映画「女性の休日」との出会い
こんにちは、けいこです。今日はですね、男女平等について考えてみたということと、平等であるためには、やっぱり女性が声を上げることが必要だなっていうふうに感じた話をします。
なんでこれを話そうかと思ったかというと、私は昨日ですね、女性の休日という映画を見に行ってきました。
これはどんな話かというと、約50年前のアイスランドで起きた女性のストライキみたいなもんですよね。
平日のとある1日を、女性が普段仕事とか家事とか育児とかしてる人、仕事してる専業主婦、関わらず女性が全員、その日1日は普段やってることをやらないと決めるということで、
国中の女性に参加を募って、実際決めた、10月何日とかとある日を決めて、この日は休みますって言って、動き始めた女性がいて、それで行動してやりましょうって言った結果、
国の女性の90%が参加したというね、とある場所に集まると。国が広いんでね、一箇所に集まることはできないけれども、十数カ所集まるような場所に集まったり、集まれない人は家とかそういう仕事場でその日1日何もしないっていうふうに決めて、
本当にストライキを実行するっていうことをやったという記録、それを当時参加した人たち、それを女性の休日をやろうと声を上げた人たちが、もう50年経った今、インタビューを受けながら過去はああいうことがあって、私たちはこういう気持ちで女性の休日をやったんだよっていう話をドキュメンタリー風にね、まとめたような映画でした。
これを見た時に、この50年前って、日本もそうですけど、やっぱり世界全部だと思うんですよね。男女平等なんていう声はなかったと思うんですよ。今ですらね、今はようやくね、男女平等でっていう話も出てきてだいぶ時間が経ちますし、そういうふうに世間も動いているかもしれないけれども、やっぱり50年前というと、
結婚してる人とかであれば、男性が働きに出て、女性が家のこと、子どものことを全部やるっていうのが当たり前だったり、結婚してなかったとしても、男性と女性で賃金格差があったりとか、あと女性はその上のポジションにつけないとかね、役職ですよね。
例えば部長とか課長とか、そういうものとか、さらに上とかね、そういうものには基本男性が行くんだけれども、女性はそこから除外されるみたいなものがあって、その不平等に対しておかしいということで声を上げているアイスランドの映画だったんですけど、やっぱり昔の日本はそういうことをしてなかったし、できるような風潮じゃなかったんだろうなって思います。
家庭環境における男女不平等
実際ね、私の実家もまさに絵に描いたような男尊女卑の家庭でなってますね。
我が家は農家をしていて、自営業なんですね。会社勤めではないんですけど、両親と祖父母の4人でずっと仕事をやっていましたが、4人で常に一緒に仕事をしています。
だけれども家事、育児に関しては女性がやる。私の母と祖母がやってましたし、自営業なんでね、お金関係の確定申告とかそういうことも事務系のことを細々したことは全部女性がやるという風になっていて、
よくね、父とか祖父が寝ている横で、祖母と母が一生懸命家のことをやったり洗濯したり、食器洗ったりとかしてるのを見て、野菜作りも全部女性の仕事として、男性はやらないんですよ。
だから休む暇もない状態で、常に体を動かしている母と祖母と、ゆっくり休憩をしている父と祖父を見ていて、なんでこんな状態で働いているんだろうなと、子供ながらに不思議だったんですよ。
協力したら早いはずだし、何なら女性がね、母とか祖母とかがご飯作ったり子供のことをしている間に、男性が野菜の作るのとかもやればいいのにって思ってたんです。わからないなら作ってた女性に聞けばいいのに。
でもそういう流れができていて、男性は手を出さないみたいな感じのことをやってたんです。野菜の収穫とかもそうですよね。一切手を出さないで、取りに行くのは女性の仕事でした。
私は小さい頃、家の近くの畑で作っていたので、野菜を取りに行ったりとかしていましたが、私は姉と兄と自分と弟の4人兄弟だったんです。男2人、女2人でしたが。
そういう野菜を取りに行ったりもそうだし、家族の仕事の繁忙期の夏休みですよ。忙しい時に家族のために朝ごはんを作ったり、家の掃除したり、洗濯したりをするのは、私と姉の役目で、兄と弟には一切そういう役割がね、手伝ってっていう言葉は母から何もなかったんです。
それも今思うと不思議ですよね。姉がやってるから小さい頃見ていて、私も手伝わなきゃと思ってやっていたけれど、なぜ兄と弟が手伝わなかったのか。本人たちはね、言われてないから自分の仕事だと思ってないわけで、やらなかったんでしょうけど。
なぜ母は兄と弟に言わなかったんだろうっていうのは、やっぱり不思議だったんですけど、今思うとやっぱりそういうね、家のこととかやるのは女性の仕事だっていうふうに、頭の中にあるからこそ、男性には頼まない。いくら息子たちであっても、男だから男にはできないだろうということで頼まないし、女性の仕事だから女である私と姉に頼むということをやってたんだろうなと。
いうふうに思います。
これはね、本当に小さい頃から不思議だったし、今でもその体制は変わらないままずっと母は働き続けてますし、家のこともやってます。
祖母はね、もう90後半でもうすぐ100歳になるぐらいなんで、もう家のことをやったり仕事のことをやったりはもうできなくなりました。
なので家で普通に自分の生活をするために食事したりとかお風呂入ったりとかそういう自分のことだけをしているという状況なんで、家のことは全部母がやってますね。
これもね、父が手伝えばいいのにって私は実家に行った時とかに言うんですけど、母はお父さんもねたまには手伝ってくれるのよみたいな感じのことを言いますが、手伝うんじゃなくて2人でやりゃいいのにって常に思います。
ただ、そこに対して私がやんやんやんやん言ったところで、まあ夫婦の問題なので、私の両親の問題なので言う必要、言っても変わらないのは小さい頃から見てわかっているので、もうあまり強くは言うことはないですけど不思議だなあっていうふうに思います。
職場で経験した男女不平等と行動
そう、だからそういう過程を見ていて、男女不平等だなっていうものってすごい感じながらいた学生時代で、いざ社会に出たらさらに男尊女卑だなっていう感じの職場に行ったんですよ。
まあ男性しかいない職場だったんでね。出張が多い生活を職場にいて10年働いてましたが、そこでもやっぱり女性は出張に行くの危ないからとか。
短い一泊二日とかのそういう出張なら行ってもいいけど、長期出張3ヶ月から4ヶ月とか行くような出張は女性は除外しよう。
基本的に社内でできる仕事をしようみたいなふうに私が配属された当初は女子が考えていたそうですが、私自身それがね嫌だったんですよね。
同期が配属されて3ヶ月後にもうすぐ海外に出張行っている様子を見て、私も同じようにその出張に行くような生活をしてみたいという希望があって配属してもらった職場なのに、
私は行けないんですかって上司に言ったら、いやちょっとまだ無理かなみたいな。女性だから外に出るんじゃなくて、中で仕事をゆっくり覚えてからね、その先のことは考えたらいいよみたいな濁された記憶があります。
そんな状態で不満を抱えながら1年働いていました。出張行かずに社内で働くということをやっていても一向に出張に行けるような状況にはならなかったんですよね。
変わらなかったので、これはもう私が言うしかないなと思って、私の直続の上司に言ったところで何も変わらないので、当時の働いていた職場の一番偉い人です。
偉い人に言いに行って、出張に行かせてくださいと。私も皆さんと同じように出張に行って仕事がしたいですと。
配属されてすぐにやった仕事がパスポートを取得だったのに、私は1年間一度も使っていません。
でも他の人は年に何回も出張に行くのが当たり前です。だから私も同じように行きたいので行かせてくださいっていうふうにお願いしたら、本当に行きたいのって聞かれて、はい行きたいです。
わかった、じゃあ予定入れるっていうふうに言ってくれて、もうそれは上司じゃなくてその一番偉い人に言ったんで話が早くて、言った1ヶ月後ぐらいには海外出張の予定が決まりましたね。
こうやって意見を出さないと、私って多分ずっと社内に、社内であるね、ごまごました仕事をずっと任せられて、そこで働いているのが一番いいというふうに思われてたんだろうなっていうふうに思いますね。
あの時声を上げなかったら出張に行くような生活はしなかったと思います。
最初は短期出張だったり、長期出張だったり、いろいろ行かせてもらってね。
とある国は女性は危ないから行かないほうがいいって言われたんですけど、私はそれでも行きたいですって言って、またその時に意見を出したらわかったということで行かせてもらったりはしてました。
とりあえず男性は声を上げなくても普通に他の人と同じように仕事ができるのに、女性は行きたいとかやりたい、こういうことをしたいんだっていうふうにしっかり声を上げて、しかも上の人にちゃんと意見を伝えないと、
いくつまで経っても同じような仕事ができないっていうことに、私はすごい強い不満を覚えてましたね。不満を感じてましたね。なんだろうって。
不平等な状況への不満と映画からの共感
まあね、入った会社がね、男性8割、女性2割いるかないかないぐらいの比率の会社だったので、やっぱりそういう雰囲気の会社だったんですよ。
そういう雰囲気の会社に入ったのは自分なので、後々考えればああいう会社だから仕方なかったんだろうなって思いますが、当時はその理不尽というか、なんで平等じゃないんだろうみたいな。
なんでだろうっていうふうに不満を抱えていた記憶がありますね。こんなふうに不満を抱えていたし、今現在もやはりそこに不満を感じる部分があるからこそ
映画を見てわかるなあっていうふうに感じたのかもしれないなっていうふうに思います。
その中で50年前の女性が男性に、女性が休むなんて、例えばお店が回らないからやめてくれとか仕事が回らなくなるし、子どもたちはどうするんだみたいなことを言う男性の意見に対して、
それでも私たちはこの意見を貫くって言って、強行突破するわけですよね。
あとは女性のストライキーの休日をよく思わない同性の方もいるということで、なんでそんなことをやるの、私は参加しないみたいな人に対して、参加しようよっていうふうに呼びかける強さですよね。
女性の強さ、すごいなあと思いました。やっぱりそのぐらい強い気持ちを持って対応しないと、この一種の男性社会みたいなものって変わらないんだろうなあって思います。
きっと50年前って今よりもっともっと男性と女性の差が大きかったはずなので、そこをなんとか変えるために動き出すって、今の時代の令和の時代に比べたら何十倍とか何百倍っていうぐらい大変なことってあったはずなのに、
それをやり切った人たちのインタビューの話している顔とか、すごいなんか清々しい顔で、当時の状況をお話ししている顔を見ながら、やっぱりこういうことを大きいことをやり遂げる女性ってすごいかっこいいし、
力強いなあっていう、その力強さを画面越しに見ていて、自分もこうなりたいなっていうふうに感じました。
夫婦関係における不平等と変化への決意
なりたいなって思ってるってことは、今なってないってことなんですよね。
何が私にとってそうなってないかというと、これはもうね、夫婦関係かなあというふうに思います。
小さい頃からね、男性と女性が平等じゃない様子を見てきたし、それをおかしいと思っていた私なのに、結婚してからね、なぜか男性というか夫を立てるような行動をしてたなあということに、
最近ね、結婚してから9年ちょっと経った生活をね、振り返ってみて、夫を立てるような行動ばっかりしてきたなあっていうふうに思ったんですよね。
もちろん時には自分の意見を通すこともあったけれども、やはりそれでも夫の意見を結構優先することが多かったし、自分の中で納得していないことであっても、仕方ないかなあみたいな、自分が我慢すればいいやっていう思考になっていった結果、
今の夫婦関係が対等ではないなあみたいな状況になっていると、ようやく最近気づいたんですよね。だからこそ、これは変えていかないといけないなあというふうに感じていたタイミングの、このね、女性の休日っていう映画を見たので、分かるって、このぐらい強くなんないと変えられないよなあっていうふうに感じました。
実際話をすると、この映画を見る前の日の夜にですね、私はちょっと夫と一問着ありまして、4時間ほどお話をしておりました。
そのことの発端としては、何個か前の放送で言ったかな、私はヘルシオを購入するときに、夫に無断で購入をしたと。
そういう購入したよっていうものを伝えたときの夫の反応として、いやいや無断で買うなんてありえないしっていう話から、いろんな家庭の話になっていって、おかしいんじゃないのっていうことに対して、いやいやおかしいとは思ってないし、それを言うおかしいと思うあなたがおかしいんじゃないのみたいな、平行線の話し合いがありまして、その続きの話を先日していたんですよ。
そこでもう結局ね、平行線のままだったんですよね。お互い悪くない悪くないって言ってるだけだったんで、これはラチ開かないなと。
ということで、もうあれですよね、こんなに話が通じない人となぜ私は一緒にいたんだろうっていうふうに感じてしまったのもあったし、結婚前ってこういう夫じゃなかったよなって振り返ってみたんですよ。
もともとの夫って、もっといろんな話を聞いてくれる人だったし、結構物腰柔らかく聞いてくれるような人でした。強くね、俺はこうだ、ああだとかいうタイプではなかったんですけど、結婚してからね、だいぶ変わったなって思います。
変わった理由としては、やっぱり私が結婚してから夫の意見を結構受け入れるような対応を取ってきていたので、やっぱりそれでこういう意見は受け入れられるんだということをどんどん学んで学習していった結果、
どんどんどんどんそっちのね、自分の意見は通るんだ、俺は間違ってないんだ、みたいなふうな考えになってきたのかもしれないなっていうふうに思ったんですよ。だから私が育てたんだろうなっていうふうに感じたら、もうこういうふうに育てていくのはやめないといけないなっていうふうに思ったんです。
だから本当にね、今まで過去のあなたはこういうようなことを言う人ではなかったし、もしかしたらその過去と変わった原因としては、私が今まで何でもいいよって受け入れてきて我慢するという対応を取ってきたから、その今の考えができてるんだと思う。
だからそこに関してはもう私の対応が悪かったと思う。だからそこに関しては申し訳ないっていう気持ちがあるんで、ただ私はもう今後、あなたが悪い、私のことをおかしいとか言うけれども、私自身もあなたが言うことを理解することは難しいと。
お互い意見を受け入れられない状態なのであれば、この夫婦関係を今後継続する必要はありますか?というふうにはっきり伝えたんですよ。
この状態で一緒にいていいことなんてないじゃないと。だとしたら、いい状態ではないんだったら、夫婦の関係を変えて解消するという選択もありですよと。私はその選択を選んでもいいと思ってるというふうに夫にはっきり伝えました。
伝えた時は、いやいや、俺はそれはちょっと嫌だと。俺はそこまでは望んでないと。確かに意見は合わないかもしれないけれども、そこまでは望んでないし、夫婦の形も家族の形も変えたくないというふうに言うんで、
私は変えたくないのであれば、今まで何でも受け入れてきたやり方からは変えますということと、今まで自分が優位に立とうとしていた部分があったと私からは見えるので、そこの部分は変えてくださいと。
私も同じように言わせていただきますと。今までのように3歩下がってうんうんという素直な妻はやめさせてもらうということをはっきり言って、分かったじゃないけど、うんうんということで一応受け入れたということで話は終わりました。
行動を起こすことの重要性
今までね、こういう話し合いがあると、夫が強く出ると、もう面倒くさいなって思って、もう分かったよって言ってしまいがちだった自分がいましたが、今回のことはどうしても譲れなかったんでね。
あまりにも譲れない部分があったので、あなたの思い通りには今後しませんと。それでも一緒にいたいなら考えてくれっていうことで、考えて分かったというふうに言ってからは、夫、そこから2日ほど経ちましたが、だいぶしょんぼりしてましたね。
これって何か悪かったんだろうか、みたいなことを考えているようですが、私から言うことは、その4時間の話し合いで言えることは言ったので、あとはもうそっと本人が考えて行動するのを見ているだけにしようと思います。
こんなふうにね、夫婦関係で悩んでるとかいうことも、やっぱりこれって対等な立場じゃないから、私はずっとおかしいなって、この関係なんだろうなっていうふうに疑問を感じていて、感じている期間が結構長かったにもかかわらず、やっぱり最終的には夫の意見を立てるみたいなことをしてしまったので、
平等ではないような関係を長く続けてしまったなっていうふうに思います。
だからやっぱりそういうとき、平等じゃないなって思ったときは、だいたい女性が下になるというか、そういうふうな立場になっていることが多いと思うんで、そうなっている女性側がしっかり声を上げて、男性の意見には屈しませんというふうにはっきり言うことって、
すごい大事なんだなっていうことを、映画を見て感じたし、私がその夫婦での話し合いをしたときにも感じたんですよね。
なので、何か日々の生活の中で、男女平等じゃないなとか、男女ではなくても何か平等ではないなと思うような状況がある、今そういう環境にいるという方が一人でもいるとしたら、しっかり自分が思うことを意見を伝える、声を上げて、何か行動に起こす必要があるなというふうに思いますので、ぜひ声を上げて行動してみてほしいなと思います。
やっぱりそういう響く、思う不満とか、そういうものってうちに秘めたままだと周りには気づきませんし、平等に扱っていない人たちには、この環境を受け入れているから大丈夫だなっていう認識になっちゃうわけですよ。
不満に思っているなんて、微塵も思ってないですからね、不平等に扱う方としては。なので、その対応は私は嫌ですよとはっきり伝える必要がありますし、今後自分はこうしていきたいですっていうふうに自分の意見をしっかり伝えることって、やっぱり今の現状を変えるためにはものすごい必要なことです。
これってものすごいエネルギー使うことで、すごい疲れる大変なことではありますが、その不満な現状を変えるためにはやっぱり動く必要があると思います。なのでね、少しでも不満を抱える、そしてその日常を変えたいと思うのであれば、覚悟を持って行動するということをやってみてほしいなというふうに思います。
まとめとリスナーへのメッセージ
今日の放送は以上になります。ここまで聞いてくださった方は、既読の意味合いでいいねをお願いいたします。最後まで聞いていただきありがとうございました。それではまた。