夫からの突然の感謝
こんにちは、ライフコーチのけいこです。今日はですね、夫に期待しないというふうに決めて、普通に生活していたら、ある日突然、
夫からあの時はありがとうと感謝された時のお話をしようと思います。 これはですね、先週だったかな?これも3日4日前の話になるんですけど、
夫が夕方仕事帰りに、コンビニで買ったチューハイを2つ抱えながら帰宅してきたんですね。
で、私の方に向かって、はいって渡すんで、ありがとうって言って、何気なくもらったんですけど、これ何?っていうことを聞いたら、そこからね、ちょっと
夫が椅子に座って経緯を話してくれました。 夫が話した話は結構長かったんで、ざっくり言うと、職場でね
タブ書の方、タブ書の役職がついている女性の方とちょっと関わった時に、あることを感じたから、これ買ってきたんだっていう話だったんですね。
で、それがどういう内容だったかというと、タブ書でやる仕事を、夫がちょっとお手伝いというか、そういう形で仕事をしてやっていたので、
とある部分をお願いされたタブ書に、じゃあこの部分書いてくださいっていう風にお願いしに行ったそうなんです。
で、そしたらちょっとタブ書の役職ついた女性の方が来て、いやこれ、あのうちの部署で書くと仕事が増えるんで、
これをなくすか、書かないようになんかしてもらえないですか?みたいなことを夫に伝えてきて、
で、夫としてはね、別に役職も何もついてないし、ただの飛来社員だし、なんかやってって言われた仕事をやってただけだから、
俺の一存で、僕の一存で、その記入が、記入しなくていいとかも言えないし、削除することもできないんですよっていう風に言って、別の方に聞いてもらえませんか?みたいなことを言ってたら、
いやーこれ増えちゃうと、女性の方が対応していた、女性の役職ついた係長だったかな、そういう方が、いやこういう仕事がね、細々した仕事、ちょっとした仕事なんですけど、増えていくと、
私、仕事を終えて家に帰るのが遅くなっちゃうんです、そうなるとちょっと困るんですよ、みたいな話をして、できるだけなくす方向で話し進めてもらえないですか?みたいなことを
言っているのをね、女性を見ながら夫は、こんなことを考えてたらしいんです。
夫が何を考えていたかというと、この人は、会社でこうやって、多部署の一平社員である自分に、仕事をなくしてもらえないかっていう、頭を下げるような仕事をしながら、家に帰って、
仮に子供が何人いるかとか、年齢が何歳とかわからないけれど、帰って子供がいるんだったら、学童とか保育園に迎えに行って、その後、夕飯作ったり、お風呂入れたり、寝かしつけしたり、ワンオペで家のことを全部自分で回したり、
してるのかなっていうのを、依頼してきた女性を見ながら、頭を下げていることの背景を考えたそうなんです。それを考えた時に、夫の頭の中には、目の前の女性の心配ではなく、過去の会社員の時だった私を想像したらしいんですよね。
私は時短勤務で仕事を復帰して、子供二人の保育園の送迎もやってましたし、帰ってから寝かしつけまでワンオペで一人で回してたんですね。
夫の帰宅が子供たちが寝る9時より遅い時間、だいたい10時以降に帰宅するっていうのが通常だったんで、なかなか夫の助けを得ることができず、一人で全部回すことがほとんどだったんですよ。
結構大変だったし、仕事では子供が度重なる体調不良で休むことも多かったし、急にお熱が出たんで迎えに来てくださいって言われて早退することもあったし、
常に職場で、いろんな上司もそうだし同僚に対しても、頭を下げながら日々過ごしていたんですよね。
そういう状況を、目の前ですいませんって言ってる女性を見ながら、自分の妻も、そうやって会社員生活なんとか乗り切ってたんだなって思ったら、すごい大変なんだろうなって改めてやっと気づいたと。
そういう状態でも頑張って、子供のこととか家のことを回してくれていた私に対して、すごい感謝が湧いてきた。
だから帰りにコンビニに寄って、私が好きなチューハイのお酒を買ってきたんだよということと、あの時はありがとうねっていう感謝を急に言ってきたんですよね。
妻の当時の苦労と夫の反応
これ聞いたときは、すごい驚いたんですよ。私は本当にワンオペで大変だった当時。何度も何度も家事、育児は参加してほしいんだけど帰宅時間が遅いから、
せめてその育児の参加はできないのは仕方ないから、家事をもうちょっとやってくれないかとかいうことも言ったし、仕事でずっと頭を下げるし、
保育園のお迎えが遅くなってごめんねって子供たちに頭下げたりして、もうとにかくそういう状態で仕事回すのが大変なんだよと、家庭のことも回すのも大変なんだよっていう話をね、
夫に当時していたときは、夫の反応はいつも、ああそうなんだ、まあ俺だって責任のある仕事を抱えて残業、毎日残業してね、家庭のために貢献して働いてるし、
あなたも大変かもしれないけれど、俺だって同じぐらい大変なんだよって言って、自分も大変だから、別にあなた、私自身が大変なことも確かにそうかもしれないけど、俺の方が大変なんだよみたいなことを言う夫だったんです。
なので、途中から夫に見返りを求めるというか、共感してもらうとか、そういうことは諦めてたんですね。この人には分からないだろうと。同じ境遇になったことがないから、きっともう分かり合うことはできないだろうって諦めてたんですよ。
数年越しの感謝と「遅いよ」という本音
そんな状態で、普通に過ごしてきて、ようやくですよ。移住してから1年以上経った今、あの時はありがとうって言われて、ものすごい驚きとともに、本来だったら感謝の気持ちを言ってくれたことに対して、嬉しいなっていう気持ちが出るのが一般的かもしれませんが、それを聞いた時の私は遅いよって思ったんですよね。
その当時に言ってほしかった言葉を今言ったところで、確かに嬉しいんだけれども、苦しかったあの時に言ってほしかったことだよと。今はもうフリーランスという働き方に家事を切ったし、移住もして、昔のような働き方はしてないから、ほぼワンペで回してても全然食いじゃないし、
そういう忙しい生活はしてないからいいけれども、忙しいあの時にその感謝の気持ちを一言言ってくれるだけで、どれだけ私は救われたかなっていう気持ちがすごい出てきて、今更遅いよっていうふうに冗談めいて言っちゃったんですよね。
それを言った後に、でも遅いのは遅いけど、その感謝の気持ちを持ってくれることと、当時の私の大変だった状況を察してくれたことに関しては本当にありがとうねっていう気持ちと、移住してゆったりとした生活をお互い、昔に比べるとできるようになったからこそ気づくことができたから、
改めて移住してきてよかったよねって、そういう働き方生活の仕方を選んできてよかったよねっていう話には持っていって、その話は終わりました。
相手を理解するための余裕の重要性
この話から何を私は感じたかというと、人はその忙しい状況にならないと相手のことを本当の意味で理解するのは難しいし、
自分が忙しい、余裕のある状態じゃないと相手を理解するなんていうことって難しいんだなっていうのは思いましたね。
夫は当時劇務でも自分の仕事がいっぱいいっぱいの状況だったし、家のこと、子供のことは全部私に任せっきりみたいな感じでやっていたのも、やっぱり仕事のストレスもあったし責任もあったから、
それをやらなきゃいけないで、それに全振りして日々生活をしていたから、正直子供のことも私のことも気遣う余裕がなかったんだなっていうふうに思います。
あとは、私としては忙しかった当時に言って欲しかった夫の言葉を数年越しに感謝の気持ちで言われたわけなんですけど、嬉しいけれど、当時に言って欲しかったなっていう気持ちは消えないわけですよ。
あの頃忙しくて本当に大変だった日々って、やっぱりなくなることはできないし、消すことはできないんですよ。本当に大変だったっていう思いは強くあるから、感謝をしてもらったことで、あの時の苦労がゼロになることはないけれど、言ってもらったこと自体は嬉しいし、
あとはなんだろうな、こちらから共感してよとか、同じように大変なことを理解してよっていうふうに思っているうちは、やっぱり向こうは理解してくれないんだなって。
私は今、もう過去の大変だった頃に言って欲しかった言葉を、もう今言って欲しいなんて、最近までね、夫が言ってくれるまでみじんも思ってなかったんですよ。諦めてたし、もうそんなの言ってもらえるなんてもう無理だろうなって。
諦めた頃、まあどうでもいいやみたいな感じになったタイミングで、ファッと感謝の気持ちを言ってもらったことで、あの時を思い返したりしているんですけど、やっぱり自分以外の人の気持ちなんでね、いくら夫とは言え、一緒に生活を共にしているとは言え、全く違う別の人間の考え方なので、
自分が言って欲しいと、共感して欲しい、感謝して欲しいと一方的に望んでいても、言ってもらえることはないなっていうことを改めて思いましたし、言って欲しかったなら、伝わる言い方をね、その当時することも大事だったかなとは思います。
当時私は夫のね、激務に対して理解があったかと言われると、なかったです。自分の生活がいっぱいいっぱいだったし、自分の会社の仕事と子供のことと家を回すことでいっぱいいっぱいで、正直、夫がどんなストレスに耐えながら仕事をしているかなんてことは、今も分かってないので、きっと夫からしたら当時のことを招きらって欲しいみたいなね。
気持ちはあるかもしれない。それはやっぱりお互い様ではあるから、そう言って欲しいなら、それが分かるような言い方なりなんなりをね、しないといけないんだろうなとは思います。大変な時ってそんなね、相手を気遣う余裕がないですからね。
売り言葉、二回言葉みたいな感じで喧嘩はよくしてましたが、お互い伝えようとする力が乏しかったなぁなんて、今思えばそういうふうに感じたりはします。
やっぱりこれを通して思ったのは、相手の気持ちを考えるとか、そういう状況を考えるには、やはりかなり気持ちの余裕、生活の余裕みたいなものがないと、自分のことしか考えられなくなってくるし、仕事が忙しければ仕事のことしか考えられなくなってくるから、
日常的にね、そういう家族のことを考えてあげる、優しくしてあげられるような、余裕を持った生活をするって改めて大事なんだなぁと感じています。余裕のない時間に追われる生活をしているうち、
生活をしているときには、どうしてもトゲのある言葉を言ってしまったり、そもそも気遣いができていない状態で、毎日が過ぎていくような状態になるので、やっぱりそれってね、家族で生活していくなら、お互い我慢の上で成り立つ関係になったりしますし、その我慢が積もり積もると、家族を離れるっていう選択も出てきたりすることもあるんでね。
やっぱり気持ちの余裕とか、日々の生活の余裕っていうものはものすごい大事だなというふうに、今回のね、夫の数年越しの感謝を聞きながら感じた出来事でしたということで、今日お話をしてみました。
ここまで聞いてくださった方は、既読の意味合いでいいねをお願いいたします。最後まで聞いていただきありがとうございました。それではまた。