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【神戸金史のBrush Up】
毎週火曜日のこの時間は、神戸金史のBrush Upです。
今日、長官を呼んでいて、ちょっと気になった記事がありました。
それを見てですね、思い出したのが、12年前の高校野球選抜甲子園。
私の母校、群馬県立高崎高校、県立高崎高校のほうが、
選抜に出場したときのアルプスのことを思い出したんですよ。
私は高校時代は、かなり右翼的な高下駄を履いて、学歩をかぶって、
裸足ですよ、10センチくらいの下駄を履いて行ってた生徒会長だったんですね。
校歌を歌おう、好気を仰げ、なんて感じの高校生でした。
だから、校歌とか応援歌とか、生徒会の歌とか、低級部の歌とか色々ありましたけど、
みんな知ってたんですよ。
ところが選抜甲子園に行ったときに、知らない歌を後輩たちが歌いだしたんですよ。
手元の紙を持ってたので見たら、高崎中学校校歌って書いてあった。
僕らによっては旧校歌って言われるものだったんですけど、旧校歌って歌ったことも見たこともないんですよ。
歌詞だけは学校誌の中で見たことがあったけど、聞いたことがないので、
何歌ってるの、今の高校生がってわからなかった。旧校歌、大正時代の。
実はこの校歌は、歌詞が軍国主義的だということで戦後廃止されて、新校歌に変わっていたんです。
僕らは非常に明るい、昭和28年にできた校歌なので、
言葉遣いは古いんですけど、
常州の三つの山は遥かに霞み、セルリアンブルーの川は流れる。
セルリアンブルーって言葉が。
昭和28年、すごいでしょ。
ハイカラな感じですね。
バランカに酔う学び屋にて友よ、健康と真理勝ちえん。
っていう歌詞なんですね。
ところが旧校歌、僕も歌詞よく知らないんですけど、調べてみたら、
山とおごころ、オスの心ですね、男の心。山とおごころを振り起こし、
君、天皇ですね。君と親にとに尽くすべき、誠の道を極めなむ。
という歌詞だったんです。
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大変な戦争の被害があって、軍国主義に対する通列な反省があって、
二度と戦争を起こしちゃいけない、平和な国家であるべきだという国民意識が圧倒的に多くなった時代、
この校歌はふさわしくない、という風になったんですね。
ところがこの校歌を現役の高校生が歌ったわけですよ。
驚いてしまいましてね。
それはじゃあ、今の現役の高校生にも何かしら、
歌われるってことは普段はないでしょうけど、資料としては残ってたってことですね。
ところが応援団の人たちはね、私たちと同じ格好をしてました。
高桁を履いて、学歩をかぶって、
バンカラですね。
多分、僕はよくわかるんですよ。
古いことに対する価値というかですね。
伝統校ならではの誇りみたいな。
ちょっと思い上がったところも、僕もあったんですけど、
そういう気持ちはわかります。
開古趣味と言ってもいいんだけど、
しかし先人たちがなぜ旧校歌を歌わなかったのか、歌わなくなったのか、
ということに対する知識はないんですよね。
今日の朝刊に出ていたのは、西日本新聞で見たんですけど、
陸上自衛隊第32普通課連隊、埼玉市が、
大東亜戦争という言葉を使ってツイートしていたと。
大東亜戦争最大の激戦時、洋東において開催された、
日米洋東戦没者合同入れツイート検証式に参加しましたと投稿していた。
大東亜戦争という言葉、太平洋戦争に対する、
当時の日本指導者層による故障と言われています。
私たちももちろんこの言葉知ってますけど、
私たちが大学生の頃に大東亜戦争って使う人たちは、
かなり右翼、普通の人じゃないという感じでしたね。
そこには戦争に対する無反省さというのがあって、
例えば八皇一羽、五族共和、
靖国神社だったり教育直後だったり、
ということを言葉に出して言う人たちがいたら、
ちょっと僕らも避けてましたね。
気持ち悪いと思いました。
五族共和ってわかる?
アジア開放の戦いが大東亜戦争なので、
日本は朝鮮、満州、モンゴル、漢民族、和朝、
満、毛、漢、五族が共和して、
共に手を携えてアジアを西洋の植民地主義から守ろう
という考え方でした。
でも実際は日本が遅れた植民地主義国として、
他の国々に対しての支配を強めていく過程だった
ということがわかってくるわけですよね。
実際の残虐行為などもそういう中から行われたんだと
思いますが、建前は五族共和だったわけです。
大東亜戦争という言葉には、
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当時の日本民族が持っていたアジアへの優越感だったり、
それからそこにおいて引き起こされた大きな被害というのが
隠されているわけですよ。
これを旧日本軍の後継者である自衛隊が平然と使った
ということに対して批判を受けているわけです。
ところが使った人は分かっていないと思うんですよ。
そうですよね。
分かっていないと思うんですよね。
なんで使わなくなったのかということを、
それは僕の高校の後輩たちが旧効果を歌って
普通にして放映していたというシーンと重なるんですよね。
それを今日の教会を見て、12年前の行進を思い出したんです。
僕は生徒会長をしていたんですけど、
生徒会の歌っていうのがあったんですよね。
ユタケキサガオ、個性って書くんですけど、ルビーがサガ。
ユタケキサガオを傾けて、
永遠の平和を謳うべき、真理の道を極めなん。
っていう歌詞だったんです。
これも戦後変わってるんですよ。
戦前、僕これ覚えてますかね、歌詞を。
武を練り文に励みつつ、
いざや日本精神を奮い起こさんもろともに。
っていう歌詞だったんです。
これを当時の歴史の、
学校の歴史の書いた本から見て、
武を練り文に励みつつ、
いざや日本精神を奮い起こさんっていう時代にいたら、
いやだったなって思ったんですよね。
こういうことが時間が経つと忘れられていって、
どっかで解雇趣味みたいになっていくと、
今回のツイートのようなことが起こるんだろうな、
という気がすごくしましたね。
時が経つと怖いですよ。
怖いですね。やっぱりその結果どうなったかだけを見ていると、
その過程というものを見過ごしてしまうと、
やっぱり危ういことにもなってしまうのかなと思いますね。
古いことに愛着を持ったり、
恐縮を感じたりするのはいいんですけど、
やっぱりそこで多くの人が泣いて死んでいったっていうのが、
この言葉にはあるので、
今は日本政府は公式には使ってないわけですね。
ここはちゃんと覚えておいてほしいなと思いました。
神戸カルブミのブラッシュアップでした。
さて、8時40分過ぎのキャッチアップではどんなお話を?
野党半島自身の被災地の最新情報をお伺いしたいと思っています。
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