神戸金史 のCatch Up
2023-09-19 11:34

神戸金史 のCatch Up

RKB解説委員 神戸金史
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00:23
三菱電機 毎週火曜日のこの時間は、 神戸金史のCatch Upです。
9月15日と16日に福岡市西区の サイトピアで伊藤野江百年フェスティバル というイベントが催されました。
私は16日に行ったんですけど、 もう400席、ほぼ満席という状態でしたね。
この16日は、伊藤野江さんの命日なんです。
伊藤野江さんといっても知らない方も 多いかもしれませんが、
1895年、明治28年に今塾に生まれまして、 今の西区、今塾ですね。
当時は糸島郡今塾村です。
女性解放運動の活動に専念した女性として 知られています。
日本で初めての女性文芸師、 政党の2代目編集長を務めた方です。
政党の総勧合には、平塚雷長が書いた 発刊の字というのが載っていて、
これは教科書にも載っているような文章ですね。
武田さん、ちょっと読んでみてください。
はい。
原始、女性は実に太陽であった。 神聖の人であった。
今、女性は月である。
他によって生き、他の光によって輝く。
病人のような青白い顔の月である。
という文章、すごい文章だなと思いますが、
この政党という文芸師を雷長から 引き継いだのが伊藤野江さんなんですね。
この伊藤野江フェスティバルでは、 日本講談協会の会長で、
講談会の第一任者の神田紅さん。
週刊広報出身の広川の生まれの方ですね。
新作の講談、野江物語を初めて披露しました。
野江は幼い頃から好奇心旺盛な女の子で、
知りたい、勉強がしたい、本が読みたい。
でも家には本がないので押入れに入って、
貼ってあるフル新聞を読みふけていたと申します。
また今塾の家からはすぐ目の前に海が広がっていて、
向こう岸に野古の島が見えます。
その野古の島まで約4キロの海を泳いで往復したというのですから、
怖いもの知らず。
こういった調子で講談が披露されました。
野江さんというのは自由を追い求めた、
ある意味わきまえない女だったと言えると思います。
家不調性が根強くて言論自由が弾圧されていた時代に、
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親が決めた夫と結婚させられて、福岡を飛び出して、
女学校時代の恩師を頼って結婚し、東京で暮らして、
子供も授かるんですけど、後にアナキストの大杉坂屋さんと一緒に暮らし始めます。
家制度を批判して自由恋愛を標榜した伊藤野江さんは、
因乱と罵られたり、国族と言われたり、
ずっと批判の対象でもあったんですね。
作家の森真由美さんが、
政党時代の伊藤野江と題して記念講演をしたんですが、
森さんは岩波文庫、伊藤野江集の偏者でもあります。
今年は関東大震災が起きて100年になります。
というわけで、伊藤野江とパートナーであった大杉坂江、
そして大杉さんの老いの橘宗一さん、子供が殺されても、
やっぱりちょうど100年の今日は明日ということになります。
この年にこれだけのたくさんの方が来てくださって、
福岡で伊藤野江フェスティバルというのが行われることに、
本当に私はびっくりしているし感激しています。
この2人は何の悪いこともしていないですね。
それなのに、国家権力というか憲兵隊によって殺されて、
そして殺された被害者であるのに、
長いこと国族とか非国民とか呼ばれ続けてきた2人なんですね。
アナーキズムというのは無政府主義ということになって、
政府を転覆するとかテロリストみたいに思われがちですが、
もともとの思想は、アナルシーというのは何の強制もない、
自由だという意味ですね。
だからそういう社会を彼らは作ろうとしたんです。
それはいつか来る社会というのではなくて、
自分たちの今生きている姿そのものがアナルシーでなければならないと思っていたので。
自由に生きようとすること自体が罪だという時代なんですね。
大杉坂井と伊藤野江は権力から目をつけられて、
関東大震災の後、ちょうど100年前の9月16日に
陸軍憲兵隊によって殺害をされるわけです。
たまたま一緒にいた大杉坂井の大井の6歳の子も殺されています。
権力というのがすごい弾圧をするという大きな象徴のなった事件です。
森さんは野江についてこんな風に言っていました。
親が行けって言ったから行ったとか、
家に子供がいっぱいいて食べられないので
嫁に行ったとかっていう話は野江よりずっと下の世代までありますよね。
だからそれをやっぱりおかしいって思って、
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これをやめなければいけないって思ったところが野江のすごいところなんです。
それがまた同じような考えを持つ仲間と東京で出会っていくので
運命が展開していくわけなんですが、
実践というか自分で悩み苦しんだ中から出てきた思想というものを野江は書いていますから、
これで殺されなかったらもっともっと伸びしろのあった人だと思います。
でもやっぱりこの畳の上で死ねないという自分の予測の通りに野江はくびり殺されたんですが、
他人によって受ける幸福は絶対に当てになりません。
どれほど信じ、どれほど愛する人によって与えられる幸福にしても、
私はそれに甘えすがってはならないと思っています。
という文章が野江にあります。
私はこの文章すごく好きで、
いつもやっぱり自分で、頭で考え、人に頼らないで自分で生きていきたいと思うときにすごく励まされる文章です。
会場の400人にどこから来たんですかって聞いたらですね、
北海道、東北という方もいらっしゃったし、東京もかなりいらっしゃいました。
大阪、中国、四国、本当に多かったんですよ。
100年たって人の世の生き方について改めて光が立ってきたなと思います。
感想を聞いていた方に聞いてみました。
野江さんの生き方はどう思いますか?
大胆ですね。
私もこうしなさいと言われるのはあまり好きな方じゃないので、
できればそういった自分の信念に基づいた生き方というのはすごいなというふうに思います。
当時彼女がそういったことで形を残してくれたので今そういうことを勉強できるということもあるし、
ただ彼女個人的にやっぱりこんなことを考えるとやっぱり時代、
もうちょっと後に生まれればもうちょっと違う形があったのかなというふうには思います。
私は平成生まれなので、女性が仕事をするとか、
結婚しない選択とかを当たり前だと思って生きてきていて、
それを100年前にもっと女性は結婚して子供を産めばいいという風潮が強い中で、
仕事をして子供を産んでも仕事も頑張ってという、
社会の風潮に逆らってというか、
ものともせずに自分の道を生きた野江さんの生き方にすごい感動したし、
私もそういうふうに森真由美さんが言われたように生きていきたいなっていうことを感じました。
野江さんが28歳まで生きて、その先を私はまた生きているんだと思って、
これからどう生きていけばいいのかをすごく考えさせられる時間となりました。
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アナキストというと無政府主義者という言い方をよくするんですけど、
テロリストみたいな、政府の転覆を目論んで爆弾を投げる人みたいな印象を持っている方も多いかと思うんですけど、
今はですね、権力に縛られず企業や政府による暴力や強制に立ち向かって、
代えをつる立場をアナキストと呼ぶというような定義に変わってきています。
政府が存在するかしないかに関わらず、今ここで自分の理想を実現しようとする人々のことだというふうに考えたらいいと思います。
まさに100年前の野江はそういう言い方をしたんでしょうね。
野江を主人公にした小説では、瀬戸内弱鳥さんの美は乱鳥にあり、岩波現代文庫が出ていますし、
風よ嵐よ、ちょっと話題になりました、吉川英二文学賞受賞作ですね。
それをベースにしたドラマがNHKで1年前にも放送されて、吉高由里子さんが野江を演じています。
改めて野江の生き方に光が集まる時代になってきた。
そして100年前に関東大震災の後に、朝鮮人、中国人、虐殺が起こりましたけど、
それに乗じて政府権力は、その当時自由に生きようとした人たちを罪だと考え、殺してしまっていたわけですね。
虐殺というのは本当に民衆だけじゃなくて、日本政府そのものも行っていたということを考えさせられる伊藤野江百年フェスティバルでした。
かんめいかるみみのキャッチアップでした。
×少女隊の春野きいなと、
青井梨奈です。
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