しかも先言ってましたけど、音楽とアートとか言いませんでした?
言いました。
音楽とアートがどう絡んでるみたいなイメージなんですか。
コミックマーケットとかってあるじゃないですか。
コミケみたいな。
ああいうとこに出されてる方って、
実は障害を持ちの方とか結構いらっしゃるんじゃないかなっていうのは、
僕の30年ほどこの仕事をやってきたんですけど、
裸であって。
音楽も結構アーティストの中にも障害を持ってる方、
アマチュアの中にもたくさんいらっしゃるんじゃないかなっていうのがあって、
いわゆる経営作業とか肉体労働がなじめない方もたくさんいらっしゃるんですよ。
なるほど。
音楽とアートっていう、彼らが好きなところ、得意なところにフューチャーしていったら、
そこが参加しやすいものっていうか、就労支援の第一歩、
入り口としてすごく有効なんじゃないかなっていうことを思って、
8年ほどやってるんですけど。
8年、結構長いですね。
なるほど、そういう方たちが一歩出やすいような場所にするっていうことで、
そこに特化をしたイメージですね。
そういうイメージですね。
なるほど。
確かにアートとか、何か表現する人たちって、
もともと内面にいろんなものを持ってるから、
そういう形で表すみたいな人、
結構多いって聞きますよね。
本当に様々な才能を持ちの方が多いんですけど、
やっぱりお薬飲んでらっしゃったりとか、
なかなか生活習慣が身につかないっていうので、
家から一歩外に出るっていうのはやっぱり難しいってよく聞くんですよね。
そういったところの最初の一歩の居場所っていうところがね。
なるほど。
ちなみに、じゃあ具体的に、
こんなことやってんねんでみたいなやつ、
実際には。
そうですね。
例えば音楽活動は週1回、
うちの事業所の中でバンド活動、リハーサルをして、
年1回ライブハウス、3度目のライブハウスでイベントをやったり、
いろんなところで呼んでいただいたりして、
出演したりっていうのもありますし、
今年の夏からは音楽教室を、
うちの事業所の中で立ち上げるっていう。
音楽教室を立ち上げる。
面白いですね。
本当に一般的なイメージとして、
作業所っていうと黙々と同じ作業の繰り返しっていう風なイメージを持ちの方が多いんですけど、
萩田さんのところは本当にアーティスト活動。
普通に音楽教室、アーティスト活動というか、
文化部、クラブみたいな感じで今聞こえてますけど、
教室もあって、発表する場所もあって。
そうですね。
あとはアート活動は年1回、
これまた事業所のB型の中を全部改装して、
ギャラリーにするんですね。
そこでアート展を展示会して、
そこでTシャツを今日着てきてるんですけど、
障がいの方たちがデザインしたTシャツを売ったり、
今回はカレンダー作ろうということで、
いろいろグッズ化をして収益にしていくっていう活動をしています。
自分たちの作品を世の中の人たちに手に取ってもらって、
お金も収益も集めようみたいな。
活動費みたいなのをみんなで集めようぜみたいな。
実は私も2着持ってますので。
なるほど。面白いですね。
8年やってるということですね。
だから利用者さんが集まって、
そういうことをしていくっていうのは、
教える人も必要じゃないですか。
支援員とか指導員さんっていらっしゃるんですけど、
そんな方々もちょっと異色な経歴というか。
そうですね。あんまり障害福祉の経験者っていうのは、
僕以外いなくて、
もっとプロのミュージシャンであったりとか、
全然違うジャンルの趣味で、
フォトショップイラストレーターをやってた方とか、
そういう方が中心に集まってやってますね。
なるほど。利用者さんだけじゃなくて、職員さん支援員さんたちも、
自分たちの持っているスキルを存分に活かせる場所にもなってらっしゃるということですよね。
そうですね。たまたまそうなったというか。
そういう人が集まってきたというか。
自然発生的な感じ。
そういうものに興味がもともとあってとか、
それに近しいことをやっててという方が応援に入ってきたみたいな感じですかね。
そうですね。障害福祉の分野、他の分野もそうですけど、
人材不足で、介護の分野とかすごい人材大変なんですけど、
うちの場合はそういう意味ではたくさん来てくれるんですよ。
スキルを持った方が。
人材に困るっていうことはまだ幸い直面してないんですね。
そういう特化してるアートとか音楽に触れながら仕事ができるっていうものに特化してるって言うと、
ナインチャーがあんまりないから余計に来やすいのかもしれない。
そうですね。アートに関しては結構長くからやってるすごいところあるんですよ。
全国的に見たら。音楽っていうのはあんまり聞かないんですね。
そういうのは全国でも少ないんじゃないかなって。
だから余計にそういったスキルのある方が行きやすい場所ではありますよね。
そうですね。採用の時も何ができるんですか。
あ、そんなんできるんですか。じゃあこんなんやってよってプロジェクトが広がっていくっていうこともあるっていうことですか。
そうですね。僕だから、タンワーカーなんか当時出した時に電話かかってきて、
元ユニバーサルミュージックの何々ですって言われて、こんなやつが来るのかなと思って、
こんなXジャパンみたいな人が来るのかなと思ったら、普通の優しそうな兄ちゃんが来て、
偏見だなと思って。
思い込みはね。
思い込んでました。
普通の人が来て、その人は採用される。
その人が今度レッスン教室を。
受け持ってくれる感じですか。
そうですね。ベースギターのレッスン教室。
なるほど。
そういうことをやり始めて、いろいろ目標もあったりすると思うんですけど、
こんな事業所でこういうことをやっていきたいよね、これからもみたいなのってありましたね。
そうですね。
フォークもなったらいいなとかみたいなのも。
僕ちょっといろいろあって、それ言い出したきりがないんですけど、
大きなとこで言うと、この間トーミさん来ていただいたおもてんっていうトークイベントでも言ったんですけど、
僕たちが活動している生田川っていう地域が、自分自身が育った地域でもあって、
そこの東小学校というところで僕は育ったんですけど、
今はもう人口が減って、4校ぐらいが統合されて、
そこが廃校というか、もう合併されたんで、
その東小学校っていうのは小三沢神戸という施設になってるんですね。
その小三沢神戸の南側に国土2号線があって、
そこに僕たちが子供の時からある地下道があるんです。今もあるんですよ。
子供の時は、僕ら小学生の時に地下道に魚の絵を描いた記憶があるんですね。
海底トンネルみたいな。
それですごい印象が残ってたんですけど、もうそれが古くなって、何も消えちゃってるんですよ。
ただの地下道、薄暗い地下道になってるから、誰も通らないんですよ、怖くて。
地下道ってなんかやっぱ気味悪いよね。
大人になってからでも気味悪いよね。
そこを僕たちのバース神戸の障害のメンバーとか、
中央小学校、小学校の地域ってもう30%ぐらいが外国人の子供たちっていう割合みたいなんですね。
その外国人の子供たちと一緒にとか、その地域の子供たちと一緒に、
僕たちが地下道に絵を描きたいっていうのが一つの目標です。
そうやって障害を持っている人たちがサービスを受けるだけの立場じゃなくて、
何か地域に貢献できる存在としてそういう活動ができたら、
彼らのやりがいにもなるし、地域にとってもすごくいいことなんじゃないかなと。
なるほど。
一番やりたいこととしております。
言えば叶うよって言われるんですね。
素敵な目標ですよね。
そんな秋田さんの個人のところのお話も、
いろいろなんでそんな仕事をし始めたのかなとか、
いろいろ土台になるような部分は後半でお聞きしたいと思います。
はい、ということで後半です。
ちなみにすごく面白い事業の立て方だなと思ってはいるんですけど。
まあないですよね。
まあないです。なかなかないな。
それ仕事なんてふと思ってしまうようなね、
突っ込みたくなるような内容なんですけど。
実際その秋田さんそのものは、この事業所を始めたのは8年前。
そうですです。
その前からそういった活動をしてたって感じですか。
そうですね。障害福祉の仕事は20歳の時からやっているので、
30年ぐらいになります。
ずっと障害福祉のほうでずっと仕事をしてこられていた。
たまたま。
何年くらいそれをやって独立というか、自分の会社をNPO法人を作った感じですか。
20年ぐらいですかね。20年ぐらいのときに自分でやろうっていうふうになりましたね。
自分でやろうと思ったきっかけって何かあったんですか、そのときは。
僕は3ヶ所か4ヶ所を施設で働かせてもらって。
施設を変わったんですか。
そうです。変わって4ヶ所。
毎回トップの方と揉めちゃうんですよ。
揉めるポイントって何だったんですか。
若い頃は人のせいにしてたんですけど、だんだんこれ自分が悪いんじゃないかなって気づきだして。
僕の性格が喧嘩するようになって。
あんまりイメージないですけどね、お話聞いている限りでは。
そこに気づきだして、自分でやらないといけないんじゃないかなっていう。
最後の施設でも大変お世話になって、辞めるときも上の方が引き止めてくださった感謝もすごいあるんですけど、
やっぱりこのまま続けてても同じことになってしまうし、
辞めるときにその違う施設の方もうちにこう変化って言ってくださったんですけど、
またでも多分同じことになるからアカンって思って自分でやろうっていう。
なるほど。衝突してしまうと。
そうですね。
その衝突する事柄というか、何のときに衝突しやすかったとか覚えてます?
僕のこだわりが多分きついんかな。
きっとそうだと思いますね。きっとそうだと思う。
だいたい褒める人ってこだわりこだわりで、お互いのこだわりがぶつかるから、
ちょっとギクシャクしたりするんだと思うんですけど、
そのこだわりポイントみたいなんて、多分それが今の事業にも活かされてる気がするんで。
多分だから障害を持ってる人たちがこうあるべきだみたいな、施設とはこうあるべきだみたいなことが、
多分結構自分の中でこだわってたりとかするんだとおそらく思うんですけどね。
なるほど。
割と保守に対して改革をしていきたくなる。
いや、そんな人はかっこいいんですけど。
だってロックが好きですもんね、そもそもね。
でも多分なんかもっとちっちゃなことだと思うんですけどね。
それでじゃあ自分でもうやらなきゃしょうがないと。
自分でやらなきゃのちゃうかってことでNPO法人8年前に立ち上げられて。
立ち上げられた当初の自分なりのコンセプトとか、こういう場所にしていくぜみたいなんて、
そのときのイメージは今のアート、音楽がベースやったんですか。
そうですね。
一般就労に送り出していく仕事を割と20年間、そっちの割合が多かったんですね。
やっぱり一般就労に送り出した後に、みんなハッピーになればいいんですけど、
なかなかそんな簡単じゃなくて、やっぱりすぐに潰れてしまったりとか、
すぐに作業所に帰ってきてしまう人が割合としてはすごく多いんですね。
その中で僕がきっかけになったのは、
一般就労に送り出した方が潰れてしまった経験があったのと、
その方がすごく漫画が得意だったっていうのがあって、
やっぱりそういう活動をした方がいいんじゃないかなっていう。
得意を伸ばすっていう。
そうですね。根源的に自己肯定感が育つみたいなものを必要だと思ったのと、
自分自身がずっと趣味でアマチュアのロックバンドを続けてきて、
施設で演奏するときに障害を持っている人たちがすごく喜んでくれたりするので、
そういう活動がすごく神話性があるんじゃないかなっていうふうに思ったので。
あとは経営的には当時B型事業がすごく飽和状態。
今はすごく飽和状態なんですけど。
ものすごい。あらゆるところでその看板見ますけどね。
今ファミリーマートぐらいあるっていう。全国に18,000、19,000がいわれてて。
当時もすごい伸びてきた時期だったんで、
他と同じようなことをしてもおそらく生き残っていけないっていう。
差別化を指摘していかないといけないっていうのもありました。
その差別化が自分自身も好きである音楽、
そして前に経験した漫画が得意な子のアートみたいな。
ここだっていう感じ。
そうですね。そういうイメージです。