00:29
この時間は日替わりコメンテーター が独自の切り口で多様な視点を
受け継いでおり、RKB解説委員長の神戸 金文美さんにお話を伺います。
神戸金史のCatch Up 「ぼくが子どものころ 戦争があった
「ぼくが戦争を始めたんや。」
「え?戦争?」
朗読しているのは奈良県在住の作家 梁美智子さん
友人なんですけど この紙芝居の文章を書いた方です
梁さんは 泉教科文学賞を受賞したりするなど
ノンフィクション 純文学 絵本 詩 幅広く執筆をされていますが
2006年から奈良市に在住をしています
紙芝居の原作は大阪の弁護士の田中美紀夫さんが
戦後70年を機に自費出版した自伝的な小説
「戦の少年旗 1941〜1945」
4年間を描いた自伝的小説です
田中さんは今91歳 まだご健在でいらっしゃっています
太平洋戦争が始まった時 福井市で
今の小学校にあたる国民学校の3年生でした
敗戦を迎える中学1年生までの4年間を
事実に即して書いた小説の中身に
梁さんは惚れ込んでしまいました
読ませていただいて これはぜひですね
みんなに分かるように 紙芝居にしたいなと思いました
まとめて紙芝居の原稿に正確探したら
いかにか見つかんない 内容を見て難しくて無理ですとか
いろいろ言われて 書きが見つかんない中で
03:01
たまたまフェイスブックでしか繋がってなかった
間野正美さんという帯広の画家さんです
作品館も帯広に建ってるんですよ
そういう有名な画家さんなんだけど
困ってダウンロードで聞いてみたんですね
そしたら えーとか1週間ぐらいしてから分かりました
田中先生の志に感動したんでやらせてください
期間短いんですけどいいですか 頑張りますって言って
先生の行った学校の校舎の写真であるとか
軍事教練の時の写真とか
戦時中のいろんな資料をダウンロードで集めて
この絵にはこの資料この資料って言って
全部資料ときに家でバックアップしてですね
書いていただきました
そういうことで出来上がった作品が
仲間うちでちょっと見せるだけのつもりだったんだけど
あまりにもクオリティが高いんで
しかも無料で書いてくれたんで
これはまずいぞと
これは出版しなきゃいけないなと思い
わずか300部ですけれども
紙芝居を出版することができました
間野正美さんという画家で
カーデザイナーとしてトヨタ自動車に勤務して
帯広郊外に移住して
六花亭が出している月刊自動紙
サイロの表紙の絵を
2010年からずっと担当してらっしゃる方だそうです
それから美術館も開館しているという
実は有名な方だったと
頼んだら無料で引き込み
これ相当ページ数もありますし枚数も
ありますね33枚あります
間野さん2ヶ月半でこれを書き上げたんだそうです
しかも当時の文化とか風俗じゃないですけど
かなり細密にリアルに
そうですねこの絵はすごいなと
私も初めて見て思いました
梁美智子さんは各地で自分で上演をしています
7月29日30日は福岡市に来て
披露してくれました
ビルの室で聞いているのは
10人程度のちっちゃな集まりでした
梁さんの名調子をお聞きください
歌ってはい
歌っててはい
大本営発表
大本営発表
大日本帝国は
イギリス領シンガポールを
陥落せり
タンタンタンタン
海戦からわずか2ヶ月
日本軍は大進撃だ
2月18日
お祝いの調陳行列があった
みんな小さな日の丸の旗を振って行列した
僕は大きな日照碑を掲げて
水平服で戦闘を歩いた
とっても誇らしかった
忘れもしない
僕の9歳の誕生日だった
南方を植民地にしたら
06:01
ゴムも石油も思いのままだ
日本は豊かになるぞ
先生は顔を輝かせてそうおっしゃった
どんな豊かな世界になるんだろう
田中少年は典型的な軍国少年
大東亜共栄圏と日本を言いながら
実際には欧米に代わって植民地支配をする
そういった形だったわけです
国ぐるみの熱狂がありました
水平服を着て
戦闘を行列している絵もありますね
日の丸を手に持って
その熱狂の中で田中少年も
侵略される側の気持ちは全く想像していない
というのが今のセリフにも出ていたかと思います
ところが大日本帝国の勢いが良かったのは
新中安戦争攻撃から半年だけでした
国民生活はみるみる急増していて
優しかった担任の先生は徴兵されていきます
田中少年は旧姓の福井中学校に進学しましたが
学徒動員の毎日でした
空から無数の赤い火が落ちてきた
焼夷弾だ
みんなを避難させるんだ
父さんは町の人に声をかけてもらった
逆まく炎の中を走る
カバンが重い
僕はカバンを投げ捨てた
父さんの声を頼りにみんな必死で走った
ようやく町外に着くと
お前ら逃げたらあかん
消火に戻れ
警官たちが立ちはだかった
何を言う
火の中を命からがら逃げてきたんじゃ
死ねというのか
父さんが怒鳴り返して警官を押し抜けたその時
バーン
建物の窓という窓が一斉に火を吹いて大爆発をした
警官たちは慌てふためき
我先にとどこかへ行ってしまった
今だ逃げろ
父さんは町の人を安全な場所へと連れて行った
よかった
振り返れば僕らの町が燃えている
火の海だ
お互いの無事を確かめ合った
見れば赤ちゃんをおぶった人や小さな子
お年寄りもいる
みんなよくついてきてくれたものだ
涙が出た
なかなか本当にリアルな
知った中少年の記憶です
これ私今絵本の絵を見ながら聞いてましたけれども
これは白信というか
まるでその現場に立ち会っているような
錯覚を起こすような感じ
両さんがいろいろ資料も集めて
真野さんに提供しているために
極めて史実に近いものになっています
実際にこの田中少年が住んでた町ではですね
犠牲になった人はいなかったと
お父さんはこの時町会長をしてたそうですが
そのことは福井市市にも記されているそうです
09:03
福井市は民家の被災率が80%を超えていて
全国の空襲の中でも
被害になった人の割合が極めて多い町になったそうです
故郷が壊滅したということですね
実際にこの防空砲という法律があって
よく空襲の情勢というと
焼夷弾の吹く中からみんなが逃げていくという様子がありますけど
本来逃げてはいけないという法律だったんですね
お前ら逃げたらあかん
消火に戻れというセリフがありましたね
防寒や逃避は立派な犯罪であるという風に
当時の日本国は言っていて
自分たちで消すのが役割であり
逃げるのは非国民である
人権自由にされている
当時はそういう国だったということですね
そしてとうとう敗戦を迎えます
玉音放送です
4月15日玉音放送があるからと
ラジオの前に集められた
正午金曜が流れて天皇陛下がお話になった
大人たちがすすり泣いていた
日本が降伏して戦争が終わったんだ
福井市は見渡す限りの焼け野原になっていた
2万6千世帯のうち2万2千の家が燃えて
一晩で1576人もの人が死んだんだ
親戚も死んだ
友達も死んだ
何が神風だ
あと少し早く戦争が終わっていれば
天皇陛下のために
とたくさんの人が死んでいったのに
陛下からはついに
すまなんだ
の一言もなかった
何のための
誰のための戦争だったんだろう
福井中学校では軍事教練が行われていて
1年生の田中少年は木製の銃剣で
敵を突き殺す練習をしていました
軍国少年だった田中弁護士の思いを引き継いだ
りょうさんは行き通りを隠せません
この絵は
藤島高校百年寺の中にあった
本当にしてた軍事訓練の様子を
そのまま絵にしてもらいました
13歳の子に人を突き殺す練習をさせて
14歳、15歳の子に
街の中を本物の銃剣を持って
戦車の後ろを一緒に走らせると
このようなことを子供たちにさせていたのが
わずか80年前の日本という国だったんですね
12:03
そんなことは絶対にさせてはいけないと思います
こんな感じで、りょうさんは
紙芝居の上演を一人でできる反戦運動と位置づけて
各地で上演しています
完成した紙芝居は
上映していただける民間団体に
無料でお渡しする計画で
数量限定先着順なんですけど
渡せる部数には限りがあるので
ご希望の方は
奈良町通信社という名前で検索してみていただけたら
応募するところがあります
そして紹介したように
この紙芝居は絵本にもなっています
僕が子供の頃戦争があった
戦の少年紀よりの
サイン入り絵本1冊をプレゼントします
住所・氏名・電話番号・番組の感想を書いて
メール gu.rkbr.jp
gu.rkbr.jpまでお送りください
お待ちしています
語り火が高齢化して
いずれ聞けなくなるという時に
映像の力と物語の力というのは
ますます重くなるなというのは
日々実感していて
紙芝居・絵本を見ても
こういうのがこれから未来に
戦争の体験・記憶をつないでいくんだろうな
という気がしました
キャッチアップでした
聞きたいラジオ番組何にもない
そんな時間はポッドキャストで過ごしませんか
RKBでは毎週40本以上の
ポッドキャスト番組を配信しています
あなたのお気に入りの声にきっと出会えるはず
ラジコ・スポティファイ・アップルポッドキャスト
アマゾンミュージック・ユーチューブミュージックで
RKBと検索してフォローしてください
RKBオンラインのポッドキャストまとめサイトもチェック