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日替わりコメンテーターによる 解説で日々のニュースを掘り下げます。
火曜日のコメンテーターは、RKB 解説委員長の神戸金文です。神戸さん、今日は何の話題ですか。
はい、あの長官をいつも見て考えてるんですけど、今日の長官は、日光紀の墜落から39年、異例を誓うというのが、異例、誓う安全という記事が毎日新聞に出てました。
私はこの落ちた群馬県の出身で、当時予備校に通って一人暮らし、群馬県内でしてて。
私は子供の頃からニュースが好きで、新聞とかテレビニュースよく見てたんですけど、この日もNHKのニュースを見てたら、速報が入ったんでしょうね。
消えが消えたっていう速報だったんじゃないかなと思うんですけど、それからずっと徹夜してテレビ見てましたね。
翌朝、日が出てきて状況がだんだん分かってきて、生存者がいるという、それからその吊り上げのシーンとか。
ヘリコプターで救助される。
ライブで見てましたね。本当によく覚えています。
この記事を見て思い出してたんですけど、あの時、そのニュースが起きた時、何をしていましたかと聞かれた時に、すぐに私あの時こうしてたって思い出せるような事件のニュースって何かあります?
東日本大震災はやっぱり、私スタジオで入っててニュース読んでる最中だったっていうのはやっぱり戦略です。
2011年3月11日ですね。
私もその時、習いごとに行っていた車の中というのを覚えてますし、最近のことで言えば安倍首相の銃撃事件の時、自分は大学生だったんですけど、料理中にテレビで速報が入って、生放送切り替わって。
料理してた?
はい、料理してました。
その時に急にアナウンサーのトーンが変わって、ニュース番組が一気に変わったのを覚えてます。
結構鮮明に料理してる時とか。
なぜか自分がその時何をしてたかというのと、そのニュースがリンクしてしまうほど衝撃的なニュースはあると思うんですよね。
思い出してみたら何があるかなと思ったんですけど、私やっぱり阪神大震災、1995年1月17日。
それから同時多発テロ、2001年9月11日。
それから東日本大震災、2011年3月17日がすぐに上がりました。
共通しているのは、これからどうなってしまうのだろうとか、一体何が起きてるんだろうとか、不安とか。
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怖くなってしまう感情ですね。
という感情が全部あるなって思ったんですよね。
つまりメディアがライブで伝えてた日なんですよ。
ああ、なるほど。
考えてみると。
それを見ながらドキドキしていくという気持ちが、自分の生活の日常の時間の記憶とともに頭の中にあるんじゃないか。
皆さんあると思うんですね、こういう日って。
僕らが体験してない前のことを考えると、東京前のオリンピック、1964年の開会式のことなんかもよく年上の人から聞きましたね。
それから浅間山荘事件。
鉄球。
鉄球が酸素を破壊していく過激派が楼上して、それがずっとライブ中継をされた1972年ですね。
それからもっと遡れば、そうですね。
終戦の漁港放送。
1945年。
ラジオ放送。
もう間もなく終戦の日、敗戦から79年ということになります。
それから開戦を伝える、真珠湾開戦、攻撃を伝える1941年12月8日の臨時放送。
これ聞いたことあるでしょ。
はい、あります。
こういうことって、やっぱり記憶に残るようなことっていうのはあると思うんですよね。
これはおそらく感情を同時体験してるっていう意識があるんじゃないかなって考えてました。
同時っていうとこがポイントですね。
誰によっても通じるような。
ということは、その情報がそのライブで同時に聞いてるってことなんですよね。
それは放送が始まったのは、日本放送協会のラジオ放送が一番初めに始まったのは1925年なんですよ。
ほぼ100年。
100年ですね。
この100年に私たちは今までの人類の歴史とは違う、感情を同時体験できるような環境になったというふうに言ってもいいのかなと。
同時体験って、それまで当然難しかったことは。
ないですよね。
目の前で起きてることについて衝撃的なこと。
例えば沖縄戦であったり、東京大空襲であったり。
それは翌日以降の新聞でしたり、することが多かったと思います。
昨日こんなことが起きてる場合という感覚ですよね。
そうですね。それを同時にみんながどうなってしまうんだろうと思って聞いていくという世界は、この100年でしかないということなんですよね。
多分これの前後では人間の感覚って違うんじゃないかなという気もしますよね。
そういう意味では、映像の世紀なんてNHKがやってますけども、映像だけではなくて音声も含めた放送が人間の感覚に大きな変化をもたらしたのが、この100年の大きな出来事だったんじゃないかななんてことを、長官の日光記の記事を見ながら考えてたんですけど。
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考えてみたらオリンピックの中継だってそうですよね。
まさしくそうですね。
感情の同時体験をするから興奮する、盛り上がる。
これは何が起きてるんだろうとかどうなってしまうんだろうという恐怖感とかではないですけど、わくわく、ドキドキ、ハラハラということも含めてですね。
そういう時代に僕らは生きてるんじゃないかななんてことを日光記の記事を見ながら考えてました。
例えば言い忘れましたけど、ケネディの暗殺っていうのがあったんですね。1963年。
あれはもう世界に中継されて。
初の日米宇宙中継、世界的な実験だったんですよ。
一番初めに伝えるニュースが、悲しいニュースをお伝えしなければなりませんと言って、ケネディ大統領が暗殺されたというニュースが、初めて人工衛星を通じて日本にライブで入ってきた。
これは翌年の1964年の東京オリンピックに備えた実験だったんです。
それが1963年。東京オリンピックが1964年ですから、60年前のこと。
それ以降、僕らがずっと生きてきた世界は、環状の同時体験をする時代に入ったっていうことなんじゃないかなっていう気がしますね。
しかも今や狭い地域ではなくて世界で同時にっていう感じですよね。
あと湾岸戦争なんかでも、ミサイルがどんどん飛んでいく映像とか。
そうでしたね。91年。
あれも結構、わーってカタツを飲んで見守ってた記憶がありますよね。
どうなってしまうのだろう。一体何が起きてるんだろう。それをみんなで共有しながら、触れながら見るっていうことだと思うんですね。
今後、戦争のことでこういうことがなければいいなとは本当に思いますね。
はい。