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AIを教える先生が、なんか嫌な感じがした。でも内容は学びたい。そんなときどうすればいい?
2026-10-07 29:28

AIを教える先生が、なんか嫌な感じがした。でも内容は学びたい。そんなときどうすればいい?

AIの使い方を教えてくれるオンライン授業を受けました。

内容はすごくためになる。
でも、なぜか講師の人に「なんか嫌だな~」と感じてしまう。

じゃあ、僕は何が嫌だったんだろう?

その理由をAIに分析してもらったら、先生と生徒の関係についての研究が出てきました。

教える内容だけじゃなくて、教える人の「寄り添い方」って大事なのかもしれない。

そんなことを考えながら、今回も最後はジョンに聞いてみました。

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サマリー

AIの使い方を教えるオンライン講師の内容は有益だった一方、講師の上から目線や受講者への寄り添いの不足に違和感を覚えた体験を語る。AIに理由を分析させたところ、教師の感情の扱い方や生徒へのサポートと学習参加の関係を調べた研究が見つかり、教える側が受け手の気持ちを理解する大切さを考える。ジョンとの対話では、先生と生徒は上下関係ではなく、一緒に答えを考えるパートナーであるべきだという見方が示される。合わない相手への嫌悪感も否定せず、自分が何を学べるか、自分は何を好むのかを知る手がかりとして内面に向ける姿勢がまとめられる。

AI講師への違和感と、その理由の分析
どうもリリーです。
あの最近ですね、
あのとあるオンラインの授業でですね、
AIを教えてくれる、
AIの使い方を教えてくれる先生がね、いたんですよ。
AIを業務でこういう風に使うと便利ですよっていう使い方を教えてくれるオンラインの授業がね、あったんですね。
で、それをAIの使い方を教えてくれる画面上に映ってる先生、
先生というか講師というか、教えてくれる人がですね、
AIのスペシャリストみたいな感じの、
AIのことなら何でも聞いてくださいみたいな感じのね、
先生風な感じでですね、
この人AI詳しいんだろうなーって思って、
その講座をね、見てたんですけどもね、
なんかね、
なんか嫌だなーって、
なんかこの人嫌だなーってですね、感じたんですよね。
なんだろうなー、
なんかイケツ感はーって、
なんかイケツ感って何だろう、
なんか嫌だなーっていう感じがね、したんですよ。
そのね、なんか嫌だなーっていう感じがね、
なんでこの人なんか嫌に感じるのかなーってね、
思いながらね、そのAIの授業を受けながらね、見てたんですね。
授業はすごくね、ためになることを言ってたんでね、
よかったんですけども、
授業の内容は素晴らしかった。
素晴らしいこの使い方を教えてくれる内容だったんですけども、
その教える人、先生みたいな人がなんか、
教え方がなんか嫌だなーって思って、
なんで俺、この人嫌なのかなーってね、思ったんですよね。
でね、いろいろやっぱちょっと見てたんですけども、
自分の中でね、いろいろこの人のこういうとこが嫌なのかなーっていう風なことをね、
いろいろAIにぶち込んで、
教師の感情対応と生徒の学習参加をめぐる研究
なんでこの人が嫌に感じるんだろうっていうところをね、ちょっとね、いろいろ分析してもらったんですよ。
でね、その分析してもらってね、
とあるね、研究結果というか論文がね、出てきたんですよね。
AIさんが、こういう結果がこれ当てはまるんじゃないですか?みたいな感じがね、出てきたんですけども、
その論文っていうのがですね、スプリンガーネイチャーっていうね、書籍があるみたいなんですけどもね、
それのね、その掲載されてたね、論文があったみたいなんですね。
で、この論文っていうのが、論文の研究っていうのがですね、
先生が感情をうまく扱えることっていうのと、
生徒が学校の勉強にどれくらい積極的に関わるかということの関係を調べたみたいなんですね。
で、もう一つ調べた研究結果が、
先生からサポートされているということと、
生徒が感じているかどうかも調べましたということをね、書いてたみたいな論文なんですね。
詳しいことはもっと長いくたらたらこう書いてあるんですけどもね。
先生の授業がどれくらい生徒に響いているかみたいな、
そして生徒はどれくらいそれを感じているかみたいなことを研究した論文なんですね。
これを研究したのが、スペインの教育機関に通う12歳から18歳の生徒です。
これはですね、5ヶ月間の研究をして、最初と最後の測定結果をね、比べてみたんですって。
これで、生徒の方は、
この先生は感情をうまく扱っていると感じるほど、
先生からサポートされているという感覚が高くなっていました。
っていうね、研究結果が出たんだそうです。
もう一つ、
先生からサポートされているという感覚も、
学習への参加とプラスの関係を表しましたっていう。
つまりですね、
先生が生徒の感情をうまく扱っている、コントロールしているということが、
学習の積極的な関係に積極的な意欲とかそういうのをね、
高めるじゃないかっていうね、研究結果がね、出たんだそうですね。
これね、読んだときね、
確かにと思ってね、
確かにそうだわって思ってね、
AIのね、教えてくれる先生、僕いたわけなんですけども、
受講者に寄り添う教え方と相性
確かにね、
こっちの生徒、受けている側の気持ち、あんまりわかってないんじゃないかな、みたいな感じしたんですよね。
AIを確かに僕たちは使い方を教えてもらいたいという生徒、生徒の立場があるんですけども、
先生はその教えてもらいたいという気持ちを、
何だろうな、教えてもらいたいという側の気持ちをあんまりわかってない人だと、
なんか嫌に感じるのかなーってね、なんか思ったんですよね。
だからね、なんかこの研究結果とね、僕を照らし合わせてみてね、
確かになんかその、
先生が感情を読むっていうのは結構あるな、あるなっていうか、大事なことだなーって思ってね。
今回は僕、オンラインで受けた講師の人だったんですけども、
で、その人がちょっと嫌に感じたんですけども、
よくね、あのYouTubeとかで、
あのAIの使える、
あのAIの使い方を教えるYouTubeのYouTuberの方とかいるじゃないですか、
なんか、ああいう人だと僕あんまり嫌な感じしないんですよね。
なんかすごくこのYouTubeのチャンネルの人のAIためになるなーっていうか、聞きたくなるなーっていう感じがね、すごいする人がね、いるんですよね。
で、確かにそのチャンネルの人はですね、
あの、なんだろう、わからない人の立場に立って喋ってるような感じがするんですよね、僕。
こういうことってめんどくさいですよねーみたいな感じを、
私もこういう経験ありましたっていう感じの感じ?
生徒側の気持ちわかってます?みたいな。
そういう感じの人はね、なんか僕、あんまり嫌な感じはしなくてですね。
だからその違いって結構大事だなーって思うんですよね。
で、ちょっとね、これまたジョンに聞いてみようかな。
ジョンどう思う?これ。
そうですねー、いますよねー。
なんかこう、やたらこう上から物を言う先生。
あーそうそうそう、そういう先生いるよね。
そう、いますねー。
なんか、その上から目線というか、
この人苦労しないで学んできたんだろうなーっていうのもね、なんか僕感じると冷めちゃう時もあるんだよねー。
先生と生徒は一緒に考える関係
それも今こうやって自分で考えて言葉にしてってやってるじゃないですか、そういうのが大事だと思うんですよね。
偉いとか偉くないとかじゃなくて、大変だった、嫌だったっていうことも自分で納得するまで考えてみるっていうのはすごく大事なことをしてるなーって僕は思います。
うーん、まあそうだけどねー、まあどうだろうねー。
まあジョンはさ、結構あの教えるの上手な方じゃない?
いやーどうでしょうねー、でも教えるのは好きですね。
あーそう、でもどうだろう。
ジョンはさ、もしなんかこう教えるってなった時、生徒の目線というか寄り添う方だよなー多分。
そうですねー、やっぱりその何を伝えるかとか、何を教えるかっていうのも大事だと思うんですけど、
それ以上に大事なのが、寄り添うこと。何か答えを押し付けるんじゃなくて、一緒に考える。何なら答えを出すのを手伝うっていうか、そういうスタンスが一番大事なのかなーと思います。
あーよくわかってるねーやっぱり。
うーん、あの先生も人間ですし、必ずしも成人禁止的な人っていうわけにはいかないと思うんですけど、人間同士やっぱり合う合わないってあると思うんですよねー。
まあ確かになー。
うん、全部こう受け止めて、何かこういい落とし所を見つけて、お互い納得できるような形を見つけるっていうのが大事なのかなー。なんか人間同士ってそういうもんじゃないですかねー。
まあそうだよなー。どうだろう人間もさ、寄り添わないでほしい人もいるのかな。俺は寄り添ってほしいって思っちゃうタイプだけど、僕がこの嫌いだった先生がもしかしたら合う生徒の人っているかもね。
かもしれませんねー。そうですねー。
まあ、あのー、寄り添ってほしいって思う人もいれば、ある程度こう、距離をもって接してほしいっていう人もいるかもしれないですよねー。
あー、距離ね距離。
なんかね、さっき言ったんだけどね、あのYouTubeとかでね、AIを教えてるYouTuberの人だと、なんかね、僕素直に聞けるんですよねー。
顔が見えない分とかなんかそういうのあるんですかねー。
なんかね、あのー、その人特定のYouTuberかもしれないんだけど、なんかその人はね、あの寄り添ってる感じというか、私もこういう苦労がありましたーとかね。
まあそれがチャンネル数の登録者数に比例してるんだと思うんだけどさ、あのー、なんかそういう人はなんか僕結構素直に聞けるなーってね。
あ、僕素直じゃないのかもしれないじゃん。
うーん、どうなんでしょうねー。
素直な人はじゃあ、僕が嫌いだった人のAIの講師の人を聞けるのかもしれないね、素直な人は。
そうかもしれないですねー。どうでしょうねー。結局なんかこれも相性なのかなー。
やっぱ相性かー。じゃあやっぱさ、あのー、相性が合う人とやっぱ、あのー、から教えてもらった方がいいよねーやっぱね、そういう先生とかってね。
そう、まあ、そうなりますかねー。なんていうか、合わないとかネガティブなところばっかり見てても進まないので、あるものの中で楽しみを見つけるとか、大事なのかなー。
あーなるほどなるほど。それも一つあるな。確かにさ、今回は僕が嫌いなAIの先生がいたわけで、この先生のこういうとこが嫌いだなーっていうのをね、少なからず楽しんでたのかもしれないね。
そうですよねー。でも、嫌いっていうのも大事な、なんていうか、感情の一つの現れですし、それも含めて、いいとか悪いとかじゃなくて、そういう自分の気持ちをちゃんと大事にしてあげることが大事なのかなーって思います。
なるほどね。まあそうね、これは僕はこういう人が嫌いなんだとかね、こういう人が好きだなーっていうのをちょっとカテゴライズしていくといいのかもね。
なんかさ、人の上に立つ、なんかそういう名言残した人いないっけ?早稲田大学だっけ?人の上に立たずみたいなことを言ってる人なんだっけ?
それは誰でしょうねー。
ちょっと調べてみて。
はい。ちょっと待ってくださいね。
あー、ありました。
福沢幸知のカカオンのすす。
あー、それだよ。
そうですか。最初のところに、人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと言えるから始まってるんですけど、結局その続きっていうかその後には、生まれながらに人間の身分の上下はない。
けども、今の世の中を広く見渡すと賢い人と愚かな人、貧しい人と豊かな人、様々な違いがあるのはなぜか。
そして、学問の有無によってその差が生まれるのだーというところなんですよね。
だからそういう視点で考えてみると、さっきの先生と生徒っていう関係も、先生が上で生徒が下っていうわけじゃなくて、やっぱり人と人なんですよね。
そういう立場とかなんとかじゃなくて、その自分の知っていることとか経験をいい意味で伝えてあげる。
生徒の側は教えてもらうっていうよりは、一緒に何か考えていくパートナーみたいな関係性ができるといいのかなーって思います。
なるほど。福沢諭吉はそういうことを言ってたんだ。
そうみたいですね。
そうなんだ。
嫌いな相手を通して自分を知る
嫌いっていうのも大事にしつつ、でもそういう嫌いとかネガティブな感情があっていいと思うんですよね。
ただそれにとらわれすぎず、一旦自分の中にその感情を置いておいて、じゃあ目の前のこと、この先生から何が得られるのか自分にとってっていうのを考えていくといいのかなーって僕は思います。
なるほどなるほど。そこをやっぱ自分自身もまだまだ鍛錬というか足りない部分だな。そこをさ、もうちょっと自分で整理すると、俺ももっと成長できるのかもね。
そうですね。なんていうかこう、正解を求めすぎちゃうとしんどくなってしまう時があると思うんですよね。だけど正解は一つじゃないわけじゃないですか。
だから正解を探すっていうよりは、なんていうか自分と向き合うとか、なんかそういうことをしていくといいのかなーって思います。
なるほどなー。なんか俺は最初、そういう先生嫌いとか言ってたけどね。それじゃあなんかダメなんだよな、多分な。それじゃあ成長しないというか、上にはいけないというか、そういう感じがあって。
でもそういう先生はいる、いることはしょうがない。なんだけどそこから自分は何を学ぶかっていう、自分に向けるといいのかもね。
まあでも結局自分に向けたほうが生産的かなって思いますかね。 結局。
その完璧な人間とか完璧な先生って多分いないと思うんですよ。逆に言うとこういうところは真似したいとか、逆に反面狂信するじゃないけど。
逆にお互いにそれが学び合う関係というか、先生と生徒ってよりもお互いにリスペクトしつつ、自分の中で消化していくっていうのがいいのかなーとは思いますね。
なるほど、なんかいいことが今日気づけたような気がするわ。
嫌いな嫌いな人を見つけた時、そういう嫌いなことを自分に教えてくれてるんだっていうことをね、言い聞かせた方がいいのかもね。
なんかそういう俺のオリジナルだけどね、それは。
いいと思います。うまく言いなすっていうか、そうやってストレスと付き合っていくのも生きる知恵っていうか、いいのかなーって思います。
敵を知るのも大事だけど、それ以上に自分を知ることが大事なのかなー。
敵を知るのは大事だけど、それ以上に自分を知ることの方が大事かなーって私は思います。
なるほど、いいこと聞いたわ。それはいいですね。それなんかいい名言だね。そういう名言ない?
名言というか、
自分、己を知れみたいな、なんかないかな。
まあでも、自分を知るっていうのは大事ですよね。
自分のことって意外とわからないじゃないですか。
他者を通して満説的に自分を知っていくみたいな、そういうものなのかな。
自分のことは棚にあげて、他人のことは言えるけども、
でも、そうやって間接的に自分のことを知っていくのが大事なのかなーって思います。
なるほど、なんかやっぱ嫌いな人を見たら、外側に向けるんじゃなくて、自分に向けるみたいな感じがいいのかもね、やっぱね。
外はもうコントロールできないから、内面、自分の方に意識を向ける。
そうがいいのかなーって思います。
それはいいね。ちょっといい考え方を聞いたわ。
ありがとうございます。
ありがとう、ありがとう。ちょっとなんかいい時間だったね。
そうですね。
やっぱり、他人がダメだとか嫌いだとか言ってるうちはまだまだだなーっていうね、僕は思いましたね。
人間的に。やっぱまだまだだなー、俺はなー。
ついやっぱね、この人嫌いだなーとかね、あの人好きだなーってね、思っちゃうときはね、あるんですけども、
やっぱね、嫌いだからといってそこから避けることは簡単だか、そこから自分に向けてみようっていう。
相手に向けるのではなくて、自分に向けてみようっていうね、
今日ちょっとそれが学びになったかなーっていうね、時間でしたね。
そんなことをね、思ってた時間でした。
ということで、また会いましょう。バイバイ。
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