1. そうくんの独り言
  2. 自己実現とはそもそも何か?
自己実現とはそもそも何か?
2026-03-23 23:38

自己実現とはそもそも何か?

#自己理解プログラム
#自己実現
#自己理解の旅路
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6966357c8d01e8272cb3f17f

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

自己実現とは、単にやりたいことで収入を得たり、ひたすら突き進むことだけではないと筆者は語る。お金の有無や収支、活動量だけで自己実現を測ることはできず、むしろ生き生きと充実感を持って生きている状態こそが自己実現であると定義する。自己理解プログラムで見つけた「やりたいこと」も、時代の流れや個人の状況によって変化しうるため、それに固執しすぎず、満足感や充実感を得られるプロセス全体を自己実現と捉えるべきだと結論付けている。

はじめに:自己実現とは何か?
はい、どうも。こんばんは。 ただいま時刻はですね、夜の23時半ぐらいだ。近いところなんですけども。
こんな時間にもかかわるので、ちょっとスタイルをとっていこうかなと思います。 これを聞いてる人はお気づきかなと思うんですけども、
今回からちょっとBGMを入れてみました。 このよくね、YouTubeショートとかで流れてるやつなんですけども、
これね、ちょっと憧れてたんですよね、個人的に。 個人的にちょっとこのBGM音源を流しながらぐったりと喋るということに憧れてまして、
今日はね、こんな時間ながら憧れが一つかなった日ですね。 ちょっと今、したり顔です。
そんな今日なんですけども、話していきたいテーマは、 自己実現って一体何なんだっていう疑問についてちょっと考えて、
スタイルで話していこうかなと思っております。 もうね、日曜の夜の23時半ですよ。
こんな時間、明日は月曜日だっていうのにもかかわらずね、 こんな時間にもかかわらずスタイルをとっていこうと考えてます。
でね、もしかすると僕のXとかを追ってる人は知ってるかもしれないですけど、 明日、明日ってことは今22日なんですけど、
3月23日にXのスペースのほうでも、 全く同じテーマで話そうかなと思ってます。
なんでね、同じテーマを伝えるとXのスペースで話そうとしてるのかっていうと、
今日のね、これはこのBGMを流しながら撮れるのかっていう確認も実はしたかったっていうのもありますし、
あとは明日のスペースで話す前に、 一旦ちょっと自分の中で喋るってことで咀嚼をしておきたいというか、
ちょっと整理をしておきたいっていうそんな意図もあって、 あえてね、かぶったテーマで伝えると、
それがXのスペースでどっちもやろうかなと思ってます。
というわけで前置きが長くなっちゃったんですけど、
自己実現の一般的なイメージとその疑問
今回、今日ね、自己実現って一体そもそも何なんだっていう、 そもそも論みたいな話をちょっと考えていきたいと思ってて、
ここで話すのっていうのはマジで僕のマイスタイルごとにしてるんですけど、
あと僕の持論なので、これが絶対的な正解ってことはどこにもないよっていうのがまず1個目と、
あと僕がここで話す自己実現っていうのは、
Xからこのスタイフにたどり着いた人っていうのは、 まあまあ謎なくわかってくれるかなと思うんですけど、
いわゆるですね、自己理解プログラムっていう、
プログラムの終了した先における自己実現みたいなイメージ、
世間一般的な抽象的な言葉としての自己実現とは何かみたいな話よりも、
自己理解者が提供してる自己理解プログラム終わった後の自己実現みたいなニュアンスで、
一応僕がしゃべっていこうかなというふうに考えているので、
そういうふうに捉えて聞いてもらったら嬉しいかなと思ってます。
前置きが長くなってしまったんですけど、
自己実現ってそもそも何なのかみたいなところについて、
自分なりの仮説なんですけど、僕の中での仮説なんですけど、
一旦この2026年の3月22日時点の僕の意見なんですけど、
超抽象化すると、生き生きと充実感を持って生きていくことが、
もう自己実現と言えてしまうんじゃないかなというふうに思ってまして。
今日話すのが逆説的な感じから話していこうかなと思ってて、
逆になんだけど、自己実現って言われたときに、
ギッとイメージする概念って、
自己理解プログラムで求めたやりたいことでマネタイズをすること、
要はお金稼ぎをすることですね。
同じくも自己理解プログラムで求めたやりたいことっていうのを
愚直に押し進めていくことみたいな。
この2点がガシッと浮かぶ人ももしかしているかもしれないんですけど、
最近僕がこういう概念じゃないなっていうふうに最近の僕は、
この2026年3月22日の僕はすぐに思えてるんですよ。
さっき並べたこのような、プログラム内で出した答えを
愚直に押し進めるっていうところと、それでマネタイズをするっていう
この2点に反論っていうか、
これを逆説的な形で考えていこうかなって思ってます。
収入と自己実現の関係性
仮になんですけど、やりたいことでマネタイズをすると、
お金を稼ぐみたいなことがこれが完全イコールで自己実現だとすると、
例えばなんですけど、どなたのことを言ってるか、
皆さん差し替え意識があるかもしれないですけど、
キャリアコーチと歌手活動みたいなことを
同時にやってる方がいたとするじゃないですか。
仮になんですけど。
その時にキャリアコーチ側で収入を得ていて、
方やアーティストとしての活動の方で収入がイマイチだなって思った時に、
じゃあそのアーティスト活動とか歌手活動側は
自己実現じゃないんですかって言われた時に、
ちょっとしっくりこない感じがしませんか。
これは感覚的な話になるんですけど、
論理的な根拠としてこうだってすごい言い難いんですけど、
ちょっとフィーリングで、
わかりますかね。
二足のわらじの人の片方の活動で収益が上がってなかったとしても、
それを自己実現でないって論じるのが、
なんだか僕はチグハグな感じがしちゃったんですよね。
今の話は、キャリアコーチ&歌手活動みたいな例で挙げてるんですけど、
これは例え話として、僕は何を出してもいいかなと。
例えばお医者様と小説を書いてるとかでも全然いいと思いますし、
サラリーナンとミュージシャンみたいな組み合わせで
もいいと思うんですけど、
いわゆる収入源としてのお仕事と、それと並行して
二足のわらじで表現者としての活動って言ったらいいんですかね。
みたいなことをしてるっていう例を考えたときに、
収入稼げてる側のその人の一面っていうのは自己実現といえて、
収入は一見すると少ないけど、表現者として動いてるそっち側は
自己実現じゃないって論じるのはちょっと違う感じがしませんか。
僕はするんですよね。
むしろ表現者として動いてるときもお金には直接なってないかもしれないけど、
それって立派な自己実現だよねっていうふうに
捉えることができるような感覚があるんですね。
さらにお金を稼いでないと自己実現じゃないとするならば、
いくらからそれって自己実現なんですかっていう指摘もできると思うんですね。
例えば月5000円稼いでるワーク、お仕事って言ってるかな、
ワーク的なことだったら自己実現と言える。
月5000円?1万円?5万円?30万円?みたいな。
その収益の量とか有無みたいなものが
自己実現がいなかっていうのを決めてしまうっていうのは
なんだか物衰な感じがしませんか。
物衰でちょっと野暮な感じがするなっていう気がするんですよね。
月5000円のそういう活動が自己実現じゃないんだけど、
月30万円稼いだら自己実現と言えるよねっていうのは、
なんか嫌な感じするじゃないですか。
例えば、ゼロかプラスかみたいな話をしてたと思うんですけど、
自己理解で見つけた、やりたいことのために
例えば30万円の投資をしました、
なんか講座でも学びでもなんでもいいですよ。
やりたいことのための出費みたいなところなんですけど、
これってお金っていう部分の収支だけを見ればマイナスじゃないですか。
マイナスな投資をしてるからマイナスな。
でも自分に投資してそれ自体は自己実現に向かってるっていう感じがするじゃないですか。
収支はマイナスだけどね。
これは感覚的な、フィーリングでしかないんですけど、
お金のプラマイっていうところが自己実現かどうかを
ジャッジしてるわけじゃない、決めてるわけじゃないような気はすると思うんですよ。
なんとなくここまで聞いてくれた方は、
まあまあまあみたいな感じすると思うんですよね。
お金のプラマイとか収入なのか出費なのかみたいな。
これが直接的に自己実現なのかいなかっていうのを
決めない、決めないよねって言えそうな気がするんですよね。
決めないのであれば、例えばなんだけど、
自己実現をするためのライフワークみたいなものも、
それもまた自己実現の一部って言えてしまうような気もするんですよね。
どうしてもこういう講座を受けたいとか、どうしてもこういう資格が欲しいみたいな。
とか、あとはもっと日々頑張っていくために自分のご機嫌を取りたいみたいな。
そのためにじゃあいくらいくら万円が必要みたいな。
で、じゃあそのためにライフワークで丸々万円稼ぐねっていうこのムーブが
自己実現に該当していないと言えるのかなっていう感覚があるんですよね。
このごくごく普通に会社員勤めとかそういうお仕事で
その生み出したお金を自己実現に使うってことは
それって周りもライフワーク的なことも自己実現に結びついていると言えるわけじゃないですか。
またちょっと極端な例を出しますけど、逆にじゃあめちゃくちゃ収入が良くてみたいな。
月1億円入ってきますみたいな。
でも全然満たされてないです。でも全然楽しくないです。充実しないですみたいな状態だったときに
それを自己実現と読んでいいのって言われたら
それは今度逆にノーっていう感じがするじゃないですか。
ってことはここまで話してきた内容、全部僕が話して僕が反論して言ってるんですけど
何かいずれにしても金銭の有無とかプラナイの量の多い少ないみたいな
ところを自己実現のジャッジの材料とか指標にしていいかっていうと
これって疑問じゃないっていうふうに思えたんですよ。っていうのがまず今日の1個目です。
「やりたいこと」の探求と変化
次に自己理解プログラムで決めた、求めた、やりたいことっていうのを
じゃあ愚直に進めましょうよっていう話で言うと
これ言っていいのかなって思いつつ言葉にするんですけど
結局自己理解プログラムも言ってしまえば100日間っていう枠組みだと思うんですよね。
僕はかれこれ終了から1年ちょっと経った人ではあるんですけど
1年経って思うのが、自己理解プログラムの100日間っていうのは
ごめんなさい、僕の意見なんですけど
不動のこれですみたいな、人生かけてこれしかないですっていう
不動のやりたいことを見つけるっていうプログラムではないような僕は気がしたんですよね。
一応キャッチコピーというか、売りも運的にやりたいこと探しを終わらせるプログラムっていう話ではあるんだけど
僕は感覚としてはやりたいこと探し探しを終わらせるプログラムだなっていう感じがあって
あくまでやりたいことって抽象概念の探し方だと思うんですよね。
あと、もっと違う切り口で表現すると
ヤギ神兵さん、作ったねヤギ神兵さんなんだけど
幸せのありかみたいな、やりたいことっていうこの1つの幸せのありかを
ヤギ神兵メソッド的に探求していくっていうそういうプログラム
こんな感じだなって僕は思ったんですよ。
1年経ってたか、どの時点から思ってたかはわからないんですけどね。
何が言いたいかっていうと、100日間でカッコたるもうこれですみたいな
もう動きませんみたいな不動のやりたいことが見つかるっていう感じではなくて
100日間っていう時間をかけてやりたいことの探求方法が学べるよねみたいな
やりたいことっていう1つの幸せの探し方を学べるっていう感じなんじゃないかなって
思ってて。100日間で見つけたものが不動かって言われると
そういう概念ではなくて、むしろ変わっていくような気がしたんですよね。
逆になんですけど、自己理解的なやりたいことだけに
ただひたすらこすすべきではない。なぜなら変わるからねっていう風に
僕は思えたんです。
特に大事得意好きとかの、好きって名詞だよっていう風に言われると思うんですけど
好きが結構ね、僕は一番変化しやすいし流されやすい
時代の流れとかもあると思うんですよね。
ワープロが好きだって言っても、ワープロって時代とともに今置き換わってないし
馬車が好きだみたいな人も馬車っていらないじゃんっていう話になっちゃうし
今ある好きなものが今後時代の流れとともに淘汰されて
入れ替わっていく、移り変わっていくってことは
往々にして考えられるので、ってなると
大事得意好きの合わさったものがやりたいことっていう
そういうメソッドだから、その中の一パーツがブレるってことは
ブレるって言い方をするとよくないかもしれないけど
やりたいことが不動ではないよね、動くよねっていうことは
往々にして考えられる
あと、またこれそもそも論なんですけど
何をもって愚直というふうにみなすのかみたいな考え方も
僕はあると思うんですよね
1時間やってたら愚直なんです、受験勉強みたいな概念なのか
XとかSNSで発信してたら、それは愚直と取るのか
でも、そういうのも人のペース次第の話でしかなくて
結局その人を取り巻く環境というか
だってそういうのも人それぞれだし
さっきのライスワークの話じゃないけど
今やってるお仕事が残業が月100時間ある人と
100時間って相当に大変だと思うんだけど
残業が月100時間の人、50時間の人
全然毎日定時で帰って0時間の人とか
使える時間が違うっていうのは当たり前の話だし
他にも例えば、いわゆる自己理解会話の
ママさんとかお子さん居られる方だったら
家事・育児とかに追われる人とそうじゃない人
っていうのが当然あって
そういう違いが出るのは当たり前の話
人それぞれに自由時間とか使える時間とか
取り組む環境だとかっていうのも
そもそもやりたいことも違うし
ってなったらエネルギー用も全然違うし
そう、ってなった時に
結局は多分やってること比較だと思うんですよね
SNSとかを見てると
あの人はガシガシやってて
自分はまだまだかもみたいな
結局そういう比較とか
芝生葵みたいな話になってくるのかなーみたいな
そんなことを思っちゃうよね
思っちゃうよね、ごめんなさい
言い切りがなんかあんまりバシってないんだけど
で、2点目の要点としては
いずれにしたって自己理解プログラムで見つけた
やりたいことをガンガンにやってる人イコール
自己実現をしている人と
イコールじゃないよねっていう
ガンガンにやってるっていうのも
何をもって愚直にガンガンにやってるのかっていうのも
概念としては曖昧だし
そもそもやりたいこと自体が人によって違うんだから
だし、さっき繰り返したけど
時間の余裕とか問い巻く環境とかも違うんだから
そんなの比べだしたらキリがないよねっていう話になっちゃうし
その方ややりたいことが変わっちゃった人とか
ゆるゆるだけど頑張ってる人
こういう人を自己実現してない人ってみなしますかって言われたら
ここもだから切り離しきれないと思うんだよね
一概にガンガンやってる人が自己実現してる人だって
言い切ることもできないし
やりたいことが変わっちゃった人とか
マイペースでゆるゆる頑張ってる人が
自己実現してない人とも言い切れない概念だよねっていう
っていう風になってると思う
自己実現の真の指標
あとこれも最初に出した例の
お金稼いでも苦しかったら良くないよねって話だけど
ガンガンやっててもそこに苦痛とか
しんどさみたいなのが伴うんだったら
それは正しい自己実現のステップなのかっていう疑問も湧くじゃん
あまりにも自己理解プログラムで見つけたやりたいことっていうのに
追われすぎてるね
固執しすぎてるみたいなのが
それが自分を苦しめてる要因というか原因になってたら
それはあまり健全とは言えないよねみたいな
これ自分で言っててさ
すっげーブーベランになってるかもなって思いながら
今喋ってるんですよ実はね
実はこんなこと喋りながら
胸が痛いかもとかって思って今喋ってるんですけど
だから今日最初のテーマというか
掲げてた2つっていうのが
要は自己理解プログラムで見つけたことによって
マネタイズをするっていうことと
それからもうガンガンに愚直に押し進めるって
この2点っていうのが
をしている人
イコール自己実現をしている人とは言えないんじゃないのっていう
逆説的な考え方で
今日こういうスタイフを取ったよっていう感じかな
で自己実現をしてるかいなかっていう
その指標みたいなのって
ここに根拠はないんだけど
フィーリングでしかない
そういうふうに見えるっていうだけなんだけど
それって結局のところ
自分がそこに満足してるのかとか
そこに充実をしてるのか
あるいは今は満足充実っていうのが足りないかもしれないけど
そこに結びつくようなアクションをしてるのかっていう
それを目指す試行錯誤のプロセス全般を
自己実現っていうふうに読んでいって
いいんじゃないかなっていうことを思ったんですよね
書く僕も終了してすぐの時は
これでガシガシ稼いでやろうとか
ガンガンに進めてやろうみたいなのに
憧れじゃないけど
そういうメラメラがしてたんだけど
1年経って思ったのが
今も全然諦めてはないんですけど
ただそれだけが果たして
自己実現をしている人なのかっていうと
むしろどっちかっていうと
満ち足りてるかどうかみたいな概念のほうが
大事なのかなって思ったよっていう
そんな話ですよね
まとめと今後の展望
これを一応明日はこのXのスペースのほうで
ひとまずこんなテーマについて話してみようかなと思ってるので
もしかするとこれを同じようなテーマについて
2回聞く人もいるかもしれないんですけど
それはそれでご愛嬌というかお付き合いいただけたら
僕も嬉しいかなって思います
一応スタイフはこんな感じです
もしいいなってちょっとでも思ったら
別のスタイフの収録とかを
また聞いていただけると嬉しいかなというか
励みになります
お疲れ様でした
バイバイ
23:38

コメント

スクロール