インタビュアーのMacott(マコット)です。
今週の「はじめてのカタカムナ」は、新チャプター「わたしとカタカムナ」に突入!カタカムナを伝えるあっこさんの、意外なルーツや最近の活動についてたっぷりお届けします。
今回印象的だったのは、あっこさんの「自立」と「自由」への徹底した姿勢です。
10代で日本の教育に違和感を覚え、「日本史と古典を学んでから行け」という恩師の助言を胸に、高校卒業のその日にアメリカへ飛び立ったエピソードやアメリカの広大な大地をボロボロの車で駆け抜けた経験が、いま、日本全国を車で巡る現在の活動に繋がっています。
アメリカ留学時代のワイルドな運転エピソードから、亡きお母様への想い、そして「天然自然の女(天然おんな塾)」の活動まで。 カタカムナという「古典中の古典」に出会うべくして出会った、あっこさんの情熱的な人生観をぜひお聴きください!
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00:12
【はじめてのカタカムナ】
この番組は、書籍、「はじめてのカタカムナ」を より詳しく、一つ一つ丁寧に解説していく番組です。
カタカムナを日常にすぐ活かせる形で お伝えさせていただきますので、ぜひ楽しんでください。
ごきげんよう、マコットです。 マッコさん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
今週からいろいろ、チャプター3ですね。
いよいよ、やっと来ましたね。
「わたしとカタカムナ」
わぁ、おこがましいですけど、だって、カタカムナのことをお話ししようと思ったら、
お前誰やねんってなるじゃないですか。
なるほど、なるほど、なるほど。
何をもって、そんなことをしゃべる権利があんねんじゃない、資格があるんじゃないですけどね。
やっぱり自己紹介しないと失礼だなと思って、ちょっと自分のことをしゃべるんですけど、
それが、やっぱりお伝えしていくことと関連があったといつも思うんですけど、
今朝ですか、青森の方で地震とかありましたけれども、
そういったことがなぜとか、そういうのもね、私なりのことをお伝えさせてもらってる部分です。
いよいよ楽しみですね。どんどんどんどん深いところを探っていきましょう。
よろしくお願いします。
初めてのカタカムナ。
改めてよろしくお願いいたします。
あっこさんのことも知りたいんですけれども、最近あっこさんいろいろ行かれてるじゃないですか。
そのあたりも含めてお伝えいただきながら、この私とカタカムナっていうところまでちょっと行けたらなと思うんですけれども、
最近あっこさんはどのあたりを公園とかお話会みたいなところで行かれてる感じですか。
最近は山口県と、その前に神奈川とかに行かせてもらってまして、福井、名古屋行きましたね。
山口県の後、広島にちょっと寄りたいところがあったり、岡山の清水神社さんってあるじゃないですか。
そちらにちょっとやっぱり行きたがいいなっていうのがあったので。
何しろね、車が好きなんですよ最近。
そうなんですね。
飛行機と、子育て中は飛行機乗りたくてしょうがなかったんです。
03:02
そうですね。
急に変な話ですけど。
クンっていうシートベルトのサインが消える音ってあるじゃないですか。
あれをすごい聞きたかったんです。
身動き取れないときは、もうそれがこの領空を離れたみたいな、
どこにも私は所属していないっていうのの象徴のように思ったんで。
この上を飛んでるときっていうことですね。
そうですそうです。
安定したところに行ったっていうことで。
それを聞きたかったのが、もう多分気が済んだんだと思うんですね。
もう常に地上で、どこかに私行ってますよみたいなところですよね。
そうですね。
それが自由の象徴だっていうフェーズが終わって、
次はコロナが終わって、混雑している駅を通過しないっていうことが、
すごく自由を感じると。
そうですね。電車で行ったら絶対混雑してますもんね。
そうなんですよ。ライブがあるとかコンサートがあるとかね。
みんな楽しいのわかるんですけど、
インバウンドの方もすごいいらっしゃるので。
とにかく車中泊とか、もともとバックパッカーなんで。
そうなんですね。
理想はキャンピングカーなんですけど、
キャンピングカーも大げさなんで、別にどこでも寝れればいいみたいな感じで。
それで最近、新聞に行かせてもらった高地本も車で行ってきたんですけど。
そうなんですか。それご自身で運転されるんですか?
そうですよ。運転好きなんですよ。
ここでお話しするように、アメリカで免許取ってるので最初。
だからそれでカナダしょっちゅう行くとか、
もうカナダも中部の方まで行くとか、
オレゴン州まで今晩中に行こうみたいなときは、
もう果てしなく長いわけですよ。
僕海外で運転したことないですけど、すごい信号とかないですもんね。
何にもないから。ガソリンスタンドないし、サービスエリアなんかないし。
だからね、日本ってなんて運転しやすい国なんだって思うんですよ。
どこ行ってもトイレが綺麗で、道の駅あって、何をやっても市販がいいし、
一人で行っても不安がないので、こんな快適なことないと思って。
それをカタカムナ的に考えるのもいつもそうなんですけど、
逆算して、できなくなることは何かって考えていくのね。
なんか男性能的ですね。
だから、しんどい国は若いうちに行っとこうと思ってたの。
もう若い頃からそういうことを考えてたんですね。
南の国でゆったりするみたいなのは、歳いってからでもできると思ったんですよ。
飛行機は車椅子でもたぶん乗れる。
でも運転はしんどい。
だから今のうちにしたいことはどっちかって言ったら、運転の方やなと思ったんです。
06:04
すごい合理的に。
やりたいことを潰していくっていうね。
車であちこち回るっていうのを。
両親もしたいって言ってたんですけど、私もやりたいなと思ってたので。
今回は下関まで車で行って帰って。
結構かかりますよね。
結構かかります。だから下手すると6時間くらい休憩しながら。
でもその合間合間に、今年の初めに亡くなった母が尾道の出身だったり、
お寺さんにずっとお世話になって、母が辞伝みたいなのを書かせていただいてたっていうのがあったので、
お礼にお収めしたいものとかもありましたので、親戚にご挨拶したり、お墓に訪ねたり。
なるほどね。そう見たらやっぱりお母様のご親戚にもちゃんと挨拶して。
そうなんですよ。主人のお里の方も下関なので。
そうなんですね。
西に行くとホームな感じがするし、やっぱり瀬戸内が好きなんだなってつくづく思いました。
なんていいとこなんだと思って。
そうですよね。すごい海も見えて、食べ物も美味しくて。
そうなんですよ。北陸とかあっちの方の水の清らかさも大好きなんですけど、
でも瀬戸内ってやっぱり淡路島に住んでるぐらいだから、お腹の中に守られてる感があるんですよ。
そうなんですね。
だって荒波ないもん。
サーフィンできないもん。
なるほど。
なので、海言っても瀬戸内やろって笑われるぐらい、日本海とか太平洋とは違うので、本当にほっこりまったりなんですよね。
穏やかな感じのイメージですよね。瀬戸内って。
そうですよね。柑橘があってね。わかめが美味しくてね。みたいな。
黒潮回ってきたりとかしないんですよ。
ほんまですね。
その中でも公演みたいなのとかお話し会みたいなのはされてた感じですか?
今回は久々に、もうそれもね、お仕事じゃなく行きたいっていうのも要望としてはあったんですよ。
それで下関に行くっていう用事が先にあったので、下市までにっていうのがやっぱりあったから。
ミッションとしては、この神事ミッションとしては、黄蜜さんに行くことだったんですよ。
黄蜜さんはもう絶対に御縁があるって言われてたから、いずれ行きたかったんだけど、なかなか寄れなくて。
行って初めてわかったんだけど、姫忠雷鈴姫さんが。
難しいですね。もう一回言ってください。
姫忠雷鈴姫さん。あれ?なんかちょっと違うかな。とにかく名前が長いんですよ。
トトトモモソ姫さんとかね。
奈良とかのあたりにいらっしゃるお姫さんなんですけど。
でもとにかく、いざなぎいざなみさんがいらっしゃって、その娘さんっていうね。
09:03
奈良だと、いさかわ神社っていう、奈良最古の神社にいらっしゃったりとかするんですけどね。
で、その女性のインナーチャイルドみたいな。インナーガールって呼んでるんですけど。
なんか可愛いですね。インナーガール。
そうなんですよ。今この下死の前というか、下死の当日にシャーマン仲間のみなさんがですね。
天川でお祭りしてくれてたり、それこそヨーロッパ行ったり、南米行ったり、いろんなことしてくれてるんですけれど。
その納めするしていく中で、私はどこに行こうかなと思ったら姫忠さんだなっていうのがありました。
その下死、ここちょっとこだわりたいなと思うんですけど。
ここで下死にこだわったのは何だったんですか?下死までにって今おっしゃってたじゃないですか。
そこで、姫忠さんが行ったっていうのは、下死を越えてからやったらダメだったんですか?
一区切りですよね。
惑星的に言うと、旬分が地球でいう宇宙元旦とかね、界隈では言われますけれども、スタートとして。
その日が一番長くなる時っていうのが下死なので。
そこでピーク、例えば満月みたいな感じを迎えて、そこからは日が短くなっていくっていうフェーズに入るので。
ここまでにことを納めたい時っていうのは、小読み通りに動くということではないんですけど、やっぱり後押ししてくれる力。
なるほど。そういうのもあるわけですね。
そうです。星を味方につけるっていうのはね、やっぱりすごく楽になる。楽によりそれができるなと思うんですね。
星を味方につける。これを聞いてる皆さんはもう下死すぎてるんで、あれなんですけれども。
ただしね、今年は下死と父の日が重なったんですよね。
そうなんです。それもやっぱりカタカナの話で言うと、不正というか、男性性というかの極まりがありまして、
ちょうど我が家でもフラクタル城に、総辞書的に言うと、3人娘の卒業が今年ですので、うちのパパちゃんは今年で父親行、卒業だねって言ってたので。
すごい綺麗に言ってますね。
そうなんですよ、極まりが。帰りに家帰るの間に合わなくてね、サービスエリアで私はズームに入ったんですけど。
盛大に3人が祝ってくれたり、パパちゃん今までありがとうって言うので。
今さらっと流しましたけど、父の日のやつをズームで、全世界に皆さん散らばってるから、ズームでお祝いして、あっこさんは車で携帯で。
サービスエリアにいる嫁みたいな。
パパも出張だったし。
そうなんです、だからお家で2人でズーム入れないんだったら、私も今動くタイミングかなと思って。
12:03
パパが1週間出張だったので、私もどこ行こうかなと思って。
ちょうど。
やっと行けたっていう。
すごい流れですね。
ありがたかったんです。
そういう風に流れていってるのかもしれないですよね。
そうなんですよね。山口でもお邪魔してきたところが、千仏寺さんっていうお寺さんなんですけれども。
母がそこの記録の本を出版したりとかさせてもらったご縁で、いろいろお悩みを抱えた方が、続々と口コミで訪れるお寺さんだったり、
いろいろ体調を改善したりするとてもいい湧き水がそこで湧いているっていうお寺だったんで、ぜひ一度実際に行ってご挨拶申し上げたいなと思って。
山口さんは初めまして。
初めてなんですよ。
母がそれだけお世話になって、しょっちゅう仲良くさせていただいてたのにね、私自身は自分のことでバタバタしてましたので、
目にかかれてなくて、ぜひ行きたかった。
いいですね。そういうタイミングもあって。
もう一回伏線回収しとかないとね。動けるうちにね。って思わせていただいてます。
やっぱりこうやって全国いろいろ行きながらも、その土地その土地での行きたいところも行ってみたいな感じで。
最高じゃないですか。
最高なんですよ。
それがやっぱり自分で運転していくっていうのが本当に今ならではだなっていうのがありまして。
大変路さんね。歩いて回るのが夢の方とかね。
それこそヨーロッパ回っていくとか、いろんなみんなやりたいことがあると思うんですけど、私はもう遊牧民なんでしょうね。もともとね。
定住型じゃない放路壁があるので、やっぱりキャラバンに荷物を積んで、自分の力でっていうか、自分の行きたい方向に動くっていうのがすごい自由を感じるんですね。
これからもそういう時代ですよね。車で。
この間ね、カラゴア行った時にね、同じ区でね、言ってたんですけど、その飛行機の群っていうのを聞きたいっていうのがワンフェーズあったけど、次の要望は帰る日を決めないで旅に出たい。
かっこいい。
だから飛行機チケットで絶対リターンを買わないといけなかったり、大体ビザの関係で往復の方が安かったりとかもするじゃないですか。
いろんな国行くときにややこしい目に遭うんでしょう。リターンのチケット持ってないと。
何しに来たんだ。
絶対無法滞在はしない。
なるほどなるほど。
そうそうそう保証ですよね。
だから持たないといけないんだけど、今まで子育て中に動いてた時って、やっぱりもう三館部屋から帰らなかったか、
この日これがあるからみたいなのがあったんですけど、お尻を決めないで行きたいっていうのがあったんで。
15:04
今私がどこにいるか誰も知らない。
探さない。旅に出ます。探さないでください。
本当に放浪壁なんですよ。
それを満足させることをやってみたいなと思って。
神奈川に行くときはそうやったってことですか?
関東はね、さすがに駐車とかめんどくさいんで、駐車場とかめんどくさいから、新幹線で行ったんですけど。
なるほど。
でも極力お尻は決めない。
今回のやつも基本的には山口に行ったりとかの方は決めずに行ってて、
サービスエリアでお父さんとパパちゃんとみたいな感じになったわけですね。
みんなで2時間くらいズームで喋って、そっから夜中には家に帰ったみたいな。
ちょろっと一瞬女塾っていうのが出たんですけど、その女塾っていうのはどんなことをしてるんですか?
天然自然の女塾っていうフルネームがあるんですけれど、
カタカナ的な天然の在り方、自然の在り方っていうのを活かせる。
まず女の人が増えてくださらないとっていう思いがあって、
それを天然女塾っていつの間にか呼ばれるようになって。
そういう意味で呼ばれるようになったっていうことは、ご自身でつけたっていうよりも何となくそういう感じになったっていうところですか?
なんかやったんですよね。自分で呼び始めたんだと思います。
天然自然の女塾っていうのが長いから、天然女塾ってなったんだと思います。
それは基本的にどういうところに行けばっていうか、なんかそういうのやってますよみたいなんてなんかあるんですか?
各地の主催者さんがお仲間大事な人にお声掛けしてくださってっていうのがほとんどの状況だったんですけれど、
一応アメブロとかにもね、ワンデイとか本当に体験的に初めての方でもスポットで参加してもらえるっていうのもちょこちょこやったりしてるので、
そういう予定はアメブロとかインスタとかに載せさせてもらいます。
それだったらね、今後せっかくこうやってラジオもさせていただいてるので、こういうのでもね、事前に分かってたら紹介していきながら、
もっともっとこのカタカムガを広げていけたらなと思いますね。
なかなかその話ばっかりしてても前に進まないので。
法論壁の話。でもここから始まってるんですよ。
そうなんですね。じゃあそこもちょっと行きましょう。
56ページですね。ではあこさんまたよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。中学、高校時代留学したい。もう法論壁発動です。
もうここで出てますね。
お話し会では私自身がどういう経緯でカタカムガに出会って響いたのかをご質問いただくことが多くあるので、
今では同じようなタイプの方やお子さんたちもますます増えてるかと思いますので、
ここでは私がカタカムガに出会った経緯をお伝えしています。
同じようなタイプのお子さんっていうのが、やっぱりお母さん方ね、
18:03
不登校とか非登校とかで悩んでらっしゃった方もやっぱりここ10年ぐらいね、とても増えたし多かったじゃないですか。
で、まあ私その先駆けと言ったらなんですけども、走りだったなぁと思うのがあるので、ご参考になればと思って。
いいですね。
その後私は中学生ぐらいの頃から、いわゆる普通の学校はあまり好きになれなくて、
不思議と日本の教育は間違ってるとはなから思ってるようなタイプの中二病だったっていうね。
変わってますねこの時代に。
いや何を根拠にね、でもこれはもう自分の中で決まってたんですよ。これじゃダメだと思って。
もう最先端で今で言ったらそれはね、なんとなくこう言われてて、
学校教育をそろそろ変えないといけないのかみたいな感じの話もね、出てきてますけど、この中学の時にそれを思ってたって。
いや本当にびっくりするぐらい変わってないですよ。いまだに。
なるほど。
もうとっくの昔に思ってましたよね。
で、この当時はまだ今のように不登校という選択肢があまり一般的ではなかったので、
一応登校はしていましたが、とっても失礼なことにここやんわりした言い方してますけどね。
喋る時はね、なぜか先生の話聞いたら自分がダメになるぐらいに勘弁して本当にいたので、耳に入れたらあかんと思って。
頑張ってたんですよ。
で、私の実家はよく友達から図書館見たよねって言われるほど壁一面が本だったんで、
その日の文庫本を持って学校に行って授業を聞かずに机の下で読んだりしていました。
もうほんまに嫌ですよな、こういう生徒。
でもそのお母さんのお話とかをちょろっと聞いた時に、なんとなくその素性というか下地はできてたのかなって。
そうですよね。
お母さんがそこのお寺さんの人生のことを書いたりとかってしてたっていうことですよね。
そうですね。だから両親共にすごく読書家っていうか本が好きで、
暇さえあれば本屋に行くっていう感じだったので、何でかわからないけど本当に古典は間違いない。
っていう根拠はあったんですよ。だって残ってきたんだから。
そうですよね。
寄りすぐられて残ってきたものだから、それは間違いないと思ってたので、
もうこの教育指導要領に沿ったものを聞いているよりも、っていう意味だったんだと思うんです。
なるほど。
言ったらその頃からもうカタカナに出会う?
古典中の古典じゃないですけど、そういう運命というか流れだったのかもしれないですよね。
そうですよね。そう考えると今になってじゃないですけど、
どなたにも何をやることになってるかって絶対決まってると思うんですよ。
そこに落ちるようになってる。
なるほど。
恋に落ちるようになってるみたいな。そこにはまるように必ずなっているだなと思いますよね、こんなのが。
そうですね。
日本ではなくて海外で学びたい、留学したいと両親に脅してるんですよ。
21:02
言い続けてるうちに、両親が小さな高校代理店デザイン会社を経営してた関係で、
三宮ですよね、クリエイターで海外経験のある方と出会う機会を作ってくれて、
するとその方が、あなたね今行ってもtoo youngよって、
どこの国の人かわからない、エイリアンになって帰ってきちゃうわよって、
いつもしてる話なんですけど、言ってくださったので、ではどうすればいいですかって尋ねると、
日本酒と古典をちゃんと学んでから行ってらっしゃいって。
すごい素晴らしいアドバイスですね。
素晴らしい方なんですよ。
この人、後々マハと仲良くしてた親友みたいな方だったんですけど、
サハシケイジョさんっていう方で、この方は日本で本当に最初に女性だけの会社を設立なさった。
今の超高齢化社会になることを鑑みて、お父さんが一人残られたんですね、高齢の。
そのお父様が料理ができない、生活力がないっていうことを危惧なさって、
男たちの料理教室っていうのを始めておられたんですよ、当時から。
すごいですね。
今ありそうじゃない?
でも昔って絶対なんかですね、男子厨房に入らずみたいな。
バリのフェミニストですよ。
本当にすじ金入りの。
だからすごくね、切り込み隊長みたいなね。
とっても美しい方で、やっぱり出家なさったんですよ。
なんでケイジョっていう風にお名前つけられて。
今も元気かな。お座りになってご挨拶行きたいですけど。
その言葉は不思議と当時の私にも納得できたので、
日本史と古典を目的に公立高校に行って、
卒業した春にすぐさまアメリカに留学させてもらいました。
もうこの時から飛び立ってるわけですね。
こんな子嫌じゃない?
本当に前も言いましたけども、後から分かったら、
本当に卒業式の夕方に伊丹空港からシアトル行ってるから。
ドラマみたいですね。
ひどいよねっていう。
でもね、友達たちもちゃんと家帰って着替えて、
痛みまで見送りに来てくれてましたね。
そんな感じでした。
すごいですね。でも今聞いたら、本当に青春ドラマのワンシーンみたいな感じで。
本当に。
覚えてるのが、飛行機の中で大分泣いてましたよ私。
何をですか?
何かが分からなかったんです。
でもやっぱり兄がいて下の子やからね。
言うたら地元離れるの初めてみたいな感じ。
それがいきなり海外?
うん。ですよね。
でも行くことは決まってるから嫌とかは全然ないんですよ。
でも違うんやな、行くんやなっていうのでね。
なるほど。
ワーワー鳴ってました。
何の心配もしてませんでした。
不思議ですね。
後から考えたら、当時書いてる文章とかボロボロやなって思いますけど。
だってその時代に、まず高校生でそんな留学するって少なかったですよね。
24:01
前例がないって言って。
そうなんですね。
うち普通の公立高校やったから、英語の先生とかも、
日本の大学入らないの?そっからの1年とかじゃないの?って言って。
違うよって。
何の意味があるんそれって。
無駄やんって言って。
そのまま向こうのカレッジにそのまま入ったっていうことでした。
いわゆる正規留学ですね。
その頃から全世界を股にかけて放浪しながら学んでいく人生を歩んでたわけですね。
踏むべきところをスタンプ押して踏んでいるっていう感じ?
募集委員長とか88箇所じゃないですか。
もうもう一回行くことになっていたっていう場所を巡るんでしょうね。きっと。
もう一回行くことになっていた?
絶対一回行ったことあるとこしかたぶん行ってないんですよ。
それはいつとか聞いていいんですか?
今回の人生では初めてかもしれないけど。
そういうことですよね。
前世なのか前々世なのかさらに前なのかみたいなところですよね。
わかりませんよね。
でも日本になぜね。
じゃあそんだけバタバタしたいくせにどうして日本で生まれ育ったかっていう理由も
共有できる方が聞いていただいてちょっとでもねいらっしゃったらなーっていうのは思いますね。
すごい。
いやもう次々次々進みたいんですけどなかなか進みたいですよね。
ここでもうこれで無理して続くより今日はこれぐらいの方がいいかなとは思いますね。
アメリカ行ってすぐはどんな感じだったんですか?
すぐはもう何も右も左もわかんないので。
シアトルに行った理由は生まれ育った神戸とシスターシティの姉妹都市なんですよね港町で。
そうなんですね。
それでお知り合いがいないことはなかったので全然関係ない郊外の枯れ地に入っちゃったんで。
もうねそれこそ車が自立手段なんですよ。
なるほどもうその頃から車。
命綱なんですよ。車なかったら学校行かれへんし買い物行かれへんし何にもできないんで。
だからもうバスって言うと1時間に1本来るか来ないかみたいな感じだから。
自立の手段として何が何でも免許を持たなきゃいけなかった。
それがまあこの運転が嫌いじゃない今と繋がっているんだなっていうのはね思うんですけどね。
本当にそうですよね。そういう意味で言ったらもう海外に行って車がなかったらダメだったから免許も取って。
そこで一人を謳歌しながらっていうのが今にも繋がっているのかもしれないですね。
自由の象徴ですね。
そうですね。
ガソリンスタンドないからガソリンタンク積んで。
そうなんですね。
その車やからいつラジエーターがオーバーヒートするかわからないんですよ。
でもボンネット開けてフリーウェイ止まってたら絶対当時のアメリカの人たち親切だったんで絶対止まってくれるので。
27:08
もう怖い車で走ってましたわ。
本当に青春の1ページですね。
本当に。山の中からどんどん入っていくっていうことをやってたから。
今ならGPSとかあるし。
そうですよね。
エアタグとかいろいろありますけど。
自分の子供がそんなことしてたらなってね。
一人一人以内にキャスケード山脈というところに入っていくから。
そう考えるとお父さんとお母さんはすごい決断だったんだ。
知らないですよ。言ってたこと。
だってスマホもLINEもないし電話するとなったらコレクトコールやからお金かかるじゃないですか。
写真だって紙焼きの時、プリントの時代だからね。
だからもう山奥入って別にインスタ映えも何も考えないでしょ。
SNSないから。
もうただ本当に樹齢何千年という巨木に出会って嬉しい。喜ぶ。
ということをやりに山中入ってたんですけど。
後々わかったのがやっぱりその辺りってアメリカの先住民の方。
ゆかりの深い土地ばっかりだったっていう。
なるほどね。やっぱりそういうのが今後に繋がっていくわけですね。
そうなんです。だからもう今まで行ったことのあるところをまた踏んでいるっていうのはそれもそうだったなって思うんですよね。
いやもう今週も深い話になっちゃいましたね。
いえいえ。このアメリカ北西部のカナダにかけてのね。
昔そんな国境なんてないので、その辺りの先住民の方々とのご縁っていうのがあったなって思うので、今も艦隊兵舎団体担当ですって。
先住民の方たちの輪っかっていうのはこういう風に繋がっているので。
今年の下旬もやっぱりその周りでみんながお祭りとかお弔いとかをしてくれてる仲間がいっぱいね。
いてくださるなって思ってます。
素晴らしい。
そういうのも含めて考えると下旬までに終わらすっていうのがちょうどいい感じだったんですよね。
できることをね。やっぱりそれは一区切りつけようという行動に下旬が来るっていうのは後押しになってくれるので。
その下旬になったからもうダメとかさ、そういう風に考えるとしんどいじゃないですか。
でも何かやろうとするときに背中を押してくれるために惑星を使おうって。
素晴らしい。
惑星を使おうって思ったりとかしてます。
そろそろお時間になってきました。
今週はこれぐらいにしたいと思います。
ありがとうございます。
また来週お願いします。
30:00
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