今回は、スニーカーブランド「kavkimono」プロデューサー・岸本加奈子さんにお話を伺いました。
靴を作るお仕事をされている岸本さん。まずは具体的にどのようなことをされているのか、伺いました。
kavkimono:https://kavkimono.com/
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https://stand.fm/channels/6513739a0bc9d6e1d690bae1
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サマリー
今回の「聞く人ラジオ」では、スニーカーブランド「kavkimono」プロデューサーの岸本加奈子さんをゲストに迎え、靴作りの仕事について深く掘り下げました。岸本さんは、靴作りの全工程において、革の裁断から縫製、整形、仕上げに至るまで、多くの専門業者や職人との連携を管理する「バトンをつなぐ」役割を担っています。自身が直接手を動かすことは少ないものの、各工程のチェックや関係者間の調整を通じて、ものづくりの流れを円滑に進めることに尽力しています。 靴業界でのキャリアは25年前に企画の仕事からスタートし、その後、生産管理へと移行しました。子育てによる休業期間を経て、現在は独立し、自身のスニーカーブランド「kavkimono」を立ち上げています。このブランドでは、京都の西陣織や組紐といった伝統的な素材を取り入れ、「傾奇者であれ」というキャッチコピーのもと、個性を大切にし、自分の道を貫く人々へ向けた靴作りを目指しています。価格帯は高めですが、作り手のこだわりと情熱が込められており、ターゲット層に響くことを願っています。
靴作りの仕事内容と役割
ゆいなわさんの聞く人ラジオ
みなさんこんにちは。ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。 今回はスニーカーブランド
kabukimonoプロデューサー岸本加奈子さんにお話を伺いました。 靴を作るお仕事をされている岸本さん
まずは具体的にどのようなことをされているのか伺いました。
岸本さんお仕事は何をされているのでしょうか?
岸本さんお仕事は
靴を作るんですけど、私自身が実際に手を動かしているわけではなくて、 部分的でしかないので、
さっきのリレーションの話なんですけど、 結局自分の役割を考えた時に、靴ってすごい分業なので
最初に革を裁断して、縫製に入ります。
そこから整形して、最後仕上げして、箱に入れて、 電と電をかけて出荷しますという作業が大まかにそうなんです。
その前にはいろんな材料屋さんから材料を仕入れたりとか、 パーツをまず集めるところからスタートしていって、
そのパーツ屋さんもそれぞれ違うんです。
革屋さんも表の革と裏の革は違うとか、 中に入っているそこもいろいろあるんですけど、パーツが。
全部会社さん違うんです。ヒールはヒール屋さん。
そうかそうか、違うんですね。
きな具は金具屋さん。全部違うので、 靴すごいちっちゃいのにいろんな会社が結構関わっちゃうんです。
まず材料を頼む、発用する仕事は私の方でやるんですけど、 発用します、それを集めます。
それを組み立てていく作業というのが私の仕事なんですけど、
本当にバトンをつなぐ仕事だなというのを常々思っていて、
みんながバトンを落とさないように。
そうなんです。どっかが失敗すると、 またゼロからスタートになっちゃうんです。
材料を集めるところからスタートになっちゃうので、
みんながなるべく失敗しないように 見届ける仕事なのかなっていう。
じゃあ、自分が担当している部分をやって、 できましたら次の方にお願いしますって渡していくっていうリレー?
まさにそうですね。
皮を買った皮を裁断屋さんに渡して、それを裁断してもらう。
その裁断がちゃんと合っているかどうかチェックして、 それを今度次の縫製の人に回します。
縫製が上がってきたら、ちゃんとできているかチェックします。
そっかそっか。
木下さん自身が手を動かして、 何かあったんじゃなくて、渡ししながらチェックしながら。
そうです。
で、次に回す。
またそれを整形する人はまた違う職人さんなので、 その職人さんに渡して形にしてもらって。
途中途中いろいろあるわけですね。
その間が無事にスムーズにいくように話をしたり、
お仕事を渡す役割の人だなっては、いつも今もそうなんですけど。
そのお仕事はいつからやってるんですか?
靴業界に入ったのはちょうど25年ぐらい前なので、
スタートは企画の仕事だったんです。
靴を作る企画?
企画っていうのは、本当に靴の木型に絵を描いて、
型紙を作るっていうところがまず靴の企画なんですけど。
木型に線を描いて、
でも本当にド素人で履いたので、
本当にわからないので、 自分の好きな靴を作っていいよーから始まって。
そこで伸び伸びやらせていただいたんですけど、
そこでパターンの勉強を3年ちょっとぐらいですね。
そこでやらせてもらって、
なんとなくそこで一番手を動かした時期がそこで。
手を動かしていろいろ形にさせてもらった時期がそこで。
その後はまた別の会社さんに移ったりとかして、
そこからはまた違う材料を頼んだりする役割とか。
またちょっと一段階上がってとかって感じで進んでいって、
やっていくうちに仕事がどんどん増えていったっていう感じです。
いろいろな部分になるようになっていって。
最初は本当に革を手で切ってっていうところから始めて、
それが次第に革を自分で発注して仕入れて、
それを今度祭壇屋さんに渡して、
企画のちっちゃいところから生産の方に移行していったっていう感じです。
じゃあやっていく中で一つ一つ勉強しながら、
やっぱこうやるんだなみたいな感じで身につけていって、
気づいたら全部やったんですか?
そうですね。最初は本当にサンプルからスタートしてという感じですね。
やっぱり生産で何かあったら本当に大怪我しちゃうので、
大怪我というかいろいろ問題も出てきちゃうので、
やっぱり最初はサンプルで片足作って、
展示会サンプル作ってっていうところから最初、一番最初はスタートして、
本当にちょっとした皮を切るというお手伝いから始めて、
そのうち型紙も切らせてもらうようになって、
本当に段階を踏んでという感じですね。
そうなんですね。一通りできるようになって、
今は会社をやられているというのは?
そこまでにわりと道のりが20前後なので、
間にちょっと子育てでお休みしていた時期もあったんですけど、
基本的には企画業が最初メインで、
最初の10年ぐらいは企画っていうところにいた時期が長くて、
途中からちょっと生産の方を見てって話をいただいて、
そこからはちょっと生産管理の方に移行していった感じなんですけど、
でも基本的にやっていることは一緒で、
サンプルも今もやりますし、生産も見ますし、
わりと少ない人数でやっているので、
本当に一人何役もやらなきゃいけないという感じです。
靴っていうのは作りましょうってなってからどれぐらいでできるものなんですか?
そうですね、よく聞かれるんですけど、
本当に片足一つとかだったら、
すごい頑張った1週間ぐらいでは全然できます。
じゃあもうイメージというか、型紙っていうのはデザインがある状態から?
状態からやれば、もう絵型をもらって、
着型がある状態でスタートすれば、
型紙を切って縫製して、
マックス最短で多分3日ぐらい。
片足とかだったらもうマックス頑張ったら、
どうしても靴って一晩寝かせないといけないんです。
そういうプロセスがあるわけですね。
縫製までは難しいとか簡単とかいろいろあるんですけど、
縫製は数時間で上がるものがあるので、
そこから成形しますってなって、
中に芯が入っているので、
それを固めるのに一晩寝かせる。
そっかそっか。
ちょっとそれも地域によってやり方は違うんですけど、
浅草の靴はだいたい一晩寝かせるっていう感じなので、
一晩置いて次の日に着型を抜くんです。
なので絶対2日間はかかる。
そっか。
浅草でやってる?
そうです、浅草です。
そうなんですね。お店かなんかがあるとか?
ではなくて事務所があって、
そこに企画ルームというか、
中でサンプルルームがあって、
そこで型紙とサンプルの縫製をやってます。
例えば靴屋さんっていっぱいあって、
すごく大量生産的なものもきっとあるでしょうし、
ではないって感じですか?
基本的にはOEMって言って、
靴の依頼を受けて形にして生産して収めているので、
基本的には大量生産の靴ですね。
そっかそっか。
じゃあ一つのものができたってなったら、
それを同じものとして?
そうですね。お客様に出荷してます。
サイズも違うじゃないですか。
じゃあそれぞれにいくつかのサイズを?
そうです。だいたい長くお付き合いしていただいている
お取引先さんのところだと、
お客様によってそれぞれなんですね。
デザイナーさんが抱えていらっしゃるところであれば、
絵型が来て、それを形にして、
展示会にサンプル作って、
そこでオーダーが出たら発注書をいただくという流れで、
このデザインは200足ねとか300足ねとかという感じで
オーダーをいただくんですよ。
じゃあ200、300っていただいたらその工程を?
今度生産をスタートする、準備をスタートするっていう。
そういうことですね。
それを全部見てらっしゃる。
なので結構長いスパンで動きます。
最短でも2ヶ月ぐらい収めるまでにかかるので。
それも一つのだけじゃなくて、
何枚でも回ります。
それを同時進行で動かしてきますね。
ある程度抵抗した考えというか、
頭がないと。
発注が来る時期もバラバラなので、
その納期がいついつだなって、
頭に入れつつ逆算して、
そろそろ革入ってないとまずいなとか、
このパーツ入れとかないとまずいなっていうのを、
そういうデザインをいくつごと。
それで頭がいっぱいになります。
あるところはこのプロセスにあって、
あるところはもっと後ろの方にあって。
そろそろ出荷だなっていう時は、
どれから行こうかなというのを常に頭の中で、
組み立ててます。
これそろそろ納期やばいなって思ったら、
どっかで号令かけて急いでとかって。
やっぱりアイテムがいくつも同時に動くので、
またそこで新作とか入ってくると、
もうここでこういう意味がないかなというのは、
それを考える人ですかね。
そうですね。
キャパシティも当然あるわけですから、
いくつも同時にはできないというか。
今そこまでキャパが埋まるっていうほどの量はないんですけど、
それでもやっぱり点数自体はそんなに変わってないので、
常に動いているデザイン数もバーってあって、
それプラス生産ラインがバーって常に流れているのと、
あとはサンプルですね。
やっぱりシーズン商品なので、
毎シーズンやっぱりファッション、
ファッションアイテムというか、
洋服もそうだと思うんですけど、
流行りしたりがどうしてもあるので、
もうずっと同じってわけにはいかなくて、
春はこのデザイン。
次の秋はこんなのが売れるかなみたいなのがあるので、
年に2回は絶対あるんですね。
そのサンプルも考えつつ、
同時進行で動いてきますね。
結構忙しいといえば忙しく。
そうですね、かなりバタバタしてますね。
こっちの農機もありつつ、
生産農機も同時進行なので、
頭をどっちに切り替えるかみたいになりますね。
常に結構そうですね。
生産が緩やかなときは企画の方に力入れて、
こっちが忙しいときは、
こっちは他の人にお任せしてみたいな感じで。
そういうこともして。
それでもかなり少数やってるので、
そこのチームワークというか、
皆さんに感謝なんですけど。
靴の種類もいろいろあると思うんですけど、
特にこれをやってるみたいなのってあるんですか?
不人靴ですね。パンプス。
私はずっと不人靴メーカーで育ったので、
ずっとパンプス。
靴一足を作るのに関わる様々な会社、
職人さんと業者をつなぎ、
バトンを落とさないように見届けてきた岸本さん。
靴が生産されるプロセス、
どういう流れで靴が世の中に出ていくのかについて、
詳しくお聞きしました。
靴業界でのキャリアと独立
そんな岸本さん、
どういう経緯で靴を作るお仕事に至ったのでしょうか?
最初に靴屋さんに入るというのは、
なぜそこを選んで?
それが、
私大学卒業して、
京都一律芸大というところに行ってたんですね。
本当はやっぱりもう作りたい人ではあるんですけど、
ちょうど就職がいろいろ厳しい時で、
とりあえず就職した時に、
ギャラリーに勤めたんです。
リンゴのギャラリー。
使えるかどうかわからないですけど、
リンゴのギャラリーに勤めて、
めっちゃスパルタだったんですよ。
めっちゃスパルタで、
ギャラリーだから結構高価な絵とかも売ってて、
飛び込み営業とかもしてて、すごいんですよ。
今思えば勉強になることいっぱいあったんですけど、
大学出たての子が高い絵を売るっていうのは、
すごく難易度が高くて、
これは無理だなって思ってた時に、
その時同期だったんですけど、
20歳上のお姉さんがいて、
その方がやっぱり美大出身の方だったんですけど、
その方のお友達に靴屋さんがいるっていう話で、
作る方やった方がいいんじゃないって言ってくださって、
紹介してもらったんです。
その方が靴屋の2代目だったのね。
メーカーの2代の方で。
もういいよ、足とか置いてみたら。
1年間はギャラリーでお仕事させてもらおうと思ったんで、
3月31日までギャラリー勤めて、
4月1日から靴屋さんに入ったっていう。
お声をおいでって言われて、
じゃあもうやろうって感じだったんですか?
うち来るものを拒まずだからって言っていただいて。
岸本さん自身も行こうって思って。
靴屋さんってその時、
全然どんなことやるか分からなかったんですけど、
作る仕事がしたいなっていうのは頭にあったので、
すごく興味があって。
工場見学を1回させてもらって、
全然環境が違うじゃないですか。
ギャラリーから靴屋さんの工場を見て、
わあ、こういう世界があるんだと思って、
やりたいですって言って、
そしたらおいでおいでみたいな感じで言ってくださって、
すぐ企画室にあげていただいたんですよ。
企画で教えていただいて。
そこがスタートで。
そうなんですね。
そこでハマったというか、自分の靴で。
そうですね。
最初はすごい違和感あったと思うんですよ。
銀座の側で働いていた人がいきなり、
靴工場に入ってみたいな感じだったんですけど。
でも、すごいこれでお給料いただいていいのかなっていうぐらい楽しかったです。
そうなんですね。
スタートが。
じゃあそれで重ねて、靴の中に靴の世界に。
すっごいハマるの早かったと思う。
そうなんですね。
その時の吸収力はすごかったかなって自分でも思うぐらい楽しかったんで。
そうか。やっぱ楽しさがあればそれはもう。
もうわーって言って、もう何やっても楽しいから。
それはすごい。
そうですね。
でもそれをやらせてもらえた環境にも今思えばすごいありがたかったなって思うんですけど。
今の自分を考えると。
そういうふうに育ってもらった時期がすごい大きかったかなっていうのは。
そうか。今は独立してるっていうのは、
独立する必要があったのかしようと思ったのか。
しなくてもいい選択肢もあったのかもしれないけど、やっぱりそれは自分でみたいな。
そうですね。ちょっといろんな事情があってなんですけど。
もともと勤めてた会社、会社立ち上げる前にいた会社ですね。
もう10年ぐらいいたんですけど。
ちょっといろいろあって。
その中でも社長とやってる内容が違ったので分けてっていう感じで
靴の事業はもう私が引き継ぎますっていうことで。
ちょうど1年前にスニーカーブランドを立ち上げたばっかりなんで。
そうなんですね。
それを本格的にやるにしても、ちょっと新しい会社でやりたいなっていうのもあったので。
それでスニーカーのブランド。
ブランドをやっぱりもう今の自分で新しいことをチャレンジするのって
もうなかなか難しいじゃないですか。
特に新しいブランドを作るっていうのってやっぱり時間もかかるし。
で、今やらないと多分もうできないかなっていうのがちょっと頭にあったので。
今までODMでお客様から出てきたデザインとか。
ODMでこちらでデザインすることももちろんあるんですけど。
売るっていう作業までしたことないので。
なので自分たちでもう本当にゼロから作った靴を売ってみたいっていうのは。
やっぱりこの世界にいたら多分みなさん思うかなと思うんですけど。
やっぱり自分たちで作った靴を自分たちで売ってみたいっていうところからスタートして。
で、そうなった時にやっぱりブランドを作るってすごく道のり流れで。
そうだと思います。
準備期間もかなり長くて。
で、本格的にこうやっていく段階でやっぱりちょっと新しい会社を作ってっていうのが一つあったかなと思うんですけど。
で、そこで今作ってるスニーカー。
もう本当にまだ作って1年半ぐらいなので。
なんかいろいろ壁に当たりつつ。
また手探り状態で。
坂道登ってる感じですね。
ブランド作りみたいなところを。
今初めて経験してます。
ああ、そういうことですね。
やったことないことを。
ブランド「kavkimono」のコンセプトとブランディング
今の年になって初めて経験してますね。
ブランディングって言葉で誰ですか?
そうですね。
ブランディングっていう専門家の方にも手伝っていただいて協力していただいてるので。
チームで一緒にやってる感じではあるんですけど。
やっぱりさっきのインスタの話じゃないですけど。
やっぱりどう広めていくかっていうのってすごく難しいなっていうのを今常に感じながら進めてるような感じですね。
自分の意図するようにならないし。
時間もかかるし。
周りの方からどう見えてるかみたいなのって。
周りの方が育てていく部分もあったりとか。
結構いろんな要素がある。
ブランディングって、ちょっと質問がでかいんですけど、何でしょう?
そうですね。私もほんとただ靴を作る人なので、そこの部分がやっぱりすこんって知識がなくて。
ブランディングって何だろうって言葉は聞いたことあるけど、何なんだろうなって最初スタートはそこだと。
今時間少し経ってブランディング的なものに関わっていく中で、今の段階で岸本さん的に普通のブランディングって何だろう?
何だろう?そうですね。
ブランディングってやっぱり目的がはっきりしてないとダメだっていうのはすごい感じてて。
私たちが今作っている靴っていうのが、京都の西陣織と組紐を使って、あと本川スニーカー。
でも自分たちのやりたいことを目いっぱい詰め込んだスニーカーを今やりたいって言ってやってるんですけど、
それっていうのはやっぱりまず第一番は自分たちは何をやりたいかっていうのがはっきりしてないと進む方向性はもう全然結構すぐ迷子になっちゃうと思うんですね。
それははっきりしててすごく良かったなっていうのが、まず作りたいものがはっきりしてるっていうのと、
あとは誰に届けたいかっていうのと、どんな人に履いてもらいたいかっていうのが、
もう常に頭の中心にあって、それと自分たちの作りたいものを掛け合わせている。
やっぱり実際その靴を履いて楽しんでもらう人を想像して作りたいものがある。
それがブランディングというか、それが一致していくとブランドになるのかなっていう感じでは思ってるんですね。
ただそこがうまく噛み合わないとブランドにはならないのかなっていう。
インチもされないのかなっていう。
じゃあ今はそういうことを念頭に置きながら。
そうですね。なのでやったことない作業をいろいろやらなきゃいけないっていうところの一つの取り組みがインスタ。
まるで知識も、自分自身もインスタ全然覗くだけで発信したりとかやったことないので。
やっぱりブランドを作るっていうところで、まずスニーカー。
やりたいことをいろいろ入れちゃったので、値段度外視で作っちゃった。
結構お値段。
そうなんですよ。たぶん高いっていうのが皆さんの第一印象だと思う。
でも自分たちが作ってる内容と工程からしたらもうこれになっちゃうっていうのは自分たちではわかってるけど、
それをどう人に認めてもらうかっていうところ。
ただ普通の靴を、まるで名前のない靴を売り出していくのってすごく大変なことだと思うんです。
さらに値段も高いし。
それをどう皆さんに知っていただくかっていう。認めてもらうかっていう。
難しいですよね。
すごく難しいです。それを皆さんに知っていただくのに。
まずは靴のインスタのページを作ります。
イッシーショップ作ります。
それも全然手探りじゃない。
誰もやったことないところをまず触っていって。
その辺はいろいろプロの方にもちろん協力していただくんですけれども、
どうしたいってアイデアはやっぱり自分たちで言わなきゃいけないので。
撮影とかもこんな風にやっていってっていうところも。
でもその時にすごく良かったなって思ってるのが、
やっぱり撮影チームの皆さんも、ブランディングの専門の方が揃えてくださったんですけど、
靴がすごいはっきりしてるからイメージしやすかったって言っていただいて。
方向性がはっきりしてるので、どういう風にみんなが撮影に向けて作り込んでいくかっていうのは、
みんながワーッてなったからすごい良いものができた。
その辺は全く素人でわからないので、全てお任せだったんです。
モデルさんがどんな衣装を着て、どんな場所で撮影してっていうのも全然お任せだったんです。
ただ私たちはこの靴を売りたいっていう。
靴は一生懸命作るので、それをなんとかかっこよく見せてくださいっていうところで。
でもなんとなく自分たちも漠然と、こういう人に履いてもらいたいなっていうのは最初にスタートあって、
そこがどんどん固まっていって、それをお伝えして、
皆さんが形にしてビジュアルを持っていってくださったっていうところが。
それは最初のそのものがあってからこそなのかなって。
じゃあ思いを詰めた靴があって、それに対してのビジョン的な言葉とかも作ったりとか。
それもチームの方に作っていただいて。
靴が歌舞伎モノっていうんですけど、ブランドが歌舞伎モノっていうんですけど。
やっぱりその歌舞伎モノっていう言葉は、
もともとは歌舞伎と着物と掛け合わせたっていう言葉なんですけど、
やっぱり歌舞伎モノであれっていうのはキャッチコピーなんですよ。
歌舞伎モノであれっていうのがキャッチコピーで、
それっていうのはやっぱり周りを気にせず、
我が道を行く人の背中を押すじゃないんですけど、
そういう人に履いてもらいたいなっていうところから始まって。
そんな靴を作りたいっていうのがあって、歌舞伎モノであれって。
刺さる人に刺さればいい。
お値段ちょっとあれやけど、刺さる人に。
これ履きたいっていう人に履いてもらえば、
たぶんもう私たち作った靴って好きか嫌いかはっきりする。
好きっていう人とか全然見向きもしない人もいらっしゃるので、
すっごい極端に分かれるんですけど、
履きたいって思ってくれる人に履けばいいと思って作ってるので、
割と方向性はすごいはっきり。
でもブランディングにやっぱりそれが必要なのかなっていうのは今はすごく思ってます。
じゃあ今のところ岸本さんの中ではイケてるというか、
家庭ではプロセスの状態ではあると思うんですけど、
ブランディング的には出来てるなっていう。
そうですね。多分方向性的には間違ってないんじゃないかなって。
実際今ちょっとずつ積み重ねてポップアップやらせていただいたりとかして、
実際のお客様の反応とかを見ると、
すごい背中を押してもらえるパネルを出会えたりとかして。
やっぱり外国の方がすごく言ってくださって。
そっかそっか。
それでまた。
それも私たちの狙いの一つでもあったんですけど、
やっぱりマスを広げたいっていう。
やっぱり海外の方が見てすごくいいねって言ってくれるようなものを作りたいなっていうのがあったので。
土地が、会社のある場所が浅草っていうのがあるので、
やっぱり外国の方がすごく多くいらっしゃるので。
目に留まる。
そうなんですよね。
やってみると、やっぱりこういう日本に来てる方が日本を感じて、
日本のこの住みがかっこいいなって思ってもらえるものを作ってみたいなっていうのがあって。
そうなると大変ですけど、きっと楽しい感じがありますよね。
その過程、いろいろあるんですけど、
撮影とかも初めての経験をさせていただいて、
京都の西陣折を作っている現場とかにも入って金額させていただいたり、
片屋さんを邪魔したり、あと組紐屋さんを邪魔したり、
もうその靴に関わらなかったら経験できなかったなっていうこともいっぱいさせてもらっているので、
すごく世界が広がったなって思っています。
そっか、今そのカブキングの靴をやったことによるまた広がりがどんどん出てきているっていうことですよね。
これまでの経験と今後の展望
大学卒業後、銀座のギャラリーでの飛び込み営業という出発点から
作る仕事がしたいという思いで靴の世界へ。
何をやっても楽しかったという頃を経て独立をされ、
現在はスニーカーブランドカブ着物を立ち上げ、日々試行錯誤を続けられています。
そんな岸本さんのお話は次回に続きます。
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