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#31 / 斜に構えているということに気がつくこと
2026-09-01 11:01

#31 / 斜に構えているということに気がつくこと

建築を学ぶと、なぜか物事をまっすぐ見なくなる。批評性を持てと教わるからかもしれません。でもそうすると、一生懸命やっている人を肯定できなくなる。肯定すると自分を否定することになるから。恥ずかしさを捨てるという話の前に、まず自分が斜に構えていることに気づくこと。そこに気づかないと、一般的な感覚とのズレも分からない。冷笑する側より、冷笑される側のほうがかっこいいという話をしました。


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皆さんこんにちは、マスコットです。 この番組、なまでけんちくは、マーケティングなどの知識を建築設計でどう使えるか、翻訳して考える番組です。
今日のテーマはですね、 斜に構えているということに気がつくことというテーマで話していきたいというふうに思います。
僕はめちゃくちゃ斜に構えて生きてきたし、今もまだ全然その癖は抜けてないんですよね。
で、これはもう学生の時からそうだったからっていうこともあるかもしれないけど、僕はもう建築学生になってからよりそれが一層強くなったんじゃないかなということを思っています。
で、まあ斜に構えるってどういうことかというと、まっすぐに物事を見ないで、実はこういうことが思っているんじゃないかとか、こういう意味があるんじゃないかみたいなところを
考えるみたいなところがあって、今でもね最近ちょっと気づいたのが、事実と解釈って話を昔したんですけども、
事実と解釈を分けて話すとか、分けて理解することってすごく大事だよねっていうことを話しながらもまだ僕はまだ全然分けることはできてないんだけど、
僕の解釈は結構異常だなっていうことにちょっと自分自身気が付いてきて、まあ本当に解釈、偏見、ネタミソネミみたいなのが重なって偉い、
湾曲というかな、明らかにその人は思ってないのに、こう思ってるに違いないみたいなことを考えてしまうような、まあネガティブって部分もあるんだけど、
そういう部分があります。で、それを白書を書けると言うとあれだけど、建築の学科に入って建築を学んでいると、なんであれ、あれなんですかね、
社により構えるようになるんですかね、なんでなんだろうな、その理由が僕にもわからないけど、
建築家たるものは批評性をもって自分の作品、自分が設計した建物を世の中に通っていきなさいっていう考え方がやっぱりどこかにあるので、
だからこそその世の中、批評的に見るって考えていくと、すぐその物事をそのまま見てはいけないというか、
そのまま見てしまうと、批評という対象に持っていくことが難しいからっていうことがあるのかもしれないなと思いますし、
その他にも何か理由があるような気がするんですけど、結構これね、建築家の人とか建築学生は共感してもらえるんじゃないかなと思うんですけど、
なんかまっすぐ見ないんですよね、物事っていう人が多分多いんじゃないかなっていうふうに思います。
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でもこれそうするとどうなるかというと、まっすぐ生きている人を冷笑するっていうのもまた違うし、
いろんなパターンあると思うんですが、そういう人を正面から見れないっていうところがあるような気がしていて、
まっすぐであるっていうことに対してそれがいいと思えていないからこそ、まっすぐに生きている人に対して、
自分を否定することになっちゃうから、まっすぐ生きている人のことを肯定できないのかな、それがある気がします。
そうするとどうなるかというと、一生懸命何かをやるみたいなこととか、
そういった必死に何かをやっている姿を見せるとか、そういうことがカッコ悪いって思ってきたりとか、
それで失敗したらすげえダサいじゃんとか、そういうことを思う。これは冷笑的といえば冷笑的かもしれないですね。
冷笑をこうやってしてしまうと、下に構えることによって冷笑しないといられない自分みたいなふうになってくると思うんですよね。
そうじゃないと、ただガムシャラにやるんだとか恥ずかしさを全くなく、
むき出しでやっていくんだみたいな姿を肯定してしまうと、自分が斜めに生きてきている自分を否定することになってしまうから、
冷笑するしかない。もちろん表でSNSとかで冷笑するっていうことはしないですよ。
僕自身そういうことはしないですし、だけど心の中のXとかSNSとかで誰かが頑張っていたりとか、
何か真剣に取り組んでいることに関してちょっと斜めに見て、やっていってもなんとかじゃんとか、
言いながらこれでうまくいかなかったら恥ずかしいよなみたいなことを思ってしまうみたいなことが僕はあるんですよね。
斜に構えている人が全てそうかって言うと、それは分からないんですけど、
斜に構えている人はつまり真っ直ぐではないからこそ、それをやっぱり肯定しないで生きなきゃいけないからこそ、
冷笑的な方向に進んでいくという可能性が結構高いんじゃないかなというふうに思っています。
これがかなり問題があると思っていて、要はカッコつけているわけですよね、単純に言えば。
カッコつけているというか、自分のやり方でやるのが一番ベストでしょみたいなとか、
オリジナリティでやっていかないといけないっていうふうに思って、
誰かと同じであることっていうのもいいことだと思わないとか、
それは僕も斜に構えるとか云々とかじゃないけど、それは思ったりするんですけど、
大事なことだとも思うんだけど、
染み付いてしまっている斜に構えているということにまずは意識的になること。
自分は斜に構えているんだぞ、明らかに真っ直ぐに物事を見ていないんだぞということを気づく。
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それはある種普通になってしまうということかもしれないんだけど、一般的に見ればもしかしたら。
でもそうであるということをまず意識すること。
だからこそかなり一般的な感覚というところからずれていってしまっているので、
自分が思っている一般的な感覚とは相当ずれているということを認識しなければ、
例えばお客さんが欲しいと思っている情報とか、欲しいと思っていることとか、
本当は求めているものとかということに対してピントが合わないというか、
そこが昨日話した、前回話したみたいにずれが生じてしまう原因だと思うんですよね。
だからこそそこに意識をまず向けるべき。
僕自身がそうだからこそ特に思うんだけど、
恥ずかしさを捨てた方がいいという話も昔僕したことがあるんですけど、
なぜなら恥ずかしさは一重にもならないからって言ってるんですけど、
その前にまず格好つけているということに気づいたりとか、
シャニ構えていることに気づいて、
そこから頑張っている人を純粋に応援したりとか、
自分をそっち側に行かないとそういう感覚というのがわからないと思うし、
それが最近は僕はすごく重要だと思っています。
なんなら霊障している人よりも霊障されている人の方が僕はすごくかっこいいなって最近は思っていて、
なんならすごく有名になった人とか世界的な偉人みたいな人って、
一回その霊障を通ってきていると思うんですよね。
ある段階でいきなり認められてこの人すごいってなる人もいるかもしれないけど、
そういう人って結構少なくて、
一回は否定されたりとか、何やってるのあいつみたいなことを言われている霊障ですよね。
霊障されているというところを通り越して、
なんかあいつ、あの人、あそこの〜で評価されたらしいよとか聞いたりとかして、
全体的な評価がだんだん高まってきて、
あの人ってもしかして最初変人とかそういうふうに見えていたりとかおかしな人だなって思ってたけど、
めっちゃすごい人じゃんっていうのが周りからどんどんどんどんそういうのが広がっていって、
それで歴史に名を残す人になったりとかっていうことって、
皆さんも聞いたことある話でよくあるような話だと思うんですよね。
だから僕はそういうところに立っている人って一回霊障される側を通っていると思うから、
だから霊障をするっていうことは、
つまり霊障される側には自分はいかないんだっていう考え方だから、
そこで霊障される側にいくぐらい無茶なこととか、
無茶だと自分では思ってないかもしれないけど他の人には思われるみたいなことをしているからこそ、
そっち側の霊障されるという段階を経て、
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そこから有名とか何か社会的な意味とかを世の中にもたらす人になったりとかっていうところになっていくんじゃないかなっていうことを、
僕のこれはかなり持論ですけど、それを思っています。
だから今日は恥ずかしさを捨てるとかどうこうっていうよりも、
まず建築家の皆さんって来るとね、
僕は守護を大きくするっていうのは本当によろしくないっていうか、
当てはまらない人もいるからバカバカしいなって思っちゃうんですけど、
この考えも社ですよね。社の意見なんですけど、社に構えている人間意見なんだけど、
そういうところにまずは気づくこと。
社に構えているんですよ、私はっていうことに気づくこと。
社に構えるからこそオリジナリティが作れるって部分もしかしたらあるのかもしれないけど、
他の人の考え方を素人がちょっとでもそういうところ、
真っ直ぐさのかっこよさとかその凄さっていうのを理解できれば、
少し変わっていくと思うし、
そうすると何が求められているかより僕は分かる気がするんですよね。
だから一回ね、自分は社に構えている人間なんじゃないかっていうことをね、
まず最初に意識することが、何か物を売ったりとか、
建築でいうところのお客さん、集客とかっていうところを考えたりとか採用もそうですけど、
そういった何か求めているものを考えていくときに、
すごく第一ステップとして、第一ゼロステップみたいなのかと思うんですけど、
そこを考えていくことがすごく大事なんじゃないかなっていうことを結構思っているので、
そんな話を今日はしていきました。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。失礼します。
ありがとうございました。
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