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第127回「活字競馬に挑んだ二人の男は日本の競馬を残した二人だった。」
2026-08-21 27:53

第127回「活字競馬に挑んだ二人の男は日本の競馬を残した二人だった。」

気づけば夏後半、暑中見舞いを申し上げます。/ 【本】活字競馬に挑んだ二人の男

について話しました。

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番組の感想・SNS

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競馬けんぶんろく

競馬の「歴史・文化・物語」をカジュアルに語るポッドキャスト。
競馬を知らない人にもわかる言葉で、競馬の世界の入口をひらきます。

📅 毎週金曜更新(音声 or 文章)。

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ダルマー競馬場

ダービースタリオン PS版をプレイしたことをきっかけに実際の競馬を見始め、毎週土日だけでは足りず、 お年玉を貯めて作った自作PCで国内外の競馬動画を見まくる生活を開始。同時期に血統へ関心を深め、 山野浩一 著『伝説の名馬』に出会ってからはサラブレッドと競馬の歴史を知りたくなり、古本屋や Amazonを徘徊しては競馬本を収集・読破。馬券を除いた “競馬学” をこよなく愛し、マイフェイバリットは山本一生。

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BGM : MusMus

感想

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サマリー

今回の競馬見聞録では、江津良光康氏の著書「活字競馬に挑んだ二人の男」を紹介。この本は、日本競馬の黎明期に活躍した白井新平とその息子である徹氏の功績を辿る。新平氏はアナキストとしての思想を持ちながら、競馬新聞のレイアウト考案や馬の表彰制度の導入など、競馬の仕組みそのものに深く関わった。一方、徹氏は血統研究の重要性を説き、競馬四季報の編纂などを通じて競馬の記録と文化の発展に貢献した。二人の活動は、現代の競馬における活字文化の礎を築いたと言える。

はじめに:夏の終わりと競馬見聞録の再開
こんにちは、ダルマー競馬場です。いや、もうね、気が付けば夏も後半ということで、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
最近の夏はね、もう、暑いだけじゃないっすからね。もう、お体本当に十分ご自愛いただければなというふうに思っております。
そんなこんなので、この初中未満的なのをね、申し上げちゃいましたけど、申し上げたからにはですね、まだまだ夏は終わっておりませんということで、
まあ、初中未満って言うぐらいですからね、終わってないんですけども、久々のね、競馬見聞録でございます。
あー、このポッドキャストまだやってたんだーって思ったそこのあなた、この番組への感想・質問などありましたら、
メールフォームからお連絡いただくかコメントもお待ちしております。そしてこの番組がいいなと思っていただけたら、ぜひ番組のフォローもよろしくお願いいたします。
ということでね、今回もオンの紹介でございます。オンの紹介しかしてないもん、最近ね。
紹介する本:活字競馬に挑んだ二人の男
えー、今回紹介する本はですね、江津良光康さんの著。
活字競馬に挑んだ二人の男でございます。
これね、読むのにね、結構時間かかったんですけど、まあ、面白かった。
時間かかったっていうかね、読む時間、一回一回読む時間が少なくて時間かかったっていうか、日数かかったみたいな感じですね。
これね、良かったんですよ。何が良かったかって、これからちょっとお話しするんですけどね。
まずね、タイトルにある通り、二人の男の話なんですけども、この本が出たのがですね、2025年でございますね。
本の厚さ的にはね、374ページくらいになりまして、出てくるのはですね、主にタイトル通り二人の男でございます。
白井新平さんという方と、その息子の白井徹さんという方、二人の男の話でございますね。
白井新平さんはですね、日本競馬の黎明期に活躍された方。
そしてその息子の徹さんは、サラブレット決闘センターという会社を作ったという方でございます。
まあね、この二人の話がですね、前半と後半で、結構ね、バッツリ分かれてる。
バッツリは言い過ぎですね。ちょうどね、同じくらいの量で書かれてるというような感じでございます。
まあね、写真が載ってるんですけど、見てみてもそうなんですけど、誰やねんと。
正直知らなかった。いや知らなかったというか、あんまり表に出てこられない。
表に発信していく方っておったんですけどもね。
この表紙だけを見て、ずっとね、つんどくしてたんですけども。
競馬に関わった人の本っていうのはわかりますよね。
葛飾競馬を作った二人の男が、葛飾競馬に挑んだ二人の男なんで。
葛飾競馬は山本一翔さん的な?書斎の競馬学的な感じかな?みたいな感じ思ったんですよね。
そんな感じかな?みたいな感じで思ってたんですけど。
読んでいくとね、もうね、全然違ったんですね。
白井新平:競馬の黎明期とアナキストの思想
もうね、最近なんか読んだら全然違ったみたいなことばっかりなんですけども。
あのね、なんというか、競馬記者だというか、ジャーナリストとして活躍された白井新平さんと徹さんなんですけども。
そういうことはもう葛飾で競馬やってるわって感じなんですよね。
でね、やっぱね、昔というかさっき言った通り、日本競馬黎明期から昭和の後半にかけての二人の男の話でございますので。
まあね、今とは全然時代背景が違うものでございます。
今はね、もうほんとSNSの時代ですから、葛飾と言ってもそのポストでね、Xのポストとかで葛飾で上がってきたりするじゃないですか。
で、まあやっぱそういうポストっていうのは、バズってなんぼみたいなところありますけども。
皆さん結構知ってます?ライターさんの記事とかって結構読まれてるとは思うんですけども。
雑誌とかで読むと結構出てたりとかされますし、ライターさんね、フォローされてたりするとライターさんの文章っていうのはポストで読めるようになってきてるんですけども。
そうじゃない人たちが結構SNSに多くて、何の制約も何の責任もない方々っていうのは結構その情報で私たちユーザーを驚かすわけですよね。
まあそういう人たちばかりじゃないですけどね、結構いるじゃないですか。驚かす人たち。
そういう人たちはない、もうほんのりガチのジャーナリストの方でございます。
本当に物事、平和を伝える方っていうのはこういうところまで行き着くんだぜ、みたいなところがやっぱり書いてあるんですよ。
そういう今もいろいろ雑誌とかで聞こえされてるライターさんとかジャーナリストの方たちのザ・オリジンの方がこのお父さん、白井新平さんでございます。
もうね、この人ね、ものすごいんですよ。
ただ競馬について文章を書いた人っていう紹介じゃもうね、足りない、全然足りないぐらいの方で。
若い頃はアナキストとして活躍されていた方。
アナキストってなんだよって話なんですけど、このアナキストって簡単に言うと、
国家の権力とか人間を縛ることに反対して、個人の自由とか自立を重視する思想家の方だったことを言うんですけども、
そうやって、日本刑場霊明期は大正時代、明治の終わりから昭和の初期ぐらいにかけてですから、
やっぱりそういう国家権力と戦ったりとか、
昔の日本っていうのはいろいろな考えとか歴史がございますけども、
そういうのに反発していくような社会運動をしている。
そこから競馬の世界に入ってくるんですけども、だからなのかっていうのはちょっとわかんないですけども、
競馬との関わり方っていうのがまあでかいんですよ。
記事書いてました、競馬のこと評論してましただけじゃないんですよね。
それだけじゃ足りないなと、自分が言ってることを伝えられないなっていう風になったら、競馬新聞作ったり、
競馬新聞作るんだったらその競馬の情報を整理していくわけですよね。
競馬の情報を整理していくと、あれ?このまま一番勝ってるな、このまま一番活躍したんじゃない?
この時期一番勝ってるなっていうのがあったりするんで競馬の表彰を作るわけですよ。
これを作っていったりすると、なんかこれ足りないよねと。
こういうことはもうちょっとこうした方がいいんじゃないかとか、
この人たちへの配慮は足りてないぞとかっていう風になってくると、
そういう競馬に対する仕組みに対して意見していったりとか。
あとは日本だけじゃダメだと。
世界の方がやっぱり当時は進んでたわけですから、ヨーロッパとかアメリカとか、競馬を見に行って、
どういうことが行われているんだという風になって、そこで見に行くわけですけど。
見に行って、すごいこういうことがあったんだで終わらず、
そこで見たものを日本に持って帰ってきちゃう。
持って帰ってきて、こういうのやってるぜみたいなのをやろうぜって言ってるに飽きたらず。
飽きたらずって言っちゃあれですけども、さらにはですね、
自分で馬を持って牧場まで作っちゃうっていうね。
いや、あれ?汽車の方ですよねみたいな。
あれ?生産者までたどり着いちゃったみたいな。
そんな感じの方でございますね。
やっぱり新平さんという方がですね、何を今の競馬にもたらしたかっていうのを読んでいくうちに書かれているんですけども。
新平氏の功績:競馬新聞、表彰制度、海外視察
例えばですけども、馬柱ですね。
今ではもう当然にあるんですけど、あれのザ・ファーストタイプですよね。
新平さんが作ったっていうね、されてますけども。
今の競馬新聞ってさ、場面が並んで、そこに過去の成績がくっついていて、その馬が走るレースの情報がいっぱいいっぱいって書かれてるじゃないですか。
あれに近い馬柱を中心にした競馬新聞のレイアウトですね。
新平さんはかなり早い段階から考案しているわけですよ。
これがあったら見やすいだろうというので、あれだけの情報を詰め込んでやるって言って、きゅんきゅんな馬柱ができたっていう感じでございますけど。
本当に今あるものって最初から当たり前じゃなくて、もう一個言うなれば、馬の表彰ですよね。
年度大評判に、年度大評判を選定、今JRA賞っていう風になってますけども。
これはですね、戦後、新平さんが立ち上げた慶州社という新聞社が表彰を始めていったのが、流れ流れてJRAにたどり着いたっていうものになるんですけども。
やっぱりさっきの馬柱もそうですし、年度大評判の選定もそうですけども、そういう記録として競馬を残していくっていう感じなんです。
この年度大評判の話なんですけど、前に競馬見聞録の111回の時に、宇佐美恒夫さんという方の話をしてたんですけども。
宇佐美恒夫さんというのは、優秀の伝説的編集長みたいな感じなんですけども、この優秀で宇佐美恒夫さんが始めましたみたいな感じの話をさせていただいて、
この宇佐美さんが思いついたわけじゃなくて、宇佐美さんが前にいた会社でそういうことをやってたんで、優秀に持ってきましたみたいな話をさせていただいたんですけども、
その宇佐美恒夫さんが優秀の前にいたのが、この新平さんの係集者。そこからどんどんどんどん繋がっていく。
話としてはやっぱり断片的に伝わってくるんですけども、こういうふうにちょっと繋がってたりするんですよね。
血統の話もそうですし、人間の話もそうですけど、競馬ってやっぱり繋がったりするんですよね。
さらに新平さんの話で面白い、アメリカに行った話なんですけども、1952年アメリカ競馬を視察するんですけども、舌があんま回ってないですね。
アメリカ競馬を視察するんですけども、こういうことやってるんだーって終わらないで、さっきも言いましたけどね、終わらないで日本に持って帰ってくる。
あんまり言っちゃうとあれですけども、これやった方がいいんじゃないとか、これ導入しようよって言って持って帰ってくるんですよ。
もうやっぱね、記者がやってることじゃないというか、海外視察っていう偉い人がやるようなことを取材と称して言っていいなと思ったら持って帰ってきちゃう。
ジャーナリストっていうかね、取材して海外を取材して、その世界を日本に伝えて、場合によっては日本競馬そのものを変えちゃう感じですよね。
これが最初です、これがオリジナルですって言われればこれが原点なのかっていう感じなんですけども。
そこまでやっちゃうんですけども、さらには馬作りまでしちゃう。牧場まで作っちゃいますからね。
競馬記者という肩書を持って世界から日本にいろんなものを取り入れてきましたっていう方ではなくて、しっかり競馬記者として競馬に関わっている人たちの思いを伝える仕事もちゃんとしております。
この新編さんはですね、町内理事長、安田勲門パイセンにインタビューされておりますからね。
そもそもね、昔の競馬、競馬について書くんですけども、今もそうですけども、各区にあたっていろいろなことがやっぱり必要になってくるじゃないですか。
例えば競馬のことについて書くんだったら競馬そのものについて調べなきゃいけないし、競馬そのものを調べたら今度は情報を整理しなきゃいけない。
場合によっては、これじゃ足りない、自分の伝えたいことを伝えられない、だったりとか、これが足りないぞというのであれば言ってるだけじゃなくて、その仕組みそのものを作っちゃう。
これがいい、こうやったほうが絶対いい、という仕組みそのものを作ってしまったり、競馬記者が新しいものをどんどんどんどん持ってきて、それを文章に書いて持ってくるんですよ。
だからと言っちゃあれですけども、競馬を伝える活字っていうのが文化そのものというか、競馬を知るには文章みたいな感じのものがこの時にできたんじゃないかなというふうに思いますね。
今とはやっぱり違うんで、こういう文章から最新の情報を得るっていうのがもう最先端の時代ですから、もちろんそれなんですけども、今でも残っているという文化として残っているのはこれがあったからということになるわけです。
白井徹:サラブレッド血統センターの設立
で、半分は、前半はこの新平さんの話が書いてあって、後半は息子の徹さんのお話でございます。
この白井徹さんも大学を卒業後、父が経営する研修者に入るわけですけども、入って研修者で競馬の仕事をするわけですけども、
俺はもっとやりたいことがあるんだよ、おやじ、ちょっと仕事やめろわーって言って、やめて何しちゃうって言うと、さっきも言ったとサラブレット血統センターっていう会社を作っちゃう。
その名の通り、血統に関する本をバンバン作って、出版社になるんですけども、血統系の本をバシバシ出していくんですけども、当時は全然ないわけですよ。
血統に着目してなかったっていうのが正直なところというか、皆さんそこまで、例えばもう何代目にこれがいて、3代目にこれがいて、4代目にこれがいて、3×4のインブリードだよねみたいなとか、
これとこれがあるからこういう特徴出てくるよねとか、これにこの馬を付けたらこういう馬出てくるんじゃないかみたいな情報がやっぱり乏しかったんで、
やっぱね、昔の馬産家たち、世界で表されているアガカン三世であったりとか、フェデリコテッシュオとかっていう、でも本当に、あとEPテイラーとか、もうその時代を作った生産者みたいなのは血統理論っていうのを持ってたんですけど、
日本はね、まだまだそこまで達してなかったところに、血統って大事だぜっていうのをこのトールさんがやっていくわけなんですよね。血統のことだけではございません。今ではね、もう血統のことは当たり前になっているわけですから、それだけではございません。
今の競馬でね、当たり前となっていて、その当時なかったものとして、一番これ大きいんじゃないですかね、あのね、馬の成績っすよ。どのレースを走って、どういう成績を残して、この馬がどういう血統なのかっていうのをパッと見れるので、今って普通じゃないですか。
ネット競馬が一番、馬の名前ね、検索したらネット競馬バーンって出てきて、そこでこのレースでは何着、何番人気、何枠何番で走って、何番手でコーナー回ってみたいな、上がり3波論何秒でみたいな、勝ち馬はこれでみたいな、全部載ってるじゃないですか。
あれをネットがなかった時代に本にするんですよ。競馬四季報って今でも出てる本なんですけど、これとんでもないですよね。要するに本当に競争馬の履歴書みたいなもので、そういう情報をですね、今言った通りですよね、いつデビューして、どのレース走ってとかっていう、どういう血統でどの成績残してみたいなのを一頭ずつ整理していくんですよ。
これ、普通に考えてみてください。現役の馬全部出てきますから。どうもないっすよ、マジで。これね、自分たちで調べて、自分たちで整理して本にしていくんですよ。しかもそれを定期的に出してる。考えただけでももう無理って感じなんですけど、これね、めちゃくちゃね、大事っすよ。
競馬の歴史を残すっていう意味ではものすごく重要な仕事なわけですよ。さらにはこのトールさん、さっきも言った通り、血統系の会社を作っていらっしゃいますから、着目する点が金馬なんですよ。
サイヤーラインっていう主母馬ばっかりフォーカスされがち。当時もそうですよね。主母馬を連れてくればいい馬ができるみたいな感じに、やっぱり主母馬の輸入がメインになってくるわけなんですけども、そうじゃないだろう。
親父もいれば母親もいるだろうということって、サラブレッドの輪郭をずっとたどって、どの馬からどういう馬が出てきたのかみたいなのを整理していくんです。五大血統標とかで並んでると一番下に位置するですね。母の母の母の母の母の母の母の、そのまた母の母の母の母の母のみたいな、ボトムラインって言うんですけど、ここを整理していっちゃう。
でこれもねむちゃくちゃ大事でまでどれほど大事だったかっていうと今となってはまあさっきも言いましてパッとネット情報が出てくる時代でございますけど当時はございませんから
でこのファミリーテーブルっていうのを作ってるわけなんですけどもファミリーテーブルでですね
1990年にJRAのバジ文化賞を受賞する
そこまで大事なものだとバジの発展にむちゃくちゃ貢献したというふうに当時から評されたものを作ってしまうと言う
まあねお父さんが競馬仕組みそのものに入り込んで
仕組みとか情報とかを作っていったのに対してこの息子のトールさんっていうのは
血統とか競争成績とかを整理して競馬を記録していくみたいな
親父が作って進んでいくものを息子が記録していくみたいな感じ
そんな感じで大げさに言うとねそんな感じがするんですよね
でこのね白井家で面白いのは競馬にまつわるのこの二人だけではないっていうところなんですよね
白井家の広がり:弟の国際的な活動
まだいる!まだいるわけでございます
トールさんの一つ下の弟さんも競馬にものすごく関わっているわけでございますよ
牧場を作ったり馬の育成をしてみたり
さらには日本だけじゃなくてフランスにも牧場を作ったり
聞いてるだけですごいですよ
海外に作っちゃう
日本の競馬だけで完結するんじゃなくて海外に出ていって
向こうで馬を生産する感じなんですよね
それで日本に持ってくる感じなんですけども
日本の競馬と海外競馬をつなげていくように
まさにね日本競馬の国際化を進めていくような仕事をされていったというような感じです
もちろん全部うまくいったわけではないんですよ
フランスの牧場とかも最終的にはねうまくいかず終わっちゃったりするんですけど
それでもとりあえずやってみる感じですよね
当時の日本競馬が今ほど世界と当たり前につながっているわけではなかったので
そういったことを考えたりするとかなり大胆なことですよね
しかも時代はですね競馬がどんどんどんどん大きくなっていく時代
このフランスに牧場を作った話っていうのはバブル期の時ですから
日本から世界の海外の例えばセールとか行って
白井家の功績:競馬の記録と発展への貢献
溶欠場をどんどんどんどん買っていくわけですよ
お金あるわけですからねバブルって
それでもうどこ行っても日本人が来たぞと
やばいぞこのいい血統を持っていかれる日本にみたいな
東洋の島国に持っていかれちゃうよみたいな感じでございますけどね
そういった時代の変化の中でね
白井家も国際化の方向に向かっていくんですけど
さっきも言った通りお父様の代から
世界に対して目を向けているわけでございますけどね
でも普通にこの3人白井家の3人は競馬しかしてない
競馬に人生突っ込みすぎみたいな感じなんですよね
お父さんが例えばもう馬産家でとかそっからスタートしていってとかじゃないんですけど
競馬にたまたま関わってしまったから
そこからもう親子2代に分かれてやっていっちゃうんですよね
お父さんは活字から競馬に入っていって
競馬そのものを作っていって
息子は血統や競争成績なんかを理解
整理していって競馬を記録していって
その弟は牧場を作って育成やって海外にも出ていっちゃう感じでございます
この活字で競馬を残していくという流れの中に
活字競馬の意義と現代への繋がり
やっぱり山野光一さんが出てくるわけですよ
山野さんといえばやっぱりフリーハンデじゃないですか
競争場を単純に難勝したとか
競馬を難勝したとかだけじゃなくて
この馬どのくらい強かったのか
じゃあ違う世代の馬と比べたらどうなんだろう
海外の馬と比べたらどうなのか
そういうところですね
数値という形で考えています
これも競馬を記録して比較して
後世に残していくっていう仕事なわけですけど
この本を読んでいてやっぱり思った
競馬記者さんとかライターさんって
やっぱりちゃんと残していく仕事だよな
というふうに思ったんですよ
ただ競馬を見て感想を書くだけじゃなくて
本当それだけじゃなくて
調べたりとか取材したりとか
記録したりとか比較したり
歴史を掘ったり海外を見たりとか
それを文章にして伝えてくれるんですよね
もちろん今と昔は時代は違いますけどもね
今は本当にネットがあるし
いくら情報でもいくらでも手に入るんですけども
だからといってももちろん昔と同じことをやる必要はないと思います
でも競馬について書いていくということの根っこについては
やっぱり競馬を知って競馬を調べて記録する
そしてそれを誰かに伝えるっていう仕事があるんだろうな
というふうに思ったんですよ
まとめ:日本競馬の活字文化の源流
この本は2005年に発売されてるんですけども
日本競馬霊命記のお話ですから
今の競馬を見ているからこそ
これってこういう時代から始まってるんだよなみたいな
発見も結構あるわけですよね
本当に何気なく見ている馬柱だったり
年座評価だったり血統評価だったりっていうものが
誰かが作って誰かが残してきたものなわけですよね
これは本当に読んでよかった
今までそういうふうに見ていなかったわけではないですけども
単純に親子二人の話なんですけども
読み終わってみると
この二人すごかったなとかっていう話ではなくて
日本競馬がどうやって活字になって
どうやって記録されていって
今に繋がってきたかみたいなのを見せてもらった
そしてこれを書いたのが江津良さん
江津良公也さん検索してみてください
いっぱい出てきますからね
こういうの書かれている
これ見たことあるみたいな感じでございます
僕の中では渡邉圭一郎さん的な存在でございますけど
江津良さんは勝手に私が思っているだけでございますけど
今回は江津良公也さんの活字競馬に挑んだ
二人の男の紹介でございました
今回も最後までご拝聴いただきありがとうございます
また次回の競馬見聞録でお会いしましょう
さよなら
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