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VOL.19 株式会社日伸メディカル 後藤彰大さん
2026-05-18 30:00

VOL.19 株式会社日伸メディカル 後藤彰大さん

『Kansai Leader’s Voice』 第20回

今回のゲストは、株式会社日伸メディカル
後藤 彰大さん。

学生時代に起業し、
現在はなんと 7社を経営。

小売販売、人材派遣など、
さまざまな事業を経験しながら事業を拡大。

そして現在は、
“病院経営”という新たなステージへ。


今回の放送では――

✔ 学生起業から現在に至るまでの軌跡
✔ 多角経営を続ける理由
✔ 小売・人材派遣で学んだ経営哲学
✔ 「仏教×病院」という独自の病院経営とは?

「成功は、挑戦の数で決まる。」

常識にとらわれず、
次々と新しい道を切り拓いてきた
後藤さんのサクセスストーリーをお届けします。


◆ こんな方におすすめ

✔ 起業を目指している方
✔ 多角経営に興味がある方
✔ 医療・福祉業界に関心がある方
✔ “経営者としての生き方”を学びたい方

挑戦を止めない人だけが、
次の景色を見ることができる。

そんなメッセージが詰まった回です。


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【Kansai Leader’s Voice(関西リーダーズボイス)】
関西を拠点に活躍する企業経営者をゲストに迎え、事業にかける想い、トップとしての決断の裏側、そして「人」として大切にしている価値観を、インタビューを通して深く掘り下げていくトーク番組。

インターネットラジオ RadiCro にて毎週水曜日~配信中📡

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サマリー

今回のゲストは、株式会社日伸メディカル代表取締役の後藤彰大さんです。後藤さんは19歳で学生起業し、現在は7社を経営する若きリーダーです。健康食品販売から始まり、医師の口コミを活用した事業を展開する中で薬機法の規制に直面し、医療コンサルティングへと事業を転換しました。その後、人材紹介事業を経て、病院経営コンサルティングへと事業を拡大し、現在は京都の病院をM&Aで引き継ぎ、再建に取り組んでいます。 後藤さんのルーツは、外科医の父と会社経営をしていた祖父の影響を受けており、商売人の血を受け継いでいます。防衛大学校に進学するも、政治家を目指して地元に戻り、議員秘書として活動した経験も持ちます。これらの多様な経験を経て、医療・介護・福祉業界における新たなウェルビーイングのあり方を世界に啓発するというパーパスを掲げ、経営と理想の両立を目指しています。特に、緩和ケア病棟の全国展開や海外展開、さらには宗教間の架け橋となることで世界平和に貢献するという壮大なビジョンを語っています。

オープニングとゲスト紹介
レイディークロー、レイディークロー、リアルにつながろう、レイディークロー。
関西リーダーズボイス。
第19回関西リーダーズボイス。この番組は、様々な分野で活躍している、リーダーの声をお届けする番組です。
第19回の今日は、レイディークロー神戸ステーションからお届けしています。パーソナリティはジャッキーと、トーミがお送りいたします。
はい、トーミよろしくお願いします。
トーミ、もう一応会社やってますよね。
そうですね。
これはリーダーズボイスということでね、いろんな経営者の方を呼んで、お話聞くんですけども。
はい。
仕事を始めたりとかね、自分で事業を始めたりすると、いろんなことが思いを起こせて、いろんなことをやってみたくなって、いろんなところにとっちらかることないですか?
ありますね。最終的にどっか、あれ、今何をしてるんだろうかとか、ひどいときは、今日は何をする日だったっけとか。
日々とっちらかるみたいな。
日々とっちらかりますね。
それだけ自分で主導権を握って仕事ができるっていうのはめちゃくちゃ楽しいんですけど、どっかちょっと瞑想するっていうことも多いっていうのは、見舐めないですね。
そうですね。同じように個人から事業立ち上げたりとか、いろいろ知ってる方々が集まってしゃべってると、結構こんな話もいろいろ出たりして、どうしてやったらいいんやろうみたいな悩み事も経営者の方、結構あると思うんですよね。
このサバイバルゲームじゃないですけど、生き残っていくためにいろんなことに挑戦をしていかないといけないし、時には非常な決断をしていかないといけないし、いろんなことがあると思うんですけど、とりあえず生き残ったら勝ちということで。
そういうことで、こんな悩み事も含めて、この関西リーダーズ・ボイスを通していろんなきっかけをお届けすることができたらなとは思っております。
今日も楽しくお話聞いていきたいと思います。
よろしくお願いします。
では、ゲストのご紹介をお願いします。
はい、ではご紹介します。本日のリーダーは株式会社日清メディカル代表取締役、後藤昭寛さんです。
こんばんは、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。日清メディカル、後藤さん、よろしくお願いします。
後藤さんの事業概要と学生起業の経緯
ということで、僕初めましてなんですけども、どんなお仕事をされているかということを含めて、ちょっと簡単な自己紹介をしていただいていいでしょうか。
弊社、日清メディカルというのは、神戸のポートアイランドの方の医療産業都市の中に本社がございまして、神戸と大阪と京都と、ざっくりと三つの拠点で分かれております。
会社としてはグループ会社が全て7社ほどで事業をやっておりまして、どういった事業をやっているかと言いますと、
主に医療を軸にした事業を展開しておりまして、
病院を経営してたりとか、
医療機関の経営コンサルであったりとか、医師の人材紹介であったりとか、
あとは医療機器薬品とかの販売卸しとかいうところもそうですし、
あとは、ちょっと医療とは変わったところですけども、
美容室とかエステサロンとかに美容商材を卸すというような事業とかもやっております。
なるほど。いろんなことをされてるというのは今ざくっと分かりました。
7社あるということなんですけど、後藤さんってそんな年でもないですよね。
はい。まだ33歳です。
33歳ですね。
その7社あるというのは、7社全部立ち上げてこられたってことですか。
いえいえ。
創業した会社もありますし、途中でM&Aなりで合流した会社もあります。
M&Aでグループ会社になったという会社もあるということですね。
立ち上げは違うけれども、グループにしたのは後藤さんがされたということですよね。
でも一番最初の会社は後藤さんご自身が立ち上げられた。
そうです。最初は健康職員の販売のためのそういった事業をやってました。
一番最初はそれ。
そうです。
それはいつぐらいの話ですか。
私が19歳のとき。
19歳。19歳って学生ちゃいますの。
そう、学生ですから。
学生起業されてたところです。
まさに意識高い系でしたよ。
すごい。確かに意識高い系や。
高すぎるやろ。
学生の頃に健康食品系のものを扱う会社。
そうです。
それがどうやって次に展開されていった感じですか。
健康職員の会社は会社、事業はやっていってたんですけども、
そこでもっと売り上げを伸ばしたいなというときに、
医師の口コミとかそういった医師監修みたいな。
ドクターの監修とか雇用。
それを入れることで売上が上向きになるような経験がありまして、
これを他の化粧品の会社でやったりとか、
健康職員の会社がニーズあるんじゃないかなというところで、
そういったものを販売する。
医師の口コミとかそういったものを販売することができないかというので、
それをやると意外にもニーズがあったんですよね。
その中で進めていく中で、薬品法という法律がですね、
この薬品のように売ったらダメだというところの規制が厳しくなりまして、
これはもうできへんなこの事業ということで、
そこからまた別の事業に展開していくというような感じですね。
それは事業を展開するたびに会社が違う会社を作っていったみたいな感じ?
そのときはまだ、
最初の会社でやってたんですね。
最初の会社ともう一社の2社ぐらい。
2社ぐらいで。
それがどう変わっていった感じですか?
事業転換と医療コンサルティングへのシフト
そこからですね、
事業自体をもう本当に完全に切り替えなあかんと。
どうしようと思ってるときに、
ちょうどその医師の口コミをもらうためにですね、
いろんな会業員の先生とかが多かったんですけど、
ドクターのプロダクション会社みたいな形になってきてて、
その中でそのクリニックの先生と喋ってるうちに、
個人のちっちゃなクリニックだと事務長とかを雇うほどの体力はないと。
ただ経営的なところで一緒に、
伴奏で一緒に事務方としてやってもらえるような、
そんな役割を求めて張ってて、
お前やってみんやっていうことを声をいただいて、
そこから本当に医療コンサルもどきみたいな形でやり始めたんですけども、
それで自分の中でも、
これちょっとこのままでええんかなみたいな。
ちゃんと学べてもないし。
という中で本当に最前線でコンサルされてる方をご紹介いただいて、
その方から教えてもらいながら、
私も営業をいろいろ掴み取りながら一緒に今まで走ってきたと。
その中で医療コンサルの知識なり、
いろんなところを学ばせてもらって、
そこから医療コンサル業というのが本格的にシフトしていったという感じですね。
なるほど。最初は口コミ的なものを集める事業が、
実際に医療機関をコンサルしていく側にシフトしていく、
というような時期があったわけですね。
実際にコンサルの事業を進めていく中で、
次はどんなことに、それで次の会社ができた感じですか。
そこはまだできてないんですけども、
医療コンサルの事業をやっていく中で、
劣格で顧問料でいただくというところの中で、
ドクターの先生この先生辞めそうやから、
別の先生を紹介してほしいという話が言われるわけなんですよね。
本来だったら人材紹介の会社って、
ドクターの先生を紹介するために紹介料を単発でもらうわけですよ。
そうですね。人材紹介ってそういう感じですもんね。
ただ我々のいろんな経営の幅広いコンサルという形になっているので、
医者のどこか見つけてきてくれへんか、
顧問料の中でというふうに言われることが多くて、
なかなか、
顧問料の中でする、それはちょっと勘弁してよという感じですよね。
でもこっちもなかなかそこを断らない立場環境がありまして、
やっぱりそこをどうにかしたいなというところで、
ちょうど人材紹介の会社を別の御苑で作っていた会社があったので、
そこの会社を使って、
ちゃんと人材紹介料を取ろうと。
しっかりそれは自分たちの、
この業務はこの業務の付加価値として、
しっかりと対価をもらおうというような形でやるようになりまして、
そこからもちろん単価は上がって売上も上がってくるわけなんですけども、
その中でやっぱり人材紹介として、
先生を紹介したとしても、
結局紹介した先で、
その病院のオーナーともめたりとか、
事務長ともめたりということが起こりうるんですよね。
本来その先生はもっと活躍できる方でもあっても、
そこを生かしきれない現場もあって。
現場がね。現場との。
そこをやっぱりうちがもっとフォローしてあげたいという思いが強まりまして、
そうやったら、
病院全体のそのドクターの先生がいる部署を医局って呼んだりするんですけど、
その医局自体はうちがアウトソーシングしてもらって、
そこでどなたかの先生がもし辞められる場合も、
新しい先生、いい先生をまた我々が紹介すると。
そこで一切フィーは取らないと。
そういった形で病院のオーナーと事務長からしても、
うちが紹介だけで終わらない。
その後の伴奏のフォローも、
先生のフォローもさせてもらって、
病院全体の収益化、
安定的な経営の基盤を作っていくというところを、
うちもしっかりと取り組めるというような事業にシフトしていったという感じです。
もともと後藤さんは医療のお仕事というところ、
ルーツでやったりだとか、
そういうお勉強されていたってことはなかったんですか?
全くなかったですね。
畑違いのところから、
最初の入り口のところとかって抵抗というか、
後藤さんのルーツと防衛大学校、政治家志望の経験
この若造がみたいな感じではなかったんですか?
ありましたね。
ありましたし、
私のルーツでいうと、
私の父親が外科医なんですよ。
なるほど。
だからもともと、
僕自身も高校生で、
医学部を受験しようかという勉強をしていたぐらいなんですけど、
結局医療というのは、
正解じゃなくて自衛隊というのと全然違う。
振り切った方向に行ってましたね。
だいぶそうですね。
ただルーツ的にはそういったところはあるのかなと。
ただ私の祖父が東大阪で会社を経営していましたので、
そういったところで、
商売人的な血脈と、
うちの父親も医者でありの、
医者に見えない医者というか、
家系的なところも感じていたので。
なるほど。
ちょっと商売人肌を、
血統としては持っている感じなんですね。
そこがちょうどおじいちゃんとうちの父親のミックス版みたいな。
ミックス版みたいな。
確かに。
ちょうどミックス版。
確かに仕事もミックス版なんです。
父妻がいますね。
ちゃんと二人を越えていかなければならないなと。
自衛隊、防衛の方の大学でしたっけ?
そうです。
実際は行ってられたんですね。
そこからどうやってどこに行って、
普通の大学に変わったわけですか?
そうです。
何かあったんですか?
防衛大学に行った時は、
ちょっと右寄りな考え方を持っていて、
日本の自衛隊というのは、
結局海外に舐められているんじゃないかと。
俺が行って、
日本を何とかせなあがんみたいな、
すごい正義感に駆られて。
なかなか若返った。
防衛大に進学したんですけど、
その時に、
英語で言うと、
ジャパニー・セルフ・ディフェンス・フォースって書くんですよね。
それを海外からの、
セルフ・ディフェンス・フォースね。
士官学生の留学生が聞いているんですけど、
彼らから、
お前ら自衛隊、自衛隊って言ってるけど、
あれ英語表記で日本語訳したら、
日本国防軍やぞって言われて、
軍隊やねんと。
言われた時に、
はっとして、
なるほどなみたいな。
我々が国内で自衛隊って呼んでるだけで、
世界からの見え方が違うと。
そこで、
俺が考えていた、
自衛隊をどうにかせなあがんというのは、
本当に内々の狭い視野でしか見てなかったなと。
この自衛隊という形を、
いかに日本のためにというと、
ここを取り組む方法ないかなという話を、
教官としている中で、
教官から、
お前それ政治家しか無理やと。
自衛隊の中で、
お前がやりたいようなことはできへんと言われて、
政治家かと思って、
政治家になろうと思って、
地元に戻ってきて、
大学の1年生の時から、
ある有力な地元の司会人の先生のところで、
秘書をさせていただいて、
4年間そこで秘書をさせてもらいながら、
政治のことについて学ばせていただいたみたいな。
そんなに健康食品も売ってらっしゃったってことですよね。
そうなんです。
司会人の先生たちが、
みんなそうって言うわけじゃないんですけど、
どうしても、
講演会の方とかのお金をいただいたりすると、
フラットな気持ちで政治家ってできないんじゃないかと、
未熟ながらに思ってまして、
キレイごとかもしれないんですけど、
議員本省は全部国の政治のために使って、
自分の生活費は自分で稼げる、
そんな体制にしたいと。
誰からもお金をもらわずに、
選挙資金も全部自分で賄えるような。
ってなったら、
サラリーマンじゃなくて会社作るなんて無理やなっていう思考に変わって、
ちょうど僕が計画部という学部だったんで、
こんなもん会社立ち上げてなんぼやろうみたいな。
当時計画部で勝者とか、
大手の企業に行く方がめちゃくちゃ多かった学部。
基本そうですよね。
司会人 それがすごい学部の名前として、
そんなんでええんかみたいな。
って思って、
よくわからない同期なんですけど、
そこから会社を起こして、
なんとかお金稼いでどんどん手がなって、
将来政治家にみたいなところは最初が同期ですね。
すごいな。
意識高いままやな。
同期は結構反骨精神みたいなところがすごく多いですよね。
確かに確かに。
なんか世の中変えてやろうな気持ちがすごい強いですね。
そこだけ切り取ったらめっちゃ面白いですね。
自衛隊行って議員秘書になって金鉱職員言ってました。
は?って感じですね。
そんな人生ある?みたいな。
なかなか面白い。
まだ次の会社を立ち上げるところまで行ってないので、
後半で1個1個でどんな会社を順序で作っていったのか、
少しお聞かせいただきたいと思います。
病院経営への参入と再建、多角化
足りるかな。
時間足らないかもしれませんけどね。
まだ1つ学生時代に作った会社と、
その頃演じ合った人材の会社、この2つが出てきたんですけど、
実際には7つまだ全然たどり着いてません。
どうなっていったのか、まだ続きを教えてもらえますか。
医療コンサルの授業に入って、
それがそういったドクターのアウトソーシングですね。
医学自体のアウトソーシングというところになってからですね、
自分自身でうちのグループの力で
医療機関自体を経営できるんじゃないかというところに入ってきて、
そういったアンテナを張りながら、
ありがたくご縁をいただきまして、
京都の病院をM&Aさせていただいて、
経営に乗り始めた、乗り出したというところが
次の方針になりますね。
健康職員の会社で日本から台湾、海外、
台湾が知り合いもいたもので、
台湾のほうにも現地の子会社がございます。
海外にもあるんですね。
台湾のほうでも販売を進めていきたいというのがあって、
今はちょっと補足みたいな感じの停滞的になんですけど、
ここから一気に伸ばしていきたいなというふうに思ってます。
その病院の事業自体を別の法人でやり始めて、
これが4社目ですね。
ここでその病院自体も、
もともと浄土新宿本願寺の宗教団体が
直営してた病院だったんですけども、
かなり経営が傾いてしまって、
そこをうちが引き継いでさせてもらって、
そこから再建させていくというようなところで、
本当にあのときは、
血が全身の毛穴から吹き出そうな感覚で、
日々恐ろしい不安に駆られながら、
再建というのに取り組んでいました。
その病院の事業を乗り出したぐらいの翌年ぐらいから、
今度は別のクリニックですね。
医療機関クリニックとか、
人間特区健康診断センターをうちのグループに入れて、
という形で、医療機関の展開というのが始まったと。
今年に関しては、来年再来年という2、3か年の計画の中で、
新たに関東のほうと、あとまた神戸のほうでも、
医療機関のビジネスを展開していこうというふうには思っております。
病院M&Aで、そこからまた再建させていくって、
日曜のドラマのお話みたいじゃないですか、本当に。
再建だから傾き始めてるってことは、
もう既に赤字垂れ流してる状態ってことですよね。
そこを引き受けるってことは、その赤字を自分たちが補填しながら、
ということに入っていかないといけない。
確かに血が滲み出る感じがするよね。
もう出てるんですもんね、そもそもね。
腫瘍出血状態なんだよね。
腫瘍出血状態ですよね。
でも一般的には、病院って儲かるって皆さん思ってらっしゃる、
そんなイメージをお持ちだと思うと、全然そんなことはなかったですね。
そんなことないというか、今のこのご時世ですね、
今はかなり医療機関苦しいところが多いのが事実で、
診療報酬っていう上限が売上が決められてるから、
その中で今、医療従事者の雇用に関してもベースアップとかいう話もあったりしてて、
医療機関の経営って本当にざっくり言うと、
固定費との売り上げとのバランスなんですよね。
これをいかに適切なバランスをとるかというところが、
本当に経営の勝ち取りとして大事で、
そこが一瞬でも崩れてしまうと、非常に苦しい状況に陥っていくという感じで、
うちの病院だからこそ、このサービスのケアの質を提供する。
その代わり、こんだけの固定費がかかると。
でもその分、ちゃんと売り上げをこうやって稼ぐからこそ、
このサービスのクオリティーが担保できるんだみたいなところを、
本当に丁寧に自分たちのサービスのモデルが確立するまで、
向き合っていかないといけない。
そこが難しさでもあり、
多分医療機関の経営運営というところの醍醐味というか、
なのかなと思ってますね。
決まってますもんね。
診療報酬がベースですからね。
こっちで決められる売り上げでもないですもんね。
サービスとのバランス。
医療機関ではコストのかかるものがたくさんありますよね。
機器も含めてね。
もちろん専門家がそれなりにいらっしゃるので、
報酬も一般より少し高く支払わないといけない。
現状はあると思うので。
経営そのものは結構大変。
社会インフラですからね。
ないと本当に困る方々がたくさんいらっしゃるというところで、
そこに救いの手を差し伸べたという。
グループのパーパスとウェルビーイングの追求
最初の頃の前半のエピソードに比べると、
ハンコザ精神じゃなくて、
ここは地域のためにみたいな。
うちのグループも、
なんでこんなに複数やって、
こんな病院とかM&Aとかいろいろ言ってるかというと、
うちのグループのパーパスという存在意義がございまして、
医療介護福祉の業界における新たなウェルビングのあり方を開拓して、
世界に啓発していくというところを、
我々のグループの目的として置いてるんですね。
なかなか医療介護福祉の業界って、
特に働き方とか結構大変な業界で、
そういうところで心身ともに満たされるような、
そんなウェルビングというものを実現したいと。
ここってウェルビングを実現しようとすると、
悪く見ると生産性が失われていくような。
経営側からすると、
ウェルビングばっかり追い求めると、
経営も崩れて利益も出てこなくなるみたいな、
世界観が見えるかもしれないんですけど、
そこをいかに両立させるかというのが、
私自身が売り上げとか利益とか数字のところに、
無意識的に走ってしまうところがあるからこそ、
自分の今し目にもあるんですよね。
ここを実現する世界こそが、
日本の医療業界を含めて、
本当にみんなを幸せにできるんじゃないかみたいな。
そこから我々の病院でのモデルというのが、
一つのロールモデルになって、
ここで確立された理想と、
本当にソロバンとロマンですね。
ロマンとソロバンというところを両立させた形を作れば、
あとはこれを皆さんにどんどん発信して伝えていく。
こういうやり方も面白いんじゃないですかと。
一つのそういったロールモデルを作るために今、
真剣に取り組んでいるんじゃないですかね。
なるほど。
やっぱりそこを最終的には、
医療従事者、福祉従事者の馬力がね、
必要なんでね。
せめて気持ちよく働けて、
しっかりと報酬をもらってというね。
そこのあたりで、
ちゃんとその文化が根付いていくといいですよね。
そうです、本当に。
私自身が今この将来に考えていることというのが、
この今、京都に、
あそかびわら病院という、
緩和ケアの病棟なんですけども、
独立型のホスピスで、
ここの形っていうのを、
どんどんどんどん全国に広めていきたいと。
プラスアルファですね、
これを海外にも広めていきたいと思っています。
それこそ台湾とか韓国とか、
それこそハワイとかですね、
オアフ島とかにも作りたいという。
これを何でこんなことをしているかというと、
ものすごく、
ちょっと語弊の悪いかもしれないですけど、
医療版ヒルトンじゃないですけど、
最後のターミナルで、
終末の方が中入られてですね、
がんの患者さんでありの、
その方々が、
俺最後ホノルルでハワイで死にたいなと言われたら、
ちょうどハワイにうちのグループの病院がありますという形で、
そこに最後に送って、
過ごしていただいたりとか。
そんな連携ができたらいいなということと、
あとはうちが、
仏教会を結構巻き込んで今活動してますんで、
仏教会だけじゃなくてですね、
やっぱりカトリックの方とか、
他の宗派、宗教の方ともいろんな連携を取ってて、
そうなってくるとですね、
世界中に、
我々が本当にタラレバですけども、
世界中にこのうちの医療機関のグループが展開できれば、
人類において宗教的なところで、
宗派の宗派戦争というんですかね、
今戦争、紛争がいろいろあったりするというところで、
我々がこの一つ人類の史上のテーマの医療という切り口に、
世界的な架け橋になって、
世界を平和にみたいな、
人との世界が実現するところに貢献できるんじゃないかと、
本当に思っているという。
これが僕が一番最終目指しているところですかね。
宗教との連携と世界平和への貢献
見てるところは流石に、
あれですね、すごいですね。
世界平和ですね、やっぱりね。
まさにですね。
最初の自衛隊の入り口はそういうところからの考え方で入ってましたもんね。
確かに。
半骨からだいぶ平和な感じの、
優しい感じに変わりましたけど。
過度がどんどん取れていって。
医療分野からというのは同じ、
人たちの体を持っている以上は、
その医療というところからは切り離せない部分が出てくるので、
これは宗派、宗教そんな関係なく、
やっぱりそれを治療を受けて、
元気になって、
長く過ごしていくという、
そういうサービスとしては必要なものですもんね。
それにやっぱり人種であるとか宗教、
関係なくサービスが提供できるという、
これが大事な部分ですもんね。
基本モデルを、
差別なく誰でも入ってこれるよみたいなところ、
これをひとつきっかけにしたいということでいいですかね。
すごい素晴らしいですね。
日本はどうしても宗教に対して、
ちょっと距離を置く方もすごく多いです。
世界的に見たらやっぱり信仰してる神様が。
逆に宗教持ってないのっていう、
不思議がられる国民でもありますよね。
超数派なんですよね。
そこと医療が掛け算されたときに、
どんな化学反応が生まれるかっていうのが、
めちゃくちゃ気になるところではあるんですけども。
実際に病院の中とかにも、
そういうお坊さんでいいですかね。
そこもいらっしゃるんですかね。
うちも僧侶のほうが複数に雇用しておりますんで。
僧侶の雇用。
言い方がちょっと面白い。
僧侶の方も雇用保険に入られるんですか。
人によると。
ちょっと面白かった。
そういう意味でもいろんな会社を、
その会社ごと、それぞれの会社をそのまま独立させたまま、
今は継続されてるっていう意味では、
それぞれのところを大事にしていくっていうところがあるってことですかね。
よくあるのはM&Aとかすると、
一つの会社の中に全部バーッと入れちゃって、
一つの会社の中で運営するっていう形式結構見るんですけど、
なんか全部バラバラの会社のまま、
それぞれ運営していくっていう形式、
なかなか珍しいなって気はしてるんですよね。
最終全体的にホールディングスという形に持っていくのも一つだなと思ってるんですけども、
もともとその会社、ほとんどの会社がですね、
いろんな他の方を巻き込んでですね、
やり方をとっているので、
それはそれで独立させる方が今はいいのかなとは思っているというところで、
やっぱり自分一人で一個の会社でずっと事業を大きくするっていう形ができれば、
それはなんかいいなっていう気はするんですけども、
私はどうしてもそのやり方ではなくて、
いろんな方を巻き込んで、いろんな力をお貸ししていただいてですね、
みんなでグワッと乗っちゃう、盛り上げていくというようなスタイルで、
今他の会社もみんなやってると。
なるほど。
エンディングとまとめ
まだまだこれから、
まだ途中というところなので、
これからもう注目をしてね、
どんどんどんどんと世界へ開いていっていただく、
そんなものを見せていただきたいなと、
注目していきたいなというふうに思います。
本日はありがとうございました。
ということで、
しょうみん、どうでしたか。
いろんなことをね、
その入り口はちょっと別の形で、
出口がちょっと違うところに行ってるように見えるんですけど、
お話を聞いてたら、
やっぱりこう、日本のためにとか、
誰かのためにっていうところの一貫性がすごくありましたよね。
なので、冒頭でいろんなことに挑戦して、
いろんなことでとちらかってるっていうのはありましたけど、
そこの一貫性さえちゃんとあれば、
しっかりと前に進んでいけるんだな、
発展していけるんだなっていうのも
お手本みたいなお話でしたよね。
僕らみたいにとちらかってないです、全然。
そうなんですよね。
素晴らしいなと思ってね。
一個一個、
やっぱり必要なものがどんどんどんどん集まってきてるよねっていうのが
典型な感じがしますよね。
多分真ん中に芯がちゃんと通っていると、
その必要なものというのが引き寄せられてきて、
それが一つの形になっていくんだなっていうのは、
そんなすごいいい例なんじゃないかなというふうに。
きっとアンテナをずっと立ててらっしゃって、
しっかりとお耳を傾けられてる。
だからこそ生まれていってるサービスであったりだとか、
あとM&Aに関しても、
ちゃんと良い御縁で結ばれているんだなっていうのが伝わってきましたね。
そうですね。
なんせ志が高い。
やっぱ大切ですね。
その志をしっかり持って旗振る。
これがすごい大切だなというふうに感じた時間でした。
まだまだこれから海外の展開も気になるところではありますが、
ぜひまたお話し掛けたいですね。
また次の展開に行った時にはもう一度来ていただきたいと思います。
ということで、そろそろお別れの時間です。
本日のお相手はジャッキーと、
ニッシュメディカルの後藤と、
トウミがお送りいたしました。
それではご一緒に、関西リーダーズ・ボイス!
30:00

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