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2023-12-13 10:45

カメラマンたち

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前回話したようにですね、私は卒業アルバムの配達というアルバイトをしてたんですけれども、時給は確か1000円だったかな。
当時、当時というのはいつでしょう。1975年生まれの私が20歳ぐらいだと、こんな計算もできないのかっていうね。1995年じゃん。
でも、95年もやってるな。はい、ごろですね。1995年ごろって、時給が1000円のバイトっていうのは比較的良い方だったと思いますよ。
もちろん、塾講師とか当時もすでに2、3000円はもらいましたね。家庭教師もそんなもんかな。
ただ、塾講師も家庭教師もそんな長くやんないですよね。2、3時間、3、4時間みたいなことですよね。
それに比べると、肉体労働というのは1日8時間とか働けるので、身入りとしては8000円になるわけでしょ。3000円だと3時間で9000円。塾の方が高いですね。塾の方がいいじゃん。
やっぱり先輩に言われてたから断れなかったのかな。卒業アルバムの配達のバイトをしてたわけなんですけど。楽しかったのは、一緒に配達に行くカメラマンの人たちと道中しゃべるわけじゃないですか。
これは楽しかったですね。だから、学校によっては、東京の出版社、東京の早稲田とかの近くにある出版社なんですけど。
あの辺多いんですよね、出版社。ちっちゃいのがね。早稲田、神楽坂、明保野橋、牛込神楽坂、大江戸線の牛込柳町。あの辺に囲まれたあたり、出版社多いんですよね。小さいところが多いんですけど。
そこから、例えば多摩地区の学校に行くとかなると、結構かかるわけですよ。車で1時間とか。道中、いろいろ話をする。これが楽しいですね。
例えば、どんな人がいたかというと、やっぱりね、基本的にはみんなカメラで食っていきたいっていう青年たちだったんですよ。青年たちは20代ではありましたけどね。
ある人は、やっぱりカメラ、自分の撮りたいものがあるんだけれども、それでお金が全然稼げないと。
写真撮ってる人かな。野鳥とかそういったものだったように思いますけど。なんで仕事をしている。で、写真で仕事をしていくってことになると、極端に選択肢が狭いんだっていうことを言っていて。
もちろんね、写真家として名を成す人っていうのもいるわけですが、そんなのは全然極少数なんだよと。
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それはそうですよね。おそらく写真の専門学校とかたくさんあって、そこに学生さんたくさんいて、だけど自分の名前で食っていけるような写真家って本当に少ないんでしょうからね。
で、なおかつそういう芸術性が高いとかいうことになると、あんまり仕事なさそうですよね。グラビアとかしか思いつかないですもんね。
だからそうそう、新聞社って比較的そういう写真で食っていくっていうことで言うと、まあまあ良さ目の選択肢ってことになるみたいですけど、それはまた別の話ですね。
で、そういう人たちが来る会社の一つがやっぱりそういう卒業アルバムの出版社。普通の出版社じゃダメでしょうね。
写真集会社とか作ってるとこはだいたいフリーのカメラマンとは契約してるでしょうけど、社員で写真撮れる人がどれだけいるかっていうと、たぶんほとんどいないと思いますので、
それに比べて卒業アルバムって写真ないと成立しませんからね。出版社の中でもかなりカメラマンが優遇されるっていうそういう業種、会社ですよね。
だから来てるんだっていうね。で、儲かんないときっていうのもあるっていうことで、儲かんないときというか給料がだいたい一定みたいなんですよ。
聞いたんですけど全然高くなかった印象ですね。何か2、30万とかじゃないかな。みんなだいたい月給が安すぎるって文句言ってましたからね。
で、足りない分、カメラって高いですからね、機材なんてね。100万円のカメラとかレンズとかザラにありますからね。レンズが高いですね、カメラよりね。
レンズたくさん買い揃えようってなると本当にお金かかるので、そういうときはトラックを転がすっていうふうに言ってる人いましたね。その人言ってましたね。
トラック転がすっていうのは要は大型の免許を持ってて、大型大徳の免許を持ってて、で、全国をですね、トラックを運送して回る。だからその人は運転上手かったですね。
そういうトラックに比べると卒業やるものの配達に使うトラックなんてない。確か4トントラックかな。だから全然ちっちゃいんですよね。取り回しもいいんだろう。
トラック運転手の仕事っていうのも大変なんですよ。なかなか休憩も取れないし、何が大変ってとにかく暇なのが大変と。眠くなっちゃうらしいんですね。
高速道路とかずっと単調ですからね。そこをどうするかっていうのがもうトラック運転手、長距離トラック運転手のすべてだと。その人は言ってましたね。
で、アマチュア無線やってると思いましたよ。トラック運転手でアマチュア無線やってる人結構いると思いますけど、単純に業務代に使うっていうことじゃなくて、アマチュア無線で普通にどっか誰かと人とやり取りする。そういうために使っているっていうことですよね。
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結構そういうカメラ好きな人ですからね。趣味人というかそういうアートの方でエッジが立ってるというかね。結構そういう変わった人、多彩な人いましたよね。
私と同じ苗字の人がいましたね。誰かわからない、でも誰もわかんないと思いますけど、神田さんという人いて。そういう人には料理を教えてもらいましたね。料理を教えるってなんだと思いますけど、男の子料理みたいなやつ。
例えばすごい覚えてるのは、味噌汁とか毎回作るのめんどくさいから、味噌を濃いめに溶いておいて冷凍するんだと。キューブ氷の形にして、飲みたいと思ったときにそれを溶かせば、簡単にお湯で溶かせばすぐに味噌汁ができるとかね。
なるほどと。他にも男の料理は知恵っぽいでしょ。っていうような人がいたりとか。あとは、一人ね、副部長さんがいてね。だから普通のカメラマンよりもやっぱり年傘で頭もちょっと薄くなってるような人でしたけれども、この人はね、癖ある人でしたね。声でかいんだよな。
渡辺さんって言うんですけど、たくさんいる名字ですしね。渡辺さんっていうことで、みんな表面的には渡辺さんとか副部長って言うんですけど、だけど実際には裏ではなべちゃん、なべちゃんって言われてて、ややあの人はちょっと見下されてる感じがある人でした。
なべちゃんはね、年はたぶん写真部長よりもいってるんですよ。ただ出世できないっていう人なんですね。あんまり評判がやっぱり部下から良くなかったですね。人遣いが荒かったり言葉が荒かったりして、いわゆるパオハロマガイみたいなことがあったりとかで人望がなくて出世できないようでしたけれども。
私、副部長なんでさすがに配達はしないんですよ。免除されてるんで。だから一緒に働くことってほぼなかったんですけど、あんまり仕事がないときに、内勤仕事とか配達がないときにしていると、なんか話しかけられて、おい、みたいな感じで雑談をすることがあったんですけどね。
昔ながらのおじさんでしたよね。ちょっとブッキラボーな感じの。で、「渡辺さんどんな写真撮るんですか?」って聞いたら、「あらもうね、ヌードだよ。」とか言ったら、「あ、そうですか。女性の裸ですかね。」とか言ったら、「そうだよ。それ以外なんの興味ないよ。」みたいなね、そういう感じの人で。
ちょっと今度、また撮影会やろうかなと思ってるんだよとか言って。何ですか撮影会って言ったら、そういうヌードモデルさんって言いますよね。そういう人を連れてきてその写真を撮る。お前ちょっと警備のバイトしろと言われて。
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いやいや、まあいいですけど、ちゃんと弾んでくださいよとか言ってね。冗談っぽく言ったら、「何言ってんだよ。そんなの全然前に出さないよ。女の裸見られるんだからそれでいいだろ。」とか。なんかそういう感じの人。いましたね、昔はね。
聞く限りですと、お連れ合いはいないというか、結婚はしていないということで。何やらそういう、カメラマンカメラマンってさっきから言ってて、今だけフォトグラファーって言いますけれども、だって女性いなかったですからね。そこね、会社自体には女性はたくさんいたんですよ。編集の部門にね。
私もよくしてもらいましたよ。お菓子もらったりとかね。彼女たちから見たら学生なんて本当に弟とかね、それ以下って思うんでしょうから。ただそれは編集に偏って言って、写真を撮る人で女性は一人もいなかったですね。
あと配達に行く人もいない。まあ、ともさま東京だとね、免許持ってない人が多いでしょうからね。逆によくみんな免許持ってましたね、あの人たちは。やっぱあれだな、カメラマンって機材も重いし、自動車の免許ぐらい持ってるんでしょうね。遠くに行ったりすること、全然公共交通機関のないところで写真撮る野鳥とかね、たくさんあるでしょうからね。
ヌードはどうかわかりませんけどね。という、まあやっぱりバイトっていうのは社会経験ですね。はい、今日はこんなところで。
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