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毎週火曜日のこの時間は、 神戸金史のCatch Upです。
はい、先日は飯塚事件についてお伝えしたんですけれども、福岡県飯塚市の小学校1年生の女の子2人が殺害されて、実行犯とされた男性が死刑に処せられた。1992年の事件です。
冤罪だと主張する遺族が裁判のやり直し、再審を求めましたけれども、今月5日に棄却ということになっています。
死刑が執行されてしまった事件での再審が認められれば、これ初めてのことだったんですけど、実は同様の事件があります。それが福岡事件といいます。
飯塚事件、1992年の事件より45年も前の1947年、終戦直後に福岡市で起きた事件なんですね。
77年前になります。今の福岡市博多区カタカスで、軍服の闇取引、敗戦直後の混乱の中で、闇取引の最中に中国人と日本人の商人2人が射殺されて現金が持ち去られていた。
警察は強盗殺人事件として捜査して、西武雄さん、当時32歳らを逮捕しましたが、これがいわゆる福岡事件といわれる事件なんですね。
しかし西さんは、取引の手付金として現金を持ち帰ったことは認めているんですけど、事件とは無関係だと、全面否認しました。
それから、実際に2人を射殺したという30歳の男性も逮捕されているんですが、構想相手と謝って撃ってしまったと。
撃ったことは認めているんですが、強盗目的であることは否定した。
ということで、2人に対して強盗殺人罪で死刑が確定したのが福岡事件です。
そして2人を射殺した男性は、御社で無期懲役に厳刑されたのが1975年の6月17日でした。
その日、罪を認めていなかった西武雄さんには御社が認められずに死刑が執行されてしまった。
獄中28年ということで、これはもし本当に冤罪だったら大変なことですよね。
冤罪を信じて支援してきた方もたくさんいらっしゃった事件なんです。
それから49年が経ちまして、この日曜日に西武雄さんの50回記の法要が熊本県の多摩那市にあるお寺、生命さんシュヴァイツア寺で開かれました。
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生命、命の生命ですね。
シュヴァイツアは、ノーベル平和賞を受賞した医師のシュヴァイツアさんの遺品、遺髪を本尊としているお寺なんですね。
このお寺の仙台の住職古川大隆さんは、西さんの冤罪を信じて最真を請求するための活動に全国奔走してきたという経緯があります。
仏教のお寺で開かれた50回記なんですが、神道、カトリック、仏教の3宗派でそれぞれのお弔えが行われました。
まず、日本の神道の宗派、大本教ですね。大本は死刑廃止運動をずっと続けています。
さらにカトリックの賛美歌と祈りに続いて、最後は仏教です。
帰り見れば西武雄さんは無実を訴えながらも、国中28年の不義の果てに処刑され仕方ない。
西さんの冤罪を払さんとの責念の悲願、道半ばなれど確かに受け継がれ、今に至る。
このような悲劇が二度と繰り返されぬよう、その実現に尽力せんことを誓う。
叫びたし、かん満月の割れるほど、西武雄さんの魂の叫び、時空を越えて、世界に響き渡らんことを。
こうして3宗派でのお祈りが捧げられました。
今紹介された叫びたし、かん満月の割れるほど、寒い満月ですね。
は、国中で西武雄さんが読んだ俳句です。叫びたし、かん満月の割れるほど。
死刑確定後も仏の絵を描いたり、社教を続けたり、ずっとしてきて、無実を訴え続けてきたんですね。
この最新世紀を続けてきた古川大隆さんのお寺、生命さんシュバイツ味は今、息子の隆二さんが住職を務めています。
50回記にあたり、息子の古川隆二さんが西武雄さんの書き残した日記を読み上げました。
無実の罪の我が身に涙の滲むのである。この生ける屍と耐えることの苦痛は誰が知ろう。
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ある人は言う、それは祝豪なりと。しかし祝豪なりと言うだけで、この苦悩を測り越えることは不可能であろう。
12月24日、一日のうち一時間だけ極低に出て、日光に立てる嬉しさ。しかししみじみと思うのである。
冤罪で14年、生き難い人生であることに号泣したい思いである。自殺を何度か考えたことか。
自殺した後で冤罪の晴れてくれればいいが、これ幸いとして闇から闇に扱われるのがオチだと思うと死ねない。
俺は生きながらの仏器となって自らを見守りたいと思う。誰も信じる必要はない。私は私を信じているし、それだけが安らぎである。
口先の体裁のいい慰めや励みなどは悲しみが深い念仏のみである。
仏教に忌えして仏の絵を描いたり、念仏をずっと描き続けてきたということですね、西武雄さん。
実は、闇承認2人を実際に射殺してしまった男性は、89年に仮釈放された後、死刑が執行されてしまった西さんの冤罪を涙中に主張して、先代古川大竜さんと共に最新世紀を続けた。
その場には西さんいなかった。しかし、2009年までに事件の関係者は全員が亡くなってしまって、最新世紀運動は終了。
今、冤罪を晴らす術はもう失われている状態になっています。
こんなことがね、冤罪かどうかは西さんの訴えを信じるしかないんですけども、戦後間もなくの混乱期に起きた事件であって、
1人被害者が中国人だったんですけど、当時の日本、敗戦国日本、占領下にあって、戦勝国の国民なんですよね。
そういうこともあって、裁判では、そういう戦勝国への忖度が働いたのではないかということを、ずっと冤罪を訴えてきた人たちは主張をしてきていました。
まあ、難しい話ですね。
息子の隆司さんは、ずっと運動を続けてきた、人生をかけてきた父、大隆さんの言葉を紹介しています。
冤罪で身に覚えのないような派遣地罪の強盗殺人のぬでぎぬを着せられて、死刑になるという不幸という辛さ悲しさがあるだろうか。
こういう不幸はもう私だけでやめにしてほしいと西さんが言っていたことが耳の底に残っている。
こんな無断な死に方をさせていいものか。それが国家貢献力によって力の弱い者が従順されるという、そういうことが許されていいのか。
そういう世の中、そういう日本に生きていることが私は情けない感じがする。
それが間違いである。15年間も努力してついに通らなかった。
けれども、このままではやっぱり済まされないという気持ちがあったというふうに最後に息子が話していますが、
そのままで済まされないということは私も耳に残っています。
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よく言われるのが、まだ何でやるんですか。他に何の意味があるんですかと言われたんですね。
この西さんの無念をもっと世の中に問いたい。知ってもらいたい。
前は司法に対しての戦いのような気もしていたけど、やっぱりこの西さんのことを知ってもらうということは
社会に対する問いかけとして考えていかなきゃいけないんじゃないかなと思っています。
多くの警察官が真剣に事件を捜査して真実を明らかにしたいとやっているのも間違いないんですが、
時に誤りもあるかもしれません。
死刑制度そのものに対する疑問とか問題点も先ほどご紹介したように最新の問題であるわけですね。
起こりてはいけないことが起こらないようにするために福岡事件という事件があったということを
語り継ごうとする人たちがいるということを今日お伝えしたいと思ってご紹介しました。
ここまでガンメカレブミのキャッチアップでした。