ゆいなわさんの聞く人ラジオ 皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は株式会社ベンカン代表取締役社長・我妻武彦さんにお話を伺いました。 配管の機材を販売している会社を経営されている我妻さん。
まずはその歩みとお仕事についてから伺いました。
みんな理解しにくいというか、まあまあ、いわゆる配管の機材を売ってる会社なんですけど、
じゃあ配管、配管はなんとなく皆さんわかるんですけど、配管の機材って言ったら、もうどんどんどんどん細かいものになっていくので、
じゃあ何?ってなったらジョイントですよって。 きんと来る人としない、ほとんどの人は来ないね。
ジョイントっていう言葉。
ジョイントもそうだけど、イメージはするんだと思いますけど、何があったら言ったらやっぱり見えない部分なんで、同じ生存業でも、
B2Cの製品であれば、自分普段手に取っているものであればね、ああこういうものを作っている会社なんだねって同じ生存業でもわかりますけど、
うちのようなのはもう本当にコテコテのB2Bなんで、人の目につかないんですよね。一般の人の目にはね。
基本的にはつかないところなので、伝えることでイメージは湧くかもしれませんけど、じゃあ具体的にこうだっていうのはなかなかわからないですよね。
ですから一番手っ取りは生存業って話をして、そこから突っ込まれなければもう生存業で終わってしまう。
そっかそっか。じゃあ一方踏み込まれたら生存業とか。
まあ細かく話すようにはしますけどね。でも聞くだけ聞いといて話すと、ああそうみたいな。
いまいちそうか。
そんなパターンはありますよね。
それはもう和勝さんはこの会社は長いというか。
もうそうですね。もう30年かな。
30年。普通に学生卒業して。
中等ですね私は。
元々親父が都備職なので。私も都備職だったんで。
で、都備職を継ぐつもりではいたんですけど、親父が汎用しちゃったんで。それでサラリーマンになった感じですね。
それはもう思いがけずっていう感じ?
そうです。親父、都備職なんでちょっと落ちちゃったんですよ足場から。
まあすごい骨折ったぐらいだったんですけど、もう勝手に汎用しちゃったんですよね。危ないからもうお前はやらなくていいって感じですね。
じゃあその時和勝さんはもう一緒に仕事をしてて、修行というか都備を勉強というか。
勉強とか持ってますよ。
ああそういうことですね。じゃあそれがなければそのまま都備をやってた?
多分やってたでしょうね。
そこでちょっとお父さんがということで汎用になって、じゃあということでお仕事を探した?
そうそうですね。
で、ここを見つけて?
都備職なんで建築系なんで、建築系の仕事が、そういった建築っていう仕事自体が嫌いじゃないので、建築系のなんかないかなって話した時にたまたま求人が出てて。
で、その私自身が何の会社かよくわからなかった。建築系っていうのはわかったんです。求人広告を見てね。建築系というのはわかったんですけど、現実的にどういう業態なのかなと。
製造業というのもわかりましたけど、どういった業態なのかなと。私自身が最初わからなかったんで、その求人広告を見てもね。
多分だから一般の人が聞いてもわからないってことですね。
ああそういうことか。もともとじゃあこの会社はあって。
もう長い、来年80年ですからね。
ああそういうことですね。80年ずっとやられてるところに求人見て入って。
そうですね。
最初はじゃあ入ったってことは普通の一般社員として。
そうですね。仙台で。
仙台のどこに?
仙台だったので、仙台の営業所の方に配属になってた感じですね。
最初は何から、お仕事としては何ですか?
営業ですね。
営業として、配管をいろんなB2Bというか企業に。
営業スタイルとして、またこれも複雑なんですけど、
実際に売るのが商社さんに売るんですよ。
要するにうちの製品を在庫に置いて販売してくれる代理店さんといいますかね。
そういったところに売るんですけど、実際に使うのは工事業者さんなんですよ。
ああそうか。
工事業者さんが、実は元受けがいるんですよね。
例えばゼネコンさんとか。
建物もゼネコンさんが全部やるわけじゃなくて、
実は設計事務所さんがいて、
さらにそこに発注をかけるデベロッパーさん、
要するに施術さんがいるわけですよね。
全部に営業しなくちゃいけないんですよ。
そうか。
皆さんにちゃんと行かなきゃいけない。
直接売るのはあくまでも商社さんですけど、
でも商社さんが物を決めるんじゃないので、
ユーザーさんに行かないと物って決まらないんですよね。
ですからそれ全部、まんべんなく回らなくちゃいけない営業だったんですよね。
そうなんですね。
今もそうですけどね。
じゃあそういうのを最初営業として入ったときは、
ゼロというかやったことない状態で。
今の会社の前に実は家用品の営業をやってたんですよ。
家用品の営業?
最初。
そうなんですね。
最初、親父が廃業して、最初家用品の会社に入って、
その時はもうとにかく営業はやりたくなかったので、
倉庫の方で仕事をしてたんですよね。
そうなんですね。
ところが営業で決意が出て、
お前営業行けって言われて、
いや私辞めますって言ったんですけど、
でもどうせ辞めるんだったら後から辞めてもいいんじゃないって話で、
営業を何ヶ月間やってみようかってやったら、
意外と面白かったんですよね。
そうなんですね。
そのまま営業をやって、
その後にステップアップしたいっていう。
もともと建築の仕事をしてなかったので、
それで転職したんですよね。
それで今の会社。
だから営業の経験はあったんです。
営業最初は嫌だったけど、
なんか面白く感じたのかな?
やっぱり提案が受け入れていただいた時ですよね。
家用品の会社ですから、
いわゆるオートバックスさんとか、
イエローハットさんとかに営業してたんですけど、
例えば私が扱っているケミカル用品とか、
ワックスとか、
ああいうのを販売してたんですけど、
やっぱりただ棚に置いても売れないんで、
ですから土日になったらお願いして、
店頭販売をさせてもらって、
それで売れていったっていうのがありますよね。
そっか。
じゃあ最初はそんな感じで、
営業をやりながら、
なんか面白いぞみたいな感じでなってて、
で、実際こちらの会社に入ってから、
じゃあ営業でみたいな感じ。
でもやっぱりちょっと買っては違いますもんね。
そうですね。
単価が全然違いますよね。
そうかそうか。
そうですね。
ですから要するに買い用品であれば、
本当何千円とか高くても何万円の世界で、
こっちは奥ですから、
やっぱその辺の規模は違いますよね。
後期も違いますし、
いわゆる買い用品だとB2Cなんで、
完全にその場で販売って見えますけど、
建築は営業を始めてから受注するまで長いと1年、
下手したら5年かかりますから、
そういった違いはありますよね。
じゃあそこの違いを実際やりながら。
やりながらすごいありますよね。
先輩がいて教えてもらったんですか?
当然です。
ただ最初入った時は、
先輩はいたんですけど、
私の部門の先輩いなかったんですよ。
ちょっとその辺も分かりづらいんですけど、
要するにいくつか製品があって、
その時の所長はその製品の所長じゃなかったんですよ。
その製品の専門じゃなかったんで、
教える人私にはいなかったんですよ。
お客さんに教えてもらいました。
そうなんですね。
さっき言った消費者さんに。
じゃあこうやってやるんだよみたいな感じで。
学んで、それからそういう形で営業をしていくみたいな感じ。
そうですね。
やっぱりやれば上手になるというか、営業っていうのはやれるもん?
そうですよね。
結局お客さんに教えてもらったっていうのが多いですよね。
さっき言った消費者さんに教えてもらったのもそうですし、
現場においてもやっぱり失敗するわけですよ。
失敗。
図面間違ったりとかは慣れないんで、
逆につけちゃったら作っちゃったりとか。
でも結構助けられましたよね。
こういう時はこういう図面はこうやって読むんだよとかね。
そうかそうか。
こう書くんだよって教えてもらって、
それ逃げないでずっとやってたら、
そういう人がやっぱり最終的にはずっとヘビーユーザーになってもらいましたよね。
次の現場行ったら電話くんですよね。
若妻くん、今度ここ入ったら来なよ。
おーすごい。
それであと10つの人に紹介してもらって、
今度俺の後輩はその現場入ったら行けよとかね。
そこもみんなが慣れるわけじゃないですよね。
それはそうでしょうね。
やっぱり若妻さんだからみたいなところが。
私の先輩が私と似たようなスタイルの人が、
さっき言った専門の先輩じゃない人の後に、
専門の先輩が来たんですよ、転勤で。
その人が私の師匠みたいな感じだったんですけど、
その人にいろいろ教わったじゃないな、
見て盗める世界でしたね。
その人に負けないように、訪問件数もその人が、
例えば1日10件もあれば自分は12件だっていう感じでやってましたね。
そっかそっか。
じゃあそんな感じで営業をやっていって。
僕はいろんな方にお会いしてる中で、
営業の方にお会いした時に必ず聞く質問があって、
ちょっとバクッとしてるんですけど、
営業って何ですか?
営業自体は単純に物を売る行為だと思いますけど、
ただ物を売るだけじゃ値段だけになってしまうので、
実は私マーケティングもかじってるんですけど、
やっぱりマーケティングの要素がないと、
マーケティングは売れるようにするためにはどうすればいいのかな、
マーケティングで。
あと営業は基本的には売る行為。
そこをうまくかみ合わせて始めて営業なのかなと思いますけどね。
そっかそっか。
やっぱりそこは我が妻さんがマーケティングの素養があって、
やっぱないとなかなか。
もともとマーケティングは当然勉強してなくて、
たまたまそうやってたらそれがハマってたっていうことですよね。
そういうことですね。
結局、我が妻から買いたいって言ってもらったりとか、
っていうのがありましてね。
だから充実な銀っていうのはさっきもそうですよね。
仕組みですよね、完全に。
意図的にはしてないですよ。
意図的にはしてないんですけど、
結果的に地図つなぎで次から次って注文を来たんですよね。
社内見渡すとやっぱり同じパターンのやつらが何人かいるんですよね。
さっき言った先輩もそうでしたけど、
そういう人がやっぱり成績が良かったですよね。
そっか、じゃあそのスタイルというか仕組みでやっていく中で、
営業で結果を残していくみたいな、
失敗も時にしながらみたいな感じでやっていって。
その後マーケティングを勉強した時に、
ああこういうことかっていうのは、
そっから今度、今までは感覚的にやってましたけど、
それからは今度は論理的に、
ああなるほど、であれば形式値にして、
今度は誰かに引き継ぐことができる。
今までだったらさっき言った、
私の先輩は見て盗むのが完全に暗黙値ですよね。
それで盗んでたんですけど、
私はそのマーケティングを学んだことによって、
暗黙値を形式値として後輩たちに、
部下とかにも教えてあげるというのができるようになってきましたよね。
そっかそっか。
そこで我が妻さんの中で自分で言語を形式値にして、
そこでやっぱりみんなに広がれば、
それはそれで会社としても良い形になる。
そうですね。
営業をずっとやられて、どっかにまた転換していくというか。
営業の次ね、別にこれ言ってみればいいですけど、
上と見解しないですよ。
そうなんですね。
その当時営業部長でしたけど、
やり方が上の事業部長と合わなくて、
やり合ったら出されちゃったんですよね。
あら、出されるっていうのは?
追い出されたんです。
追い出されたんですか?
経営企画部に行きましたね。
そうなんですね。
経営企画部の部長というか、
その上に役員はいたんで、
一応部長ではありましたけど、経営企画に行きましたね。
経営企画というと全然でもないかもしれないけど、
違うじゃないですか。
そうですね。
そこはやったことはないというか。
それは教えてもらって。
教えてもらいながら、経営企画。
ですから財務の見方とか、財務書表を作ったりとか、
毎月の業績を確認したりとか、
というのはそこで。
だから会社の経営というのはそこで学びましたね。
そっか、それまでは経営ということまでは言えてるか。
言えてないです。完全に営業のことしか知らなかったですね。
そっか、じゃあそこで経営みたいなものを学んで、
経営ってこういうものだなんていうことが。
そうですね。
企画ってなると、企画もしていくんですか?
経営戦略なんか作ったり。
ただその当時の経営戦略って言ったって、
当たり前のような内容でしかないんで、
もう本当にその辺に転がってるような、
当たり前のことを形にするようなぐらいですから、
言うほどの企画ではなかったですけどね。
ただ会社の経営の仕組みっていうのは分かりましたね。
財務書の読み方なんかもその時に大体覚えて。
実際経営企画やってみてどうでした?
経営企画というもの自体は。
その時は大したことないと思いましたね。
単純に雑用ばかりですよ、その当時の経営企画は。
そうなんですか。
経営企画部として戦略を作って、
各部に提案するとかそういうんじゃなくて、
各部から上がってきた戦略をただまとめて、
ひとつの資料にして、
ステークホルダーというか銀行とかそういったところに
提案書を作るっていうだけの作業ですから、
そんなにその当時の経営企画は大した問題はなかったと思いますね。
今は違います?経営企画。
今は経営企画はなくしましたけど、ありませんけど、
専門部署はないですけど、でも今は違うようにしてます。
価値のあるような、本当の経営企画、戦略を練る部署の人。
都備職の父親が廃業したことをきっかけに、
現在の仕事に中途入社をされた和勝さん。
営業、経営企画と新たな部門に行くとともに、
会社全体を見渡せるようになっていく。
さらにお話を伺っていきます。
経営企画をやられて、また次っていうのがあるんですか?
次は管理部長。
管理部長。
管理部長の前に営業に戻ったのか。
またそこの経営企画の上の人間と喧嘩して。
やり方をちょっと合わなくて。
そしたら今度は仙台から東京に転勤してきてたんですけど、
仙台に逆端審査されちゃったんですよ。
あらら、そうなんですね。
家族はもう仙台からこっちに来てたんですけど、
でも私だけ仙台。
その時ちょっと仙台業績悪かったんですよね。
名目上は立て直しに行けっていうことで出されて、
その時に東日本大震災が来たのかな。
そうなんですね。
東日本大震災の時が終わって、逆に業績は良かったんですよね。
要するに改修工事が多いんで、復旧工事であって業績はそこそこ上がったんですよ。
上がったんで、じゃあ戻れってなった時に、
当時の社長が、管理部門がどうしても言われたことしかやらないので、
活性化するためにお前が立て直せってなって、
管理部長でなったんですよね。
今は管理部長っていわゆる総務とか人事とか、あと経理とか、あの辺ですね。
そこはまたやったことはない?
ないないですね。
そこを面倒見るみたいな。
そうですね。
それも勉強してというか、教わってというか。
まあそうですね。教わってというか、まあそうでしょうね。やりながらですよね。
そこに元々いらっしゃる方たちとかと一緒に話しながら、こうやってこうやってみたいな。
ただ、受け入れられなかったんですよね。
初めてそのやつ、あるやつになんか、
お前は、あなたなんか私は受け付けませんみたいなこと言われましたからね。
そうなんですか。
なんでそんな経験もないあなたが私の上に来るんですかって言われましたからね。
じゃあそこはどうにかチームの手で付き合って。
そんなこと言ったってしょうがないんでやりましたけど。
そうですよね。
最初にやったのが、会社規定があって、
まあなるほどダメだなと思ったのが会社規定がもうボロボロだったんですよ。
ボロボロっていうのは。
あの実務と内容が合ってないというか、実態と内容、経営企画のない、会社規定のないのが合ってなくて。
そこのすり合わせで会社規定を全部見直ししたんですよ一人で。
一人で。
3ヶ月くらいかかりましたからね。
それが良かったですよね。
そうなんですね。
それによって会社の状況も見えたっていうか。
そうか。
会社規定を見て、実態はどうなのって調査して現場に行ったりとか調査して、
これ違うよね、こうなってないよねって実際はどうなのっていうのを各部署の人たちでヒアリングしたんで。
そうなんですね。
それでコミュニケーションもできるじゃないですか。
そうですね。
今まで工場の人とかと付き合いなかったので。
そういうのもやって。
そっか。
それが良かったですね。
じゃあお一人とちゃんと打ち合わせがそこで。
結構やりましたよね。
そうなんですね。
それはやっぱり和勝さんがこれやらなきゃなって思って、そこに手を入れてって。
そうですよね。
結果としてそれがみんなとちゃんとお話しするという。
いやそれもたまたまなんですよね。
そっか。
たまたま会社規定をやってみたらそうだったっていうだけで。
それがハマって良かったですねそれはね。
おかげでさっき言った経営企画に行って財務とか金の回り方が見えて。
管理部に行って会社全体が見えたんですよね。
いろんな部署を経験。
そこに配属はされてないんですけど工場の実態なんかも全部見えてきたので。
それも良かったですよね。
あとコミュニケーション取れたんでみんな私のこと知ってるわけですね。
そうですよね。
毎週巡回もしてましたんである各工場でお互いに声掛け合えるぐらいになりましたんでねその時はね。
ほんとコツコツ皆さんとお話しながら関係地を築いていって。
そうですね。
それまでもやっぱり営業されて経営企画とかいろいろ回って会社というもの自体がすごくよく分かるというか。
たぶん一番分かったんじゃないですかね。
結果的にね。
人によってはずっと一つの部署にいらっしゃる方も当然いるでしょうし。
そこはプロフェッショナルであるでしょうけど。
やっぱり全体見るってなるとちょっと話が違うでしょうから。
そっかそっか。
で、その先というか管理して。
今度は事業部という形で。
今の会社、今の会社実は7年前になるからもう分社化してるんですよ。
はいはい。
その当時はまだ分社化してなかったんで。
今の会社の事業は事業部だったんですよね。
そうなんですね。
で、その事業部がちょっと私が管理部にいるときはちょっと業績が悪くなってて。
やっぱ立て直せってなって。
で、我が妻戻れってなって。
で、事業部長になったんですよ。
はいはいはい。
で、事業部長になって。
あとそのまま執行役員になって。
CEOになって。
で、取締役のCEOになったのか。
で、社長になったような感じですね。
もともとそういう感じでいろんなところに行けって言ってやっていく中で。
今は代表といらっしゃる中で。
なりたかったみたいなのはあったんですか?
ないですよ、全然。
全然ないんですか?
ないですね。
じゃあやれって言われて、じゃあやりますみたいな。
そうですね。
仕事で営業だってやりたくてやったわけじゃないですかね。
そうか。
そうですね。
でもちゃんとやれって言われて、そこでちゃんと結果出すとか一生懸命やって。
そうですね。
その場その場でやらざるを得ないのが結果的に良い方に転まってる感じですよね。
そうか。
今は一応トップというか、前の方にやれって言われてというか。
結局お前しかいないからやれですからね。
そういう感じなんですね。
やっぱり今は代表として見える景色みたいなのは違いますか?
いつと?
それまでの仕事してきた中。
実際には違うんだろうけど、
先程言ったエリアというか大きさというのが最初は営業しか見えなかったのが、
今度経営企画でまた見える部分が増えて、
さらに管理部でもっと増える部分が増えて、
事業部長になって増えてという感じですから、
間違いなく見えるものは違っては来てるんですけど、
視点が変わったという意味はあまり意識はないですけどね。
それぞれの部署における若妻さんの経験値というか、
それぞれは分かっているというか見えているというところと、
それらを当課として俯瞰するみたいな立場になると、
やっぱり実際にそこに行って現場を動かすわけじゃないでしょうか。
それぞれに指示を出してというか、
それはもう分かっているからできるという。
そうですね。
ただね、いろいろやっぱりあって、
立て直しで来た時に業績が悪かったので、
その理由が、やっぱり能動的に動くのがいなかったんですよね。
なかなか言われたことしかやらない人が多くて、
これじゃ業績悪くなるわなというのも思ってて、
なんとか一人一人を自立させて動かそうと思ったんですけど、
なかなか、3年でなんとかしろと言われたので、
このままだったら無理だなと思って、
どっかでスイッチ入っちゃって、トップダウンで動かし始めたんですよね。
尾崎さんがそうやったんですね。
もう待ってられないので、全部指示を出し始めて、
皮肉にも業績上がり始めたんですよ。
そこは上がるんですね。
上がりましたね。
だから動かないものを動かしたので、
能力がないわけじゃなくて、
単に動かす人間がいなかっただけなので、
私が指示を出し始めたら回り始めて、
業績が良くなり始めたんですよ。
3年経たずに業績良くなって、
調子に乗っちゃったんですよね。
そのままトップダウン続けちゃったんですよ。
業績戻ったところで、下に任せれば良かったのに、
業績が良いっていうのに、私も勘違いしちゃったんですよね。
それでそのままやっちゃって、
ただ良かったのが、その時にコロナが来たんですよ。
そのタイミングですね。
あの時4月くらいになったのかな。
4月は業績そんな悪くなったんですけど、
5月で赤字になって、
売上で2割くらい落ちましたよね。
2割落ちたらやっぱり赤字になっちゃうんで、
やっと困ったなってなった時に、
実は当時コロナが来る前に、
3年計画でコストダウン計画ってのを作ってたんですよ。
3年でやろうなって言ってる間にコロナが来たんですけど、
それをみんなにやらなくちゃいけないって話をしたら、
今まで能動的に動かなかった連中が、
やっぱりコロナが目の前にあるので、
私じゃなくてコロナが怖いじゃないですか。
今までは私が怖くていいと思ってた人たちが、
今度はコロナが怖いじゃないですか。
下手したら会社潰れてしまうので、必死ですよね。
私は言わなくても、その3年計画を3ヶ月でやったんですよ。
そうなんですね。
結果的に。
そしたら黒字体質に。
だから売上が2割落ちても黒字なわけですよ。
でも実際に売上が上がっていったんで、
さらにそれは利益が増え始めて、
いいなって感じになって、
ますます私は勘違いしたんですよね。
トップダウンやり方を。
ますます良くなっちゃったんで。
ある時に社員からクレームが来て、
我が妻がトップダウンをついていけないみたいな。
そういうのがあって、
あっと気づいて、
ボトルネックは誰でもないあなたです、
みたいな感じのメッセージまで来てね。
わぁ、わぁわぁわぁ。
そして、自分が思うほど社員はこっちを思ってなかったなっていうのと、
自分自身がちょっと周りを見失ってたなっていうのがあって、
それまではこの会社のそばに住んでましたけど、
引けがらったんですよ。
それが理由でみたいな。
そうなんですね。
今までは何かあったらすぐ会社に行く。
だから誰よりも一番最初に会社に来ていて、
誰よりも最後に帰ったパターンだったんですけど、
それをわざと家族のいる方に戻って、
会社に来ないといけないんですよ。
基本的にはもう会社に来ない。
要所の会員とか出ますけど、
できるだけ私はもう顔を出さないし、
グループやなんかにも基本的にはコメントを入れない。
前はもうバンバンコメント入れたんですよ。
あれしよう、これしろってしよう、
私が全部指示出してたんで、
それをもう出さないって感じで、
それ1年やったかな。
それで1年、
そういうふうに距離を置いたことによって見えましたね、ある程度ね。
そうなんですね。
自分のおかしいところ。
あと社員が言っていることも、
正しいものもあれば正しくないものもあるので、
その辺は判断して、
これが正しいやり方かなっていうのをいろいろ考えて、
次のステップっていうのを今やり始めてで、
今2年目くらいかな。
そっか、今それが現在地として。
そうですね。
じゃあどうですか、今はそれでやって。
今、国内100人の社員いるんですけど、
ベトナムは今350人くらいいるのかな。
ベトナムはとりあえず置いておいて、
日本のその100人の社員のうちの2,6人じゃないですけど、
20人は私の気持ちというか考えを分かって動いてくれる。
それがイコール、マネージャーといいますか、
それにプラスアルファの次の2,6の6がどれだけ経営に
意識を向けてもらえるかなというのが今取り組んでいて、
だいぶ違ってきましたね。
そうなんですね。
逆に足を引っ張るような最後の2,6,2の2というか、
それにすら入らないような人たちはやめてきましたね。
そっか。
その時に年間退職者100人いる社員のうち10人くらい辞めたんじゃないかな。
それ結構大きいですね。
でも去年とか今年ゼロですよ。
そうなんですね。
むしろ去年なんか3人帰ってきてますよ。
そうなんですね。一回出た方がまた帰ってきて。
アルム内で。
アルム内で。そうなんですね。
自然退職はありますけどね。定年とかそういうのはありますけど、
普通に個人的な理由で辞めるという人は今ほとんどいないですよね。
じゃあちゃんとそこは一応見直して形が、体制が整ってきたみたいな感じに判断できる。
ただ油断はできないですけどね。
そうですよね。
潜在的にそういう人たちはいるでしょうから。
今ね、転職を考えている人たちが。
それはまあちょっといろいろ見直していかなくちゃいけないと思いますけどね。
そっか。
じゃあ今もそんなには来ないみたいな感じ。
そうですね。
たまに来てるというか。
必要なときは来ますけど、できるだけ顔は見せないように。
じゃないと、今でもやっぱりちょっと私の顔色を見る人がいますので。
やっぱりそう簡単には取れない。
まあそうですよね。一回そうなってると。
そうなんですね。
じゃないと自分で考えないで私に投げてくるのもいるし。
そうか。
ですからできるだけ自分で考えろというふうにはしてますけどね。
やっぱりあれですか、顔色見るみたいなのは分かるもんですね。
分かりますよ。
そんなつもりはないのかも分からないけど。
いや、機嫌を見れば分かりますよね。
ちゃんと自分で考えれば早く結論出しますよ。
そっかそっか。
ですからダラダラ、もう何日までにやれって言ったやつで、
何日までに出すやつは、その機嫌ギリギリに出すやつはやっぱりそういうのはありません。
そっかそっか。
あんまりそういった自己責任は薄いですよね。
そりゃ。
そうですよね。やっぱりその人を見るというか、管理するというか経営ですから、
そこの難しさみたいなものがずっと当然無くなりはしないでしょうけど。
それが一番難しいですよね。
所詮私が動かすわけじゃないので、最終的にはね。
そういう人たちをどれだけ作れるか。
前は私は100人いる社員を100人何とかしようと思った時があって。
ほいほいほい。
ですから経営理念勉強会っていうのも年に2回やって、
全社員に向けて10人単位ぐらいでずっとやって、1時間ぐらいかけてやって、
伝えようとかして、手のいい洗脳ですよね。
そうか。
しようと思ったんですけど無理ですね。
それでさっき言ったいろいろクレームがしたんで、
その場ではみんな素晴らしいですねとかね、経営理念いいですねとかって言ってくれましたけど、
陰で何言ってたかわからないですね。
そうですよね。
あれは社長のキレイごとでしょうみたいなね。
そういうのはなかなか民員には入りづらいというか。
でもそれって当たり前だなと思って。
でもその時は私は当たり前だと思わなかったんですよ。
そういう時の。
全員ね、全員理解させようって意地でもそうやってたんで。
そうじゃなくて後になって思えば、それはもう割り切りましょうと。
住人に話して2人でもいいから理解してくれれば同じだなっていうのが今はそのスタイルですね。
そうなんですね。
やっぱりそうやってやっていくと変わったなみたいな人も出てくる?
出てきますね。それが本当に出てきます。
出てくるんですね。
頼もしいなって思いますね。
そうか。最初はそうでも見えなかったのにだんだんそうやってやっていく。
ありますね。
それはすごい嬉しいですね。
嬉しいですね。
あと変わらない人も見えてきますけどね。
そうか。逆にそれもそうですよね。
それはただ前は何とか変えようとしたんですけど、それはいい意味でほっぽり投げてます。
下手にそれに足ろっこをしろと言ってもしょうがないので。
そっか。
それは変わってくれるタイミングを待つしかないなと思って。
そうか。何がきっかけになるかわからないじゃないですか。
わかんないですね。
ある時すごい目が輝く社員さんもいるかもしれないですね。
だから何かチャンスだけ与えておくようにしてますけどね。
見ないようにしようっていうのは何もしないんじゃなくてチャンスを与えます。
で、チャンスを与えてやるかやらないか本人次第ですよね。
前はチャンスを与えてやれって言ってましたよね。
そうですよね。
強制的にね。
そっか。
無理に言いさせてましたけど、今はそうじゃないですよね。
そしてまた今はそうやってやっていく中で、また先では変わってもいく可能性はありますよね。
ありますよね。
262みたいなところも、下の人たちが例えば辞めましたとか、また上の人が降りてきたりとか。
逆もしっかりで上がっていく人もいるでしょうし。
どうなるかというと、うちは年交渉率じゃないので。
そうなんですね。
もうやったらやっただけあげるし、やらなかったら微増しかしないっていうのがあるんですよね。
低昇ぐらいしかないので、休養もですね。
で、やったらボンとあげていいよって話してるんで。
まあその辺で結構バランスは変わってますよね。
今までの上司が部下になったりとかね。
実際私もそういうの結構ありましたんで。
そうか。
じゃあその辺はもうやる気というか。
会社規定を見直したことで会社全体を見ることができ、それが良かったとおっしゃる和勝さん。
以前はトップダウン型でしたが、今はチャンスを与え、社員の皆さんがどう自律的に行動するか。
そんな形で経営に当たっているそうです。
そんな和勝さんの好きなことなどのお話については、次回さらに伺っていきます。