってオシャレやんみたいな。
09:03
あ、マジっすか。それはめっちゃ嬉しいですね。
なって休みの日も大阪とか出ていくんじゃなくて、県内で遊んだりするようになったんで。
そこからフロンファームとかも足しげく通う日々があるんですね。
てな感じなんですけど、アーケードがどうやってできたのかっていうところとか、今のコンセプトがどうやってできたのかっていうところ、
結構あやさんのグリーンズのインタビューとかいろいろネットに情報はあるんですけども、
また改めて大谷さんの口からも教えてもらいたいなっていう。
なるほど。
それで言うと、本当に今言ったフロンファームの大谷君とか、それ以外にもいろんな人らがクリエイティブ系の何か作ってたり、
その当時は大谷君は農家として出会ったんで、農家さんやけど面白いグローサリーというか商品を作ってるっていうのを聞いて会いに行ったりとかして、
それ以外にもいっぱいいろんな人が、その当時本当に同年代の人らで、元々若山やけど帰ってきてやりだした人らがちょうど集まる機会がよくあって、
よくあるクリエイティブ系の人らがクリエイティブ系の人を呼んでくる会みたいな、交流会みたいな、別に名を売ってるわけじゃないですけど、
そうやって集まる機会がよくあったんですよ。その中でそういうメンバーやから何かしたいなみたいな感じで、始まりは本当それぐらいの緩い感じで始まったんですね。
せっかくこんだけいろんなのできる人いてるから、何かやろうやっつって、試しにちょっとイベント1個なんか参加しようって言って、道塩祭っていう万葉館とかある浜ビーチ。
片御波とか。
片御波でやってたイベントに出させてもらって、その時は別にアーケードって名前出してなかったと思うんですけど、浜辺でLDKプロジェクトっていう、今言うとちょっと恥ずかしいんですけど、
今回森道でも持って行ったフレームがあるんですよ。木のフレームで、そこを一座ったりカウンターにしたり、いろいろできる、その当時ちょっと流行ってた仕組みを使ったやつがあって、
それで長い机やったりテーブルやったりみたいなユニットを使って、そこをリビング、ダイニング的に扱って、物を飾ったりご飯食べたりできるスペースを僕らがインスタレーション的にやるっていうのをやったんですよ。
12:24
それがきっかけで、なんかもうちょっとちゃんとした、代々的にいろんな人を巻き込める感じでやろうってなって、でも当時は海南の駅前でなんかやりたいなって言って、僕も海南に近いところに住んでたんで、みんなが集まるのがだいたい海南やったんですよ。
始めはスケボーのイベントやりたいなみたいな、音楽とスケボーのイベントやりたいなみたいな感じで言ってたんですけど、あそこの駅前を借りるにあたって、海南市からいろんな人がもうちょっと老若男女参加できるイベントにしてほしいっていう感じがあって、
そこからどんどんどんどんディスカッションを増やしていって、結果的に今のコンセプトの本当に草案みたいなものができて、いろんな出展者さんが集まれる商店街のような何かそういう場を作ろうって。
海南って商店街あるんですよ。和歌山市も商店街あって、どこもやっぱりこう元気なくて、商店街抱えてる問題っていうのは当時からそういう感じで和歌山市も海南市もあったんで、それをうまくもじりながら駅前の広場使われ、
まあああいう公共の場所ってあんまり使われてないケースが多いんで、そういう感じで公共の場を空地になっている部分を使って、そこに理想の商店街を作るっていうコンセプトができたんですね。
で、それを作るにあたって、僕は建築屋し、デザイナーの子もいたし、そういうクリエイティブのことはメンバーが揃ってたんで、みんながどんな商店街のイメージにするとか、ビジュアル内観の子のイメージとか、どんなするって言って、マーケットイベントのイメージとかそういうものをみんな持ち寄った回があって、
その時にみんなが持ち寄った画像が結構2階寄ってたんですよ。それが完全に建屋作る感じだったんですよ。
だから、テントでマーケットやるんじゃなくて、完全に作ってる海外のマーケットのめっちゃかっこいい鉄骨で組んでるような、そういうイメージがしょっぱなにバーンって出てきちゃって。
15:06
そりゃこんなの出来たらいいなってなって、じゃあ僕らは設計やってるし、今もずっと実行委員で入ってくれてる武田君って海南の鍛冶屋さんがメンバーにいてたんで、僕は鉄で作れると。
鉄のユニットを僕が作るから、それをデザインしてくれたら作るよって言ってくれて、鉄骨の建屋を作って、2日限りの商店街を作るっていう、なんとなくこの枠が決まったって感じですね。
参考にしたマーケットイベントっていうのは?
ないっすね。全くないです。海外の事例みたいなのは、写真1枚の画像はずっとみんなで見てましたけど。
イメージとしてはあるけど、イベントとしては?
それも別にマーケットじゃないと思います。今思うと海外のかっこいいテラスとかがついてる、インナーテラスのあるカフェの写真なんですけど。
それがマーケットイベントとして見たら、こんなマーケットあったらいいなって思える画像だったんですよ。
なるほど。
だからみんながそれに評価集中して、これをやろうみたいな感じだったんですね。
オープンテラスやけど屋根がかかってて、その中で売ってる人も買ってる人もみんなワイワイしてるみたいな写真やったんですよ。
多分ピンタレストとかが出てきたぐらいの時期で、そういう画像検索とかしやすかったんですよね。
ちなみに初期メンバーってどんなメンバーやったんですか?
初期メンバーは、今ずっといてくれてるのは僕と竹田くん、鍛冶屋の竹田くんと清水さんって、前にフォレスターっていう家具屋さんで勤めてた清水さんが初期メンバーでいてますね。
3人がずっと残ってる。竹田くんは一回抜けたりしましたけど、でもまた戻ってきてくれていてるって感じです。
初期メンバーはそれ以外にいろいろお店、飲食店やってる人やったり、デザインやってる人やったり。
初期メンバーって結構いっぱいいってたんですけど、あんまちゃんと思い出せないかもしれないけど、いろんな人がいてましたね。海南の界隈の人らもいてました。
一回目は二話工房でやったんですかね?プレイベント的な感じで。
そもそも竹屋を鉄骨でやるって決まったのも結構終盤っていうか、そっから竹屋をどう作るかみたいな話をずっと永遠にやった。
18:02
それが2014年とかやったと思うんですけど。考えたりずっとやってるのは結構1年か2年くらいはかかってるんですよ。実際やるってなるまで。
その間に一回ビニールハウスでやりたいっていうことになって、ビニールハウスの距離感がちょうど良かったんですよ。奥行きっていうか幅と長さみたいな。
和歌山らしい原風景をイメージしてて。ビニールハウスがボーンって立ち上がっても、原風景として和歌山やから違和感なく馴染むっていう感じにしたかったんで。
ビニールハウスいいやんって。ここのおぞいずっと南下していったら、ビニールハウスがずっと並んでて、夜にライトアップしてる。ライトアップじゃない。中に照明ついて。
花農家さんのビニールハウス群があって、あれをやりたかったんですよ。あれを海南から南下したところにあるんで。
あの感じを持ってこれたらめっちゃいいなって。その当時から夜もずっとイベントやるっていうのはイメージにあったんで。
ビニールハウスの中にライトが灯ってて、そこに人が商売してるっていう感じができたらめっちゃいいなってなって。
その時ビニールハウスをいろいろ当たって、そもそも新しく買うか、中古で使ってる、もういらんって言われた人からもらうかみたいな話して、見積もり出してってやったらめちゃくちゃ高かったんですよ。
意外に高いんです。
ビニールハウスは農家さんの絶対必要な家みたいなものなんで、結構そこそこ値段がして。
それも農家さんの流通の中でやってるんで、安くならないんですよ。それなりにかかるっていうのはみんな分かってて作ってるって感じが出て。
いらんって言ってくれた人がいて、これもやるわって言われて、いい感じの規模感のビニールハウスあったんで見に行って現地で。
めっちゃいいやんってなって。これじゃあばらして、当日また建ててっていうのをできたらいいけど、誰ができるんだって。
それをやる業者さんっていうのは専門でいてるんですよ。ビニールハウスを組める人だって。
農家さんやったら組めるかもしれないですけど。その人に見積もり取るじゃないですか。めっちゃ高いんですよ。
専門ですもんね。
それをばらしてまた建てるっていうのが回数で言ったら2回かかるんで、それをもう1回またばらして。
今建てるやつをくれるって言われたんで、それを1回ばらして保管して、イベントの前日に建てて、またばらしてっていうのが。
21:01
だから何回もかかるわけじゃないですか。そういうのを計算したらとんでもない額になって。
結構部材も長かったりして、保管するのも結構大変やなってなって。
ビニールハウスは断念したんですよね。もういらんって言ってただでくれるっていうところまでたどり着いてるのに、作るだけの費用で断念する。
さらにもちろん側のシェルになってるところをどう作るかとか、ビニールテント張っちゃうと熱くなっちゃうんで。
その空気をどう抜くかとかそういうことも総合的に考えて、これは結構大変やなと思って諦めたんですよ。
じゃあもう鉄骨で作るしかないなってなって。考えた時にビニールハウスのイメージがあったんで。
サイズ感とか幅とか長さのイメージはあれが結構イメージにあったんで。
だいたいそれでユニットを決めて、当時は2m×2mっていうのが1店舗で考えてて。
それが6店舗ぐらいずらっと並ぶ。それが両側にユニットがあって真ん中に通路があって通り抜けながらお買い物して最終的に出るっていうのを
ビニールハウスぐらい長い、24mなんですけど縦やってつなげたら。
それが2mが12店舗両側にあって。それを一連のストリートをずっと買い物しながら楽しんで外へ出ていくっていうのを考えて。
それを設計して竹田くんにフレームを作ってもらってっていう感じにしたんですけど。
当然初期に費用がかかるじゃないですか。竹田くんはもちろん安く、工賃と材料費だけでやってくれたんですけど。
さらにそこに外壁どうするかとか屋根どうするかとかいろんなところにお金がかかるんで。
初めに見積もりしたらさっきのビニールハウスぐらいの値段全然したんですよ。
けどここまで来たらやりたいし、ここで断念してたら何もできへんなと思ったんで。
それをじゃあ初めにみんなで借金しようと思って。
絶対こんなことは他のイベントでやったらあかんと思うし、全然お勧めできる話じゃないんですけど。
みんなでお金を払って3年でこれを回収しようって初めに考えて。
収入っていうのは出店者さんの出店料とアーケードでバーをやったり店舗を持つんでそこの売り上げがメインなんですよ。
24:05
あとは補助金やったり協賛金やったりするんですけど、その当時協賛とかも全然取る術全然分かってなかったし。
補助金は海南市がそこの海南の駅前をやるっていうので補助金がセットでついてきたって感じで補助金いただけたんで。
それは使えたんですけど。
でもまあ、もう借金して作ってそれを3年で回収するっていう計画になったんで。
3年することはもうそこで決まったんですよ、海南で。
で、いきなりぶっつけ本番でやるわけにはいかないんで。
誰も知らないじゃないですか。でかいことやって全然売り上げあがらんとか。
店舗も縦屋を使うのは24店舗ですけど、それ以外にもテントでブース出展してもらうとか。
入れると60店舗くらい出てもらうんで。
その店舗さんの売り上げも全然確保できなかったらやってる意味ないんで。
一回プレイでこの縦屋の設営の時間とかも測りたいから、どれくらいでできるかを見たいから。
そしたら一回その縦屋の一部を持っていって、で、やろうってなって。
で、それできるところどっかなと思ってるときに今、
新宿工房の松澤さんとサブちゃんっていう人が仲良かったんで。
サブちゃんに新宿工房っていう寛容植物とか増援屋さん。
本業増援屋さんで寛容植物の店を持ってるんで、すごくめちゃくちゃかっこいい店なんで。
そこのちょっと開けてるところがちょうど6メーター×6メーターのユニットが入りそうやったんですよ。
なんで、じゃあ6メーター×6メーター持っていこうと思って。
それで新宿工房の企画をにしたってことですね。
さっき言った6×24メーターっていう縦屋は、6メーター×6メーターのユニットが4つくっついてるんですよ。
ジョイントできるようにしてるんで。
だから6メーター×4つあって、それを全部つなげたら一直線の大きい商店街ができるし、
それを6×12と6×12の2つに分けることもできるし、6×6の4つ分けることもできるんです。
なんで、そういうふうに設計をはじめにしたんですけど、それによってすごく臨機応変にいろんな場所に出店できるなと思って。
一番ちっちゃいユニットやったら6×6で新宿工房に持っていけるっていうので、
27:00
それで持っていってそれがどれくらいの時間で組み立てられるかとかシミュレーションして、
そこで2×2の3店舗と3店舗で、6店舗出てもらったんですね。
すごく小規模でやったんですけど、それでもめっちゃ人来てくれて、
すごい現体験というか、僕らが今やってる規模感ではないめっちゃちっちゃいアーケードなんですけど、
あの時のことはずっと忘れられないというか、
めっちゃ濃密に会話とかコミュニケーションが目の届く範囲で行われてて、
3店舗3店舗しか行けないけど、それでもすごい豊かな時間だったというか。
その時はどんなお店が出てたんですか?
ちょっと全部ちゃんと言えないんで、まずいんですけど。
どういうカテゴリーだったりとか。
ロースターズとフロムファームはその当時から行ってましたね。
そんな感じでコーヒーとかドリンク飲めたり、あと食べ物食べれたりみたいな感じで、
確かセレクトしたと思います。
当時そうやって一緒に言ってたメンバーとか仲良かったメンバーでもやったって感じですね。
それめっちゃ人来たのはコウホーとかどうしてたんですか?
あんま覚えてないんですけど、その時インスタとかなかったし、
フェイスブックとかがメインだったと思うんですけど。
ちょいちょいそういうのを上げてたと思うんで、
その本当に関わってくれる人らがシェアしたりしたことで来てくれた。
あとニアコウホーさんにも人が結構ついてるのもあるし、
だったら地元の新聞とかもひょっとしたら取り上げてくれて、
なんかやってくれて、でも知らんけど来たみたいな人が多かったかもしれないですね。
なんか増援屋さんでなんかやるぞみたいな感じはあったかもしれないです。
ちょっとすいません電話を。
お帰りなさい。あれ、どこまで行っちゃってますか?
いや、そんなにですね。
どこまでやったかな?
ニアコウホーでそういう風にやるっていうので色々人が来てくれて、
当時の写真にムヤ君が写ってたんですよ。
若山に帰ってきたばっかりのムヤ君がお客さんとして来てくれて。
シュッとした人が写ってて、誰やと思ったらムヤ君やった。
後々ムヤ君と会うことになるんですけど、
当時は初期プレイのアンケートの時はお客さんとして来てくれて。
そうなんですね。プレイを経て海南駅で。
30:00
そうですね。それを確かね、夏。
2015年5月にニアコウホーでやってて、7月に海南駅で。
結構すぐにもう本番って感じでやったですね。
本番も結構大盛況な感じで。
そうなんですよね。
みんな本当に何でこう見てくれて来てくれたのか分からんぐらい人がめちゃくちゃ来たんで。
それはめちゃくちゃ嬉しかったんですけど、
でもこんな人いてんねやみたいな感じぐらい海南駅に人がめちゃくちゃ来るっていう。
それね、多分ですけど、
効果は一番あったのはリビング新聞さんが
そのアンケートやるタイミングのその前の号というかその期間の一番近々の号で
表紙にバーンってニアコウホーでやった写真を使って
ビジュアルバーンって出して
リビング新聞さんが、それねちょっとちゃんと覚えてないですけど
僕ら知らんかったと思うんですね。
許可もらったかどうかちょっと覚えてないですけど
でもそんなに知らんけどリビング新聞の表紙になってるってなって
びっくりした記憶があるんで。
その当時リビングにいてた子が知り合いやって
なんか勝手にやってくれたみたいな感じで。
その子の権限というかその子が何とかこれを押したいみたいな感じでやってくれて
でもあのリビングってやっぱめっちゃいろんな人見てるじゃないですか。
そうですね、若いまでは。
だから多分それが一番効果としては
僕らのSNSの発信とかでは全然多分
とのかん人らがいっぱい来たんちゃうかなって気がします。
初回成功してどうでした?気持ちとしては。
ちょっとあんま覚えてないんですけど
でも僕はいつでも自分の性格的にめちゃくちゃ上手くいってる時に
めっちゃ自分が冷静になってるっていうのがよくあって
逆にそういう上手くいってる時こそ見えなあかんところがいっぱいあって
それを僕覚えてるのはずっと携帯で反省点というか
どこをこうしたかったみたいなことをずっと会場を見ながら
ずっとメモってたんですよ。
そしたらめっちゃ反省点めちゃくちゃ多くて
直さなあかんところだらけみたいな感じあって
その当時の実行員の人らで終わってから打ち上げしたりとかして
わーってよかったなーってなったんですけど
僕だけ結構冷静で
もうちょっと反省会しようかみたいな感じで
みんなはもうよかったよかったみたいな感じの空気感なんですけど
33:02
いやもう直さなあかんところいっぱいあるからみたいな感じで
それは建屋的なところですか?
いろいろですね。怒ってることを全てその場で怒ってることを見てて
もっとこうした方がよかったなっていうことがだらけだったんで
もちろん人はめっちゃくちゃ来てくれて
お店の人らもいっぱい売り上げも出て
コミュニケーションもいっぱい発生して
自分らが思い描いてる古き良き商店街の絵面みたいなものは
たくさん撮れたんですよ。本当にその建屋の中を
真ん中の通りをみんな通っていって
両側の店見ながら買い物しながら抜けていくみたいなのは
めちゃくちゃ楽しそうに見えたし
お客さんとお店の人っていうところのコミュニケーションも
いろんなところで同時多発的に起こってたっていうのは
見てて撮れたんで、そういう意味で言ったらすごく成功したし
やりたかったことができたって感じなんですけど
でもやっぱり細かいところを見ていくと反省点だらけだったんで
あんまり僕個人的には全然こう
次来年が大変やなって
あとはこれイベントあるあるなんですけど
1年目やるときってみんな頑張るんですよ
みんな初めてのことやし無償で手伝ってくれるんですけど
2年目3年目ってなったらみんなやっぱりどんどん
自分の時間とか自分のことを優先するようになるんで
今まで手伝ってくれた人もご役だったりとか
どんどんなっていくんで
続けるのが難しいので
この体力、この欠けた情熱みたいなものを
来年またやるっていうのができるかなみたいな
気持ちももちろんあったし
その反省点を改善して
どうやって来年につなげるかみたいな感じを
ずっと考えてましたね
初回からこれ2daysでやってたんですか?
朝から夜までと
一夜明けてまた次の日に朝からスタートしてるっていう
その感じはやりたかったんで
やっぱりそんだけ立ては立てなんで
1日で壊してたら
それはダメなんだよね
そして2年目さらにパワーアップっていう感じで
あとねちょっと記憶があんまりちゃんとないんですけど
だいたい毎年雨降るんですよ
雨降らなかった日
雨降らなかった年はなくて
階段の3階は常に雨との戦いというか
雨降ると立て屋って完全ではないんで
36:03
仮設で立ててるんで
横から雨が入ってくるというので
雨降るともとにかく実行員の人らとか設営のスタッフの人らは
みんなガムテープ持って
雨漏りの箇所を屋根登って
穴閉じに行くとかそういう感じで走り回ってたんで
結構雨降ったらとにかく大変
1回めちゃくちゃ台風みたいな
台風がね多分2年目かな
2年目が台風来て1日目やったんですけど
2日目が台風直撃っていう状態で
その1日目やってる時に
2日目は中断しますっていうことをそこで決断した
けどやっぱり飲食店さんとかって2日分仕込んでるじゃないですか
それを各店舗に連絡するのがめっちゃ辛いんですよ
売上が半分になるし赤字じゃないですかそう考えたら
だからすごい苦渋の決断っていうか
でも台風直撃でやってたら絶対事故になってたと思うんで
もうそれはしょうがないなと思って
けどその初日も雨降ってるから
そないバーンと売上がるって感じじゃなくて
雨の中みんな楽しむみたいな感じでやってて
でもその途中で中断を決断して
各店舗さんに言いに行ったり電話したりとかして
やったらみんな全然ええやんええやんみたいな
今日全部売り切るぐらいでやるわみたいな感じで
出徹さんが言ってくれて
それを文句言われたことはなかったんですよ
むしろそういうタイミングでやることをやり切って
明日はもう明日に備えるっていう感じで
それを早い段階で決断できたのも
今考えるとすごい良かったなっていうのと
それで言われた出店者さんらの言葉っていうのは
めちゃくちゃ温かかった
2年目やからある程度やっぱり
出てくれてる出店者さんらは
その大変さをわかってくれてるっていうか
僕らの悔しさもわかってくれてると思うので
だからそういう意味で
悪く言う人は全然言ってなかったですね
出店者さんはもう完全招待制で
ずっと
今年まで
今年まで2019年のナチカツーラマでは
基本的にはもう完全招待制なんで
もう出たいと思う人は
とにかく僕らに1回コンタクトを取ってもらって
それでどんなことやってるかっていうのを見せてもらって
39:03
声かかるのを待ってもらうっていうしかないっていう感じですね
そうやって集まってくれてる人たちやから
そうやって重視になっても
温かいっていうところもあったんですか
かもしれないですね
あとは僕らも
なんかこだわってたのはコンセプトを持って
マーケットイベントやるっていうのは
それを結構口うるさく何度も伝えてたんですよ
さっきしあいし君が呼んでくれた
次世代が理想
何でしたっけ
次世代が暮らしたいと思える理想の街を作ろう
そういうコンセプトを
ずっと何度も何度も言い続けてたんですよ
初期はちょっとコンセプトのタイトルとか
シンクオブアタウンっていうタイトルやったり
もうちょっと大きい枠で伝えてたんですけど
でもそういうことを多分何度も何度も言うてるんで
出展者さんらも普通のマーケットイベントではなくて
すごくいろいろ考えてくれてるし
これからの将来の和歌山の
飲食やってる人や飲食業界にとって
一緒に関わって一緒にできるっていうことを
すごく楽しんでくれたと思うんで
本当にマーケットイベントだけ
ふわっと声かかってふわっと出るマーケットイベントっていうよりかは
かなり僕らも準備かけて
いろんなこと考えて発信していくし
出展者さんらもそれに向けて
メニュー開発したり新しい何かを作って
出しますって言ってくれる店舗さんが多かったりとかして
すごい発表の場っていうか
みんなが発表の場にしてた感じがしたんで
それはめちゃくちゃありがたかったし
そういうのもあるんで
すごくコミュニケーションを密に取れてたんかもしれないですね
3年間海南駅でやって
次は1年休んで
なちかつうらえっていうことなんですけども
これは流れの前ですね
ありがとうございます
転がされてるわ
移転の理由っていうか
海南からなちかつうらえ
それでよく聞かれる
いかない
42:23
飛び立つ
エルフもない
だけど
43:28

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