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誰でもできる!と決めつけられるのがいやだ
2021-10-03 13:59

誰でもできる!と決めつけられるのがいやだ

誰でも。。とかない。人は人。自分は自分。全人類を知ってるわけでもないのに、他者を語るのは愚かだなーという気づき。 #気づき #決めつけ #ジャッジ #固定観念
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こんにちは。 今日はですね、物事の決めつけの話なんですけど
これめちゃくちゃ昔から思ってたことなんですけどね。 私、原付バイクに乗るんですよ。
で、買い物行くのとか、ちょっと近くに出かけるときもめちゃくちゃ便利で、何でもバイクで行くんですよね。
で、あとはバス使ったり電車で、めちゃくちゃ便利なところに京都に、京都市内に住んでるんですよね。
で、あの車の免許、私持ってないんですよ。 あの車も持ってないし。
でね、それなんですけど、そのことね昔からずっと言ってたんです。 免許取るつもりもないし、車もないっていうのを言うと
めちゃくちゃバカにする人が多くて、 えー車ないの?とか言って、どれだけバカにされたかなんか
なんでだろうと思って。 私その心の中では、いや都会に住んでるので、と思ってたんですよね。
あなたたちみたいに田舎じゃないからって、ちょっと思ってたんですよね。 あの田舎って車がないとね、どうしても住めない人っているじゃないですか。
そうじゃなくて京都市内のもう本当に交通の便がいいところに住んでいるので、取ってないと言うのとですね。
まああえてそこに住んでるんですけど、私あの運転ということに関しての運動神経がない。
もうもし運転したらもう引きまくる、事故しまくる、ぶつけまくる。 迷惑なんでね、この皆さんに。だから取らないんですよ。もう分かってるんで。
でも、これからの話が決めつけで、車なんか誰でも運転できるやんっていう人がいるんですけど、
できひん、もし私が事故を起こしたら責任取ってくれるのって、私めちゃくちゃムカついてたんですね。そうやって決めつけてくる人ね。
こんなんだれでもできるやんって決めつけたらあかんなぁと思うんですよ。
やっぱり組織の中にいるとね、例えば会社員でいると、こんな作業簡単やし誰にでもできるって言われるんですよね。
やらないと思ってやるでしょ。できひんかったら無能みたいな。こんな作業は5分でできひんかったらあかん。誰でもできるって決めつけられるんですよ。
やっぱりそこから外れると無能みたいなね。それって組織の性質というか、しょうがないんかなっていうのは思った思うんですけど、
でも決めつけられている方からしたらね、やっぱりものすごくプレッシャーと落ち込むんですよね。できひんかったら。
やっぱそれってこの辞めて広い世界に出た時に、人のこと決めつけたらあかんなって気づいたんですよね。
私が簡単にできること。例えばね、私文章って本当に10分ぐらいですごい長い文章を書けるんですよ。
それを書けない人にね、簡単やん。できるやろ。誰でも書けるやろって言ったらあかんなって分かってるんですよ。
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これは自分の才能なんだって思うことをいいふうにとるようにしてね。みんなそうやっていいふうに考えたらいいやん。
車の免許を持っている人も自分は運転のセンスがあるんだ。自分には才能があるんだって思って、もう自分だけのものにしたらいいのにと思って。
人にね、押しつけてくるのが私もう大嫌いで。
えっと思うんですよね。なんかこんなのできるやろ。なんでできひんのって言われるのがね。すごい今までは思いっかけついてたんですけど。
あのね、それで絶対したらあかんなと思って。っていうのはね、多くの精神疾患の人を見た時に、うつ病とかね、の人がいるじゃないですか。
そういう人ってやっぱりね、当たり前のことができないんですよ。
あのね、プログラレアを見てて、彼は靴下を履くのが嫌なんです。もうそういうね、脳の構造でもう病気なんですよ。
で、みんな笑うでしょ。靴下なんか誰でも履けるやん。え、なんでって。なんでじゃないね。その人にとったら死にたいほど嫌やね。靴下を履くことが。
だからサラリーマンになれない。就職できない。って言って彼は本気で悩んでるんですよね。
そこをね、やっぱりバカにするべきじゃない。人を尊重するということは、そうなんだ、できないんだ。自分はできるけどねって。
あなたはあなた、私は私って尊重し合うことだなと思ってて、私はそれができない人と話したくないなって思うようになったんですよね。
自分自身が、決めつけたらあかんやなーって。決めつけてくる人を変えることはできないんで、ここで魔法の言葉があるんですよ。
私これ良いこと聞いたなーと思って、めちゃくちゃこうムカついてるっていうのがあってね、こんなん誰にでもできるやん、あんたできひんのっていう人が大嫌いなんです、私。
でもその人を変えることはできないし、喧嘩すんのも嫌やし、魔法の言葉があるんですよ。
これね、ケンジさんに教えてもらったんですけど、例えば、これなぁ絶対難しいから、例えば本なんか出せへん。
出せる人なんて、ごく限られた人やって言ってくる人がいるじゃないですか。いるとするでしょ。
なら心の中で、お前はな?って言って、ケンジさんが教えてくれて、なるほどなと。お前はできひんけど私はできるからって思うっていうだけで、なんかスキルするんですよ。
このポイントがね、お前はな?っていうこのちょっと言葉悪いところがスカッとするんですよね。
いちいち心の中で、あなたはそうですねって言わなくても、はいはい、お前はな?って思うことで、なんかスカッとするというか。
で、あと悪いふう、逆のパターンでね。
あの、逆のパターン、じゃあ、あの、絶対にこれは誰にでもできるっていう決めつけを言われた時も、はぁ、お前はな?っていうのも聞くし、
絶対にこれは、あの、できないって決めつけられた時も、はぁ、お前はな?って言ったらいいし、
でもこれは全部解決なんですよ。だから言い争うこともせずに、心の中で、お前はな?って思うっていいなぁと思って。
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で、距離を取れば、なんか自分自身のね、心の安定がね、得られるんですよね。
でね、もう一個私、あのバイト、アルバイトとか仕事で、求人でね、これ誰にでもできる仕事ですって書いてあるのが、もう大っ嫌いで、
いや、そんなやりたくないわって思うんですよ。誰にでもできるって、なんかその仕事をバカにしてるし、やってくれる人に対してもすごいバカにしてると思うんですよ。
で、それをね、面接受けてやりました。できたところで、ああ、誰にでもできるしって思われるっていうのが、すごくなんか悲しくて、
こんな仕事誰にでもできるって言ったらあかんなぁって。どんな仕事でも、その人の才能やし、その人が、
なんていうかなぁ、やってる人生かけてやってるんだから、バイトでもなんでもね、人生の一部やし、
例えばもう掃除にしろ、コンビニにしろ、スーパーのレジにしろ、なんでもね、誰にでもできる仕事って言ったら、やる気なくす言葉やなぁって思って、
そう思ってるのはお前だけやなって思うことでしょうかなぁと思いますよね。
これずっと思ってて、なんかこの決めつけの呪縛にね、いちいちイライラして激怒やったんですよね。
でもね、そのケンジさん教えてくれた魔法の言葉で、やっとね、落ち着いたというか、偏ってるんですよ。
自分の世界しか知らないでしょ、その言葉言う人。誰にでもって、全人類のこの何百億の人たち見てきたんかって言いたいんですよね。
それとね、あとね、男なんてみんなっていう人も嫌い。全人類の男見てきたんかって言いたい。男なんかみんな浮気するとかも嫌い。
いや、しない人もいるしね、もちろん。どんだけ経験してきたん?って言いたいし、やっぱ女なんてみんなこんなもんとか、
なんか何やろうな、それ差別になるのかな?何やろう。
とにかくね、決めつけっていうのは可能性を狭めるし、ものすごい強いジャッジやなと思ってて。
ジャッジが大嫌い、もう本当に。だからね、なんかね、ちょっと人と話すのもしんどくなってきて、ちょっとしたジャッジもね敏感に感じ取って、しんどいなって思っちゃうんですよね。
だからね、話さなくなっちゃいました。
友達ともね、ちょっと距離を置いてて、やっぱり悪気なくジャッジしてくるじゃないですか。
あんたってこういうとこあるから気をつけや、とか言って。
これさえもちょっとね、しんどくて、昔の私を思ってるんだなっていう、20年以上前の私のことを思ってるし、
母親に関しては子供の頃の私の記憶から変わってないし、あんたってこういうとこあるよねって言われても、はいはいって聞くしかない。
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今の自分はね、今しか知らないんですよ。
絶対にどんな配偶者でも親でも、どんなに理解しあえてる親友でも、過去の自分なんですね、全部知ってるのは。
今っていうこの現在進行形の本当の自分を知ってるのは自分だけだから。
だから自分としかね、対話しなくなったんですよね、もう。
誰と話しても、ああそれちょっと数ヶ月前の私で、もう今考え変わってるしってなっちゃうと、もうなんか、なんだろう、しんどいっていうか。
いやあの、かずやくんっていう秘書のね、こと、月に1回ミーティングしてるんですけど、月に1回でさえもう1ヶ月前と変わってるんで、私は。
もう10秒ごとに変わっていってるんでね、進化して。
考え方がね、性格の根底は変わってないんですけど、そこを修正し合うっていう作業をしてるんですけど。
仕事として割り切ってね、話していく分にはいいんですけど。
もうなんか、他人に理解してもらおうとか、ジャッジするのやめてとか、言うのも無駄やし、無駄っていうかね、変えられないですもんね。
だからね、気づきですよね。
私は人に対して、そんなん誰でもできるやろうとか、当たり前やんとか、言うのやめようって思います。
特にこのサロンをしてるんでね、サロン来られたお客さんに対してね、誰でもできるやろうって、もう絶対私は言わないですけど、
あの言ってはいけないなーって言ったら傷つく人いるんだなっていうことをね、知れたので、やっぱり当たり前のことができなくて、悩んでる人いっぱいいるんですよ。
それを責めるとね、どんどん繊細で精神的な病気になるっていう、最悪の場合な。そうなるんで、
あの、やっぱちょっと考えて、言葉を発しないといけないなって思うし、
ちょっと話変わるんですけど、こうやって私毎日スタイフをね、発信してますけど、
これで本当にね、信念がないとできなくて、なんか、よく考えたらね、これって誰が聞いてるかわからないじゃないですか。
で、私のね、敵も聞いてるかもしれないし、敵って誰か知らんけど。
その中でこう、自分の考えを言うっていうことは、あの、直接言われるにしても、まあジャッジはされてるとは思うんですよね。
それも意図わずに発信するという、この強い意志というか信念っていうのがないと、こう、生半可な気持ちではね、やっぱSNSで発信ってね、できないなと思ってて、
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叩かれる世の中でね、ちょっとしたツイッターのつぶやきとかは置いといて、がっつり本音でやってるんでね、スタンドFMは。
これでもよくやってるなぁと思いますね、私。でももう、やらずには折れんというか、楽しすぎて。
一方的に発信できるし、たとえこう、どう思われたところで、私に直接言ってこなければ、私は別に構わないしっていうか。
ものすごくやっぱりね、大事な気づきを自分は気づいてると思って、整える場であり、自分のことを。
適度な緊張感がいいんですよね。誰か聞いてるかわかんない。もしかしたら何万人聞いてるかもしれないっていうこの緊張感たまらないし。
これやらずに家で独り言言うのもちょっとね、むなしいですから。
お客さんも聞いてくれてるっていうのもあるし、友達が聞いてるよってたまに言ってくれたりもしてるんですけども、
今現在の私をいかが?みたいなところもあるんですけど、
やっぱりこういう信念でサロンやってます。こういう信念で本書いてますっていうところをわかりやすいかなと思うんでね。
一言では言えないし、自分のこと。そういうのを参考にしてもらえればなっていう感じですかね。そうなんですよ。
今日はちょっとね、すっきりしました。自分の今まで思ってたことが言えたので。
だから思い込まない。人を決めつけない。あなたはあなた、私は私っていうところがすごく大事やなっていう気づきのお話でした。
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