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v52-2 株式会社YOU ARE HERE 代表・村中謙太郎さん「独立して~」
2026-04-20 24:56

v52-2 株式会社YOU ARE HERE 代表・村中謙太郎さん「独立して~」

今回は、株式会社YOU ARE HERE 代表取締役・村中健太郎さんにお話を伺います。
村中さんは2023年11月に一度ご出演をいただいており、今回」2年半ぶりの聞く人ラジオ出演です。

村中さんはミドル世代のキャリア支援を軸に活動されているキャリアの専門家。18年勤めた会社を辞めて独立し、今は「本来の自分
を生きる」をテーマにしたコミュニティのマネージャーとしても動かれています。

2年半で何が変わって、何が変わっていないのか。伺っていきます。

株式会社YOU ARE HERE:https://youarehere.co.jp/
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サマリー

株式会社YOU ARE HERE代表取締役の村中健太郎さんが、2年半ぶりに「聞く人ラジオ」に登場しました。前回出演時からの変化と不変のテーマについて語られました。村中さんはミドル世代のキャリア支援を専門としており、18年間勤めた会社を辞めて独立後、「本来の自分を生きる」をテーマにしたコミュニティのマネージャーとしても活動しています。 この2年半で、キャリア支援の軸は変わらないものの、一人で支援する形から、コミュニティという他者と共に行う形へと変化しました。特に、昨年お母様を亡くされた経験から、人との繋がりの中で自分が存在していることを改めて強く認識するようになったとのことです。会社組織とは異なる、自分起点でエネルギーを発揮できるコミュニティでの活動や、役割を一旦手放した時に見えてくる「本来の自分」について深く考察されています。

村中健太郎さん、2年半ぶりのラジオ出演
ゆいなわさんの聞く人ラジオ 皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は株式会社YOU ARE HERE代表取締役 村中謙太郎さんにお話を伺います。
村中さんは2023年11月にこの聞く人ラジオに一度ご出演をいただいており、今回2年半ぶりの出演となります。
村中さんはミドル世代のキャリア支援を軸に活動されているキャリアの専門家。
18年勤められた会社を辞めて独立し、今は本来の自分を生きるをテーマにしたコミュニティのマネージャーとしても動かれています。
この2年半で何が変わって何が変わっていないのか、お話を伺っていきます。
独立から2年半、キャリア支援の変化
村中さんと初めてお会いしたのがここですね。
新丸ビルの7階丸の内テラスで山田さんがご紹介でしたよね。
それが2023年の10月31日だったんですよ。配信は11月だったんですけど。
そこから2年半経ってますけど、その後いろいろとご一緒させていただく機会がありましたよね。
例えば一緒に仕事もしましたし、村中さんが配信されているポトキャストの方もご一緒しましたから。
あれも30巻。
30巻、去年やりましたね。
結構な時間をご一緒して。
今日はキクヒトラジオで村中さんにまた出ていただいて、2年半ぶりのキクヒトラジオ出演なんですけど。
今回の質問は、「普段はキクヒトラジオで、お仕事と好きなことを聞きますよ?」というふうに言っているんですよ。
その時にお答えいただいたんですけど。
一旦まず、最初2年半前にお会いした時から、今はお仕事なんですか?っていう問いだったら、何て言いますか?
変わってないですか?変わってますか?
変わってない?
変わってない。
父親のキャリア支援っていう感じ?
お会いした頃は、まだ父親にフォーカスしていなくて、ミドル世代のキャリアの支援をしようっていうのは、当時から言ってたんですよね。
その後、いろいろあって、お父さん向けの、それに一回フォーカスして。
ラジオなお、最初はそういう入り口でやりましたけど。
その後、やっぱりミドル世代に戻っていって。
今もそれを引き続きやっているっていう感じですか?
そうですね。大きなところは変わらない。
そしたら、2年半で大きなところは変わらないけど、変わったことって何かあります?
変わったのは、一人でそれをやるんじゃなくて。
もちろん一人でワンワンセッションとか、お父さんのキャリア支援とかさせてもらってますけど。
人のキャリアを支援する、これからの人生を手伝うみたいなところを、
コミュニティとか、人と一緒にやるようになっているのは変わったところですね。
「本来の自分を生きる」コミュニティとの出会い
村中さんが今所属されているコミュニティっていうんですか、そこはいつ入っていったというか。
去年から本格的に入っていって。
もともと何かきっかけがあったんですか?
もともと僕がミドル世代のキャリアがお手伝いする時に、
ずっと事業会社に行って仕事はしてたんですけど、
自分の事業を立ち上げるとかはしたことない。
学びながらやろうというので、あるスクールというか、企業の勉強をするところにいたんです。
そこで知り合った方のご縁で、
何か一緒にやるようになって。
じゃあその方がいらっしゃって、その方がいたコミュニティっていう感じですね。
じゃあそこに参加されて、今もそこに村中さん自身もいてみたいな感じですね。
そこのコミュニティはどんなことをされるコミュニティなんですか?
本来の自分を生きるということ。
全ての人が本来の自分を生きるということを理念に掲げているコミュニティなんですけども、
僕はずっとキャリアの支援をしてきたこともあって、
そことキャリア支援ということが結びついて、
その理念を、その掲げている理念というのは僕もすごく共感するところで、
僕も昔のキャリア領域で仕事していたところで、
重なる部分があったので、
それで参加して、ジョインして、
今は結構中心メンバーみたいな感じで動かれている?
そうですね、コミュニティマネジャーみたいな感じで、
いろいろ運営にも携わっている。
人が参加されていて、いろんな取り組みをして、
イベントもしたりとか、セミナーやったりとか。
そうですね、まさに人生、
すべての人が本来の自分を受けるということの、
自分を学んでいくアカデミアをやっていただいて、
それを自然、リトリートですね。
年間を通じてリトリートみたいな。
僕が合図若松に行ったりとか、そういう感じですね。
合図若松っていうのは、
みんなで行って、そこで場所があって、
そこで農業をしたりとか?
そうですね。
現地に農業法人があって、
有機農家ですね。
合図で一番大きな有機農家があって、
そこは土作りからやるようなところになるんですけど。
そこの方が教えてくれるんですか?
そこのお手伝いをしたりとか。
田んぼも畑もありますけど、そこのお手伝いをしたり。
具体的に土を作ったりとか、野菜育てたりとか。
そうですね。土作りに携わるところもありますし、
リトリート体験と内面的な変化
4月、5月とかだと、
田んぼの再生期にこれからなっていくので、
そこのお手伝いをしたり。
今もそういうことを時々言ってされているんですか?
そうですね。ちょうど3月からまたシーズンが始まったので、
毎月行く形で。
行ってるんですね。
それまで農業的な体験とかってされたことあるんですか?
ないですね。
じゃあ、去年にそこに参加してて初めてぐらいな感じで。
どうでした?
そうですね。
もともとミドルスでのキャリア支援をしたときに、
ミドルの方っていうのは何かしら役割を背負っていることが多い。
会社での役割、家庭での役割を背負っていて、
そういう中でなかなか本音の自分みたいなところを
ちょっと後回しにして、脇に置いたりとかいう方。
やっぱりその30半ばぐらいになってくると、
これから?っていうところに悩むことがすごく多い。
でもなかなかそれを言えない。
日常の中で言えない。
なったときにちょっと日常を離れて、
リトリートな形でそういうことを見つめるっていうのは、
すごく有効なやり方だなと思っていて。
本当に事業立ち上げるときからそういうイメージがあった。
日常を離れるとなると自然とか、
ちょっと都会ではなくて、都会を離れてっていうイメージがあったんですよね。
そういったときに脳っていうのもなんとなくイメージが持っていたんですけど、
それはご縁でそういう機会が目の前にあって、
やることになったんですけど。
実際そうしたら村中さんの中でお一人でやられるんじゃなくて、
そのコミュニティの皆さんと一緒にやるっていうのが結構変わったものというか、
変わったものですよね。
それによってやることというか環境的にはちょっと変わってきたんですけど、
それによって内面的な変化って生まれたりしてます?
ありますね。
どんな感じですか?
これはですね、本当にまさに僕絶賛今考えてるというか、
絶賛考え中?
考え中というか、これは何の変化なんだろうなっていうことを。
変化はあるなっていう感覚はあってるけど、考え中というか。
去年の4月、ちょうど1年前ですね。
母親が学童の事故で亡くなって、
やっぱりそれによってショックというかがあって。
今までずっと社会人やってきましたけど、
なんか完全に止まっちゃうみたいなことってそんなになかったけど、
意外と動けないなって。
動けるって思う自分もいるけど。
そうそう。動けると思ったけど、意外と動けないぞみたいな。
そういうことか。
母親の死と人との繋がりの再認識
そういう時に、その時は自分の事業のこと、
ちょうど皆さんともいろいろ発信をグッとしてた時でしたけど、
一旦ちょっとストップさせてもらって、立ち止まるような時になって。
その時にコミュニティの仕事も一緒にやらせてもらっていて、
それはすごくありがたい話なんですよね。
そういう状態をそっかそっかなんですよね。
ある意味見守ってもらうようなところもありましたし。
やっぱり人との繋がりの中で発信しているなと。
それはもう母親との繋がりも目に見える形はなくなったけど、
僕を作ってきたものは母親があってのことだったし、
ってことはいろんな方の繋がりがあってのことだなっていうのは改めて思う。
人との関係によって自分があるんだなということを、
すごく考えられるようになったのがちょうど一年前。
そういうことですね。
もともとそういう感覚はどこかにあったと思うんですけど、
より強くなったっていうので。
そうですね。人との関係。
それはやっぱりコミュニティで仕事をする。
会社組織でやるのとはまた違った感覚がある。
ミドルの方は役割があることで本来の自分から離れてしまうというお話。
御縁が紡がれ藍沢貨松の農家で土を触るということ。
人との繋がり。
関係によって自分がある。
それが独立してからより強く感じられたことだと村中さんはおっしゃいます。
会社とコミュニティの違い、自分起点の重要性
会社とコミュニティだと何が違いますか?
僕の感覚ですよ。より自分起点というか。
会社だと自分じゃないですね。会社起点みたいな。
会社の目指すもの。基本的にはあります。
もちろん僕がいるコミュニティも会社ですけど。
在り方というのはよく違う。
本来自分を生きるということを。
もともと僕自身もキャリアしてます。
よりその方が自分のエネルギーがよりいい形に出るようなキャリアのお手伝いをしたいという思いがあったので
そこでガッチする。
そこで考えると自分起点で考えていくというのはすごく大事なこと。
何か会社とか社会が要請するものに合わせていく。
自分起点で現れるものを大事にする。
やっぱりそれって2年半にお話聞いたときとはちょっと違うというか
一人で動かれているのとはまた違いますよね。
周りの方がいて、その方みんなでの動きというところがあって
もちろんその中では自分の動きというのもありながら
両方の動きをやっていくみたいな感じ。
今はコミュニティに入られて1年とかそんなぐらいに経って
そこの関わり方、在り方も変わって、それも同じじゃないでしょうから。
変化しつつある感じ。
変化していくので。
その変化も結局コミュニケーションがいるんです。
それでしか捉えることができないところがあるので。
状況が変わっていくしそのスピードも速いし
その中で自分がどうあるかみたいなのは常に自分でクリアにしていく。
それはもちろん会社組織でもそうだったりはするんですけど
そこの違いをどう言葉にしていくのか。
そういうことですね。
さっき考え中という言葉もありましたけど
「本来の自分」を見つけるプロセス
少し見えている方法性とか言葉にできる何かがあったりするんですか?
そうですね。
例えば先ほど言ったような会社の役割とか
家族の役割、父親だったり母親だったり
会社だったりリーダーだったりとか
何か例えば役職とか
そういう役割を起点にした
外的な要素を起点にした
自分で判断するのではなく
本来の自分はどう感じるのかみたいな
そっかそっか。そこですね。
本来の自分
村中さん自身は今は本来の自分だなって思います?
今?
例えば2年半前を対象とした場合に
その頃と比べて今は本来の自分だなって思います?
そうですね。比較の問題でしたら
言ったらそうでしょうね
18年同じ会社に住んで
その会社でも役割
その事業の責任上
そういう役割で自分を見ていたりとか
その役割を果たす者として
組織にいたりとか
意思決定をしたりとか
もちろん自分が大事にしていること
会社が大事にしていること
社会が大事にしていること
っていうのをちゃんと考える
してたつもりですけど
そうは言っても役割を持った人間として
それはそうせざるを得ないというか
そうなるというか
やっぱり2年半前だと会社を辞めた直後ぐらいだから
その感じはまだ体に残っていて
この頃はまだ残っていて
そこから一人で最初
一人でいろんなことされて
やっぱり一人でやれることって大したことない
限界があるというか
結局人とやっぱり見始めるわけですけど
その中で改めての自分
前にいた自分っていう
アンランしていくというか
これ違うなとか
その頃の自分はこれだと思ってやっていることが
ちょっと経つといや違うぞみたいな
それで一つずつ手放していくみたいな
そういう感じはずっとあって
多分それって今もあるでしょうね
今もあります
今も一生懸命これだと思ってやるけど
ちょっと時間が経つといや違うよね
やっぱりそこで次々やっていかないと
変化していくこと自体をちゃんとやっていかないと
ただその中でこれは大事っていうものは
ちゃんと持ち続けていかないといけないから
芯みたいなもの
そうやって動いていくと一瞬大事なものは
見えるんですね
これだなーって握りしめながら
また違ってるみたいなことも
そうなんですよ
ちょっとそこ疑っちゃうところがある
あれ?これ耐心してたはずなのに
でもそんな中でも2年半変わってないものもあるんですよね
悲しみと支え合い、弱さの受容
それがもしかしたら一応芯にあるものみたいな感じかもしれないですね
そうですね
そりゃそうよ
なんかやっぱり
その立場とか
環境とか
お金対象がどうであっても
その人自身が
ちゃんと受け入れられる
そうだよな
それがわかるためにはある程度時間も必要というか
すぐわかんないし
やっぱり問いを立てて時間かけて聞いて
問いを解こうとするというか
問いを見続ける中でちょっと見えてきたものがあって
それをまた次の問いに乗っけてみて
っていう感じでブラッシュアップし続ける中で変化もしながら
それでも残る結晶みたいなものは
そうですね
残る結晶がありますし
僕は母親の時は結構大きかった
そうですね
何て言うんですかね
父親がすごく
嘆いていて
悲しんでいる強く
そうなるとこっちも冷静になる
自分より強く嘆いている方がそばにいると
それ以上にはちょっとならない
父親ですから
見守るとか支えるというか
そういう気持ちにもなります
そうですね
そういう意味では自分が悲しんでいる場合じゃないとか
弱っている場合じゃないとか
あるんですけど
でも実際悲しんでいるとか弱っている自分もいて
それを周りの人に支えてもらったりとか
その時コミュニティの皆さんが
いてくださったりとかしてお話したりとか
言いながらさんにも
お仕事をしっかりと務めさせてもらって
いろんな人に頼らせてもらったりとか
ある意味甘えさせてもらったりとか
あるんですけど
それはありがたい話なんですよね
そういう悲しんでいる状態とか弱っている状態とか
いわゆる
強さを発揮できない
それを受け入れてもらっている
のは
でもそういうことを
してもらったというか
そういうふうに
いさせてもらっている
ずっとそういうふうにいさせてもらっている
そのように思っていたし
なかなか会社組織とかで
売り上げだったりとか
お金のことだったりとか
なかなか弱みとか
出さないし出せないし
職場とか環境にもよるけど
ちょっとそこは仕事に入っていかないと
弱みってなかなか見せづらかったりとか
強くなければいけない
役割を外した時に見えるもの
スキル
高い低いとか
キャリアにもキャリアアップキャリアダウンとか
そんなこともありますけど
普段そういう考え方が
動いているわけですけど
全部取っ払った時
取っ払ったというか
じゃあ赤ちゃんを見て
赤ちゃんが何かできるできないと
何か判断しないじゃないですか
例えば父親とか母親とか
何かできなくなっちゃう
それで何か良い悪いを
判断しないと
いること見てくれること自体が
本当は大事なことなはずなのに
でもどうしても
生きていこうといった時には
放送の中に入った時には
何かしらの役割なりなりに
チャッチが入ったりとか
村中さんがお客さんとされる方は
そういう方々っていうのかな
ビジネスパースの解説済みの方が
そういう役組みにいらっしゃるので
ご自身がリーダーとか
何かしらの役割を果たして
そこでやっぱり悩んでいたり
なのでそこを一旦
その役割を外した時に
どういうことを考えられるか
会社とコミュニティの違い
自分起点の大切さ
状況が変わっていく中での
自分の在り方
独立して2年半たち変わったこと
そして変わらなかったこと
そして昨年お母様を突然亡くされ
動けると思っていたのに
意外と動けなかった際に
コミュニティの仲間が
見守ってくれたということ
その体験が人との繋がりの中で
自分があるという感覚を
より深く根付かせていったのかもしれない
と聞いていて感じました
そしてお話は次回に続きます
24:56

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