今回は、キャンパスソーシャルワーカー・高梨美代子さんにお話を伺いました。淑徳大学で学生たちの悩みに向き合い、個人と環境
の調整役として支援にあたる高梨さん。まずはそのお仕事の内容についてから伺いました。
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サマリー
今回の「ゆいなわさんの聞く人ラジオ」では、淑徳大学でキャンパスソーシャルワーカーを務める髙梨美代子さんをゲストに迎え、その仕事内容やこれまでのキャリアについて深く掘り下げました。髙梨さんは、大学生が抱える様々な悩みに寄り添い、個人と環境の調整役として、学生がより良く生きられるようサポートを提供しています。一日に5、6人の学生が相談に訪れるという多忙な日々を送る中で、髙梨さんはカウンセリング技術も用いながら、学生自身が抱える問題の本質を見つけ出す手助けをしています。 髙梨さんのキャリアは、病院でのソーシャルワーカーから始まり、地域づくり、そして大学での教育・支援へと多岐にわたります。大学卒業後すぐにソーシャルワーカーとしてのキャリアをスタートさせ、10年近く病院で勤務した後、地域福祉に関心を持ち社会福祉協議会で地域づくりに携わりました。その後、大学院で学びながら非常勤講師を務め、その経験が現在のキャンパスソーシャルワーカーという職に繋がっています。自身のキャリアを「出会い」と語る髙梨さんは、予備校の先生との出会いをきっかけに社会福祉の道に進み、大学では日本の福祉制度の礎を築いたような著名な先生方から影響を受けました。 今後の展望として、髙梨さんは博士論文の執筆を目標に掲げており、自身の経験や学びを形にしたいと考えています。また、子育てが一段落するタイミングも見据え、自身のキャリアをさらに発展させていく意欲を示しています。相談者自身が答えを持っているという信念のもと、学生一人ひとりに寄り添い、その可能性を引き出す髙梨さんの活動は、多くの人々に希望を与えています。番組は次回に続きます。
キャンパスソーシャルワーカーの仕事内容
ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は、キャンパスソーシャルワーカー・髙梨美代子さんにお話を伺いました。
宿徳大学で学生たちの悩みに向き合い、個人と環境の調整役として支援にあたる髙梨さん。
まずは、そのお仕事の内容についてから伺いました。
髙梨美代子さんは、お仕事は何ですか?
仕事は、現在、宿徳大学のキャンパスソーシャルワーカーをしています。
キャンパスソーシャルワーカーというのは、あまり聞いたことがないというか、なじみがないんですか?
ないですよね。
どんな仕事ですか?
大学生が自分のことを悩み出す時期でもあるので、その悩みに関して整理・整頓したり、
悩みが他の人との関係性だったりとか、他の周りに何かサポートしてもらえれば解決できるものであれば、サポートの体制を整えてあげるというお仕事をしています。
そういうことですね。キャンパスって名前がついてるってことから、大学においてキャンパスにおいてそういうことをしてるよ、みたいな。
ソーシャルワーカーと言えばソーシャルワーカー。
ソーシャルワーカーって何?
簡単に言えば、個人と環境の調整役です。
人によっては科学していますって言うけど、本人がどんなことに悩んでて、それこそ生活の生きづらさもあれば、こんな生活したいなっていう。
その生活に合わせて、ニーズに合わせて、周りでどんなふうなサポートができるのかっていうのの調整をするっていう。
じゃあそれは来た学生さん、今キャンパスにおいて来た学生さんによってそれぞれ当然違うというか。
全然違いますよね。
全然違いますよね。それに対して一応最初は対話してみたいなお話聞いて、その上でこういう方法を探っていくというか、その人がより良くなるような。
そうですね。
結構いらっしゃいます?
結構毎日のように。
毎日のように来るんだ。
毎日のように5、6人来ます。
5、6人来るの?
そんなにみんな悩んでるというか。
悩んでるというか、定期的に修学に向けてどんなプログラムが必要かっていう偏見にも来るので。
そっかそっか、リピートするみたいな。
リピートもあるので。
そっか、初めての人ばかりじゃなくて、確かにでもそれはわかります。
じゃあ結構来て。
来てお話しして、じゃあ整理しましょうかって言って帰っていくという。
だからカウンセリングでも同じようにやるんだけど、カウンセリング技術も使うんですけど、ただ学生さんが持っているのをまず整理をするっていうのが大事なので、整理してあげるっていう。
そうか。整理するっていうのはまずじゃあ、初めて来ましたよろしくお願いしますって言って、どういう感じでやっていくんですか?聞くんですかひたすら。
ひたすら聞きますけど、ポイントがあるのでやっぱり。
その学生さんが本当に何に困っているのかとか、語りって全部を語ってるわけじゃなかったりするので、
その背景がどんなことがあるのかを、こちらがこんな背景があるのどうなのっていうのは聞いていかなきゃいけないので、合わせて聞いてあげて、
ご本人が何を困っているのかっていう困り感だったりとか、あと困ってなくてもいいから、何か手探りのもので技術じゃないけど力を蓄えていけるようなものがあるかなっていうのを一緒に探っていく作業になる。
そういうことですね。それによってまだ悩みとか課題も人それぞれでしょうけど、まだボワンとしてたりとか漠然としてる人も。
いっぱいいる。
学生さんだと結構そんな気がするんだけど、手立てもよくわかんないし、果たしてそれが本当に悩みなのかみたいな。
それは対話していく中で、その真のところが見つかっていくみたいな。
見つけていくのは学生が見つけていく。
そうですね。その人なりに。それに導いていくみたいな。
そういうことですね。結構聞く人ってやってることも、僕は結構力の感じがする中で聞いてるってことですから。
木戸隆さんはそれをちゃんと勉強されてやってるわけですよね。
そうですね。
ソーシャルワーカーとしてのキャリア形成
どれくらいやってるんですか、ソーシャルワーカー的には。
ソーシャルワーカーは大学卒業後なので。
すぐ?
すぐ、すぐつきました。
私は病院に最初勤めたので、病院のソーシャルワーカーをして。
そうなんだ。
はいはいはい。
ソーシャルワーカーはどの学校やってるんですか。
10年近くやってて、でも病院の方で病気になるっていうことが大変なことが。
あと病気から回復された方が来てくれて嬉しくなったりとか。
その中で地域で生活するっていうことにちょっと興味関心が出てきて、
一旦病院を辞めて、地域づくりをしたくなって。
あったかい地域をどう作るかみたいなのがあって、
社会福祉協議会というところに入って、地域づくりを5年近くやらせていただいて、
そのときに個別の対面の、それこそ聞くだけではなくて、
社会福祉協議会と行政が一体になってプログラムを作るっていうのをやっていたので、
しかも国のモデル事業であったから、ここはしっかりやろう。
地域の方々がどんな生活の困り感があって、
こんなふうになりたいなもあるから、それを引き出して、
じゃあプログラムみんなで作ってみて、一緒に活動してみたいなのをやって、
それが政策にどんどん乗っていくのも見ていったので。
政策に乗っていくんですか。
国のモデル事業だったのと、たまたまそこに応援に来てくださった先生が、
地域福祉を推進されている先生とか、私の恩師なんですけど、
恩師と一緒にやらせていただいて。
それは地域の方でやられてて、恩師に出会う。
そこで。
その恩師の方と一緒に地域のということをやっていた。
ちなみに恩師は大学の恩師なんです。
じゃあもともと知っている方で。
そういうことか。
たまたま私が入ったところに先生がアドバイザーで来ていたって。
あれって感じ?
あれって感じですよ。
徳永さんが先生になって。
久しぶりです。
今こういうことやっててみたいな。
で一緒に。
一緒に。
面白いね。
出会いです。
地域ってどこ?
鴨川。
鴨川。そうなんですね。
鴨川でそういうことをやってて、あの辺り住んでっていう。
鴨川に住んで?
住んでたら実家に住んで。
立山から通って。
そこでしばらくそうやって。
それからまた今変わってるじゃないですか。
その後。
その後ちょっと行政の方で総合相談窓口を作るという話になって。
また国のモデル授業をやるっていう話になって。
お手伝いしてくださいということがあったので。
じゃあ一緒になってやりますみたいな感じでやらせていただいてる間に
大学院に通いたくなりまして。
通いたくなった。
それは何の方向の大学院ですか?
それこそ今の職徳大学なんですけど。
大学院にその大学時代の恩師が特任でいらっしゃってて。
先生になりたくて。
そういうことね。
まさに恩師先生にちゃんと習いたい。
ですとすると大学院に行くっていうか。
本当は違う大学に本席が持っている先生だったんですけど。
通いきれないって騒いで。
子育て中だと。
そっかお子さんいらっしゃるから。
無理だって言って先生そこで教えてもらえませんかって言ったら
大学院でも講座を持っているから一緒にやるかって言ってくださって。
もちろん大学院の恩師もいるのでお二人がちゃんと話し合ってくださって。
じゃあお二人で見てくれるみたいな。
すごい。
なんか特別な感じですね。
特別感です。
ありがたいと思って。
そこで大学院に通って。
仕事しながら大学院通って子育てをして。
一番大変だったでしょうね。
めちゃくちゃ大変で。
皆さんコロナでオンラインとかやって大変だって言ってたじゃないですか。
そんなの私なんかもう。
その頃ですか?
手前の段階で子供を子育て中にパソコンをやってると子供が来て邪魔したりとか。
怒られちゃう邪魔したりって言うとあれですけど。
でもその中でも全部やらせてもらえたんで。
子供たちには感謝してくれるし、親にも感謝してくれる。
そっかそっか。
じゃあそれで学びをして、大学院学んで。
そこしてるうちに大学院で学んでいたので、大学生教えないかっていう話があって。
じゃあせっかくなので教えますということで、非常勤の講師をさせていただいて機会が出てきたんです。
すごい。
何を教えるんですか?
最初やってたのはそれこそソーシャルワークを教えるっていうことなんですけど、
対人炎上をどうするかっていうことですね。
話を聞いて整理をして、本人の背景をどのように見ていくのかみたいなのを学生と一緒にやるっていうのからスタートして。
講師してるといろんなところからまたいろんな講師やりませんかっていう話があって。
私は医療の現場にもいたので看護学校。
そっかそっか。
社会保障制度を教えてくださいとか。
ちゃんと今までやってたことが繋がって、教えるところまで来て。
なるほど。
で、そしたらその流れで今はこの祝福大学のキャンパスソーシャルワーカーになっていくみたいな。
そうですね。
紹介されてみたいな。
私も研究職、大学というと研究もやる。
もうやらなきゃいけない時間。やらなきゃいけないんですけど、
研究というよりも自分はやっぱり支援、直接支援大好きなので、
今までやったのをもう一回ちゃんと若者支援を捉えて、
そういう意味で実践やりながら研究をしたいというふうに思ってきて。
で、ちょうどやりたいなって思ってた時に、キャンパスソーシャルワーカーが辞めるんだって話になって、
私にやらしてください!
ちょうどそこ。
ちょうど思ってた時に来たから、やらしてくださいって思って。
それで今、去年から。
教育者としての側面と現在の活動
今パーッと聞きましたけど、タイミングタイミングでいい出会いとか、
次のお話があって、そこに行ってる感じ。
そうなんです。ありがたい。
そうですね。
ありがたいです。
ありがたいですね。
それはやっぱりそれぞれの現場でちゃんとやってるから、
ちゃんと仕事してないと、あの人にはちょっとってなっちゃうわけじゃないですか。
でもそれはちゃんと実績というか、ちゃんと高梨さんだったらお願いできるみたいなことは多分あるからだと思うんですけど、
でもそういう感じで。
今はじゃあ教えてはいないの?
今はちょっと契約上教えちゃいけないというか、いろんな立場があるんですけど、
ただ、大学の中で今、例えば障害者の方も大学に来られることがあったりとか、
あとその他の学生さんもいろんな悩みを見て、健康、ウェルネスじゃないですけど、
そういうのもあるので、そういった健康、ウェルネスのところの教えるっていうタイミングも作ってくださって、
なので、大学の先生とか教職員ですね。
そういう方々に教える機会を作って。
それもすごいな。
いただいて、そういう方はやっている。
やっぱり実践ばっかりやってると、それを整理するっていう機会がなくなっちゃうので、
そういう皆さんの前でお話しする機会があるとまとめるので、
そうですよね。
なのでそれをぐるぐる回して。
理想的な感じですね。
自分の中にいた現場で実践地が入ってくるのと、
そうやってみんなに教えるということで体をぐるっと通るじゃないですか。
教えて、それがまた身になって、それが次のまた仕事に繋がっていくみたいな。
めっちゃいいですね。
めっちゃいいです。ありがたい。
ありがたいね。
ありがたいんですよ。私を活かしていただいてありがたい。
たぶんそれは5年前、10年前だったらできなかったかもしれないけど、
やっぱり今のタイミングだからやってくるお話だったり。
そういうことです。
それでできる。やっていく中で自分の学びにもなって、
次の景色が見えてきてみたいな。
そうですか。またね。
めっちゃありがたいです。
社会福祉の道へ進んだきっかけ
毎日5、6人の学生が相談に訪れるという高梨さん。
病院でのソーシャルワーカーから地域づくり、
そして大学へと出会いを重ねながらキャリアを紡いでこられたそうです。
大学院に通いながら非常勤講師も務め、
その経験が今の仕事につながっているとのこと。
そしてこれまでの歩みについてさらに伺っていきます。
もともとソーシャルワーカー病院に最初勤められたっていうのは、
大学で学んでたことからもつながってる感じですか?
つながってる。
大学何を?
社会福祉。
社会福祉を大学で勉強されていた。
もともと社会福祉をやろうと思って大学に行った?
これも出会いがあって、私は全て出会いでやってたんですけど、
うちの祖父が亡くなった時に、
もうちょっと祖父が豊かに生活できたんじゃないかっていう、
ちょっと私の中の反省があって、
その反省の中で、
そういうためには基盤となる行政に入ろうかなと思って、
工学部を目指してたんですよ。最初。
だけど失敗しまして。
それが良かった。逆に良くて、良い方向に向かってくれて、
予備校に行った先生が、
アドラン研究されている審議の先生がいて、
その人が、私の母校である日本社会事業大学という大学を紹介してくださって、
何の大学なんだか全然わからないまま、ちょっと受験しちゃったんですね。
そうなのね。わからずのまま。
社会福祉の大学なんだぐらい。
もやっとそこは。
それで受けて。
受けて受かったから行こうってなったんです。
その段階では大学でこういうことをするというのはあんまりわかっていない。
社会福祉というのはわかるけど、
分かってるぐらいな感じ。
で、社会福祉に入った理由も、
祖父がとの関係性の中で、ちょっと大事にできなかった時があって、
その反省がすごい残っていたから、
やっぱりみんなで支えるじゃないけど、
そういうものがある社会いいなと思っていたから、
その話を予備校の先生にしたら、そこを紹介されたから、
言うがままに入ったみたいだったんで。
予備校の先生が言わなければ今の道はなかった。
全くないね。
そうか。それがきっかけになった。
受けてみて、一番最初の2月1日だったの。早かったの。
試験がね。
だから、早く受かったか分かってたらいいや。
もうそれで決めて。
本当は工学部を目指したの。あれ?とか思ってて。
そこで社会福祉という扉があって。
扉が開いて、そこに飛び込んでも行こうと思って行ったら、
実は日本社会事業大学という大学は、
日本のGHQが入って開いた大学なんですよ。
そうなんですね。
純国立という変わった大学で、
私立でもなく厚生労働省管轄の大学だったんですよ。
そうなんだ。はいはい。
入って来たっていう、ひどい人だね。
すごいひどい人だったよ。
それで分かって。
分かって入ったら、先生方がすごい方ばかりで、
それこそ介護保険を作ったりとか。
そういう方が。
地域福祉という分野を切り開いた先生がいたりとか。
あと精神保険福祉士が、
ちょうど私が在学学中の法制度で作られたんですけど、
そういうのを作っている最中で。
そういうところの人たちが。
そうなんですが、制作場面のすごい方々がいらっしゃってて。
そうか。
そうなんです。今思えばすごい贅沢だったんで。
そうだよね。
大学時代何も考えてないから、
勉強してないもんで、
そんなすごい人がそこに目の前にいるとは全然知らず。
入ってみて初めて、すごい。
そっかそっか。
そこで目覚めたというか、
学んでて、社会福祉という道を。
入る前はそんなに社会福祉って言ってもそんなに?
そんなにって思ってて。
今はもうどっぷり。
どっぷり道。
人生がそれですよね。
そうなんだ。
ちょうど精神保険福祉士を作る時に入ったというか、
浪人してよかったなと思ってて、私はなんと。
なぜかというと、浪人したからこそ第1回生で受けられたんですよ。
そうなんだ。
大学生で受けられる大学が3つしかない中の1つで、
ちょうど4年生で受けられたんですよ。
そうなんだ。
そう。
ちょうどいいタイミング。
ちょうどいいタイミング。
浪人しなかったら受けられなかった。
受けられなかった。
そっか。
法制度化する最中の方々が先生にいて、
私の大好きな先生が、女性の先生がいて、
そこの施設とかでも施設を運営されている先生だったので、
そこでもアルバイトさせていただいて、
いろんなことを学ばれてきて。
すごい。
本当に出会いというか予備校行ってなかったら大切だね。
もう逆に予備校行っててよかったみたいになってしまう。
そうなんだ。
例えば中学高校の時にはすごく描いてた感じではないけど、
大学入ってからそういうのが開かれていって、
そこから出会いとともに今になっている。
なるほどね。
出会いしかないって感じ。
でもそれでちゃんとありがたいよね。
今後の展望とキャリアプラン
ありがたいんですよ。
今は大学にお仕事として通いながらお仕事されて、
何か先でこうしていきたいとかっていうのはあるんですか。
先でこうしていきたいはあって。
あるんですね。
あって、ひとまず自分の中でもう一回論文を書きたいっていうのは。
論文を書きたい。
もう一回ってことは前も何回か書いたり。
大学院には行っているので、
博士課程は行っていないので、
ちゃんと博士として論文を1個出したいが夢なんです。
そうなんですね。
なのでそこをやりたいなと思っていて。
それこそ2年構想ばっかりなんですけど。
2年構想でちょっと論文1個書こうかなと思っていて、
その論文でちゃんと認められたら教員に戻るかまた自衛にするかを今悩んでいる最中です。
そういうことですね。
じゃあまず手前には論文。
論文。
何書くかあるんですか。
もうあります。
あるんだ。
あとはちゃんと書くだけ。
時間かけて書くだけ。
そっか。
なるほどね。
でもそれは見えてるんであれはね。
そう。
へー。
そうか。
やりたいなと思って。
なるほどね。
はい。
でも2年かけてやる感じ。
うん。
ちょっと私自身が不器用なので実は。
実は。
はい。
そうなんですね。
不器用なのでちょっと1個ずつやりたいなというのもあるし、
あと子育てがもうあと2年で終わるっていう段階なので、
もうちょっと子どもたちと対話しないといけなかったなって反省のもと。
そうか。
お子さんは今おいくつなんですか。
言うと怒られちゃうかもしれないから。
分かりました。
もうちょっとで。
もうちょっとであと2年でなんとかなるかなって。
もういい大人と言ったらあれですけど、いい年齢ですもんね。
普通に話していろいろもう社会に理解もされていて。
なんだけど最後はちゃんと対話し、厳しいお母さんだったから。
厳しいお母さんだったんですね。
なのでちょっと違うお母さんにしようかなみたいな。
大人になった時の会話でいいんじゃないかと。
そうかそうか。
それがもう見えてる感じなんですね。
自分でやりたいこともあって。
一応だからもう計画的な部分ではある程度もある感じ。
そう。
すごい。
ちゃんとしてますよね。
中学の同級生なので3年間同じところにいたわけですけど、
当時もちゃんとしてるなとは思ってたんですけど、やっぱりちゃんとしてますよね。
そうなの?
してると思います。
そうなんだ。
僕はどっちかというとちょっと変な感じだと思います。
でもほら、委員長だぜ。
委員長やってましたけど。
高谷さんはちゃんとしっかりしてるというか、
自分の一歩一歩着実にというか、
あんまり変なことしないじゃないですか。
しますか?
変なことっていうのは何かっていう問題はあるんですけど。
それはあります。
私は勝手に自分の中で10年サイクルっていうのがあって、
10年経つといろんな出会いがまたそこで出会うんですよ。
分かんないですけど、これは自分が気にしてるわけでもなく、
だいたい10年。
そうなんだ。
そうするとお話が展開してくるんですよ。
今我々50歳の年齢ですけど、
今どの辺なんですか?
ちょうど今転換期なんですよ。
ちょうど今転換期なんだ。
40歳の時も転換期だったし、30歳の時も転換期。
そうなんだ。
今転換期ですね。
今転換期。
あと2年で転換期なので、
だいたい22歳とか、2がつく。
52歳だと思ってるんだけど。
転換が42歳あたりでいろいろと。
また転換した。
それを見ながら、ここからは2年ぐらい、
今やってることを続けていきつつ、
次のステップにいく感じ。
やることは見えてるわけだから。
もう見えてます。
やるだけみたいな感じ。
きっとやるじゃないですか。
やる。やるよ。
やるよね。
絶対やる。だってもったいないじゃん、人生。
そうですよね。確かに。
やりたいことをやらせてもらえるっていうのは、
恵まれてることで感謝しながらやるしかないので。
いやー、もう素晴らしい。
本当にいつもへこたれて、
もうどうしようって騒いでいると、
だいたい周りの方が気を使って、
こっち来いよって言ってくださるので、
それで動かされてきてたので。
そっかそっか。
それはやっぱり高谷さんの人柄みたいなものもあるんですか?
自分じゃわかんない部分。
多分人柄というより、困った困ったって騒いでる。
あ、困った困ったって騒いでるってことですね。
そういう人です。
そうしたらみんながちょっとしょうがないなみたいな感じで。
それでそれです。
なんかありがとやっていう。
あー、そういうことか。
それで切り開いてきた感じですね。
切り開いてきた感じですね。
ちょっとやばい時は困ったってみんなに。
はい。困ったどうしようどうしようって。
お前はみたいな。
それで困った困ったっていうことに対して、
ちゃんと手を差し伸べてくれる人がいるっていうことがあるわけじゃないですか。
支援の現場でのアプローチと信念
ない時だってあるでしょ。
ない場合もあるじゃないですか。
その時は自分でどうにかしないといけないみたいな感じになる。
困った困ったって騒いでると、ありがたいことに現れてくる。
あー、そうなんだ。
ちょっと俺も騒いでみようかな。
そうですよ。
困ったなーって言ってると来るんですね。
引き寄せるわけですね。
引き寄せるし、あと引き寄せるのもあるかもしれないけど、
かわいそうだなって思うんじゃないですか。
直接その知り合いじゃなくても、その知り合いの知り合いの人とか、
そこにいい人がいて。
あと紹介してくださるんです、ありがたいことに。
紹介も、やっぱおかしな人は紹介したくないじゃないですか。
そこはやっぱり高谷さんがちゃんとしてるからだと思うんですよ。
活動はきちんとしようと思ってるから。
そうですよね。実績ももうだいぶ積み重ねて来られてるわけだから、
じゃあこの人から。
この人に紹介してみなさいって言ってくださって、
その人に会いに行って、だいたい泣きながら困ってるんですって言うと、
しょうがないな。
言ったら逆ソーシャルワークみたいな感じですね。
そうですよ。
いろいろやってますけど、そういう時は泣きながら困ってますって。
そうしたらその相手の方が次を見つけたと。
繋いでくださってってありがたいんですよ。
ありがたい。本当にありがとうございます。
でもそれはいいですよ。さすがその辺は。
ソーシャルワーカーっていうお仕事に戻って聞きたいんですけど、
やっぱりそういう窓口があるよっていうのは、
当然大学とかでは、今キャンパスであれば開かれてるじゃないですか。
でも届いてない人もきっといるじゃないですか。
普通の一般的なソーシャルワーカー、社会生活におけるっていうのもありますよね。
それに知らないから行かないというのは、
機械損失なのかどうなのかわからないけど、
そういうこともある?社会的には。
そうですね。実は今制度が成熟し始めて、
分野ごと、領域ごと、いろんなところで相談窓口はあるんですよ。
なんだけど、相談に行くということ、つまり頼るということが皆さん難しくて、
ちゃんと整理整頓していなければ頼っちゃいけないと思っているのがあって、
ありますよね。
よくわかんないんですって言って相談に来てくだされば、
それなりに整理整頓するのはこちらのお仕事なので。
そこまでの認知がまだないというか、
まだハードルもあるよね。
何したら何かみたいな。
一般的にあんまりそういうのが浸透してないのか、
ちょっと困ったら、わけわかんなくなったら、
もう来ていいんですよみたいな感じに、
もっと社会の人たちになってくれば、もっとそうなっていく。
いくと思うのと、私たちも努力しなくてはいけなくて、
いろんな相談に来たときにきちんと受け止められているのかっていうのがあって、
窓口の人が邪見に事務的に扱う人だってまだまだいるわけですよ。
そうすると勇気持っていったのに、どうにもならなかったということがあるので、
そこはその人の力量が問われちゃうので。
そればっかりは個人に寄っちゃうから、
いくらソーシャルワーカーさんだと言え、なかなか難しいと思いますよ。
どこの分野でもピンキリってあるかもしれないんですけど、
一人でやっててももちろんいいし、
ただそのときに専門職は専門職なりに、
そこでグループを作って自分を見返すということをやっていくということを、
定着させないといけないのかなと。
確かにね。ただ現場でやっているだけじゃなくて、
ちょっと振り返りもしたりとか、お互いで情報シェアしたりとか、
それがまだあまりなっていない感じですかね。
そういう習慣がない人もいる。
そうすると、ちゃんとしている人たちは習慣化されているので、
もうこの先生に相談に行こうとかってなっている大体なんですけど、
そうじゃない方々、ただの方々はどうしても自分の中で処理。
経験値だけで。
そういうことね。それも確かに、
なんだろう、その箱の中にいたらわからないですもんね。
気づけないというか。
別のところに行ったら、実はそんなことがやっているんだってなれば、
でもそこは自分でアップデートしていかなきゃいけない。
それはどこの分野をね。
それも一緒なんだけど。
あと、ただ特殊だなっていつも思っているのは、
相談に行くっていうハードルの高さって人にはあって、
どうしてもこういう、自分のことをしゃべらないといけなくなるので、
プライバシーに触る。触ることで怖いっていう人がいらっしゃるので、
やっぱりそういうところを組んであげないといけないっていう。
そうだね。結構気を使うというよりは気を使う。
めちゃくちゃ言えそうです。
だから第一回目の、一発目に来る相談に来た人は特に気をつけてあげないといけない。
あれだよね、一発目の人にいっぱい当たってるわけだもんね。
やっぱり人全然違うわけじゃないですか。
すぐ入れる人がいれば、本当に壁がある人というか。
いるので、相手だって私たちを見ているので。
ちょっと気をつけながら。
最初の最初はやっぱり一番お互い緊張しているというか。
それを解いていくわけですよね。
ほぐしていく。
なんかします。ほぐす。
僕、聞く人やっていると、ほぐすってことはないんだけど、
言ったらラポール系生徒みたいなことをするじゃないですか。
なんかします。
なんかするというか、こっちが身構えないっていうことかな。
まあそうだよね。それはおっしゃると思う。
それです。緊張は伝わっちゃうので。
そこは大事にはしていて。
かといって、聞かないというわけではないし、
あと、カウンセリングの技術になっちゃうかもしれないけど、
慶長なのか問題解決なのかっていうのもあるので、
来た方がどっちを選択しているのかによって話し方が変えるので。
変えるんだ。
変えますよ。
話し聞きながら、自分の中でスイッチをちょっとこうか、
これはこっちみたいな。
こうかなというのもやっているし、
あと最初から聞いちゃうという手もあるので、
どっちで来ていますかって。
それはお相手によって変えてくる。
変えてくるっていう。
それは大抵それで良い方向に行く?
行きますね。
その整理性、相手を気遣いすぎちゃって、
それも聞かないでスタートしちゃうと、
違う方向に行っちゃうので。
現場のキャリアも長いわけですから、
来た方は高谷さんに相談して、
よくなるというか、そんな感じ。
なったらいいなっていつも思っている。
よくなったかっていうのは分からないから。
聞く人が多くやっていると、話を聞いていて、
僕の相手は別に悩みがあるとかそういう感じでもなくて、
ただ聞いているんだけど、
表情が明るくなったりするんですよ。
そういうのはありますよね。
もちろんあります。
今変わったぞみたいな感じ。
あるよね。
当然、いらっしゃる方は問題、課題、もやもやしているわけだから、
ちょっと最初は曇りがちだっていうのが、
何か開く、光が見えると、あっていう。
やっぱり答えは相手が持っている。
持っている。
それしかないので。
私はお手伝いしているだけで。
そうかそうか。
そういうのを学術として学んでもいるってことですね。
そういうことです。
さっきカウンセリングもそうか。
カウンセリングだけじゃないですよね、そういうのって。
そうですね。
対人のアプローチっていうのもある。
ソーシャルワークのアプローチが15個あるので。
もっと開発しているかもしれないけど。
そうなんだ。
勉強の中では15個出てくる。
そういう人と学んでもらって。
それは何かやっている最中にパターンとして。
これとこれ組み合わせようかなとかっていうのはやっている。
そうなんだ。
それはすごいな。
それ俺も知っておいたほうがいい。
話聞いているので。
そうなんだ。
その学んだものをちょっと当てはめたら、
それにちゃんと当てはまったりとか。
そういう時もあるし、
今日は違うのにしようかなとか、
角度を変えてみようかなっていうのはあるので。
そうか。
それは人によって変える。
そうですよね。
学んだのを実際現場で実践を通すから、
自分の身にも当然ついているし、
もう教えれるぐらいに何かできているっていう感じ。
できてはないんですよね。
できてはないですよね。
やっぱり人って結構難しいからね。
ある程度言われていることを意識しながらはできているっていう程度かな。
そうか。
支援の現場から社会への働きかけ
今実際現場もやって、教える方も論文も書く。
どっちだけって言われたらどっちですか?
何?どっちだけ?
現場か教えるかとか。
今はもう現場に入りたくて入っちゃったから。
今は現場だったね。
でもやっぱりそんな中で、
教えるとまた教えるので違うのね。
今はそう思うとちょうどよくなっていますかね。
本当は多分教えるをもうちょっとやりたいなとは思っていたんだけど、
今のポジションはダメだと言われているから、
じゃあ今はまとめておこうと。
今は自分の中で温めるというか。
温めてきたものを出そうかなとやっと思うようになったので。
それはそういうタイミングってことでしょうね。
ずっと思っていても何なのか。
そこは発信していくというか。
発信していく。
すごい。
私はいつも相手から教わることが多いので、
それを違う人にも見たら一番いいですし、
あと会話しながら笑顔になってくるのが好きだから、
その変化量があるので。
そうですね。
すごい。
面白いです。
人っていろんなものにとらわれているんだなといつも思っています。
そういう話はどういうことですか。
話を聞いていると、本人が持っている、
人に言いたくないものはズバンと言わないんですよ。
なので話の中にポロって出すわけ。
それを取れるかどうかというのが実は一番の勝負で。
そうか。
でも言えたよねっていうのを言いたいんですよ。
共有したいんですよ。
共有すると言っていいんだということに気づいてくれるので、
そこから本人が考え出してどういうふうに解釈するかは本人ですけど、
そこがうまくいければ、
その人が聞いていいんだって言えたっていう自信で歩んでいくので。
その背中を見て、行ってらっしゃいって。
いいですね。
今の仕事妙に尽きるというか、行ってらっしゃいって。
その道に行くわけですもんね。
行ってらっしゃいって。
なるほど。
それを日々されているんですよね。
すごいな、すごい仕事だよな。
でもカウンセリングだけやっててもいけないなって常々思っていて、
カウンセリングも大事なんですけど、
やっぱり社会の仕組みの中で生まれてくるものってたくさんあって、
苦しめられてることもあるし、
そういう不具合を何とかしたいなっていうのはあって、
そういう意味では教授の先生方がいろんな政策の場面に入っているので、
そこできちんとそういった不具合を直していくとか、考え方を直していくとか。
そっかそっか。
だから人が結局作っているものだから、
そこをやっぱり直すだけで考え方が変わるので。
なるほど。時代も変わっていく中で、
時代に合わせてそこをやっていければっていう。
やっていけばいいなと思ってはいる。
なるほどね。
それをやるとすごく大きいよね、話が。
うん。でも、
本当に本来私がすごく尊敬している先生、
そこをずっとやってきた先生方だったので、
本当に第一線で、
人の批判も全部受け止めるっていうか、
受け入れになって受け止めつつ、
でも、必要だからやるんだみたいな。
そういう信念みたいなのを背ですごく動かさせているようにしている。
そうか。その人見ている。
見てきているので、
私はそこまではもう到底たどり着かないんですけど、
とはいえ、何かしら1個でも2個でもできたらいいなとはいつめて思っている。
そういう方が師匠というか先生でいらっしゃることで、
自分の一つの目標なのかになるじゃないですか。
目指すべきはそういう場所みたいな。
危ないと全然違うだろうし、
それによって自分も現場もあるけど大きな視点を持つことができてきたりとか、
制作とか大きな話をしていくみたいなのが自分の中に入ってくるでしょうから、
それをちゃんと視野に入れられるってことでもいいですよね、そこは。
本当はソーシャルワーカーって一流って言われているソーシャルワーカーさん達はみんなそういうのをやっているので。
一流とかなんかあるの?
やっぱりあると思いますよ。
そういうことね。
医者もさんっていろいろありますよね。
やっぱり世の中を無心で変えていくっていうか、
人々の生活に寄り添って変えていくっていうことができる方々ってすごいなって分かっています。
そうかそうか。
たまたま私が出会った先生が本当にそういう方で、
あと教育畑にもいたので、
大学は教育もするので、研究、教育、実践みたいなのがあるので、
教育とは何だっていうのを本で学ばず、花火で感じたっていう。
大事だし貴重ですよね。
貴重な体験させていただいてて、
私何も返せないんだけど。
いやいやいや、何をおっしゃいますか。
もう何も返せないんですけど、
気持ちだけはある。
ちゃんとそれあと実践して次の世代に返していくみたいな。
本当はしなきゃいけないって怒られてるんですよ。
怒られてる。
やらないのかって。
やらないのか。でやりますよね。
やりたいなとは思ってるんですけど、だから研究ちゃんとしろってことなんですけどね。
それも一つにはある。
あるんです。
やりたいこと全部できないですからね。
優先順位があってね。
その優先順位の中で、同時並行的に何本も一応走らせつつ、
今は潜っているように見えても、
2年経ったくらいに、
ちょっと形にしようかなって思いを形にするっていうのをやりたいなと思ってはいる。
そっか。
それはもうぜひぜひして、目に見える形になってくる。
そこにまた人が集まってきたりとかしますからね。
いやーすごい、ちゃんとしてる。
何ちゃんとしてるって何ですか。
何にもちゃんとしてないんですよ。
なんかちゃんとしてるように見えるんですね。
そうそう、中央というからちゃんとしてる。
そうなんですね。
だからそれを、そんなにそれをちゃんとやられてきてるっていう。
白紙として論文を出したいという思いを持ちの高梨さん。
困った困ったと騒いでいると、周囲にいる人が手を差し伸べてくれるのだそう。
そしてお話を聞く際には、答えは相手が持っていると語ります。
多くの方のお話を聞いてきたからこその言葉です。
そして高梨さんのお話は次回に続きます。
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